2017年08月17日

手元供養という墓いらず

手元供養という墓いらず

 ようやくお盆もおわり、大文字の送り火も無事おわった。お盆って夏休みのこと? 若い人たちの盆離れはますます進んでいる。

 高齢化も進んで、友人知人の法事が日常化してきた。残された子供たちIT世代は、なんでも簡単・便利な生活スタイルをめざすので困惑することが多い。ついこの間まで、墓を何処にするか、故郷が良い、いやそれでは金もかかるし、お寺さんも面倒くさいというので、町のまんなかのITマンション墓地や、散骨、樹木葬など自然葬が話題になっていたが、それもどうやら古いらしい。

 いまは墓など用意せず墓離れが進んで、手元供養、自宅供養に関心が集まっているそうだ。
 その方が何時も常に故人を感じることが出来る、混雑のなかをお寺さんに通わなくても間に合う、そしてなによりも経費を大巾に抑えられる。お葬式の費用ほど判らないものはない。お坊さんのお支払はクイズより難しい。コスパにすぐれているのは、手元供養に限るというのが人気のもとのようだ。

 そこで 手元供養 一律 2万1千円(税込み) 24時間365日 いつでも受付、という商売が登場してきた。あまり利益を見込めない、そこで「骨壺」をお買い求めいただくという寸法である。

 骨壺.COM を覗くとあらゆる形、あらゆる素材、あらゆるデザインの自宅供養向きの骨壺がそろっている。
 九谷焼の豪華絢爛仕様、白磁蓮花のクラシック型、石造りの四角壺、虹珠型、京焼透かし彫の鳳凰、民芸手造り風、大理石に見える骨壺と何百種の写真がのっている。お値段も4.000円ぐらいから10万ぐらいまであって選択自由である。
 かくして墓いらず、マンションの棚に置かれる「都会の骨暮らし」が待っている。


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2017年08月16日

パーヴォ・ヤルヴィの指揮棒

パーヴォ・ヤルヴィの指揮棒

 パーヴォ・ヤルヴィのダフニスとクロエを聴いた。興奮した。
 NHK交響楽団が何十年ぶりに迎えた主席指揮者ときいていたが、正面からまともに聴いたことはなかった。
21世紀的ハイブリット指揮者と、どこかのレコード会社が付けたキャツチに踊らされるのは如何がなものかとしばらくスルーしていたが、ダフニスとクロエにおける繊細でニュアンスにとんだ表現に接し、圧倒されたのだ。

 父は偉大なる指揮者、弟も指揮者、そして妹はフルートという環境に育ち、エストニアからニューヨークに渡り、カーチィス音楽院をでた後、かのレナード・バーンシュタイン、オーマンディ、ドラティ、ショルティ等に師事したのち、ロサンゼルス・フィルハーモニック、シンシナティ交響楽団の首席指揮者についたのち、ドイツ、カンマーフィルハーモニー・ブレーメンとのベートーヴェン全曲集で一躍有名ブランドになったことから、さぞ華やかで大仰な指揮をやるかと思ったらとんでもない、端正で温かい、切々とした指揮ぶりにすっかり参ってしまった。
 ヨーロッパで、ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、バイエルン、パリ交響楽団などに迎えられ客演している意味に合点がいった。

 若い指揮者育成のための公開マスタークラスでは、ビートを刻むな! 表情を出せ! テンポを合わせる指揮はいらない。何を際立たせるか、なにをつたえるか、表現したいのはなにか! 譜面を指揮するな! 音楽を指揮しなさい! といちいち合点のいく指導を丁寧に繰り返していた。
 東京芸大、東京音大、桐朋学園大、上野音大などで指揮者を目指して勉強中の学生のなんとつまらないことか。無表情でスコアを指揮するこの若者たちに明日はあるのか、はなはだ疑問が残った。

 音楽に限らずバレエなどでも、日本からきた生徒は技巧だけで表現不在と言われている。テクニックを身につけたら世界に通用すると錯覚しているのだ。踊れる技術と身体条件は100パーセントあることが必要条件、そのうえで解釈力と心理的表現ができなければ、芸術家としての明日はない、というのが世界の常識なのだ。

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2017年08月15日

文学賞は田舎に生まれる

文学賞は田舎に生まれる

 今シーズン芥川賞・直木賞の受賞作家が、ともに北海道にかかわりがあったというので話題になっている。
 最近の文学賞の作家たちはますます地方出身者が増えている。都会からの文学者は衰退のいっぽうだ。たまにコンビニを舞台にしたり、富裕層の音楽に素材を求めた文学もあるが、メガトレンドにはならない。 鉄筋とコンクリートで渋谷の谷間に巨大な町を創ったり、世界のハイブランドを引っ張ってきて観光客目当てのモダンな商業施設を目の当たりにしても、そこに文学の萌芽はあまり見当たらない。
 そこに見えるのはウォール街の金勘定で、いくら見つめても人間の営みが見えない。
 都市はマンガ、劇画、アニメなどコミックの供給源となり、田舎は文学の基地となりつつある。

 かつて鎌倉には著名な作家たちが集まっていた。鎌倉の魅力は、頼朝より川端康成であり大佛次郎だった。鎌倉に住まいをもてない作家たちは、中央沿線に集まった。丹羽文雄、井伏鱒二、太宰治らが暮らしていた。
 がいまでは手塚治虫、藤子不二雄、赤塚不二夫らの椎名町トキワ荘を起点に、西武池袋線にとどめをさす。練馬区はアニメの町を自ら名乗り、大泉には「ジャパン・アニメーション発祥の碑」がある。「臨死!!江古田ちゃん」も懐かしい。この国のコミック作家の80%は西武池袋沿線にいるとさえ言われている。
 田舎から大都市に焦がれてきた人達によってつぎつぎとコミックが産みだされている。

 今期二大文学賞のふるさとが北海道になった。平成29年上期の芥川賞「影裏」の作家沼田真佑はふるさとを小樽といっている。小樽運河には歴史の水が流れている。「月の満ち欠け」を書いた直木賞の佐藤正午は北大に5年半いたという。ポプラ並木をいただくあの楽園で助走していた。
 前回の芥川賞山下澄人も富良野出身だし、直木賞の桜木紫乃も釧路出身だ。池澤直樹も藤堂志津子も札幌にいる。北海道の悠然とした自然と大気のもとで、人間の苦悩と喜びを紡いで見せた。
 もはや人間を考えるのは、田舎でしかできない行為なのかもしれない。

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2017年08月13日

冷やし中華始めました

冷やし中華始めました

 街角に「氷」という四角い幡がひらめいていると、真夏の暑さのなかでホッとする。
 「氷」という文字が涼しさを届けてくれる。その傍らで稚拙な絵のガラス風鈴が、チンチンとなってくれていたら申し分ない。 ビルの谷間の小さな楽園である。

 「氷」の幡に対抗できる季節の景色は「冷やし中華始めました」。
 冷やし中華意外にもいろいろなメニューがあるのだが、店頭に長い幡まで出して告知してもらえるのは、冷やし中華しかない。冷やし中華は特別待遇なのだ。調理面からいえばこんなに簡単なメニューはなく、プロの手を煩わせることなく素人のバイトのおばちゃんにもできてしまう。

 少し固めにゆで上がった麺を皿にもり、ハムまたはチァシュウの千切り、錦糸卵、きゅうりの細切りなどをもり、頂上に紅生姜を載せて、だし汁を掛ければ出来上がり、真夏の麺料理として日本中で食べられている。練りからしを添えるのが定番だが、最近ではマヨネーズを添えるむきもある。
 祇園町では八坂神社のしるしと同じなので、きゅうりの乗った冷やし中華はたべない。

 北海道では冷やしラーメンと呼ぶ。岩手では冷風麺、関西は概して冷麺だが、韓国の冷麺と区別するため中華風冷麺と呼ぶ。韓国では中国冷麺、中国では日式冷麺となる。

 上海で食べられていた、もやしと細切り肉を冷やした麺にのせた涼袢麺と、日本のざるそばにヒントをえて、1933年神田神保町の揚子江菜館に始まったと伝えられる。
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2017年08月12日

楽しい不倫まつり

楽しい不倫まつり

 芸能界の不倫報道ほど、つまらないものはない、と思ってもゲスの興味はどうしてもそれに引かれる。
 ワイドショウのテーマとしても、天災、人災、火事、死亡、結婚、葬式、の間に入って「不倫」はかなり上位にランクされている。旅、グルメ、ファッションなどよりもはるかに重要なコンテンツなのだ。
 不倫は犯罪のごとくコメンテーターはもっともらしく喋るが、これだけ絶え間なく続くのだからもういい加減認知して報道しない、という選択肢もあるが、どうしても不倫を悪と決めつけて偽善者ぶるのが、視聴者に受けるとカン違いしているコメンテーターが圧倒的に多い。
 局の幹部も視聴率さえ取れればすべて良しと、不倫報道歓迎である。

 今年は川谷絵音のゲス不倫に始まり、あらゆる様式の不倫に恵まれた。
 今井絵里子の略奪不倫、渡辺謙の逃避不倫、仲間由紀恵の三年目不倫、松居一代のサスペンス不倫、宮迫博之のオフホワイト不倫、最後に斉藤由貴の手つなぎ不倫、にわか政治家の秘書不倫なども加わって、不倫の花盛りだ。不倫はテレビの視聴率とリンクしたマッチポンプになつている。お蔭で文春砲などという新たなメディアも登場して話題となった。

 …はやくこないかな しずかな不倫のとき
 …はやくこないかな 楽しい不倫暮らし
 ジャック・プレヴェールは、嫉妬のはての楽しいお葬式を期待したが、不倫については書かなかった。
ユーロビジョンにもフランスのテレビにも不倫の報道はない。大統領が毎夜エリゼー宮から抜け出して不倫に精出しても誰も何も言わない大人の国なのだ。
 モラリストっぽく喜んで報道するのは、アメリカと日本ぐらいだろう。オバカと判っているトランプ大統領がアメリカ・ファーストといえば、小池百合子が都民ファースト、ニッポン・ファーストと応じる程、この国の民度はアメリカ並みなのだ。


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2017年08月11日

山との日々を暮らす

山との日々を暮らす

 今日は山の日だと、新聞もテレビもざわついている。
 私にとっての初めての山を思い出してみた。小学校3年の時の遠足が、高尾山だった。山と名の付く高みの初体験だった。遠足の前の日、先生から高尾山についての授業があったが、高さは海抜何メートル、植生は何の木、東京では一番高い山であるとか、授業のつまらなさだけを覚えている。
 結局、高尾山の思い出は、ケーブルカーと山頂の天狗さまだけだった。

 次に山を意識したのは、御多分にもれず富士山だった。
 中学一年、富士の裾野の滝ケ原というところに連れていかれた。一週間の軍事教練、手はかじかみ、耳はちぎれそうな寒風のなかほふく前進やら、突撃訓練を受けた。夜は馬小屋のような質素な兵舎に寝かされ、皇国の興廃は君たちの双肩にありと、朝の5時に起床ラッパに起こされた。毛布は重箱のように四角くたためと、下士官から怒られた。富士山は吹雪の向こうにかすかに浮かんでいた。

 敗戦のあくる年、単身富士登山に挑んだ。吉田口の浅間神社にお参りしその脇道から登山の一歩をふみだした。五合目辺りまで登った時、河口湖から花火が揚がって、はるか下界の花火に感動した。八合目の山小屋でありついた味噌汁は命の水だった。最後の九合目をすぎ頂上が見えてからが苦しかった。なんとかご来光に間に合いたい一心でやっと登頂に成功した。六根清浄。帰りは須走口を飛ぶように駆け下り、麓の小学校の水道をかぶつて富士山の砂を落として帰京したのだった。

 出羽三山では、この国の山岳信仰について学んだ。木曽御嶽の八丁ダルミでは、御嶽教のまつりを撮影した。上高地には青春があった。嘉門次小屋の徳利はいまでも飾っている。木曽駒ケ岳の千畳敷はミュージカルの中休みだつた。桜の素晴らしさは吉野山に見た。吉野郡吉野村大字吉野字吉野旅館吉野の吉野の間から見た、下千本中千本上千本の吉野桜は奇蹟の景色だった。

 ブータンの首都ティンプーからみた白いヒマラヤの峰々は、神々しく身が引き締まった。

 軽井沢の自宅では浅間山を背に、左に妙義連山、正面に八ヶ岳、蓼科山、時々富士山、そして右に北アルプスと山との日々を暮らしている。


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2017年08月10日

名物に美味いものあり

名物に美味いものあり

 "名物に美味いものなし"と言われるが、昔から美味かったというものもある。
何故そこにそんな名物かあるのか、まつたく不思議だが、これは甲府の名物よ、といって出されたのが、「アワビの煮貝」だった。富士山の裏側の甲府に海はない。海なし県の真ん中、甲府の名物が「アワビの煮貝」とはシャレがきついと思ったが、のちに煮貝のルーツを読み解いて納得した。
伊豆下田の網元が特産のアワビを醤油漬に加工し樽漬にしたものを、馬で甲州まで商いにいったところ、下田の地元より数倍美味くなっていた。馬の背にゆられて数日たった煮アワビは、生アワビの5倍ものグルタミン酸がでて、風味も舌ざわりも抜群に良くなっていたのだ。
 煮アワビは下田ではなく、甲府でこその名物になると、みな与6代目が気ずいて甲州名物が誕生したということだ。

 最近では全国どこにいってもあるが、30年位前までは京都でしか食べられなかった名物に、「にしん蕎麦」がある。四条河原町の芝居茶屋松葉の二代目松野与三吉が明治15年に考案したものだそうだ。それまで遠くから運ばれてきていた、みがきにしんの棒煮が高級珍味として芝居帰りの座敷に人気があった。
 これをつゆ蕎麦にいれてみたらどうか、と思いつき工夫の末に生まれたのが「にしん蕎麦」だと伝えられる。日高昆布の出汁つゆににしんの旨みが加わった総本家松葉のにしん蕎麦は、無敵の美味さである。冬京都に行った折には、松葉のにしん蕎麦用に作られたにしんを求め、山国でゆでたつゆ蕎麦に入れて食べても至福の味が幸せをもたらす。

 信州はそばが美味いという俗説に流されて、長野にきたらとりあえず蕎麦やにはいるという観光客がいる。
 長野でも蕎麦やはいろいろでピンキリ、願わくば美味い蕎麦を食べて帰ってほしいと念じるが、駅前の適当なソバや、宣伝だけが上手で、肝心な蕎麦のほうは褒めたくない味の蕎麦や等で、盆休みに軽井沢へ行ったからお蕎麦をたべてきたの、などと後の電話にせっするとガッカリする。
 故郷を貶められたような気分になる。
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2017年08月08日

朝鮮学校に無償化補助金はナンセンス

朝鮮学校に無償化補助金はナンセンス

 事件の発端は、高校教育無償化である。
 高校まで無償化することは賛成だが、ここに各種学校の職業校や民族学校まで含めるとなると問題がでてくる。特に反日教育を基軸にした朝鮮高等学校にまで、支援金を出すとなると、日本人なら釈然としないのは当り前だ。反日学校にニホン人の税金を使うなど考えられない。ナンセンスであり、そんな判決がでるとは想像だにしなかった。

 大阪地裁の西山隆裕裁判長という裁判官の判決である。
「教育の機会均等と無関係な外交・政治的理由で、朝鮮学校を排除しており違法・無効である」と朝鮮学校の全面勝訴の判決を出した。
 木を見て森を見ずとはまさにこのことだ。朝鮮学校は日本の教育基本法に従わず、日本の教科書も使用していない。日本のことを日帝と呼び、慰安婦だ徴用工だと逆宣伝をしている学校に補助金などだす理由はどこにも見当たらない。西山隆裕という裁判官は、朝鮮の工作員なのか、と言いたくなる。

 広島地裁では「支援金が授業料に充てられない怖れがあるという文科省の判断に、裁量権の逸脱や乱用はない」という判決をだし、朝鮮学園の主張を退けたが、けだし当然のことだ。

 この裁判はまだ東京、名古屋、福岡でつづいているが、裁判官にいいたいのは、ここは日本であるということで、日本の尊厳や利益にならない敵対行動を利するような、オバカな判断だけは避けて欲しい、ということだ。
 日本人の中国に対するスタンスや、朝鮮、韓国にたいする認識は、お人好しを通り越して大馬鹿三太郎なのだ。
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2017年08月06日

伊勢音頭から新東京五輪音頭まで

伊勢音頭から新東京五輪音頭まで

 昨夜、渋谷スクランブル交差点を中心に3万4千人の盆踊り大会が開かれた。
 主催者の道玄坂商店街は、渋谷に暮らす人と渋谷を訪れる人のふれあいの場として企画したといっているが、実態は盆踊りの名をかりた盆踊りではない商業祭である。
 盆供養の意識など3万人の客のなかには一人もいない、と断言できる。とにかく目先が嬉しくて、商店街にお金が落ちれば万万歳という魂胆丸出しのさもしい商業祭だ。
 櫓の上はヤトワレ・タレント、踊っているのは埼玉、千葉あたりからの賃借り浴衣のギャル一同、これが日本のお祭りだとハシャイデいるのは、田舎生まれのアメリカ人やら、中国人の観光客である。
 舞台上では2020の新東京五輪音頭はこれだと、レコード会社の縄張り争いがはやくも始まっていた。

 日本中どこに行っても存在する○○音頭は、江戸中期のお伊勢参りに始まった。
 一生に一度はお伊勢さんへ、という伊勢参宮の人気は、皇室への憧れと伊勢講と呼ばれる無尽ツアー、そして伊勢の御師たちによる全国行脚によって、江戸民衆の通過儀礼になった。
 ある年は幕府のお布令によりおかげ参りの年とされると、道中の宿や飯やは、皆伊勢参りの人達のお世話をしなければならなかった。文政13年には数百万人の伊勢参りがあったというから凄い。当時の総人口3千万人といわれるから5人に一人は伊勢参宮にいった計算になる。道中の旅籠や茶屋はあらかた蓄財を使い果たしたと伝えられる。

 無事伊勢参宮を終えた男衆や若者は、伊勢古市の遊郭で精進落しをした。
 そこでは見たこともない美しい遊女たちが、伊勢音頭といわれる音曲を唄い踊って慰めてくれた。筆おろしを伊勢古市でというのは男の勲章だった。男たちは花魁の思い出とともに、伊勢音頭を口ずさみながら故郷へ帰って行った。
 かくして音頭は日本中に広がったというのが実相のようだ。津軽願人節、山形花笠踊り、広島木遣り音頭、博多祝い唄、等々から東京音頭にいたるまで、源流はみな伊勢古市の伊勢音頭に発している。

 オリンピックの歌にまで、この遊女たちの伊勢音頭が生き続けてきたという奇跡こそ、日本人の心に刻まなければならない音楽の歴史といえよう。

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2017年08月04日

外氏即興人形劇場との別れ

外氏即興人形劇場との別れ

 パリから北東へ200キロ余り、ベルギー國境に近く人口5万人ばかりのシャルルヴィル・メジェールという町がある。白鳥が遊ぶムーズ河に面し、町の建物はすべて3階建て以下の落ち着いたフランスの地方都市である。この町で三年に一度世界一のまつりが開かれる。国際人形劇フェスティバルである。9月下旬の10日間、広場も通りも裏街も劇場もみな人形劇場になる。
 ロシアから、北欧から、イギリスから、オランダから、アメリカから、最高レベルの人形劇団が集まる。日本から文楽もいったことあるし、人形劇団プークもいった。
 旧友水田外氏から電話がかかってきた。「実はシャルルヴィル・メジェールに行くことになった。新美南吉の「ごんぎつね」を持って行こうと思う。ついては英語版ごんぎつねを創ってほしい」という依頼だつた。町はバブルにうかれていた。

 外氏との付き合いはそのずつと前から。若かりし頃のデビ・スカルノ夫人がいた赤坂のナイトクラブ、ニュー・ラテンコーターや、ヌード・ショウのメッカ日劇ミュージック・ホールの舞台でのこと。プークを脱退して独立した水田外氏は、子供のための人形劇にあきたらず、大人の鑑賞に耐え得る人形劇をめざしていた。
 風刺の視点を上げ、子供だましではない人間描写と正面から向かい合ってショウ・アップしたいから手伝ってくれ、というのだ。猫の動きにたくしたエロティックな作品など、大人はニヤリとみてくれたが、演者のほうにそうしたエロティシズムを理解する俳優が少なく、結局学校まわりの道徳的人形劇に堕してしまった。

 モスクワに「オブラスツォフ記念中央人形劇場」という最高の劇団がある。イブ・モンタンもソフィア・ローレンもガンジーもファンだった。劇団の上演演目は、子供向け、青少年向け、大人向け、と三つに別れている。
 大人向けには、モーツアルト「魔笛」、ドン・ジュアンは76歳、プーシキン「スペードの女王」、ビゼー「カルメン」、「神聖喜劇」、チチコフとその劇団のための音楽会など、ユニークな演目が並び、客席はエロと笑いで抱腹絶倒という経験もした。
 水田外史のめざしたのも、そのあたりにあったように思う。

 何年振りに外史即興人形劇場から招待状がとどいた。外史の死後17年頑張ってきたが、今年いつぱいでフィナーレにするので見に来てくれ、という趣旨だった。
 かって外氏が演じていたゴンギツネは、愛弟子の中嶋咲枝が見事に受け継ぎ、吉永淳一のリリックな演出もそのままに、立派な舞台を見せてくれた。
 それにもまして文化交流館浅科の立派なこと、軽井沢にはまつたくない鄙稀に見る中劇場でのお別れ公演だつた。
posted by Kazuhiko Hoshino at 20:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする