枝野幸男経産大臣という人が、大飯原発の再稼働について「おおむね安全基準を満たしている」と発言している。この「…おおむね」という言葉がうさんくさい。なにかあったとき、慇懃に「私はおおむねと申し上げましたが、絶対とはいっていません。あとは皆さんが判断なさったことです。」いかにも東大出の官僚が使いそうな、こさかしい言い回しだ。
長らく野にいた民主党のボスたちが、政権をとるやたちまち官僚色に染められ、我々市民の使う日常的日本語ではない霞が関言葉を多用するようになった。霞が関言葉におぼれ、それを使うことで政治のプロになったような錯覚に捕らわれているのではないだろうか。
「…説明に伺い理解をうるようにいたします。」そして「おおむね理解をいただいたようにおもいます。」初めから再稼働ありきの、ガス抜きであったことが明白なのだ。
官僚はこうしたとき裏でアメを使う。地元から申請されている公共事業などに、そしらぬ顔で予算をつける。さらに許認可権をもつ地元知事の手柄になるような案件を精査して花をもたせる。霞が関のこうした高等戦術のまえに、反対論は次第に影をひそめ、さしもの強硬派知事も落城する。
日本の現実をみて、イタリアも、スイスも、フランスも、ドイツも、みな脱原発をめざしているが、日本では原発必要論がじわじわと広がっているのが悲しい。
2012年05月18日
2012年05月17日
猫としずちゃんとオリンピック
猫ひろしがカンボジアで、オリンピック出場権を獲れなくて本当によかった。
しずちやんも女子ボクシングで、オリンピック出場権を逃して本当によかった。
スポーツ選手のタレント化が始まってもう四半世紀も経つだろうか。オリンピックに出たからと言って、すぐにタレントになるという奇妙な図式ができて、困ったものだとつぶやいていた。
芸能プロダクションにスポーツ事業部ができ、電通あたりがオリンピック委員会と組んで選手のコマーシャル出演を企むようになって、事態はますます悪い方にすすむようになった。
猫ひろしについては、かってホリエモンの右腕と称していた渡邊健太郎とその女房が社長をつとめるカンボジア・ドリーム社、さらに猫の所属するワハハ本舗が悪い。にわか国籍をとり、カンボジア五輪委員会に協賛金を支払って、さあオリンピツクに出るぞ、というこのお笑いにクーペルタンの近代五輪精神を説き、辞めさせる知性がひとりもいなかったという事実にも驚く。自分の欲望が最優先する猫のお馬鹿ぶりに、ワイドショウの司会者が声援を送っていたのにもあきれたし、劇団の先輩の久本雅美ももうすこしお利口かと思っていたが、やっぱりただのお笑いだった。貧しいカンボジアで一生懸命走っているアスリート達に本当に申し訳ない。
しずちゃんのボクシングにも困ったものだ。
182cmの巨体から繰り出すパンチにはそれなりの威力はあったろうと推察するが、所詮付焼き刃、2年や3年やったぐらいで、オリンピツクを口にすることが間違っている。日本には重量級の選手がいないので、大会に出ても不戦勝ばかり。だいたい本業の漫才でも、M-1グランプリにでては敗退、松ちゃん辺りからいつもケイコ不足を指摘されていた。南海キャンデーズの漫才はいつも0.5秒遅いといわれていた。ケイコ不足も0.5秒も致命傷なのだ。スポーツをあなどっている、といわれても申し開きできない。
しずちやんも女子ボクシングで、オリンピック出場権を逃して本当によかった。
スポーツ選手のタレント化が始まってもう四半世紀も経つだろうか。オリンピックに出たからと言って、すぐにタレントになるという奇妙な図式ができて、困ったものだとつぶやいていた。
芸能プロダクションにスポーツ事業部ができ、電通あたりがオリンピック委員会と組んで選手のコマーシャル出演を企むようになって、事態はますます悪い方にすすむようになった。
猫ひろしについては、かってホリエモンの右腕と称していた渡邊健太郎とその女房が社長をつとめるカンボジア・ドリーム社、さらに猫の所属するワハハ本舗が悪い。にわか国籍をとり、カンボジア五輪委員会に協賛金を支払って、さあオリンピツクに出るぞ、というこのお笑いにクーペルタンの近代五輪精神を説き、辞めさせる知性がひとりもいなかったという事実にも驚く。自分の欲望が最優先する猫のお馬鹿ぶりに、ワイドショウの司会者が声援を送っていたのにもあきれたし、劇団の先輩の久本雅美ももうすこしお利口かと思っていたが、やっぱりただのお笑いだった。貧しいカンボジアで一生懸命走っているアスリート達に本当に申し訳ない。
しずちゃんのボクシングにも困ったものだ。
182cmの巨体から繰り出すパンチにはそれなりの威力はあったろうと推察するが、所詮付焼き刃、2年や3年やったぐらいで、オリンピツクを口にすることが間違っている。日本には重量級の選手がいないので、大会に出ても不戦勝ばかり。だいたい本業の漫才でも、M-1グランプリにでては敗退、松ちゃん辺りからいつもケイコ不足を指摘されていた。南海キャンデーズの漫才はいつも0.5秒遅いといわれていた。ケイコ不足も0.5秒も致命傷なのだ。スポーツをあなどっている、といわれても申し開きできない。
2012年05月15日
フリーペーパーにかける情熱
全国どこの町どこの駅にいってもあるのが、フリーペーパーだ。
本を読まなくなって、本を買わなくなって、本の危機が叫ばれるようになった頃から、あちこちに出現したのが、フリーペーパーと呼ばれる雑誌だ。
いかにもタダだから当然といった風情の貧しい印象の冊子から、作り手の情熱があふれ出ている雑誌、あるいはこれをビジネス・チャンス、と企んだのがみえみえの表紙の地域誌まで表情はいろいろだ。
手にとってパラパラとページをめくると、すぐ見当がつく。あっ、このフリーペーパーは広告を集めて金儲けが目的だなとか、この情報を伝えたくて作ったんだな、と作り手の根性が見えてくる。ひと通り眼を通したらすぐさまゴミ箱行き、という小誌から、これは持ち帰りたいというのまでさまざまだ。
渋谷パルコにある「オンリー・フリー・ペーパー」には3000種に及ぶフリーぺーパーがおいてある。
「やはりページをめくって読んだほうが、強く印象に残るんでしょう。こうした印刷物には思い入れが込められているんです。ウェブ上の情報は埋もれやすいし、すぐに消えてしまいますから。」 オーナーの石崎孝多さんは、とにかく面白いこと、なにか新しいことがやりたかったという。ここにはしがらみのないタダの気軽さと、オタクな情熱が溢れている。インターネットのこの時代に紙にこだわり、紙に命をかけた人々がこんなにいるんだと、おもわず熱くなってしまう作り手ワールドがそこにある。
本を読まなくなって、本を買わなくなって、本の危機が叫ばれるようになった頃から、あちこちに出現したのが、フリーペーパーと呼ばれる雑誌だ。
いかにもタダだから当然といった風情の貧しい印象の冊子から、作り手の情熱があふれ出ている雑誌、あるいはこれをビジネス・チャンス、と企んだのがみえみえの表紙の地域誌まで表情はいろいろだ。
手にとってパラパラとページをめくると、すぐ見当がつく。あっ、このフリーペーパーは広告を集めて金儲けが目的だなとか、この情報を伝えたくて作ったんだな、と作り手の根性が見えてくる。ひと通り眼を通したらすぐさまゴミ箱行き、という小誌から、これは持ち帰りたいというのまでさまざまだ。
渋谷パルコにある「オンリー・フリー・ペーパー」には3000種に及ぶフリーぺーパーがおいてある。
「やはりページをめくって読んだほうが、強く印象に残るんでしょう。こうした印刷物には思い入れが込められているんです。ウェブ上の情報は埋もれやすいし、すぐに消えてしまいますから。」 オーナーの石崎孝多さんは、とにかく面白いこと、なにか新しいことがやりたかったという。ここにはしがらみのないタダの気軽さと、オタクな情熱が溢れている。インターネットのこの時代に紙にこだわり、紙に命をかけた人々がこんなにいるんだと、おもわず熱くなってしまう作り手ワールドがそこにある。
中田喜直へのオマージュ
あの頃、三鷹に住んでいらした。作曲の打合せになんどか伺ったことがある。
「今日は家内は外出しているので…」そう言いながら先生がお茶を出してくださる。
あとで夫人にお聞きしたところ、「あたしは所用で出ていたわけではないのよ。先生が作曲に集中するときは、なるべく外へでて邪魔をしないようにしていたの。ああゆう繊細な人だから、私が家にいて少しでも音をたてたりすると気が散るでしょ。だから外出していたの。」作曲家の奥さんも大変だな、と思いを巡らせたものだ。
後に六本木に仕事場を移された。窓のそとには桜が咲き、グランドピアノの置かれた作曲部屋と寝室があった。五線紙に書き入れていた手を休め、「丁度良かった。少しお腹が空いてきたから…一緒に食べましょう。これが僕大好きでね。」といって自ら神戸屋のミートパイをチンしてくださった。
喜直先生が逝って13年がたつ。作曲家は星の数ほどいるが、日本の作曲家で琴線にふれるメロディを書かれたのは、山田耕筰と中田喜直しかいなかったと思う。中田メロディはどこまでいっても心優しい。日本語の韻律を大事にし、詩のこころと正面から向かい合った。
先生の教え子のマドンナであった中田幸子夫人が、喜直先生へのオマージュとして水芭蕉忌コンサートを始めて12回を重ねた。中田喜直を知り尽くした幸子夫人の指揮は、十二分に心優しいハーモニーを響かせてくれる。芦田淳のドレスに身を包んで指揮をする彼女の背に、小さな光が瞬いていた。
「今日は家内は外出しているので…」そう言いながら先生がお茶を出してくださる。
あとで夫人にお聞きしたところ、「あたしは所用で出ていたわけではないのよ。先生が作曲に集中するときは、なるべく外へでて邪魔をしないようにしていたの。ああゆう繊細な人だから、私が家にいて少しでも音をたてたりすると気が散るでしょ。だから外出していたの。」作曲家の奥さんも大変だな、と思いを巡らせたものだ。
後に六本木に仕事場を移された。窓のそとには桜が咲き、グランドピアノの置かれた作曲部屋と寝室があった。五線紙に書き入れていた手を休め、「丁度良かった。少しお腹が空いてきたから…一緒に食べましょう。これが僕大好きでね。」といって自ら神戸屋のミートパイをチンしてくださった。
喜直先生が逝って13年がたつ。作曲家は星の数ほどいるが、日本の作曲家で琴線にふれるメロディを書かれたのは、山田耕筰と中田喜直しかいなかったと思う。中田メロディはどこまでいっても心優しい。日本語の韻律を大事にし、詩のこころと正面から向かい合った。
先生の教え子のマドンナであった中田幸子夫人が、喜直先生へのオマージュとして水芭蕉忌コンサートを始めて12回を重ねた。中田喜直を知り尽くした幸子夫人の指揮は、十二分に心優しいハーモニーを響かせてくれる。芦田淳のドレスに身を包んで指揮をする彼女の背に、小さな光が瞬いていた。
2012年05月12日
牡丹を愛でるランチ
「牡丹を愛でるランチ」にお招きを受けた。
代官山の芦田淳先生からだ。うちの庭の牡丹が見事に咲いたから、その牡丹をみながらの食事にお出掛けになりませんか、というお誘いだ。
お洒落なフランス風の庭をぐるりと取り囲んで、立派な百花の王が、白く、黄色く、薄紅に、見事に咲き誇っていた。見上げるとハナミズキの花が、澄み渡った青空を背景に浮かんでいる。
白楽天が牡丹になぞらえて、楊貴妃を詠ったのもさぞやと納得した。牡丹に蝶を配した、葛飾北斎のタブローが浮かぶ。
歌舞伎では大きな名跡をつぐとき、必ずといっていいほど「連獅子」が上演される。父から子へ芸の継承にいちばんの狂言なのだろう。牡丹の咲き乱れる庭に蝶が舞い、親子の獅子がダイナマックに頭を振り踊る。團十郎さん海老蔵さん親子も「連獅子」を舞った。お嬢さんの智英子さんも「市川ぼたん」を名乗っている。
この日、席を共にした市川團十郎、希実子夫妻、そして智英子さん、海老蔵、麻央夫妻、生まれて半年の麗禾ちゃん、みな富貴の花 牡丹の祝福を受けた。芦田先生は麗禾ちゃんを嬉しそうにあやし、海老蔵さんは間もなく終わりそうな牡丹に「先生」と呼びかけて、ヤンチャをしていた。午後の陽ざしのなかのシャンパンは、この上なく幸せな時間をつくってくれた。
帰りしな、ふと見ると玄関に、團十郎・海老蔵の「連獅子の隈取」が飾られていた。
代官山の芦田淳先生からだ。うちの庭の牡丹が見事に咲いたから、その牡丹をみながらの食事にお出掛けになりませんか、というお誘いだ。
お洒落なフランス風の庭をぐるりと取り囲んで、立派な百花の王が、白く、黄色く、薄紅に、見事に咲き誇っていた。見上げるとハナミズキの花が、澄み渡った青空を背景に浮かんでいる。
白楽天が牡丹になぞらえて、楊貴妃を詠ったのもさぞやと納得した。牡丹に蝶を配した、葛飾北斎のタブローが浮かぶ。
歌舞伎では大きな名跡をつぐとき、必ずといっていいほど「連獅子」が上演される。父から子へ芸の継承にいちばんの狂言なのだろう。牡丹の咲き乱れる庭に蝶が舞い、親子の獅子がダイナマックに頭を振り踊る。團十郎さん海老蔵さん親子も「連獅子」を舞った。お嬢さんの智英子さんも「市川ぼたん」を名乗っている。
この日、席を共にした市川團十郎、希実子夫妻、そして智英子さん、海老蔵、麻央夫妻、生まれて半年の麗禾ちゃん、みな富貴の花 牡丹の祝福を受けた。芦田先生は麗禾ちゃんを嬉しそうにあやし、海老蔵さんは間もなく終わりそうな牡丹に「先生」と呼びかけて、ヤンチャをしていた。午後の陽ざしのなかのシャンパンは、この上なく幸せな時間をつくってくれた。
帰りしな、ふと見ると玄関に、團十郎・海老蔵の「連獅子の隈取」が飾られていた。
ヘアスタイルの革命児・サスーン
クルマを変えたのは、ヘンリー・フォードひとりではない。
テクノロジーを変えたのも、スティーヴ・ジョブスひとりではない。
だがヴィダル・サスーンは、ひとりで現代美容界のあらゆる面をかえた。 …New York times
ハサミひとつで世界をかえた。 と言われているヴィダル・サスーンが84才で昨日亡くなった。20世紀から21世紀にかけて、ヘアスタイルに革命をもたらし、現代美術に較べても遜色のない造形美を女性のアタマに創り出した天才だった。
彼のジオメトリック・カットは、野暮なサロンを退屈から開放し、つねに新しい女性美を創り出すアトリエに変えた。FashionとMusicとHair Styleこそ流行を創る、と主張し、パトリシア・フィールドと安室奈美恵をイメージ・キャラクターにとりあげたのも彼だった。
ユダヤ人として生まれ、第二次世界大戦では、レジスタンスの民兵に身を投じた彼が、1963年に発表したサスーン・カットは美容師の脳みそに爆弾をおとした。それまで無縁だったクリエーションとか、シャープな美意識をサロンに導入、美容師を職人とアーティストに追いこんだ。
日本からも志ある美容師は、ぞくぞくとロンドンのサスーン・アカデミーに通って彼の仕事にふれた。
サスーンの仕事に惚れ、サスーンのもとで学び、サスーンのサロンの店長にまで登りつめた鹿児島出身のヨシ・トーヤさんもさぞかし力を落としていることだろう。
今月下旬には、サスーンの一生を描いた映画が封切られる予定だった。上映に合わせ日本にくることを楽しみにしていたヴィダル・サスーンに敬愛の黙祷を捧げよう。
テクノロジーを変えたのも、スティーヴ・ジョブスひとりではない。
だがヴィダル・サスーンは、ひとりで現代美容界のあらゆる面をかえた。 …New York times
ハサミひとつで世界をかえた。 と言われているヴィダル・サスーンが84才で昨日亡くなった。20世紀から21世紀にかけて、ヘアスタイルに革命をもたらし、現代美術に較べても遜色のない造形美を女性のアタマに創り出した天才だった。
彼のジオメトリック・カットは、野暮なサロンを退屈から開放し、つねに新しい女性美を創り出すアトリエに変えた。FashionとMusicとHair Styleこそ流行を創る、と主張し、パトリシア・フィールドと安室奈美恵をイメージ・キャラクターにとりあげたのも彼だった。
ユダヤ人として生まれ、第二次世界大戦では、レジスタンスの民兵に身を投じた彼が、1963年に発表したサスーン・カットは美容師の脳みそに爆弾をおとした。それまで無縁だったクリエーションとか、シャープな美意識をサロンに導入、美容師を職人とアーティストに追いこんだ。
日本からも志ある美容師は、ぞくぞくとロンドンのサスーン・アカデミーに通って彼の仕事にふれた。
サスーンの仕事に惚れ、サスーンのもとで学び、サスーンのサロンの店長にまで登りつめた鹿児島出身のヨシ・トーヤさんもさぞかし力を落としていることだろう。
今月下旬には、サスーンの一生を描いた映画が封切られる予定だった。上映に合わせ日本にくることを楽しみにしていたヴィダル・サスーンに敬愛の黙祷を捧げよう。
2012年05月08日
仏新大統領の下半身
二回の結婚、離婚を繰り返し、さらに大統領の任期中に、歌い手のカーラ・ブルーニと再婚したサルコジ前大統領は、エリゼー宮に旧妻、前妻、今妻とその子供たち全員を集めてパーティを開き、見事なフランス人振りを発揮していた。
もともと、どんな職業、環境にあっても知性、教養、能力と、下半身はベツモノというのが、フランス人の考え方だ。人間という生き物についての理解が、そこいらの軽はずみな宗教を超えている。
フランソワ・オランド新大統領もご他聞にもれない。
学生時代からの恋人、セゴレーヌ・ロワイヤルとの間に4人の子供を作りながら、30年ものあいだ内縁関係をつづけた。知的で野心的なセゴレーヌは、前大統領選に社会党候補としてたったが、サルコジのまえに敗れ去った。
その時、フランソワにはすでに新しい恋人がいた。
ヴァレリー・トリェヴェラー…彼女はパリ・マッチの記者からTV Direct 8の美人記者として評判高く、フランソワ・オランドと愛し合う仲になっていた。 シモーヌ・シニョレに似た彼女はとても論理的で、先鋭的な性格といわれているが、前夫とのあいだの3人の子供をかかえ、いま記者のしごとを休んでいる。
大統領夫人になる準備なのか、はたまた内縁大統領夫人を通すのか、パリ雀は横目で楽しんでいる。
もともと、どんな職業、環境にあっても知性、教養、能力と、下半身はベツモノというのが、フランス人の考え方だ。人間という生き物についての理解が、そこいらの軽はずみな宗教を超えている。
フランソワ・オランド新大統領もご他聞にもれない。
学生時代からの恋人、セゴレーヌ・ロワイヤルとの間に4人の子供を作りながら、30年ものあいだ内縁関係をつづけた。知的で野心的なセゴレーヌは、前大統領選に社会党候補としてたったが、サルコジのまえに敗れ去った。
その時、フランソワにはすでに新しい恋人がいた。
ヴァレリー・トリェヴェラー…彼女はパリ・マッチの記者からTV Direct 8の美人記者として評判高く、フランソワ・オランドと愛し合う仲になっていた。 シモーヌ・シニョレに似た彼女はとても論理的で、先鋭的な性格といわれているが、前夫とのあいだの3人の子供をかかえ、いま記者のしごとを休んでいる。
大統領夫人になる準備なのか、はたまた内縁大統領夫人を通すのか、パリ雀は横目で楽しんでいる。
2012年05月04日
テレビ時代劇の敗北
画面が汚くて、神戸のプロモーションにはならない。と知事にこきおろされたNHKの大河ドラマ平清盛が孤軍奮闘している。低視聴率ドラマと揶揄されながらも、デジタル時代の表現に挑んでいる。リアリティを柱にすえ、逆光とハイキーな画面で、当時サモアリナンといった演出が、ドラマの展開を支えている。いわばクロウト受けするドラマなのだ。
つい先頃、民放のロングラン時代劇「水戸黄門」が終わった。勧善懲悪のワンパターンで、わかりやすい画面づくりに励んだ結果、高齢者のための時代劇というイメージとともに滅んでいった。
かってのテレビ時代劇には、ニヒルな個性で若い視聴者をひきつけた「木枯し紋次郎」、ハードボイルドな殺しでみせた「必殺シリーズ」、徹底的にディテールにこだわった「鬼平犯科帳」、など志のある時代劇があった。それがいつの間にか水戸黄門一本になってしまったのには、それなりの理由があった。
プロデューサーの不在、脚本家の不在、俳優の不在、それらの三大不在に加えて、スポンサーもいなくなった。それには96年から実施された新しい視聴率の調査が、細分化され、世帯数から世代・性別まで数量化されたことだろう。データーをみて大口スポンサーはつぎつぎと時代劇から逃げ出した。
民衆の底辺調査に立脚するかぎり、文化メディアとしてのテレビは成立せず、広告メディアとしての効果を追及するのみで、テレビは代理店のシモベとして生きるようになった。
かくて、時代劇は豪華絢爛キレイゴトを追っかけ、同時代のエンターテイメントとしての表現を放棄してしまったのだ。
つい先頃、民放のロングラン時代劇「水戸黄門」が終わった。勧善懲悪のワンパターンで、わかりやすい画面づくりに励んだ結果、高齢者のための時代劇というイメージとともに滅んでいった。
かってのテレビ時代劇には、ニヒルな個性で若い視聴者をひきつけた「木枯し紋次郎」、ハードボイルドな殺しでみせた「必殺シリーズ」、徹底的にディテールにこだわった「鬼平犯科帳」、など志のある時代劇があった。それがいつの間にか水戸黄門一本になってしまったのには、それなりの理由があった。
プロデューサーの不在、脚本家の不在、俳優の不在、それらの三大不在に加えて、スポンサーもいなくなった。それには96年から実施された新しい視聴率の調査が、細分化され、世帯数から世代・性別まで数量化されたことだろう。データーをみて大口スポンサーはつぎつぎと時代劇から逃げ出した。
民衆の底辺調査に立脚するかぎり、文化メディアとしてのテレビは成立せず、広告メディアとしての効果を追及するのみで、テレビは代理店のシモベとして生きるようになった。
かくて、時代劇は豪華絢爛キレイゴトを追っかけ、同時代のエンターテイメントとしての表現を放棄してしまったのだ。
2012年05月03日
シアワセに咲いてほしい。
この連休を迎えてやうやく軽井沢にも春の足音がきこえてきた。
見通せる限り、枯れ木枯れ野の風景にやんわりと色彩が滲んでくる。遠山が薄桃色に染まって、暖かな風を運んでくる。小さな芽吹きが山全体をつつんで景色に春の気分を加える。
庭先ではレンギョウの黄色が華やかさを競う。自信たっぷりに枝を伸ばし、黄色の花弁を密集させて、なにものも寄せ付けない。反対側の庭蔭には、やまぶきの黄金色がひかえめに咲いている。
森の中の小路には雪のしたで冬をやりすごした枯葉がそこここに蘇えって、さくさくと心地いい音を響かせる。枯葉の裏には、ちいさな虫たちが命をあたためている。木漏れ日に映る名もない雑草の芽もなぜか嬉しい。危なげな白樺のえだにも、ちいさな芽吹きがいっぱいに映って、この夏の無事を予感する。
朝早く起きて、風を楽しむ。森のどこからか、落葉松の芽のはじけて開く音がそっと聞こえてくる。
山を降りていくと、一番先に眼にとびこんでくるのは、こぶしの花だ。
軽井沢の春は白いこぶしに始まる。今年のこぶしはどうだろう、花がいっぱいにつくだろうか。去年は原発の騒ぎで花どころではなかつたから、こぶしがどのように咲いたかもわからない。今年のこぶしは、シアワセに咲いてほしい、と外国を知らない古老はつぶやく。
この土地に桜は似合わない。
見通せる限り、枯れ木枯れ野の風景にやんわりと色彩が滲んでくる。遠山が薄桃色に染まって、暖かな風を運んでくる。小さな芽吹きが山全体をつつんで景色に春の気分を加える。
庭先ではレンギョウの黄色が華やかさを競う。自信たっぷりに枝を伸ばし、黄色の花弁を密集させて、なにものも寄せ付けない。反対側の庭蔭には、やまぶきの黄金色がひかえめに咲いている。
森の中の小路には雪のしたで冬をやりすごした枯葉がそこここに蘇えって、さくさくと心地いい音を響かせる。枯葉の裏には、ちいさな虫たちが命をあたためている。木漏れ日に映る名もない雑草の芽もなぜか嬉しい。危なげな白樺のえだにも、ちいさな芽吹きがいっぱいに映って、この夏の無事を予感する。
朝早く起きて、風を楽しむ。森のどこからか、落葉松の芽のはじけて開く音がそっと聞こえてくる。
山を降りていくと、一番先に眼にとびこんでくるのは、こぶしの花だ。
軽井沢の春は白いこぶしに始まる。今年のこぶしはどうだろう、花がいっぱいにつくだろうか。去年は原発の騒ぎで花どころではなかつたから、こぶしがどのように咲いたかもわからない。今年のこぶしは、シアワセに咲いてほしい、と外国を知らない古老はつぶやく。
この土地に桜は似合わない。
2012年05月02日
芸能界話題の三人
爆弾を抱えた問題人物43人…という特集記事があった。
政・官・財・作家・ジャーナリストに芸能・スポーツまで取り上げられている。
卑俗な興味で芸能・スポーツから、3人ばかりピックアップしてみた。
まず、かの石川遼の父にして、コーチである「石川勝美」、本当にあの息子を創ったとは到底思えない尊大にして悪態ぶりは、亀田史郎以上だと言われている。上智大学法学部出身にもかかわらず、実る程コウベをたれる、お行儀のひとかけらもない人と評されている。かって一卵性母娘といわれた美空ひばりの母は、その母性過剰ぶりに周辺は困惑したものだが、それ以上の恫喝ぶりと云われる。
第二は紳助の喜び組といわれている「熊田曜子」、グラビアアイドルだが、止めるといったり、復帰するといったり、もういい加減にしたらという声が大きい。紳助の沖縄ロケを取材にいったら、熊田がどうどうとでてきたとか、かの大王製紙の御曹司とも関係ありとか、もつぱら芸能界の裏女王と囁かれている。
そして三人目は「秋元康の弟」という存在。ジュニーズに続いて、いまや完全な業界タブーになったAKB48、そのパワーの根源はすべてこの秋元康の弟という存在だそうだ。AKBの批判記事を書くと、ただちに弟から電話がかかり、仲良くしましょうと云われ、早速にAKBのカワイ子ちゃんが現れるという寸法だそうだ。絶えずメディアの全方向に目配りをし、アイドルの色仕掛けという毒矢を放つ。
芸能界三大パーソナリティの噂ばなしである。
政・官・財・作家・ジャーナリストに芸能・スポーツまで取り上げられている。
卑俗な興味で芸能・スポーツから、3人ばかりピックアップしてみた。
まず、かの石川遼の父にして、コーチである「石川勝美」、本当にあの息子を創ったとは到底思えない尊大にして悪態ぶりは、亀田史郎以上だと言われている。上智大学法学部出身にもかかわらず、実る程コウベをたれる、お行儀のひとかけらもない人と評されている。かって一卵性母娘といわれた美空ひばりの母は、その母性過剰ぶりに周辺は困惑したものだが、それ以上の恫喝ぶりと云われる。
第二は紳助の喜び組といわれている「熊田曜子」、グラビアアイドルだが、止めるといったり、復帰するといったり、もういい加減にしたらという声が大きい。紳助の沖縄ロケを取材にいったら、熊田がどうどうとでてきたとか、かの大王製紙の御曹司とも関係ありとか、もつぱら芸能界の裏女王と囁かれている。
そして三人目は「秋元康の弟」という存在。ジュニーズに続いて、いまや完全な業界タブーになったAKB48、そのパワーの根源はすべてこの秋元康の弟という存在だそうだ。AKBの批判記事を書くと、ただちに弟から電話がかかり、仲良くしましょうと云われ、早速にAKBのカワイ子ちゃんが現れるという寸法だそうだ。絶えずメディアの全方向に目配りをし、アイドルの色仕掛けという毒矢を放つ。
芸能界三大パーソナリティの噂ばなしである。

