2016年10月31日

小池即席栽培政治塾

小池即席栽培政治塾

 政治家は権力欲で固まっている、というのは常識である。
 いやわたくしには権力欲はありません、という政治家がいたらお目にかかりたい。
 その強烈な権力欲を、いかにして大衆に転嫁できるかで、政治家の評価はきまる。
「都民ファースト」という表現は、なかなかに見事ないいかたである。
 都民のなかには味噌も糞もまじっているが、とりあえず中身は問わない、都民のみなさまこそが一番という三波春夫の世界観である。皆さんひとりひとりが批評家ではなく、実際のプレーヤーとしてご参加くださいというアプローチだ。そういわれて悪い気のする都民はまずいないだろう。
 小池百合子劇場は、豊洲市場問題でほら貝をならし、オリンピックでジャブを飛ばし、みずからの給与を半減していよいよ第三幕をむかえた。
 少々とうは立っているが、政界のジャンヌダルクとしていまのところ無事戦っている。

 東京大改革をめざす政経塾、希望の塾をたちあげた。4800人の希望者が押寄せたというから壮観である。いまはやりの自己啓発の会よろしく日本全国津々浦々から志の高い老若男女が集まった。
 外形的には日本シリーズのチケット買いや、優勝セールの行列買いとそんなに変わらない。
 6回分の講義で50000円、女性割引40000円、さらに学割もあって30000円、これで都政改革の担い手になれ、都政のかかえる問題点から、地方自治制度、財政、選挙制度まで一通りのお勉強ができるのだから、けっこうな塾である。
 今流行っているブドウ狩りツアーとか夜の特別料亭コースとそんなに変わらない気がしないでもないが、来年3月までの6回コースでとりあえず終了といのだから、即席栽培の域をでない。
 陣笠都議の即席栽培と考えればそれでよしとするか、時間をかけて悪玉をそだてるよりはましかもしれない。
 お笑い芸人のエド・はるみ(52)がいるとか、仮面女子の桜雲もいるとか。政治はますますアマチュア化してバカバカしくならなければいいがと懸念している。
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2016年10月30日

高樹沙耶 大麻草事件

高樹沙耶 大麻草事件

 当世風に言えば、ユニセックスな雰囲気を漂わせていた女優だった。
 ベタついたところのない、いさぎのいい女優だった。
 浜松から東京に出て、初めて出会った映画「沙耶のいる透視図」で主演を務めた。その時の役名だった沙耶に高樹をつけて芸名としたあたり、迷いのない判りやすい性格だつたような気がする。
 フリーダイビングで45メートルを潜り日本新記録を樹立、さらにW杯では53メートルの記録を残して世界総合2位になったり、並みの女優では到底考えられない能力を身につけていた。
 いかにもの女優臭さがなかったため、脇役として珍重された。
 267話のうち124話に出演していた「相棒」はショックであったに違いない。
 「はじめてのお使い」中、迷路に入りかかった子供の映像に必ず流れる「しょげないでよBaby」の作詞が彼女だったとは、善良な茶の間のファンにとって今回の事件は白昼夢であってほしいとねがっているに違いない。

 真夏に着る麻のきものほど、さっぱりと気持ちのいいものはない。麻で編み上げた横綱の綱ほど立派にみえるものもない。いまではすっかり忘れているが、下駄の鼻緒ももっぱら大麻草の世話になっていた。七味唐辛子の一味も大麻は担当している。そうした産業用大麻に反し、医療用大麻については厳格に管理されているのが日本だ。
 春の参議院選のおり、大麻草検証委員会幹事として登場してきたが、周辺の胡散臭さになんとはなしに違和感を感じた。100回分の乾燥大麻を所持していた「虹の豆・浮世離れ」とは如何なる宿泊施設だったのか、疑心暗鬼はふかまる一方である。

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2016年10月28日

夜8時、銀座のコンビニ

夜8時、銀座のコンビニ

 銀座、夜のコンビニは凄い。
 銀座で生きる人々の万華鏡になっている。軽井沢のコンビニでは絶対に見られない人間模様がある。
 ヒガミをゆった着物姿のママがおにぎりのまえでためらっている。お店に向かう前、コンビニによって、今日の腹ごしらえか。いや接客中の小腹のすいた時、裏で密かに腹をみたすための戦闘食か。
 突然飛び込んできた若者はバーテンなのか。チョッキ姿にボータイがいかにものオールド・ファッション。
カクテルに添えるレモンが足りなくなったのか。レモンがなければ梅干しでもいい、と叫んでいる。
 頭に金粉、銀粉をちらした両腕シースルーのオネェサンは、カップ麺と弁当のおかずになるコブクロをいくつも買っている。ひょっとして家には子供が待っていて、明日の弁当の用意かもしれない。美しく着飾った衣装がどことなく寂しい。
 酔っぱらったオジサンは、酔い覚ましのカップ粥と言い訳用のドーナツだ。ろれつが回らないのかドーナツの数で店員ともめている。
 シャネル・スーツの人品卑しからぬ女性が入ってきた。ショートカットの髪型がなんとも素敵だ。身長も170センチはあるだろう。なにを買うのかとみれば、ティッシュに手を延ばした。1ダースのティッシュを抱えて、黒のシャネルスーツはでていった。
 コンビニのなかは香水の香りがあふれている。入ってくる客が皆いい香りをふりまいては出ていく。香水に弱い男の子は銀座のコンビニでは働けない。
 突然、飛び込んできたのは組合のひとだ。化粧は徳光さんの親戚風だが女装のしたには、がっちりと男の骨組みがみえる。脇目もふらずATMの前に立った。そうか、オカマだって銀行に預けるよ、と自分を納得させた。降ろしたキャッシュを大事そうになんどもなんども数えては、コブクロに分けている。はてなの文字が頭に浮かんだが、それ以上考えるのはやめた。
 銀座の夜のコンビニは、8丁目のセブンイレブンである。
 戯曲の舞台としてもこれ以上の設定はない。
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2016年10月27日

10時前、朝の銀座

10時前、朝の銀座

 銀座で9日間くらした。
 写真展の仕込みから撤去まで、毎日銀座8丁目から5丁目の座STONEまで通ったのだ。
 10時以降はデリバリーの車も止められないので、8時過ぎからすずらん通りも西五番街も急に忙しくなる。
レストランへの食材の搬入、高級ブティックへの洋服の運び入れ、クロネコ便やら福原運輸の車が行き交って
のんびりと運んでいるスタッフなどひとりもいない。みんな走っている。
ゆっくり働いているのは、いつもベルサーチのウインドウを拭いている黒いセーターのオネェサン位か。

 十字路に立ちすくんで、スマホを操作している中国人とおぼしき旅行客、どうやら目指すお店の検索をかけて
探しているようだ。十字路の中心点に立って、東西南北を確認してスマホをかざしている景色が微笑ましい。
 その旅行者をかもに頑張っているのは、6丁目にある旅行鞄専門店。大きいのから小さいのまでずらりと店頭に持ち出して、値引き大売出し中。シャッターの降りた銀座通りでここだけが、異常に盛り上がっている。
買いすぎて運搬手段のなくなった中国人が群がって買い求める。

 朝の銀座でもう一か所混雑しているところがあった。マツモトキヨシだ。
電化製品の爆買いをお国から止められて、彼らの欲目は化粧品と薬に向かった。買い物籠にはクレンジングやら、口紅、頭痛薬、咳止め、サロンパス、腹痛の薬まで山ほどいれて大量買いである。
 銀座四丁目のマツモトキヨシは、中国への輸出拠点と化していた。
たいていの店は11時オープンなので、繰り出した旅行者は、めざすお店の前に並んでいる。
 勝者は圧倒的にユニクロのようである。

 銀座6丁目に石川啄木の碑があることを知らなかった。
 「京橋の滝川町の新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな」
 啄木は死ぬまでの3年間、朝日新聞の校閲係としてはたらいていた。銀座六丁目が京橋・滝川町であったこと、朝日新聞が銀座の真ん中にあったとは、一週間の銀座展でいろいろなことを学んだ。
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2016年10月26日

星野和彦印象派フォト展ご報告と感謝

星野和彦印象派フォト展ご報告と感謝

 銀座Gallery座STONEにおける星野和彦印象派フォト展2016
 無事に終えることができましたことご報告します。
 期間中雨も降らずたえることのなかったお客様に感謝をささげます。

 まず会場に花を添えていただき御礼申し上げます。
芦田 淳先生  井上八千代師  いのうえ・まき様  市川ぼたん様  尾上菊之丞、あぐり様
尾上松也様  千 明子様  松井今朝子様  真理福様  堀越希実子様  千景みつる様
丹羽奈津江様  上坂 匡様  ギャラリー桜の木・岩関禎子様  門前茶寮弥生座・座の会様
祇園・廣島家様  祇園・まめ鶴、そ乃美、孝鶴、フク愛、照豊様、昌子、小愛、小耀、小扇、小衿様
NORI FLOWER様  ジャパン・プロモーション様

 御祝儀をいただき感謝しています。
阪本和子、京子様  永楽善五郎、酒井弘子様、 伊藤愛子様、 長岡秀秋、はと美様、島田五郎、由美子様
真理ヨシコ様、小川信夫様、星野卓郎、栄子様  島田雄一郎様、 河合明治、喜代美様、 松永良男太様

 また数々の差し入れ、スタッフ一同有り難くいただきました。
三村節子様 早野美織様 勝又佳子様 馬田博子様 植田保子様 ファリーダ・ラーマン様 田中薫様 
水野進子様 久米佳代様 中尾有様 清岡様 東山敏恵様 津曲久美子様 笈田育子様 湯木弘子様 
山口路子様 図師洋一様 峰みどり様 小泉美明、美沙子様 岡田道哉様 鈴木研司様 石寺真澄様
伊藤愛子様 青山伸介様 田辺玲子様 猪狩喜永、由美様 船引悦雄様 小田雅美様 宮下伸様 高畠弥生様 伊藤浩子様 新妻佐知子様 サキナ・ラーマン様 小川敏男様 長谷部恭様 小谷正子様 島田五郎、由美子様稲吉靖司様 小野郁夫様 藤井サワ様 木村珠美様 馬場勉様 蛯名由起子様 いのうえ・まき様 吾妻徳穂様 岡本得子様 野口真一、真弓様 徳増正彦様 六角泰子様 石井智子、玖美様 金内玲子様 松居敏典、
岡本妙子様 大倉真理子様 榎本様 谷口愛子様 金井由起様 金子倖子様……

 フランス語の翻訳にご協力をいただいた芳野まい様、鈴木幹一様と白樺会の皆さま、 札幌からお手伝いにきてくださった米山美佳様、軽井沢の高橋亜矢子様、座ストーン事務局の石川桂子様、安藤浩一マネージャー、そしてなによりも貴重な会場をご提供いただいた荻野惇、由美子様に最大の感謝を捧げます。

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2016年10月14日

星野和彦印象派フォト展2016

星野和彦印象派フォト展2016

「窓辺にパリジェンヌはいない。」(写真らしくない試み)
と題しまして銀座5-6-15 座ストーンB1のGALLERY座STONEで開きます。
銀座四丁目から有楽町に向かうと、左側にアルマーニのビルがあります。そこを曲がって50メートルほど行くと
ねんりん家本店があり、そこの地下一階がギャラリーになっています。
 今回のフォト展は2018年にパリ左岸のギャラリーで開く予定のプレ展です。
撮影素材はすべてフランス、パリを中心にノルマンディ、オンフルール、アルザスのコルマールなどで撮影しました。表現技法はすべて写真の写実性より絵画的な表現にちかくなっています。
機関は10月17日(月)から23日(日)まで、毎日11時から19時までです。
初日の17日と23日には16時から作品解説のギャラリートークをいたします。
入場無料、お気軽にお出掛けください。
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バクテンは恋の良薬?

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 バクテン・ブームだそうである。
 バクテン教室やら、バクテン・スタジオは満員御礼。 なぜだ!といいたくなるが、男どもの反応は至ってクール、もてたいからっすよ。バクテンがうまいと何故もてるのか不明だが、とにかくバクテンは女性に効くというのだから、とりあえずバク転をよしとするしかない。
 ハンドスプリング、バク転、バク宙などとともに教えてくれるようだ。
 一般 3,240円、ジュニアは2,160円、プライベート・レッスンになると一般12,960円、ジュニアは8,460円、これはアットホーム日本一、低価格日本一、を打ち出しているバクテン教室のお値段。
 失恋して自分みがきをするために、バクテンに励むという理屈がどうしても納得できないが、わざわざ東京のバクテン教室までくる若者たちにはそんな疑問は通用しない。

 どこかのTVで若者から聴取した、女性にもてるテクニック・ベストテンというのがあった。
 @ 手品(これはダサイがという注釈がついている。)
 A 手相(すこしばかり魂胆がみえるが)
 B ものまね(カラオケやら最近六本木にできたコロッケの劇場をめざす)
 C フォークとスプーンの使い分け(将来高級フレンチなどに連れて行ってもらうためのトレーニング)
 D 計算(特に暗算に強い、計算が良くできるから、お金持ちになるかというとかなり疑問だが)
 E バリトン・ボイス(低音はたしかにセクシーである。がもって生まれた音程はいかんともしがたい)
 F バク転(全く実用性がないが、ジャニーズあたりのタレントがバクテンしてカッコいいあたりからの都市                                             伝説かも)
 G アカペラ(絶対音感ありということか)
 H ネーティブな発音(バイリンガルということか、まず漢字のよめない日本人のこと)
 I マッサージ(実際的実用的これは大賛成)

 これも時代とあきらめるか、それともお馬鹿と極めつけるか、
 異常なスポーツ・ブームに呼応した信じられないコイバナである。
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2016年10月13日

韓国慰安婦は性奴隷ではなかった

韓国慰安婦は性奴隷ではなかった

 韓国ソウル大学・李栄薫教授が韓国近現代史のネット講義「慰安所の女性たち」のなかで、軍慰安所の女たちは「性奴隷」ではなかったと発表している。
 韓国挺身隊問題対策協議会や、朝日新聞の主張する慰安婦強制連行説や性奴隷説をはっきりと否定している。
軍が慰安所の設立を認めていらい、その慰安所を経営していたのは、多く韓国人だったとものべている。
 当時の公娼制度のもとで、法的に営業許可をとらなければ働けなかったし、契約が満了し、廃業届をだしさえすればいつでも認められたといっている。奴隷どころか、まったく性産業を選択した労働者だったのだ。
 実態は生活困窮に追い込まれた親が、娘をかってに業者に売り飛ばしたり、就職詐欺みたいな中間業者にだまされて慰安所に送り込まれたと、教授はいっている。
 それでも性奴隷だったといいたい人たちは存在するが、そうした反日原理主義者は一刻も早く眼を覚まさなければならない。
 そこで働く女性たちには、月二回の休日が与えられ、休日には勤務地を離れる自由があったとされている。中韓両政府のいうような「性奴隷」には全くあたらない。
 奴隷には法的人格は与えられていないが、慰安婦たちには法的人格はあたえられていた。
 日本軍人の乱暴な振る舞いに対して、もみ合いの末、慰安婦が軍人の日本刀を奪い、その兵士を刺殺したという事件があったが、軍事法廷では正当防衛として、慰安婦が無罪になったという事実がある。奴隷であれば裁判は受けられないが、彼女は自己防衛を主張して兵士を弾劾したのだ。
 「日本軍慰安婦性奴隷説」はみなおすべきだというのが、李栄薫教授の講義の内容だった。
 いっこくも早く世界中に散在する、韓国少女慰安婦像が撤去されんことを願っている。
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2016年10月12日

星野和彦印象派フォト展2016

星野和彦印象派フォト展2016

「窓辺にパリジェンヌはいない。」(写真らしくない試み)
とだいしまして銀座5-6-15 座ストーンB1のGALLERY座STONEで開きます。
銀座四丁目から有楽町に向かうと、左側にアルマーニのビルがあります。そこを曲がって50メートルほど行くと
ねんりん家本店があり、そこの地下一階がギャラリーになっています。
 今回のフォト展は2018年にパリ左岸のギャラリーで開く予定のプレ展です。
撮影素材はすべてフランス、パリを中心にノルマンディ、オンフルール、アルザスのコルマールなどで撮影しました。表現技法はすべてしゅしんの写実性より絵画的な表現にちかくなっています。
機関は10月17日(月)から23日(日)まで、毎日11時から19時までです。
初日の17日と23日には16時から作品解説のギャラリートークをいたします。
入場無料、お気軽にお出掛けください。
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いつ「老い」を感じましたか

いつ「老い」を感じましたか

 「あなたはどういう時に老いを感じますか。」というアンケート調査がきた。
 客観的に老人であるという認識のもとに送られてきたのだろう。少しばかり腑に落ちない点もあるが、致し方なしと考えてみた。

 @「名前が思い出しにくくなった。」良く知った顔に街角で会い、親しく話をかわし、別れたあとで「はて いまの人誰?」そんな失礼な状況が、一年に数回ある。
 A「眼鏡をはずした場所を忘れる。」家になかではたびたび起こる。最近は書斎にひとつ、リビングにひと つ、事務所にひとつ、かつ旅行用にふたつ、眼鏡をつくっている。
 B「デパートやコンビニで買ったものを忘れる。」何ヶ月もたった伊勢丹の袋から、包んだままのシャツが出てきたりする。
 C「走らなくなった。走ると転ぶという恐怖感がある。」普段から転んだら終わり、車いすだからね、と脅されているせいかもしれない。
 D「徹夜ができなくなった。」受験勉強の徹夜、麻雀の徹夜、カット割り(ドラマ演出のおり脚本にカメラの割り当てとサイズを指定する書込み)の徹夜、リハーサルの徹夜(ムーラン・ルージュの頃はショー・ナンバーの演出、振付のため3日位は平気で徹夜した。)そのほかアバンチュールの徹夜等々。
 E「入浴時間が長くなった。」カラスの行水といわれたのは昔がたり、いまではゆっくりと、手足をもみながら入浴している。
 F「トイレの頻度が高くなった。」老人介護の経験者といると、レストランでもカフェでも、トイレは?と促してくれる。
 G「植物が好きになる。」ハコモノばかりの都市計画を見るとうんざりする。なぜ一年中花木の咲き誇る町おこしをしないのか、不思議だ。
 H「暗証番号はぜったいに覚えられない」アパートの鍵も、アマゾンの買い物も、ホテルの予約もすべてが暗証番号ないとスムーズにいかない。そのうち女房に会うのも暗証番号を入力してください、となるのかもしれない。そうまでして女房に会いたいか、それが思案のしどころ。
 I「女性を口説く情熱がなくなってきた。」美への探求心は失っていないが、女性の持ち合わせているメンドウクササに耐えられない。若者はコスバに合わないと切り捨てる。
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2016年10月11日

秋刀魚の秋がきた

秋刀魚の秋がきた

 秋は秋刀魚(さんま)にかぎる。
秋は松茸というのもあるが、近頃のマツタケ事情を考えたら、秋刀魚の足元にも及ばない。
秋刀魚は七輪と切り離せない。グリルで焼いたり、フライパンで焼いた秋刀魚は、秋刀魚ではない。
もうもうと煙のたった七輪の炭火こそが、秋刀魚のいちばん望む環境なのだ。
七輪に炭を盛り、半分破れた団扇でバタバタと風を送るシアワセを、近頃の主婦はしらない。
飛び散る火の粉をよけながら、七輪の火を熾すのは、その先に待っている秋刀魚の幸せを知っているからだ。
すこし焦げ目のついた秋刀魚に、すこし醤油のきいた大根おろしをもって食べるシアワセは、日本人の秋の贅沢ともいえる。

 あわれ秋かぜよ  情(こころ)あらば伝えてよ 
 ――男ありて  今日の夕餉にひとり  さんまを食いて思いにふけると。

 故ありて別れる妻と娘をまえに、せめてこの夕餉の団欒のひとときだけは夢であってくれるな、と願う男の
心情があふれて、秋刀魚のほろにがさにこころを託した、佐藤春夫の秋刀魚の歌である。

 さんま さんま  さんま苦いか塩っぱいか  
その上に熱き涙をしたたらせて  さんまを食ふは いずこの里のならいぞや。

殿様のサンマ自慢のはなしをきいた大名の追体験

 大名 サンマは美味しくなかった  殿さま---それはどこのサンマであったか 
 大名答えて---たしか房総産とききましたが、  殿さま--- いかんな、サンマは目黒に限る!

 おなじみ目黒のさんまのサゲだが、目黒の秋刀魚まつりも、サンマ不漁のためいつまで続けられるか判らないということだ。
 明石家さんまは七輪で焼いたサンマの味をしっているのだろうか。


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2016年10月10日

沖縄は日本に奪われた、中国の言い分

沖縄は日本に奪われた、中国の言い分

 中国人の身勝手な振る舞いには、開いた口が塞がらない。
 つい先日、南沙諸島に於ける中国の占拠、要塞化について「国際法上無効である」という判決をくだした国際司法裁判所にたいし、あんなものはカミクズと無視したばかりだが、舌の根も乾かないいま、中国民族琉球特別自治区準備委員会を立ち上げ、無効の筈の国際司法裁判所にたいして、「尖閣、沖縄の主権を日本から中国に返還させる訴訟を提起する」と発表した。

 中国共産党の偏った教育によって、中国人はあらかた尖閣、沖縄は日本が奪取したのだと誤解している。中華思想と呼ばれる漢民族の意識には、ほどほど呆れるほかないが、これに対し無防備であっては南沙諸島のごとく
たちまち占拠され、要塞化されてしまう。

 1609年から薩摩藩の支配下に入って以来、琉球は自国の安全のために近隣諸国に朝貢を続けてきた。明治5年には琉球王国から琉球藩となり、明治12年には沖縄県として王国500年の幕を閉じたのだが、このことに不満を抱いた脱清人と呼ばれる一部の人がいて、日清戦争を引き起こした。戦争の結果、日本は勝利し、台湾、沖縄、宮古、八重山の日本帰属が確定したのだ。
 こうした歴史的事実があるにもかかわらず、沖縄は日本に奪われたと主張し、中国は沖縄に対する権利を放棄していない、と主張する論文が今世紀になって20本以上も発表されている。2010年には菅直人首相が、嘉納昌吉に対し、「沖縄は独立したほうがいいよ」とけしかれたことが判り、中国ネットには「沖縄はいちど独立させ、しかるのちに中国の属国にしたらいい」などという暴論が登場した。中国成都の反日デモでは「琉球回収、沖縄解放」の横断幕をかかげ、政府に軍事力発動の圧力をかけている。

 中国国営通信では「2020年から、中国は台湾、ベトナム、インド、との戦争後、尖閣諸島、沖縄を取り戻すための「六場戦争」を開始する」という戦争計画が発表されている。
 これでもまだ安保反対を唱える貴方は、中国のスパイか、細胞に違いない。
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2016年10月09日

旧友の生前葬

旧友の生前葬

 久しぶりの旧友にあった。
 B29の爆撃や、グラマンの空襲をくぐり、ともに学び、ともに生きてきた仲間だ。当時(中学時代)、彼は三つの志を立てたという。
 「山登りでてっぺんを目指すこと」「会社の社長になること」「本を書くこと」
 俺はこの志をすべて達したのでもう悔いはない。2年後に最後の絵画展をひらき、「生前葬」をやるので、友よ香典をもってこい、というのだ。

 1960年、彼は慶應義塾創立100周年記念ヒマルチュリ登山隊の一員として、ヒマラヤの未踏峰7864メートルの登頂をはたした。 …一生を償うに足る 一瞬が人生にある。 堀口大学の詩によせて、苦しい、うれしい、がいま山頂にたったと、彼は記している。
 時を同じくして筆者は、パリ・ムーランルージュで一年間に及ぶ「ラ・ルビュー・ジャポネーズ」の演出にたずさわっていた。彼はのちにエベレスト南西壁に挑み、日本山岳会の会長をつとめて、山登りの目的は達した。

 さて社長のほうだが、三越で辣腕をふるい、宣伝室長としてバブル期のベルサイユ大パーティやら、岡田三越の尖兵として働いた。奇しくも社長室でスポンサーと、ショー演出担当の立場で対面したこともあった。結局彼は中内ダイエーに引き抜かれ、オ・プランタン・ジャポンの社長となり、日本初の女性のためのトータル・ファッション・デパートを完成させた。さらに福岡ダイエイ・ホークスの社長をつとめ、中学時代第二の志は達成した。

 そして第三の志、本を書くは、いまここに「二人者」Die Beiden 田辺寿著 なる本がある。
 オスカール・エーリヒ・マイエルにインスパイアされ、山を愛した男と山に憧れることのなかった男、ふたりは互いに相手の生き方を蔑むべきではないという論考が主題になっている。
 いま彼の生前葬まで、命を全うしたいと思っている。

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2016年10月07日

麻薬殺戮を認めますか。アナタは

麻薬殺戮を認めますか。アナタは

 フィリッピン第16代大統領ロドリゴ・ドウテルテが注目の的になっている。
 就任以来、二ヶ月で1100人の麻薬犯罪人を殺した。警察と民間処刑団も動員して超法規的に行った。この強権発動に対し、麻薬中毒は殺されてはたまらないとばかり、68万人以上の人間は名乗り出た。繁華街に銃殺された死体がころがり、空き地には切断死体が遺棄されているというからすごい。

 これに対し、アムネス・インターナショナルや、国連人権高等弁務官事務所、あるいは国連事務総長らが警告を発しているが、ドゥテルテ大統領はまったく意に介さない。
 「オバマはじめ、国連のクソッタレ共の言い分は関係ない。俺はフィリッピンの大統領だ。余計なことを言うな。」
 事実大統領の強権政治は、八割の国民から支持されている。大多数の国民が、麻薬ずけの国内をクリーンアップしなければならない、と考えているからだろう。

 法治主義はクソの役にも立たない、現にフィリッピンの領土であった南沙諸島は中国に侵略されてしまった。
 国際機関に訴え、裁判に勝ってもなにもかわらない。そんなもの紙切れだと相手は嘯いている。
 武力だけが最高の国家権力だし、強力な武力をもたなければ国家は崩壊するという、現実をみせつけられた。
 シリアに於けるISとアメリカとロシアと政府の争いにしても、法治システムは100パーセント崩壊し難民だけを生み出し、ヨーロッパ全体を危機に貶めている。
 そんなもの聞けるか、というのが、大統領の言い分である。ルールを弄ぶのではなく、現実を解決することこそが政治だ、というのがドウテルテ大統領の主張だ。

 テレビでは無法の犯罪番組「必殺仕事人」とやらを盛大に宣伝しているが、「必殺仕事人」を喜んでいる視聴者に、どれだけ無法フィリッピンに対する理解者がいるのか、いささかの興味がある。
 麻薬撲滅はインテリ共のうわべだけの認識にたいして、ドウテルテが突き付けたヤイバなのだろう。

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2016年10月06日

女性にリードされる欧米の政界

女性にリードされる欧米の政界 女性にリードされる欧米の政界

 難民問題をきっかけに欧州の情勢が激しく変転している。
 この処理に当たって、主導的地位にあったドイツのアンゲラ・メルケル首相のお尻に火がついた。
キリスト教民主同盟、社会民主党を背景に盤石をほこっていたメルケルの政策に国民がノーを言い出したのだ。
ドイツのための選択肢AfDは、難民受け入れ反対、ユーロ離脱を旗印にキリスト教民主同盟を追い込み、メルケル首相の選挙区で勝利した。リーダーは41歳の女性フラウケ・ペトリだ。

 6月23日にEUを離脱したイギリスでは、選挙まえまで意気良いよく離脱をかかげていた男性政治家共はみな逃げ出し、結局残留派だった氷の女王テリーザ・メイが、首相の席に座った。オックスフォード大学に学び、下院議員から内務大臣となり、もとは欧州懐疑派だった彼女が大英帝国のかじ取りをすることになった。靴と洋服が好きな彼女はイギリス政界のファッション番長ともいわれ、中国のイギリス投資などに疑問を呈してる辺り、無防備なデビット・キャメロン前首相よりははるかに頼もしい女宰相かもしれない。

 フランスでもオランド大統領は2017年の大統領選挙では負けるだろうと、はやくも赤信号がついている。
 極右政党国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が着々と党勢を拡大している。フランスの文化と習俗を乱すものは入国を規制する。大統領選に勝利したあかつきには、フランスのEU離脱の可否についての国民投票を実施すると発言している。EUを離脱してフランスは、ドイツや欧州官僚から主権を取り戻さなければならない、と主張して、元気のいい国民戦線創立者の三女である。

 そしていま健康不調のクリントン議員は、トランプ放言王と必死に闘っている。

 小池百合子は既得権益相手に奮闘中、いずれにしても21世紀は女性の世紀になるのは間違いない。
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2016年10月05日

田中角栄の生き方と幻影

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 それまでトンネルを抜けた雪国が「新潟」だった。
 田中角栄が日本列島改造論をひっさげて政界に登場したことで、雪国はようやく首都に近ずいたのだった。
 目白の田中邸には毎日陳情の人々が列をなした。下駄ばきで錦鯉を愛する闇将軍は、ひとつひとつの陳情を誠実にきき、「よしわかった」「それは出来る」「それは出来ない」と即座に答え、はるばる陳情に来た人々を安堵させた。ただ田中邸を訪れるときは、サントリーの角瓶の箱に万札をつめて持って行かねばならないと、噂がとんでいた。サントリーの箱には、丁度万札で1000万円入った。
 愛人の住んでいた神楽坂は、午前中は下り、午后は上りの一方通行になったが、角さんの霞が関への通行にあわせたと伝えられた。

 「私は田中角栄だ。小学校高等科卒業である。出来ることはやる。出来ないことはやらない。ただ、すべての責任は私が負う」 初めて大蔵大臣になってときの挨拶だが、並み居る東大卒のエリートたちが、よしこの大臣ならついていける、と感動した。官僚たちの名前、出身地、誕生日、家族構成、まで細かく頭に入っていて、転勤、栄転、誕生日には声をかけ、コンピューター付ブルトーザーとよばれた。
「金は一気に使え、ちまちま使うな」も口癖だった。「ウソはつくな。すぐばれる。」ともいっていたが、後にロッキード事件に巻き込まれ失脚した。
 大平内閣、鈴木内閣、中曽根内閣は、いずれも自派閥の田中派を中軸に誕生させ、闇将軍といわれて恐れられた。日中国交正常化を実現し、関越道、上越新幹線を通し、経済格差の多きかった上越の人々に希望をもたらし、角さんの生まれた長岡の生家は観光コースとなり、今太閤と人気の的になった。

 バブルと金権政治を生んだ田中角栄本が、いま売れている。頼りない今時の政治家にあきれて、強かった角さんへの憧れが復活したのかもしれない。
 田中角栄100の言葉 / 田中角栄頂点をきわめた男の物語 / 田中角栄相手の心をつかむ「人たらし」金銭哲学 / 田中角栄戦後日本の悲しき自画像 / 天才
 「人間はいつも始まりなんだ」清濁併せ呑んだ角さんの生きざまは今に訴えている。


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2016年10月04日

遺体ホテル記念月間大サービス

遺体ホテル記念月間大サービス

 火葬を終えて骨をひろっている人々、火葬中で待機している人々、最後のお別れをしている人々、火葬炉に送り込まれるお棺を涙ながらに見送る人々、…… 火葬場は原宿並みの混乱をていしている。何十年の人生を終えてあの世におくる厳粛さはどこを探してもない。
 高齢化社会の多死時代を迎え、死にゆくための施設がどこも不足し、たいへんに困った状況になっている。
 墓が高くてもてないとか、お寺のお布施がわからないとか、そんなことより死んだカラダがお墓にたどりつくのが大変なのだ。
 死ぬに死ねないと親不孝息子をまえに嘆いていた昔は、いま親不孝娘がいなくとも、死ぬに死ねない現実が待ちかまえている。
 待機児童のことではなく、待機遺体のことだ。遺体は火葬場にいくというのが法律で決められて常識だったが、その火葬場がたりなくて順番待ちがどんどん増えている、という話だ。

 昔のように鳥葬などあれば山に棄てに行けばいいが、それもできない。信州には姨捨山があり、死期を悟った老人は孫や息子に背負われて、その姨捨の谷に棄てられに登ったと伝えられているが、そうしたアナログな死にかたのほうがシアワセだったかもしれない。死んだあとにまで政府や法律が介入してくるので不都合ばかりが発生する。

 すぐに火葬場に行けない遺体は、葬祭業者が預かってどこかの冷暗所に置くしかない。
 そこで登場したのが「遺体ホテル」、大きな冷蔵庫が並んでいるカプセルホテルのようなものから、完全個室で一室に一棺ずつで遺族が共に過ごせるようになったホテルタイプのものまであるそうだ。
 大手葬祭業者や倉庫業者が空き倉庫やアキビルをリフォームして、「遺体ホテル事業」に進出してきた。
 いっぽうでは死んでからでは間に合わないので、あらかじめ火葬場のスケジュールをおさえておき、遺族から連絡がありしだいすぐに火葬場に送り込めるよう段取りを整えておく葬祭やもあるというから驚く。当然火葬料に予約手数料がのり、高くなる。
 海外旅行に際し、何ヶ月もまえから飛行機の座席をおさえる、あの方式と変わらない。そのうち遺体ホテルのサービス週間やら、記念フェティバルが電通あたりの企画で実施されるかと思うと、絶望的な気分になる。
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2016年10月03日

ピアフに会い、ダリダを偲ぶ

ピアフに会い、ダリダを偲ぶ

 いつの頃からか、海外にいくと墓地を訪ねるようになった。
 不謹慎ながらバリの墓地はとても面白い。年齢のせいかともおもったが、必ずしもそうばかりとはいえない。
モンテーニュ通りの超高級ファッション街を歩いても、来シーズン限りの衣装傾向しか読み取れない。それにひき比べ、墓地にいくと何世紀にも及ぶ歴史が現れる。墓石をまえに亡き人の足跡をたどると、際限なく文学や音楽の洗礼を受けられる。

 パリ最大のペール・ラシェーズ墓地には、フランス演劇の父モリエールが眠っている。すぐ傍には愛の賛歌のピアフが、男神にまもられて恋多き女の一生を暗示している。 キスマークだらけのオスカーワイルドはサロメの石像ごとプラスティックの囲いにはいって、現世の女たちのキッスを受けられないようになった。口紅の成分が墓石をくさらすとはショックな情報だ。 いつもロマンティックな薔薇にかこまれているのはショパンの墓。若き日のジョルジュ・サンドが、墓石を占拠して他者を近寄らせない。 世紀の歌姫マリア・カラスは亡くなった時手元金がなく墓はつくれず、後ファン・クラブの人々の手で集合墓地下2階ののポストにはいっている。
 モンパルナスの墓地には、サルトルとボーヴォアールがいるし、ボードレールもケンズブールもここにいる。数年前、ゲンズブールの人気が再来したときには、お花が墓に乗りきらず、いったいすべてがゲンズブールへの献花で埋まってしまっていた。
 エッフェル塔の対岸にあるパッシー墓地には香水王ゲランがいるし、丸いレコード盤を模した赤大理石に守られているのはドビッシーだ。
 モンマルトルの墓地では、ニジンスキーが、牧神の午後のペトリューシカそのままの姿で自らの墓を守っている。椿姫のモデルとなった高級娼婦アルホォンシーヌ・デュ・プレシスの墓前には最後の恋人が残した遺産によりいまでも椿の花が絶えない。華奢で蒼ざめた彼女の写真は、いくど盗難にあってもちゃんと複製されて石額に入っている。モンマルトル墓地最大のパフォーマンスは、金の後光を背負った歌姫ダリダに尽きる。彼女が自殺した38歳とうじの肉体がそのまま石膏像となって建っている。まるで生きている彼女のオーラの如くに、うしろの黒大理石に金の後光がひろがっているのだ。ドラマティックでダイナミックなお墓だ。静かにダリダの墓のまえにたつと、在りし日 ムーランルージュやカジノ・ド・パリの舞台で熱狂を誘った彼女の華やかな姿が浮かぶ。
 パリの墓地は、歴史とあそび、生きざまに想いをはせる絶好の図書館である。
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2016年10月02日

悪魔がやってきた! ポケモンGO

悪魔がやってきた! ポケモンGO

 ポケモンGOの配信以来、私のようなゲーム嫌いでもゲームのことを考えざるを得ない場面に出くわすことがある。長い間VRバーチャル・リアリティといわれて、気にとめていなかった人工現実が泥靴で視野に入ってきた。
ひっそりと自室にこもってやっていたゲーマーたちが、街角に進出してきたのだ。
 処かまわず時かまわずそこいらじゅうに拡散している。
 現実を享受して生きている平凡な生活者にとって、こんな迷惑なものはない。
 ポケモンGOは悪魔のゲームである、という断罪に100パーセント賛成である。ありえない仮想現実が、原宿や湾岸や日比谷をうろうろされたのではたまったものではない。頭のお寒い政治家が、国会のなかで「私もポケモンGOをやってます」にいたっては、世紀末どころか世紀破壊中なのだ。「授業中のポケモンGOは退学に処す」と厳しく指導している田舎の学校もある。
 配信直後には、近畿大学の学生がゲームのなかで、階段から転げ落ち救急車で病院に運ばれるという現実がおきた。海外で言われている「病院へGO!」がリアルになったのだ。
 1990年代、ハリウッドでもっとも稼ぐ監督といわれていたティム・バートン監督がつくった作品に、ハリウッド史上最低の監督を描いて話題になったエド・ウッドという映画があったが、そこに登場するニュースキャスター「クロズウェルは予言する」というバーチャルの中で、「人類がみんな楽しく気が狂う」という情景が現実になってしまった。
 仮想現実VRにしろ、拡張現実ARにしろ、登場のしかたがまずかった。
 高齢者社会における医療、教育実習、航空技術、戦争シュミレーションなどの切り口から入ってくる分には抵抗がなかったかもしれないが、いきなりゲームで街角を占拠したのでは、科学の領域をこえてしまっている。
 3000億の市場が8年後には8兆円を超えると言われているが、、それこそVR酔いそのものではないか。
 すでにCGか、本物か区別のつかない映像が氾濫して、人間から想像力を奪っているが、この現実が際限なく拡張していくと人類は確実にバカになる。
 悪魔に支配され、楽しく気が狂うのだ。
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2016年10月01日

アンサンブル軽井沢を聴く

アンサンブル軽井沢を聴く

 久しぶりにアンサンブル軽井沢の定期公演をきいた。
 チャンバー・オーケストラながら、町の資金協力もえずに演奏活動をつづけてきた、猪狩喜永、由美夫妻、大畑晃利さんらの努力には頭が下がる思いだ。
 11年目の秋は、会場に軽井沢旧道にあるユニオン・チャーチをえらんだ。ユニオン・チャーチは、明治期に軽井沢にやってきた宣教師たちが、宗派別に教会をもつのは大変なので、合同しててつくった素朴な教会だ。300人近くはいるレトロな木の建物には、歴史の響きと自然のなごみが浸みついている。海を渡ってきた外人宣教師たちが、ここで礼拝をし、講演をし、音楽会を開いた過去と、目の前で演奏しているアンサンブル軽井沢の現実がだぶって、観客の心を呼び覚ます。

 さて演奏曲目だが、フランス革命によつて音楽の眼が貴族から大衆に向けられた時代の、判りやすい楽しい曲のオンパレードだった。
 1858年の歌劇「天国と地獄」、1874年の歌劇「こうもり」、1875年の歌劇「カルメン」などの抜粋が演奏された。色彩ゆたかな楽しさにみちた曲が次々と登場したので、いわゆるクラシックの演奏会につきまとう暗さがなく疲れないコンサートだった。リゾート軽井沢にふさわしい選曲だったともいえよう。
 演奏家はいかにも信州の教養人らしく生真面目な表情で曲と対峙していたが、明るくはじけて演奏してもよかったのでは。 もっとも演奏の色彩は指揮者の棒によることなので、指揮者の解釈が真面目すぎたのかもしれない。

 天国と地獄の解説では、文明堂カステラのCMが話題になっていたが、かって筆者のアシスタントが制作していた人形CMを思い出し、余韻はさらに演出に携わっていたパリのムーランにとんだ。1889年に誕生したモンマルトルのムーラン・ルージュでは、カンカンの音楽として、毎夜三回必ず演奏され、踊り子達ははスカートをたくし、足をさらし、奇声をあげ、カンカンのリズムにのって踊り狂っていた。
 贔屓の踊り子のチラッと見えたガーターベルトは、パリの遊び人の勲章でもあった。
 オッフェンバックからちょい悪パリジャンまで、カンカンには時空を超えた興奮剤がはいっているのだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 23:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする