2018年04月23日

浮世絵を探して神田・神保町へ

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 人生初めての体験……浮世絵を買いに出掛けた。
 ネットで調べたところ、銀座と神田に浮世絵専門の店が見つかった。銀座は便利だが、観光客向けのような気がして、神田神保町をめざした。中学・高校時代週末のお出掛けはまま神保町界隈、あてもなく古書店をまわり、最後に薄暗い喫茶店でお茶して時の至福を味わった。いま神保町の交差点にたつと、スポーツ・ショップ、カラオケ・ビル、アパホテルなどが眼に飛び込んで、ここが世界一の古書店街とはとても思えない。

 一軒目の浮世絵店は東洲斎、写楽の号を店名にしているあたり、期待して訪れた。
 北斎の滝のシリーズはありますか?ないわよ。めったに出ないし出ても高いし……。いくら位ですか? そうね、200万か300万。有難うございました。出直します。
 二軒目山田書店美術部、若い女性がひとりパソコンを打っている。歌麿、広重、北斎、それぞれの引き出しに入っているからご自由にどうぞ、それではと北斎から見始めた、こんなに沢山の浮世絵を見たのは初体験、寛大な店員さんに甘え腰をすえて浮世絵鑑賞大会となった。風景にしようか、それとも美人図にしようかと迷いながら、結局写楽の役者首絵、「市川蝦蔵の竹村定之進」つりあがった眉と眼が生きていて、引きゆがめられた口元から、いまにも声が聞こえそうな、迫力ある大首絵だ。男だけでは片手落ちと栄之の「青楼美人六花仙、越前屋唐士」に意をつかまれた。歌麿や清長の妖艶とちがったさわやかな清麗さ、栄之の品格と線の映しさは、さすが歌麿、清長とともに美人画三傑のひとりと納得した。

 浮世絵を手に入れた帰途、なつかしのカフェ・ラドリオに立ち寄った。昼間は喫茶店、夜はバーになって、あの頃はラドリオのカレーが学生たちのステータスだつた。レンガの床の凸凹感もなつかしく、カウンターの椅子は鉈の削り出しの太い幹に丸い板の乗った昔のまま、薄暗い店内でさっき求めた一冊の本に集中した昔を思い出した。
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2018年04月22日

スタス・レビュウ 春の踊り

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 スタスRevue「春のおどり」を見た。
高城、明石、銀の努力がみのって連日満員だったそうだ。観客の立場からみると、こなれてきたというべきか、不安を抱かずに舞台と対峙できる、そんな楽しみな舞台になってきた。かっての贔屓や我々スタッフの眼からばかりではいけないと思い、この春大学を卒業した混血の少女とともに浅草に足を向けた。

 かって国際劇場という東洋一の劇場を根城に活動していた松竹歌劇団SKDがなぜ解散にいたったのか、その原因に思いは飛んだ。
春の踊り、夏の踊り、秋の踊り、東京踊りという、間口の広い絢爛豪華のレビュウが恒常化した結果、観客に飽きられ、少しずつ衰退の道をたどったような気がする。
 総じて舞台作品は間口を広げれば広げるほど起爆力を失う。狭いテーマの設定こそが、メディアも注目するし、観客の心をつかむ。レビューを愛する最後のSKDメンバーが、ここまで努力を重ね、小さいながらもかってのラスベガスのラウンジ・ショウに負けない成果をあげてきたのは敬意を表するが、同時にかってのSKD失敗の轍を踏まねばいいが、の不安が横切る。

 本来レビュウの組み立ては、バレエを始めとする古典舞踊から、世界の民族舞踊、現代のモダンダンスやポップにいたるあらゆるジャンルを包み込んで上演されてきた。世界が未知の好奇心で充たされていた時代にはそれで充分だったが、現代のように世界は狭くなり、誰でもがブロードウェイを覗き、アフリカの果てまでいけるようになった今、衣裳の再現や背景考証では満足しなくなった。
 ダンサーの魅力、音楽の楽しみ、すべての美意識が観客を超えなければ、お金を払って観に行こうと思わない。

 そうした視点から、伝統を残しながらも、常にテーマの集約がされなければ退屈のそしりを受けてしまう。それが国際劇場失敗の元である春、夏、秋のおどりでは少しばかり視点が甘くないだろうか。ウェルメードな作品の落し穴なのだ。
 今回のステージでも折角タップやチャールストンを取り上げていたが、意味もなくただそのステップをなぞるのではなく、徹底的に「対話」をすればモット盛り上がって楽しかったのではないか。男と女、スターと群衆、ラインダンスでも対話の設定は可能だろう。
 テーマへの考え方と全体の構成に、どう答えていくかがスタスRevueの明日をきめるだろう。
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2018年04月20日

日本酒の女性化うんどう

日本酒の女性化うんどう

 日本酒業界は、「親爺臭い」といわれて幾久しい。
ワインに押され、焼酎に押されて、地方の名門造り酒屋はみな気息奄々であるらしい。ブランド化を推し進めたり、海外進出を計ったり、いろいろな手を打って経営の立て直しを計っている。

 なかでも日本酒の再興は、女性における愛好者の開拓以外にはない、と断言する関係者が多い。

 「親爺臭さ」から脱皮するためには、パッケージを含めて生産のすべての段階から、旧来のシステムを追い出し、マーケティングをベースに宣伝方法の革新を計らねばならない。
 聞くところによれば地酒造りは、ある種のギルドに支配され、瓶ひとつままならなかった時代があったそうだ。いわゆる一升瓶というあの無粋な瓶を使用しなければ、お酒の流通に乗ることが不可能だった時代があったという。

 シャンパン風な瓶にいれたい、ナポレオン型の瓶がおしゃれでいいと思っても出来なかったとは、なんぞや。それがようやくここへ来て可能になった。遅きに失したといわれるが、業界全体の危機感がすべてを可能にしたのだろう。

 女性向けというコンセプトから、フルーティな日本酒造りも全国各地で進んでいる。なかにはヒアルロン酸コラーゲン入りの美人になるお酒まであってびっくりする。女性が手にして飲んでもらえる、その一点に戦略を練ってつぎつぎと登場しているが日本酒新酒マーケットなのだ。

 春の宴、お花見やピクニックにぴったりというので、カップ酒にも工夫がつまっている。
 東郷青児の甘いイラストは、大分薫長酒造の上撰ワンカップ、岐阜御代桜の純米カップは、上野のパンダ、伊万里焼・有田焼・古伊万里・鍋島・柿右衛門の染付全五種は、古伊万里酒造のNOMANNE、さらにびっくりは白熱電球型の瓶に入った和歌山高垣酒造のでんきゅうの酒てんきゅう、実際にソケットに入るというから脱帽なのだ。それでも電球はつきません。
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2018年04月16日

エロトスのアラーキーが訴えられた

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 写真家荒木経惟(通称アラーキー)が訴えられた。
 2001年から2016年まで、アラーキーのモデルを務めていたKaoRiという女性から、セクハラ、パワハラ疑惑で訴えられた。今までも湯沢 薫、水原希子などからも訴えられている。
 芸術の名のもとに女性をモノ扱いされた、芸術を口実にセクハラされた、アラーキーの人権感覚を疑う、あれは性的虐待だ、という訴えである。

 アラーキーに限らず性そのものをモチーフに作品作りをしている作家は多い。多い作家のなかでも特に強烈な個性で作品創りをしているのが、アラーキーであるといえよう。
 アラーキーはエロトス……エロスとタナトスの合成語をテーマに、あるいは顔寫、激写、私情、などと共に偽恋、女陰、色情、人妻エロス、天城淫行、色情狂、色淫女などを題材に撮影してきた作家である。

 モデルとしてアラーキーの作品に参加することは、モデルの意識しているかいないかにかかわらず、モデルのエロスを提供することが仕事である。
 恐らく絵画のモデルであれば、今頃訴えるなどということはなかったと思うが、モデルあがりやダンサーあがりなど、メディアで仕事をしてきた女性たちは、頭の悪い女性が多い。世の中#ME TOO運動などが盛り上がると、とたんに私も私もになる。アラーキーの作品に於いてセクハラがあったと訴えるほうがおかしい。彼の作品はエロスそのものなのだから、それが判らないでモデルを10年以上やっていたとは、開いた口がふさがらない。
 こういうナンセンスな訴えが横行するようでは、この国はまだまだだといえよう。センチメンタル・エロロマンとかエロス楽写・女景色旅、そんなタイトルをみても連想能力に欠けるとはビックリである。
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2018年04月14日

戦没画学生に敗れた「夭折の天才たち」

戦没画学生に敗れた「夭折の天才たち」

 「あぁ〜、デッサンちゅ人の美術館なら、この畔いってお寺さんの入り口だや」
 信濃デッサン館ができた頃、上田市塩田平を訪ね、道に迷って土地の人に尋ねた頃のエピソードである。この地では、デッサン=素描などという知識はなく、土地の農家の人々はしばらくの間、デッサンという絵描きさんの美術館だと信じていたという話だ。

 作家水上勉さんの極貧時代、最初の妻との間に生まれた息子窪島誠一郎によって造られたのが、信濃デッサン館だった。当時1979年の頃、デッサンで美術館が出来ることなど誰も想像していなかった。窪島誠一郎さんは若くして死を迎えた無念の画家たちの作品を集めた。いわゆる夭折の天才たちに眼を向けたのだ。
 22歳で命を終えた森鴎外に名を受けた村山槐多、やはり20歳で天に召された関根正二、野田英夫、靉 光など。数奇な人生を歩んだみずからにダブらせた、作家へのこだわりだったような気がする。

 筆者も槐多の「尿する裸僧」の強烈なメッセージに心を奪われ、なんどかデッサン館に足をはこんだ。別館には槐多庵もあり、窪島のコレクターとしてのこだわりが読み取れた。

 が窪島誠一郎は1997年に、戦没画学生慰霊美術館「無言館」を近くの山王山にオープンした。 第二次世界大戦で戦争に駆りだされ命を落とした画学生の作品を全国から集めて展覧したのだ。
 夢見た家族の群像、永遠の別れになった恋人の横顔、新婚早々の妻、…… そこにあるドラマは絵の巧拙を超えて心に迫ってくる。無言館はそのコンセプトによって、全国から注目され、信州一の集客を誇る存在になった。
 軽井沢の来客にも、美術館は何処へ行ったら、と尋ねられれば、迷うことなく上田の「無言館」に行くべきですと答えてきた。戦地での死を覚悟して、旅立つまえの画学生たちの筆には、理屈抜きの生命観が溢れて慄然とするのだ。

 3月15日、「信濃デッサン館」は閉館される。
 夭折の天才たちとはいえ、戦没画学生の無念に勝つことはできなかった。



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2018年04月13日

神事芸能としての相撲と女性について

神事芸能としての相撲と女性について

 大相撲における土俵上への女性登場について、ワイドショウのコメンテーターがかしましい。
 男女同権の今、そんな差別は許されない。何故女性市長の挨拶が土俵上でできないのか。チビッ子相撲に女の子が出れないのはおかしい。こんなことでは、相撲は女性の支持を失って滅びるぞ。相撲協会は社団法人だから、内閣府が黙っているのはおかしい、安倍内閣が悪い。……等々

 大相撲のそもそもについて、あまりにも無知な人が多い。
 発祥は農耕民族としての日本人の暮らしのなかの大切な神事芸能であった。、収穫への祈り、収穫への競い合いが神事としての宗教性をもって長い歴史をつくってきた。
 力と力のぶつかり合いという側面から、もっぱら男性のみがかかわる神事となったのが相撲である。差別ではなく区別なのだ。神事のなかでも舞などは、いまでも巫女舞と呼ばれて、女性のみに許されている。
 古来、宗教や習俗から発した行事や芸能には、男女それぞれの役割があった。そのことは差別でもなんでもない。当たり前のことだ。
 すべてを差別と断じて非難する人は、浅い知識と「区別の文化」のない人なのだ。

 どうしても土俵に上がって挨拶したい、と駄々をこねた大臣や市長は選挙運動を土俵上からしたいだけなのだろう。協会もいちいち土俵のまんなかにマイクなど持ち出さず、土俵サイドですべての挨拶をしたらいいのだ。 お祓いをし、神を勧請した土俵の神聖を保つには、そうするしかない。中途半端な慣行がいちばんいけない。とくになんでもかんでも素人が口出しして正当化するクレーマー万能時代には、必要な措置ではないだろうか。

 神事芸能とギャンブル・スポーツをいっしょくたに考える馬鹿が多いのだから、協会はもっと毅然たる態度で発言していかなければ、情報過剰時代に飲み込まれてしまう。 伝統や習俗は民族の財産なのだ。
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2018年04月12日

GPSに奪われる人生の喜び

GPSに奪われる人生の喜び

 働き方改革があちこちで物議をかもしている。
 特に外回りが中心の営業担当者や、取材に明け暮れるメディアの人間たちは、喜んでいる少数派と迷惑千万という自律派に分かれる。

 わが人生は子供と女房が生き甲斐という人にとっては、こんな嬉しい改革はない。基本仕事に興味はない、プライベートな時間こそが喜びの源泉、社会への貢献は仕事ではなくボランティアという不思議な人々である。こうした人々に、女房・子供がすべてというからに、生殖と和合があなたの人生ですね、などと言おうものなら眦をたてて噛みつかれる。
 給料は上げろ休みも寄越せ、では社会がもたない。かっての共産圏ソビェトはそれで瓦解したのだ。資本主義社会は、仕事を含むあらゆるものに競争原理がないと維持できないという単純なことが理解できていない。

 仕事大好き、仕事が趣味という人にとって、働き方改革ほど迷惑なはなしはない。日本は夜でも、地球の裏側は昼なのだから、夜中でも働くよ、このドラマの収録はあと3時間あれば終わるので、やってしまおうという、今張り込み中だからもう少し頑張ろう、という根性はすべて拒否される。そんなに働いてどうする迷惑だからさっさと帰ってくれ、ということになる。

 NHKでは働き虫にGPSをつけることになった。スタッフの労働時間をすべて監視し、管理することになった。これからは疲れたからカフェで一杯とはいかない。すぐに本社の働き方センターにバレテしまうのだ。社用のハイヤーで恋人を送っていくことなど夢のまた夢、GPS様のお許しの範囲でしか動けない。
 世の中はますます窮屈になり、ゆとりのないつまらぬ世界になってから、なげいても間に合わない。  
 GPSのもとで人生をおくって幸せなのだろうか。

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2018年04月11日

有働由美子の明日に期待して

有働由美子の明日に期待して

 「一応まだ自分は嫁入り前のつもりでおりますので、今後出会うであろう、いや絶対出会うはずの王子様が、ワキアセ嫌いな人だったらどうしよぅ、と心病んでおります。」 あさイチ・ブログ 「ワキアセと涙」
 ワキアセと有働由美子とは切っても切り離せない。 中学校から剣道に励んできた彼女にとってワキアセごときはなんでもない出来事だった。剣道の防具に立ち込める臭気は尋常一様のものではない。あの臭気をくぐり抜けてきた彼女にとって、ワキアセがあれほどの反響をよぶとは信じられないことだった。延長線上に「トイレのおもらしをして下着を汚した」発言の事件もある。
 神戸女学院出身のお嬢さんであるにもかかわらず、意外に大胆な発言はO型という血液型のせいかもしれない。

 番組の進行、仕切り、時間の読みでは完璧なアナウンサーである、という評価もある。いろいろなスポーツ番組からスタートし、アメリカ総局から帰国后はあさイチのキャスターを中心に度重なる紅白歌合戦司会者への起用ということからも仕事への信頼感は並々ならぬものありだ。
 人懐こい表情とすこし頭の良さを感じるリアクションは、NHK内部では「ジジー殺し」といわれてきたが、決して敵は多くない。若手には酒好きと巨乳ぶりが愛されて人気があった。

 「したは30歳から、うえは還暦までOKよ」と発言した彼女は、そちらのほうもなかなかであった。
 石井琢朗との恋では、名古屋巻きのカツラとサングラスがばれてしまった。青年実業家との手つなぎデートやお泊りもあっさりと文春されてしまった。あさイチ最終日の「飲みすぎ声がでない事件」は、いかにも彼女らしい振舞いだった。
 「ヌードもいいわよ、」といっていた彼女だったがこれだけはNHKという環境が許さなかった。

 こうしたヤンチャなNHKのお嬢さんがNHKを辞めることになった。
これからもNHKにはジャーリストとして番組に出演できるよう精進してまいります」となかなに神妙な発言をしている。局内からは「寝耳に水」といわれているが、幹部とはすべて話し合い済みで、4月からのNHK・BSでは世界プリンス・プリンセス物語、5月からのBSプレミアム、100年インタビューなど着々と準備中といわれている。

、「私の夢は新聞記者」といっていた少女が、世界中にネットを持つNHKと、金を惜しまない民放を相手にどのように泳いでいくのか、興味はつきない。有働由美子には政治・経済への勉強と世界観・人生観の確立が求められる。つまらない地上波のキャラクターにはなってほしくない。

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2018年04月10日

サーモンは毒の魚か?

サーモンは毒の魚か?

 寿司はまぐろに限る、と思っているのはどうやら旧世代らしい。ひのきの分厚いカウンターを前に、対面する大将に握ってもらわなければ満足しない、という高齢層の寿司マニュア。
 寿司はサーモンが第一、と信じる若者たちは、もっぱら回る寿司やが主戦場になっている。サーモンに手をのばし、ほおばってまた手をのばすと、目の前はやっぱりサーモン、回転寿司の主役はサーモンだそうだ。回転寿司愛好者はサーモンに始まり、サーモンに終わるそうだ。玉子でシメるのは、古典的寿司愛好者だと指摘されている。

 このサーモン・ブームはもっぱら9割のチリ、ノルウェーからの輸入だが、この宝の山を見逃すものかと日本でも急速にサーモンの養殖がひろがってきた。海の養殖だけでなく、山でも養殖が始まっている。
 北は津軽の海峡サーモンから、震災復興の宮城サーモン、信濃サーモン、絹姫サーモン、広島サーモン といまや国内の養殖場は1000か所に及ぶと言われている。

 かくてサーモンは、寿司の女王となり、サーモン・マリネとなり、スモーク・サーモンとなり、サーモン・ステーキから石狩鍋、塩焼きとなって、吾々の食卓を賑わせてくれている。原宿にはサーモン丼専門店までオープンして、危うしまぐろの座だ。

 ところがここへ来て、世界で最も毒性の強い危険な魚は「養殖サーモン」であるという情報が流れ始めた。アメリカ環境保護庁EPAの発表では、月一回にしろというのだ。
 原因は餌に含まれる化学物質の問題と、遺伝子組換えから健康に対して予測不能の影響があるというのだ。農薬、抗生物質、合成ビタミン、合成アスタキサンチン等々の問題点を解決しなければ、回転寿司にカンコドリが鳴くことになる。
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2018年04月09日

一世一代・仁左衛門による悪の華

一世一代・仁左衛門による悪の華

 片岡仁左衛門といえば、我々世代は「孝玉時代」を思いだす人が多いだろう。
 仁左衛門はとうじ孝夫と称し、ファンからは孝夫チャン孝夫チャンと想いをこめて呼ばれていた。玉三郎との黄金コンビは歌舞伎興行の牽引車だった。孝夫チャンのクールで知的な色気と、玉三郎のすこしベタな芝居は絶妙な雰囲気をかもし、満天下の子女の関心を総取りしていた。

 討ち入り資金のため祇園に売られていく玉三郎のおかるに、孝夫の勘平が苦悩のすえの「おかるっ!」呼び止めるくだりは、いまでも鮮明に瞼にのこっている。艶っぽくてすこし悪な二枚目の孝夫と、ハスッパで伝法な玉三郎のコンビは、素人の芝居見物を見事に満足させてくれた。あれから何年、玉三郎の関心は演じることよりも作るほうに向いてしまった。仁左衛門となった孝夫はひたすら鶴屋南北の世界と向き合って老境をむかえたような気がする。

 もう二度と見れないかもしれない……片岡仁左衛門一世一代にて相勤め申し候。絵本合法辻・立場の太平次である。
 序幕から大詰まで何人の相手を殺したのか数えきれない。江戸歌舞伎であれば、いちいち見得をきって殺していったであろうに仁左衛門の佐枝大学之助と太平次は、日常的に次々と殺していく。殺しが見事に浮かび上がったのは終幕閻魔堂の場が初めてだった。ここにある悪逆非道や残酷美は凄まじい。幼い子を手に掛け、家臣を騙し打ち、さっきまで情を通じていた愛人もうっとおしくなった途端、殺して井戸に放り込む。殺すことになんのためらいもない人間の業をいやというほど見せられる。仁左衛門によって悪の華が舞台を充たした。

 歌舞伎にはもともと悪を主人公にした作品が多い。座頭市の原本といわれる不知火検校にしても、泥棒たちを主人公にした白浪五人男にしろ、悪は見事に歌舞伎の美学として結晶している。
 ボードレールに共通する悪の華なのだ。




posted by Kazuhiko Hoshino at 08:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする