2016年04月27日

肉食系が華ひらく女性活躍社会

肉食系が華ひらく女性活躍社会

 女性活躍時代の始まりはそこまで来ている。
 吉田羊六泊六食のの肉食ぶりが華やかに報じられたが、女性たちからは理解と応援の声は上がるものの否定的な意見は上がらなかった。
 熟女たちの密かな願望を代演してくれた吉田羊にひそかな拍手を贈っていたのかもしれない。
 高岡早記の奔放さも、女性の反感をあまり買わなかった。彼女のもっている演技の幅の広さと欲望の程度が許される認識内でのことだったのだろう。
 半分の年齢の劇団員男性をいつもそばに侍らしていた渡辺えりについても想定内、奉仕する男性こそだらしないとの反応だった。
 美人プロゴルファーだった古閑美保の男への執念も、多くの女性に内在するエネルギーの表れと受け止めて、痛快だったという声をきいたことがある。
 叶姉妹の虚飾が女性たちに受け入れられるのも、出来ることなら私もやってみたいという共通の物欲認識かもしけない。
 地球何周分とタクシーに乗りまくった山尾志桜里民進党政調会長、小渕優子の例もあるが、活躍する女性たちは概ね金銭に弱く、男の識別眼がいまひとつあらぬ方向にいっている人が多い。
 かって仕事のできる男たちが、下半身はべつと言い張った如く、女性活躍社会の夜明けは、肉食系女子が先頭を走ってこそ、なのかもしれない。そのうち女性大臣が「不倫は文化である」と言い放ったとき,初めて本格的女性活躍時代の到来を告げるのかもしれない。
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2016年04月26日

パリ・コレから音楽が消えた

パリ・コレから音楽が消えた

 大音響のなかモデルが次々と登場し、ランウェイを歩いてニューモードを披露する、そうしたファッション・ショーのスタイルはもはや昔のことと、一気にかわったのが、2016-17秋冬のパリコレクションだった。
 日常着が全くストリート・ファッション化し、表通りを明け渡したメゾンがようやく端緒を掴みかけたのが、今シーズンのコレクションだったともいえる。
 圧巻だったのは、グラン・パレに於けるシャネルのコレクション。
 93人のモデルが、会場640メートルの通路を旅をしたのだ。衣装のテーマは旅、旅におけるあらゆるモードの楽しみを提案した。CAから若いカップル、リゾートへの行き帰り、異国からの訪問者、ビジネスエリート、そうしたライフスタイルを、長い空港のロードに見立てて、表現をした。
 グラン・パレの壮大なガラスのドームが時空を超えた表現の助っ人にかわった。
 サンローランのショーは意表をついて、昔に回帰した。
 音楽のない空間にモードだけが登場する。作品のナンバーだけが告げられ、あとはモデルの靴音が、会場にひびいた。半世紀ぶりに音楽から解放されたコレクションがそこにあった。アメリカンな音響技術が登場し、レコードからカセット、そしてメディアのデジタル録音に引っ張りまわされた50年を大胆に棄て去り、モードのクラシック回帰がリボーンしたショー表現だった。
 音楽のないコレクションは、音楽から解放されてさらに自由なクチュールファッションの生き様がみえた。
 このところ何かというとアートに傾斜しているルイ・ビィトンは、さらに推し進め57本の鏡の列柱によって、異次元の空間をつくりだした。
 ジバンシーは木の壁による巨大迷路を作り、観客もモデルもそこに閉じ込めた。そこにはモードと人間の極めてクローズトな人間関係が提示され、あきらかにストリートファッションへのアンチテーゼに満ち溢れていた。
 伝統的なパリコレクションにあらたな哲学と表現がくわわり、全く新しいショーが登場した今シーズンは、パリのメゾンの可能性を更に感じさせてくれたシーズンだった。

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2016年04月24日

「天皇制は女性差別」と言い出した中国

「天皇制は女性差別」と言い出した中国

 わが国の皇室典範が、皇位継承権について男系男子に限るとしている点につき、女性差別だとくいついたのが、田島陽子ならわかるが、中国共産党の鄒暁巧ときいては、黙っていられない。
 天皇制について中国の女性から云々される理由はなにひとつない。
 政府はもっと声を大にして、国際社会に訴えるべきとおもうが、日本の外務省はなぜかこうした問題について
声が小さい。ひょっとして省内に女性天皇待望論者がいるのかもしれない。
 国連女子差別撤回委員会という国連の下部組織がうごいているのだが、国連と聞いただけで日本人はなぜか
正しいと誤解する弊がある。国連は第二次世界大戦における戦勝国の互助会であって、日本のような敗戦国の為にある組織ではない。その敗戦国が莫大な経済負担までして媚びているのが、こうした問題の根っこにある。
 堂々と他国の内政問題に口を出すべではない、ましてや他国の国体に対して介入するとはなにごとと、抗議をしてしかるべきなのだが、日本の弱腰に付け込んで仕掛けてくるのが、中国なのだ。南沙諸島のみならず、中国は尖閣諸島をみてもわかる通り、中華思想という自分都合の態度で侵略してくる。
 ようやく韓国慰安婦問題のソフトランディングが見えてきたので、中国はそうはさせじと、天皇制は女性差別と見当違いな問題を持ち出してきた、としかおもえない。
 一方で、この国連女子差別撤回委員会のうしろには、日本人ロビーがいるとも伝えられている。
 小泉内閣当時持ち上がった、女性天皇擁立論者のリストをもう一度熟視すれば、どの力がそうした反日に動いているか判るのではなかろうか。
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2016年04月22日

火事場のビール

火事場のビール

新宿ゴールデン街が火事を出してしまった。
その時、一番のエネルギーを注いだのは消防署に違いないが、消火前類焼中に大号令をかけたのは、キリンビールだったと伝えられる。
 午後1時過ぎに出火し、瞬く間に300平方メートルに広がった火が、鎮火したのは午後6時頃だった。
 30分後、ゴールデン街の近くの駐車場に集合したのは、キリンビール首都圏営業部隊だった。鎮火とともに部隊は、「近火お見舞い」のタオルを抱え余燼のくすぶるゴールデン街に出撃した。
「キリンビールです。近火お見舞いに参上いたしました。」人の不幸に付け込んで営業活動するとは…。
そんな甘いことはいってられない。ビール業界はいまアサヒの独走状態で、なんとしてもアサヒの独走を阻止しなければならないのだ。
 こうした盛り場の火事こそ、エリア密着型の営業にとっては、ベストチャンスだ。
 アサヒはあくる日のお見舞いで横綱相撲、サントリーも同様、サッポロも右に同じ、キリンだけが突出して
頑張ったのだ。
 花街ではビールの銘柄は客次第、お茶屋はあらかじめ客の好みを熟知し、好みのビール以外は決してお座敷にださない。営業がものを言うほど甘くない。芸妓衆も客の好みを把握してサービスする。
 つまり飲み屋街のほうが銘柄についてはユルイのだ。ママの一存で変わることもある。
 火事場泥棒と揶揄されながらも、ひたすらタオルを配り、店に足を運んでママに愛されなければ、会社での出世はない。ビール営業部員の悲しみが漂う。
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2016年04月18日

特選「イナカ川柳」

特選「イナカ川柳」

 江戸っ子には小難しい文学より川柳程度のボヤキがぴったりくる。
 という訳で東京駅の本屋で見つけた「イナカ川柳」文芸春秋刊から共感する川柳を紹介しよう。

    イケヤから 近所のニトリに 浮気する
    チェーン店 どっちを向いても チェーン店
    ババ4人 セックス・アンド・ザ カントリー
    ウインカー 左に出して 右に行く
    色鉛筆 何度聞いても エロインピツ
    ラブホテル つぶれたあとに ケアハウス
    郊外に 行けば行くほど ブックオフ
    新築の 大東建託 異質感
    ばぁさんは 歩く田舎の 盗聴器
    素人に 無茶をさせてる 地方局
    午後いっぱい 相棒相棒 また相棒
    気がつけば 隣の嫁は 外国人
    商店街 シャッター、シャッター またシャッター
    テレビ局 夜店も負ける ショッピング 
    農作業 しなくてよいは ウソだった 
 
 田舎のリアル400句、清水ミチコ(飛騨高山出身)爆笑とオビにある。
   「世界よ、これが日本だ。」  
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2016年04月15日

パリ幕の内弁当のサギ

パリ幕の内弁当のサギ パリ幕の内弁当のサギ

 駅弁は大好きだ。
 軽井沢駅には、釜めしで有名な荻のやが作る玄米弁当がある。500円という値段、コスパに優れた健康にいい駅弁である。ガンモと少しばかりのひじきと、きんぴら、そして沢庵という素朴なおかずだが、玄米を噛みしめながら食する弁当として日本一の駅弁とおもっている。玄米弁当を食べると、その日いちにち胃の調子がいいような気がする。
 京都へ行くときは、北陸新幹線では駅弁を食さず、東京駅の祭または踊でその時々季節の駅弁を買って、東海道新幹線に乗ってからいただく。食べ終わると熱海あたりを走っている。ときに右手に富士山を見ることもある。駅弁と東海道新幹線は相性がいい。
 京都からの帰りは、京都駅伊勢丹の地下にある特別弁当のコーナーに立ち寄る。名料亭つるやの弁当から,吉兆、菱岩、和久伝の弁当まで揃っている。和久伝の鯛寿しは、いつ食べても飽きることがない。都からの帰途さいごの満ちたりた気分が味わえる。
 今日、祭のまえを通ったら「パリ幕の内弁当」のキャッチが眼に飛び込んだ。えっ!そんな馬鹿なパりに幕の内がある訳がない。成田屋のシンボル三枡が大きくあしらわれ、赤に白抜きで大入り、そして矢の根の錦絵があしらわれたパッケージである。パリ幕の内弁当とあるからには、なにかパリの食材がつかわれているに相違ない。持前の食いしん坊がくいついた。コカコーラ製のからだすこやか茶Wとともに北陸新幹線に乗った。
 車中早速にひろげた幕の内だったが、パリの痕跡は見あたらない。玉子焼、蒲鉾、サーモン塩焼き、煮物は里芋、蒟蒻、人参、椎茸、絹さや、そして海老天、きのこ天、ピーマン揚げ、きんぴら牛蒡、豆腐田楽、鶏照焼、ひじき、パブリカ揚、飯はきのこ茶飯、栗ご飯、グリーンピースの炊き込みご飯、そしてどうした訳かどらやきがついている。何処がパリ幕の内かまったく理解できないままに、弁当をたいらげた。折を棄てる前まで色々と考えたがやつぱりわからない。ふと食材の描かれている裏をみたら、日本語の名称の下にフランス語が書かれていた。フランス語のメニュー付という表示なら許せるが、「パリ幕の内弁当」はサギと言われても抗弁できない。
追伸 パリ幕の内弁当は、パリ・リヨン駅で売っている幕の内としった。それにしては工夫のない弁当である。
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2016年04月14日

ダークダックス、ゲタさんの役割

ダークダックス、ゲタさんの役割

 ダークダックスとは、いろいろな思い出がある。
 リードテナーの佐々木行さん通称マンガ、トップテナーの高見沢宏さん通称パクは、何年かまえに旅立たれたが、先頃通称ゲタ喜早哲さんの訃報に接した。1930年生まれだから一年先輩である。
 ダークダックスは、慶応義塾大学のワグネルソサェティという合唱団出身の4人組だった。
 甘いハーモニーで一世を風靡した。民放テレビのスタートと軌をいつにして人気コーラスとなったので、テレビの始まりのころ、随分沢山の仕事をともにした。
 週一の音楽番組に一年以上出演してもらったこともある。いまでは男性コーラスといえばエクザイルだが、あの頃は上品なダークダックスが圧倒的な人気だった。ダークはロシヤ民謡を中心に、雪山賛歌、北上夜曲、山男の歌、銀色の道と数々のヒットをとばした。
 早稲田出身のボニージャックスはジャズを中心にアメリカ系を歌い、ダークダックスはヨーロッパ・ロシア系のサウンドが得意だった。
 ある時録音中に、ゲタがトイレに立ったことがあった。調子がわるかったのかなかなかに戻ってこない。
しびれを切らし、ゲタなしでリハーサルをした。マンガとパクとゾウさんの3人のハーモニーの、なんと美しいことか…ミクサーもビックリした。ゲタなしの3人のコーラスはこの世のものと思えないほど綺麗だった。
 ゲタは、ダークダックスのまとめ役で、ゾウさんはおっとりしていたし、バクさんも素直で、しいて意見のあるのはマンガさんぐらいだったので、番組の演出はいつもゲタさんとの調整で進行していた。そのゲタさんがいなければ、こんなにも美しいハーモニーになるという現実に遭遇しスタッフは調整室で議論となった。三人なら動きも楽につけれる。4人というのは絵をつくるうえで大変に不都合なのだ。
… ふと気がつくとトイレから戻ったゲタが後ろに立っていた。ゲタは苦笑いをして、俺は余分なんだよ、とつぶやいた思い出もある。
 番組のテーマを彼らの不得手とするミュージカル特集などとりあげても、いつもきっちりとマスターしてくる勤勉さをもっていたのも、多分ゲタがいたからだろう、と後年気が付いた。
 それもこれもみな一番声のわるいゲタさんがやっていたのだから、人生の巡り合わせは不思議だ。

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2016年04月13日

風俗芸能にたそがれが訪れた

風俗芸能にたそがれが訪れた

 少女たちを集めて、踊らせたり歌わせたり、その上少女たちと握手させるために、レコードを買わせる。
 東京はおろか、名古屋、大阪、福岡、新潟まで、はては中国まで進出して利益をあげてきた。端的にいえば、少女たちによる風俗芸能ともいうべき業態なのだが、日本人の可愛い願望、少女偏愛の嗜好につけこんだ下品な仕掛けなのだ。
 アキバAKB劇場を頂点にしたこの商法は、アキバの地を少女偏愛のメッカにした。
 アキバに集中するメイド・カフェと称する風俗的カフェを見れば、よく判る。可愛いをひたすら追いかけるお星さまの妖精・スターライト、不思議のくにのアリスをモチーフにした・クラウンティアラ、時空の魔法をかける・クロノスゲート、深夜のシンデレラレジェンド、自由に操れるマリオネット・メイドカフェ… これら少女風俗はみなAKBのバックヤードになってきた。
 ネール、髪型自由、フリーシフト制、制服の買い取り、レンタル料金なし、クリーニング代も一切なし を謳うこれらのビジネスは萌え産業の底辺を支え、その頂点に君臨してきたのが、AKBを中心とした風俗芸能だった。だったというのは、いま明らかに集団少女たちのパフォーマンスは飽きられつつあり、衰退期にはいったといわれている。
 自慢のジャンケン大会もその馬鹿馬鹿しさにきずいたテレビ局は撤退したし、あきらかに少女たちの市場は縮小しつつある。全盛期はCMやバラェティの仕事もたくさんあったが、最近では地方のスーパーやらラジオに依頼主が変わってきた。今年になってすでに10名が卒業してマザー・プロに戻ってしまった。この先AKBで踊っていても希望がもてないということになったのだろう。
 萌え産業、風俗芸能の没落はこの国の大人たちにとって、ロリータ・コンプレックスからの脱却に絶好の機会であるし、文化にとってもシアワセなことである。
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2016年04月12日

紀香に梨園の妻は務まるか

紀香に梨園の妻は務まるか

 歌舞伎役者のスキャンダルといえば、家業のようなものだが、あまりにもスキャンダル続きではいささかウンザリする。
 亡くなった坂東三津五郎の八十助時代、元宝塚の前妻と別れ女子アナの近藤サトと一緒になった。あまりの女好きについたあだ名が、八十助もじってハメ助だった。
 中村獅童も竹内結子と結婚中、岡本綾との不倫がばれ、篠原ともえを始め高岡早紀、鈴木砂羽らと浮名を流した。
 圧倒的だったのは故中村勘三郎、太地喜和子、大竹しのぶと不倫のうえ、宮沢りえの自殺未遂を起こした。
 市川海老蔵も日置明子に子供をつくり、米倉涼子、宮沢りえ、佐藤江梨子、と行脚し小林麻央で落ち着いた。
 尾上松也は前田敦子と、片岡愛之助は熊切あさ美から藤原紀香と変わって、いよいよ結婚の段取りとなった。
 橋之助と三田寛子のごとく、家庭一本に絞って女房の役割りを務めた場合は上手くいくが、芸能畑に未練のある女房の場合、なかなかに難しい。
 そもそもの歌舞伎の起源を考えれば、女性が扮する男と男がふんする女たちによるトランスジェンダーな見世物に発し、幕府の禁令により今日の男と男の扮する女という異形の芸能になったので、性とセックスはいつもついてまわつた。
 常識から逸脱し、人を驚かせる新奇さこそが、いつも歌舞伎の生命を維持してきたが、沢山の浮名の後、やっぱりね、といった子供の産めそうな、役者の女房のつとまりそうな女に軟着陸するのが、歌舞伎役者の結婚だった。
 雀右衛門襲名披露のど真ん中で記者会見をし、一日署長ののちド派手なパレードをする藤原紀香に、果たして梨園の妻が務まるかどうか、贔屓筋はみな不安を抱いている。
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2016年04月11日

築地の帝王ターレー

築地の帝王ターレー

 間もなく消滅する築地魚河岸、消えるその前に記憶にとどめようと築地に足を伸ばした。
 早朝のセリを見学するためには、早朝5時の受付というので4時過ぎに勝鬨橋のたもとに集合した。待ち合わせの友人と闇夜の挨拶をかわしていると、そこに守衛さんがやってきた。「セリ見学のかたですか。じつは今日は夜中の2時ごろから、外人さんが大勢来て3時には定員締切になりました。いまは桜の季節なので、お花見とセットで魚河岸が人気で、まもなく落ちつくと思いますが、今日はどうにもなりません。改めて出直してください。」 仕方がないので、せめて場内でも覗いていこうということになった。
 ところが場内には世間の常識と全く違うルールがあった。
 場内では車が優先、人間は二の次、表の常識は全く通用しない。
 魚を運ぶターレーと呼ばれる小型トラックが最優先。ターレーに遠慮はない。
 ターレーは市場内のあらゆる場所あらゆる通路から湧いてくる。360度回転可能な三輪運搬車、右から左から、前方から、うっかりすると後ろからも現れる。ぼやぼやしていたら引かれる。油断できない、神経を集中して、わが身の安全を確保し、かつ市場で働く人に迷惑をかけてはならない。
 鮮度が命の商売だけにターレーは必至に走ってくる。狭い場所でのクイックターン、異常に短い制動距離、運転者は立ったままで大きなハンドルをあやつり、、第三者には想像のできない目的地にむかって走り来たり、走り去っていく。
 第二次世界大戦後、資本わずか750万円の朝霞製作所のつくったこの小さなトラックは魚市場のスターだった。外の世界では決して見ることのできない交通地獄がそこにあった。
 市場関係者はバタバタと呼んで、高価なまぐろも、豊漁のいわしも、氷もみなバタバタに託して商っている。
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2016年04月05日

「分」を守れ。「分」を忘れるな

「分」を守れ。「分」を忘れるな 「分」を守れ。「分」を忘れるな

 分をわきまえる。人間の基本的なモラルとして、分をわきまえなければいけない、と教育されて育った。
 必要以上に遠慮することはない、がしかし出過ぎた行為や発言は控えなければいけない、という教えだった。
それぞれの置かれた立場、ポジションによって、発言域、行動域におのずから制限がある。それが社会の秩序をつくり、町をつくり、国をつくっている。家族、家庭、家にも分の存在はあって、守られるべきである。。
 近頃民主主義のお陰で、民意、民意と言い出し、このわきまえなければならない分がとかく存在感にとぼしい。

 沖縄問題など、翁長知事の発言をきいていると、国政と県政の区別が判らなくなる。
 沖縄には沖縄の言い分がある。沖縄の苦しみを判って欲しい。そこまではいいのだが、その先の分を弁えていない。
 アナタは何時から沖縄の王になったのか。国の政治の領域にはみ出して、手の付けようがない。もうすこし冷静になって分をわきまえた交渉の仕方があるのではないか。
 翁長知事は沖縄独立戦争を仕掛けているのではないか、とさえ思われる。
 目の前の課題を解決するための方策や時間をかけて目標にたどりつく忍耐、知性がない。子供が駄々をこねて目の前の菓子を欲しがるのに似ている。

 また最近の出来事に、舛添東京都知事の都立高跡地の韓国貸与問題がある。
 絶対数の不足から今社会問題になっている保育所用地として使用させず、韓国学校の増設用地として提供するというのだ。
 知事自身のかかげる都市外交とやらにとっては、朴槿恵大統領との絆は大事かもしれないが、そのまえに直近の国内問題に組することこそが、都知事の役割ではなかろうか。これもまた分を忘れた行為だといえる。
 こうした分をわきまえない日本人が次々と増殖しては、この国は空中分解してしまう。
 本当に困ったことだ。
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2016年04月04日

「都をどり」という日本のレビューについて

「都をどり」という日本のレビューについて

 四条通りから花見小路にかけて、外人街の様相を呈していた。
 アメリカ西海岸からやってきたバックパッカーに交じって、アラブはドバイからきたような黒のショールで頭を覆った石油一族、それらをけちらして行く中国わたりの原色ファミリー、都大路で大きなトランクをひきずっている。人並みをかき分けて歌舞練場についても、芝居小屋ではなくインターナショナル・シアターだった。
 144年間つづいている世界最長のトラディショナル・レビュウ「都をどり」は今年も無事に初日を迎えた。
タイトルは「名所巡四季寿」、御所の銀襖に始まる置歌のオープニングは何時見ても華やいだ祇園町の春に誘い込まれる。8つの景の構成は四季をからめて場所とエピソードの組み合わせで展開する決め事だが、時に起承転結やら流れが上手くいくに限らず不都合な年もある。
 今年は浄瑠璃の落窪姫に物足りなさがあった。いつもこの景は、歌舞練場の少しばかり古い劇場機構と、優れた美術方が題材に絡んで、ダイナミックな山をつくるのだが、今年は落窪姫のささやかな描写におわってしまった。女性の構成者による欠点が露呈してしまったのではなかろうか。祇園甲部の歌舞練場に結集した才能がもったいない。
 川面美術のはんなりとした独特のタッチは健在で、花から花への遠見のうつくしさは満喫した。時に東京のレビューのような大きなつくりもあったが、祇園町のトラディショナルな踊りのバラェティとして、どこまでが表現の限界か考えさせられた。
 家元が人間国宝になったこの機会に、日本の名物たるこの「都をどり」のさらなる魅力を楽しみに、来年の桜の春を心待ちにしている。
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2016年04月03日

都のお寺はプロジェクション・マッピング

都のお寺はプロジェクション・マッピング

 ここ二三年ご無沙汰していたが、急に桜の京都にいくことになった。
 鴨川べりの桜も見事に迎えてくれたが、町中の高瀬川も桜のはなに囲まれて春を運んでいた。
 丸山公園の桜も春霞のような見事さだったが、東山全体を埋め尽くした桜の濃淡が広がってこの国を彩っているのだと、改めて感じた。
 北政所によって創建された高台寺は、プロジェクション・マッピングの見事な光の饗宴で人気を呼び、あの派手好きだつた秀吉もさぞや満足していることだろう。夜の高台寺には、秀吉を想うねねのやさしさが、いっぱいだった。
 金閣寺とか清水寺といった人気定番の巨刹に対し、この高台寺や青蓮院門跡といったちいさなお寺さんが頑張っているのが今年の京都だった。
 青蓮院門跡はご本尊が光とばかり、ライトアップに工夫を凝らし夜間拝観にちからを入れ、東山山頂に至る寺領の頂点にある京都加護の象徴将軍塚に青龍殿を移築、清水の大舞台の5倍近い大舞台を完成、さらに大舞台の中央にガラスの茶室を造った。
 大舞台からは、東山、比叡山、北山から嵐山、さらに南は伏見から大山崎と都のすべてが見渡せ桓武天皇がこの地を都にさだめた、風水の聖地がひとめで読み取れる一大パノラマが見渡せた。そしてライトアップ、京都の古刹とデジタルの親和性がこんなにいいとは思わなかったが、昔から京都人に潜む新し物好きが、桜の季節とともに爆発していた。
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