2018年02月24日

女子フィギュアはコーチで恥をかく

 ピョンチャン五輪女子フィギュアスケートの最終戦をみた。
 修造の大騒ぎする日本のフィギュア女子は、あまりにも餓鬼っぽくて見る気になれないのだが、ロシアの凄さは見るべきという友人の勧めで、テレビの前にすわった。

 15歳のアリーナ・ザギトワにしても、18歳のメドベージュワにしても圧倒的に美しい。顔が美しいだけではなく、身体が美しく、大衆の眼にさらすキャンパスとして、十二分な肉体を持っている。フィギュアのような全身をさらして表現するスポーツは、そこが先ず入口である。
 テレビで絶賛する19歳の宮原知子は、伯母さん顔でちびだし、17歳の坂本花織は、まだまだ身体が絞り切れていない。JKの小太りがそのままオリンピックに出てきた感じなのだ。

 そして音楽、ドンキホーテの音楽が見事にカラダにのりうつっていたザギトワ、そしてアンナ・カレーニナを選んだメドベージュワ、オズモンドのブラック・スワンにいたってはバレエが先か、スケートかと言いたいぐらいの見事さで音楽が選手を包みこんでいた。
 それに引き比べ日本の選手からは全く音楽がきこえない。宮原知子の蝶々さんは、彼女自身意味も解らず蝶々夫人を採用したのではないかとさえ思った。ピンカートンに棄てられた蝶々さんの悲しみはどこにもなかった。坂本花織のアメリにしてもただ元気なだけで、アメリの青春はきこえてこなかった。

 衣装も格が違い過ぎた。クラシック・チュチュの基本を守ってフィギュア衣装に仕立て上げたザギトワ、メドページュワの濃紫のスパン使いとスワロフスキー使いの見事さ、なかでも黒鳥のイメージのオズモンドは成熟の美しさをふりまいていた。ザギトワとメデベージュワがフォーマルな長手袋をしてリンクに登場したときは息をのんだ。バレエやオペラでは当たり前だが、フィギュアで長手袋とはさすが伝統ある国だと感心した。
 安キャバレーのスパンコールで登場した宮原にしても、幼少期をテキサス・ヒューストンでは責めては可哀そうだ。責任はコーチにある。コーチがもつと勉強しなければ、音楽も衣装もいつまでたっても世界の三流品でしかない。解説者も技術点の説明だけで、芸術点には手も足もでない。
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2018年02月23日

言葉遊びと江戸っ子

 江戸っ子には昔から言葉で遊ぶという楽しみがあった。
 寄席の笑いも、お座敷での幇間の笑いも、みな色々な言葉遊びから成り立っていた。江戸っ子は互いにそうした笑いで暮らしの隙間をうめ、人生をたのしんでいたともいえる。言葉遊びは、洒落や粋を支えた江戸っ子の財産だった。

 SKDの昔からざっと30年いや40年かな、折に触れて便りのある生徒がいる。昔は生徒だったがいまでは立派な女性だ。いまだに情熱をうしなわず、歌ったり踊ったり、あるいはしゃべったりしている。「千景みつるさん」。SKDの本拠は浅草国際劇場だったが、生徒は日本全国から集まっていて、なかなかに生粋の江戸っ子はいなかった。彼女が江戸っ子なのか、否かは知らないが、まま彼女の送ってくれる便りのなかに「言葉遊び」がまぎれている。
 その生徒がなかなかの江戸っ子なのだ。歌ったり踊ったり、肉体がキャンパスの生徒だから、知能や言葉に興味をもつ生徒は珍らしかった。

「名月をとってくれろと泣く子かな アマゾンならば明日にはとどく(ジキジキ・きよし)」
     古今の名句もアマゾンに負けている。
「降る雪や明治は遠くなりにけり 昭和も遠くなっちゃいました(千景)」
     どこか生真面目な生徒がのこっいる。
「ああ母は平安美人のひな人形 お腹も三段かざりです(遠藤)」
「あー母は割烹着が似合っていた 姉さん被りもにあっていた(千景)」
     やっぱり生真面目な少女歌劇がみえる。

課題 三本の木をみつけよう。
「私の中にみつけました 元気 勇気 やる気(千景)」
「落語家に見つけました 人気 ごひいき 浮気(今井)」
「女性に見つけました 吐息 りんき うそ泣き(岡田)」
「韓国料理に見つけました カクテキ トッポキ ラポッキ(千景)
     やっぱりどこまでいっても真面目が財産の千景みつるさんなのだ。
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2018年02月21日

羽生結弦と小平菜緒

羽生結弦と小平菜緒 羽生結弦と小平菜緒

 平昌五輪の収穫といえば、間違いなく「羽生結弦」と「小平奈緒」ではなかろうか。
 この二人にみる人柄と、内在するスポーツとの距離は実に素晴らしかった。自己顕示欲のかたまりのような選手が圧倒的に多いなかで、この二人の謙虚さには清々しさを覚えた。
 いままでの大会で、メタルをかじったり、テレビカメラに向かってヴイ・サインをしたり、スポーツ選手のふるまいにはうんざりしていたが、今回はちがった。ようやく大人のボンサンスを身につけた選手がでてきたという思いだ。

 決して表にでない両親、祖母、叔母たち皆が「頑張っているのは本人です。親がしゃしゃりでて話すことはなにもありません」かって当然のようにそうであった家族の考え方が何時の間にか、家族みんなでというファミリー主義に対して、羽生結弦の両親は見事にくつがえしてくれた。
 ネットではいかにも東北人気質などといっているが、第二次世界大戦にまけるまでは、東京下町の家庭でさえ、息子の合格やスポーツ記録に親が出てきてシタリ顔をさらすことはなかった。子供は子供、親は親という個の確立ができていた。中学校の入学や東大の入学式に親がチャラチャラと出てくるようなことはなかったのだ。
 「自分の敵は自分です。僕は羽生結弦以上でもなければ、それ以下でもありません」
 中学校の教員である父も母も東北大震災で家を失い、仮設住宅暮らしから家賃5万円のつましい借家にうつり、金メダル後はマスコミが殺到するので、ようやく市内のマンションに移ったという生活態度からも、人柄の謙虚さが伝わってくる。
 マスコミのインタビューに「スイマセン、この国旗を持っていてください」日本の国旗を下においてはならない、という彼の意識に一瞬意味の分からなかった女子アナがいたというから困ったことだ。

 小平菜緒も父から「人から簡単に教わるのではなく、大切なことは自分で発見しなさい」「見て、考えて、自分のものにする、それが基本だ」としばしば言われたといっているが、この親にしてこの子ありということだろう。
 三人姉妹の末っ子とあれば、イージーに流れそうだが、そうした教育環境のなかから鬼かわいい「怒った猫」が生まれた。
 銀しか取れなかった韓国のアスリートに声をかけ、二人で抱き合って喜んだ姿が忘れられない。
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2018年02月19日

花嫁を圧倒する自衛官第二種礼装

花嫁を圧倒する自衛官第二種礼装

 二月という月は、制服業者にとって最後の追い込み月になる。ほとんどの制服は前年の秋には決定しているので、あとは個人に対して周辺付属のグッズ消費促進を企てるのみだ。

 自衛隊、警察、消防などの制服は、何時何処で誰がセレクトしているのか、知るよしもないが、学生服となると案外市民の近いところで選別が行われる。泰明小のアルマーニ学生服はどこかのデパートでうられるのかもしれないが、私学の服についてはあらかた近所に学校指定の制服やが存在した。
 制服販売の服やは何代か続いているような無気力な店が多かった。それでも新学期が近ずくと、店頭に○○小学校御用、○○女子中学校御用、などの書初めのような白紙がはためく。普段やる気のない店が意味もなく活気ずいてみえた。
 新しい制服は未知の世界へのパスポートのようなものだから、母親に連れられて採寸にいく本人は、ドキドキしていた。店のたたずまいを読み取る冷静さはまったくなく、間もなく始まる新しい毎日への期待とごちゃまぜになった興奮の時間だったような気がした。

 巷の話題に制服の佐川男子など登場するが、野郎たちの興味はもっぱら看護婦さんだったり、キャビン・アテンダントにむいていた。
 なかには世界のエア・ラインのCAの制服に異常な関心があり、とくとくと画用紙に制服デッサンをこなすオバカもいた。取り囲んでそのデッサンの行方を見つめ、尤もらしく論評を加えていた仲間たちも結構オバカな青春だったといえる。

 制服として圧倒的なパワーをひめているのは、陸、海、空、自衛隊三軍の夏の第2種礼装にとどめをさす。
となりに白無垢の打掛がこようが、胸までだした白のウェデイング・ドレスがこようが、絶対に負けない。
 蝶ネクタイにカマーバンドを締め、制帽をいただいたらまず一級品の日本男子が完成する。
 通常幹部自衛官と准尉だけに許される礼装が、自分の結婚式に限って着ることを許される。自衛隊の粋なハカライなのだ。
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2018年02月18日

青梅に残った最後の映画看板

青梅に残った最後の映画看板

 奥多摩の青梅という街はおもしろい。
 昭和がいっぱいに詰まっている。JRの青梅駅に降り立てば、まず懐かしの映画看板が出迎えてくれる。町を歩けば原節子に会えるし、笠智衆にもあえる。そのうえジョン・ウエインにもオードリー・ヘップバーンにも会えるのだ。
 映画看板が、青梅の街の顔になっている。いまではほとんど見なくなっている映画看板だが、昭和の街を彩ったのは、一週間ごとに変わるあの泥絵具で描かれたドギツイ映画看板だった。焼跡の荒廃した銀座に「カルメン故郷にかえる」の踊る高峰秀子の看板を仰いだ時の感動は忘れたことがない。

 東京物語、花の兄弟、黄金仮面、キリマンジャロの雪、明日に向かって撃て、市民ケーン、ローマの休日、黄金仮面、いづみ・ひばり・チエミのジャンケン娘等々、とても似ているのもあれば、少し微妙な看板もあってとにかく楽しい。
 この街には赤塚不二夫会館から昭和レトロ博物館、昭和幻灯館までそろっている。昭和をテーマに卒論を書く学生にとっては、青梅はこのうえなく有難い街に違いない。

 この青梅の街の景観を作った最後の映画看板師久保板観さんが、去る2月4日亡くなられた。泥絵具をニカワで溶いて、盛り込むように描いたあのテクニックを継承する人は、もうひとりも居なくなってしまった。
 商店街を歩きながら、板観さんは「ここは俺の画廊なんだ」といっていたそうだが、日本中から商店街が姿をけし、映画館も無くなって、さぞや寂しい気持ちで、あの世に旅立たれたことだろう。
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2018年02月17日

五月に星野和彦印象派フォトPARIS展が

五月に星野和彦印象派フォトPARIS展が

 ようやく5月パリ展の作品、フォト・プリントが完成した。
 といっても手元でプリントができる訳もなく、東京両国忠臣蔵のあの吉良邸あとに建つフレーム・マンなる巨大写真工房の皆さんの協力でできた。この工房のいいところは奈須田社長のお人柄とスタッフの皆さんの心使いのすばらしいところだ。
 パリでは額付きの展示はあまり歓迎されない。額にはそれぞれの趣味があり、作品を購入した人の好みが反映するからだ。従って厚紙のフレームによるブックマット方式で展示される。
 今回は東西の融合ガテーマなので、日本を被写体にとりあげたもの10点とフランスを被写体にした作品20点の構成である。もう少し理屈を並べれば、日本の自然風土とフランスの精神風土をみつめ、一枚の映像のなかに時間を語らせることに焦点をあてた。

 イースト・サイドの作品タイトルを列挙する。
 @ あなたは祈らなくともいい  南紀・串本・橋杭岩
 A 恋がしのんでくるように  安曇野・水景
 B 未熟な花々の歓声  福島・花見山
 C 神々をつれてくる  信州・別所平
 D 風にいだかれ 身をまかせる  霞ヶ浦・帆曳船
 E 想い出は青く痛い  北海道・美瑛
 F とっぜんに魔性が消えた  京都・祇園
 G 舞いおどる 秋におぼれて  京都・祇園
 H 極楽でお待ちします       宇治・平等院
 I 耕して天にいたる  唐津・浜野浦

 タイトルから映像を手繰り寄せていただくのも一興かと。いずれ映像もアップさせていただきます。
 とりあえずパリ展の第一報を。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

小室母子の怪しげな生態

小室母子の怪しげな生態

 秋篠宮家真子さまと小室圭さんの婚約延期事件をみて、この若者たちのあぶなっこさがつくづくとわかる。
 真子さまはこの結婚によって臣籍降下されるのだが、だからといって将来天皇になられるかもしれない弟君の姉であることにはかわりない。つまり、天皇家の親戚としての一生を送らねばならないのだ。
 それだけに恋愛の相手については、より慎重でなければならないことは当然のことだし、キリスト教的な恋愛の自由はないと思わねばならない。世間知らずの姫にそれだけの洞察力があると思うほうがおかしい。
 そうした面から父君の秋篠宮殿下の甘さはあつたし、紀子様も不用意だったといわれても仕方ない。かっては宮内庁や侍従、教育係が絶対的な責任を持ち、宮様方を守っていたし、結婚のお相手もこの上なく慎重に検討し、選んでいた。
 近頃はなんでも本人が選んだのだからとか、宮様が気にいったのだからと、大人たちは責任を回避している。 大人には大人の責任がある、ということにたいして世間全体がゆるくなっている。

 そもそも小室圭という人物について、本当に素晴らしい若者だと感じた日本人はそんなに多くなかった筈だ。
 真面目な学生は「湘南海の王子コンテスト」などには絶対に応募しない。自己顕示欲のつよい軽薄な人間だからこその行為だし、時にアナウンス学校にかようというのも胡散臭い。鏡のまえで冷静に自己をみつめれば、自分がアナウンサーに向いているかどうかわかるはずなのだ。よほどナルシストなのか、馬鹿なのか、どちらかに違いない。
 母親という人も問題だ。夫を亡くし子育てのためとはいえ、男に頼り、金銭をもらっていた。結婚前から次々とお金をもらい、子供の養育費に充てていたとは、なんとも見栄っ張りな話だ。貰った金は贈与だと、母子揃って主張したというのだから、ますます困ったことだ。結婚詐欺か売春婦かみたいな話で、相手の男は返してくれ、といっているのだから肉体関係を餌に、金だけせびって逃げたのかもしれない。
 いずれにしても下品なトラブルで、真子さまの嫁入りに適切な環境とはいえない。

 宮内庁は自分たちの責任はホホッカプリのまま、とりあえず結婚延期を発表したが、この先小室家から円満に結婚ご辞退を申し出れば事態は収拾できるが、破廉恥な小室親子が果たして結婚辞退を申し出るか、居直って慰謝料でも要求するとなれば、全く困ったことになる。ことは文春の見守る重大事態である。   
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:44| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月15日

美女軍団とテレビ朝日

美女軍団とテレビ朝日

 人間から思考力を奪い、馬鹿をつくるには「スポーツ」と「セックス」にまさるものはない。と堂々と発言したのは、第二次世界大戦で日本を占領した連合軍のマッカーサー司令部だった。
 素直な日本人は天皇制さえ守ってくれるのならと、唯々諾々とそれに従い、スポーツ振興とスポーツ・ギャンブルに邁進し、映画も舞台も義理人情を排し、性表現に意を尽くした。
 あれから70年、戦争に負けるということはこういうことなんだ、と最近しみじみと感じる。

 平昌オリンピツクは見事に北朝鮮に乗っ取られた。ネットでは平壤オリンピツクと呼ばれている。
 美女管弦楽団に興奮し、美女応援団に異常な興味を示す。北は見事にマッカーサー司令部を学んでいた。

 テレビ朝日のレポーターの軽薄ぶりが話題になっている。
「美しいですね」というフィリップを手にしたレポーターは、美女応援団に近ずき絶叫、「アッ、こっちを向いてくれました!」「アッ、笑ってくれました!」「笑ってくれました」  さすがネット族もその軽薄ぶりに唖然とし、いっせいに攻撃した。
 テレ朝の馬鹿レポーター、日本人を何百人も拉致されている、ということを考えろ! お前は阿呆だ。ディレクターは大馬鹿だ。プロデューサーは何を考えている。! スポーツ・レポーターの馬鹿ぶりはテレビメディア全体の信用を落とし、今更のようにメディア・リテラシーの重要性を喚起させてくれた。

 ようやく最近はメダル、メダルとそちらに関心が移ったようだが、オリンピック始まり当初の話題は美女軍団だらけで、日本の地上波テレビは北朝鮮の宣伝隊に成り下がっていた。メディアとしてのプライドも品性もまったくなく、ましてや日本人の悲劇についての思考力ゼロという体たらくだ。
 敗戦国民のたどる愚かさを、テレビ朝日のレポーターは十二分に知らせてくれた。情けないではかたずけられないテレビのテイタラク、それが平昌オリンピックだった。

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2018年02月12日

嬉しかったルネ・マグリットの菓子缶

嬉しかったルネ・マグリットの菓子缶

 ヴァレンタイン・デーに先んじて送られてきたプレゼントにとても嬉しいものがあった。15センチ×10センチそれに高さ6センチほどのブリキの缶に入ったお菓子である。この場合中味の菓子はどうでもいい。菓子をいれた缶がとても嬉しかった。

 缶の表面にはルネ・マグリットの作品がプリントされてある。お菓子の名前もメーカー名もまったくない。
お菓子を作ったメーカーの作品にたいする姿勢、敬意がみえてますます嬉しくなる。マグリットの作品はかの「人の子」(1964)に描かれた作品である。小市民の紳士の顔に青いリンゴの実がたちはだかっている。

  小市民は白いワイシャツにネクタイをきちんと締め、待ち合わせ時間には絶対に遅れないルネ・マグリツト自身のような紳士だし、顔を遮った青いリンゴもまだまだ未熟な自己を表すような示唆にとんだ構図の作品である。彼の視覚と哲学の融合という考え方が見事に作品化されている。
 なによりもマグリットの作品にホツとするのは、基本をなすもののカタチが、きわめて正直で明確なことだ。そこには主観をいれた難解なものはなく、平易なかたちの合成のなかで哲学を主張している、芸術家のひかえめなモラルに充ちた思想が流れている。

  上半身がブルーとなり、下半身がリアルカラーの「黒魔術」と題された作品でも基本の形はまったく写実の女性だというところがまさにマグリツトであるし、「共同発明」は上半身が魚、下半身が人間そのもの、「ゴルコンダ」でも天地を浮遊する無数の人間たちはじつにリアルなのだ。マグリットが時間を超えて支持されるのは、シュールリアリストたちの我儘を超えたところにある彼の思想にあるのだろう。
 ちなみに彼は死ぬまで夜10時の就寝時間を守ったと伝えられる。
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2018年02月10日

校服がアルマーニで何処が悪い!

校服がアルマーニで何処が悪い

 アルマーニの制服(標準服)について、東京しらずの議員やら、田舎出身のジャーナリストが騒いでいる。公立校としてこんな高価なものは如何なものか、小学生に着せるものではない、とかまあ近頃のクレーマー族と同じだ。

 まず第一に東京における学校格差について、全く認識がない。銀座・泰明小学校を公立校だからといっているが、そこが先ず間違っている。泰明小学校は公立校だけれども、公立校ではない。現在では「特認校」といっているが、学区外からも入れる特別校なのだ。なにしろあの東京大空襲にも負けなかった22センチの鉄筋コンクリートに守られたエリート校である。中央区民は少人数教育の超有名名門校と認識している。ここを出て麻布中、日比谷高、東大と進むのが、親たちの夢である。
 泰明小学校の正門は「フランス門」と呼ばれ、そこをくぐって学校に通うのはとても晴れがましいことなのだ。

 東京には昔から「下町の学習院」などという言い方があった。江戸っ子にとって「学習院」というのは、高貴な、お上品な高級な、育ちがいい、といったスラングで、学習院そのものをさす言葉ではなかった。

 小学校も下町では泰明、久松それに明治あたりが、「下町の学習院」だった。山の手では、番町、麹町、そして筆者も通った誠之(セイシ)が「下町の学習院」と呼ばれていた。当時は名門私学よりも名門公立校のほうが人気があった。教育方針もそれぞれで、その学校の教育方針に従い、卒業まで通うことを誓ったうえで入学が許された。戦後机のうえの線引きで生まれた学校とは全く違う。
 誠之の名称も儒教の書から「誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり」と水戸藩主徳川斉昭が命名された。一高、東大への進学校で、公立でありながら都内有数の名門校であり、一年生から英語のある学力向上フロンティア・スクールだった。

 こう考えてくると、泰明小のアルマーニ採用はなんの不思議もないことに行きつかないだろうか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする