2017年06月24日

「豊田真由子」この女、狂暴につき……

 「豊田真由子」東大法学部出身、ハーバート大学院留学、厚生労働省にキャリア官僚として入省、自民党公認として埼玉4区より立候補、当選ののち文部科学大臣政務官、東京オリンピック・パラリンピック大臣政務官、復興大臣政務官をつとめた。この経歴を見れば、どんなに素晴らしい女性かと認識して当然だろう。

 代議士に相応しいと選んだ自民党幹部、この女性ならと選挙応援に駆け付けた安倍首相、そしてこの人に清き一票を投じた埼玉4区の県民、この人に惚れて結婚した国交省のエリート旦那、みんな節穴当然の眼を持っていたということだ。
 人は騙されやすい、近所のおばさんも、優しくていい人でしたよ、テレビのインタビューに答えている。騙されやすいのはしかたないにせよ、国を動かすことになる人の選別は、もっと厳しい眼をもたないとダメだ。
 若者の色恋沙汰のように心優しく人間を評価してはいけない、というイカニモの事件が起きた。

 次々と辞めていった100人の秘書のうちの、一人の勇気によってこの事件は明るみにでた。
「この、ハゲっっっっ!」「違う! 違うだろっっっっっっ!」ポコッ!すいません…すいません「鉄パイプでお前の頭砕いてやろか!」 とんでもなく狂暴な、あえていわせてもらうと女暴力団なのだ。
 東大というエリートコース、官僚という優越感、代議士という選良意識が、上から目線の暴力体質をかたち作っていったであろうことは容易に想像できる。選挙民は、白いスーツにバッチをつけた巧言令色な女には、警戒しなければいけない。

 「自民党魔の二回生」と呼ばれる30代から40代の議員たちを集めて、党は再教育をするべき。
 重婚は駄目ですよ。ストーカーも止めて下さい。路チュウは議員の間は謹んで。ゲス不倫は芸能人のやることですから。秘書は録音器やカメラを隠し持っていますから、暴力的言動や差別的態度をしてはいけません。守っていただければ、いつか必ず大臣になれます。そして時間が出来たら政策について勉強していただきたいと、やさしく新人国会議員再教育センターを開いて欲しい。

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2017年06月22日

中国が乗っ取った苫小牧駒澤大学

中国が乗っ取った苫小牧駒澤大学

 政治家と文科官僚が壮絶な権力闘争を演じている隙に着々と成果を上げているのが、中国共産党である。
 森友学園やら、加計学園の騒ぎのさなか、中国は北海道に確固たる教育拠点を確保した。あの大リーグ、ニューヨーク・ヤンキースで活躍する田中将大の母校、駒沢大付属苫小牧高校を擁する学校法人駒沢大学が、傘下の苫小牧駒澤大学を、中国の対外工作法人と目されている京都育英館に無償譲渡したのだ。
 京都育英館ときけば、いかにも日本人のための教育補助を役割りにしているように思うが、実は中国人のための留学補助機関で、理事のなかには中国共産党員もいる。

 数年前、中国の資金と教材による孔子学院が、日本の大学30校に及ぶと話題になったが、中国共産党の浸透作戦はもうだいぶ前から工作され、洗脳された親中日本人はかなりの数に上っている。これらはすべて日本の文科政策の網をくぐって着々と進められてきた。
 文科官僚は安倍総理への忖度文書を作る暇があったら、中国にたいする教育防衛を一刻も早く実施すべきだ、と思うが如何。

 中国の高校大学を卒業した学生を日本の大学、大学院に進学させるための学校、それが京都育英館の運営する関西語言学院だし、在籍は全員中国人だ。さらに下部校として東北育才外国語学校という中高一貫校もある。
 苫小牧駒澤大学は遠からず駒沢の名前はどこにも見当たらない中国名の大学として再デビユーすることだろう。苫小牧市が提供した私有地10ヘクタールも、53億の設立資金もみな無償で中国にもっていかれたのだ。
 それでもまだ文科官僚は、加計学園の忖度にこだわりますか。
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2017年06月20日

吉井澄雄さんの読売演劇大賞を祝う

吉井澄雄さんの読売演劇大賞を祝う

 「お久しぶりです。書かれてますか。」「いやぁ、尻をかいて、恥をかいて生きてるよ。」
 文壇人ではない、駄洒落の名人、作曲家の池辺晋一郎さんである。新国立劇場でオペラ「おしち」を上演した際、作曲で世話になった。歌舞伎から宝塚まで幅広く評論活動をされている横溝幸子さんは矍鑠としてお元気、都の優秀演劇審査でご一緒した。 デザイナーの森英恵さんは相変わらずのサングラスだったが、口跡が落ちて伝わりにくい。浅利慶太も黙って腰かけているだけだ。
 上等な杖というべきか、ステッキをついて現れたのは花柳流の家元花柳寿輔さんだった。「足が不自由になってね、もう舞台にはたてないよ」「東おどりはやっているんでしょ」「うん、振付は大丈夫だけど…」芸術祭の作品つくりに共に汗を流したこともある。
 みなそれぞれに仕事をし、老境にはいった芸術家たちだ。

 「舞台照明とは、光をもって、劇芸術の創造に参加する仕事である。 吉井澄雄」
 吉井澄雄の第24回読売演劇大賞芸術栄誉賞の受賞を祝って集まった面々、吉井さんは、石神井時代の劇団方舟から劇団四季の結成、日生に於けるベルリン・ドイツ・オペラからスーパー・カブキに至るまで、この国の照明デザイナーとして超一流の仕事をしてきた。
 吉井さんの照明はいつもシャープに研ぎ澄まされて、無駄がなかった。脚本の思想、演出の意図を120パーセントバックアップしてくれた。
 筆者は宝塚大劇場の隣りにバウホールが出来たとき、「真帆志ぶきショー」の構成演出をし、吉井さんの光に助けられた。

 薄暗い会場のなかで、どこか見覚えのある女性に声をかけられた。アート・クリエーションの林智子さん、小栗哲家名舞台監督の右腕である。関西のオペラ演出家と結婚し、いまは中村智子さんになっていた。
 「小栗ももうそろそろ引退しようかと、いってます」「…息子も売れてるし、もういいかも…」 無責任な挨拶を交わして別れた。

 今井直次、石井尚郎、有馬裕人、沖野隆一、そして吉井澄雄さん、振り返ればいろいろな照明家にたすけられた舞台作りだった。
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2017年06月19日

教育グループ・加計学園の実態

教育グループ・加計学園の実態

 テレビのワイドショウは相変わらず加計学園の問題を大騒ぎしている。
 文部省にメールがみつかったとか、いや問題なのは内閣府からきたメールがあったとか、なかったとか。
元次官を証人として呼べ、呼ばない、あきれてますます視聴者はテレビの前から離れていく。

木を見て森を見ずの喩えもあるように、獣医学部を認可すべきか、否か、加計学園なる教育グループはいかなる
グループなのか、一向にその辺の情報はでてこない。

 獣医学部についての文部官僚の岩盤規制は、いままでも云われてきたことだ。獣医師会はみずからのの利益を守るため許認可権をもつ文部官僚にしっかりと食い込んきた。元前川文科次官が今ごろ暴露戦術にでたのは、自己の内閣府人事に対する恨み、さもなくば陰で仕切っていた天下り人事について、加計学園が素直に従わなかったのが原因ではないかと推察できる。
 その尻馬に乗ったのが、無能な野党と朝日、毎日と各地上波テレビの安倍内閣倒閣運動である、というのがネットの評判になっている。

 岡山理科大学の研究成果には見るべきものが多い。
 なかでも魚の養殖技術は素晴らしい。ウナギ、クロマグロ、シマアジ、ヒラメ、トラフグ、そしてブラック・タイガーと、間もなく漁ができなくなる海洋資源の養殖化を次々と成功させている。
 感染免疫学、バイオ人工臓器、ユニバーサル・デザイン、再生医療の新素材開発、人工関節の長寿命化、次世代通信研究等々、大学教育の役割を果たしている。

 加計学園傘下の学校として、岡山理科大学のほか、倉敷芸術科学大学、千葉科学大学があり、専門学校、高等学校、中学校、インターナショナル・スクールまで7法人28校、西日本最大規模の教育グループになっている。
 学校の特徴もしらずに、政争の具に取り上げ利用するメディアと野党にはガッカリなのだ。
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2017年06月18日

野際陽子さんが、帰らぬ人となった

野際陽子さんが、帰らぬ人となった

 野際陽子さんが旅立たれた。野際さんの思い出は、学生時代に飛ぶ。

 成蹊学園と立教女学院は仲良しだった。その年、立教女学院の高校一年に、凄い美少女がいる、という情報がかけめぐった。立教に通っている妹の情報だから本当だというので、ミに行こうということになった。荻窪に住んでいる彼女は、中央線で吉祥寺に、そこで井の頭線に乗換えて学校へ行く。吉祥寺の駅に張り込めば彼女をミルことはできるが、成蹊の生徒がそんなことをする訳がない。礼儀正しく品行方正なのが成蹊の校風だった。
 そこで女学院のバザーへ行こう、ということになった。立教女学院名物の秋のバザーにいって彼女をミようと企んだ。一年生のワゴンのところに彼女はいたが、臆病な悪ガキどもは彼女に声を掛けることができず、隣の上級生のクッキーを買って帰ってきた。高一の野際陽子は、見知らぬ聖女マリア様に見えた。

 1965年の暮、人ずてに野際さんが話をききたい、という連絡があった。実はパリへ行くので、何処を見てきたらいいか、といういかにも野際さんらしい律儀な質問だった。
 オペラ座、コメディ・フランセーズ、いくつかのブールバール劇場、そしてシャンソニエ、ユシェット座の「授業」はぜひと推薦した。2年間の留学を終え、彼女はミニ・スカートをはいて颯爽とタラップを降りてきた。ファションに目覚めたのだ。

 1970年、日本で初めての一億円規模のファッション・ショーを演出することになった。東京は帝国劇場、大阪はフェスティバル・ホールが会場だった。ナレーターを野際さんに依頼した。ファッション・ショーの経験はないけど一生懸命やるわ、と快く引き受けてくれた。テーマはメタモル、台本を届けたところ、5日間質問責めにあった。毎朝電話がかかってきた。片仮名のファッション用語について、次々と質問された。
 真面目、正直、知に対する好奇心はずば抜けていた。野際さんのかもしだす品性と、知的なたたずまいが大好きだった。

 千葉真一さんと結婚、というニュースに接し理解できなかった。あの控えめで端正な野際さんが、何故、動物の臭いのする千葉真一さんに惚れたのか。のちに離婚の報に接し、ホッとしたことを覚えている。

 あの立教女学院のマドンナが、キイハンターでアクションし、冬彦さんを愛して、あの世に旅立ってしまった。                    合掌 

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2017年06月17日

牛歩7人のアフォーマー

牛歩7人のアフォーマー

 国会の終盤、久しぶりにオバケがでた。
 牛歩戦術という名のオバケだ。もうとっくに絶滅したと思っていたが、どっこい牛歩は生きていた。

 福島瑞穂、森裕子、又一征治、山本太郎など、社民党自由党などの7人が、牛歩にかかわった国会内絶滅危惧種だ。この人たちには町の広場と国会の区別がつかないらしい。国会をパフォーマンスの場と勘違いしている。
 言うまでもなく、國会は提案の場であり、審議の場であり、議論の場であり、評決の場だ。民主主義のもとでは、評決はことの是非を問わず数の論理が総てだ。審議を尽くした後は、数の原理に従うしかないのだ。
 それが不満なら次の選挙で多数派を目指せばいい。多数派になれないのは、自分たちの主張に民意がないからだ。

 議長席のしたで、盛んに牛歩しアピールしていたが、伊達忠一議長による投票時間制限をなめていたのか、15日7時46分投票終了宣言であわてて投票したが、タイムアウトの無効票とされてしまった。その折の無様な慌てぶりがテレビに映し出され、全国民の失笑を買った。
 そんなに牛歩がやりたければ、国会の外、どこかの横丁かアゼ道でやればいい。パフォーマンスではなく「アフォーマンス」と揶揄される所以である。

 安保法案では戦争法案だと偽って、国民を不安に貶めた。 PKO法案では、子供達を戦争で死なせてはいけないと煽った。憲法改正では、まるでマッカーサーの子分のごとき有様、そして共謀罪では一億総監視社会になる、とわめいて審議妨害をした。
 この議員たちは、すでに国中に監視カメラが取り付けられ、ネットの閲覧は自由自在というデジタル社会の現実を知らないのだ。
 牛歩議員たちは、国会内の「反日日本人」であり、反日パフォーマーといわれてもむべなるかな、である。

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2017年06月16日

猫とフトモモ

猫とフトモモ

 最近のグラビアの話題をひとつ……。
 少女ではない。レディでもない。女教師でも看護師でもない。
 もちろんアラフォーでも、アラフィフでもない。なあんだそんなことか、と思わないでいただきたい。

 主役はあなたの大好きな「猫」である。
 猫の相手役は「フトモモ」、つまり写真集の題名は「ネコとフトモモ」、文字通り猫と女性のフトモモだけを撮影した写真集である。
 どうも猫を愛している人よりも、フトモモを愛している人たちがこの本を買い求めているようだ。発売一か月にして予定部数の倍を売り上げたと伝えられる。
 フトモモを愛する人というのには、あまり大義名分はない。言葉を換えれば、平々凡々な女好きだともいえる。

 ここにいる猫は女性のオッパイから顔をだしたり、尻尾がバストにじゃれたリ、腹部で気持ち良さそうに昼寝したり、オマタの間からのぞいてみたり、フトモモがベットになっていたり、とにかく女性の曲線という曲線を利用して楽園を作りだしている。
 男の邪悪な願望を猫にたくして満足を得ている、とでも非難されたら言い訳の余地はない。いや猫の立場からは、ただ無邪気に女性のカラダと戯れているだけ、というかもしれないが、ここに写し出されている接触愛は、男と女の代償行為としかおもえない。

 「猫を飼っている人には日常ですけど、男性目線で見るとうらやましいなあと、思えたんです」、と写真を撮った青山裕企氏はいっている。
 十数匹の猫と日々をすごしてい暮らしている井上真樹ちゃんの感想をきいてみたい。
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2017年06月14日

「歌わないカラオケ」のあした

「歌わないカラオケ」のあした

 「もっとも重要と思うが、もっとも不快に感じる電子機器」ランキング第一位に輝いたのは、「KARAOKE」だった。イギリスに於ける調査で、携帯やパソコンを抑えて、圧倒的なトップに躍り出た。
 1970年代に日本で生まれたカラオケは、1990年代通信カラオケの誕生とともに全世界に進出した。
といっても、海外ではそれぞれの事情から、たいぶ店の雰囲気はことなる。
 アメリカ人は素人が人前で歌うという趣味はあまりないので、カラオケに行くときはプロの演奏に合わせてオドルという目的のほうが多い。中国では、シャオチェ(小姐)が寄り添ってサービスする風俗カラオケが当たり前になっている。

 1950年代の日本では生バンドで歌う歌声喫茶だった。若者があふれんばかりに集まってうたうロシア民謡や労働歌、熱気むんむんの歌声喫茶だ。高年齢層は、ピアノやギターでの歌うクラブ・カラオケだった。それが80年代を迎えカラオケ・ボックスが誕生し、シングルCDのB面にカラオケが収録されるようになった。
 この頃からカラオケは、芸能人憧れ型やら自己陶酔型、さらにナンパカラオケに分岐し、90年代通信カラオケの進歩とともに個室カラオケ、二次会カラオケ、パーティカラオケへと移った。屋台村やらエスニックレストランを蹴散らし、盛り場の女王となったのだ。がその頃がカラオケのピークで21世紀の掛け声とともに少しずつ衰微の様相をみせてきた。

 いまでは「歌わないカラオケ」が中心になっている。
 カラオケに昼飯を食べにくるOLがいる。料理もお茶もすぐ出てくる。一人でのびのびとランチをするには、カラオケが最高、というのだ。 グループ・レッスンは恥ずかしい。カラオケルームでパソコンをつないで一人英会話をする。英会話カラオケなのだ。英会話学校で一時間ひとりレッスンをうけると5000円はかかるが、カラオケなら一時間953円ですむ。コスパに優れたレッスンカラオケという訳だ。
 広いパーティルームを借り切って、シネカラオケと洒落こむ女子会もあるという。豪華100インチモニターで好きな映画を見る。お気に入りのラブシーンはなんどでも巻き戻して、皆でキャッーと興奮しまくる。その上アルコールを注文してご機嫌で帰っていく。
 カラオケでデートというのは、もはや古典的なジャンルに入る。会社の会議室かわり、ちいさな研修会、役者の台本覚え、お笑いの段取り合わせ、忘年会用余興リハーサル、大声だしてのゲーム・カラオケ……と歌わないカラオケがますます跋扈しつつある。

 ちいさな空間から仲間の集まる空間と、これからのカラオケはカフェ、レストラン、居酒屋など飲食機能と、歌う・踊る・学ぶ・遊ぶのあらゆるサービスを備えたマルチ・レジャーのある町のコムュニケーション・センターになっていくのかもしれない。
 この国ならではのおもてなしにみちた「歌わないカラオケ」は、公民館を超えた公民館なのだ。。
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2017年06月13日

岩谷時子賞・斎藤由貴と加山雄三

岩谷時子賞・斎藤由貴と加山雄三

 授賞式はたいていは金屏風がお約束になっているが、今日は違った。
白い厚いパネルがステージ正面にしつらえられ、中央には岩谷時子にふさわしい花の数々が、そのホワイトボードから浮かび出て品のいいディスプレイになっていた。花のうえには「第八回岩谷時子賞授賞式」と明朝でさっぱりとかかれている。

  まずFoundation for youth にえらばれたのは「服部 百音」さんだった。
  大御祖父ちゃんの服部良一さんとはいくつかの仕事をした。敗戦後の日本にいち早くジャズやヴギをとりこみ、日劇のレビューなどを通してニホンを明るくした。
 お祖父ちゃんの服部克久さんとは学校がおなじだった。パリにいた頃、ダークダックスを引き連れてパリ公演にきた。いくつかの編曲、作曲で世話になった。
 お父上の服部隆之さんは、パリのコンセルバトワールを卒業ののち、数多くの作曲活動をしている。大編成のシンホニーによる劇音楽では日本最強の作曲家だと思っている。いつかこの人にオペラを作って欲しいと願っているが、いまだ機会を得ていない。
 その娘さんが服部百音ちゃんである。母親もヴァオリン弾きなので環境は百パーセント整っている。けだし服部百音は当然のごとくに生まれた。

 岩谷時子特別賞にダイフクが出てきたのには驚いた。かっての東宝のお嬢さん女優が見事に花開いた。
 きけば越路吹雪を素材にしたミュージカルで岩谷時子役を演じたという。テレビのミステリーでも見事に刑事役をこなし、キャラクターで紅一点のポジションを確保している。筆者は〽探しものはなんですか…と、とまどいながら唄っていたころの「斎藤由貴」が好きだった。いまや東宝きっての演技派女優にのし上がった。

 岩谷時子奨励賞は三人、安定感のある四季の瀧山久志、乃木坂の生田絵梨花は声は出ているが表情に乏しい、そしてハンデキャップのピアニスト野田あすかだった。

 岩谷時子賞はいまさらながらの「加山雄三」ニンジンを食べすぎていまだに生きているという挨拶だった。
〽ぼくはシアワセだなぁ…と歌ったが、往年の色つやには遠かった。

 岩谷時子さんの著作権が原資とはいえ、島崎春彦さんも大変だなぁとパレスホテルのパーティ会場から、代官山の成田屋邸に向かった。故団十郎夫人はすっかり元気をとりもどし、かっての美しさを取り戻していた。
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2017年06月11日

ミスタツチの天才「アリス沙良・オツト」

ミスタツチの天才「アリス沙良・オツト」

 アリス沙良・オットが今もっとも刺激的な音楽家であることは間違いない。
 日本人の母とドイツ人の父の間に生まれた彼女は、世界のどこにいっても国籍を聞かれるのが一番嫌なことだ、という。ザルツブルクのモーツァルテウム音楽大学を卒業した。日本語とドイツ語と英語を話す。CDデビューは、リストの超絶技巧練習曲、案の定「天才少女」の文字が新聞紙上を埋めた。

 ノエ乾、エリック・シューマン、フジ子・ヘミング……いま話題の混血音楽家たちは、欧米の音楽環境に自然に恵まれて育ってきた。そのため日本国内で音楽を必死に学び、楽しむことに縁遠かった日本人音楽家に較べ、どこかおっとりとしている。
 アリス沙良・オットも世話繁にテクニックを押し付ける曲よりも、スローなゆったりとした曲のほうが評判がいい。リストより、ショパンのワルツ集のほうがはるかに評判がいいのだ。
 それでも彼女は、アルゲリッチの情熱と、アシュケナージの緻密な繊細さが好きだという。きっと自分にはないものだから好きというのかもしれない。どこまでも自己流で、徹底的に自己解釈でピアノに向かう彼女は、日本人の嫌うタイプの音楽家かもしれない。

 なにしろ譜面通り正確に引くことを至上とするこの国の楽壇人にとつて、「ミスタッチの多い天才」などは許されない。ミスタッチは憎むべき行為であり、ミスタッチを平気でするプロ音楽家はいないのだ。
 彼女は経験が音楽をつくるという信念から、練習より経験を重視してきた。ルービックキューブが大好きで、吉幾三の「おらさ東京へ行くだ」を愛唱歌とする彼女は、いま世界中から引っ張り凧で、一年の七割をホテルのベツトの上で過ごしている。
 鍵盤のうえで指がどう動くかではなく、指が紡ぎ出すファンタジーが主役になったとき、ようやくこの国にクラシックが根付いたと言えるだろう。
 その日まで「頑張れ、ミスタッチの天才」それがアリス沙良・オットなのだ。

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