2016年02月29日

ベッキーの不倫はそんなに悪くない?

ベッキーの不倫はそんなに悪くない?

 ベッキー不倫騒動がまだ続いている。
 週刊誌から出火して、スポーツ紙が類焼し、テレビ、2チャンネルと広がったが、この頃では月刊誌に主戦場が移っている。
 ベッキーはすべてのメディアから手をひき、あっさりと職場放棄してしまった。
 「湧き出す愛情が抑えられぬ恋に未熟な二人」ルポライター亀山早苗は、ベッキーもようやく素敵な恋ができるようになってよかった。これが私の率直な感想です。といい、アメリカンなトロフィーワイフのポジション、つまり地位が上がれば、それに相応しい妻をめとっていくという概念にあてて、川谷側のリアクションすら容認している。
 「それでも彼女は「あの顔」で許される。」というのは心理学者の内藤誼人氏、非難されるべき人への処罰感情は、その人の見た目に左右されます。心理学的には、ふくらんだ頬、大きな眼、高い位置の眉など、幼児の顔の特性をもっているひとは、有利なんです。ベッキーはまさに許される顔をもっています。
 今のアラサー世代が生まれた1980年代といえば、まさしく不倫が流行りだした頃、不倫がテーマのテレビドラマが人気を呼び、愛人バンクというビジネスが話題を集めました。
 さらに90年代には、「不機嫌な果実」やら「失楽園」などで、身近に不倫がいっぱいあって不倫というライフスタイルが市民権を得た頃でもありました。一途さが目立つベツキーの恋には、遅咲きの純愛をかんじますというのは、ライターの北条かやさん。
 そんなに評判の悪くないベッキーの不倫騒動でした。


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2016年02月25日

NHKと言う名の印籠

NHKと言う名の印籠

 信州人にとって、眞田丸は大切な番組である。
 武田信玄、上杉謙信川中島の合戦跡、黒城の松本城など戦国時代の証しはいくつかあるが、眞田への信仰心にはとうていとどかない。上田、松代、眞田と眞田の祭りが三つもあることからも、信州人の田舎大名眞田一族への傾斜がわかる。
 それは俳優達のNHKへの絶対信仰にも似ている。眞田丸を見てまず配役の豪華さに驚く。
 堺雅人、大泉洋、草刈正雄、内野聖陽、近藤正臣、藤岡弘、高島政伸、小日向文世、桂文枝、片岡愛之助、 長澤まさみ、黒木華、木村佳乃、吉田羊、草笛光子、斉藤由貴、鈴木京香、竹内結子などなど、民放なら何 本分かの俳優がでているのだ。 あのジャニーズすらもNHKの配役には素直に従う。
 NHKからの出演依頼は、黄門様の印籠なのだ。
 どんなにスケジュールがタイトでも最優先で役者はでてくる。そうまでしてなんとか出たい仕事がNHKという看板なのだ。たとえギュラが半額でもNHKそれも大河ドラマに出ているとなれば、それだけで田舎の勲章になる。 いかなる珍優迷優でも功なり名を遂げた名優に化けるのが、NHKという印籠なのだ。
 このことは役者ばかりではない。
 田舎ではNHK出身の女子アナさえ尊敬されている。軽井沢の図書館長もNHK女子アナあがりだし、かってNHKラジオの料理番組を司会していたという理由で高級レストランを開いた元女子アナもいる。女子会のボスもかって大臣になったことのあるNHKあがりだったりするのが、田舎に於けるNHKのお値打ちなのだ。
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2016年02月23日

自虐史観から自虐コマーシャルへ

自虐史観から自虐コマーシャルへ 自虐史観から自虐コマーシャルへ

 「飽きた? 面倒くさい…? あの子と別れてなんて言ってないじゃん。
                      ……  私ともメールしてよ。」
 文枝の20年浮気噺の前に、NTTドコモのコマーシャルは、あえなく消えてしまった。
 流行の自虐ネタ・コマーシャルは女性の理解を得るのはなかなか難しい。にもかかわらず広告効果はリアルネタの40倍といわれ、日本全国に自虐ネタのパブリシティが、じわりと広がっている。
 「47位の県 上等でございます」「茨城がなくなったら レンコン・ショックは避けられない。」
 県民に対してイバラキの観光地をリサーチしたところ、第一位は「わからない、不明」だったそうだ。
 鹿島神宮、水戸納豆、あんこう鍋、そう聞いただけでも充分魅力的だが、東日本随一のあの豪壮な袋田の滝、霞ヶ浦日本一の帆引き船、そしてひたち海浜公園のネモフィラの最盛期、と茨城県は魅力にとんだ素晴らしい県である。
 「鳥取は島根の右側です。」「妖怪が多いのが鳥取です。神様が多いのが島根です」
 島根と鳥取の見分け方には悲しさがにじんでいる。
 「島根は日本の領土です」にいたっては、事実上韓国に占領されている竹島の叫びが、そのまま乗り移っているスーパーな自虐ポスターだ。
 「修学旅行先になってみたい」という切実な願いは、コンビニの無い村の子供たちの叫び、「トヨタと味噌と知多娘」の愛知県は贅沢のそしりを免れない。
 朝日新聞の自虐史観は永らくこの国の世論を引っ張ったが、慰安婦問題をきっかけにようやく権威を失い、「凄ーいですね視察団」などのニホン見直し活動により、すこし右寄りに矯正されつつある。
 「イタリア人も認めなかったパスタ 6月29日、気にせず、新発売!
 「なめんなよ、イバラキ県」なのだ。
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2016年02月21日

東横インの女支配人たち

東横インの女支配人たち

 4万8831室100パーセントの稼働率を達成して、ギネスの認定を受けた、という報道に驚いたが、もっと驚いたのは「東横イン」というホテルチェーンが日本最大であり、日本、韓国はもとよりドイツのフランクフルト、フィリッピンのセブ、モンゴルのウランバートル、フランスのマルセーユなどにも近々オープン予定だということ。
 そもそも東横という表現は江戸っ子にとっては、渋谷を起点にした私鉄の名前であり、そこに隣接してたっていた百貨店が東横デパートであった。東横デパートの屋上には観覧車や飛行機、それにお稲荷さんもあった良き時代のワンダーランドだったのだ。その渋谷がまつたく様相をかえて21世紀の未来都市に衣替えしようとしている今、東横インという名のビジネスホテルが日本一と聞くのは、なんともびっくりポンなのだ。

 長野のある集りで、東横イン長野善光寺口支配人寺沢啓子さんの卓話をきいた。
 まず全国東横インの支配人は全員女性と聞かされエェッ!と驚いた。170人いる支配人がすべて女性だという。社長もアラサー女性の黒田麻衣子さん。
 宴会パーティなどは一切受けない、宿泊に特化したシンプルなホテルだからこそ、女性の特性が生かされると納得した。
 ホームページで、170人いる支配人のご挨拶を覗いてみると、パターンが決まっている。大きな声のご挨拶と笑顔の接客、きれいな部屋をお約束します、とパターンが決まっている。料金は変動型だが、充分にリーゾナブル、その上この種のビジネスホテルを利用する出張族の急所を押えている。
 ビジネスパック100、200、300、というくくりの値段設定があり、それぞれに1.000円 2.000円3.000円ののVISAギフト券がついている。つまり出張費のなかでお土産代を捻出できる仕掛けになっているのだ。そのうえ朝食は無料、そのあたりに女性支配人の趣味が生きていると見た。副食に切干大根やらひじきなどがついている。
 支配人たちの集合写真をみると、ショートカツトの知的タイプあり、メガネボブのオネェサンあり、気持ちのわるい細い眉毛のお局さん風、お風呂と間違えたロンゲのおばさんありで、女性を束ねる女社長の大変さも充分に伝わり、女性の時代の女たちの困難を感じた。
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2016年02月20日

こけしやがサブカルの聖地だった頃

こけしやがサブカルの聖地だった頃

 ヴァレンタインに、こけしやのオランジェットに触れた処、初お目見えの女子プロデューサーが、こけしやの焼き菓子を抱えて現れた。
 昭和20年代のこけしやには、チョコだの、マドレーヌだのといった小洒落れたものはなかった。看板には「珈琲と洋菓子 こけしや」とあり、鈴木信太郎画伯のオランダ娘のイラストが印象的な駅前喫茶だった。
 新宿郊外の中央沿線方面には三流作家が移り、世田谷方面には左翼作家が移り、大森方面には流行作家が移って行く。それが常識だと言う者がいる。と井伏鱒二の荻窪風土記にあるが、 戦後、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪、吉祥寺というのは、カウンターカルチャーの発信地でもあった。
 まだ住宅事情も悪く、貧乏文士や貧乏文化人はそれぞれ贔屓の喫茶店をもって、ひまをつぶし、コーヒーを語り、仲間と議論したり、出版社との待ち合わせに使ったりしていた。
 なかでもこけしやは、沿線文化人の拠点になっていた。電車の中から見え、駅30秒という立地の良さもあった。一階は普通のホール喫茶だったこけしやには、二階に座敷がふたつあった。オーナーの大石総一郎さんという早稲田マンが太っ腹で、チャタレー夫人の恋人で当たった伊藤整と語る会、山本安英夕鶴の会、大宅壮一の第二次世界大戦、など沿線文化人の集まりから、学生のレコード鑑賞会、或は囲碁、将棋の会までなんでも気楽に使わせてくれた。
 阿佐ヶ谷シナ料理のピノチオ、吉祥寺居酒屋闇太郎、そして西荻窪のこけしや、この三大スポットこそ中央沿線文化人のこよなく愛した空間だった。
 西荻には古本屋も多く、北口駅前には月賦の看板を掲げた丸井があったし、道具や、時代や、アンティークショップも多く、武蔵野美術、東京女子大、立教女学院、成蹊学園も近く、学生の青春は丹羽文雄、太宰治、三好達治、横光利一、与謝野晶子、林芙美子、井伏鱒二、上林暁、北原白秋、大宅壮一など時代に発言する沿線文士のアイコンの渦のなかで過ごした。
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2016年02月18日

大統領候補トランプ氏の実態とアメリカ人

大統領候補トランプ氏の実態とアメリカ人

 五番街をあるいていると、いやおうなく眼に飛び込んでくるビルがある。金色に輝く商業ビルだが、したはショッピング街、上は超高級アパートになっている。ニューヨークのパパラッチ達にとって、超一流の特ダネスポットでもある。
 アメリカ人の価値観というのはこうしたものという拝金主義の権化のようなビル、それがトランプタワー、いま話題の大統領候補大富豪トランプ所有のアパートである。
 かって故ケネディ夫人がギリシャの金持ちに通う姿を撮られたり、ハリウッド・スターの浮気現場を撮られたのも、トランプタワーの玄関が圧倒的に多い。
 不動産王として認識されているトランプ氏だが、脱税やらなにやらでいつも胡散臭い噂が絶えない。
 さすがのラスベガス・カジノ組合すら、トランプ氏だけには門戸をひらかなかった。犯罪のすべてが揃っているといわれるラスベガスの親分衆すら、あのトランプ氏をいれたら何をやるか判らないと、ベガスのカジノからトランプを締め出した。
 ブールバールに燦然と輝く金色のトランプのホテルに、カジノを造れなかった。ベガスの高級ホテルで、カジノがないのはホテル・トランプだけなのだ。
 このことをもってしてもトランプの評判が如何なるものかお判りになるだろう。

 「メキシコ人は強姦魔だ」「イスラム教徒の入国は停止しろ」「シリア難民の受入れ拒否」「日本を守る義理はない」「中国なんて二分あれば潰せる」あらゆる問題にたいしてアメリカ第一、移民でできているアメリカのアイデンティテイを忘れた乱暴な極右主義者、それがトランプ氏なのだ。
 そのうえ、資産一兆円と豪語し、プライベートジェットで全米を駆け巡り、所有するホテルを舞台に日夜シャンパン・パーティを開くというとんでもない大統領候補トランプ氏だが、こんな候補を支持し大統領になってほしいと願うアメリカ人が、半数近くいる、というのがアメリカの実態なのだ。
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2016年02月17日

小沢征爾がグラミー賞を獲ったのではない

小沢征爾がグラミー賞を獲ったのではない

  オペラの録音はとても難しい。
 ボックスに入っているオーケストラは定位置での演奏なので、譜面さえ読んでいればそこそこに録音できる。が出演者については動きがあるし、とくに舞台全面を使った動きのあるオペラの場合、各パートを的確に録音しようとすると、ひとえに録音技術の優劣がでる。
 これはミュージカルの場合も同じで、キャンディードなどは舞台と客席に100本のマイクを仕込んで、公演によりそっていたし、CD制作にあたっては舞台演出とは異なるステージングで録音をしていた。それ故にアカデミー賞でもグラミー賞でも録音賞という部門が設定されている。

 ここ二、三日テレビのワイドショウや新聞を賑わしている見出しに「小沢征爾グラミー賞獲得」とある。記事を読んでみると、グラミー賞録音部門で受賞とかいてある。小沢征爾はいつからミキサーになったのか。
 録音賞は録音技術の優れたスタッフに贈られるもので、指揮者はいささかの貢献はあるものの受賞者ではない。
 この国の情報のいい加減さには驚く。それでもどこかにこのCDの録音スタッフの情報がないかとさがしたが、どこにも見当たらない。三ページも費やして快挙、快挙と書きたてている地元紙も、松本の想い世界にとどく、とか町の声も小沢さんは素晴らしいとある。更に呆れるのは、インタビューを受けた小沢の発言のどこにも録音スタッフへのお礼、感謝の言葉がない。2013年松本芸術館に於けるライブ録音なので、ユニバーサルの録音技術者ないしは下請けの録音スタッフの仕事に違いないのだが、どこの記事にも見当たらないのだ。
 すべてを小沢征爾と書いて、素人は誤魔化せるが、世界的な技術をもつ日本のレコーデングミクサーを殺すことになる。
 グラミー賞は、ラベル作曲小沢征爾指揮のオペラ「子供と魔法」の録音スタッフに対して与えられたのだ。
 この国は情けない情報後進国だと改めて感じた。


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2016年02月16日

人工頭脳の地平線

人工頭脳の地平線

 人工頭脳がこれほど話題になった時代はない。
 テレビにはマツコのアンドロイドが登場し、日曜ドライブには手放しの自家用車で風景を楽しむCMが流されている。カンヌのジャパンデーでは、ロボットが受付をして映画人たちの顰蹙をかった。
 戦後60年代には、人工頭脳は論理の世界の話だった。それが80年代には知識の領域に人工頭脳が進出してきた。

 筆者が安倍公房とアンドロイドのドラマを創ったのもその頃。人間そっくりのアンドロイドが自由に作れる時代になり、新宿の伊勢丹でも注文をうけるようになった。
 寝太郎は早速に伊勢丹のオーダーに駆け付け、自分と寸分変わらないアンドロイドを注文した。たびたびの仮縫いをへてようやく半年後にアンドロイドが完成した。
 寝太郎は早速にアンドロイドをつれかえり、祝杯をあげた。
 さあこれで朝早くから会社にでて、つらい日々を送らなくて済む。労働はすべてアンドロイドに任せ、寝太郎は昼寝三昧、大好きな美空ひばりの歌をききながら、ごろごろの毎日、アンドロイドは忠実に出勤の日々をこなしていた。
 そうした安楽の日々が一か月もつづいたある日、寝太郎は退屈にたえられずアンドロイドに休日を与え、みずから会社に出勤した。
 ところがこの一か月の間に、秘書課の美女たちの態度が一変している。
 仲良しだったカナちゃんもユキちゃんも何故かよそよそしい。彼女たちの心をアンドロイドに奪われてしまった。アンドロイドの人工頭脳には、愛を独占したい機能がしっかりとつけられていたのだ。
 絶望した寝太郎は、涙とともに熱海海岸の絶壁にたたずむのだった。

 さてみずから運転しなくともどこかに連れてってくれるCMはおそろしい。
 学習と統計処理に身をまかせた人口頭脳が人間を支配する世界は果たしてユートピアだろうか。
 集積された技術がどんなに優秀でも、人間には神から与えられた知能と倫理があるのではなかろうか。

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2016年02月15日

チョコレートが攻めてきた

チョコレートが攻めてきた

 チョコレート屋の陰謀と判っていても、まあいいか軽い気持ちで楽しんでしまう。
 六本木で仕事をしていたころは、モデルから女優そして踊り子まで、仕事がらみと本音がらみが入り乱れて、かなりの量のチョコレートのシアワセがあった。
 思わぬ相手からの高級舶来チョコには、そうか逃したのは下心だつた、という発見もあった。
 軽井沢に移ってからは下心組は消滅し、友情と老人へのいたわりがチョコに化けて贈られてくる。
 東京からはピエール・マルコリーニやらデメル、エリカにアルマーニといったブランドものが圧倒的に多い。どこもカカオの味や比率にこだわってつくられている。
 京都からは十六五のピンクのハート型最中、長生殿のチョコ干菓子、加茂葵のヴァレンタイン豆板、加加阿の縁結日…四種のボンボン・ショコラがそれぞれの味を主張している。オレンジの香りとホワイトチョコとレモンのガナッシュによる「きゅんきゅん」、ペパーミントと紅茶風味のガナッシュ「きらきら」、チェリーとほんのりバニラの「縁結日」、苺とローズ風味のジャンドウジャ「ふわふわ」 と造り手の工夫が満載され、さらに紅白のハート型千枚漬と、お菓子の都京都にはありとあらゆるバレンタイン菓子の工夫があって、東京の舶来ものにはない楽しさと、菓子やの意地がみてとれる。
 チョコのすべてを食べ尽くした後にほっこりとしたのは、ゼブラのチョコ・ポップコーン、ガラス器にもってデスクの横に置いておくと際限なく手が伸びる。適当に散らされたチョコの軽さとポップコーンの風味が食感を創りだして、糖尿の危機を救ってくれる。
 懐かしの西荻窪こけしやのチョコ・オレンジには、思わず涙した。

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2016年02月14日

育休議員の本音と思惑

中川郁子.jpg 後藤田.jpg 額賀.jpg 上西.jpg モナ.jpg 宮崎.jpg

 女房の國会議員が妊娠したので、國会議員の私も育休をとります。と宣言してお笑い草になつていた宮崎謙介議員、よりにもよってその女房の出産二日目の不倫がばれて、自民党離党から議員辞職に追い込まれた。
 このところ政治家の不品行が次々と週刊誌上を賑わしている。
 中川郁子議員の路チュー事件、武藤貴也議員未公開株購入詐欺事件、田中美絵子官僚不義事件、甘利大臣現金授受事件、額賀防衛庁長官8月15日愛人不倫事件、後藤田議員銀座ホテル事件等々、いまや芸能スキャンダルを抜いて、政界スキャンダルは情報ゴシップの王座についている。
 とくに最近では2012年初当選組に注意しろという噂が飛んでいる。
 かつては小泉チルドレン、小沢チルドレンといった政治初体験の陣笠が話題になったが、2012年という時代から登場してきた若者に共通する軽さ、軽薄さこそ注意しなければならない最大のポイントだといわれる。
 政治家個人の資質劣化を論じるよりも、いま考えなければならないのは、より良い政治家を育てる社会的構造も失われているのではないか、ということだ。
 多くの大学からは政治経済学部が消え、政治学科がなくなってしまった。
 員数稼ぎの目的で、芸能人を立候補させるというのが当たり前となり、女子アナなど重宝な供給源となった。
 また一方で立候補者公募制度というのが、大手を振ってまかり通るようにになった。
 民主主義とばかり普通のひとが参加できる政治こそが大事という劇場型政治思潮に毒され、耳障りのいい大衆参加の政治が、なんとも情けない三流政治家を輩出する原因になっている。
 2012年組当たりになると、政治の基礎知識はなく、勉強もせず、女房の出産とタレントとの不倫、国家の政治、がまつたく同じ重さしかないという恐るべきことが起こっているのだ。
 宮崎謙介議員は、人間としての欲が優った、とお詫び会見をしていたが、それって下半身コントロール不能というオバカの典型ではないか。
 いまこそこの国は欲望第一主義から脱却しなければならない。
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2016年02月13日

吾輩は猫である。

吾輩は猫である。

 吾輩は猫である。 名前はまだない。
 どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていたことだけは記憶している。吾輩はここで初めて人間というものを見た。しかもあとで聞くとそれはアラフォーという人間のなかで一番美しい種類だったそうだ。
 アラフォーはいつまでも若くありたいために、体操したり、踊ったり、エステに通ったり、爪を磨いたり、化粧品に大枚を費やし、グルメ狂いに走ったり、マーケットの主役になっているという。
 このアラフォーの掌にのせられ、少し落ち着いて見たのが、いわゆる人間というものの見始めであった。肌艶はよく吾輩にみせた笑顔は優しさにみちていた。さぞやいっぱいの愛情をくれるに違いないと、期待してアラフォーについていった。
 驚いたことに、その家には10数匹の猫がいた。
 愛情を独占できると期待した吾輩が馬鹿だつた。アラフォーのMAKIさんの家にはずばりボーイズ・ラブなグレイッシュな猫、マッチョな黒猫、コケツトなアラサー猫、自己偏愛の白猫、ミャーミャーとうるさい三毛猫まで、多種多様な猫が集まって、まさに猫プロダクションのていをなしていた。
 吾輩のテンションはいっきに下がったが、瀬戸内の青島のように人間15人に猫100匹という環境よりマシかとあきらめた。
 それに近頃では、Yモバイル、YKKap、じゃらんなど、コマーシャルの主役に猫が採用されることも多く、TV東京の週刊ニュース新書には毎回アイドル猫のニャーニャが出演し人気者になっている、和歌山では猫の駅長がいて写真集までだしている、人気ゲームの「ねこあつめ」は1300万件もダウンロードされている。
 いま時代は、犬よさようなら 猫よこんにちは、ネコノミクスで難局を乗りきらねばならない。


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2016年02月11日

アイドルに恋愛の自由はない

アイドルに恋愛の自由はない

 アイドルの恋愛は自由か、それとも不自由か。
 同じ東京地裁の裁判官が、全く方向の違う判決を出したため、アイドルたちの心が千々に乱れている。
 アイドルを志したとき、事務所側から提示される条件の一つに「恋愛禁止」がある。アイドルに成りたい一心から、少女は素直に従う。ところがその後の環境の変化や、ファンの誘惑に勝つことが出来ず、ホテルへ同行してしまった。一人ならまだしも二人も同時に淫行に走った。
 かくして「青山☆聖ハチャメチャハイスクール」は解散に追い込まれる。
 6人のうち、2人が私的交際に溺れたのでは、まずアイドルは無理と事務所は判断し解散を決めた。
 事務所は損害賠償を求める裁判を起こし、裁判所も少女側に65万円の支払いを命じたのだ。「アイドルである以上、ファン獲得には交際禁止の規約は必要で、交際が発覚すればイメージが悪化する。」というのが、判決の理由。
 一方、同じような案件で全く違う判決がでた。
 「異性との交際は幸福を追求する自由のひとつで、アイドルの特殊性を考慮しても禁止は行き過ぎである」として請求を棄却した。
 がそうした奔放派にたいして、身を正して仕事に集中する正統派もいる。
 どこの社会にいっても、仕事や所属する会社が不利益になるような行為は許されない。契約を破るのには、責任をかぶる覚悟がなければならない。恋愛だから自由だというのは、サカリのついた動物の理屈だともいえよう。ましてやアイドル達も自分ひとりではなにも出来ず、事務所の先行投資あってこそのアイドル稼業と認識しなければなるまい。
 ましてや10代の未成熟な女の子の行動には、火遊びと恋愛の区別も難しく、さすがの優秀な裁判官も股裂き状態になってしまつた。
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2016年02月07日

ハツウマの信仰

鼻顔稲荷.jpg

 今でも花街では、土産に「助六寿司でも…」といわれることがある。歌舞伎助六縁之江戸桜に因んで、助六の愛人揚巻を洒落のめした稲荷と巻寿しの組合せだ。
 稲荷はキツネの好物であるところから、初午の日に全国でたべられてきた寿司のロングセラーだ。
 奈良時代京都の伏見に始まったと伝えられる初午の日の信仰だが、稲作に頼って暮らしていた当時、豊作祈願の稲荷社は有難い神様であったに違いない。
 2月はじめの午の日、ハツウマと慣れ親しんで色々な行事をしてきた。
 隣の御代田では等身大の藁馬に巨大な一物をつけて、子供たちが道祖神の境まで引いた。豊作祈願と子宝祈願が重なっていた。
 お社では南の佐久岩村田に鼻顔稲荷社がある。
 湯川の流れにそった岸壁にへばりつくように建っている。京都清水寺の懸崖造りに似た稲荷大伸なのだ。遠くから望むと6段7段と赤い柱が組み上げられ、岩を伝って赤い鳥居が列をなし、なかなか風情のあるお稲荷さんである。
 去年の4月には風で屋根が飛び、神官が祝詞をあげている畳が宙に浮くという大事件があった。以来改修工事を進め、朱塗りの見事な社殿がこのほど復活した。400年ほど前に、京都の伏見稲荷大社から勧請した素性正しいお稲荷さんなのだ。
 この日岩村田から一キロ以上の露天が連ね、東信最大のまつりとなる。
 目の前の湯川の河原には10メートル四方にも及ぶお札やダルマがうず高く集められ、寒風のなかでのお焚上げ放焼祭となる。
 回廊を見上げると、かって書芸、武芸を奉納した庶民信仰の記録が残り、暮らしのなかのお稲荷さんの位置が読み取れる。
 今夜はつるやの稲荷ずしでも食べ、せめてもの供養にしよう。
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2016年02月06日

ウソ八百のメディア社会

オール沖縄 (640x213).jpg

 日本語には昔から色々な言葉遊びがある。
 日本テレビ最強の「笑点」を支える謎かけなど、言葉遊びの代表的なものだ。なぞにも二段の謎、三段の謎、そして考え物、恋の謎ことばにはヤマトコトバなどがある。
 言葉遊びのひとつに「無理問答」というのがある。考えてみれば無茶苦茶な問答なのだが、その場しのぎの問答にはなつている。
 例えば、問/青山に赤坂とは如何に、 答/目白に目黒というが如し。
 問/やかましい嬶を山の神とはいかに 答/飯炊きの女子衆を菩薩というが如し
 問/一人でも後(五)妻とは如何に 答/一人にて産(三)婆というが如し   等々

 こうした言葉遊びになぞらえたか、近頃、言葉のすり替え、意味のすり替えがやたら多いような気がする。
 宜野湾市市長選で、翁長沖縄県知事が対抗馬に対してぶつけたオール沖縄という言い方だ。オール沖縄が相手では、当選した志村市長は勝てる筈もないのだが、見事オール沖縄を破って当選した。
 政治にこうした宣伝コピーが登場するのは不愉快だが、政治に代理店が関与するようになって、誠実より宣伝効果とばかり、ウソ八百の無理問答が通用するようになった。
 安保関連法案を戦争法案といいかえて、不安を煽る左翼政党と左翼文化人もしかりだ。
 明日にも戦争が起きるような論陣をはり、無知な国民を誘導する。この国の国防にはまったく責任をもたず、ただひちすらに反対をとなえる自称文化人たちには、迷惑する。
 論戦と無理問答は根本的に異なるのだ。
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2016年02月04日

民主党は嫌いだけど、民主主義は守りたい?

民主党は嫌いだけど、民主主義は守りたい?

 いまや鳩山由紀夫と言う人は、国をうる第一人者と目されている。韓国で土下座してみたり、沖縄は中国領といってみたり、狂ったとしか思えない言動がつづいている。
 菅直人というひとも、福島原発事故のおり、わざわざSOSを発信して国中を混乱に導いた総理大臣としては、最悪の政治家だった。
 民主党と言う政党は、二人のオバカによってまったく国民から見放されてしまった。
 折も折、今年の参議院選挙にあたって、決定的なオバカ事件が発生した。

 「 民主党は嫌いだけど、民主主義はまもりたい。  民主党 」
 白地に文字だけの、自虐的なポスターを意気揚揚と創ったのだ。このコピーから匂ってくるのは、こざかしいプロのコピーライターの仕業なのだが、おそらく民主党の広報委員会は、どこかの広告代理店にまんまと乗せられたとしか思えない。
 「今夏の参議院選には18歳の若者が選挙権をもって登場するが、彼らは民主党時代の失政を肌感覚では知りません。にもかかわらず、わざわざ民主党ってそんなにひどかったんだと、考える手段を提供しているようなもの。こんなコピーをわざわざ創るなんて考えられません。」と消息通はいっている。
 民主党は独り相撲でどんどん深間にはまって滅んでいくようなもの。
 いい加減に代理店を頼らず、自分自身のアタマで考え、率直なコピーを作らなければ滅亡のブラックホールに堕ちこんでゆくのではないか。
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2016年02月03日

ほめて生かすか、ほめて殺すか

ほめて生かすか、ほめて殺すか

 褒めて伸ばす。褒めて育てる。褒めて使う。褒めるという行為がこんなに世の中に跋扈するとは思わなかった。
 私いままで怒られた経験はありません、成人女子が当たり前のように発言する状況に、何度戸惑ったことか。
 ビンタをするから歯を喰いしばれ、と言われた戦時下の教育はともかく、劇団の大根役者でも、SKDの生徒でも、ときに怒ること爆弾を落とすことで、きっちりと舞台がまとまった経験は数しれない。スポーツにしてもある程度の緊張感を持たせる為、闘争心をかきたてて勝利に導くためには、時に怒ることも必要な演出テクニックである。
 褒めて育てるという状況には、どうしても甘やかすという側面がある。今日ただいまの様にゆるい社会ではそれも結構だが、世界に存在するカーストの荒波を生きて行く為、厳しく躾けるという生活指導も必要ではないだろうか。

 「日本ほめる達人協会」があるということを最近知った。
 ほめるスピリットを共有しよう、というスローガンの元に、ほめ達アカデミーを運営し、若者たちがよろこんで通っているときいては、内心忸怩たるものがある。
 ほめ達の魔法、ほめ達の仕組み、ホメトークなどいろいろのほめ方を習って、社会の荒波はホメテ乗り越えようという、なんともお気楽な新型能力開発セミナーである。
 ほめ達アカデミーLIVE、ほめ達WEB授業、ほめ達寺子屋といろいろの段階があり、年にいちどはほめ達学園祭もあるらしい。
 ほめる前になにかやることがあるように思うが、とりあえずほめ達アカデミーに月謝を払って、上から目線のほめ達になるのもよかろう。ほめて人生が送れるならこんなに楽なことはない。ほめ殺しなどという高級なテクニックは教えてくれないかもしれない。
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2016年02月02日

幸運の赤いパンツ

幸運の赤いパンツ 幸運の赤いパンツ

 幸せの赤いパンツが、ブームを呼んでいる。
 赤いパンツの専門店、巣鴨地蔵通りに四つの店を構える「マルジ」は大変なことになっていて、ご希望の品
生産が間に合わず品切れ続出でお詫びの日々と報じられている。
 昔から申年には、申とかいた赤い下着を贈ると、その人は一生下の生活にはならないで済むという験カツギがあったそうだが、病が去る、災いが去る、といった言葉あそびとからんで猿年の赤いパンツの時代を迎えた。
 少し前までは、赤いパンツはお爺ちゃんお婆ちゃんのものと決まっていて、若者からは敬遠されていたのだが、不況時のパワー・衣料として人気に火がつき、赤いパンツは人類を救うとばかり、作っても作っても間に合わない。
 藤原紀香はいつでもセクシーなレースのついた赤いショーツをはいている。千原ジュニアの人気は赤いボクサーパンツのお蔭。ハリセンボン近藤春菜の勝負パンツはずりあがらない鹿の子編み赤のコットン・ショーツ等々、どうでもいい芸能ニュースも加わって赤いパンツの流行を創りだした。
 大学の先生も悪乗りし、赤い色は丹田を刺激し、女性に多い冷え性に効く、などとテレビにでて解説するに及び、吉永小百合の戸隠奥社のパワースポットをかるく抜きさった。
 イタリアでは大晦日にプレゼントされた赤い下着で新春を迎えるという習慣があるといわれるし、モスクワの赤い広場は最も美しい広場の意味から、老いも若きも幸運の赤いパンツになびいているのだ。
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2016年02月01日

看護師さんの立居振舞

看護師さんの立居振舞

 左に東京タワー、右にアメリカ大使館を望む病室で幾日かを過ごした。
 ひさしぶりの入院だった。眼科である。
 年齢から見ても、とうにやらなければならなかった手術だが、不便を感じることもなく日常過ごしてきたので、つい今日になってしまった。
 担当の先生はもとより、随分多くの看護師さんに世話になった。
 度々発生する検査、検査、居並ぶ検査機器の多さにたじろぎながらも、優しい語感の看護師さんに助けられた。懇切に病棟の説明をしてくれる看護師、体温、血圧を測りにきた看護師、点眼薬の何種類かをさしに来てくれた看護師、手術室でのお世話をしますと丁寧なご挨拶で現れた看護師さん、食事の時間になると現れる看護師、そして懐中電灯を片手に夜の見回りにそっと現れる看護師……かぞえきれないほどの看護師さんの世話になった。
 すべての看護師さんが、個性を殺して患者の状況に寄り添ってくれる。すっと現れ、役割を果たすと、音もなく消えていく。
 日本舞踊の舞台で立役の後ろにひかえ、持ち道具のチェンジや、衣装の直しを手伝う「後見」の役どころにイメージが重なった。後見は立役よりめだってはいけない。踊りの流れやタイミングを見計らってさっと行動する。優れた後見は立役より芸のたつひとの場合が多い。黒無地の衣裳に身を包んだ後見の身捌きが見事で、おもわず立役の上手が輝いて見えることすらある。
 必要以上の個性を出さずに、医師や患者の状況に寄り添う技術にも、クラスがあるということを身に沁みて感じた二泊三日の病院生活だった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする