2015年08月29日

ホテル・オークラの新たな顔へ

ホテル・オークラの新たな顔へ

 ホテル・オークラは東京のホテルで唯ひとつ「日本」のあるホテルだった。
 藤原時代のモチーフを120パーセント生かしてデザインされた空間は、日本人にとって最高の休み処だったし、遠い国からきた外人にとっても最高のオモテナシだった。
 あの頃は誰も「オモテナシ」などという言葉はつかわなかった。いま「オモテナシ」が無くなったので、あわてて「オモテナシ」という言葉にすがっているのだろう。昨日まで「グローバル、グローバル」とわめいていた人が、急に日本回帰してオモテナシ教に帰依したのかもしれない。
 オークラの和瓦に白タイルの似非なまこ壁の外壁も、ほっとするデザインだった。前のオリンピックの時に、海外のお客様のためにパリからル・コント氏を招いたのも懐かしい。どきどきしながらベルエポックの料理を味わいに出掛けた。
 すき焼きが食べたくなると、山里に駆けつけた。関西風な山里のすき焼きは、江戸前の濃すぎるすき焼きにくらべ、はるかに美味しく胃袋を幸せにしてくれた。
 プールにはヘルスクラブと称し、遊び人のモデル達と昼顔婦人が集っていた。プールサイドの食堂はひそかな恋の出会いを助けた。
 ホテル・オークラには、クラスがあって泊まることよりは、日常にホテルを取り入れたハイソな御婦人方の社交場になっていた。
 再建にあたって、「欧米を模倣せず日本の特色をだしたホテル」を願って建設された大倉喜七郎の願いがどこまで受け繋がれるか、21世紀の建築に期待したい。
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2015年08月25日

「ぶらタモリ」と「さんぽサンデー」

「ぶらタモリ」と「さんぽサンデー」

 散歩というライフスタイルは日本人に向いている。
 幾何学的に整備された西洋庭園を散歩してもあまり面白くない。自由に植栽された日本庭園のほうが散歩の楽しみがある。見事にビルが並んでいる街並みは散歩には向いていない。雑然といろいろな家並みがあって
散歩が成り立つ。
 テレビ局が貧乏になって、いくつかの散歩番組が登場してきた。スタジオも大道具もいらない。タレントを歩かせればそれで番組が成立するのだから、こんなに有難い番組はない。あとは見るに値する散歩ができるかどうか、その一点にかかっている。
 早逝した地井武男さんは、サンポニストとして抜群の個性だった。腕を斜めに振りながら足早に歩きながら、町の表情を的確に見、人情のきびをとらえた。寺社があれば、まず拝んでから次の散歩に移った。町に暮らすひとと同じ目線で率直に対話した。得難い庶民性と人間力が地井さんには備わっていた。
 加山雄三は全くダメだった。かってスターと呼ばれた人が、いかに貧しい目線しかもっていなかったか、まざまざと知らしめた。町を歩いても自意識だけでその町に興味をもたない。たまたま言葉を交わしても、上から目線で謙虚さがない。かってのスターへの憧れ満載のオバチャン族だけに受けた街歩きだった。
 散歩という粋なゆとりのあるライフスタイルとは似ても似つかないものだった。
 最近面白いと感じたのは、「さんぽサンデー」。男女二組のタレントが異なる駅からスタートし真ん中の駅で落ち合うのだが、それぞれの世代感覚やら人間力が見て取れ、この役者は本物だとか、うわべだけのニセモノかが良く判る。配役の妙で、お馬鹿なタレントはちゃんとバカに見えるし、人生豊かにすごしてきた女優はそれなりに映る。「さんぽサンデー」は「ブラタモリ」とともに最近の収穫である。
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2015年08月24日

半世紀ぶり「具体」との遭遇

≪Thanks Sam≫1963年 田中敦子

 白髪一雄の宇宙のなかで、久しぶりというより半世紀ぶりの「具体」だった。
 前年パリ・ムーランの仕事を終わってテレビ復帰したとき、恒例大晦日の歌謡大パレードのスポンサーとして登場したのが、吉原治良さんだった。
 プロデューサーの私はその時、あの「具体」を立ち上げた吉原さんとは知らず、製油会社の社長が何故CMの打ち合わせに出席するのか不可解だった。
 特別番組の制作費は出します、でもコマーシャルは強いて要らないという社長発言に当惑した。
 それは困ります、CMはだしてください。CMがないと番組の体裁がととのいません。
 それならばCMらしくないCMを出しましょう。既成のCMにあるテシニックは絶対使いたくない。
今にして思えば、それこそが具体美術運動の原点だったが、当時は「具体」にたいする認識はなく、それは関西に於ける美術団体のひとつだろう位の理解だった。
 大晦日、歌謡大パレードの華やかな舞台の上に何本かの紐が張られた。中空に平行して、あるいは斜交して、上手から下手へ、奥から手前へ紐がはられた。
 そこに吉原製油のサラダ缶が滑車を付けて走った。……ひと缶、ふた缶、それはまさにテレビのフレームを超えた自由なコマーシュルだったが、映像効果は全くあがらなかった。
 それでも終わったのち吉原治良さんから招待があった。社長は歌謡のなかに無意味なカットが入って、とても良かった。吉原製油は狂っていると思った。

 あれから半世紀、白石幸生ホワイトストーン・ファンデーション代表の尽力で軽井沢で第二回具体人協議会国際シンポジウムが開かれた。
 香港クリスティーズに於ける美術への文化的投資の拡大、山村徳太郎による戦後日本美術の本格コレクション、「北斎」のあと「フジタ」と「具体」のみがヨーロッパに於ける美術の市場価値をもっている、という蓑豊や千足伸行氏らの基調講演も興味深かった。
 文化に投資すると100倍になって帰ってくる、というルーブルの主張など、つい先々月の体験が甦った。

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2015年08月22日

アムネスティが「売春合法化」に転じた

アムネスティが「売春合法化」に転じた

 韓国朴槿恵大統領にとって予想もしないことが発生した。
 北朝鮮の強硬姿勢はともかく、彼女の反日思想の基本をなす、慰安婦問題について世界の認識が変わるかもしれないのだ。
 すべての人々の人権が守られる世界をめざして活動している700万人の会員がいる世界最大の人権団体アムネスティ・インターナショナルが、8月11日の総会に於いて、「合意のもとでの性労働に関わる行為」について、全面的に合法化すべきだとする決議を賛成多数で採択した。
 女性の人権を守るという立場から、売買春に反対してきたアムネスティがついにその看板を降ろしたのだ。
 いくら売春を禁止してもイタチごつこが繰り返され、貧困国では当然のごとくに行われ、先進国でも何処へ行っても裏メニューとして存在してきた。人類最古の商売とすらいわれて絶滅は不可能というのが、ついに今回の決定のようだ。
 「飾り窓の女」と呼ばれて有名なオランダでは、2000年に合法化し、売春婦も税金を納め、医療保険に入って身体を守れるようにした。それこそが売春婦たちが一番望んでいたことであったとさえ言われている。
 一方では同性愛が、市民権をえて世界中でゲイパレードが行われるようになり、売春婦ならぬ売春夫があちこちに発生しては、耳障りの良い売春反対ではなんの対策にもならないと気が付いたのだろう。
 ノーベル平和賞、国連人権賞のアムネスティが「売買春合法化」に転じた意義は大きい。 日本のアムネスティはなんと反応するのか、朴槿恵反日大統領はなんというのか、
 人権と売買春の問題は、21世紀のモラルにとって最大の課題ではないだろうか。


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2015年08月19日

避暑地の超丁寧語

避暑地の超丁寧語

 夏になると避暑地には、不思議な言葉が飛び交う。
 まあ、ごきげんよう。○○のおばちゃま、おにぃちゃまはお元気?  あら、昨年おじぃちゃまがなくなって、旧軽のおうちのことが、いろいろ判って、わたしも家をでたの。だからおにぃちゃまもどうしているかしら。おねぇちゃまもロンドンへ行っちゃったし。……
 ご挨拶には赤ん坊用語と超丁寧語が飛び交い、お互いの一族郎党の現況をさりげなく探るというのが別荘族の話の中心となる。
 政治や経済の話はご法度、あら、あちらは総理の奥様のいとこでいらっしゃるし、日銀の○○総裁の御子息のお嫁さんなので、いろいろと大変でいらつしやるでしよう。
 なにが大変なのかよく判らないが、そんな時だつてそれはオジサマが大変なんでバカ息子の嫁には関係ないだろう、などと金輪際思ってはいけない。
 そのうえ知り合いのお嬢さんがウイーンに留学して、帰りに拾ってきた外人プータローとのコンサートなどあると、なにはともあれ拝聴に伺い、批評せずにアンコールを捧げる。
 まあ素敵な御嬢さま、口が裂けてもあの演奏は何ごとなどと批評してはならない。
 なにしろウィーンのオーケストラの嫁さんたちの三分の二は日本の嫁であって、ウィーンの音楽家はみな日本からきた音楽留学のお嬢を狙っている。
 日本人のお嬢を嫁にすれば、まず生活が安定する。草津あたりで演奏会を開けば、皇后さままでピアノのお稽古にいらっしゃる。その上外国コンプレックスの家庭の子女が、弟子入りしたいとウィーンまでやつてくるのだ。
 ウィーンの音楽家にとって、夏の日本は嫁孝行と弟子集めの一石二鳥の効果がある。
 夏の避暑地にはそうした国際結婚の子女が、あちこちに散らばっている。 来年の夏までしばらくのお別れね。御機嫌よう ……。
 軽井沢の夏は、まもなく旧道のお諏訪さまの花火とともに終わりを告げる。
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2015年08月18日

プラスチックで作った中国高級米

プラスチックで作った中国高級米

 いまだに信じられないニュースがある。
 中国がプラスチックの高級米を作っているというニュースだ。米に美味い米、不味い米はあっても、偽物の米があるという情報は初耳だつた。
 インドネシア政府の調査によると、中国から輸入された高級米から、ポリ塩化ビニールなどの有害化学物質の含有が発見された。ポリ塩化ビニールは、水道のパイプ、ホース、床タイルなどに使用される物質で、通称プラスチックで発がん性があり最悪死にいたるといわれている恐ろしい物質だ。
 このプラスチック米は、ジャガイモとサツマイモを一度溶かし、それを固めるためにビニール袋を溶かして混ぜ、白米の粒に似せて作られる。見た目には普通の精米と見分けがつかないほど、クオリティの高い偽装米だそうだ。
 有害物質を混ぜた合成米は10年位まえから中国国内に出回り、あまりのことに今年4月に食品安全法を改正、北京、上海などの大都市では取り締まりが強化された。はみだしたプラスチック米が、検査のゆるいインドネシア、ミャンマー、タイなどに流れ、問題を引き起こした。

 米だけでなく中国偽装食品の旗頭はハチミツだそうだ。日本でもハチミツ消費量の80%は中国産といわれているので、警戒警報だ。水あめを加工したり、イモを加えて、ニセハチミツが大量につくられている。さらにいろいろな添加物でニセハチミツには色とりどり、多くの品種ができ、日本人は中国のニセハチミツを喜んでいる、と伝えられている。
 エステなどで惜しげもなく消費されるハチミツは、あらかた中国製のニセハチミツと認識したほうがいい。
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2015年08月17日

供養にならない無音盆をどり

無音の盆踊り.jpg

 盆をどりというのは、祖霊を供養するのが目的で、副産物として地域の交流や若者たちの出会いがあった。 信州の阿南町には3日3晩踊り繋ぐ無形文化財の盆踊りがある。ゆったりと祖霊への想いを込め、感謝とともに3日間供養する踊り念仏だ。
 軽井沢でも小さな公園に櫓をたて、四方に提灯を飾った盆踊りも、ないよりはずっとましで、久々にお里帰りの娘さんが子供を連れての盆踊りに、家を繋ぐ習俗が見てとれる。
 音の悪いスピーカーから、無責任に流される東京音頭も懐かしく、田舎はかくあってこその田舎と、半分イベント化しつつある素朴な盆おどりを楽しむ。

 最近話題の盆踊りに「無音」の踊りがあると聞いた。
 全員小さなレシーバーを耳につけ、FMのトランス・ミッターから飛んでくる電波をとらえて踊るという。その風景は想像するだに気持ち悪い。どこかのカルト集団の集まりのようで人間の営みにはみえない。踊りの輪ごとに曲を変え、複合的な盆踊りも可能というが、どこか間違っている様に思う。
 でも音を出すとすぐ苦情がきます、というが、盆踊りのスピーカーの音に腹を立て文句を言ってくる方がおかしい。そうしたカン違いエゴイストを生み出した社会にも問題ありだが、盆踊りに五月蝿いと文句をいう馬鹿どもには、出て行ってもらったらいいのだ。
 いい加減に理不尽な個人主義は願い下げにして欲しい。
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2015年08月16日

オレンピック・エンブレム盗作について

オリンピック・エンブレム盗作について

 五輪エンブレムの盗用疑惑によって、あちこちで炎上しているのが佐野研二郎の仕事だ。
ベルギーのデザイナー オリビエ・ドビ氏は、リェージュ劇場と共に国際オリンピック委員会に五輪エンブレムの使用差止めを申請した。
 このことをきっかけに佐野研二郎の仕事には、デザイン盗用または疑似アレンジの実績が多いと、ネット上には20以上の例が出現している。
 さすがサントリーのトートバック・デザインについては逃れられないと悟ってか、30点中8点について、デザインスタッフの複写だったと認めた。
 そもそもこの佐野研二郎という人の博報堂出身というのがひっかかった。代理店ビジネスというのは本質的には媒介ビジネスであり、業務の代理をしてマージンを稼ぐのが、業務の中心だ。
 オリジナリティが無いとは言わないが、デザインそのもののオリジナリティを求めて高みを目指した人達ではない。仲介をするという長年の意識が、デザインの独創性を失わせているともいえる側面がある。つまり盗作にもつとも近い商売が、代理店ビジネスともいえよう。
 プロに判らなかったデザイン類似が、ネット上ではすぐにばれた、と言う事実も情報ツールと言う点から興味をひく。
 日本のデザイン教育の実態を承知しているわけではないが、欧米に於いてはフリーハンドのデザインが多いのに対し、この国はコンパスと定規による画一的なデザインが横行しているように感じる。全盛期のアメリカンなデザインの流れから一向に抜け出していない。
 オリンピックのエンブレム・デザインにしても直線と円だけで構成され、人間の手仕事を少しも感じない。圧倒的なオリジナリティ不足はいなめないのだ。
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2015年08月15日

ソニーに棄てられたAIBO達の合同葬儀

ソニーに棄てられたAIBO 達の合同葬儀

 1999年6月華やかに登場したのが、ソニーのAIBOだった。
 ITバブルに踊った友人はデスクのうえに、AIBOを置いて自慢げに仕事をしていた。室内に流れる音楽もソニーの音響機器で、ソニーこそハイソな世界のシンボルだった。
 まもなくITバブルは崩壊し、ソニーも急速に業績が落ち、世界のソニーはただの電気やになっていった。
 高度な画像認識やいろいろなセンサーを搭載した新しいAIBOが発売され、AIBOも5代目を数えていた。
 ますます業績不振をかこったソニーは、2006年ついにAIBOを放り出した。全世界に散らばったAIBO15万体の故郷がなくなったのだ。
 「ソニー製ではありません。ソニー生まれです。」
 「愛という感情を、ロボットに抱くとはおもわなかった。」お得意の宣伝戦略で、AIBOを売りまくったソニーに、AIBOの面倒をみるモラルはなかった。
 去年の3月には、AIBOの修理をするAIBOクリニックも閉鎖され、全世界のAIBO愛好家たちは茫然とした。

 この日、千葉県いずみ市の光福寺に動かなくなったAIBOが壇上に並んだ。AIBOはメンテナンスさえすれば、永遠に生き続けられると、騙された愛好家たちも集まった。
 人間の手で生み出され、人間の勝手で生命を亡くしていったAIBOたちに、供養の読経はなんと聴こえたことか、AIBOの合同葬儀はこれからも続くという。
 ソニーというメーカーに問われる責任はなく、モラルもない。人間ないしは人間に近いアイボをつくつても所詮金儲けの手段だつたことがはっきりした。AIBOを信じ、AIBOを愛してきた善良な人々は、やっとITやデジタルのからくりに気ずかされた。
 AIBOを愛し、共に働いていた友人も起業に失敗し、故郷の老人福祉施設で働いていると風のたよりに聞こえてきた。
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2015年08月14日

「暑いぞ! クマガヤ!」の全国制覇

「暑いぞ!クマガヤ」の全国制覇

 「暑いぞ!熊谷」と話題になったのも過去のおはなし。
 今年は全国的にクマガヤ状態であった。異常気象は常態気象となり、猛暑も酷暑も集中豪雨も当り前となって、川端康成がノーベル文学賞受賞記念講演で述べた「四季のある美しい日本」は、行方不明となってしまった。
 小学生の頃、この国は温帯地域にあるので、夏でも27.8度、30度以下にしかなりません。34度とか35度というのは赤道直下熱帯地域のことです、と教えられた。
 暑さは人間から思考力を奪うので、世界の政治は温帯地域の人々が多くリードします。なるほどと思っていた。南の人はよく踊ります。踊ることで考えることから脱して楽に楽しく生きていけます、と地理の先生が教えてくれた。
 あの頃、熱中症と言う言葉を聞いたことはなかった。暑さに負けたのは日射病だった。熱中するのは、勉強
とか、スポーツとか、模型つくりで、積極的な意味だつた。それがいつの間にか、ヤマイと結びついていやな
語感に変わった。クーラーが出来てから熱中症が増えたという情報にも違和感がある。

 夏の日の夕方、悪ガキどもの集合場所は「キレイなお姉さん」のいるひ弱な同級生の家だった。
 下町ではどこの家でも夕方になると、庭先にたらいを持ち出して水を張り、少し水が柔らかくなったら、行水をした。クーラーのない時代、暑い夏を乗り切るささやかな知恵だった。
 キレイなお姉さんも弟の友達のいる前で、恥ずかしがりもせず行水をしていた。ふくらみかけた蕾の乳房をみて悪ガキどもはドキドキと満足した。日射病の治療には行水がいちばんだった。
 行水が終わると、お母さんが西瓜を切ってくれた。その日によって西瓜のかたちは色々だつたが、西瓜はシヨートケーキより美味しかった。井戸水で冷やした西瓜には、日射病の薬がはいっていた。
 頭のうえでは風鈴がなって、涼を呼んでいた。
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2015年08月13日

美人のいま・むかし

美人のいま・むかし

 @ すこぶるつきの美人たること
 A 未婚者たること
 B 相当の生活を営んでいる家庭の者たること
 1929年2月6日付けの読売新聞に出された文部省女子職員の採用方針というから驚く。
 職員の採用に堂々と「美人」と謳っているあたり、戦前の日本人の意識が読めて興味深い。今ならたちまちに炎上して批判の的になること必定だ。
 戦前の新聞で、美人という形容詞が多くつかわれたのは、美人女優であった。ブス女優とはいわなかったし、映画女優はあらかた美人のついた女優であったというのは至極当たり前のこと。
 ついで美人が多用されたのは、犯罪被害者と水死体であったといわれる。美人死体とか、美人水死体というのはかなりカストリ雑誌にふさわしい呼び方だが、読者の興味をひくある種のテクニックだったのだろう。当時の記者仲間のジョークに「首ナシ美人死体」というのがあったといわれている。
 美人が死ぬとニュースになるが、ブスが死んでもニュースにならない、というのもあった。
 夜の世界では圧倒的に美人ママと美人ホステス、昼間は美人秘書というのが跋扈していた。
 戦後急速に増えたのは、美人タレント、美人モデル、職場では美人と言う言い方はセクハラにあたるというので消滅の危機を迎えた。
 その代わりと言ってはなんだが、急速に勢力範囲をひろげたのが、美人アナと美人妻。美人アナはテレビ局の顔となり、美人妻はAVの世界で、制作会社の命運を左右するキーワードになっている。
 美人妻のまわりには、情けない夫、高利貸し、保険の御用聞き、不登校の高校生、困った姑など万華鏡のように男どもが絡んでAV環境を盛り上げている。
 アラフォーの美人妻には、天井知らずの市場価値があるとすらいわれている。

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2015年08月12日

「昔は良かった」という病

「昔は良かった」という病

 3人集まれば、必ず1人は「昔は良かった」という。
「昔は良かった」というのは、老人になった証しと言われているので、なるべくその言葉は口にしないように心がけている。が仕事の一線から引き、女房と孫だけが生きがいの人生ともなれば、「昔は良かった」と振りかえる友人の心情も理解できる。
 いきつけの喫茶店にある時、「昔ながらのナポリタン」という新メニューが登場した。少し太めのスパに甘いトマト味がしっかりとまとわりついた赤いスパゲティだ。量もいまどきのイタメシヤと異なり、たっぷりと盛られている。コジャレタ装飾のない、昭和の食堂のおもむきがある。トマトケチャップはあちこちに飛び、シャツやジャケットに赤い滲みを作るので、食べるときは細心の注意を要するのだが、そんな面倒さをこえて「昔ながらのスパゲティー」は人気を保っている。
 まま所要で六本木にでる。
 話も一段落しお茶でもとなったとき、昔仕事の打ち合わせに使った「レイノ」にいこうという相方、あの全盛期テレビ局のまわりにはいろいろな喫茶店があった。気難しいコーヒー自慢の店、美しいお姉さんのいる店、下り坂の役者の経営する店、いくら長居しても絶対に追い出されない店など、昔ながらの喫茶店はあらかた潰れてしまったが、何とか頑張っているレイノにいこうという相方も「昔は良かった」病の代表選手なのだ。
 当世のコジャレタ若者が相手だと、ラトリエ・ロブションのカウンターあたりで如何ですか、となる。刺激的な赤と黒のインテリアのなかで、感性は刺激されるが、知性が喚起されることはない。町はオシャレになり、カナ文字は圧倒的にふえたが、等身大の安らげる喫茶店はほとんど消えてしまった。
 やはり「昔は良かった」とつぶやきたくなる。
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2015年08月11日

中国共産党の嘘八百が止まらない

中国共産党の嘘八百が止まらない

 中国の反日宣伝が止まらない。
 仲良くしようという意志があれば、あまり悪口を言わないというのが人間の心理だが、対立してなんらかの利益を得ようという下心があるので、とことん悪口をいっているのだろう。
 昨年中国は三つの国家記念日を制定した。7月7日の盧溝橋事件勃発の日、12月13日の南京虐殺の日、そして9月3日の抗日戦争勝利の日、いろいろの歴史的経緯はあったにせよ、隣国日本に対して、3つもの反日デーを設定するのは常軌を逸している。
 当然なんらかの意図があって、仕掛けているのだろぅ。そもそも論からいえば、日本は現在の中国共産党政権とは戦っていない。争ったのは蒋介石の国民党政権だった。それ故戦後処理も蒋介石政権とのあいだですべて完了したのだ。後に内戦の結果、国民党政権は台湾に逃れ、四川省の山奥からでてきた共産党政権ができたのは、戦後4年たった1949年だった。
 第二次大戦の当時者は台湾政府であり、共産中国ではなかったのだ。
 にもかかわらず日本は円借款3兆3164億円、無償協力1566億円、技術協力1772億円、合計3兆6500億円を共産中国に提供してきた。日本のODA供与によって中国のインフラは整備された。お人好しもいい加減にせい、といったところだ。
 習近平政権は何が何でも日本を悪者にしたてあげ、歴史の真実を曲げてまで領土拡張主義に走っているように見える。「釣魚島(尖閣)は中国領土」と書かれたペットボトルをスーパーに並べ、「東京大爆発」の花火を売る神経は異常なのだ。尖閣が米軍占領下にあった時は何も言わず、日本の施政下に入った途端に、あそこは台湾の一部だ、だから中国のものだと声高に叫んで、12ものいつでも軍事基地に転用できるガス田をつくって圧力をかけはじめたのだ。
 日本人はもつと共産中国の野望をきちんと見つめるべきだ。
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2015年08月09日

違憲で国が滅んでは元も子もない。

違憲で国が滅んでは元も子もない

 すべての国民が違憲、違憲と叫んでいる。
 野党も解説者も、安保法制は憲法違反だと声高に叫び、まるで憲法の前で思考停止状態に陥っている。
 特にいけないのは、憲法学者と称する先生方で、安保法制は憲法違反であり、戦争に導くものだと世論を煽っている。この人たちにはマッカーサーによつて埋め込まれた占領憲法の本質が読み込めていない。その上もっと悪いことには、国際情勢という視点が全く欠落している。
 次によくないのは、テレビのニュース番組に寄食しているコメンテーター達、もっともらしく時代の深層を探る稀有なジャーナリストを演じているが、じつは時代の変化が見えない困ったテレビ芸者なのだ。
 元毎日新聞の岸井成格にしても、朝日の立野純二にしても、戦争に対しての予防論がない。
 現実として南沙諸島の基地化によって、総て中国の海となり中国の空になってしまつた南シナ海の現実に対しては眼をつむり、尖閣諸島を取り囲むように建設が進んでいる中国ガス田の軍事基地化についての対案もない。世論を誘導するだけの無責任なアジテーターなのだ。
 その楽天主義は亡国への祈りにもみえる。国滅びて憲法が残っても全く意味がない。アメリカの政治評論家は、いま日本は空前の危機化にある、なぜこの危機を日本人が感じないのか、不思議なことだ。とすらいっている。
 世界の安全保障環境は劇的に変化している。 中国の軍事大国化、北朝鮮の核保有をまえに、アメリカに往年の力はない。今日の世界はすべてグローパル規模で発生しており、日本もその状況に巻き込まれている。もはや一国平和主義が成り立たないところまできている。違憲だ、戦争反対だ、とごねているだけではなんの解決策にもならない。
 この現実をもっとも憂いていたのは、故人となってしまった政治評論家の三宅久之さんだった。
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2015年08月08日

朴大統領妹の勇気ある発言

朴大統領妹の勇気のある発言

 ヒステリー症状かとも思える韓国の朴大統領の反日発言に、韓国人の恨みの深さを感じると共に、少しばかりもてあましていた。時に女のヒステリーだからと、呟いて得心していたこともある。
 ヨン様を軸にした韓流ブームは何だったのだろう。思慮浅い日本女性の恥ずかしい行為だったのだろうか。テレビには堂々と韓流ドラマがはびこり、日本のお茶の間を随分と洗脳したようにも思うが、そのあとの世界的に広がった従軍慰安婦像のおかげですっかり韓国大好きオバサン達のミーハー心も醒めてしまった。
 戦争に伴う兵士たちの性の問題は、今に始まったことではない。十字軍の昔からヴェトナム戦争の戦後までつねにあったのは、兵士たちの性処理の問題だった。第二次世界大戦後のアメリカ占領軍の要求によって、大森海岸近くに米兵たちのために、特殊慰安所が作られたこともあった。そうした人間の業ともいえる恥部にはお互いに非難することなく粛々と処理してきたのが、大人の対応であった。
 そこに登場してきたのが、韓国反日ロビーだ。お蔭さまで新大久保の韓流商店街は、うたかたの夢となりすっかり寂れてしまった。そうした韓国街があったことすら忘れている日本人がいる。
 そんなに反日ならば、無理して韓国に友情をもつ必要もないだろう。お蔭で韓流ドラマの牙城だったフジテレビも凋落し、かっての「面白くなければテレビじゃない」は「なにをやつても見てくれないテレビ」に変わった。
 こうした状況にいたたまれなくなつたのが、大統領の妹 パク・クンリョン氏だ。
 「日本はいままでに、天皇を含め4度も正式に謝罪している。いつまでもくどくどと謝罪を要求するのは、国益を損なう。慰安婦の問題も韓国政府が処理すべきだ。靖国問題も内政干渉だ。もし私の友人が、かって父を暗殺した人の墓参りをしても私は何も言えない。」
 いま韓国では、右翼の人たちを中心にパク・クンリョン氏への共感が広がりつつある。
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2015年08月07日

裸になりたい

裸になりたい

 うっかり外に出ると立ちくらみがする。
 この暑さは信じられない。トンボ獲りも、水遊びも避けて、じっと屋根の下にいるしかない。
  夏木立 人間以外 みな裸 (片野涸魚)
 裸になりたい。裸になって、のびのびと自由に暮らしたい、と思うのは筆者だけではないだろう。
  身にまとう 何ひとつない ぜいたくさ (渡辺こあき)

 「ナチュリスム」というライフスタイルがある。
 一糸まとわぬ姿でバカンスを楽しむ。ナチュリスム・バカンスという。 フランスには、このナチュリスムのために、73ケ所のビーチ、河川、湖 そして155ケ所のバカンス村が用意されている。自然と調和し、他者を尊重し、全裸で太陽を浴びて、心身を健康にするのが目的とか。
 毎夏、150万人のフランス人と200万人の外国人が利用している。
 裸になることだけを楽しむヌーディストとは違う。フランス・ナチュリズム連盟は設立65年を祝って、今年世界ナチュリストの日を設定するそうだ。
 さあ、この夏は服を脱いで太陽を楽しもう。
   一枚を脱げなかった 夏の夜 (    ? )
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2015年08月06日

文学の里・軽井沢に本屋がなくなる。

文学の里・軽井沢に本屋がなくなる

 軽井沢には無数の文学碑がある。
 室生犀星、堀辰雄、有島武郎、北原白秋、立原道造、与謝野晶子、等々数え上げたら切りのないほどの文学碑がある。それほどの文学者に愛されてきたこの町は文学の里でもある。
 いま、その文学の里から本屋が消えようとしている。
 旧軽井沢の商店街と中軽井沢駅近くにあった三芳屋書店は、高速道路が南軽井沢を通った長野オリンピックの頃、静かに閉店した。別荘に新聞も配達されなかったあの頃、書店のおじさんは毎日、自転車で本を届けてきてくれた。
 それが県下一円を商圏とする大きな平安堂に取って代わられた。配達はなくなり、注文した本も忘れた頃平安堂に届く。
 平安堂は半分が、レンタルCDとレンタルVIDEOに占領されていた。そのうえ書籍の50パーセントも漫画だった。その上料理、グルメにファッション、旅行書 あっても無くてもいいような本に占領されていた。
 残された僅かな文芸書や新刊本のラックを頼りに平安堂に通ったが、書店もついに力つき、今月いっぱいの閉店となった。
 敵は即日配本のアマゾンであり、無数のネット書店だ。これらのIT書店はベンリには違いないか゛手にとって本を見ることができない。世に氾濫する情報を頼りに、表紙の印象で買うしかない。
 もうひとつの本屋の敵は公立図書館だった。読みたい本は図書館に連絡すれば、税金で購入してくれる。その上貸出は無料、かって街中に存在した貸本屋の無料版なのだから、ふところ不如意の庶民にとってこんな有難いシステムはない。が図書館にいってみると、暇つぶしの老人や、受験生の勉強部屋になっている。本当に本を必要としている世代はいない。
 かくて文学の里に本屋はなくなった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする