2018年10月22日

松茸小屋とカメムシ達

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 今年は松茸の当たり年と喧伝されているので、早速信州別所平の松茸山へいった。
 松茸シーズンだけの小屋掛けにもかかわらず、ちかごろでは立派なトイレができていたり、駐車場が整備されていたりと、だいぶ贅沢な山小屋になった。
 松茸の初物が市場にでていくらの値段がついた、とテレビで報道されるぐらいだったが、今年は同時にテレビ・コマーシャルが登場したり、新聞に広告がのって、松茸小屋の経営もずいぶん多角化したものと感心したり、あきれたりした。
 たかがシーズンだけの松茸小屋の客寄せに、テレビなどという高額メディアを使っては採算倒れになるのではないかとも思うが、テレビで知った観光客が大挙押寄せ「いつまで待たせるのか」と山小屋の入口で騒いでいた。

 見晴台の松茸小屋は、イステーブルのビニール小屋二つと、ゴザ座布団のビニール小屋が一つあって収容能力は100人楽勝なのだが、仲居さんがみなアルバイトのお姉さん、または小母さん、そして厨房は3人ほどのこれまたニワカ・シェフ、お会計のおばあちゃんは、眼が遠くレジスターがうまくあつかえない。
 店長のおばちゃんがいくら頑張っても、無理無理無理の狂騒曲なのだ。

 松茸鍋に始まり、松茸土瓶蒸し、松茸天ぷら、松茸茶碗蒸し、松茸姿焼き、松茸みそ汁、松茸ご飯と、松茸豊作の恩恵にあずかり、至福の時間は天候にも恵まれた。今年の秋はこれで満足。

 困ったのはカメムシ、陽当たりのいい小屋の隅に案内されたので、そこはカメムシの集合場所だった。良いカメムシは野菜について害虫を捕食してくれるが、悪いカメムシは人について臭いを発する。カメムシは屁こき虫とも呼ばれて軽蔑され嫌われている。幸い同伴者に冷静なカメムシ・ハンターがいておおいに助かった。
 東南アジアには人面カメムシなどと呼ばれているカメムシもいて、模様の面白さからペンダントに加工され、お土産物になっているお洒落な奴もいる。
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2018年10月20日

中国への宣戦布告に等しい

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 アメリカがとうとう覚醒した。なにに覚醒したかというと、中国共産党のアンフェアなグローバリズムに対し、ほおっておけない、1970年来のアメリカの対中政策は誤りだったと宣言したのだ。
 10月4日のペンス副大統領の演説では、いつかは自由主義経済の仲間になれると期待していたが、そうした期待はことごとく裏切られ、中国共産党は世界既存の経済システムのみならず、宗教システムをも破壊して、21世紀の世界に対する野望を剥き出しにしてきた、と中国糾弾の狼煙をあげた。

 宗教ではチベット仏教にたいする弾圧が知られているが、最近ではウィグル人にたいする人種差別、宗教弾圧も激しく大変な数のウィグル人が犠牲になっていると、伝えられている。中国国内では漢民族のなかに隠れキリシタンがいて次々と摘発され、キリスト教関係の焚書も密かに実行されているといわれる。
 中国共産党はそもそも無神論を掲げ、イスラム教キリスト教ヒンズー教仏教などすべての宗教を否定してきたのだが、世界中の日和見主義者たちはなにそんなのは話合いで解決できると、多寡をくくってきたが、ここへきてどうやら中国とは話合いはない、勝つか負けるかの勝負しかないと悟ってきたようだ。

 さらに中国はインターネット上でのハッキングを常態化し、世界各国の技術情報を盗み、盗んだ情報を特許登録をする、という盗っ人猛々しい行為を平然とおこなっている。先進国企業の中国への現地生産の誘致は、ことごとく技術移転を強要され、さらに知的財産権を蹂躙されてさんざんな目にあっている企業は多い。にほんのデパートでも中国人労働者のなかの共産党員によって不買運動を起こされとんだ結果になった例もあった。

 京都の立命館大学や東京の早稲田大学に、中国の寄付によって設立されている孔子学院も文化侵略の拠点であるし、中国共産党のプロパカンダにほかならない。日本にきている中国人労働者のなかには各方面にむけたスパイ、産業スパイが多々いるといわれている。無防備な日本は中国にとって絶好の餌場なのだ。

 米中貿易戦争はたんなる経済摩擦ではなく、このさい徹底的に中国をたたかなければという米国の覚悟であり、トランプの気まぐれなどという軽いものではない。マティス国防長官も21世紀の世界システムの破壊にいどむ中国を許すわけにはいかない、これは右派左派の問題ではなく、世界の安全保障の問題だといっている。
 日本の財界はこの米中の争いをビジネス・チャンスととらえ、皆で中国へいって商談促進を計ろうと、とぼけたことを言っている。
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2018年10月17日

柳とかつらの銀座戦争

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 銀座の柳がとうとうカツラに敗れた。
 銀座の並木といえば見たことのない人でも「ヤナギ」と答えるほど、ぎんざと柳の仲は濃密な間柄だったのだが、オリンピック2020に向けて、銀座通りにはいま着々と「かつら」の木が植えられつつある。「巴里のマロニエ・銀座の柳」と謳われた柳ともお別れである。

 銀座うれしや柳が招く / 招く昭和の人通り/ 誰を待つやらあの子の肩を/ 撫でてやさしい糸柳……半世紀に渡って歌い継がれてきた唄は、四谷文子に始まり、初代コロムビア・ローズ、島倉千代子と受け継がれ、全国何百の銀座通りでそれぞれのご当地シンガーによって歌い継がれ今日を迎えている。
 地方の駅前銀座には並木をわざわざ柳に変えて町ずくりをしたところすらあるという、それほど柳のイメージの強い銀座だったが、「かつらの木」には勝てなかった。

 柳の木は成長するに従って枝がたれさがってきて邪魔になる。それを風情ととらえないで邪魔ととらえるのが近頃の価値観のようだ。撫でてやさしい糸柳などと受け取る感性はまったくない。邪魔といわれては柳もさぞ悲しいことだろう。
 さらに追討ちをかけたのは、野暮な建築法の規制だ。車道側では地上4.5メートル、歩道では高さ2.5メートルという規制があり、かなり短く剪定しないとみとめられないというのだ。そよぐ柳の枝の美しさなどといっても問答無用。相変わらずの役人の脳みそだが、銀座の象徴として年月を紡いできた柳もバッサリと切られてしまった。

 カツラに決まったポイントは、他の通りにないこと、日本原産であること、葉っぱのかたちがハート型で洋風な銀座にふさわしく、若い女の子には絶対受けるといったヨコシマな点、更にもっといえば桂は高木にして落葉樹なので、クリスマスのイルミネーションに絶対有利という、なかなかのプロモーション魂である。枝に電線を巻き付けやすい、とはなんともクチアングリの桂の並木道である。
 かって自動車の排気ガスに強いからと植えられてシャリンバイは低木で銀座の人々からは嫌われ、散々だった例もある。明治からたびたび復活してきた柳も、クリスマスの電飾に勝てずとうとうご臨終を迎えた。 これからはカツラの木に頑張っていただくしかなかろう。
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2018年10月13日

いつまで韓国に謝りつづけるのか

いつまで韓国に謝りつづけるのか

 韓国済州島で行われた国際観艦式でのこと、韓国は日本軍艦の旭日旗掲揚を拒否してきた。
 旭日旗は海上自衛隊の軍艦旗であり、海自は世界中どこにいくにも国連海洋法条約にもとずいて、日の丸旗と旭日旗を掲揚してきた。
 その旗について掲揚するな、というのは内政干渉もはなはだしい。当然の答えとして、海上自衛隊は国際観艦式への参加をとりやめた。
 けだし当然の処置とおもうが、韓国側は遺憾の意を表明した。内政干渉してきて遺憾の意とは、盗っ人たけだけしいが、このことは文在寅大統領の反日、反米、親北の政策反映に違いない、と消息筋は伝えている。

 アメリカのポンペイオ国務長官が、韓国の外務長官を怒鳴りつけたと、外電が伝えている。
 南北協議の席で、南北軍事境界線上の空域の飛行禁止を決めたというのだ。韓国安全のため米空軍が日夜軍事境界線上を飛んでいることはしっているだろう、その事実に対し韓国はなにを考えているのだ、というわけでアメリカの怒りが爆発した。
 ミサイル迎撃地上配備システム「サード」の配備を拒否しているあたりも、日本のイージス・アショア反対の秋田、山口県知事にも似た始末の悪い文在寅大統領である。国防を全面的にたよっている同盟国のアメリカに対し、韓国のその態度はなんだ、という怒りである。

 ひたすら親北の文政権は経済政策のことごとくで失敗している。枝野立憲民主党のかかげる経済政策とまったく同じ、金融緩和をせずに最低賃金のみを上げるのでは、中小企業はみな根を上げて次々と倒産している。
 一部の財閥系企業だけが潤い、学生はますます財閥系企業をめざす。財閥とそれ以外には強烈な差別が生まれ、富の格差はますますひらくばかりだ。それでもひたすら反日に走り、老元慰安婦と称する女をひきまわしている。

 石橋湛山首相は、「かっての日韓合併時に朝鮮半島は棄てておけば良かった」と喝破したが、全くその通りで、禿山を緑にしたのも、橋をかけたのも、学校を作ったのも、すべては頼まれもしないのに、かってに実行した日本が悪いのだ。  
 ……韓国人には永遠に日本人の思いはとどかない。


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2018年10月12日

築地の水神様、波除稲荷はどうなる?

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 築地でしか見ることのないターレが、陸続として環状2号線の橋を渡っていく。
 2100台にも及ぶターレが、通行禁止の国道を橋を渡っていくさまは映画のロケのような光景である。ターレの時速はせいぜい15キロ、日常の走行速度は10キロと言われているから亀の競争のような異様なスピードではある。
 いまどきバックギャアのない自動車があるのは不思議だが、この小型特殊自動車を日本で初めてつくった会社はとっくに倒産していまはない。郵便局や駅構内、市場内で重宝がられているターレを作っているのは、スバルや三菱といったメーカーである。
 築地ではガソリン・ターレもLPG・ターレも走っていたが、こんどの豊洲では電気ターレのみ使用許可なので問屋、仲卸の皆さんは電気ターレのための出費も必要になる。

 戦後、街中には美味い寿司やは少なく、美味い寿司を食べたいときには築地の場外にかよった。学生のふところには負担が大きかったので築地へいくのは清水の舞台から飛び降りるような気分だった。のちに場内にも行くようになり、美味い寿司をいつまでもたべられるように、波除神社のすし塚にもお参りして、初めて築地の寿司詣でが完成した。
 波除神社は場外、場外にまたがっているのでこんどの引越しでどうなっているのだろうか。少し心配である。なにしろ活魚塚、アンコウ塚、海老塚、たまご塚、こんぶ塚、吉野家塚まであり、なによりも四代将軍家綱公の築地埋め立ての困難を救った波除稲荷の縁起にもとずくご神体であり、魚河岸の歴史証人でもある貴重な文化財である。
 神田明神の別社である魚河岸水神社は御霊抜きをしてとりあえず神田明神へお返ししていると聞いている。

 いまどきの役人に水神様のはなしや、波除稲荷のはなしは理解不能だろうから、豊洲にまず水神社を勧請してから開場などということは夢のまた夢かもしれないが、こうした民俗遺産こそが、貴重な観光遺産にもなるということを自覚してほしい。
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2018年10月08日

中国という監視社会

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 中国の空港に降り立って税関を通るとき、かたわらのちいさな台に黒眼鏡の人が立っていたら、その人は情報監視員と思わなければならない。少し厚い黒メガネには、視界に入ったすべての人の公安データが即座にうつしだされ、危険分子は連行される。
 中国の情報技術の向上と、北京政府の蓄積してきた14億人分の膨大なデータが、こうした監視社会のシステムを可能にしている。国内に住む中国人だけでなく海外の人々のデータも、情報をハッキングして大量に保有していると伝えられる。
 犯罪の防止、犯罪人の追跡に120パーセントの効果を発揮するのみならず、共産主義社会にとって不都合な人々の出入国も黒メガネひとつで簡単に発見・拘束できるという恐ろしいネット監視網である。

 中国最高の美人人気女優ファン・ビンビンさんが、突然今年6月から消息不明になった。
 自身の芸能学校を持ち、ドラマ制作会社を経営し、カナダにはマンションを持ち、国内には二軒の自宅と二軒の別荘、そして青島には高級マンションを所有しているという、中国映画界最大の稼ぎ頭だといわれる。なるほど写真をみれば堂々としてイブニング姿は、並みいるハリウッド女優に負けない。
 世界中どこの芸能界にもある表契約と裏契約がばれたともいわれ、本人からのお詫びが公表されたが、この話にはさらに裏があり、習近平の側近の愛人であったため、不興をかって挙げられたのだという情報もある。

 さらに恐ろしいのは、国際刑事警察機構I.C.P.O通称インターポールの総裁が突如行方不明になった事件だ。中国を代表する警察官僚としてインターポールのトップの座につき、世界中の国際犯罪を取り締まっていたにも関わらず、本人があっさりとどこかに連れ去られた。
 中国にたびたび問い合わせた結果、このほどようやく北京政府から不審な行為があったので拘束中という答えがきた。不審な行為の内容は知らされていない。習近平にとって不都合なのか、それとも中国共産党にとって不審な行為なのか、まったくわからない。

 共産社会は一見秩序正しく理想社会にみえるが、実態は徹底的な管理監視システムにより、人間としての尊厳や人間性が否定される。粛清があり、発禁があり、没収がある暗黒社会である。そもそもはユートピアを目指した筈のシステムが、いつのまにか暗黒のディストピアになってしまった。これでも資本主義社会と仲良くやっていけるのだろうか。
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2018年10月05日

慶祝国慶節・イン・軽井沢

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 軽井沢には巨大なアウトレットがある。
 中山道由来の軽井沢よりも、この軽井沢プリンス・ショッピング・プラザのほうが軽井沢の顔になってしまった今日この頃だ。都会から友人がくると、女子供はまずこのアウトレットに行きたがる。明治以来の宿場の遺跡や、沢山ある文学碑、数々の美術館よりも、まず行きたがるのがアウトレットだ。こんな物欲まみれの日本人を育てたのは……などと云うとウザイと反発され、故なく嫌われるので、いってらっしゃいと笑顔で送り出す。

 となりのホテルに所要があり、時間の都合でアウトレットを覗いて驚いた。
 そこは日本ではなく中国だった。いかにも中国風な花飾りに巨大な慶祝国慶節のモニュマンが鎮座している。はてここは横浜中華街かと錯覚した。いやアウトレットは中国資本に売られてしまったのかと一瞬不安がよぎった。中国人の観光客が大声でわめきながら記念写真の撮影大会をしている。ショップでも国慶節の祝いやら、国慶節の割引が掲げられている。中国版大型連休をあてこんで、共産党万歳のモニュマンを飾っているのだ。

 日本でありながら、にほんの祝日に幟をたてたり、花飾りをしている光景を軽井沢ではついぞみたことがない。
 たまに駅にある飾りは、G7まであと何日と表示するカウントダウン・ボードやら、カーリングが勝ったとか、国の祝日を祝うという意識はまつたくない。
 さきの戦争で負けるまでは、どこの家でも祝日には国旗をだし赤飯を炊いたものだが、敗戦とともに国旗を忘れ、国家の祝日はただのイベントデーのごとく片隅においやられてしまった。反日日本人の左翼の罠に落ちてしまったのが、こんにちの日本人の実態なのだ。自分が生まれ暮らしている国を、愛することを忘れた悲しい日本人が圧倒的に多くなった。

 アウトレットの巨大な慶祝国慶節は商人たちのさもしい根性、毛沢東の国慶節を祝ってもいいが、その目的は金儲け、共産革命を祝う気持ちなどすこしも無いのに旅人の懐をねらう、かっての軽井沢宿飯盛り女にも似た悲しいゼニゲバぶりである。
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2018年10月03日

赤ん坊・飴だま・次はなに?

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 この国は昔から「礼法」の国といわれ、「礼儀」ということばは、教育の基本だったし、社会生活の常識だつた。
 ヨーロッパの先進国が、日本を評価したのも日本人の礼儀とか、親切にたいする尊敬の念からだった。後進のアジアにあってジパングはどこか違う。芸術も民度もほかの有色人種とはことなるところが、素晴らしいと、評価されてきた。

 市会議員がわるびれもせず赤ん坊を抱いて議場に入ってくる。人の迷惑を考えない。市の将来を論じ、考え、議論することより、わが赤ん坊の方が大事だという堂々とした主張だった。議会場も一瞬にして権威を失い、ベテラン議員は右往左往、熊本市議会は混乱した。
 一年たって同じ議員が今度は、飴だまをしゃぶりながら、質問にたった。議長は慌てて、「品位をおとすから、飴だまはすてなさい」と注意するも、議員は拒否、喉がいたいので声が出ずらい、だから飴だまはなめつづけると主張、議場は混乱のすえ暫時休憩。
 開かれた懲罰委員会でも、飴だま議員の女は謝罪せず、どこが悪い喉が痛たかったから飴だまをしゃぶったのであって、私に悪いところはない、と再三主張、八時間の無駄をしたというのが、最近のスキャンダルである。
 軽井沢でもインターナショナル・スクールの女理事長が、パーティーの席に乳母車ごと赤ん坊つきで登場したことがあったが、多分この次は暑いからとシースルーか、ゴムゾーリで議場にはいってくるのだろう。場を心得ない、礼儀をしらない、目立ちさえすればいい、こんなデンツー娘みたいなのが、堂々とまかり通おる世の中になってしまった。

 議員の緒方夕佳という人は東京外大の米英科をでたのち、アメリカ・ヴァージニア大学で紛争分析解決学部なる勉強をして、沖縄平和協力センターで反対運動をしてきた人なので、議会をざわつかせることなど朝飯前の筋書き入りなのだ。ネット通販をしている旦那も知らん顔で、赤ん坊などあずからない。飴だまは拙いから、喉スプレーにしなさいというようなサジェッションもしない。
 アメリカの砂漠で教育されてきた人たちには、結構こうした非常識人間は多い。T.P.Oなどという舶来の礼儀もしらない。

 TBSの朝のワイドショウを司会している夏目某は、この人を議員に選んだ一般市民がいるんだから、この人の行動はうけいれるべきだと、とんでもなく阿呆な意見をいっていた。 礼儀も作法もないメディア芸者には呆れる。


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2018年10月01日

ほぼ松茸、バカマツタケの夜明け

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 秋の味覚といえば「松茸」にとどめをさす。
 韓国やブータンに行けば、それなりの「松茸」文化はあるが、日本人のそれほどこだわったものではない。料亭では、松茸のお目見得です、とばかりに早出の焼き松茸やら、土瓶蒸し、松茸ご飯など登場し、座敷の話題となる。

 信州上田の奥には別所平があり、平のまわりには松茸山がてんてんとある。
 秋になると十数軒の松茸小屋が、山の頂上から山裾にかけて開店する。開店といっても素朴な山小屋で、よしずの周りにビニールの屋根、丸太の骨組みはいつでも撤去できるという小屋で、最近はようやくトイレが臭気遮断のハンバ風トイレに変わった。
 「松茸 味わうなら 信州上田 見晴台」新聞には立派な広告がでている。千曲川コース¥5150(税込)から、お土産に生松茸一本付きの20000円近くのコースまである。松茸酢の物、松茸土瓶蒸し、松茸茶碗蒸し、松茸天ぷら、松茸鍋、松茸ごはんと、それぞれにそれなりの松茸料理である。

 最近は「バカマツタケ」が話題をよんでいる。
 味も香りも食感も、姿かたちも松茸そっくりなのに、松茸の仲間にしてもらえず永年品種差別の可哀そうなマツタケである。2015年にようやく政府の「高級菌根生キノコ栽培技術の開発」委託事業として助成金がでるようになったので奈良の森林技術センターが、雑木林での人工発生に成功した。研究・開発も金次第なのだ。
 松くい虫のおかけで危機に瀕している松林を必要とせず、コナラ、ミズナラ、クヌギ等の雑木林に生えるという点からも、松茸の後継マツタケとして有力視されている。

 香りのしない「マツタケモドキ」や、奄美大島で少しばかり自生する「ニセマツタケ」、あるいは韓国産の、カナダ産のマツタケに心惹かれることなく可哀そうな名前の「バカマツタケ」で秋をむかえることになるのだろう。
 スポーツ番組などみていると、人間も新品種がぞくぞくと登場しているが、マツタケも新品種の時代を迎えたのだ。

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2018年09月29日

新橋芸者と旦那衆のお手合わせ

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 花街は文化サロンだった。
 そこにくる人は政界、財界、官界、學界のトップクラスから、市井で成功を納めた商人やら、芸術家、芸人にいたるあらゆる階層の人々がいた。そうした人々が本業を離れて自己解放する場所が花街だった。花街には御茶屋、料亭、芸者衆の学びのための検番、置屋、髪結い、化粧、身の回りのための衣裳やさんから、装身具や、履物や、それらの世話をする男衆、小唄、長唄のお師匠さん、踊りの稽古場、さらに花街名物のお土産屋さんまで街中にあって、いちだんの洗練された趣味と雰囲気にまみえているのが花街の特徴だった。
 花街をみれば、その町の民度、文化のレベルが計れるのだ。

 大阪には、曽根崎新地いわゆる北新地、南地五花街、新町、堀江と多くの花街が、秀吉由来の城下町と最大の商都を支えてきた。京都では、北の上七軒、八坂の祇園、祇園東、鴨川の宮川町、そして先斗町とそれぞれの特徴ある花街が1000年の都の顔になってきた。
 東京も、新橋、赤坂を筆頭に柳橋、神楽坂、浅草、向島とあったが、いまは新橋、向島あたりが頑張っているのみでほかの花街はだいぶパワーが堕ちてしまった。
 全国の温泉場にある花街もかっての勢いはなく、そこにいる芸者衆も、半分以上は芸よりもレジャー酌婦になってしまっている。

 そうした花街の歴史にとってもっとも不幸だったのは、第二次世界大戦だった。
 敗戦国の日本はマッカーサー司令部によって、天皇を中心にした国家観から忠孝の精神文化も骨抜きにされ、伝統芸能から修身教育まで禁止され、奨励されたのはスポーツ、芸能、セックスというまさに植民地政策そのものだった。
 尻馬にのって、ホテル万歳料亭反対の政治をしたのが、細川内閣だった。政治家の集いはすべてホテルが良しと、変な方針を打ち出し、伝統のつまった料亭を否定した。これによって赤坂は衰退し、神楽坂も坂道を転げるがごとくに変わってしまった。細川さんはみずからが育てられた文化土壌を忘れたバカ殿といわれても仕方あるまい。

 新橋もずいぶん少なくなったが、東京を代表する花街としてがんばっている。祇園都をどりの一か月興行に対して、新橋東おどりはわずか一週間だが、銀座の旦那衆と相対での「くらま会」など、今年も盛大に新橋演舞場に幕を開けた。
 玄人の芸者と素人の旦那衆が一年に一度のお手合わせ、花街は本来地元の旦那衆あってのもので、地元と解離してしまっては意味もなく、旦那衆の幅広い芸に応じてこその舞台である。長唄、常磐津、河東節、一中節、小唄、端唄、哥澤、尺八、と邦楽の歴史総見のような銀座の旦那の芸に、立役として花を添える新橋の芸者衆も随分勉強になったことだろう。 いずれはからす天狗達の稔りも楽しみである。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする