2016年09月28日

新橋演舞場の仁科恵敏さん

新橋演舞場の仁科恵敏さん

 新橋演舞場が闇に包まれ、何処からともなく尺八の音が聞こえてきた。やがてスポットライトが影をおうと浮かんだのは虚無僧であった。天蓋をかぶり喜捨を乞わずに始まったのは、銀座旦那衆の会くらま会92回の公演だった。
 この会は洋風化する銀座にあって日本の音楽…邦楽を愛する旦那衆が毎年集まっておさらいをしようという遊芸の集まりだ。
 舞台を務めるのは銀座の老舗の旦那衆だから、当然の如く客席は華やかになる。新橋の芸者衆、料亭の女将たちの着物姿に交じって、夜の銀座のオミズたち、そこに旦那衆の友人、知人がはいり、星のかずほどある銀座のお店のママやチーママが加わるのだから、舞台の楽しさにもまして客席がこのうえなく楽しい。歌舞伎公演の楽しさとは、全然ベクトルがことなるのだ。
 さて虚無僧で登場したのは、長野における財界の重鎮・仁科恵敏さんだ。
 尺八の本曲「鹿の遠音」が佐藤幸宇山さんとの掛け合いで客席を充たした。お二人とも客席後方から登場され、客席の通路をめぐって舞台に至ったが、芯の仁科さんには花道から登場してほしかった。花道の所作をつかっての音は客席とはくらべものにならないほど艶がでる。仁科さんのお人柄が客席を歩いて演奏する演出をチョイスされたと思うが、折角花道のある演舞場なのだから晴れがましくともよかったような気がした。
 二部では新橋の芸者、千代加ときみ鶴を立方にむかえての六段だった。尺八に琴と十七弦が加わっての演奏、あとは例によっての小唄、長唄、一中節など唄ものがつづいた。新橋の芸者衆も日頃のご贔屓にこたえてなかなかの舞ぶりだった。
 文士劇もなくなった今、からす天狗の若手メンバーによる白浪五人男が元気元気で明日の銀座を期待させてくれた。銀座で育ち、銀座で商っている旦那衆たちの遊芸こそ、地方創生の第一歩ではなかろうか。
 文化の香りのしない商売はいやらしいし、えげつない。銀座にポケモンGOは似合わない。
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2016年09月26日

私、シャリ残す人だから…

私、シャリ残す人だから…

 蝶ネクタイの5才位の少年が、カウンターに座るなり、「大トロ、サビ抜きで!」寿司やの親爺さんは、カッとなって「子供に食わせるスシは置いてねぇ!」1960年代後半のコラムにあった。
 80年代になると、子供連れの家族来店するや「アレッ!父さんこのお寿司屋さん回ってないよ!」あわてて母親が子供の口をおさえたというエピソードがあった。
 築地のまぐろ初セリで、回転ずし 対 久兵衛が話題を呼んだこともあったが、いまでは豊洲汚染の犯人探しが寿司ネタのはなしよりはるかに大きく、グルメ時代の筈が汚染時代となってしまった。

 最近若い女性が寿司やに足を運ぶようになったことは、寿司やにとって大変うれしいことだが、こんな現象が起こっているそうだ。
「…私、シャリ残す人だから。シャリ半分にして」「シャリ、太るから食べない。いま糖質制限してるから」
食べ残しのシャリを、ナマゴミのように積んでいたり、アガリ用の湯飲みにガッツリ詰め込んだり、近頃のお客さんは思わぬことをなさる方がふえました。…と嘆いている。
 寿司という文化対する認識がない。 すべて自己都合で物事を考えている。
寿司に直接醤油をかけるプッシュ式のテーブル醤油などの出現で、もはや半数以上の回転寿司から小皿消えたと言われいているが、元気のいい、ある時は客を怒鳴りつけたは寿司やの親爺は何処へいってしまつたのだろう。
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2016年09月24日

ヘンな名前の空港

ヘンな名前の空港

 ヘンな名前の空港特集という記事が眼に止まった。
 ヘンな名前は人間の名前が一番ヘンだと思っている昨今だが、それはさておき空港のヘンについて考えてみよう。
 第一位は「鳥取砂丘コナン空港」
    コナンと言われてもさっぱりわからない。JKにはオクレテルーといわれそうだが、漫画は嫌いだからイ    カンともしがたい。
 第二位は「おいしい山形空港」そして第三位も「おいしい庄内空港」、よほど上等な食堂が空港内に揃ってい    るのだと思った。 ふたつの空港・おいしい山形 をキャッチに山形の県産品のパブリシィティだそう    で、空港の食堂は二の次と聞いた。
 第四位は「セントレア中部国際空港」わざわざセントレアとうたう辺り、名古屋人のコンプレックスが浮き彫    りになる。
 第五位は「宮崎ブーケンビリア空港」美しいうえにより美しく、新婚旅行の無くなったいま、花頼みの空港が    もの悲しい。
 第六位「富山きときと空港」富山湾の海の幸をおしつけているのだが、田舎弁に市民権をという心意気は感じ    る。
 第七位「徳島阿波踊り空港」一年中空港ロビーでは踊っているのだろうか。素朴な質問に出会う。
 第八位「米子鬼太郎空港」なんだか怖くてあまり近寄りたくない。日本人の漫画好きはいつになったら卒業で    きるのだろう。
 第九位「マリンエア神戸空港」神戸ステーキ空港やら神戸中華街空港にならなくて、ほんとうに良かった。
 第十位「出雲縁結び空港」口は一流だが、神頼み、占い頼みの体質は一向に変わらない。この国のテレビに     は、毎日今日の運勢という予言占い番組があると説明したところ、やつぱり日本はまだまだ未開の国だ    ねと、やられた。
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2016年09月23日

「嘘つき蓮舫」の知られた過去

「嘘つき蓮舫」の知られた過去

 民主党の重鎮渡部恒三氏から「あれは、まあテレビ用大臣だな」と切って捨てられた蓮舫氏が民進党党首になった。
 折から発言するたびに、ころころ変わる台湾、日本二重国籍問題から、なずけられた愛称が「嘘つき蓮舫」
 彼女の履歴を読んでいくと、かなりの部分で国籍の問題や、嘘つきについて、核心的な事実が浮かんでくる。
国籍問題について、不見識なメディアは差別だなどと見当違いな発言をしているのもいるが、国籍は政治家にとって最重要なことで、記憶違いなどと簡単に言えることではない。
 コロコロとその場しのぎで台湾人になったり、日本人になったりする神経が理解できない。「台湾の国籍は棄てました。私は日本を愛してます。」こんなことを平気でいえる神経がおかしい。父親の母国である台湾にたいしての尊崇の心がまったくないし、在日台湾人にしてみれば不愉快そのものだ。
 国籍を軽く見ているとしかいえない。
 青学から北京大学に留学した彼女には、中国台湾に対するシンパシーが充分にあるのだろう。
 2009年スーパー・コンピューター事業仕分けに際し、「一位をめざす理由はなんですか、二位じゃダメなんですか。」と厳しく迫り、お蔭で翌年中国のスパコンが世界第一位に輝いたことは、衆知の事実である。
 2010年菅内閣で初めて大臣になったときは、初めての会見で日本国旗に敬礼を捧げなかった。
 2014年には、オバマ大統領に対して、日本の集団的自衛権行使容認へ不支持するようアメリカ大使館に駆け込み、日本はいつからアメリカの属国になったと、猛烈な批判をあびた。
 2011年の北京・東京フォーラムでは、「日本は中国を侵略した。学校教育がなってない。」まるで中国人そのものの発言をくりかえした。
 このような事実をみていくと、どうも蓮舫は民進党より中国共産党が似合う政治家、やはり国籍は日本以外にあるような気がしてきた。
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2016年09月22日

中国三峡ダムの危機と危険物輸出

中国三峡ダムの危機と危険物輸出

 豊洲の土壌汚染と埋め立て時における地震対策が問題視されている。
 中国ではいま世界最大の三峡ダムがいつ壊れるかに、話題が集まっている。有効貯水量は黒部ダムの200倍というとてつもなく大きく、政府は1000年の発電量を保証する素晴らしい事業だと自画自賛した。
 ところがいまや三峡ダムは満身創痍、いつ決壊してもおかしくない状況にあるという。
 周辺では132か所で大規模ながけ崩れがおきている。地盤の変形は5386か所、亀裂は一万か所に及んでいる。
 天候は激しく変化し、霧の発生は常態化し、水害、旱魃がが頻発するようになった。上流地域でも、ダムによる堰き止めの結果、汚染物質がたまり流入河川がヘドロ化し、青コが発生して魚が生きられなくなった。
 長江上流の重慶では橋脚と橋のアーチが、泥に埋まり、420メートルあった川幅が240メートルまで縮まってしまった。もはや大型船舶は重慶にいけなくなるといった危機が訪れている。
 もし水害が発生すれば、下流の肥沃な穀倉地帯は瞬時にして流され、中国最大の商都上海はなくなってしまうとすらいわれている。、

 この巨大ダムを造った中国長江三峡集団公司は、国策としてアジア周辺諸国にダム建設を輸出している。
 ヒマラヤを源流とする河川で計画されている水力発電ダムは400か所以上に及び、インド292か所、ネパール13か所、パキスタン9か所、ブータン2か所、そのほかタイ上流域数か所となっている。
 現在の中国のダム建設技術は、環境保全技術にとぼしく、さらに地震に対する技術もないに等しいので、まさに危険物輸出そのものなので国際的にも何らかの関門を設けないと、大変なことになると、専門家は警告している。
 南沙諸島の埋め立てといい、尖閣沖縄への圧力といい、中国はほんとうに困った国である。これらの蛮行に対し、対抗する手段を一刻も早く講じないと、アジアはとんでもない状況になってしまう。
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2016年09月19日

星野和彦印象派フォト展2016

星野和彦印象派フォト展2016

 10月17日から23日迄、銀座gallery座stone にて開かせていただくことになりました。
 タイトルは「窓辺にパリジェンヌはいない。」写真らしくない試み 
 今回の作品は、2015年パリ・ルーブルの art shopping 2015 に出展しました表現テーマを、さらに深化
させ、氾濫するスマホ写真へのアンチ・テーゼともいえる表現をしています。

 撮影地は、パリ・モンマルトルを中心にペール・ラシエーズ、ビット・オ・カイエの三つの丘、セーヌ河口の港町オンフルール、ノルマンディ、そしてコウノトリとハートのアルザス・コルマールを主にとりあげました。

 抽象的、写実的、商業的と色々ある表現のなかで、試行錯誤した結果、すこし絵画的に、すこし印象派風に
作品づくりをしました。

 今回の銀座展開催にあたっては、ギャラリー・オーナー 荻野 惇様、荻野由美子様、
企画室長の石川桂子様、撮影にあたってパリ女性劇団セラフの川岸紀恵さん、そしてタイトルの仏訳については、NHKフランス語講座でもお馴染みのプルーストの権威 芳野まい先生の貴重な時間をいただきました。                                 感謝を捧げます。
 皆さま、ご多忙とは思いますが、ぜひ銀座五丁目ねんりんや本店地下 gallery座stone までお運びいただけると幸いです。

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2016年09月17日

芸能スキャンダルの読み方

芸能スキャンダルの読み方

 今年は芸能ゴシップの当り年だった。
 のこりの年月にまだまだ呆れたゴシップが飛び込んでくることだろう。
 それにしてもSMAP解散騒動、有吉・夏目妊娠騒動、高畑淳子・裕太強姦事件、高知東生麻薬事件と一通りのゴシップが、勢ぞろいしたのは見事だつた。
 無邪気なファンは一喜一憂し、少し深読みのマニュアには、タレントとその所属する芸能プロと新聞・雑誌・テレビなどメディアとの関係があからさまに判り、しらけたり軽蔑したりで、さぞ面白かったことだろう。
 SMAP分裂劇では、マネージヤーの退社を巡って、木村と中居等との確執がはっきりと表面化し、さらにメリー喜多川という女帝の存在があぶり出された。ジャニー、メリーの姉弟に振り回されている巨大メディアの実態も明らかになり、製作者たちの情けない姿勢もはつきりと提示されて、テレビ離れの原因に屋上オクを重ねた。
 夏目三久妊娠報道では、田辺昭二という元スパイダースの社長が、メディアに対し隠然たるネットワークを広げ、裏をとった新聞社の報道を誤報化してしまう手口を見せつけた。
 高畑裕太強姦事件では、芸能界に多い二世タレントの代表選手として、甘ったれで我儘な二世世代が浮き彫りとなり、なんでも金で解決する親の姿勢がバレバレな示談金事件だった。
 出所時の裕太の大音声のオワビと、両足を開いたままでのポーズには、役者としての面影は皆無だった。あれでは脚本を前にしてもまつたく役どころを理解できないだろうと、納得した。自分の置かれている状況とオワビという行為に対する表現がまったくなく、この人は大根役者なのだと確信した。親の高畑淳子も演技力はあまりないが、折角の勲章付き七光りを一瞬にして無にしたバカ息子だつたということが、天下に公示されたのだつた。
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2016年09月15日

文春に捕まった橋之助の「禁断愛」

文春に捕まった橋之助の「禁断愛」

 成駒屋一家が襲名披露することになった。
 目出度いはなしで、同じ中村でもマスコミ大好きでパフォーマンス型の勘九郎、七之助らとは一線をかくし、こつこつと舞台を務めてきたのが、中村橋之助であった。十月の芝翫襲名の際には、長男、次男、三男の息子達もそれぞれ「橋之助」「福之助」「歌之助」を襲名する。

 そこに水をさしたが、お馴染の週刊文春、文春はこのネタは随分前から温めていて、いつ紙面にだそうかと狙っていたと云われている。つまり編集の谷間にいつでもだせるように、スタンバイしていた記事なのだ。この文春の販売戦略に見事ひっかかったのが、橋之助襲名目前の「禁断愛」というわけだ。
 そもそも梨園と花街の関係については、周知のことで洗い出したら切がない。お互いに支えあって歴史をつくってきたのが、歌舞伎役者と芸妓の関係だ。互い芸の批評をしたり学びあったり、さらに芸事の好きな客を紹介したり、そこいらのAKBやら、TVタレントとの付き合いとは全く異なる。
 一流の芸舞妓でご贔屓の役者の一人やふたりは日常茶飯事で、ご贔屓の興行とあれば、その日の舞台をそっくり借り切って「総見」をする、周りの朋輩やお茶屋の女将さんたちもつきあって共に応援するといった関係なのだ。まず役者の評判は花街から始まる。そこいらの演劇批評家やジャーナリストよりもはるかに深い仲にある。

 そこにキリスト教的倫理観で、やれ不倫だの禁断愛などと煽ぎたて、カストリ週刊誌を売ろうなどという根性がさもしい。営業という名の販売活動に、伝統的な歌舞伎役者や花街をひっぱりこまないでほしい。
 橋之助が普段から遊び好きで、あちこちで悪さをしていたのなら、週刊誌のツッコミもさもありなんだが、この場合はいささか異なる。
 先斗町の「市さよ」姉さんがどのような気分で橋之助と付き合っていたかは知る由もないが、芸精進といい人柄といい決して悪いという評判はきかない。

 役者のお内儀衆も興行のご挨拶はまず花街から始める。花街をしきる名妓や女将さんたちを大事にする。騒々しいメディアなんぞは後回しという事実からも、梨園と花街の絆のつよさが納得できるだろう。

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2016年09月13日

築地市場の真実

築地市場の真実

 築地市場から豊洲新市場への引っ越しがもめている。最近の豊洲新市場盛り土問題も、はたして本当にしたのかどうか疑念がもたれ、どの情報を信じたらいいのかわからない。
 関東大震災のおりに築地の外人居留地を借りて始められた築地市場も、あまりの老朽化で最悪の状態にあるということは確かだ。戦争中は一隅に海軍の化学兵器研究室があったし、戦後は第五福竜丸の原爆まぐろがうめられたのも築地市場だった。
 なによりも現在の築地に見られる開放型の市場では、水産食品の取り扱いに適さないというのも本当だろう。
そこに持ち上がったのが2020東京オリンピック。オリンピックの絶対的錦の御旗の元で、いくつかの事業が強引に進められてきた。道路建設もそのひとつ、さらに豊洲への引っ越し後の跡地利用が魑魅魍魎、都民の預かり知らぬところで情報が飛び交っている。
 NHKの跡地移転が出たり、ひっこんだり、市場のまえに突然朝日新聞本社がたったように何らかの取引が蠢いているのだろう。
 もっと奇怪なのはカジノ建設問題だ。インバウンドの総合誘致施設をつくるという名目でカジノ族が暗躍している。
 豊洲移転をきっかけに仲卸で廃業予定の店も多く、すでに権利の売買で札束が踊っているという裏情報もあるので、小池ショックは以外なところで効いているのかもしれない。
 外人観光客の名所になっているので、などというのはどうでもいいことだが、東京の最後の一等地なのでみんなが納得できる結論がほしい。いっそ「築地市場記念公園」にしたらいいという意見など傾聴に値するが、金の亡者がうようよしている現状では、とてもそんな自然主義は通らないだろう。
 豊洲新市場の土壌については、いっこくも早く「安全宣言」をだせるような状態に持ち込み、前に進める。
 築地の闇空間が解決されて、波除神社と海老塚、寿司塚、たまご塚の安泰がいちにちでも早く確認できる日を待ち望んでいる。
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2016年09月11日

ユルユルなエレガンス

ユルユルなエレガンス

 銀座や原宿の日曜日の景色がだいぶ変わってきた。
 季節の移り変わりではなく、女性のファッションが変わってきたのだ。
 これ見よがしのショート・パンツ、カラータイツ、レギンス、トレンカといった下半身丸出しの女性が少なくなった。ショート・ファッションも元気なのはいいが、体型的に無理な方や、セクシー度全開の誘惑型は迷惑である。
 ピチピチから、ユルユルにファッションが変わってきた。 長い間ピチピチで気力ともに充実していた若さが、だいぶ落ち着きを取り戻し、ユルユルの良さ、ユルユルの楽しさに気がついたのだろう。ピチピチよりはユルユルのほうが、どことなく品がある。エレガントに見える。そこに気がついたのかもしれない。
 モンテーニュ通りやフォブル・サントノーレ通りの女たちはユルユル・エレガントにすっかり衣替えしている。
足の充分に長くないナデシコには、好都合なファションではなかろうか。体型カクシ・コ-デなのだ。
 その上いいことには、人気のワイドパンツには白ソックスが似合う。カマトト大好きの日本女性にとって、トレンディなのが、JK好みのシロソックスとあっては、こんなシアワセはない。
 大人の女はアンクル丈のスカートに足首のすきを見せて、赤底のヒールを履けばいい。
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2016年09月10日

女子大に入学したいオトコ

女子大に入学したいオトコ

 近頃、法律の建前をふりかざす議論が横行している。
 福岡女子大受験騒動というのがあった。 男だけれど、法のもとの平等は憲法によって保障されているので、女子大に入れろ、という訴訟だった。
 こんな馬鹿馬鹿しい訴訟を何十人の法律家や裁判所がかかわらなければならないということは、なんとも寂しい話だが、現実にこうしたことに費用と時間をとられているのだから、困ったことである。
 アメリカでは、女子大の看護学校に入学希望した男性はこれこれしかじかと、海の向こうの判例を挙げて、弁護人は主張したといわれるが、そんなグローバルはいらない。日本における女子教育規範の問題だし、男性用トイレのすくない、男にとって不便な女子大に入りたいという男子の根性が不思議だ。
 原告は訴状の提出と同時に、訴訟救助申し立てを行なっていた。訴状に貼る印紙代はないし、弁護士の支払いもできない、それでは証拠を提出してください、という裁判所に対して、被告はカラッポの通帳のみで、なんの証拠も提出できなかった。入学金や学費は、と問われたところそれは奨学金をもらうという話で、なにからなにまで虫のいい話で、裁判所も取り扱いに困った。
 この前代未聞の珍訴訟は原告が突然訴えを取り下げるというカタチで、決着した。
 憲法にこう書いてあるからというのは、戦争反対の教条左翼の議論に似ている。
、侵略してくる相手に、うちの憲法はこうなつてます、軍備反対、アメリカ反対で、なんとか平和が維持できると思っている、ノーテンキな日本人と共通する無知ともいえよう。
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2016年09月08日

ゼンマイ蓄音機から電蓄へ

ゼンマイ蓄音機から電蓄へ

 街角に銀座カンカン娘が流れていたあの頃、中学生がクラシック音楽にふれることなど奇跡に近かった。
コンサートはあったのだが、中学生がチケットを買って聞きにいくことなど、夢のまた夢、せいぜいレコードを
聞いて、生演奏を想像するのが当時の音楽鑑賞だった。
 78回転の重い板を手回し蓄音機のうえにのせ、ゆっくりとゼンマイを巻く。ゼンマイがいっぱいになると、やおらレコードを回し、そこに針のついたヘッドをのせる。やがて犬のマークのラッパ型スピーカーから、スクラッチとともにベートーヴェンの第五交響曲が聞こえてくる。感動的な一瞬だった。
 ただ一曲をきくのに、レコードを何回も掛け替えなければならない、途中で針も変えなければならないのには閉口した。当時のレコードは録音時間も短く、交響曲一曲にレコードが6枚も7枚も、曲によつては10枚ものレコードが必要だつた。
 そこにアメリカ占領軍とともにもたらされたのが、LPだった。シンホォニーも組曲も一枚か二枚ですむLPは奇跡のレコードだった。
 トスカニーニの指揮するラプソディー・イン・ブルーは、絶対にLPで聞かなければいけない、と先輩に脅かされ、LP用の電気蓄音機を自分で組み立てたこともあった。トスカニーニは外国の文化を運んでくる伝道師とも思え、まだ見ぬニューヨークの摩天楼をアメシャに乗って走る未来旅行を想像しながら、ガーシュインの音に興奮した青春だった。
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2016年09月06日

下着と靴下の捨てどき

下着と靴下の捨てどき

 平松洋子さんのエッセイに、「下着の捨てどき」というのがあった。
 女性の下着は消耗品と嗜好品の二面もっているので、なかなかにややこしい、といった風なことが書かれていた。
 男性にとっても、若いときは嗜好品としての要素が強い。メーカーの宣伝に乗せられ、男のビキニは活力だ、全く効果のないコピーに踊らされ中途半端な履き心地を我慢する。
 それにしても女性の下着はなんと華やかなことか。あの華やかな世界が、スラックスやスカートのなかに
展開しているのでは、ときに露出症ぎみの女性が現れても当然と納得する。
 その頃、男たちは、ブリーフ派かトランクス派か、あたりに停滞し、実用性でしか下着は論じられなかった。

 とある夏、ラスベガスで友人の娘さんに、買い物に行くから付き合って、と言われシーザース・パレスの下着屋に連れていかれた。男性下着の専門店だった。私、コイビトがいるの。いまオランタ゛に帰っているので、下着を贈りたいの、選んでと言われうろたえた。それまで主体的に下着をえらんだことは全くと言っていいほど経験がなかった。
 恐る恐る少し色の入ったトランクスを選んだ。オウム返しに彼女から拒否された。つまんない。そんなの気分が乗らない。まったく視点が違った。彼女の気分が盛り上がらなければ、下着の意味がないというのだ。
 布地の圧倒的に少ないカラフルなヒモパンに彼女の目線は飛んだ。どう思うこれ、といわれあいまいに賛成するしかなかった。 以来今日まで、女性と下着を買いに行ったことはない。彼女はあの頃たしか16歳だったような気がする。

 さて「下着の捨てどき」だが、布地に穴があくとか、縫い目がほつれて困った状態は、遠い昔語りになってしまった。着用する気になれば何年でも使用できる。色が少し褪せたり、ゴムが少し緩くなったりのあたりで、決断しないといつまでも別れられない古女房のごとくに停滞してしまう。
 手拭の捨てどき、ティシャツの捨てどき、靴下の捨てどき、これらは皆、下着の捨てどきに似た「人生の捨てどき」にかぶっている。

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2016年09月05日

フンジョ解放戦争

フンジョ解放戦争 

 「フンジョ」が増えていると聞いた。はて、と首をかしげたが、その先にいきあたらない。
 「フンドシ愛用の女子」と聞いて、なんでも短くすればよい、というわけではないとつぶやいたが、デパートの店頭にまで進出しているとあっては、全くの嘘でもなさそうだ。
 ムレナイ! シメツケナイ! 開放感!  吸水性に優れ、むくみがとれ、体温が上がり、便秘にまで効く、 とあっては、近頃の女子がほおって置く訳がない。

 そもそも女性のふんどしは、日本書紀に登場した。腰巻や下ばきの総称として、褌の文字があてられていた。
近くは宮沢リエや、武田久美子が、ふんどし姿でグラビアに登場して話題を呼んだ。日本ふんどし協会では、「ベスト・フンドシスト」に壇蜜、木口亜矢を選んでいる。

 村内のお祭りや、水泳のときは、「六尺褌」と決まっていた。かって学習院初等科の水泳では必ず赤い褌をしめていたので、今上天皇の小学生時代にも赤いふんどしの経験がある筈だ。
 「越中褌」というのもあった。布の両端に紐を通した下着で、いまクラシック・パンツとか、サムライ・パンツと呼んでいるあれである。 歌舞伎の女形が必ず肌につけるのも、「もっこ褌」と呼ばれる布と紐からなる肌着である。
 日常的には、第二次世界大戦後、ブリーフ、トランクス、ショーツによって、褌は追放されてしまった。
 以来日本人は、穿くことにならされ、包み込むことを忘れてしまった。包み込むことによって、熟睡でき、小尻になるという効用をわすれていたのだ。
 モッコ・ラウンド、るーぱん、布スタイル・ミルクティ・ライク ア プリンセス、フジコチャンふんどしパンツ…… これらはメーカーが必死に考えた、フンジョのための商標である。
 さあ、快眠ふんどしパンツでシアワセな夜を。
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2016年09月04日

「つま恋」は音楽の聖地だつた

「つま恋」は音楽の聖地だつた

 あの頃、憧れのリゾートだった「つま恋」が、とうとう終幕を迎えることになった。海の向こうも、地中海クラブも知らなかった若者にとって、ヤマハ・リゾートつま恋は、リゾートの聖地であり、音楽の聖地だった。
 若手ミュージシャンの登竜門「ポピュラーソング・コンテスト」はつま恋のエキジビション・ホールから始まった。 中島みゆきの「時代」も、あみんの「待つわ」も、小坂明子の「あなた」も、みな「つま恋」のポプコンから生まれた。
 東京で音楽に携わっていたスタッフは皆競ってつま恋に馳せ参じた。当時音楽プロデューサーも務めていた筆者も、フェアレディを駆って掛川のつま恋にかけつけた。途中給油のため立ち寄ったスタンドで、行き会う平尾昌章やら、東京のレコード・ディレクター達と、今年の下馬評を語りながらのドライブは、実にたのしかった。
 つま恋のポプコンは、あの頃天皇と呼ばれていたヤマハ4代の社長川上源一氏なくしては語れない。1951年、いち早く銀座にレコードと楽器の殿堂を建てたのは川上天皇だつた。レイモンド設計のヤマハビルは、荒廃した銀座に文化をもたらした。越地吹雪が初めてのリサイタルをしたのも、あのヤマハのホールだった。
 レコード売場の女性たちは、銀座を徘徊する男たちのマドンナとなり、川上天皇ご寵愛だった女性は、今ラスベガスで静かに余生を送っている。ベガスではいつも彼女にあい、音楽とショービジネスのいまを語り合っている。
 ピアノ製造を世界一に育て、楽器の日本管楽器やヤマハ発動機、はてはヤマハインテリア、そしてつま恋のリゾートを作り上げた川上天皇は、天国でこのつま恋の終焉にどんな想いを抱いていることだろう。
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2016年09月03日

別荘族の無法地帯・軽井沢

別荘族の無法地帯・軽井沢

 突然に反対車線からベンツが飛び出してくる。意味なく急ブレーキを踏む。普段、当然の駐車場の時計回りにゆうゆうと逆回りで乗り込んでくる大きな四駆。カーブの道で膨らんで走ってくるクラシックカー。狭い道に紛れ込んで動けなくなったママ・レクサス。
 縦の道も、横の道もきっちりと連なって、都会ナンバーのクルマがつまっている。オフ・シーズンには5分を予定すれば目的地に付くのに、サマーシーズンには30分とゆとりをとっても危ない時がある。
 混雑と混乱で夏の軽井沢はクレージーである。
 そこに天皇夫妻の御静養が加わると眼もあてられない。メイン道路の各信号に警官四人が張り付いて、赤にしたり、青にしたり、まったく普段の信号は無視、両陛下にご不便をかけまいと努力する。その分庶民は散々なめに合う。
 今年はそこに輪を掛けて、G7 交通相会合とやら、あちこちに交通規制がひかれてウレシイのだ。
 軽井沢の交通事情の悪さは道路だけにとどまらない。
 つるやというスーパーの中にまで混乱はひろがる。このスーパーは果物に始まり、野菜、干物、魚、そして肉類、牛、豚、鶏、さらに肉加工食品とグルリと周って、そのなかに豆腐、納豆、漬物類、などの秩序が守られて展示されているのだが、夏の別荘族はこの流れに逆行したり、飛び越えたり、乾物から急に肉類に突進したり、動き方の法則がわからない。
 欲望が散漫で、秩序にたいする心ずかいが全く欠落している。
 東京や大阪などの大都市圏からの人々が多いのだから、少しは公衆道徳や秩序に慣れていると思うのだが、全くそうではない。中国からのお客さんについで、わがままで不作法なのが別荘族なのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月02日

感動ポルノの方程式

感動ポルノの方程式

 チャリティ番組 24時間テレビ 愛は地球を救う VS NHK・Eテレ バリバラ 障害者情報バラェティ
 ふたつの番組の対決が話題をよんでいる。
 片方は障害を全面におしだし、感動をよんで商売にしようというあいもかわらずの「愛は地球を救う」。
 もう一方は、障害者を健常者のために利用するのではなく普通人としてとらえた「愛は地球を笑う」。
 まもなくパラリンピックがはじまるが、画面に登場する女子アナのコメントが、始まる前から想像されてうんざりである。

 そもそも日本人のセンメンタリズムから発生したのがパラリンピックだが、障害者のための補助器具だったはずの義肢を初めとする機能伸長器具が健常者の能力を超えて、次のオリンピックではすべてのデーターでパラリンピックが上位にきかねないとまでいわれている。

 イギリスのジャーナリストであり、コメディアンのステラ・ヤングは、「障害者は健常者に勇気を与える道具になっている。」として、「感動ポルノ」という言葉を使ったのだが、いまこの感動ポルノの言葉をはさんで、ようやく障害者の扱いについて議論が沸騰している。
 口にペンをくわえて必死に絵をかく少女、カーボンの義肢で走るスポーツマン、車いすというだけで涙と直結する多くの消費者は、まさに感動ポルノと呼ぶにふさわしい大衆市場である。
 それらの大衆を狙ってジェネリック医薬品やら、ゲームメーカー、保険会社がむらがって感動ポルノの24時間は完成する。
 ロボットも義肢も人間の能力をこえたとき、明日の感動ポルノは一般普通人がなるのだろうか。その時、健常者の生活は、障害者の感動をよぶのであろうか。
 もはや健常者はパラリンピックに出場し、障害者こそオリンピックの主役となるのだ。そうしたSFチックな状況が、現実となりつつあるいま、「障害者×感動」の方程式を考え直す絶好のチャンスではないだろうか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

英語公用語の報い

英語公用語の報い 英語公用語の報い


 楽天は社内公用語をすべて英語にする。
 TOEICで800点以上取らないと月給は一割ダウン、さらに2割3割ダウンも辞さない。
 さすが時代の寵児、ITの先頭を走る会社は違うと、メディアは踊った。
 日本語は勿論の事、何もわからない赤ん坊のときから、英語教育に奔走したバブルママ達も、やつぱりこれからはグローバルだわと、英語で育て、砂漠の果てにホームステイさせて、バイリンガルとやらを作りだした。
 
 あれから何年、楽天内では社長とその取巻きだけが、相変わらず英語で会話し、英語で会議をしている。
一般社員は日本語で働き、日本語で営業し、業績はどんどん落ちて、ついに担当役員更迭の修羅場をむかえている。後任には39歳の女性英語役員、三木谷社長お気に入りがそのポジションにつき、必死の英語で巻き返しを図っている。
 アマゾンにもヤフーにも顧客を奪われ、すべての点で前年割れとなつてしまった。
 日本は日本語の国であり、日本人は日本語で暮らし、日本語で考えているというごく当たり前のことを忘れてしまったバツがいま結果となって現れているのではないだろうか。
 一年の半分は海外にいるはずの三木谷社長は、このところパタリと外遊をやめ、ニコタマの本社で、女性役員に張り付いていると報じられている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 19:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする