2015年11月29日

原 節子 鎌倉に死す

原 節子 鎌倉に死す

 ある日、北鎌倉の小津安二郎監督のお宅に伺ったことがある。さほど長くない小さなトンネルを抜けると、ポツンと世を忍ぶ仙人の住まいのような家があった。ぐるりと山と林に囲まれ、その縁先にだけかよわい日差しがあたっていた。脚本執筆にすこし疲れたので、丁度よかったお茶にしましょう、といって縁側を望む座敷で、座布団を進められた。
 ややあって茶菓の盆をたずさえて運んできた人の横顔をみて息が止まりそうになった。
美しい横顔はまぎれもない原節子だった。盆をおき、茶菓をさしだした彼女は涼しそうな笑顔を送ってくれたが、若かった筆者はぎこちなく会釈を返すのが、精いっぱいだった。

 戦後、日本映画の全盛期を迎えて、語られたのは原節子という永遠の女優だった。
 端正な大人の顔で、きっぱりとした美人、儒教的な倫理観に西欧的な美貌でコーティングされた類い稀な女優だった。
 原節子ほどの清潔感とスケール観は、ほかの女優達にはまったくなかった。田中絹代も小暮実千代も高峰秀子も、まったくかなわなかった。
 黒沢明監督は戦後第一作の「わが青春に悔いなし」で原節子をヒロインし、成瀬己喜男は彼女に初めてのキスシーンを要求、多くの監督が彼女のファンだった。
 いっぽうでは、演技未熟とか大根ともいわれたが、小津安二郎は「そんなことをいう監督は自らの不明を露呈しているようなものだ」といって常に原節子を擁護した。
 「晩春」「麦秋」「東京物語」「東京暮色」「秋日和」「小早川家の秋」小津とともに紡いできた日本映画の名作は、原節子にとってかけがえのない一生だった。
 マッカーサーの愛人説や藤本真澄との恋も語られたが、1963年小津監督の死とともに俗をたち、映画界を引退、一切人前に姿を見せなくなった彼女は、鎌倉浄妙寺のちかく小津監督とともにした時間のなかに隠棲してしまった。
 日本の映画界、最初にして最後の大女優だった。             合掌

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2015年11月27日

「オトナ女子」に期待する

「オトナ女子」に期待する 「オトナ女子」に期待する 「オトナ女子」に期待する

 「オトナ女子」という言い方が秘かに流通していると聞いた。
 年齢でいえば当然のごとく40代アラフォーでなければならない。恋愛も結婚も出産も一通り経験して、女性としの成熟がある。成熟した女性を当然のこととしてオトナという概念が通用するのかもしれない。
 この場合のオトナだが、知的理解力が高く主体的に生きることのできるオトナと、不道徳な面はおくびにもださず粛々と人生を楽しんでいるオトナ、いずれもオトナだから人間の多面性を理解し、判断力と選択肢によって日々を歩んでいる。決してコドモっぽいコミュニティにはまざらないという点で共通している。
 タイプ別にいうと、三つに分けられる。
 ひとつは鈴木砂羽、吉田羊のような積極型、家族は大事だが、もっと大事なのは自分自身、日常行動についてはまったく迷いがなく、決断力もあり、頼もしいオトナだが、いったん恋に堕ちてしまうと一直線、危険をかえりみず大胆な行動をとってしまい、結果誰にも言えない秘密をかかえこんでしまう。
 第二のタイプは高岡早紀、篠原涼子のような美人だけど恋愛下手型、仕事はバリバリやるので男どもは近寄らない。自信があるので、いちどはヘンな男に引っかかってしまう。愛に不器用なのが、以外にこのタイプかもしれない。
 第三は優しい系、井川遥や吉瀬美智子、女らしい優しさをいつもたたえている。サッパリとしているようだが、実はホレッぽくひとりで泣いていることも多い。人一倍寂しがり屋のオトナ女子と言えよう。
 いずれにしても「オトナ女子」が増えることは大歓迎だ。オトナ男子のシアワセの場所が広がる楽しみがある。
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2015年11月24日

トリコロールの回転扉

トリコロールの回転扉

 ずいぶんと色々な喫茶店に通った。
 高校時代は西荻窪の駅前にあった「こけしや」。この店は中央沿線に住む文士たちのたまりで、丹羽文雄、井伏鱒二を始め、良き時代の若手作家が2階に集まり談林風発していた。そこに文学の時代があったし、山本安英の朗読教室も開かれていた。
 まもなく新宿を覚えた。「中村屋」のカレーに始まり、生意気にも原稿書きは中村屋裏の「ととや」だつた。 人に会うのは「武蔵野茶廊」寺山修司と初めて会ったのもここ、横尾忠則から「涙のびんずめ」のポスターを受け取ったのもここだつた。武蔵野茶廊には何時までいてもほっといてくれる自由な時間があった。
 帝劇のミュージカル時代、打ち合わせは有楽町の「アマンド」と決まっていた。煙草まみれの越路吹雪と矢田茂と、もうもうとした紫煙のなかで明日のショーを議論した。舞台稽古には、必ずアマンドのコーヒーとパルミパイがどっさりと差し入れられた。
 時に銀座7丁目にあったシャンソン喫茶のはしり「銀巴里」にも通った。高英男や芦野宏はトリだったが、前座は丸山明宏いまの美輪明宏だつた。濃いシャドウに真っ赤な口紅でメケメケを唄っていた。妖しさと不思議な魅力を撒き散らし、女装の男子として時代の先頭を走っていた。
 銀座では随分勉強した。並木通りの五丁目にあった日本初のランジェリー・ショップ「ジュリアン・ソレル」、その横にはオーナーの道楽でカウンター・カフェがあった。いつか銀座のカフェにもパリのようなお洒落な絵はがきを置こうと約束して半世紀がたってしまつた。
 5階のナイトクラブ「白馬車」で実験的なサロン演劇をしたこともあった。ハワイ帰りの水森亜土ちゃんが、アタチもナカマよと現れたのも白馬車だった。重い新劇に対してブールヴァール劇を目指し、ラ・ロンドや女中たちなどを上演した。
 女優さんとの出演交渉は、あづま通りの「トリコロール」。昭和の匂いのするカウンターで、青臭い演劇論を振り回し、ジャン・ジュネやシュニッツラーについて語った。
 傍らの回転扉が無表情に回っていた。 トリコロールの回転扉はすべてを見透かしているようだった。
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2015年11月23日

霞ヶ浦の原風景・帆引き船

霞ヶ浦の原風景・帆引き船

 霞ヶ浦の帆引き船の撮影にいってきた。
 帆かけ船として日本最大の船である。幅13メートル、高さ10メートルもある巨大な帆を僅か6メートルほどの小さな舟に掛け、50メートルほどの引綱の先に網を仕掛けて魚を獲る。
 風をはらんだ帆がゆったりと霞ヶ浦に浮かんだ風景は日本にあって日本にない風景である。浮世絵や昔絵にでてくる帆かけ船とは、規模がまったく違うし、箱庭風な小舟とも異なる。明治13年に地元の漁民によって考案され、霞ヶ浦に初めて浮かんだのが、この広大な霞ヶ浦の朝ぼらけであったとパンフレツトにある。
 この帆引き船による漁法は画期的な漁法でもあった。一世紀近く続いてきたが昭和40年頃から、トロール船に少しずつ取って代わられ、この水郷の風景も消えつつあった。
 これにまったをかけ、ご当地の風景遺産として残されたのが、今日の帆引き船だ。

 8人も乗ればいっぱいになる小船に乗り、潮風としぶきを浴びながらの撮影行だつた。望遠つきニコンのカメラおじさんに混じって、船底にかじりついてのマスホ片手のお姉さんもいた。
 あいにくの天候だったが、いまにも降ってきそうな内海の曇天もまた絶景であった。海と空とが融け込んだグレーのなかに、ゆったりと浮かぶ帆引き船の景色がしっかりと網膜に焼き付けられた。
 逗子マリーナあたりのヨットのある景色も悪くないが、この帆引き船の風景こそ日本のおもてなしだ。
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2015年11月21日

「腐る経済」と「腐らせる経済」

「腐る経済」と「腐らせる経済」

 どうしてそんなに東京にいきたがるの?
 東京が宝の山にみえるのか、それとも東京へいけばシアワセが転がっているとでも思うのか。東京という砂上の楼閣に気がつかないのは、ひとえに教育の賜物かもしれない。教育者すなわち学校の先生に、大都会のカラクリやディズニーのビジネス・マジックを読み解き、生徒に警告するだけの知性がない。
 地方創生はまず都市文明への批判からはじめなければならない。
 東京というコンクリートの塊りは、言い換えれば厚化粧の貧民窟のようなものだ。
 一生懸命働いてやつと手にいれたマンションの杭は、とりあえず体裁をととのえただけで地盤までとどいていなかった。大地震がくればたちまちに傾く危険がある。街角の華やかな広告、夜空に美しく浮かぶネオンサインはみな、あなたたちが汗水ながして働き、やっとで手に入れた流行という服装や、毎年のごとくにモデルチェンジするスマホからお金が出ているのだ。
 いま「腐る経済」という本が売れているという。田畑でつくったものは、放っとけばみな腐る、腐るまえに調理したり、流通にのせたり、しなければならない。腐るという前提ですべてのものが回っていることが健全だというのだ。
 これにひきくらべ、都会では防腐剤を入れたりして腐らないように工夫している。という理屈のようだが、実は都会の市場経済はぜんぜん真反対。
 どんどん腐らせて使用価値をなくさなければ、経済がもたない。例えばファッシヨンで考えてみよう。春に新作として発表したものは、秋にはもう古いから止めよう。流行の今はこれです、といって腐らせる、どこも痛んでいない、充分着られるけど、もう古いから今の流行をどうぞ、と欲望に訴えるのだ。こうして次々と商品を腐らせることこそが、市場の課題になっている。
 田舎の「腐る経済」に対し、大都市では「腐らせる経済」が屋台骨を支えている。
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2015年11月20日

子供をDNAのイケニエにした男

子供をDNAのイケニエにした男

 DNA鑑定というものがない時代、いっこうに困らなかった。
 困ったのは警視庁とか、犯罪関係の人たちだったとおもう。DNA鑑定のおかげで、神の領域に人間がふみこんで、挙句のはてはおろかしいドヤ顔が世にはびこっている。
 最近「大沢樹生実子訴訟」というのがあった。もう10年も共に暮らした子供を、あらためて女房の過去を疑い、俺の子ではないといいだしたのだ。そしてDNA鑑定の結果をもって裁判所に訴えた。
 自分の人生と子供の人生を科学のイケニエにしたのだ。ここには科学絶対主義といった信仰がある。もしもDNA鑑定などというものが無かったら、より人間的な倫理や哲学の領域で問題は解決していただろう。
 科学原理主義と人生は根本的に異なる。
 横町の熊さんなら、こいつはこの俺にちっとも似てイネェ、しょうがない奴だ、位で問題は解決していただろう。
 相方、つまりその子供を産んだ母親は、青春の苦悩か、若気の過ちか、なんらかの事情があってその子を産んだ、生きるということはそういうことと思って、墓場までもっていくつもりだった。
 いちいちほじくり返して、母親の過去をなじり、子供に一生のキズを負わせるとは、あきれた男だ。
母親たる喜多嶋舞は黙して語らないが、大沢樹生の品性はみさげたものである。
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2015年11月18日

水曜日午後3時30分の女

水曜日午後3時30分の女

 今日は水曜日だ。
 水曜日はお休みのレストランやら、カフェが多い。お客さんが少ないということもあるが、水曜日は疲れていて休みたいというオーナーも多いようだ。
 女性がもっとも老けてみえるのも、「水曜日の午後3時30分」という調査結果もあった。
 水曜日は女性にとって魔の水曜日でもあるらしい。

 原因の@は仕事のストレス、月曜、火曜と働いてくると水曜日にストレスがたまってくる。
 そして原因のAは楽しい週末にはまだ遠い。ああ、待ち遠しいという欲求不満が老けを作る。
 Bは、月曜日の夜に原因がある。前日の日曜休日から仕事モードへの変換が難しく、月曜の夜は携帯、スマホ、パソコンとの付き合いが長く、どうしても睡眠不足になりがち、その影響が水曜日に現れるというのだ。
 Cは週末に多い飲酒にある。ビールでも日本酒でも、身体にいいといわれるワインであっても、アルコールの身体への影響は72時間後に現れる。じわりと老いとなって表にでてくる。

 そんなこんなで゜水曜日の午後3時30分は女性がもっとも老けている時間だという。
 というわけで、水曜日の午後はなるべく女性を避けた方がいい。日々化粧や衣服に気ずかいする女性にとって、最大の敵である老けの日はいらいらしているし、攻撃的にもなっている。
 田島陽子状態なのが「水曜日の午後3時30分」の女性たちだという調査レポートがでていた。
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2015年11月17日

金儲けのための「侍ジャパン」

金儲けのための「侍ジャパン」

 ついこの間、王さんの監督でイチローも頑張って、世界一になったWBCワールドベースボールクラシックとはどうも違うらしい。4年に一度開かれるという点では同じらしいが、「プレミア12」というのが、胡散臭い。
 野球ランキング12位までの国を招待して開かれるというが、誰が、何時、何処で選考したのかも良くわからない。それにベスト12というが、アメリカのメジャー・リーガーは参加しないというのだから、ますます変だ。
 毎夜のテレビ中継で、逆転につぐ逆転、日本の選手が活躍しているのは、たいへん嬉しいが、緒戦だけ日本でやって、あとは照明の暗い閑古鳥のなく台湾でする、というのもどこか不自然だ。
 良く聞いてみると、この第一回プレミア12は日本ですべて開催する予定だったが、テレビの放送権料、スポンサー料にたいする日本側の取り分要求があまりにも高く、ならば台湾主催へと主催団体が方針転換したというのが、真相だそうだ。
 日本の選手、日ハムの大谷も廣島の前田も、殊勲賞の中田も自主参加で、ひたすら野球のために頑張っているのかと思いきや、なんと株式会社NPBエンタープライズなる会社を設立、主たる事業は「侍ジャパン」による収益事業ときいてガッカリした。
 プロ野球なのだから、金に走っても致し方ないが、国際競技として市民権をうるためにはスポーツの純粋性もすこしは欲しい。ヨーロッパの先進各国が、野球のオリンピック参加にあまり乗り気ではない理由が少しわかるような気がした。
 一生懸命プレイしている選手には気のどくだが、「野球は利益最優先の堕落したスポーツ」と受け取られても仕方がない。
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2015年11月16日

「徹子の部屋」に騙された辛酸なめ子

「徹子の部屋」に騙された辛酸なめ子

 漫画家の辛酸なめ子が週刊誌上で見もの聞きもの批評をしている。当をえた文章が多いのだが、583回の黒柳徹子編については、重大な過誤があるので指摘しておきたい。
 もはや「徹子の部屋」に於ける黒柳は聖人レベルと賛美し、放送一万回の彼女のパワーと放送ウーマン賞やら勲三等瑞宝章に輝いた彼女の人徳を絶賛している。
 これはメディアを通して撒き散らされる情報がいかにいい加減かということの証明でもある。

 普通テレビに於けるインタビュー番組といえば、主役のインタビュアーによって半分以上話題が選択され、インタビュアー自身の言葉とリアクションで番組が成立する。
 このことは阿川佐和子による「佐和子のあさ」などを見れば理解できることだが、彼女自身の言葉と、対話者との距離に、彼女の感性が生きてゐる。相手によって変化自在な対話術と、理解力の深さによってゲストの生活や個性、人生観を浮き彫りにしていく。
 「佐和子のあさ」はまさに佐和子の能力によって作られている。
 このことは番組制作上非常に重要なことで、インタービュアーの冠番組となる条件なのだ。

 振り返って「徹子の部屋」を見れば、この番組を支えてきたのはスタッフ以外の何ものでない。
 この番組のクルーになったら百年目、ゲストのリサーチから話題の選択、仮想問答まで120パーセントの準備をしなければ、番組は成立しない。 徹子自身に対話の技術がない。言葉の妙にたいするデリカシーがない。フリートークなどは夢のまた夢、といった現実がある。
 こうした現実をまえに冠番組を制作しているのだから、ギャラに1万回をかけた厖大な謝金も半分はスタッフのものなのだ。長寿番組の秘訣はスタッフの我慢と犠牲によるものだ。
 辛酸なめ子はミゴトにテレビの黒柳徹子に騙されている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 23:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月15日

パリ同時多発テロからの手紙

パリ同時テロからの手紙

 ……テロのあった通りは、よく買い物や食事に出かけるエリアで、当日も現場近くを歩いていました。
 フランスでは今日14日から3日間、国民すべて喪に服し、国旗にも黒いリボンがかけられています。
 …さきほど必要なものがあり、スーパーに買いものにいきました。いつもはいい加減な店員さんが、粛々と
 仕事をしている姿になんだか悲しくなりました。
 あらゆる公共機関、市役所も閉鎖され、フランス全土はやりきれないムードに包まれています……。

 パリでの撮影のおり、アシスタントを務めてくれている川岸紀恵さんからのメールである。彼女はいま19日からの「細雪」上演のためパリにいる。谷崎文学の金字塔といわれている細雪を日仏女性劇団セラフによつて公演するというのだ。そこで物語の中心になる三女の雪子を演じている。
 雪子という難しい役柄を、戒厳令下のパリで無事演じきれることを祈っている。

 2日前フランスが爆撃に踏み切った、ISの拠点シンジャールの奪回がきっかけであったとかいわれているが、ここまでこじれた中東情勢では、イスラム圏全体に対し、影響力のある強力なリーダーが登場しない限り、解決は難しいだろう。
 今回の事件がおきた地域のうしろにはイスラム教徒の居住圏があるし、難民に混ざって入国するテロリストも当然いることと想像できるので、フランスの苦悩はしばらく続くことだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月14日

やさしい男の現実

やさしい男の現実

 美意識の高い男子がふえているそうだ。
 女子群のホメ言葉に乗せられた素直な男子のような気もするが、いずれにしてもかっての男子のホメ基準にはなかった価値をもった男子のことだ。ジェンダーレス男子などとも呼ばれ、女子活躍時代にふさわしいニュー・メンズ世代と呼ばれる。
 彼らはおおかた「ゆとり世代」から発生している。
 性欲ナシ、交際経験ナシ、恋したこともナシ、 この三大ナシが顕著な傾向といわれる。
 月に一度はネールサロンに通い、まつげエステでは増毛エステをいろいろと試す。ヘアはもちろん美容院、床屋なんか恥ずかしくて行けない、というところがなかなかに泣かせる。そのうえジムに通い、体幹をきたえ無駄肉を排除する。何のためにと問われれば、このジェンダーレス時代に呼応して女子力のアップをめざすのだそうだ。理想の恋人はママというのも心優しい?
 男らしさと女らしさの境界線に挑んでいる。彼らは21世紀の美の戦士だ。
 男性化粧品はこの10年で70パーセント増、デパートでは男性用日傘も売るようになった。最近ではスイーツ作りの教室にも、男性生徒が増えている。週末にはスイーツを作って男友達に喜ばれたい。どこまでも恐ろしい女子を避けて、男子に寄り添う。
 さあ、明日の男子会のために、今夜はパックをして早く休もう。
 とこんな具合だが、女子たるあなたは満足ですか。
 この現実は、理想の恋人は「優しい人」と言い続けてきたアナタがた女子の責任です。
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2015年11月13日

松岡修造の迷惑な熱さ

松岡修造の迷惑な暑さ

 松岡修造の熱さにスポーツ界が困っている。
 とくに若いアスリート達にとってこれほど当惑する存在はない。
 選手の心境や体調には全く関係なく、マイペース、マイテンションで応援し質問してくる。個人なら断ることもできるが、テレビカメラを引き連れてくるのでは、断ることも出来ず若い選手たちはなるべく修造に近寄らないようにしている。
 GPシリーズで不調だった羽生結弦に対して、「壁にぶち当たってそれを乗り越えるのが大好きなんだから、明日は大丈夫、頑張って!!」と畳み掛けたが、その時彼は38度の熱と咳で最悪のコンディションだったと伝えられる。
 テニスの錦織圭選手すら、いつまでも育て親顔の修造のインタビューをいちばん嫌っていると言われているし、フィギュアスケートの花形達も修造の暑すぎるエールに苦笑いしているという。
 松岡修造は何故こんなに状況がよめないのか。
 偉大な父をもつた二代目ボンの松岡功と、宝塚男役の千波静を母に生まれた血の宿命もあるかもしれないが、幼稚舎で劣等生、勉強せずにテニスのために柳川高校へ転校、結局人間としてみがく時間がまったく無いまま、アメリカでの選手生活を過ごした彼の過去に原因があるような気がする。
 自分の思いと情熱だけで生きてきた彼にはインタビューの折でも、深いところでの人間洞察力がまったく無い。ファブリーズからボンカレー、越後の置き薬となんでも熱いテンションでコマーシャルをやれる神経は、ショップ・チャンネルで声を上げるセールスマンと変わらない。
 あなたの毎日を全力応援! まいにち修造! 日めくり修造! ほめくり修造! は同族の織田信成や古館伊知郎やテレビには向いているかもしれないが、すこしでも思慮のあるアスリートにとっては、迷惑至極の応援なのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月12日

赤いブラジャーに賭ける

赤いブラジャーに賭ける

 普通の家庭にもいろいろとルールがあるが、他人に理解されにくいという点では、断然花街に限る。なかでも京都祇園に残っているルール、まじないごとはかなり理解しにくい。。
 誰かがおそばを食べていたら、見過ごしてはいけない。3本横からいただくと、「そば外れ」しないといわれ、いつまでもおそばに居られて幸せどすという次第、それが迷惑という男性もいるだろう。
 新しい衣裳を下す時は、北をむいて「せんまい、せんまい、せんまい」3回いうて袖を通す、壱枚が千枚に増えますえ、タンスは一杯そんなに洋服がふえても困るという人はやらないほうがいい。
 下駄、靴、履物は必ず左足から履かんと、親の死に目に会えしまへん、理由はよく判らない。
 お座敷でいやなお客さんに出逢ったら、そっと廊下にでて、玉かんざしを反対に指すのどす、そうするとお客さんはさっさと帰るのどす。本当かな、試してみたいがこればかりは。
 失せもの探しは、赤い糸を鋏に結んでつっとくと必ず見つかるとか、夜爪を切るときは、「鷹の爪、鷹の爪、鷹の爪」と三回いうてから切る。切った爪はかどに棄てると願いが叶うとか、町衆のまじないごととかぶっているのもいくつかある。
 正月元旦は下から上まですべて新品で通すというのも、新しい歳への潔斎と心構えの故かもしれない。下着から上着まで総てを新しくする、過ぎた年のいやな思い出も捨て、心機一転というのも、正月にふさわしいまじないごとだ。
 満月の夜、財布をからにしてお月様に見せると、たちまちにして再び財布は膨らむ、というのははかない貧乏人のねがいか。
 赤いブラジャーを身に付けていると、かならず素敵な出会いに恵まれると信じ、寄せて上げて赤いブラの紐をちらつかせ、パリで芝居をしている少女もいる。
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2015年11月11日

MRJ への期待と不安

MRJへの期待と不安

 国産の旅客用小型ジェットMRJがようやく離陸した。政府により開発が決定されてから、実に8年かかった。
 占領国によって、航空機製造のすべてを禁止され、根こそぎ資料をもっていかれ、半世紀以上の空白を費やした。
 これでようやくカナダのボンバルディアや、中国の商用飛機に対して渡り合える航空機を手にしたのだ。
 でも心配はある。
 精密技術をベースにした日本独自の製品はことごとく失敗を重ねてきた。テレビもアンプも冷蔵庫も、知恵の限りを尽くして作れば作るほど、売れなくなり、世界の市場から見放されてきた。ウォーマンやガラケーは何故世界からみはなされたのか、肝に命じて失敗から学ぶことだ。
 直近の例として、新幹線がある。日本の技術の粋をつくしたとばかり、アメリカや東南アジアにおお威張りで売り込んだものの、粗雑な中国製新幹線に負けているのだ。
 日本の製品はいいけれども、我々はそこまでのスペックを鉄道に期待していない。少々の時間のロスよりも、メンテナンスの簡便さ、堅牢さ、安さのほうが重要であるというのだ。管制のシステムは完璧だが、それほどの精度は不必要である、といわれてしまった。
 インドネシア新幹線ではいったん決まった商談が中国にひっくりかえされた。
 現在にほんの輸出産業でなんとか頑張っているのは自動車だが、折角生まれた商用ジェットを新幹線の二の舞にしてはならない。
 ユーザーを置いてきぼりにした技術への過信が、新しいプロジェクトの落とし穴になるのだ。
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2015年11月10日

早く死にたい人のための食事ベストテン

早くしにたい人のための食事ベストテン 早く死にたい人のための食事ベストテン

 早死にしやすい現代人の食事「TOP10」というのがあった。
   @ ラーメン、牛丼の一人飯
   A 菓子パンが好き
   B 午後3時のスタバ
   C 早食い
   D 牛乳とチーズ
   E サラダ油の自炊
   F コンビニ食のダイエット
   G ゼロカロリー飲料
   H 野菜ジュース
   I 冷たい缶コーヒー
 寿命を縮める二大要素は「糖」と「油」、これは決まり事項だそうだ。。
 日本人の多くが主食としている米、うどん、ラーメン、パンの糖質系食物は命にとってもっとも危険なものらしい。
 気力が落ちるとどうしても甘いものが食べたくなる。当然菓子パンやらスイーツにに手がのびるが、これがいけない。
 三時のスタバは息抜きどころか、早死のサインだそうだ。
 人工甘味料を使ったゼロカロリー飲料も血糖値は上がらないが、満足感をえられないのでかえって甘いものをとってしまい、腸内細菌のバランスを壊す。
 微糖とかかれた缶コーヒーも砂糖だらけ、我々を取囲んでいる食環境は、早死のためのソフト・ランデングなのかもしれない。
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2015年11月09日

「ばびろん まつこ」の早すぎた一生

「ばびろん まつこ」の早すぎた一生

 「IT企業の美人広報」どこか胡散臭いインチキの匂いがする。かのホリエモンについていたのも美人広報といわれていた。
 今回の主役…「ばびろん まつこ」も美人広報だった。長崎で生まれ、若いときは評判の美しい御嬢さん、大学を出て就職した頃から都会に憧れ、通勤に赤いアルファロメオをとばすようになった。彼女の当時を知る職場の人たちは、あぁあの赤いスポーツ・カーの娘ね、働きぶりより赤いクルマの方が強烈だったようだ。
 田舎に我慢できず、やがて東京に出てきた彼女は流行のIT企業の門をたたいた。
 肩書きはかのDMM.comのマーケティング本部広報、ローラのCMで有名な元アダルトメーカーのDMMに席を置いた。業界では美人広報の「松永かなえ」、ネット社会では「ばびろん まつこ」を名乗った。
 「ばびろん まつこ」は、みずからを愛人稼業と称し、愛人になるには手段を択ばないことと発言していた。住まいは港区の高級マンション、お買いものは高級ブランドのまとめ買い、食事は高級料亭、海外旅行は香港ハワイの浜辺でポーズ、といったオバカなセレブ丸出し、叶姉妹も真っ青なこのハイパーセレブは、ネットのキラキラ系に秘かな人気を誇っていた。自撮り写真は、後姿の背中から、色白の谷間、組んだ腿からおまたの辺り、くびれ強調の水着姿はディオールの黒、…… 写真を見せられた田舎のお父さんは「……多分娘のかなえ だろうと思います」
 そこで止めておけばよかったのだが、26歳の「ばびろん まつこ」は、偽物のカルティエ・ブレスレットをネット・オークションに出した。そこで御用となった。
 セレブなハイパーサギシ26歳……「ばびろん まつこ」の一生は終わった。
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2015年11月08日

カップ麺の大革命

カップ麺の大革命 カップ麺の大革命

 カップ麺にはドンブリ型とコップ型がある。
 ドンブリ型はらーめんの原点回帰で、本物を想起させるという効果をもたらした。それにくらべコップ型はなんとなくスマートにみえるということで、カロリー抑え目のイメージがあった。
 が、いずれにしても男のタベモノのイメージが強く、若い女性のマーケットは開拓できなかった。永年のメーカーの努力目標はいつも、女性購買層の積み上げだった。この厚い女子の壁を見事に打ち破ったのが、日清のカップ麺「カップヌードルライトプラス」だ。
 ライトはカロリーを従来品の三分の二に抑え、プラスで食物繊維を7倍にふやした。決定的だったのは、脱とんこつにはせず、味のベースをそのままに「ラタトゥユ」と「バーニャカウダ」を投入したことだった。
 カップ麺のイメージがいっきに変わった。なんとなく労働対応の補助食品から、お洒落な女子の昼下がりに化けた。ズルズルとすするイメージも女子には合わないというので、麺の長さも半分にして、製造プロセスも全面的に変更した。従来の使用野菜にはなかつたズッキーニなど、新種のデリバリー体制もととのえなければならなかった。
 全社体制で開発製造にとりくんだが、中心にいたブランド・マネージャーは途中入社の女子・佐橋育恵さん46歳、外資系から化粧品メーカーでのマーケティングを経て、日清食品に転職したオバサンだ。
 女子活躍時代のサンプルのような、ウーマン・オブ・ザ・イャアが、ここにいる。
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2015年11月07日

石本正さん95才の「裸婦無限」

石本正さん 95才の「裸婦無限」

 ずっと欲しかった絵に石本正さんの絵があった。石本さんの絵には、女性への憧憬と存在が併存してただ美しいだけではない魅力があった。
 フジタ・ツグジの白い女にはない、白いおしろいの残り香がたっていろような何とも言えない妖艶さとロマンがあった。
 どうぞ見て下さい、とばかりに広げたキモノのうらは裸の女性に捧げられた花びらのようにみえた。一輪の花のまもなく散っていくはかなさと、大胆に正面をひろげた少女の一瞬の美への惜別があふれていた。
 よこたわった女に掛けられたキモノの間からほんの少しみえる白いもも、そのももが語っているのは若かった時への哀愁でもあろうか。
 描いている女性にいつも恋していたという石本さんが眼に浮かぶ。
 石見神楽の里、浜田に生まれたというのにも興味をもった。浜田には数え切れないほどの神楽團がある。それもひとつふたつではない。30とか40という単位で神楽團が存在する。石見神楽とよぶ。演目はいろいろあるが、良く知られているのは大蛇退治のド迫力な神楽、海外で開かれるジャパン・ウィークの出し物としてこれほど好適な作品はない。石見神楽は神事芸能であると共ににほんの娯楽芸能としても優れている。そうした神楽の里で幼少期をすごした石本正という芸術家に興味をもつた。
 60年代に精力的に描いた舞妓裸像には子供っぽさと大人っぽさが混在し、人間への賛歌が充ちていた。たまたま入った祇園の芸妓さんバーに、舞妓裸像がかかつていたが、その絵のおかげで店全体に気品と官能があふれていた。
 石本さんは作品をあまり描かず、生活に足りる程度で、寡作であったということも尊敬する理由だった。
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2015年11月06日

土用の丑を救う「近大なまず」

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 近代マグロで飛躍的に応募者がふえ、今や関西における私大の雄とまでいわれるようになった近畿大学に、次の切り札としてナマズが登場した。
 なんだ所詮はナマズというなかれ、近大ナマズは油が乗っていて肉厚、うなぎに迫る味わいで、お値段は国産うなぎの半額以下、品種改良で小骨をなくしてあるので、刺身でも食べられる、といいことずくめ。
 今年のテスト発売では、9割以上の顧客から「おいしい」という評価をえた。浦和辺りのがさつなナマズの経験者は忌避するが、品種改良されたナマズは、井戸水によって泥臭さの元になるバクテリアを排除したり、脂分を蓄積させるために新しい餌の開発をして、みごと「うなぎ味のナマズの養殖」に成功した。
 国際自然保護連合から絶滅危惧種に指定され、近い将来うなぎが食卓から消えようというこの時期に、近大ナマズが登場し、土用の丑の非を救うのだからいうことない。
 脂がのって実がばさつかず、焼き鳥のたれにとてもよく合う絶妙なナマズだというのだからこのうえない。
 近大農学部水産経済学研究室の有路昌彦准教授には、文化勲章ぐらいだしてもいいかとも思うが、政府はこうした努力には振り向きもせず、ノーベル賞の後追いやら、消防団の勲章くばりにばかり熱心なのは、腑に落ちない。
 地球規模でつぎつぎと危機をむかえている食糧に対しもっと意を用いるべき、TPPの関税だけが政治ではない。  近大ナマズはすぐれたアンチテーゼでもある。
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2015年11月04日

坊さんブームがきた

坊さんブームがきた

 秘かなブームとなっているらしい。
 定年男子のハローワークに「坊さん」が人気を呼んでいる。一方ではシルバー破産が話題になっているが、それならいっそ坊主になって世の救いになるのもアリといったところか。ブラック企業の店長や、中小企業の社長経験者が多く、毎朝の朝礼でスピーチをしてきたので、坊主よりも説教はお手のもの、なれている。
 背景には僧職人口の不足があり、すでに全国のお寺の三分の一が住職不在になっているという現実がある。
 限界集落をかかえた山寺ではまず坊さんが逃げ出す、檀家も少なくなり、住む人もあるかなしかになっては、坊さんも食べていけない。お布施が上がらないのだ。
 空寺になったお寺はあっというまに廃墟となりはてる。
 なんとかしなければというので、本山ではあの手この手で住職の補充に意を尽くす。体験住職やら、体験修業、あなたもなれますお寺の住職、和尚さん最短コース、と色々に工夫して坊さん志願者の発掘にはげんでいる。
 宗派によってそれぞれだが、最短一年コースから五年もかける本格的な坊さん修業までいろいろある。
 坊さんブームは、定年男子だけでなく、学卒の草食男子にも及んでいる。映画「ボクは坊さん。」の影響もあり、フラック・キギョウで苦労するより「僧職男子」をめざす、という若者がふえてきた。
 檀家の死だけを頼りに、ぼうと過ごしてきた葬式坊主がこれを機会に脱皮する絶好の機会になるかもしれない。 困ったときの坊さん頼み、危機こそ最大のチャンスとなるかもしれない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする