2016年01月26日

「霜月まつり」よ永遠に

「霜月まつり」よ永遠に

 四方の景色が真っ白になると、はるか彼方から神楽唄が聴こえてくる。
 伊那谷を下って南アルプスを超えると、遠山の里に至る。遠山郷は南アルプスの山影にひっそりと生き続けている限界集落でもある。人々は遠山川に沿ったわずかばかりの大地を耕やして、日々の糧を得ている。
 この10にも満たない集落に祀りつたえられているのが、霜月まつりである。信州の秘境遠山郷に足を運ばなければ、出会うことのない貴重な祈りなのだ。
 かってこの地を支配していた遠山氏のみ霊をまつり、厳寒のこの季節に太陽の復活を願うまつりでもある。
 祀り場の中央にかまどを築き、大きな釜に湯を沸かし、その湯のなかに八百万の神々を招き入れるところから祭りははじまる。
 日本中のあちこちに居ます神の名を読み上げ、招き入れるだけでも2時間ばかりの時を必要とする。神々は祀り場のそばの大きな木に結わいつけられた大紙垂をたよりに集まってくる。
 神々のいます湯釜を囲んで、湯立ての舞が始まる。それから御来光の翌朝まで魂の舞が、限りなく続くのだ。
 目の前の遠山川では面舞に登場する若者たちが、零下の流れに身を清めている。
「寒い…眠い…煙い…」といわれる遠山のまつりには、日本のまつりの原型があるといわれ、神々と人々の関わりのかたちがしっかりと伝えられている。
 やがてこの郷のしたは、リニアモーターカーの通路となり、遠山の祖霊もびっくりして逃げ出すかもしれない。がそれまでは、いやいつまでも、遠山の郷には神楽唄が流れて欲しい、と願っている。
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2016年01月25日

大和言葉にブームがきた

大和言葉にブームがきた

  大和言葉の教室や本がブームになっていると聞いた。
 あまりにも乱雑になった若者の言葉や、英語圏からの言葉の襲来に耐えかね、大和の国の逆襲かもしれない。
 すべて記号化することが素晴らしいという風潮に対し、記号化しない、記号化できないもの、こそが文化遺産だと気が付いたのかも知れない。
 ITと言いさえすれば、進んでいるといったような間違った風潮に対し、日本人としてのアイデンティティーはと問いかけられ、足元をみたら言葉があった、ということだろう。
 外来語大好きの日本人は芸能界には特に多い。ディズニー至上主義の人々。子供がまだ日本語知らずの頃から英語を学ばせようとするお馬鹿なママ族。
 そうした人々には、漢語や外来語よりはるかに美しくたおやかな言葉が、この国に生まれた大和言葉だとお教えしなければならない。
 「グッときた」というより「胸に迫る」、ズシンときたら「胸を打つ」、シミジミときたら「胸にしみる」気持ちの機微が柔らかく伝わる。
 「心待ちにしています」といえば「待ってます」よりはるかにやわらかなコミュニケーションになるし、暇があったらというよりは「お手すきの時に」と表現したほうが、相手も心地よく応じてくれる。
 大和言葉にはどこか懐かしい調べもある。「たおやかな」「おもむき」「こころばかり」「むべなるかな」「ほんのお口汚し」「よしみを結ぶ」
 大和で生まれた言葉には、日本の自然と精神の風土がつまっている。
 大陸から渡ってきた漢語や外来語にない美しい響きをもった言葉なのだ。。
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2016年01月24日

零下5度の杜の下で

零下5度の杜の下で

 軒先からツララがすだれの如くにさがっている。5.60センチほどもあろうか。
 真冬日が続く軽井沢ではさほど珍しいことではない。つららをとおして見る白樺の林は実に美しく、雪国ならではの至福の情景である。
 家の南側では、凄まじい音を立てて屋根の雪が落ちている。寒さが少しゆるみ、陽の光が温かさを運んでくると、すかさず反応するのが屋根の斜面にたまった雪だ。北アルプスの雪崩れに直面したことはないが、一瞬の陽の光に滑り落ちる屋根の雪を見ただけでも、雪崩れのすごさは想像できる。
 足元の雪は見ているだけなら白く美しいが、町へ使いにでるとなるとなかなかの難題となる。四駆スノータイアの愛車は工場に入っていて、代車できた赤いアウディはFFなので、雪道は走れない。駐車場の雪下ろしをしながら乗れないクルマを横目にタクシーのお世話になる。
 日頃お世話になっているタクシーは、チェーンを巻いて森の我が家まできてくれる。家のまえの路地は狭く、車の一台がようやく通れる幅しかないので、お尻を振りながら迎えに来るのも難儀なことだ。。
 管理事務所の除雪車が早く来てくれないと、新聞配達やら、宅急便やら、タクシーのわだちが凍りついてどうにもならなくなる。一日の最高気温が零下では、想像を超えたトラブルが発生する。
 あれもこれも春の若葉、夏の涼風、秋の紅葉と豊かな自然の贅沢への見返り税とあきらめている。
 そうこうするうちに冬木立のなかを除雪車が、音もなく通り過ぎていった。
 しばらくは平穏な雪景色が続くことだろう。
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2016年01月23日

逆輸入された本格派の俳優・ディーンフジオカ

逆輸入された本格派の俳優・ディーンフジオカ

 ディーン・フジオカという俳優のインタビューを見て、久しぶりに本物の役者に出逢えたと思った。
 思慮深く発られる言葉と温和な表情は、日本の良き家庭や環境を思わせるものだった。ところが、千葉で育ってカナダの大学で学び、インドネシアで起業した国際人と聞いてびっくり。
 そのほとんどを海外で暮らした人にありがちの無国籍な臭いがしない。
 ご本人は多様な人種、多彩な言語、様々な文化にふれてきたので、たいていのことには驚きませんと、いっていたが、36歳にして五つの国の言葉を話し、それぞれの言葉に対応した演技表現ができるというのは、天才としか言いようがない。
 作詞作曲など楽曲制作はインドネシアで展開し、香港では中国武術やキックボクシングを嗜んだという。本格的なスポーツマンではないが、スポーツを学ぶ精神はわかっているつもりという。
 NHKの朝ドラ「あさが来た」の五代友厚役でも、大阪の商業人にまじって先進の思想と実行力によってリードしていく壮年の役どころを見事に演じきっていた。あさが惚れても不思議のない男の魅力に充ちていた。
 近頃流行りものの男にはない、教養と思慮深さにみちた五代になっていた。
 願わくは、日本のミーハー・ファンの影響を受けないでほしい。カワイイなどという大人子供の趣味に迎合することなく大人の俳優のみちを歩いて欲しいと願うのは筆者ばかりではないだろう。
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2016年01月22日

ブッチャケ、ブッコミという下品な表現

ブッチャケ、ブッコミという下品な表現

 9.11に始まった世界的なテロ、キリスト教圏とイスラム教圏の争い、世界中に広がっている自然災害、大地震、大津波、そして原発事故そうした不安定な世界に比例して拡大してきた気休めが、「チャリティ」と「ボランティア」だと認識している。
 あえて気休めと記したのは、それに纏わる行動が問題の解決には一向に迫っていないという事実、民衆の気休めでしかないという現実だからだ。
 チャリティーを呼びかけられた時、それを断るのにはかなりの勇気がいる。呼びかける側の人たちは、そのささやかな行為が被災地の人々に役立つと、単純に信じている人もいればチャリティを呼びかける自らの行動に酔っている人もいる。
 呼びかけられた側には、どうせその金は日本赤十字社の口座に何年か寝て、利息は赤十字の人々の懐にはいってしまうという現実を知っていたり、県に入った義援金は関係のない事業に費やされてしまうという事を把握していても、そうしたチャリティーに協力しないのは人非人と思われるのがつらくて、つい協力のふりをする。
 田舎ではいまだに3.11東北大震災○○チャリティーコンサートなどという上書きが横行している。一流のコンサートではなく、三流のコンサートほどそうした上書きで催しを開く。安い入場料の何割かチヤリティーしても、所詮雀の涙とわかっていても、そうすることの自分への偽善に酔っているのかもしれない。
 問題の本質を見ないそうした世間の風潮に反発して、最近メディアに登場してきた言葉がある。あまり好きではない下品な表現だが、「ぶっちゃけ」「ぶっこみ」「やつちゃえ」などという建前に反対する本音の表現だ。ここ何年かの関西系のお笑いに慣らされた庶民は、言葉の品位に対する感性がにぶり、ブッチャケもブッコミもあっさりと受け入れるようになった。
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2016年01月20日

SMAP解散に躍った人々

SMAP解散に躍った人々

 SMAP解散に始まった報道は、木村拓哉と4人組の対立に発展し、結局ジャニーさんへのお詫びから、番組でのファンの皆さまへの感謝とお詫びで一件落着となった。この間総理大臣の所見発表やら地方創生大臣の見解、平和ぼけのこの国らしく、SMAPは僕たち私たちの青春だったとテレビカメラに訴えたりと、情報化時代の芸能商品として、メディアに充ち溢れた。
 ここではいつまでも大人になれない子供達と、子供のままの大人達が入り乱れてSMAP礼賛に走った。SMAP解散中止と聞いて、なによりも喜んだのはB層と呼ばれるこの人達だった。
 この騒動によってこの国の芸能界は当分安泰だと、芸能事務所の経営者たちは胸をなで下ろしたことだろう。

 一連の報道は問題の本質を全く伝えていない。
 いずれ週刊文春あたりはSMAP解散の真実について紙面を費やすだろうと想像されるが、テレビとスポーツ紙に踊った記事またはコメンテーターの発言は、驚くべきジャニーズ事務所とSMAPのヨイショに充ちていた。

 この事件は芸能事務所の体質と、所属マネージャーの品性、ロイヤリティのなさ、さらに自分の見えない愚かなタレント達による騒ぎに帰結される。
 ジャニーズ事務所のような大きな事務所になると、当然のごとく担当タレントのマネージメント、日常管理はマネージャーに任せられる。とくに女性マネージャーにおいては、組織からの委嘱業務であるという点を忘れ、個人的な感情でマネージメントに走る場合が多い。タレントも日々接触する女性の懸命さにほだされ、感情移入してしまい、組織の力でしている仕事の立場を忘れる。
 今回の女性マネージャーの退社に伴う独立騒動もある意味単純な構造なのだ。
 永年勤続のマネージャーに対する退職待遇、専従タレントの拘束問題、さらに事務所の血族経営といった芸能界全体にはびこる前近代的な課題を解決しない限り、これからも繰り返される問題なのだ。
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2016年01月18日

松本はオクが深い

松本はオクが深い

 今ごろは新幹線で長野へ行き、更に乗り換えて篠ノ井線で松本に向っている筈だつた。ときならぬ雪のため、あちこちの鉄道がとまり、高速道も閉鎖されている。
 松本では、恒例信濃毎日新聞社主催の芸術文化パーティが開かれる予定になっていた。信州の文化人や芸術家が多く集まるので思わぬ人脈に巡り合う。美術館館長なども顔を見せていて、情報交換の場として貴重な集まりになっている。
 一年交代で、長野と松本で開かれる。縦に長い長野県では、とりあえず北信の長野が県都になっているが、中信の松本の意識も高く、歴史の経緯からも長野と松本両雄並びたたず、メディアは二つの都市に足をかけている。
 城下町の松本はとても魅力に充ちている。
 国宝松本城を中心にした武家文化が町中に広がっている。中町にある白壁づくりの街並には、江戸から明治、昭和の生活様式がつまっている。
 松本民芸家具のふるさとでもある。近代の日本人の生活に、松本民芸の影響は言葉につくせない。やわな北欧家具など足元にも寄せ付けない仕事のたしかさとデザインの素晴らしさがある。
 フランス料理の鯛満、うなぎ割烹桜家の笹蒸しうなぎ、田楽木曽屋の昔ながらの豆腐田楽、スイーツなら開運堂と、食のレパートリーが充実しているのも松本ならではの魅力か。
 ヴァイオリンの才能教育に始まった松本芸術館を中心にしたオペラ、音楽、演劇への重層的な文化活動、市内にある浅間温泉の旅館群、東に美ヶ原高原を見、西に安曇野、北アルプスを望んで、豊穣な自然に恵まれた岳都松本なのだ。
 長野の寺文化、諏訪の神社文化を支配してきた武家文化のパワーに充ちた町、それがマツモトともいえよう。
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2016年01月17日

台湾、本省人と外省人の壁

台湾、本省人と外省人の壁

 「だらだらせずにもつと機敏に歩いて」「目線は上、劇場の奥を見るつもりで」具体的なショウのリハーサルではなく、それ以前の3日間の基礎研修の時だった。
 オール台湾から公募したモデル20名の選抜チームだった。基礎研修2日目、定刻になっても始まらない。廊下に何人かのモデル達、親が混じって主催者側に猛烈な苦情を言っているようだ。よもや原因が自分にあるとは露ほどもおもわず、時間がないから早くやろうと、気合をかけた時、総経理秘書の女性が切羽詰まった顔をして側にきた。
 「ホシノ先生、少しお話があります。」彼女は小声になって、「じつは昨日の稽古で、怒られたモデル達が、みな外省人ばかりでした。外省人は大陸から将介石とともに来た人たちで、今の台湾を支配してます。だからなににつけても外省人を立てないと上手くいきません。先生がいいモデルを育てようと怒っていられるのは判りますが、本省人の女の子が怒られないで、外省人ばかりが怒られるのはどうしてだと、もめています。いま説得しますから、もうすこし時間をください。」
 台湾生粋の本省人と大陸から来た外省人のあいだに、そんな壁があるとは思わず、いつものスパルタで訓練したのがとんだ騒動を起こしてしまったのだ。
 本省人の人々は口にこそしなかったが、日本人に対しかなりの親近感をもっていた。
 第二次大戦後、共産党に負けた国民党とともに台湾に逃れてきた人々は、敗残の人々ながら台湾の支配者となっていた。そこに乗り込んだ小さな日本人が、外省人の美しき子女たちをガンガン叱ったので平和に収まる筈もなかった。幸いにもその秘書長の説得で騒動はおさまったが、台湾生粋の本省人と外省人の間にある差別と思想の断絶について、しみじみと考えさせられた。
 8年ぶりに民進党の蔡英文氏が総統に選出された。もはや中国大陸にかかわってきた外省人の権力者達は高齢となり、圧倒的な少数派であると伝えられるが、台湾は台湾、中国は中国、という本省人の若者たちに明日を期待しよう。
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2016年01月16日

シンガポールの和僑に学べ

シンガポールの和僑に学べ

 フランスの金持ちたちは、皆ベルギーに移住する。ルイビィトンのオーナーもベルギーに住んでいる。ベルギーに住んで仕事でパリに通う。友人はモスクワに事務所を設け、週末ベルギーに戻ってくる。
 パリなら75パーセントの所得税が、ベルギーでは12パーセント、モスクワなら0パーセント、つまり生活の自己防衛のためみな低税金地域に住まいを変えてしまう。居残った人々は移住したくとも金がなく移住できない貧乏人と、いささかの超愛国者ばかりだ。
 東京の成功者は、着々とシンガポールに居を移している。所得税は日本に居れば45パーセント取られるが、シンガポールなら20パーセントが限度額なのだ。企業しても法人税率は17パーセント以下、ならばシンガポールで立ち上げて日本に進出したほうが遥かに効率がいい。「和僑」と呼ばれている。
 シンガポール移住のメリットは、税金ばかりではない。若い新婚世代にとっては、子供たちの教育環境に優れている。
 訳の分からないインターナショナル・スクールや、日本人学校ではなく、現地校のレベルがやたら高いのだ。毎日の勉強ずけ、義務教育は小学校だけだが、この小学校では競争教育、英才教育を徹底的に採用している。「デキの悪い生徒にはそれ以上の教育はいらない」勉強せずにさっさと実業につかせる。
 優秀な子供には仕奨学金を与え、国として高級官僚や経済人としての道を歩ませる。海外からの移住人も子供の将来を考えて現地の学校にいれる。子供のときから競争社会での生き抜くすべを教える。
 頭の悪い性悪のこどもたちがインターナショナル校へ行くのだ。
 日本でも戦前はある種の英才教育だったが、戦後アメリカの衆愚政策のおかげけで、広く平等に自由にといつた底辺教育で、すつかりオバカの国になつてしまった。
 昨年シンガポール国立大学は、英国教育専門誌による世界大学ランキングで、東大を抜き、アジア首位の座についた。
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2016年01月15日

黙阿弥の台詞に酔った初春狂言

黙阿弥の台詞に酔った初春狂言

 我が家の初春芝居は国立劇場の菊五郎劇団と決まっている。
今年も実に楽しく面白い芝居をみせてくれた。見物に親切、役者に親切、座元に親切、河竹黙阿弥最盛期の手慣れた芝居だった。
 白浪物と呼ばれる泥棒の話だが、全く暗さのない突き抜けた登場人物によって面白くダイナミックに筋立ては進んでいく。
 小春穏沖津白浪(こはるなぎおきつしらなみ)略して小狐礼三とよばれるが、ご存じ日本駄右衛門、船玉お才、狐遣いの妖術にたけた小狐礼三の三盗賊が綾なす香合泥棒の虚実をこめた物語の数々。
 黙阿弥の七五調の名せりふに酔い、さらに割台詞や、渡り台詞と、日本語に流れる言葉の楽しみ、韻律の楽しみまで十二分に楽しませてくれた。
 「月もおぼろに白魚の篝も霞む春の空」お嬢吉三の台詞でも、悪の華を一瞬にして歓びに変換してしまう言葉の魔術をもった黙阿弥が全編に満ち溢れて観客はマジックにかかったように劇中に引っ張り込まれる。
 すでに奈良時代からあったといわれる七五調の言葉が江戸歌舞伎に華ひらき、やがて日本の流行歌、歌謡にまで引き継がれる言葉の血脈を感じずにはいられない。
 この初春芝居は道具の面でも力がこもっていた。清水観音堂の華やかさ、二幕雪月花の変化、大詰赤坂山王稲荷から鳥居前、高輪ケ原日の出の場、なかでも千本鳥居の大立ち回りは菊之助の奮闘とあいまって、盆を回したり逆行させたりの殺陣の見事な演出を堪能した。
 青年菊之助の真摯な姿勢が伝わり、御贔屓筋も充分に満足された正月芝居だった。、
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2016年01月12日

卒論は離婚届だった

卒論は離婚届だった

 いま業界で不思議がられているスキャンダルといえば、ベッキーとゲスの極み乙女の川谷の事件だ。
 ベッキーはスキャンダルのない透明タレントといわれてきた。ベッキー自身の身の処し方とスキャンダルに対し業界最強のサン・ミュージック所属ということもあり、ベッキーの噂話はひとつとして週刊誌には登場しなかったのだ。
 2チャンネルの噂では、川谷絵音の妻による嫉妬のすえの売りネタという説もあるが、女性のしわざとしては、文春の選択から写真の内容があまりにも出来過ぎている、といわれる。妻のやきもちで漏れるスキャンダルの限界をこえているというのだ。
 2000年代にはいり、ゴシップは携帯の通話記録からといわれた時代があった。それがスマホになってから、どんなロックもパスワードも破られて情報はダダ漏れということになった。秘密の対話は秘密ではなく、ネット技術者の手にかかれば、たちまちオープンな情報に変換される。写真もまるごと盗まれる。
 探偵会社は、カード記録とETC記録とスマホ解析の三つで、ほぼ完ぺきな浮気調査報告ができるようになった。電信柱の陰に隠れたり、旅行先まで追跡したりという、古典的な探偵ごっこは想い出の昔話になり、、いまではデスクのうえでパソコンにむかえばすべて解決してしまうのだ。
 国家間の秘密情報も、サイバー戦争といわれているごとく国家の中枢に仕掛けたネットのテクニックだけで、帰趨がきまってしまう、というとんでもないことになっている。
 情報化という共通言語が、「卒論」といってきた川谷の妻への離婚届けまで裸にし、さすがのベッキーも急遽記者会見を開いて、謝らざるをえなかった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月10日

ムカシ電通、イマNHK

ムカシ電通 イマNHK

 NHK主催真田丸大商業祭が始まった。
 今朝の新聞はまず大河ドラマ・ストーリー真田丸前編の告知。日の本一のつわもの・真田信繁の愛とサバイバルを描く2016大河ドラマを完全ガイド!とある。
 上田駅も、上田城も、真田町の真田屋敷も、松代城も、すべては六文銭の赤い旗指物に埋め尽くされている。 真田饅頭、真田そば、真田最中、真田となずけられた商品が氾濫している。
 不況の本屋さんはみな真田関連本を店頭に平積み、学研は真田戦記、徳間は真田合戦記、文芸春秋は真田三代、実業の日本は真田三代風雲録、勉誠出版は真田幸村歴史伝説文学辞典、誠文堂新光社は真田幸村逆転の決断術、それにNHK出版が加わっての混戦模様だ。
 旅行業者も多彩な真田プログラムで参加している。
 真田本陣めぐり、真田の出城探検ツアー、真田十勇士の足跡を訪ねて、真田の日本一体験、六文銭のついた真田の大兜があちこちに作られ、記念写真はここでどうぞとばかりに宣伝につとめている。上田城内にあった市民会館は急遽真田丸体験館に衣替え、NHKの主張所に化けている。祝真田丸 八十二銀行といった異色の応援もある。
 松代では信州松代真田大博覧会が開かれ、城跡でのお祭り広場、真田御殿での真田生活体験館、文武学校では真田文化体験館ともれなく真田パークを繰り広げている。
 この先はドラマが盛り上がればよし、不人気となれば信州中央のすべてがずっこけるということだろう。
 商売の繁栄はひとえに、ムカシ電通、イマNHK といったところなのだ。
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2016年01月09日

祇園町申年の始まり

祇園町申年の始まり

 この日、お里帰りから戻ってきた人、連れだって香港への海外旅行から戻った人、或は道頓堀の芝居小屋で櫓くぐりをしてきた人、祇園町の芸子舞妓衆とお茶屋のおかあさん達、それに井上流のお師匠さん方、みんな打ち揃って甲部の歌舞練場に集まる。
 黒の正式のおひきずりが町を行き交うため、カメラおじさんやカメラおばさん、近頃では青い目の外人さんもスマホ片手に、露地から路地を追っかける。
 一月七日は恒例の祇園女紅場学園の始業式だ。この学校には始業式はあっても卒業式はない。
 歌舞練場のロビーは百人余りの芸子、舞妓が集まり、それぞれにお正月の挨拶を交わす。片隅では春4月都おどりの番付にのせるそれぞれの写真の撮影をしている。
 やがて始業式の始まりが告げられると、一同劇場客席に移動する。舞台には祇園町の総務さん以下役員のおかあさんが座り、上手には天照皇大神のお軸を中心に神棚がしつらえてある。
 総務さんのご挨拶の後、一同起立のうちに祇園芸舞妓の誓いを朗読し、新年の思いを新たに。去年の成績が発表される。お花の第一位は、愛嬌たっぷり丸顔の沙月さん、躾けのきびしいつる居さんの芸子さんだ。舞妓さんの第一位は多麻さんのまめ藤さん、毎年つぎつぎと出てくる若い芸子、舞妓の魅力によってこの町の歴史が作られて行く。
 しめは先年、人間国宝となった井上流家元井上八千代さんの倭文で舞い納め、祇園町申年の一年が始まる。
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2016年01月08日

エキストラ・バージン・オリーブオイルの偽装ネットワーク

エキストラ・バージン・オリーブオイルの偽装ネットワーク

2014年と言う年は、空前のオリーブ不作年だったそうだ。
 ところがあくる2015年、市場に出回ったオリーブオイルは、前年となんら変わらず、量も値段も変わらなかった。 何処のスーパーにも、エキストラ・バージン・オリーブ・オイルと立派に刻印されたオリーブオイルが並んだ。
 美容と健康にいいのが、オリーブ・オイルと洗脳されてしまった日本人はまったく疑いもせずに、コノエキストラバージンオリーブオイルを食してきた。
 ところが本場イタリアで、オリーブオイルの不思議が問題となった。
 原料のオリーブの実が不作なのに、市場に全く響かないとはどういうことだと、騒ぎが起きたのだ。
 ところがこのオリーブオイル騒動は、イタリアではルネッサンス期からあったと言われている。食用オリーブオイルに工業用オリーブオイルを混ぜて販売する不届き者がいた。それまで石鹸や、ランプの灯油、クルマの潤滑油にしか使われてこなかったオリーブオイルが、精製加工技術の進歩とともに、人間の口に入るようになった。
 長い歴史のなかでオリーブオイルに、大豆油やヘーゼルナッツ油をまぜる工場施設、通関業者、取引業者それに政府関係者も混じった大規模な偽装ネットワークが出来上がっている、と伝えられている。まさにシシリー島のマフィアのように。現在世界中に出回っているイタリア製エキストラバージン・オリーブオイルの90パーセントが偽装製品だというのだ。
 消費者が見分けるには、価格・やすいものは止める、ボトル・遮光性のあるもの、透明瓶は避ける、生産者・アイマイなものは買わない、これくらいしか消費者の防衛手段はない。
 つまりエキストラバージンオイルと書いてあっても、ただのキャッチ・コピーで、ほかの条件でリテラシーしなければならない。
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2016年01月05日

角川ドワンゴの絶望的戦略

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 学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校 なる新設校がメディアで大宣伝をしている。
 "カドカワは新しい時代にあったネットの学校を創ります。"というのが、キャッチコピーだが、ネットの学校とは、という説明を読むに至り、大いなる疑問が湧いてきた。
 高校でのすべての授業も、レポート提出もネットで行います。ネットなので時間は問いません。
自分のペースで好きな時に授業を受けられます。……とあるが、いまゲーム、スマホ世代のコミュニケーション能力の欠落は、非常に大きな問題になっている。
 知らない人に向って挨拶ができない。議論ができない。会議に参加すると、マイパソコンを開いてパソコン画面を凝視している。発想して発言して議論するという工程が欠落しているのだ。パソコン上のデータだけを追っかけていて、相手の顔を見ながらの発言ができない。
 つまりゲームスマホ世代において正常な人間を育てることは絶望的に難しいとさえいわれている。
 その上、N高等学校では、プログラミング、ファッション、美容なども学べます、とあるが、美容やファッションなどの実用教育は、基本となる人間性教育にはまったく役にたたない。歴史、風土、文学、倫理、道徳などの基本を徹底的に教育することこそが、人間形成にとって重要なことは論をまたない。
 謎のN高校が超オモシロイ!(スタジオジブリ鈴木敏夫)自分の得意なモノは何かを知っている若者が求められる(慶應メディア研究科教授夏野剛)自分なりのスタイルを問われる時代が来る(棋士羽生善治)ついに誕生、教育が変わる。(ビジネスブレイクスルー大学教授原田隆史)
 宣伝に加担している著名人の発言も無責任きわまりない。極言すれば、メディア芸者の戯言だと断言できる。角川がドワンゴに合併したときの、いやな予感がこのN高校設立でますます現実のものになってきた。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

2016年のミニマリスト

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 とにかくモノが多い。
 戦後、モノに追いかけられて暮らしてきた。
 焼跡から立ち上がった我々世代は、当初なにも無かった。鉱石ラジオをつくり、リンゴの歌を聞いた。初めての電蓄で、フルトベングラーの交響曲を聞いたとき、文化とはこういうものだ、とさとった。
 やがて冷蔵庫が当たり前となり、電気洗濯機が登場した。洗濯板のかわりに電気か洗ってくれた。テレビから力道山が登場し、時報とともに精工舎の時計が自己主張した。
 西武の御曹司が、「消費は文化である」と声高に叫び、今シーズンのファッションはこうだとばかり、やたらパットの入ったダブダブのスーツをきせられたり、お尻丸出しのミニスカートが流行した。
 車もトラック・ダットサンからスバル360となり、パブリカが国策自動車となり、やがてケンとメリーのスカイラインからフェアレディ、ポルシェ、ベンツとかさ上げされてきた。
 ボロアパートは団地アパートへ、やがてマンションから戸建てのお洒落な空間へと変わった。
 女性たちは例外なく売りたいほど洋服を抱え、押し入れからはヴィトンのバックが転げ落ちる今となって、ようやく「清貧の思想」、断捨離のミニマリストが登場してきた。
 ものをもたないことの素晴らしさがわかってきたのだ。
 筆者も暮にものを整理する二日間を設定した。事務所のスタッフが奉仕してくれて、古くなった書類やら、役目をおえた書籍の類いを整理した。大きなごみ袋をいくつもいくつも捨てた。
 ようやくデスク周りの風通しがよくなり、一年ぶりに机に向かってキーボードをたたいている。生活のミニマリストは大賛成だが、なんでもコスパを主張する若者には希望が持てない。
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2016年01月02日

初詣の真田丸

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 軽井沢にいると、初詣のいろいろに出会う。
 まず第一は碓氷峠の熊野皇大神宮、熊野神社ともいう。上州側と信州側で呼び名の異なる神社が碓氷峠のてっぺんに鎮座まします。神社の中央が上州と信州の国境になっている。神官は両国から登場し國境で出会った後に神前に進む。神楽殿も向かい合って二つある。賽銭箱もそれぞれにあるので、自国の箱に投入しなければ意味をなさない。
 第二には日本の中央、生島足島神社。日本の国土の中央に祀られた産土の神、ご本殿の中央の大地がご神体になっている。明治天皇はここにお参りをし、都を東京に移すことのご報告をしたのち、京都から東京に都を移した。日本の国土の守り神である。別所平の入り口にある。
 第三はなんといっても、信州善光寺。日本最古の秘仏をまもり、女人救済の寺として長い歴史を刻んできた。どの宗派にも属さず天台系の大勧進と、浄土系の大本願がそれぞれに仏に奉仕してきた。長野が仏都と称する所以である。
 第四に峠を下りた処にある貫前神社。東照宮より上位の関東一之宮である。
 第五には佐久にある鼻顔稲荷、京都の清水寺に似た懸崖造りの崖上にあるお稲荷様、農耕と商売に効く。

 毎年正月に現れる友人がいる。お屠蘇を交わしたのち、連れだって初詣に出掛けるのだが、今年はNHKに敬意を表し、真田丸の本陣に初詣ということになった。本当は真田町のお屋敷庭園にある真田神社がいいのだが、時間切れになったので、上田城址にある真田神社へむかった。
 赤旗に六文銭のたなびく上田の町を通り抜けて城址についた。真田石の巨大に驚き、真田井戸の不思議を見て、堀のかたちや櫓組を実感した友人は、この城には闘志がみなぎっている、よーし今年は戦うぞーと年頭の志を新たにし、真田十勇士のポスターを手に新幹線で帰って行った。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする