2015年12月31日

わが家の流行語大賞はこれだ。

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 ユーキャンの発表する流行語大賞、ヤフーの発表する流行語大賞、テレビのワイドショウが発表する流行語大賞、週刊文春の発表する流行語大賞、……、年末は何処へいっても流行語大賞にぶつかる。
 ついこの間まで流行という言葉は、ファッションにかかわる現象であって軽薄なイメージがついてまわっていた。ところが最近は政治も芸能も建築も食も、すべてが流行の言葉で括られるようになり、なんとも不甲斐ないことである。世の中のすべてから、権威とか、歴史的必然とかが消え、「今、これが流行ってます」と軽い言葉でくくられる。古い男たちのタテ思考から、若い女たちのヨコ思考に変わったという事か。
 すべて情報化社会の頂上現象が、「流行っている」の一言で価値をもつ様になった。真摯に真面目に考え抜くことより、パソコン開けて流行と打ち込むだけで人間の思考回路が支配される。極端なはなし勉強や努力が無駄になり、すべては情報というオバケのいう通りに、人間が動く時代になった。
 という訳で、「わが家の流行語大賞」選んでみた。
 大賞はなんといっても「ぴっくりポン」である。感嘆詞としてレトロな響きがありながら、現代的なリズムをもっている。なにより明るいのが良い。びっくりポンのあとには、積極的に生活をとらえる行動のエネルギーがある。
 つづいては「北陸新幹線」、出来る前には、軽井沢もこれでさらに至便となり良くなると喧伝されていたが、いざ開けてみたら、新幹線の本数は減り、時間もかかるようになった。まんまとJRにしてやられたのだ。
 そしてコピペの「エンブレム」「花火」と続く、わが家には「爆買い」も「五郎丸」も関係なかった。しいて上げれば「ルーブルのアート・ショッピング」かも。本当にびっくりポンであった。

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2015年12月29日

男性議員 育休獲得に走るの巻

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 國会議員と國会議員が恋をした。 そして結婚した。 デキ婚だった。
 男の議員は前科一犯だった。前の相手は派閥のボスの娘だった。その娘も國会議員だった。
 娘はボスの父親の背中を見て育った。父は家庭を顧みることもなくひたすら政治に没頭し、派閥のボスにのしあがった。娘も父に習って政界の厳しさの中で、自分を律し、夫にも政治家としての覚悟と生活態度を要求した。
 男は耐えられなくなって、離婚してしまった。
 身長188センチのイケメンの彼はもてた。 自民党青年局の次長にまでなった。
 そこに登場したのが、新潟きものの女王であり、ミス日本関東代表にもなった美しすぎる女性議員だ。 議員は地元テレビ局のバイトをしていたが、その美貌に眼をつけられ、市会議員となった。一年たつと、さらに眼を付けられて県会議員に転身した。その上、またまた一年で國会議員に転身した。肩書から肩書へと蝶々のような政治生活だった。
 美しすぎる國会議員は、たちまち青年局次長の188センチと仲良しとなり、妊娠を果たし、結婚したという次第だ。
 再婚の彼は、初婚の失敗を糧に、政治家としてなにかをやらねばと覚悟した。
 いろいろと考えた末、國会議員法に育児規定をつくらねばと、國会議員の育児休暇をとれる会をたちあげた。女性は出産休暇をとれるのに、男性議員に育児休暇がないのがおかしい、というわけだ。
 男議員の名は宮崎謙介。
 まもなく出産休暇をとる予定の彼女は勿論よろこんだ。 女議員の名は金子恵美。

 テレビのワイドショウで、議員の育児休暇が話題となった。女子アナあがりのコメンテーターは素敵なことよね、とはしゃいでいた。男性コメンテーターはその間に重大な国事があったらどうするんだ、と気色ばんでいた。女子アナはそのときだけ行って投票したらいいじゃない。 大臣や総理大臣には休みはないし、日本国はずっと動いているんだから、國会議員は其のくらいの覚悟がなくちゃ困るんだよ。
 議論は平行線だったが、MCの女性の「時代は変わったということでしょうか」で一件落着してしまった。
 國会は婚活の場、もしくはハローワークの場に墜ちてしまったのだろうか。
 いずれにしても國会、ひいては政治が軽くなつたことだけは、確かなようだ。
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2015年12月26日

個人情報とマイナンバー制度

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 マイナンバー制度がいろいろと物議をかもしている。
 政府はこれによって国民の所得、資産が把握しやすくなる。つまり税金がとても取りやすくなる。
 反対する人々は、人間の番号化に通じ、国家に管理されるようでいやだという。

 個人情報が流行り言葉になって以来、日常の暮らしがひどく不自由になった。
 同窓会名簿から住所がきえた。電話番号もない。これでは名簿の機能はほとんど失われているので、不便なことこの上ない。人間の絆が断たれている。
 マンションの玄関からも名前が消えた。確かに誰か住んでいるのだが、誰なのか判らない。プライバシーだから、名前を表示しない。番号で呼ぶしかない。刑務所と同じなのだ。
 人間を特定しなければならない職業の人々は本当にご苦労様なことだ。
 社会という共同体で生活する以上、プライバシーを制限したほうがいいとは誰もいわない。絆、絆といいながら、おたがいの住まいも職業も明かさない。どう考えても変だ。

 人気のケーキ店に並んだ。順番にお名前を書いてお待ちください、というわけだ。ところが大声で怒っている人がいる。なんで名前を書かなければならない。名前はプライバシーだからこんな処で明かしたくない、と怒っている。 
 店員さんは書かなくてもいいですよ。順番がきてもお呼びしませんから…。売り言葉に買い言葉というやつだ。ケーキ一つ買うのに個人情報もないと思うが、なんともへんてこな騒動だった。
 そのうちマイナンバーが普及すると、どこへいっても個人情報満載のマイナンバーが使われ、丸裸で街中を歩くような状態になるのではないか。
 個人情報にしろプライバシーにしろ、社会構造そのものを否定するようなことは、すべて破棄するがよし、と思うが如何。
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2015年12月25日

テレビ妄言文化人の総退場

テレビ妄言文化人の総退場 テレビ妄言文化人の総退場

 来年の参議院選をまえに、テレビ画面上でそうぞうしかったキャスターが次々と退場する。
 安保法案は憲法違反だと大声をあげ、メディアとして廃案に追い込まなければならないと、もっともらしく発言していたTBSのニュース23キャスター岸井成格、同意を求められていた膳場貴子もしかたなしに賛意を表していた。
 TBSの報道は田英夫の昔から伝統的に左翼的傾向が強く、それも歴代共同通信出身者が圧倒的に多かった。トラブルで退場した後藤健次も、小沢たたきと左翼的言辞の常習犯で、共同通信出身の色彩がつよかった。
 朝日新聞の陰に隠れてあまり目立たないが、メディアのなかの共同通信出身の左翼系論客は非常に多い。
 かってモーニングバードに出ていた青木理、太田昌克、TBSではサンデーモーニングの柿崎明二、魚住昭、辺見康、浅野健一、新藤健一、田中宇、そして後藤健次といかにもニュース・セールスの共同らしく、メディアにしっかりと左翼妄言の巣を完成させていた。
 しかしなんといっても多いのは、朝日新聞出身のなんでも反対解説者たちだ。慰安婦偽報道事件以来すっかり信用をなくしたが、それでも原発反対、戦争をやりたい安保法案ぶっ潰せ、とニュース・ステーション古館伊知郎らと連携して、反安倍運動を繰り広げていた。
 処がここへきて「安保法案賛成議員を落選させる運動」をシールズ等と共に提唱するにいたって、選挙前に放って置けなくなった、というのが政府側の本音だろう。
 自己過信のかたまり古館伊知郎を画面から消し、共同通信、朝日の偏向解説者をとりあえず退場させることにより、公正な選挙になるというのが内閣府の考え方のようである。



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2015年12月23日

おみくじの内訳と作り部の里

おみくじの内容と作り部の里

 「おみくじ」を全部買って歩いた人のレポートをよんだ。
 吉がでるか、凶がでるか、寺社にお参りした時のちょっとした占いで、遊びの延長線上にあるのが「おみくじ」のような気がしていたが、じつは神経質に「大吉」と「凶」の比率までチェック研究している人がいると聞いてビックリ・ポンであった。
 「大吉」の圧倒的に多いのは、京都の「伏見稲荷大社」全おみくじの34パーセントが大吉。遠いところをわざわざ来てくれた参詣者への愛情でもあろうか。
 あとは「成田山新勝寺」「浅草寺」「川崎大師」が横並びの「大吉」17パーセント、「大吉」が並外れてすくないのが「鶴岡八幡宮」僅か6パーセントとは。鶴岡八幡宮にお参りする人は薄幸な人が多いということか。
 「凶」のくじはだいたい30パーセントあたりで横並びだが、住吉大社だけが19パーセントと少ない。「凶」が多いのは伏見稲荷大社の34パーセント、全国稲荷社の元締めとして「大吉」「凶」ともに多いというのは、権威の裏返しかもしれない。
 ところで神社系の「おみくじ」の製造所として全国を支配しているのが、山口県周南市鹿野にある女子道社という有限会社、地元の二所山田神社の社家が運営するちいさな会社だ。
 この集落の奥様方の手内職でささえられている。明治38年21代宮司宮本重胤さんが、神職に女子も登用すへきと訴えて大日本敬神婦人会を設立、その運動資金として考えられたのが、神社「おみくじ」の始まり、現在では18種類のおみくじを作って、全国の神社に納めている。
 「凶がでても気にしてはいけません。凶の字は植木鉢にメの字、これからメが出て成長するというお告げです。」
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2015年12月22日

新国立競技場のつまらない設計

新国立競技場のつまらない設計 国立競技場のつまらない設計

 A案がいい、いやB案がいい。
 学生か代理店のような議論にようやく決着がついたようだ。
 予算オーバーで駄目になった英国在住のザハ・ハディドの案については、よってたかっての反対論争で、選んだ方の責任者安藤忠雄も逃げてしまった。
 機能が優れていて、予算にあえばそれが一番というのは、一見正しいようだが、デザインという面からみれば、もっとも不毛な考え方だ。国民の9割が絶対反対という位のショックがなければ、いいデザインは生まれない。21世紀の世界に発信するこの国の文化財として、歴史観と未来感にみちたものでなければ、まったく無駄なものになってしまう。
 オリンピックはスポーツの祭典であるとともに、文化の祭典でもある。
 コストを抑制するため、設計施工の一括発注を図る、と方針を転換したときに、これでオリンピックの設計競技は終わった、と感じた。
 設計というアーティフィシャルな作業より、ゼネコンの算盤勘定が優先されたのだ。
 国家のシンボルになりうるメイン競技場から、アートな要素が否定されて採算性というマネージメントにかたむいたのは、建築の社会的使命からも、大きく後退したというべきだろう。
 現実にあった二つの案のコンセプトがいずれも「杜の…」であったところからも、建築会社にリードされた現実案であり、ほどほどの利益とスケジュールの妥協の産物であることがわかる。
 A,B案ふたつとも全く面白くない。新鮮な驚きがない。この程度の設計ならアーキテェクトを必要としない。
ゼネコン設計部で充分まにあうのではないか。近年世界中から注目されている日本だが、オリンピックを機にさらなるデザイン国家の発揚にまんまと失敗したのが、今回の新国立競技場設計騒動だった。
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2015年12月20日

五世井上八千代人間国宝の祝い

五世井上八千代 人間国宝の祝い

 お茶お花の家元たちがいる。日本舞踊界のそうそうたる家元が揃っている。勿論県知事、市長など行政府の方々も列席している。その日の都ホテルの大ホールは、京都のいや日本の文化人のそろい踏みだった。
 「五世井上八千代の人間国宝指定を祝う会」まだ59才の五世井上八千代が、人間国宝となった。
 ごく当たり前に考えれば、井上流の家元である井上八千代だけが、なぜそんなに早く人間国宝になるのか不思議なことだ。まして井上流は祇園甲部内だけの舞の流派であって、外の流派のごとく全国規模の流派ではない。名取になっても、祇園町のそとで稽古場を持つことは許されない。お名取になっても舞のお師匠さんにはなれない。
 300メートル四方の狭い地域に伝承されている小さな流派なのだ。御所の御殿舞に源流を発し、その後、人形浄瑠璃や能楽の影響のもとに今日まで伝承されてきた希少価値のある座敷舞であることこそが、早期に人間国宝の指定を受けた理由だろう。

 京都東山新門前通りにある片山家は、ほかに例を見ない文化集積のお家だ。すでに故人となられた四世井上八千代は戦後いち早く人間国宝となられた。その息子である片山九郎右衛門は能楽界の元老としてやはり人間国宝であった。そして今日の五世井上八千代の人間国宝指定。ひとつ屋根のもとで3人の人間国宝とは、文化の都である京都でも他に例をみない貴重な文化伝承のお家だ。

 この夜、祇園甲部の芸舞妓は全員宴のお手伝いで、手打ちをしたり、お酒のお手伝いで、ご苦労様なこと。
 知らずに祇園町へ繰り出した旦那衆にはまことに気の毒なことだった。
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2015年12月19日

四条河原町のBAL地下は男のパワースポットだ

四条河原町のBAL地下は男のパワースポットだ

 京都四条河原町といえば、都でいちばんの繁華街だ。
 高島屋と阪急を起点に、ユニクロ、無印良品、ファッション関係の店、等が集まり、カフェ、喫茶店の類がやたらに多い。 星乃子珈琲を先頭に、上島コーヒー、からふね屋コーヒー、いのだコーヒー、六曜社コーヒー、カフェMUJI、リプトン・ティー・ハウス、サンマルコ、それに京都のパン屋の元締め駸々堂本店、さらにホテルの路面店など加えれば、「朝からコーヒー」の中核をなしている。サービスも色々で、一杯のコーヒーに玉子料理やトーストが無料で付いてくる。
 駸々堂などでは早朝から中国人がいっぱいで、爆買いすれども爆食いせずの中国ファミリーがあふれている。無論貧乏学生にとってもかなり有難い。
 その四条河原町の真ん中辺りに、丸善がBALとなずけた新しいビルを建設した。
 ゆったりと空間をとり、ファションを集積したいくつかのフロアも大変に居心地がいい。服のコンセプトがはっきりと伝わり、作り手の意図のみえる贅沢な構成になっている。シンプルなものから、ハイブランドのセレクト・ショップまで揃っていて、京都には珍しいヌーベル・ファッションの世界が展望できる。
 マルゼン創始の「早矢仕ライス」に惹かれて地下へ足を延ばすと地下一階と地下二階は丸善本業の本屋となっている。本屋も近頃はツタヤひとり勝ちで、全国何処へ行ってもツタヤ風なのだか、ここは全く違った。
 由緒正しい大学の図書館風で、天井も高く、堂々とした立派な書架に、本を大切に飾り、ゆっくりと本選びが出来、そのうえ読書できる椅子・テーブルも用意されていた。本と本を読む人を大切にしている感が溢れている。
 こんなアカデミックな雰囲気の本屋には久しぶりに出会ったような気がする。
 京都四条河原町BALの地下マルゼンは、男のパワー・スポットである。

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2015年12月18日

四代目中村鴈治郎の襲名披露

四代目中村鴈次郎の襲名披露

 「まねき見はりましたか?」キョトンとしていると、
 「やっぱりガンジロウハンのまねきがよろし。顔見世に鴈治郎はんのまねきがないと、寂しおす」
 京都の町衆にとっては、師走南座の吉例顔見世興行は暮らしのなかの通過儀礼になっている。中国の爆買いツアーが、四条界隈をはしりまわっていても、何の関係なく顔見世の噂が飛び交う。
 
 父の人間国宝坂田藤十郎、兄弟の中村扇雀、息子の壱太郎とともに壱年有余に渡った四代目中村鴈治郎襲名披露も、南座の顔見世で大団円となる。
 夜の部を見た。鴈治郎さんの出番は、口上と土屋主税だ。
 お家の芸として伝えられる「玩辞楼十二曲」の土屋主税は、ほとんど座ったままのセリフ劇で、内面描写がよほどしっかりしていなければならない芝居である。見栄もきらなければ、派手な動きもないままに、たんたんと仁左衛門演じるところの大高源吾の苦悩と歓びを受け止める。
 立派な主税だった。「浅野殿は良い家来を持たれた」見送る主税の想いに思わず涙した。

 もうひとつ、襲名披露の祝い幕がとてもよかった。
 満月の秋の夜空に四羽の雁が元気よく飛んでいく。見送るは成駒家のシンボルである芒と、画家森田りえ子の人気柄白い糸菊がそえられている。
 雁が鳴き、菊が咲き、秋草がたなびく、雁に託されたロマンティックな世界観にすっかりやられた。祝い幕の素晴らしいにひさしく会えていなかった、さすがのガンジロウハンである。
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2015年12月17日

香川県には洒落がない

香川県には洒落がない

 江戸っ子は洒落のわかる洒落の通じることを第一義としてきた。
 洒落の理解できない奴は横町の村八分にした。
 その観点から言うと、今回の香川県事件はなんとも洒落のきかない野暮な話だ。
 香川県はうどん県を宣言した。イベントの一環としてうどんカルタを創ることになった。全国から公募してやうやく明日発売の段取りとなったが、ひとりの野暮な県民のおかげで急遽発売中止となったのだ。

 理由はこうだ。 かるたの「つ」に問題が発生した。「つ」の読み札はこうだ。  
 「…… 強いコシ  色白太目  まるで妻 」
 「まるで妻」というのが許せないというのだが、そんな形状揶揄はそこいら中にころがっている。
 男には、ハゲ、でぶ、チビ、女にも、ブス、でか と十人十色の個性がある。いろいろな形態があり、個性があってこその人間模様だし隣近所ではあるまいか。
 まるで妻 とは うちの宿六 ほどの比喩ではなかろうか。
 洒落のないところに文化は育たないといわれ、香川県民には文化がないとはいわないが、野暮なこと。
 県庁がひとりのクレームを取り上げて、うどんカルタを発売中止にするとは実に情けない。
 洒落の通じない悲しい県民が香川といわれても仕方がない。
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2015年12月13日

ママ友カーストという差別

ママ友カーストという差別

 かってこんな騒動があった。
 皇太子妃雅子さんが、一般庶民とお付き合いしたいといって、生まれて間もない愛子さんを乳母車にのせ、御所の裏にある公園に出掛けた。普通の公園デビューがしたいという雅子さんの希望があったとか。
 いつもは静かな公園がたちまちにカメラをかざしたママ達の杜と化した。ママからママへのケイタイ・ネットであっという間にママたちのワンダーランドとなった。クラスのある人間には理解できないかもしれないが、たえず一般庶民の好奇心の対象になっているということを認識すべきだ。
 この公園デビュー騒動は雅子さんの自己認識不足に原因があったのだが、この事件以外にも山中湖への娘の遠足先に、車を連ねて付き添い大名旅行を敢行したり、とかく自分のポジションが判っていない行動が見られる。
 人間の集まるところ、必ず差別は発生する。人はみな平等、という耳障りの良いキャッチは独り歩きしているが、現実には必ず差別が存在する。
 平等の本家アメリカをみれば、更によくわかる。ユダヤ系、ホワイト、エリートカラード、プアホワイト、カラード、ブラックと皮膚の色からくる差別、生活環境の差別は厳然と存在する。
 近頃話題になっているのは、ママ達の階級差別だ。ママ友カーストというらしい。
 頂点にいるのがお金持ちのボスママ、その下に子分ママ、その下でお誕生会に呼ばれないハグレママが存在する。 まず収入、学歴、旦那の地位で差別され、持ち家、賃貸、タワーマンションときて、さらに車、洋服、バック、ブランド品、さらに習い事、お受験で、ママカーストのグループ化が図られるそうだ。
 ママ達はそうしたカーストに耐え、カーストに喜びを感じて生きているのだ。
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2015年12月11日

「一人っ子政策」の重いツケ

「一人っ子政策」の重いツケ

 人類の歴史上、神の領域である出産に政治が介入したのは、共産中国以外にその例をみない。
 35年も続いた「一人っ子政策」が今年の中央委員会第五回全体会議でようやく廃止が決定された。
 中国の人々は35年ぶりに自由に子供が産めるようになった。ただし二人まで。三人目を作ったら豚箱行である。
 すでに習近平政権は国内の労働年齢人口が減少に転じたことを受け、2013年には夫婦いずれかが一人っ子の場合、第二子の出産を認めるという緩和策を打ち出していた。この条件に該当する夫婦は九千万組もいたので、当然のごとく一千万人の出生を期待した。ところが14年に数えたところ四十七万人しか増えていなかった。
 長い間制限され一人っ子の生活環境に慣れてしまった夫婦が、それでは子作りをしよう、という気にならなかった。
 北京や上海といった大都市圏では、住宅は高騰し教育費も馬鹿にならない。いままで政府の方針で我慢してきたのだから、二人目には補助金をつけろ、養育費を全額もってくれれば子供をつくってもいい、という訳だ。
 長期の一人っ子政策で、男性人口は女性より三千四百万人も上回っており、世界平均の三倍といういびつな男女人口比になつている。
 高齢化と労働人口の減少という思いもよらない現実に、滑り落ちる経済の問題というダブルパンチをくらって、習近平はあせっている。
 人口問題は緩和すれば何とでもなると多寡を括っていたが、大間違いだった。
 ネツト上の調査でも第二子を産みたいと答えたのは、僅か33パーセント、中国の人口ボーナスによつてもたらされていた繁栄は、いま崩壊の危機に直面している。
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2015年12月10日

カトリック信者に同性愛は許されるか

カソリック信者に同性愛は許されるか

 21世紀は同性愛の波に襲われている。
 テレビをみても、マツコ・デラックスをはじめとして、はるな愛、ミッツ・マングローブ、IKKO、KABAちゃん、美輪明宏、假屋崎省吾、池端慎之介と数え上げたらきりがない。もはや同性愛はテレビ界を制圧したかに見える。

 ヨーロッパを震撼させている同性愛といえば、ローマ法王庁のハラムサ神父事件だ。
 このほどバチカンで始まる「家族の在り方を論じる世界代表司教会議」にさきだってバチカン教理省に勤務するハラムサ神父が、メディアに向かってカミング・アウトした。
 「私は同性愛者だ。パートナーもいる。同性愛者も家族を必要としている。」
 バチカンの教理省は、まえは異端審問所と呼ばれ、教義の厳密な施行を監視し、全世界の神父と信者たちの倫理を見守るという重要なポジションである。そこの神父は、頭脳明晰であると共に、教会の規律に厳格に従う人でなければならない。

 カトリック教会では、セックスは子供を創るという行為をとおして神の御意志にそうので許されるので、子供にかかわりのない同性愛は罪深い行為とされてきた。
 こうしたなかで足元の教理省の神父に違反者があらわれたのだから大事件なのだ。
 司教会議で演説した法王は「現実から眼をそむけてはならない」と同性愛を容認したかの発言をする一方で「同性婚は神の計画に近いわけがない」と断罪した。
 はてフランシスコ法皇の真意はどっちと、世界中のカトリック信者は迷っている。
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2015年12月09日

「 検索って誰? 」

「検索って誰?」

 我が家のブームである。とくに相方が喜んで食い付いている。
 このコマーシャルが流れるとすべての作業を中止し、テレビの前にたたずむ。わが意を得たりとばかり喜んでいる。

  ……マロニーちゃん マロニーちゃんで 鍋以外 …… クックパットで 検索
                                  「検索って誰?」

 「検索って誰?」というところが受けている。シルバーにとって検索は誰なの、私は検索さんて知らないよ。
 デジ世代には許しがたいオバサンかもしれないが、老齢にさしかかったオバサンにとってマロニーちゃんは、千万の味方をえたようなシアワセのコマーシャルなのだ。

 折から「Yahoo! 検索大賞2015」が発表された。
 五郎丸、又吉直樹、セブンカフェのドーナッツ辺りまでは付いていけるが、ニコルンの藤田ニコルといわれてもまったく判らない。ツィッターのフォロワーが、67万人といわれ、その人ノーベル賞でも獲ったのと聞きたくなる。 8.6秒バズーカはアイエスの最新兵器かな、といった反応だし、大賞の 三代目J Soul Brathers に至っては一代目と二代目はどんなだっけと、見当外れの方向に記憶をたどる。
 まさにクックパッドで、検索しなければならないのだ。
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2015年12月08日

21世紀鷹峯フォーラムのあした

21世紀鷹峯フォーラムのあした

 100年後に残る工芸のために、オール京都、工芸の祭典 とキャッチを掲げ、このほど「21世紀鷹峯フォーラム」なる大会が催された。
 京の地に生まれ育ったすべての工芸を集約し、いま工芸の抱えている問題点を洗い出し、鷹峯に光悦村が開かれた400年のとしに、明日への工芸の道をひらいていこうという壮大な目的のもとにスタートしている。
 国際会議場に於けるメインシンポジウムを軸に、芸術系大学、各美術館、博物館、そして作家工房まで包括してのプロジェクトだ。

 中心になって活動しているギャラリー桜の木の岩関禎子さんのエネルギーと工芸にたいする思いの深さは、尊敬に値する。今後この催しは東京、金沢へと展開していく予定だという。

 気になるのは、かっての文化系プロジェクトの多くが、大学の先生と官僚にささえられ、現場の工人やファンへのアピールが薄く、結局はいちじの話題で終わってしまったことだ。
 官僚は肩書きのため、大学教授は論文のため、工芸を見立て、工芸を論じても、工芸を買おうとはしない。買われない工芸は生きていけない。匠や工人たちはそのあたりの現実を知っているが故、あまり関心を示さないのだ。
 鑑賞工芸にしろ生活工芸にしろ、使い手やコレクターに支えられてのものなので、その辺への取り組みが重要な課題になるだろう。

 折しも鷹峯光悦寺の紅葉は仙界の花のごとくに美しい。
 光悦村400年のこの年「21世紀鷹峯フォーラム」の成功を祈っている。

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2015年12月07日

うたかたの恋、うたかたの美味

うたかたの恋、うたかたの美味

 京都北大路の近く、評判のおばんざい「うたかた」へいってきた。
 なによりも「うたかた」という店の名に惹かれた。
 皇太子ルドルフと令嬢マリーの「うたかたの恋」は心中という悲しい結末で終わったが、それ故に読む者の心を捉え、映画になり、宝塚のミュージカルにもなったのだが、それにもまして「うたかた」という言葉の響きは、都のはんなりとした空気に似合う。
 町屋の玄関前に置かれた行灯の、心優しい「うたかた」の筆に誘われやかたにお邪魔した。

 とこう書くといかにも自らの意志で行ったようだが、そうではない。
 30年前、ボストン美術館の「日本歴史キモノ絵巻」で、ともに苦労した奥村ミサホさんの招きだ。スタイリストであり、コーディネーターである彼女は、まま大胆なドレスに身を預け、ジャズを唄う熟女でもある。古風な日本画家の娘として育つと彼女のような珍種もでるらしい。

 表の和室と中庭を見る奥の和室、そのあいだのカウンターのある部屋、うたかたは古い町屋の佇まいで、いかにも洛北の大人の隠れ家といった風情だ。
 磨かれたカウンターにはずらりとおばんざいが並んでいる。
 くも子のてんぷら、とこぶしたいたん、鶏の山椒焼き、旬野菜のジュレ、まなかつおの味噌ずけ、百合根の卵とじ、白えびのかき揚げ、小芋と棒だらの煮付け、れんこんの胡麻和え、女将のロースト・ビーフ……美しい女将有田紀子さんのの京ことばは耳に優しく、美味しんぼのアクセサリーになっていた。
 話題の獺祭・遠心分離も初めて味わった。
 久しぶりに艶やかで、美味しさに充ちた、北大路の町屋おばんざいであった。


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2015年12月05日

ニホンが恥ずかしいEPA交渉

二ホンが恥ずかしいEPA交渉

 EUと日本との経済連携協定、通称EPAがもめている。
 10月に合意したTPP環太平洋パートナーシップ協定についでの、グローバルな経済協定なので日本政府が頑張っている姿勢は多とするが、聞こえてくる理不尽な案件についてあきれている。TPPの折、著作権分野でのアメリカの強硬姿勢に各国は困ったが、そのアメリカと同じような姿勢で日本がEUに対して要求していると伝えられる。

 EUに於けるすべての文化施設、ルーブル美術館を始め、ベルサイユ宮殿、各博物館、オペラハウスなどの資材調達、建設設計にニホンの業者の参入を認めろ、と要求しているというのだ。EU側は文化の領域は域内においてすらお互いの主体性を認め、参入しないという歴史的ルールがあるのでそれだけは無理という答え。
 日本政府はクールジャパンを売り込むチャンスとばかり突っ張っている。

 日本のゼネコンにルーブルやベルサイユの建築技術があるとは到底おもえないし、大理石ひとつとってもどこで調達し、どこで細工をするかも判らないだろう。
 クールジャパンのAKBや漫画を売り込んだところで所詮は下層の娯楽材でしかない。
 伊勢神宮の式年建立にヨーロッパの業者が参入してもなにも出来ないであろうことは、馬鹿でも判る。東大寺をアメリカの業者が建てられますか、という設問なのだ。
 工業農業の分野では多いに発言、交渉して欲しいが、文化領域への開放要求はみずからの無知を晒すようなものだ。
 官僚のオバカぶりには、呆れてあいた口がふさがらない。
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2015年12月04日

分娩させない田舎の事情

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 軽井沢は田舎なのだ。
 名物といえば野菜位、だから別荘の人たちは夏の終わりには、スーパーつるやに車を寄せ、どっさり野菜を仕入れて都会に帰って行く。普段でも農協直営の野菜市場は人気があり、粗末な小屋ながら買い物の人の足は絶えることがない。
 政府はいま地域振興大臣をおいて、田舎の振興に力を入れている。
 なんとか若者をUターンさせ、地域に住んでもらおうと躍起になっている。北信濃のある村では、若者のカップルには家を提供し、そのうえ農地までも提供して、是非うちの村に来てください、とアピールしている村もある。
 役場主催の婚活パーティーもあり、都会の娘さんを獲得せんと地元の男子に気合を入れているが、一方でこの流れに掉さす事象が次々と起こっている。
 病院から産科医がいなくなっているのだ。
 若い夫婦が妊娠しても、出産できないという現実がまっている。軽井沢病院にも産科医はいない。何年か前まではベテランの先生がいたが、患者の医療事故訴訟以来すっかり産科医の先生方に嫌われ、誰も軽井沢にはきてくれなくなった。
 北信濃唯一の飯山赤十字病院でも、来年の四月からお産の取扱いを休止すると発表された。
 村のプラカードに誘われ、移住してきた若い夫婦は途方にくれる。地元に産科医がいなければ、再び大都会に戻るしかない。
 こんな片手落ちの地方振興策はない。省庁の壁を取り除き、大学の産科学生をふやし、そうした不安のない教育プログラムを組まなければどうしようもない。
 中期地方振興策の第一歩はまず医大の産科学生枠を大幅にふやすことだ。
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2015年12月02日

流行語にあらざる流行語大賞

流行語にあらざる流行語大賞

 今年2015年の暮れを迎えて、流行語・新語大賞が発表された。
 何年か続いた芸能ネタにうんざりし興味を失っていたが、師走の声をきくとやっぱり気になる。
 ショッピングのジャンルに「爆」という概念が登場し、家電量販店やドラッグストアが襲われたのには改めて中国大陸のエネルギーを感じたし、「爆買い」のすさまじさの裏にあるユガミと、帝国主義的な領土拡張政策に思いは飛んだ。
 「トリプルスリー」野球に興味のない人間にはあまり感想はない。競技の記録として登録されればいいことで、それが流行語とはこじつけもはなはだしい。
 トップテンを見てみよう。
 沢地久枝の「アベ政治を許さない」これは流行語にあらず、ただのご意見というべきで、「アベ政治を許してる」人々も沢山いるのだから、こんなものを取り上げる審査員の神経を疑う。
 その観点から「SEALDs」もおかしい。すこし弱い大学生が組合やら代々木の後押しで、国会前で連日、安保反対の呪文を唱えた。それだけのことで、一部の政治勢力が利用しようとつぎの選挙をにらんで戦術化している。野党による政治闘争の劇場化だ。
 「安心してください。穿いてますよ」こんなに下品な見世物はない。女性の下着を身につけ穿いてますよ、いまのテレビのレベルにはお手頃なのかもしれないが、こんなものは早く消えて欲しい。
 「エンブレム」贋作騒動によって、デザイン界の内幕がばれ、広告代理店と公的行事の癒着があからさまになった功績はある。
 「五郎丸」はその人柄において野球やサッカーにない清潔感があるし、日本ラクビーの転換点になった功績は大きい。
 「まいにち修造」騒々しく思慮に欠け、アスリート達からも嫌われて、迷惑な芸能人に堕している。修造を支持しているのはB層以下のミーハーである。
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2015年12月01日

田舎ゼネコンの優れた文化度

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 長野に北野建設という会社がある。東京の竹中とか、鹿島とかの少し小さめのゼネコンといったところか。
 ところがこの北野ゼネコンは鄙には稀な文化性をもっている。 
 戦後いちばんにホテル・キタノ・ニューヨークを創った。日本語の通じるニューヨークのホテルとして世話になった経済人も多かったことだろう。学校もつくった。上田に女子短大をつくり、講堂にはこの地方唯一のパイプオルガンを設置、美術館も二つ創った。北野美術館、北野カルチャーセンターである。メディア時代をにらんで長野放送なるテレビ事業にのりだし、ついで長野市部の目抜き通りに北野文芸坐という中劇場を建設した。この劇場は正面左右に幟旗をたて、外観はかっての芝居小屋をイメージし、客席上下の壁面は黒漆に金箔ちらしというなかなか豪華なつくりの劇場である。
 この北野建設が設立70年を迎えた。
 記念行事に選んだのは、尾上菊五郎、菊之助親子による舞踊公演。ゲストに祇園甲部の芸妓一同だった。
 開幕は新作「寿北野三番」祝いと祓いのための三番叟を、菊五郎、菊之助が演じた。続いて「京の四季」を甲部きっての美形まめ鶴が舞い、「ゆき」を菊之助が舞った。
 そして最後は祇園連中による「俄獅子」、現存する最古の獅子狂言を踊り屋台に移した珍しい祝いの出し物、長野に伝わる祇園祭も踊り屋台形式なので、この上演は土地のひとにとっても貴重な出しものだったに違いない。
 田舎のゼネコンとして、見識のある祝賀行事をしたのは北野建設の文化度だった。
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