2015年09月30日

"だんみつ"というイキモノ



 いちばん初めに大声で壇蜜を応援したのは、福山雅治だった。
 その福山雅治の関心が、吹石一恵に移って世の女性たちはキャッーとどよめいた。
 かんじんの壇蜜だが、デビュー以来5年の歳月を経たがあまり変わった様子はない。アイドルというにはトウがたっているし、女優と呼べるほど演技が向上したとも思えない。ままワイドショウの類にでていても、コメンテーターを志すでもなく、まあ座っているといった程度の存在だ。
 強いて言えば、壇蜜というイキモノがいる、そこがなんとも魅力的なのかもしれない。
 その壇蜜が文春文庫から、壇蜜日記2を出版した。
 最近は文字の世界がすこし知かずいてきたという実感はあるのですが、ちょっとしたことで、すぐに縁がなくなりそうな気もしますね……前作の時期には色っぽいことがあんまりなかったんですが、今回はそこそこ出会いもあって、来客用に用意した枕カバーを使って洗えた年だったかなと。 でも本当に"実りがあった"と言うなら、私の薬指に指輪があるはずですよね。…  色っぽい関係のあるなしも、そこはかとない表現でいかにも壇蜜らしい。
 自己の女の部分とたんたんと向かい合い、芸能界の要求も素直に迎い入れ、日々の出来事のごとくにやり過ごす壇蜜に、いさぎいい江戸っ子のごとき感性をみる。
 自分自身で「はじしらず」と称するあたりも、貴重なイキモノなのだ。
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2015年09月29日

合同教会とアンサンブル軽井沢

合同教会とアンサンブル軽井沢

 「アンサンブル軽井沢」なるチャンバー・オーケストラがある。
 陶芸家なのにファゴットに捕まったムッシュー、田植えの機械を作りながらヴァイオリンに頬ずりする人、旦那の転勤次第であしたは何処へのヴィオラ無宿、育児とチェロどっちが大事のお兄さん、喫茶店のマスターはコントラバスおやじ、リコーダーをフルートに持ち替えてのオネェサン、小学校の先生はマエストロ……と多士済々の社会人が集まっている。
 今回のコンサートでは、詩人と農夫の序曲に始まり、バッハ、ラベル、ドビッシーと進み、リストのハンガリー狂詩曲、ビゼーのアルルの女で終わった。時間が経つほどにアンサンブルの音に艶がでてくるのは、こうしたアマチュア・オケの通例かもしれないが、土曜日の午後をおおいに楽しませてもらった。
 会場がユニオンチャーチというのもいい。異人たちが軽井沢へやってきたとき、それぞれの宗派ごとに教会を作るのは大変、ということで一緒に一つの教会を作った、それがユニオンチャーチ、つまり合同教会なのだ。
 まあ、禅宗と創価学会が共同使用のお寺を作ったと思えばいい。古いので当然の如くガタガタの建物、祭壇にはなにもなく、うしろの森が透けて見えるガラス戸がはまっているだけ。アンサンブルが乗るほどのステージは、牧師の説教台だったり、芝居の舞台にもなり、聖歌隊の場でもあった。お約束のステンドグラスの一枚もなく、教会と認識できるりは、会衆席の中央天井に白樺の枝を組み合わせた十字架がぶらさげられていることだけだ。
 簡素なつくろいの中に、開拓者たちの思いが込められている。アンサンブルの素朴な響きを受け止めるには、絶好の空間であるともいえよう。
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2015年09月28日

ジェンダーミックスを考える

ジェンダーミックスを考える

 男と女の壁がなくなってきた。
 メンズ・ファッションとウイメンズ・ファッションがこれほど知かずいた時代をしらない。デバートはメンズ館とレディス館を分けて商売をしているが、ジェンダー・ミックスの時代には対応出来ないかもしれない。
 ファッション業界のとんがった人たちだけでなく、町を行く人のなかにも、クールな表情にライダースーツやスキニーパンツをはきこなし、さっそうと歩いている女性をみかけることがある。
 性転換や同性婚が市民権を得て、だからなんなの、私は私の意識が大きく登場し、枠をはずしよりクリエイティブな方向でファッションをかんがえるようになったのだろう。
 男女に関係なく着たい物を着る。ジェンダーミックスの時代が、いっきにくるともおもえないが、オフデューティの場や、終末のストリート・ファッションを突破口に確実に広がっていくだろう。男がシホンのブラウスを着て、職場には行きにくいかもしれないが、女性がレザージャケットで働くのは何ひとつ無理はない。
 アレキサンドロ・ミケーレひきいるグッチのコレクションでも、どれが女性でどれが男性かまったく区別がつかなかったと報じられている。エディ・スリマンのサンローランも全く同じで、男女の壁をこえたところに新しいファッションが存在したといわれている。
 この国でもユニクロ辺りが口火をきり、ストリート風景の革新はすぐそこまできているとさえいわれている。
 先ずジェンダーレス時代に生きていくには、自己革新から始めねばならず、枠を超え、常識を超え、何を選ぶかに直面したとき、初めてジェンダーレスの本意にぶつかるのだろう。

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2015年09月27日

ラスベガス・染五郎の無駄働き

ラスベガス・染五郎の無駄働き

 歌舞伎海外公演でこれほどがっかりしたことはない。
 ラスベガスのホテル・ベラージオの噴水池での出来事だ。
 市川染五郎の歌舞伎海外公演と銘打って「鯉つかみ」を数分上演した。ベラージオの劇場でやるというのならまだしも、大通り沿いの池で無料のアトラクションとして演じた。
 ベラージオに限らずベガスではあちこちのホテルで野外無料ショーをやっている。
 ミラージュ・ホテルではVOLCANOという噴水ならぬ噴火ショーを上演している。日没から11時まで火山の噴火するさまをダイナミックに演出して通行人をあきさせない。
 シーザース・パレスでは、人間ロボツトによるアトランティスを上演、やんやの拍手である。さらにトレジャーアイランドでは、男と女の海賊船が戦って女船が勝ち、全員女船に乗り込んで唄と踊りのショウになる。下町のフリーモントでは420メートルのアーケードに1250万個のLEDで空中のライトショーを夜な夜な上演している。
 なぜこんなに無料のアトラクションが多いかといえば、カジノへの誘客戦略なのだ。
 地方から小銭をためてラスベガスにやってきたお上りさんが、どこのカジノで銭失いをしようかと、ホテルの立ち並ぶ通称ストリップ沿い、大通りをぶらぶらと歩いている。プア・ホワイトやカラーが多いのだが、彼等の財布の口を開けさせるため、ホテルの前庭でアトラクションを仕掛けているのだ。クラスのある客は、ハイローラーの部屋や有料の劇場イベントを予約してホテルの部屋でくつろいでいる。
 文化にまったく興味のない移民やプアホワイトを相手に、ストリップ沿いの噴水弛で歌舞伎のさわりを演じてもなんの効果もない。ましてや5万平方mもある池の隅っこでやっても通行人の眼には全然届かない。テレビ中継のほうがはるかにましなのだ。
 どこのどなたが、企画したのか存じませんが、染五郎の情熱を弄ぶようなことはしないで欲しい。
 歌舞伎にプライドがあれば、ちゃんとした劇場で演じて欲しい。理解するアメリカ人も必ずいる。
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2015年09月25日

エピローグ・ドレスと称する死装束

エピローグ・ドレスと称する死装束 エピローグ・ドレスと称する死装束

 死んだときの衣装は昔から白装束と決まっていた。
 白い和服を左前にきせ、三角の天冠を頭に、白い脚絆に白い手甲、草履を履かせ、笠、杖、ずだ袋には三途の川の渡し賃に六文銭をいれる、これが冥途の旅の正装だった。
 それが近頃はだいぶ変わってきた。
 地獄の地図には関係なく、死んだときもイベント化したいという変な人が増えてきたのだ。人生のフィナーレを美しく飾りたいというセレブな死者があちこちに出現している。
 そこに当て込んだのが、エピローグドレスのデザイナーと称する変なファッション屋さんである。死人に口なし、生き残った縁者が満足すれば、それでいいのだが、死者の気持ちを忖度して服選びをするというのも変な感じではある。。
 最後は最高に美しい自分でありたい、と成仏できない本人の意思により、死亡予定の半年も前から、一金150万円なりのハリウッド・ドレスなるフランス製リバーレースをふんだんに使ったイブニングの御注文もある。昔好きだったハリウッド映画のスターを夢見てエリザベス・テーラーと同じドレスを作って頂戴、というわが身しらずの無謀な客もありという。南国ハワイに憧れて、青い空とブーゲンビリアの花をあしらってね、というハワイ大好きの芸能人みたいな死亡予定の顧客もいる。
 突然にやってくる死に答えるために、20万7千3百60円のプレタポルテのエピローグ・ドレスも発売中とか。
 生きている人たちの洋服はすべてユニクロにもっていかれてしまったので、死装束に眼をつけたのはなかなかだが、今シーズンの死者にはシースルーが流行です、などと言われたら、生者の迷いのもっていき場がない。
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2015年09月24日

「日本大好き本」のブームと実態

「日本大好き本」のブームと実態

 いっときの能力開発本ブームも去り、いま本屋の店頭で力を発揮しているのは、「日本大好き」本のブームだそうだ。
 世界が日本に夢中なわけ(宝島社)
 外国人が愛する美しすぎる日本(大和書房)
 やっぱりすごいよ、日本人(あさ出版)
 だから日本は世界から尊敬される(小学館)
 ドイツ大使も納得した、日本が世界で愛される理由(幻冬舎)  …等など

 ついこの間には、日本ダメ本のブームがあった。
 自信がない。報われない。仕事もない。異性もいない。生きていてもなにもない。先進国のなかでもっとも自殺が多いということからも、この日本の現状に対する絶望的な心境はよみとれる。
 それがどうしたことかオリンピックが東京に決まったというだけで、日本大好きブームが始まった。
 テレビ番組の「YOUは何しに日本へ」など空港で来日外人を捉えて密着する番組だが、未知なる外国人が日本人の親切にふれて、喜べば喜ぶほどに視聴率が上がるという仕掛けだ。
 外国人に褒められるとやたら嬉しくなるという、典型的な田舎者の心情に支配されているのが日本人なのだろう。赤ん坊に英語を習わせたい母親も、じつは外国が素晴らしいのコンプレックスに支配されていることの裏返しなのだ。
 もういい加減大人になって、この国にふさわしいこの国らしい、外圧に惑わされない国創りが始まってもいい頃ではないだろうか。
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2015年09月23日

名門東北大の「非常事態宣言」

名門東北大の「非常事態宣言」

 東北大学金属材料研究所といえば、東北の輝ける名門というより世界の輝ける名門だ。
 「東北大の金研」は、この印籠が眼に入らぬか以上の威力がある。
 さかのぼれば第一次世界大戦後の、KS鋼(寄付者の住友吉左衛門の名による)発明以来、世界中の金属材料研究者にとって憧れのメッカ、世界の名門大学にIFCAMの名を冠した拠点がある。ハーバード、ケンブリッチ、スタンフォードはもとよりモスクワ、スウェーデン王立工科大学にまで。
 その輝ける東北大学工学部に時ならぬお触れが回った。
 「社会規範に反する行為、倫理観の欠如による人権侵害等の行為が相次ぐ事態は、誠に慙愧の念に堪えません。このような行為は……東北大学が100年の歴史を経て築いてきた社会からの信頼を大きく裏切り、社会で活躍する本学卒業生をも傷つけるものです……。」
 本学卒業生には、ノーベル賞の田中耕一さんや、半導体の先駆者西澤潤一さんもいる。
 学生、院生が今年になって3人も逮捕されたのだ。3月に強制猥褻容疑、7月に強姦容疑、8月に窃盗容疑、これでは次期学長と目されている滝沢博胤工学部長もだまってはいられない。
 掲示板に張り出し、学生4000人にメールを送り付けた。非常事態宣言という強い言葉で学生たちに猛省をうながした。
 「二度と起こしてはならないこと、高い倫理観をもって生活に注意してほしい。」
 罪を犯すな、と最高学府の生徒にいわなければならない、とは悲しいことだ。「東北大金研」の看板が泣いている。
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2015年09月22日

不倫ワクチンの作り方

不倫ワクチンの作り方

 アムネスティの売春合法化についで、光文社から「はじめての不倫学」が出た。
 著者は現代の性問題に取り組んでいる坂爪真吾さんだ。政治家のまえでいくら倫理を唱えようと、週刊誌の見出しから不倫がなくなることはなかった。
 不倫ウィルスに対抗して不倫ワクチンを開発しなければならない、というのが著者の思いだ。
 英国王室は代々の王様から王子に至るまで不倫の歴史を刻んできた。フランス大統領もご存じの如く夜な夜なバイクで彼女のもとに通っている。イタリアの元首相はまことに絶倫な性の達人だった。ボリショイ・バレエの乱脈ぶりから、飾り窓の女たちまで、人間の生きるところそのほとんどに性の乱倫がある。
 日本でもお茶、お花から能狂言、歌舞伎に至る伝統的な世襲制度にもとずく家には、必ずと言っていい程に、性の問題が存在した。家を継がなければならない、という課題のまえに不倫は正当化されてきた。歌舞伎役者の婚外子などみなこの範疇にはいる。
 庶民のあいだでも「盆踊り」「神っ子」「足入れ」「雑魚寝」などといったかたちでの乱交があった。
一定のルールや枠組みのなかで、制度化された婚外セックスがあったために、日常をリセットでき、結婚制度を破綻させないで済んできた。 
 お局制度を廃し、キリスト教的論理を安易に導入したため、ニッチもサッチもいかなくなったのは、戦後日本の皇室だともいえる。
 対象と場を限定し、個人間の関係ではなく社会的なシステムのもとでの婚外セックスを容認する事によって、不倫防止、性犯罪防止につながるのではないか、と著者は論じている。
 アムネスティの売春合法化と著者の論理は共通している。
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2015年09月21日

「何もしなかった」名将工藤公康

「何もしなかった」名称工藤公康

 初監督の工藤公康が、見事ソフトバンクホークスを優勝に導いた。
新しい監督は、必ずあれこれと新機軸を打ち出したがるものなのだが、工藤監督はなにもしなかった。
「なにもしない」ということは往々にして無能だの、サボっているだのと、間違われるが、この場合何もしないことが一番と判断したのだろう。
 なにしろ昨年日本一に輝いた圧倒的な戦力のあるチームを引き継いだのだから、なにもせずこの戦力をうまく保持できさえすれば、優勝にたどりつけると考えたのだろう。テレビでの解説者を勤め、すべての球団の戦力を見つめ、掘り下げる時間を経験のなかにとりこんでいたのも多いに幸いした。
 年俸4億円でボストンから帰ってきた松坂大輔を使わなかったことも見識だった。日本テレビの巨乳アナの餌食になった松坂は、食の不養生と練習に対する不熱心で悪評サクサクだった。外国病の女房はボストンに住めて万歳、旦那はボロボロ、それでも帰国せず、貴方だけ帰って日本で働いたら、とばかりボストン暮らしを満喫している悪女だ。
 スポーツ選手の日常にとって生活管理、食の管理がいかに重要か、ということが全然わかってない。松坂も一時の色恋にめがくらみ、結局一流選手の芽を摘んでしまった。
 メジャーへ、メジャーへとなびいた選手も随分いるが、成功している選手のかげには必ずと言ってイイほど、良妻賢妻がついている。変な女子アナに捕まったら、蛇に見込まれたカエルのごとく一生を棒にふる。
 松坂大輔はそのサンプルともいえよう。
 なにもしないで優勝を手にした工藤公康は、ヒョットして名将の道を歩むかもしれない。
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2015年09月19日

千変万化する巨大「袋田の滝」

千変万化する巨大「袋田の滝」

 シルバー・ウィークの始まるまえに、日本三名瀑のひとつ「袋田の滝」にいってきた。
 天候は雨と宣告されていたが、連休に入ると旅館も足も麻痺状態になつてしまうので、雨中決行の心ずもりで、福島の県境近く、茨城大子町の袋田をめざした。
 関東平野の果てに名瀑あり、というのはなんとなく信じられない感もあったが、とにかく一見にしかずの想いで足をむけた。水戸から水郡線にのりかえて約一時間、駅前になにもない袋田の駅まで宿の女主人が迎えにきてくれた。

 300メートル近いトンネルを進んで、初めて袋田の滝と対面したとき、その迫力に足が震えた。
 流れ落ちるというよりは、巨大な岩を伝って落ちてくる水の圧倒的な迫力に押し潰されそうになった。
 岩も想像をこえた大きさでこの袋田の地に落ちた地球外の生命体のようにも見えた。何千、何万の水の白糸がこんなに力強くあるということが信じられなかった。
 軽井沢にある白糸の滝とは対極にある男性的で大陸的なスケールに充ちた大滝だった。
 水しぶきに絡めとられた第一観曝台からエレベーターに乗って第二観曝台に移動、袋田の四段の滝の全貌が現れた。幅73メートル高さ120メートル、四段に落下する滝の多彩な表情が手に取るように見える。水の流れは、あるいは繊細に、あるいは野蛮に、あるいはダイナミックに水の無限の変化をみせて落下している。
 この滝と北斎が出会わなかったことが残念だ、もし北斎がこの袋田の滝と対峙していたら、どんなにか
素晴らしい傑作をものにしていただろう。千住博を100人束ねてもかなわない北斎のタッチで袋田の滝を見たかった。
そう思いながら帰途についた二日間の滝行だった。


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2015年09月16日

安心できない。穿いてます! 芸人

安心できない。穿いてます!芸人

 「安心してください。履いてます。」
 女性用のビキニパンツを後前に履き、だらしない肉体をさらす「とにかく明るい安村」は、いまいちばん嫌いなお笑い芸人だ。
 パンツ一丁で裸にみえるポーズは、野球、ゴルフ、サッカー、を始め 消防士、自衛隊にまで及ぶ。渡辺麻友のファースト写真集からのアイディアだというが、こんなものは芸にあらず、ただの下品な宴会芸と思っていたら、北海道旭川から上京してきた90キロ177センチのプータロウだった。
 坂上忍や明石さんまが応援団といっているが、さっさとパンツまるめて北海道へ帰るがいい。吉本の送り出した芸人というが、こうしたただの裸芸では世のためにならない。もうすこし芸のある芸人を育ててくれなければ、吉本はただの文化破壊者だ。

 最近のメディアでは、とにかく下品なものが流行る。
 文芸春秋の実施した「女の嫌いな女」ワースト50でも、圧倒的に下品な女が上位をしめている。
 和田アキ子、泉ピン子、久本雅美、上西小百合、矢口真里、江角マキコ、小林麻耶、鈴木奈々、前田敦子と
ブラウン管に映し出されたら、即座にチャンネルを変える不愉快な女たちが上位を占める。
 下品を嫌いながら下品な芸を喜ぶ女たちの根性がわからない。
 メディアに露出していさえいれば、それでいいという情報乞食のなせる技か。
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2015年09月15日

シャロン・ストーン57歳のヌード

シャロン・ストーン57歳のヌード シャロン・ストーン57歳のヌード

 あれ今日のゲストは、と眼をひく役者が出演していれば、まず番宣と思えばいい。 テレビ局が恥も外聞も捨てて、自社番組や制作B級映画の宣伝に他の番組を利用するマッチポンプである。
 かってプライドのあったプロデューサー達は上から番宣の依頼がきても、断固として断った。そんな阿呆なことはできません、上司も現場に断られたら諦めた。その程度の常識は社内にあったということである。
 ところが、いまでは社内に番宣プロデューサーなるただ乗り専門のスタッフがいてなんでもかんでも番組に押し込むという、なさけない状況になっている。役者も自分の番組の宣伝になることなら、といっても他の番組にでてただしゃべるだけという不甲斐ない対応だ。
 ここ一番、世間の眼を全部攫ってやるといった気迫はない。
 シャローン・ストーンを見よ、といいたい。57歳にして驚愕のヌードを見せた。
 ケーブル・チャンネルで始まる彼女主演の「Agent X」という番組のための話題づくり。  眼をいじったとしか思えない、美容整形だらけの肉体、ボトックスのやり過ぎ、あらゆる罵詈雑言を浴びながら、決然と生まれたままの肉体を晒した。
 さすが「氷の微笑」で世界的なセックス・シンボルに上り詰めたシャローン・ストーンである。
 番宣がしたければそのくらいのことをしたら、というシャロンストーンのメッセージが、ハイヒールとネックレス以外なにもつけていないヌードに込められている。
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2015年09月14日

戦争反対エセ文化人の跋扈

戦争反対エセ文化人の跋扈

 戦争反対文化人の数々が跋扈している。
 9条を守れ、戦争はしたくない、当り前のことを声高に言う。
 戦争をしたくないのは国民すべてである、という想像力に欠ける。あなたが言わなくとも、そのことは充分承知しています。戦争はしたくないけど、もし近隣の領土拡大主義者が攻めて来た時、どうしますか、というのが現実の火急事ということが理解できないようだ。
 憲法9条を守っていたら、中国は絶対に攻めてこない、という保障があるならここに出しなさい。
 アメリカと協力したくないのなら、国民すべてが徴兵制に応じて外敵を迎え撃つという覚悟がなければならない。徴兵はいやです、アメリカも嫌いです、と言いながらアメリカ製の憲法に熱をあげる、自己矛盾のかたまりこそ戦争反対文化人達なのだ。
 野党は説明がたりない、もっと慎重に時間をかけて審議すべきだといっているが、目の前の国際情勢をみれば、急がなければならないということははっきりしている。
 国会でだらだらと言葉を弄んでいる時間はない。
「若者は恋と革命だ」とアジテートしている瀬戸内寂聴も、こうしたときに必ず登場する坂本龍一なども、戦争反対、憲法お守り人のエセ文化人にみえてしかたがない。
 政府の説明は絵空事というまえに、尖閣の海を見よ、と言いたい。

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2015年09月13日

菅家令子展へのちいさなトリップ

菅家令子へのちいさなトリップ

 菅家令子さんの個展を見に、新潟へいってきた。
 軽井沢から高崎で乗り換えて、新潟まで2時間余りで行ける。新幹線のおかげである。久しぶりの越後湯沢をマックスときの二階からみた。ユーミンの全盛期、あの苗場コンサートで盛り上がっていた雪の原宿の面影は見えない。車窓からは日本一の米どころ南魚沼のたわわな田園風景が広がる。ところどころの蓮田の表情も面白い。
 菅家さんの作品は、いかにも三越といったバランスのとれた作品がならんでいた。彼女のもっている強烈なエロティシズムの女性たちは不在で、面白かったのは太陽と虹の円環を、金の宇宙に配したいくつかの作品、彼女の精神に内在する抽象性がシンプルに整理されて興味をそそった。
 帰りには、鍋茶屋か行形亭でプチ贅沢とも思っていたが、時間があわずあきらめた。かって中原美紗緒さんの妹さんが、ブティックを開いていた万代橋のたもとのホテルオークラを横目に新潟駅に戻った。
 二階建ての新幹線に初めて乗って愉しかったので、帰りは二階建ての下からの景色を楽しもうと乗車して驚いた。一階からは何も見えない。駅を通過するときだけ、ホームと目線が同じ高さなので、待つ人々の足の表情が拝めるが、あとは線路の塀に妨げられ、トンネルを走っているのと同じめくら旅の車窓だった。
 景色を奪われた汽車の旅ほどつまらないものはない。同じ料金を払って人間は貨物の扱いなのだ。普段マックスときを利用している裏日本の人々の忍耐強さに、あらためて敬意をもった。
 二階建てときの一階席は人様ならぬ貨物車なのだ。

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2015年09月10日

テレビ・クルーの横暴ぶり

テレビ・クルーの横暴ぶり

 シリア難民の取材で、テレビのカメラ・クルーが猛烈なバッシングを受けている。
 ハンガリー・テレビの女性カメラマンだ。
 難民が群れをなして移動している様を撮影中、その女性カメラマンによって足蹴にされて倒れこんだ難民親子に、平然とカメラを向けている情景が映し出された。
 難民に対する愛がないとネトウヨから猛烈な反発の声があがった。
 足蹴にしたのはあまりの行為だが、カメラマンに愛を求めるのは筋違いもはなはだしい。カメラマンにとっては、どんな映像がとれるかが、最大の関心事であって、今そこに起こっている事象についての判断力はない、と思った方がいい。
 カメラマンの集中力はレンズを通したところにあり、レンズの外にはない。と書くとなかには怒るカメラマンもいるとおもうが、最近の下請会社のクルーは映ってナンボの世界なのでとにかく自己本位、まわりの迷惑など全く眼中にない。
 祭りの取材であちこちにいくが、結界は無視する、広角レンズで行列の先頭に密着する、ストップ写真の人たちは何時間も前にきて三脚をたて撮影場所を確保しているのにも拘わらず、三分前にきてテレビのお通りとばかり一番前に座り込む。 礼儀もエチケツトもないカメラマンには辟易とする。
 田舎の素朴な老人たちはテレビだからと有難がるが、ネットと通販に支えられたテレビの現状からみれば、テレビ・クルーは礼儀正しくひたすら恭順に仕事をしなければならない。


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2015年09月09日

ミストの夏の東京オリンピック

ミストの夏の東京オリンピック

 国立競技場にエンブレム、次々とでてくるオリンピック・スキャンダル、海外からの報道によると、信頼できる日本だと思っていたのに、いつの間にか日本の能力は低下していたという有難くないニュースまでが伝わってきている。
 しかし競技場問題より深刻な問題は、近年の異常気象、7月24日から8月9日という東京がもっとも暑い時期にオリンピックが無事開催できるかという難題だ。
 とくに炎天下のマラソンは、脱水症状や熱中症を起こしやすく、最悪の場合死者のでる可能性すらあると、イギリスの環境生理学者ジョージ・ハベニス教授は警告している。
 人間だけでなく馬術競技は実施不能に陥る場合もあるといわれている。とくに馬は暑さに弱く、前のオリンピツクのさいもわざわざ涼しい軽井沢で開催したという過去がある。
 そこでいま声をひそめて満を持している業界がある。 霧の専門メーカー、ミスト業界だ。
 東京オリンピックは確実に「ミスト・オリンピック」になると期待している。マラソンの順路は当然ながら、あちこちの会場、競技場にミスト装置を置き、町中クール・ダウンをしなければ、選手のみならず観客の生命すら保証できないというのだ。
 東京はまだあまりミストには慣れていないが、ラスベガスあたりのアウトレットなどでは、ミストがあって当り前、フォグ・エンジニアはミストシャワーによって周辺温度を確実に2度から3度クールダウンできると、腕をさすっている。
 オリンピックを機会に東京の夏は、ミストの夏に変貌するのだ。
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2015年09月08日

秋刀魚がいなくなる

秋刀魚がいなくなる

あわれ秋風よ 情あらば伝へてよ
 男ありて 今日の夕餉に ひとり さんま食ひて
 思いにふける…と。 佐藤春夫「秋刀魚の歌」
 
 我々世代は秋刀魚とともに秋がきて、秋刀魚とともに人生が通り過ぎた。

 人生は短かく 秋刀魚は長すぎる 宮坂 静生

 長すぎる秋刀魚に丸い皿は似合わない。せめて四角い秋刀魚皿の好みを求めて、さんまの皿の制作を願った。白い皿、うすみどりの皿、青い皿、いろいろの秋刀魚皿が手元に集まったが、どれもいまひとつしっくりしない。焼かれた秋刀魚があまり喜んでいない。
 これはと思う皿がひとつあったが、あっさりと割れてしまった。秋刀魚のあわれが移ったのかもしれない。

 クジラが食卓から消えた。 マグロも消えようとしている。 サンマお前もか、といった事態が今起きつつある。 数年前の漁獲高の100ぶんのTまで、激減したと言われている。
 世界サンマ会議、とうとう各国とも漁獲制限しなければならないところまで追い詰められた。原因は乱獲と、ロシアが打ち出したサケますサンマ流し網漁の全面禁止だそうだ。
 ロシアの施策により、日本は250億の損失を受けたという、秋刀魚のいない秋なんて、クレープのない
コーヒーよりひどい。
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2015年09月07日

なぜ剛力彩芽は挫折したか

なぜ剛力彩芽は挫折したか

 剛力彩芽がとうとう芝居をあきらめた。
 テレ東のISからスタートし、フジの月9ドラマ「ビブリア古書堂の事件手帳」に主演したが、視聴率は一桁、今年の春、テレビ朝日の「天使と悪魔ー未解決事件匿名交渉課」にも出演したが、自己ワースト視聴率5パーセントで撃沈、役者の展望が開けなかった。
 これは本人だけの責任ではなく多分にマネージメントに問題ありとも思うが、同期の武井咲などが着実に仕事をしているのを見れば、本人も多いに反省しなければなるまい。
 オスカーのゴリ押し女優といわれ、コマーシャルの多さにはあきれるが、今のままではどうにもならない。
 踊りが上手すぎて困るのだ。本人は意識していないのかもしれないが、踊る手足がいかにもドヤ顔で、バックダンサーを置いてけぼりにしている。バックがシャープに踊って、真ん中のスターはすこし抑え気味に踊り、あるパートを一気に躍り込んでこその大スターなのだが、肝心のそこが判っていない。
 自分だけが張り切ってドヤッ上手やろと見せつけられる。これからは唄とダンスを中心に活動するというが、そのへんのアンサンブルの妙を学ばなければ失敗を重ねることになるだろう。
 折角の個性なのだから、上手に溺れることなく自分を見つめ直して欲しい。無節操なコマーシャルの露出もすこし控えた方が、女優としての奥行きができるとおもうが。
 とにかくマネージメントのオスカーの意識改革が必要だ。儲かりさえすればなんでもかんでもという利益一辺倒のマネージメントでは優れた女優は育たない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 19:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

太陽光発電か 森林伐採か

太陽光発電か 森林伐採か

 森林を伐採して太陽光パネルだらけにする。
 原発を止めて再生可能エネルギーにシフトするというのだが、いまいち納得しにくい。
 軽井沢でも南の山三万坪を伐採して太陽光パネルの山にする計画が、着々と進んでいる。
 森林は大気を浄化し、山の保水力を育てると教えられたが、今はだれもそうした発言はせず、すべて太陽光ありきなのがどうも不審をかきたてる。
 八ヶ岳山麓の北斗市でも、森林伐採で景観破壊が進み、いくらエコでもこんなところに住みたくない、と住民の声が上がっていると聞いた。
 数年前、小淵沢に都会から移り住んだ渡部義明さんは、気が付いたらまわりをぐるりと太陽光パネルに取り囲まれ、その上朝日と夕陽がギラギラとパネルに反射してとても住めたものではない、と嘆いている。
 八ヶ岳南麓のこの辺りは、二年ほど前から売電業者が次々と乗り込み、市内の空き地やら休耕地を借入れ、太陽光パネルだらけの景観を作りだしてしまった。
 今年4月時点ですでに797か所の太陽光畑ができ、今後もぞくぞく出来る予定で、市当局も11年に國会を通った再生可能エネルギー特別措置法の手前、なんら打つ手がないと投げ出している。
 こうしている間にもネット上には、「 12.3パーセントの表面利回り保証! 土地付き太陽光発電! 」の広告が踊っている。 「太陽光で儲ける仕組みはこちらを!クリック」 なんでもかんでも金儲けのタネにする困った広告が氾濫し、着々と自然破壊が進んでいる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月05日

韓国で土下座11回の鳩山由紀夫

韓国で土下座11回の鳩山由紀夫

 「私には腹案があります。米軍施設の県外移設です。」
 鳩山由紀夫という無責任総理が発言して以来、沖縄の世論は県内移設絶対反対にこり固まってしまった。県民は思考停止状態に陥り、隣国の領土拡張政策も見えない困った状態になっている。あの時、鳩山にはなんの腹案もなくアイディアもないままの、その場限りの無責任な発言だったことがのちに判明した。
 すっかり鳩山と言う名前を忘れかけていた時、突然話題になったのが、8月12日のソール西大門刑務所跡地での土下座謝罪だった。鳩山元総理は11回も土下座した、このニュースはあっという間に韓国、中国のみ
ならず全世界をかけめぐった。喜んだのは外でもない朴反日大統領と韓国反日メディア。
 中国に対しても、「中国から見れば、尖閣諸島は日本が盗んだと、思われてもしかたがない。」といって中国におもねた。
 国際問題の微妙な難しさが全然理解できず、その場限りの発言を重ねてきたのが、鳩山由紀夫という宇宙人なのだ。この人の脳には国益とか、尊厳とかは存在せず、とにかくその場限りの巧言に流される。庶民ならなんの問題もないが、「元総理」という肩書がなんとも迷惑だ。
 こういう人には渡航禁止とか、発言禁止がふさわしいが、民主主義のこの国ではそれも叶わず、ただただ呆れて見ているしかない。
 最近この元総理が、軽井沢の友愛山荘に地元のボスたちを集めた。友愛の精神で軽井沢の明日について助言するというのだ。素直な地元民はアリガタイ鳩山家のお坊ちゃんのことだからと馳せ参じているが、お願いだから町のことには口を出さないで欲しい。
 …… なにしろ貴方は宇宙人なのだから。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする