【日記の最新記事】
2009年11月11日
森繁さんの幸せ。
突然ムーランの楽屋に顔を出した森繁さんは「今夜サンジェルマンのクラブに連れてってくれ。パリの思い出を創りたい」という。断ることもならずセーヌのあちら側にタクシーを走らせた。店に入ろうとすると僕の腕をひき、懐からおずおずと掌に収まるほどの巾着袋を差し出した。「実はここに真珠玉が700個入っている。いざという時にこれを使って想いを遂げたい。」美しい真珠の数々は、パリ娘を驚かし繁さんの思い出づくりに役立ったのだった。帰国後、あの折のお礼と称し「モリシゲ豆腐」の作り方をおしえてくれた。後年、テレビ朝日に初めて森繁番組が誕生、演出を担当することとなった。再び繁さんの願いは、リハーサル本番の3日間、近くのホテルにダブルの部屋を抑えてくれ、という。朝起こしてくれる美しい係が側にいないと時間どおりにスタジオ入りが出来ないと駄々をこねていた。現場では女優さん達のお尻をさわる。なかには触って欲しい女優さんが近ずいたり、繁さんの膝にまたがってしまう女優もいた。実におおらかで、シアワセな森繁さんだった。あの頃誰もセクハラなどと声をあげなかった。今頃は天国で誰に遠慮することなく幽霊達のお尻を触っていることだろう。合掌。
2009年11月08日
歩け歩け、ひたすら歩け。
車が渋滞し排気ガスの道の隣を、デーバックを背にした都会人が列をなして歩いている。一時あれほど盛んだった市民マラソンに変って、この所何処へ行ってもウォーキング流行りだ。排気ガスのない森林地帯を歩かれたらともおもうが、国策として一台でも多くの車を作っているのだから望むべくもない。ボストン、チャールス・リバーの土手や、セーヌの川辺など、本を読む人、まどろむ人、愛を交わす人を縫って、走る人、歩く人などそれぞれに幸せの景色をつくって、ゆったりと人生を楽しんでいる。国土交通省ウォーキング・トレイル事業の主旨をみると身体のウェルネス、心のウェルネス、地域のウェルネスとあるが、実は歩いた距離の認定だったりしてどこか軍隊風な団体行動であり「楽しみながら歩けば、風の色が見えてくる」というスローライフとはだいぶ遠い。環境省・厚生労働省・国土交通省・農林水産省さらに自然公園財団などの天下り組織に、ミズノ、ムーンスター、アサヒ、アシックスの靴屋さん達、旅行、広告代理店が入り乱れての「歩きたくなる道・にっぽんを歩こう」総合イベントなのだから、独り独りがゆっくりと人生の道を歩けるようになるにはまだまだの時間が必要なのだろう。
2009年11月07日
泊らない旅館。
世界のなかで日本の旅館ほど、多彩なサービスを提供している宿はない。風呂の良いところ、露天風呂に温泉、食事…決まり切った定食ではなく、季節の食材を主役にした美食ずくし、宴会対応等々。欧米風な味もそっけもないホテルとは根本的にことなる。
高速道路無料化、1000円ポッキリなどの追風をうけ、マイカーによるドライブ旅行が増えているが、旅先で思う不便は、旅館やホテルがほとんどトマルことを前提にしている。温泉に入り、美味い食事に舌ずつみをうち、一休みののち高速を走って帰宅する。そうしたプログラムに対応してくれる旅館やホテルは非常に少ない。つまり0泊一食入浴プランとか、0泊二食入浴プランが欲しくなる。遠くの観光地までドライブして、不味い食堂やコンビニ弁当を食して帰宅するほど、悲しいことはない。泊らない旅館や泊らないホテルが増えて、どこへいっても最高の郷土料理をたべ、ゆっくり休んで帰ってくることができたら、と考えるのは僕だけだろうか。軽井沢には2泊以上しか受け付けないといったタカピーな旅館もあるが、こうしたホテルは対象外、リアルではない。
高速道路無料化、1000円ポッキリなどの追風をうけ、マイカーによるドライブ旅行が増えているが、旅先で思う不便は、旅館やホテルがほとんどトマルことを前提にしている。温泉に入り、美味い食事に舌ずつみをうち、一休みののち高速を走って帰宅する。そうしたプログラムに対応してくれる旅館やホテルは非常に少ない。つまり0泊一食入浴プランとか、0泊二食入浴プランが欲しくなる。遠くの観光地までドライブして、不味い食堂やコンビニ弁当を食して帰宅するほど、悲しいことはない。泊らない旅館や泊らないホテルが増えて、どこへいっても最高の郷土料理をたべ、ゆっくり休んで帰ってくることができたら、と考えるのは僕だけだろうか。軽井沢には2泊以上しか受け付けないといったタカピーな旅館もあるが、こうしたホテルは対象外、リアルではない。
2009年11月04日
コレクターの60年…。
バラェティ番組に出て、「僕はもてない。僕の前では女の人はすぐお腹が痛くなる。ケイタイも全然教えて呉れない。」と嘆きの経済アナリスト森永卓郎さんのコレクションをみて驚いた。グリコのおまけ、様々の空き缶、定番の飛行機、ミニカーから、いま流行の女子アナサイン入りグッズ…高島彩のヤカン、小林麻耶のシマヤだしの素など、自慢の数々だ。戦後僕らの貧しかった時代には、週末きまって神田古書街に通い、お気に入りの本を手にすることから、コレクションが始まった。その後はアメリカ製のLP…ビリついたスピーカーから聴こえるトスカニーニの華やかな交響曲に興奮し、いつか生音を聞きたいと夢に描いていた。海外旅行が許されるやいなや、当時必ずあったパリやニューヨークの一流ホテルのステッカーを集め、20キロ入りの海外旅行用トランクに貼って楽しんだ。コレクションも時代とともに大きく変ったが、アメリカ製コカコーラ初代缶が100.000円、びーとタケシ人形600.000円ときいては、なんでも鑑定団ならぬ投機ゴッコのコレクションに変身したのだと、改めて時代の移り変わりを痛感した。
2009年11月01日
「小学5、6年生」追悼。
名門小学館大正11年創刊の「小学5年生」「小学6年生」が遂に休刊を迎えることとなった。幼稚園に始まり、小学1年、小学2年、小学3年と学年があがるとともに、母親の買ってくれる月刊誌のタイトルも出世するのがとても嬉しかった。そんな喜びは今時の小学生には通用しないようだ。低学年にはニコ・プチ、中学年にはピチレモンなど、下品な色ずかいの子供むけファッション誌のまえに敗れ去ってしまった。モデルになりたい子のシンデレラ・オーディション、プチモプロフィール、一着で100万倍かわゆ服、盛りメーク、盛りヘア、このブームにのっとかなきゃヤバイシ、肌見せ完全NAVIときてはなにおか況や。伯父さんは眼が点である。勉学そっちのけで、カワユイ系コォーディネート選手権に母親ともども参加するなんぞ、断固禁止すべきだ。女性が5人の男をカモにして結婚詐欺を働き殺したらしいというニュースが飛び交っているが、子供の時から異常な消費文化への関心が要因となり、自由を勘違いした総白痴社会へ突き進んでいるのだろう。「強めブラックな勝負スタイル」などは子供には無用、熟女の果てのファッシヨンである。
2009年10月30日
筆談ホステス・斉藤里恵
耳が聴こえない青森一の不良娘が筆談だけで銀座No.1ホステスになった!というセンセーショナルなキャッチで、2009年5月に「筆談ホステス」を出し8月には8刷に到達、つづいて「筆談ホステス・67の愛言葉」も目下好評発売中という。斉藤里恵さんは幼いときから聴力を失い、中学生のころから酒やタバコに手を出し、青森一の不良娘と呼ばれ両親とも喧嘩が絶えなかった。ある時は包丁を手にした母親に追っかけられ殺される寸前までいったと告白している。高校も中退、青森でホステスになったが、「アフターからホテルにいってすこしでも稼いだら…」ママに執拗にいじめられ、上京して銀座のホステスとなり、A5サイズのメモ帳とボールペンを武器に遂に銀座のナンバー1に登りつめたというのが、そのストーリーだ。銀座に仕事の疲れを癒しに飲みに行くオジサンたちが門前市をなすというのも随分と無理な話だが、ハンディを乗り越えてオミズの世界を制覇するという成功秘話も30年前位のTVドラマに似た怪しさが漂う。そう思って本の奥付をみたら「光文社/エンタテインメント編集部」とあって、なるほど油断もスキもならないのは、本もTVも同じこと、と納得したのであった。
2009年10月27日
人気子役の理由。
貧乏、不況、格差の時を迎えて、子役の異常なブームがきた。「子役なら安い」子供は本来可愛いのだから、そのうえ安ければ願ったり叶ったりだ。天下のトヨタでさえ、CM制作にあたり、5000万円のタレントを使うより、大河ドラマのついでに売れた8才の加藤清史郎を使ったほうが得策とばかり、こども店長シリーズを始めた。6才の石井萌々果は2段熟カレーにブレンディで媚を売っている。児童劇団や子供モデルクラブには、アラサーの馬鹿親が列をなしているそうだ。子供を種に拾本の指にダイヤを嵌めていた美空ひばりの母には届かずとも、せめてヴィトンのバックを手にした母が、マネージャー然とした態度でスタジオにご出勤。かって子役はラジオやTV、CMにでるには厳しい制約があり、子供を商業市場に利用するのはいけない、という制約があった。それがいつの間にかなしくずしに空洞化し、代理店はかけずりまわって子役をくどき、利益第一のスポンサーに売り込む。社会全体が子供の文化にたいする思想がなく、ただ子供を作りさえすればいいという少子化対策でいいのだろうか。ピアノ、バレー、サッカー、野球、塾、そしてすきあらばタレントという親たちの脳みそを見てみたい。
データーの奴隷たち。
デザインのプレゼンテーションを受け、検討しなければならない機会がままある。近頃のデザイナーは、自分の作品であるにもかかわらず「作品」といわず「データー」「データー」という。推測するにパソコンで作業しているためにすべてデーターなのかもしれない。が立ち止まって考えてみると、データーという数値でものごとを判断する立場は効率第一主義の強欲資本主義の産物であり、戦後アメリカ空軍から輸入された統計学の所産なのだ。今もっとも重要なことは数字と別れ、人間に帰れということだ。パソコンという箱の奴隷となり、データーデーターとわめいているうちに人間を失いヒューマンな感性を喪失して、芸術家ならぬレイアウト屋になりさがってしまうだろう。わずか一行数文字の挿入でも、「データーで送ってくれ」という、そこには考える力もなければ、みずから打ち込もうという意思もない。あきれて開いた口がしまらない。デザインというのは精神の所産であり、美意識の結晶なのだが、みずから堕落の道をあるいて「データー」屋になりさがっては、先人達が築いてきたペンや鉛筆のデザインを超えることは永遠にできない。
2009年10月22日
プライバシー売り出し芸人
長門裕之という芸人は嫌いではなかった。役者としての個性が貴重だということもあるが、なんといっても沢村国太郎を父に加東大介、沢村貞子という親戚をもった役者の血に芸の虫を感じていたからかもしれない。がこの処どうも疑問を感じることが多くなった。テレビ時代の尻馬に乗って、やたらプライバシーの切り売りをする。1985年に出版された「洋子へ」では、芸能界のオフィスラブ、酒池肉林の綱渡り、素人娘との一夜等々、挙句の果ては扇千景をベットに押し倒して中出ししたの、紺野美沙子の男好きが我慢できないなどと散々書きまくって一時は仕事が激減した。最近では「待ってくれ、洋子」と題して、認知症の妻南田洋子の現実と老老介護のみずからを綴って、商売に励んでいる。出版だけにとどまらずテレビ・ドキュメントにも素材を提供、さらに死の直前の入院まで、わざわざ人をあつめて記者会見をする。「僕は洋子に100万遍の別れをいった。」といかにもの台詞まわしで死亡報告の記者会見。役者のさもしさがみえみえで、少しは大人になって喪に服したらどうなの、と言いたくなる。
「ボンブーパンツ」
「僕はどうしても女性のパンツ・スタイルは好きになれない。」といっていた芦田淳先生がついに説をまげて、新しいシルエットのパンツを発表した。2010 S/S COLLECTIONでのこと。名ずけて「ボンブー・パンツ」竹のふしをイメージして筒状のパンツを三段四段に重ねたミディアム・レングスのフーガの様なパンツ、上質な素材をつかい、計算されつくしたカットのパンツの重なりはJUN ASHIDAらしい品のいい作品になっていた。ジェンダー主義者たちが主張する殺風景な労働着のパンツとはおよそ縁遠いエレガントそのもののパンツは、セレブな女性たちの熱い視線を浴びていた。ストライプや水玉の使い方も若々しいアートな空気に充ちていて、お嬢さんの芦田多恵デザインのMISS ASHIDAとともに親子健在の華やかさに充ちたコレクションだった。会場も広いホテルから代官山の本店に移し、オートクチュールらしく手にとれる近さでのショウがとても良かった。PAの音と音程の合わないフルートの生演奏には困ったが、メロディがすでに録音されている音にたいしては、演奏家がもうすこし工夫して演奏すべきだろう。

