2020年11月28日

寺山修司 V・S 中田喜直

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 寺山修司に再会した。
 中田喜直没後20年の記念コンサートで、かってお二人のつくった作品「男と女のモノローグによる詩的オラトリオ・木の匙」の演出としてのこと。
 喜直先生の作品とは昨年真理ヨシコ・コンサートで遭遇し、中田喜直のメロディの深さをあらためて味わった。

 寺山修司の作品とは、1969年に書き下ろしてもらった「ミュージカル・涙のびんずめ」以来のこと。
 うれし涙から悲しい涙、ひとりぼっちの涙まで、いろいろな涙を売っている「涙のびんずめ」屋が舞台だった。ポスターを描いてくれたのは、若き日の横尾忠則さんだった。

 俺は汽車のなかで生まれた。だから故郷は汽車のなか……そんな言葉を口にしていた寺山らしく、男と女のはざまに吹くさびしさについて描かれている。男と女の存在について、あたり前のむなしさが主題になっている。
 夏がくると妻を置いて旅に出たくなる男、悲しくなったときは海を見に行く女、人生はいつか終わるが、海だけは終わらない。 ひとりぼっちの夜も海を見に行く。
 寺山修司の斜にかまえた人生観と中田喜直の真っすぐな作曲がアヤをなした作品だった。

 ウィーン育ちの田口久仁子・田口宗明夫妻の演奏も味があり、ピアノの織井香衣さんの音響効果にたいする神経が繊細で嬉しかった。
 中田喜直夫人が、「 いままでこんなに良い作品だとは思わなかった、」と呟いていたので、多分上演は成功だったのだろう。
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2020年11月25日

昭和の御用聞き

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 買物マニュアの女子アナと、生活感のない金髪青年が、朝のテレビでワイワイやっていた。
 老人社会になって「買い物弱者」が増え、大変だというのが話題の中心、そこに山間僻地の移動スーパーが登場し、これこそ買物弱者への助け舟という結論のようだった。

 昭和の頃はそんな心配はいっさい無用だった。
 日々午前中に、勝手口へいろいろな人がやってきた。
 「コンチワー、今日の御用は?」「そうねぇ、…お魚は」「身のしまったブリがはいってますが、刺身でも煮魚でもいけます」
 「コンチワー、米やでーす。」「あらお米は足りてるんじゃないかしら…」「いえ、そろそろお正月なで、お餅の御用を…お鏡の数と伸し餅を」
 お肉屋さん、豆腐屋さん、八百屋さん、師走の音が近ずくと町内の鳶のひとまで門松やお飾りの数をたしかめに勝手口へきた。
 子供心に勝手口というのはそうした御用聞きの人達のためにあるものとおもっていた。

 時が進んで、あらゆるインフラが整っている筈なのに、日常生活が営めないそんな世の中になっていることが不思議だ。
 御用聞きという老人にも健常者にも優しいシステムは何処かへ消えてしまった。スマホやパソコンでは役にたたないことが沢山ある。
 目先の利益ばかりを追いかけているうちに、足元がみえなくなっているのだろう。
 昭和の御用聞きは、街の情報から季節の移ろい、冠婚葬祭いろいろな情報とともに老人の体調まで案じてくれ、ときにはお医者さんを呼びに行ってくれた多機能で心のかよった訪問者だった。買物弱者だけでなく、生活弱者にとっても、御用聞きは有難い存在だった。
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2020年11月20日

銀杏の黄葉が美しい

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 ひさしぶりに秋の東京と向かい合った。
 銀杏の黄葉の美しさに溢れていた。皇居のまえ、霞が関の辺り、神宮外苑どちらをむいても銀杏の黄葉が見事だった。
 黄色い葉をとおして降り注ぐ秋の陽の光の束が、コンクリートの街を黄色にそめて、ほんとうに美しかった。

 子供のころ、本郷東大のまえの西片町に住んでいた。
 秋の終りの大風のあくる朝、決まってちいさな笊を手に校内の奥にある三四郎池にむかった。池の水面には銀杏の黄葉が溢れていた。
 つよい匂いを避けながら黄色くそまった道のぎんなんを拾った。笊はたちまちいっぱいになり、嬉しさをかみしめながらふかふかの黄色い絨毯の帰り道を急いだ。
 ぎんなんを割り、ちいさな鍋でいる火鉢のまわりが嬉しかった。焼いたぎんなんはちいさな秋のご馳走だった。

 「鐘つけば 銀杏散るなり 建長寺」 夏目漱石 
 この元歌から正岡子規の有名句が生まれた。 「柿くえば鐘が鳴るなり 法隆寺」
 いまでは子規の句が元句のようになつているが、親友漱石への畏敬から生まれた句ときけば子規の漱石への傾斜が伺える。
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2020年11月16日

藤十郎さんの大往生

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 大名跡4代目坂田藤十郎さんが亡くなられた。
 筆者は同じ年齢だったので想いは多く、芝居は勿論のこと、天下にとどろく艶名、若き頃の勉強ぶりなど、やまほどの敬意と思い出がある。
「一生青春」を座右の銘に、晩年まで輝く色艶を持ち続けた藤十郎さんは稀有な存在だった。

 なかでも若き2代目中村扇雀の頃の舞台は忘れられない。当時歌舞伎の表現理論で右にでるものがいなかった武智鉄二とともに作ったいくつかの実験歌舞伎から受けた瑞々しい衝撃は、その後の歌舞伎鑑賞に決定的な影響をうけた。観客を引き付ける圧倒的な魅力のなかに明日の歌舞伎への情熱が充ち溢れ、若い演劇青年たちは涙あふれる感動にふるえた。

 後年「坂田藤十郎」という元禄歌舞伎の名跡を継ぐという報にふれたとき、さもありなんと若き日の扇雀さんの横顔を思い出した。

 花街でも藤十郎さんは人気者だった。祇園町では「ボンちゃん、ボンちゃん」と呼ばれ、芸妓衆や舞妓ちゃんから愛されていた。時にスクープされても誰も咎めることなく「ボンちゃんのおいたが過ぎて……ホホホ」と笑い話ですごされていた。

 今頃天国のボンちゃんは、戦後の歌舞伎界を支えて扇雀、鴈治郎、藤十郎と駆け抜けた一生を、悔いなく数えていることだろう。まま父親の二代目鴈治郎さんと艶話に興じて笑っていられるかもしれない。       合掌
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2020年11月14日

皇室を忘れた眞子さま

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 秋篠宮家の長女眞子さまの「お気持ち」の文書発表を見て驚いた。
 そこには皇室の一員として生きてきた生い立ちへの認識がまったく見られない。将来天皇になられるかもしれない弟宮への責任感もない。
 平凡な一般家庭に育った娘が発した結婚願望とまったく変わらない文章がつづられていた。
 この文章を平然と発表する宮内庁は勿論のこと、こんな娘に育てた環境の無責任さには暗澹たる思いを抱くのみだ。
 自分自身が皇室という日本人全体にとってかけがえのない存在の一部だということへの意識がまったく見られないのだ。

 キリスト教というミーイズムの学校に学ばれてこんな娘になったのか、自由に本人のいいようにというよく言えば個性主義の家庭環境か、皇室学をきちんとレクチャーしてこなかった宮内庁官僚の責任かわからないが、いずれにしても「幸せな時も不幸せな時も寄り添え合えるかけがえのない存在であり、結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」と結婚への変わらない思いを示された、と発表にある。

 皇嗣殿下家の長女として皇室について考えが及ばないのはたいへんに不思議なことだ。国家神道の箍は敗戦とともにはずれ、宗教上の責任は免れたが、倫理的、道徳的な日本国統合の象徴として絶えずわすれてはいけない規範がある。その規範に照らして「小室圭とその母の振舞い」がふさわしくないという想いに至らないとすれば、「暗愚の姫」といわれても仕方あるまい。
 天皇の姉になるかもしれない立場に、ついてまわるのは日本人の道徳規範にあわない悪しき噂なのだ。

 GHQ司令部が画策した日本からの天皇制排除が、昭和天皇の人柄によって維持の方向にかわったにもかかわらず、半世紀たったいまこうした眞子さまの生き様によって、天皇はいらないという思いが国民の間に広がったら、この国は取り返しのつかない不幸に見舞われる。
 世界で唯一の天皇をいただく日本人の喜びは雲散霧消してしまうのだ。

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2020年11月13日

表現の自由とイスラム教徒との闘い

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 フランスとアラブ諸国の関係に危機が迫っている。
 マクロン大統領は「表現の自由は絶対に守らねばならない。なぜなら1789年のフランス革命以来我々が血の代償を払って手に入れたものであるから。風刺や批評を失った文明は我々にふたたび暗黒をもたらすだろう。」
 この声明に対し、トルコのエルドアン大統領をはじめ、パレスチナのハマス、イランのハッサン・ローハニ大統領など50ヶ国以上のイスラム協力機構が噛みついた。「フランスの特定の政治家によるイスラム世界とフランスにとっての有害な談話である。」 
 クウエートやカタールでは、フランス製品の不買運動まで起きていると伝えられる。

 原因は2015年に起きたフランス風刺雑誌「シャルリー・エブド」によるイスラム教預言者ムハンマドの風刺画である。
 イスラム狂信者がシャルリー・エブド社に殴り込み、編集スタッフ、画家、など12人を殺戮した。以来シャルリー・エブド社はへこたれることなくイスラム教の預言者ムハンマドに対する風刺を続けてきた。

 2015年のシャルリー・エブド社襲撃についで、
 2020年10月16日にはパリ郊外の中学校教師サミエル・パティさんが首をきられて殺された。
 同じく10月29日には、ニースのカソリック教会で、イスラム教徒により男女3人か、殺害された。

 預言者への冒涜だといって風刺画をけっして許さないイスラム世界の価値観が真っ向からフランスの文明に挑んできた。
 フランス側も風刺や批評は我々の権利であると主張し、一歩も下がる気配はない。
 表現の自由が勝つか、宗教の尊厳が勝つか、共産主義と資本主義の対立にも似た世紀末の争いである。


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2020年11月11日

11月軽井沢ぶんか組のお知らせ

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 11月軽井沢ぶんか組のテーマをお知らせします。
 映像タイトルは「Paris et Paris」パリが何故世界一の観光都市になったかについて検証します。
 パリにある三つの凱旋門に始まり、パリ近郊にある未来都市ラ・デファンスの表情、更にかってパリのワイン倉庫街だったヴェルシー・ヴィレッジの再生計画、
オスマン知事によって造られたオぺラ座を中心にしたパリの都市計画、劇場を中心にした文化都市の建てつけと、夜のショウビジネス、さらに街じゅうにある市場の実態、花市,小鳥市、古本市、ぼろ市の数々、さらにタウンウオッチングすれば16区に点在するアールヌーボー時代の建築群など。
 パリヂャンの生活の現実から娯楽の興味など、すべてがパリの魅力につながっている事についてお話します。
 そこにはフランス人の考える都市生活の魅力があふれています。

 日時 11月15日 14時から 軽井沢・しののめ・Cafe 来美 参加申込 ☎0267-31-5110
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2020年11月10日

アメリカ・メディアの没落

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 アメリカ大統領選挙を日本の大統領選挙のごとく連日賑やかに報道していたのは、この国のメディアだった。結果は民主党のバイデン候補が勝利をおさめたが、トランプの振舞いはなんとも後味のわるい印象を残した。
 実はまったく関係ないようなものだが、コロナ対策に於けるトランプの態度やメキシコとの壁や黒人運動にたいするトランプのリアクションが、国民の一部から毛嫌いされ敗戦の原因をつくった。
 イスラエルとアラブの和平調停や、中国封じ込めについて歴代大統領が手をこまねいていた難問をつぎつぎと解決したのはトランプ大統領の功績だったが、ときたま見せる大統領の下品なふるまいが、エリート層からきらわれたのはたしかだ。

 それにしても今回の選挙であきらかになったのは、アメリカ主要メディアのでたらめな報道だった。
 とくにニューヨーク・タイムス、CNN、ワシントン・ポストなどの報道ぶりは眼をおおうばかり、黒人の支持を失い、ヒスパニックの支持も失ったトランプは、決定的な敗北を喫するだろう、という連日に及ぶ予想報道は全くの出たらめだった。蓋を開けてみれば、トランプは初当選時より、黒人層からもヒスパニック層からも票を伸ばしていた。BLMの運動についても、トランプの作為的発言とされていたFOXニュースのほうがよりファクトに近かったということだ。
 にもかかわらずバイデンに負けたトランプは、目の前のコロナの影響を読み違えた。トランプはコロナに対し絶えず中国の原罪ととらえ対応していたが、国民にとってはそんなことより、目の前の巨大な感染症にたいして、という現実のほうが優先していたということではなかったか。
 そのことは日本での現実をみてもよく判る。もはや国民は中国の身勝手な対策から発生した巨大な感染症という視点を忘れかけている。

 朝日、毎日、共同を中心にした日本の主要メディアと同じく、ニューヨーク・タイムスもワイントン・タイムスもCNNも中立を失った運動報道にかわっているという事実を学んだのが、トランプ大統領の4年間だった。
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2020年11月04日

井上尚弥 MGMグランド・カジノ&カントリーを制す

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 ラスベガスにMGMがホテルを作る、という報に接し、ならばとばかりベガスに出掛けて何十年もたった。
 ハリウッド映画の栄光をそのままに、ロビーもカジノも客室もかってMGMが製作した映画のスチールやスター達のブロマイドが飾られていた。ショッピング・アーケードには映画で使われたドレスや小道具なども売られていて映画好きの好奇心をゆさぶられた。
 アカデミー賞歴代のプログラムを手に入れ、お宝よろしくトランクにいれて帰国したことを思い出す。

 あのMGMグランドがボクシングの聖地になっているとは知らなかった。
 日本のバンタム級井上尚弥が見事挑戦者ジェイソン・マロニーを退け、王者として14連勝をなしとげた。井上はバンタム級歴代のチャンピオンのなかでも最強といわれ、恐らく日本の伝説的ボクサーになるだろうといわれている。
 ベガスのリンクは無観客であったにもかかわらず、ネオンや照明、映像で充実した環境を演出していたあたり、アメリカのこうしたエンターテイメント制作能力の高さも充分に伝わってきた。

 ストリップにある多くのホテルのスポーツ・バーはさぞ盛り上がったことだろう。
 数十台の巨大モニターにかこまれたカジノバーは、コロナの時代に適応したかの如く1人1人が囲われ、好きなスポーツを選んでひがな一日勝者に賭けていられる。
 野球、サッカー、テニス、フットボール、陸上、水泳、格闘技、無論ボクシングもあらゆるスポーツが賭けの対象だ。ラスベガスでは小粋なショウを上演していたラウンジ・シアターが、ある時を境にスポーツカジノのためのバーになった。
 ラスベガスにはショーを見にいっていた筆者にとって悲しい出来事だつたが、カジノ好きの人達にとってはこの上なく喜ばしいことだったろう。 井上尚弥に興奮して金を賭けているアメリカ野郎の顔が小気味いい。
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2020年11月01日

エーゲ海の反乱

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 白壁の家、白い教会、白い十字架、白い坂道、白いヨット、青い海、青い空、穏やかでロマンティックな情景、……
 エーゲ海のイメージである。ポールモーリアはエーゲ海を真珠に例えた。モリコーネはエーゲ海にエロティシズムを聴いた。

 ギリシャの片田舎からローマにでてきた画学生ニコスは、同じ下宿にいた姉のエルダに恋し、お互いの恋人を棄てて一緒になるが、いつか有名画廊の娘アニタをしり、愛欲に溺れる。…ニコスはエルダの妹リーザとアニタ、それに美しいカメラマンのグロリアを連れてエーゲ海に向かう。
 エーゲ海での日々は夢のような愛にみちた時間だったが、愛欲のはてにリーザの銃弾に人生を閉じる。 言葉もなく見守っていたのはどこまでも深く青い空とエーゲ海だった。 池田満壽夫の芥川賞作品「エーゲ海に捧ぐ」である。

 すぐる夏、エーゲ海のクルーズに誘われたことがあった。ヨットで過ごすエーゲ海といえば、アバンチュールの日々がついてくる。
若さの終着にエーゲ海をめざすのは生きる証し、応じられない男ほど情けないものはなかった。

 あのエーゲ海にマグニチュード7.0の地震がおきた。沿岸には津波が押寄せ、多くの犠牲者をだしていると報道されている。
 エーゲ海の真珠はどこへいってしまったのか。コロナの再拡大とエーゲ海の津波など、ついこのあいだまで夢のまた夢だった。
 人類はどこかでとんでもない間違いを侵してしまったのだろうか。

 
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