2016年11月30日

すき焼きの季節がきた

すき焼きの季節がきた

 帰国して 日本恋しや まず「ちんや」……
何故ちんやかと、問われれば「ちんや」というは、東京に於けるすき焼き屋の代表であって、創業130年の老舗である。浅草のちんやへ行かず、ホテルの和食処で間に合わせても、江戸っ子はちんやへ行くと粋がった。
いまでこそすき焼きはたいして珍しくもなく、ちょっと小さなハレの日のメニューになったが、昔は貴重なメニューだった。

 明治天皇が初めて牛肉を食べるまで、日本国民の牛肉食は禁止されていた。天皇様がたべたというので、初めて牛肉を食べることが許可されたのだ。 どうしてと、不思議に思うかたもいるかと思うが、馬や牛は人間の
労働を手伝ってくれる貴重な動物と考えられ、食べたら罰が当たる、じつに恐れ多いことだった。
 飛鳥のころから1000年日本人は、獣肉食はしてこなかった。マクドは絶対にニホンには生まれなかったのだ。どうしても食べたい農民や猟師は内緒で、イノシシや鹿の肉を、お上にばれないよう闇鍋で食べていたと伝えられている。

 すき焼きは関西風と関東風に別れる。
 筆者は江戸っ子にもかかわらず関西風なすき焼きにひかれる。鍋に具材のすべてを入れて炊く関東風のすき焼きはどうも肌にあわない。あれはすき焼きではなく、牛の寄せ鍋ではないかという気分なのだ。牛肉にたいする扱いがはなはだしく軽い。
 その点、丁寧に脂をひき白ネギの香りを移し、一枚一枚の上肉を軽くこすり焼きしながら、醤油、砂糖、酒などで味をととのえながら、溶き卵に移して食べる関西スタイルのほうが、はるかに肉の味も楽しめ、相手となった豆腐や糸こんにゃく、ねぎの風味も堪能できるのだ。すき焼きへの思いがこもっている。
 ニューヨークあたりの日本料理やのすき焼きが、総じて手をぬいた関東風なのは残念だ。
 上を向いて歩こうが、SUKIYAKIのテーマソングと納得されている、その程度のオモテナシと考えればあきらめもつく。
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2016年11月29日

フルタチさん 喋らないでください

フルタチさん 喋らないでください

 フジテレビ、日曜夜の「フルタチさん」の評判が恐ろしく悪い。
 どんどん視聴率も落ちて、韓国朴槿恵大統領と肩を並べんばかりの状態になっている。なによりいちばんの犯人は、MC をつとめる古館伊知郎にあるのだが、本人にまったくその自覚がなく、僕には得意の喋りがあると、
思い込んでいるので始末に悪い。

 いま一番、話し方の参考にしているのが、東京都知事の小池百合子さん、話しの間の置き方や笑顔のタイミングが巧いですよね。と古館は言っているが、話しをうわべのテクニックだけで捉えている彼の欠点があからさまになって、語るに落ちた発言である。
 哲学がなく内容のうすい喋りにうんざりしている視聴者の心が全くよめていない。

 12年間も報道ステーションの司会を務めながら、彼を誰一人としてニュースの権威だとか、報道の第一人者と思わない。ただのシャベクリ・マシーンとしてしか受け止めていないのだ。
 左翼文化人の真似をして安保反対を主張したところで、口先だけのテレビ芸人としか思われていないので、ふみこんだ意見らしきことを発言すればするほどうっとうしく感じてしまう。
 古館伊知郎最大の敵は彼の信じるマシンガン・トークなのだ。
 古館伊知郎最大の敵は彼のうちなる心に住み着いている半端な優越感である。

 プロレス中継やF1グランプリでは通用しても、普通のおしゃべりでは通用しない自分の軽さ、浅さ、頭の悪さに一刻も早く気がツクことだ。
「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」しゃべるのは、それなりの教養と人間性が伴わなければならない。
 わけしり顔のフルタチ訓など、ただちにチャンネルを変えたくなる。
 古館伊知郎はいま、新しい話術にトライするのではなく、人間の深さにトライすることが最重要課題だ。
 フルタチとフジテレビの湾岸心中などまったく見たくない。
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2016年11月27日

大学生は何故性犯罪に走るのか。

大学生は何故性犯罪に走るのか。

 この処、大学生による性犯罪が次々と報じられている。

 誕生日研究会、これは東大医学部と大学院学生がやらかした強制猥褻事件の舞台だった。肛門に割りばしをつっこみ、生殖器にドライヤーをあてたという意図はよく判らないが、主犯ともくされている松本某が、この女は、俺のセフレだから何をしてもいい、と発言したのがきっかけと裁判で明らかとなった。
 被害者といわれている女子学生の生活にも十二分の問題があったということが、容易に想像できる。示談の条件として、学生たちの自主退学を被害者側から提示したが、加害者側は揃って拒否したと伝えられている。

 リムジン・パーティ、これは近畿大学学生が起こした強制猥褻事件の舞台だ。ただでリムジンに乗れて、そのうえシャンパンもついて、女王様気分が味わえるならと、餌にくいついた女子学生がいたのだ。
 誘われた女子学生のむしの良さにもあきれる。欧米では夜の食事の誘いにのったら、朝のコーヒーまで、という常識がある。この国では、食事とアルコールのあと、はいさようなら、という女性優位のあたりまえ、そろそろ人間の世界標準を学んだ方がいいのではないか。

 広告研究会、慶応の集団強姦事件、学生たちは「A子が沢山のむゲーム」というコンセプトを承知していたといわれている。毎夏、実施されている逗子・葉山の慶應サマーキャンプが、この事件の前奏曲だが、湘南の慶應キャンプは昔から男女学生のナンパ・キャンプと言われてきた。広研に入り、サマーキャンプの担当になるということは、そこで起こる事件への想像力がなければならない。女子学生のイメージの貧困さにあきれる。
 男子も強姦現場の撮影担当、音声生中継がいたそうだから、なにおかいわんや、集団強姦ヴィデオを、これ買いますか、買うなら今ですよ、と売りこんだ大馬鹿野郎もいたというから、開いた口が塞がらない。

 世間には女子の商品化が溢れている。乃木坂、欅坂、AKBに始まり、セクシー・アイドル、モデル、女子アナ、パパカツ、愛人探し、テレビを見れば、壇蜜、橋本マナミ、葉加瀬マイ、果ては紅蘭、謎の美女祥子まで、才能は肉体のみという風潮のなかで、学生の性的関心を遮断するのはほとんど不可能に近いが、せめて道徳教育の徹底化で少しは改善されるかもしれない、という淡い期待を抱いている。





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2016年11月25日

ことしの流行語を考える

ことしの流行語を考える

 今年も新語・流行語大賞の季節がやって来た。
 流行語のなかに中途半端な新製品の名前やら、タレントの名前が入ってくるのは、関心しない。

 筆者のグランプリはなんといっても「びっくりポン」。NHKの連続テレビ小説「あさが来た」からというところはあまり好きではないが、波留ちゃんの異常に大きな目玉に初々しい表情、それに「びっくりポン」がつくと、とびきりの魅力になった。思わぬ出来事、思わぬ馳走にあずかると、びっくりポンと反射してしまう自分がいる。

 広島カープの鈴木誠也選手の活躍から「神ってる」現象はもうすこし伸びるかとおもったが、なんとなく尻つぼみになってしまった。「僕のアモーレ」もインテル長友と平愛梨の恋ほどには、庶民の愛には育たなかった。
「ゲス不倫」の副産物「センテンス・スプリング」も文春の奮闘ぶりを伝えるキャッチ・コピーと堕落して、文春販促用語である。

「君の名は」「シンゴジラ」「AI家電」「ポケモンGO」など、商品名が取り上げられることもあるが、流行語ではないし、新商品名に過ぎない。審査員の文化度が計られる。

 現象として注目されたものは、なんといっても「EU離脱」「SMAP解散」が話題となった。SMAP…40過ぎのトッチャン坊やの内輪もめなど全く関心がないが、「EU離脱」はグローバル政策の副産物として考えなければならない要素を孕んでいる。難民を助けなければというヒューマニズムでは解決できない現実がある。つけこんでばれたのが「パナマ文書」だった。
 「トランプ現象」もフランス・ルペン党首も、フィリッピンのドウテルテ大統領も皆同根、「都民ファースト」にも通じる内向きな保守思想なのだ。習近平の領土拡張主義も「チャイナ・ファースト」、千年中国に流れてきた中華思想のあたりまえと言える。
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2016年11月24日

女子たちのワンディ・レジャー/スーパー銭湯

女子たちのワンディ・レジャー/スーパー銭湯

 マダム達の関心は、貧乏旅館よりスーパー銭湯に向けられている。
 一万円以下のコスパに優れた旅館に比べたら、1000円から2000円で一日楽しめるスーパー銭湯に優るものはない。スーパー銭湯がない軽井沢などは、所詮近隣のサービスの悪い日帰り温泉で我慢するしかない。
 スーパー銭湯は、どこでも掘りさえすれば温泉のでる、地震国日本にして初めて可能なビジネスでもある。
いままでの温泉地のように、地域全体の温泉村ではなく、都会の真ん中でも、郊外の畑の中でも、自由に展開可能な入浴レジャー施設である。

 スーパー銭湯第一の目玉はなんといっても総合浴場。それぞれの温泉の薬学的特徴はもちろんのこと、大浴場からシルク湯、ぬる湯、座り湯、寐湯、寝転び湯、露天風呂、檜湯、足湯、壺湯、と一通りの入浴形式が揃い、かつ高濃度炭酸温泉、炭酸琥珀湯、トルマリン風呂、あるいは天然の翡翠をひいた露天風呂などと経営者の工夫のあとが涙ぐましい。なかにはパリ式男女水着ではいる混浴泉などもあり、景色を奏でながらの岩盤浴もマダム達の人気、どこでも三種類以上の岩盤浴がある。
 これだけでもすでに温泉場の風呂を軽く抜き去っているが、さらにエステ、サウナ、ジムの充実ぶりも凄い。
ひととおりのマッサージあり、韓式あかすり、ボディケア、タイ式ヒーリング、アモイ式オイルセラピー、インド式ヘッドセラピー、東洋整体、ネール・ケアにヘア・サロンと、女性の美しくなりたい願望に答えている。

 そのうえ、風呂のあとは食欲とばかり、スーパー銭湯の食はバラェティに富んでいる。どこでもビュフェ・スタイルは標準となっているが、専用の和食レストラン、そば処、オーダー・レストラン、アジアン・ビュフェ、パリ風カフェ、おなかを充たした後はおしゃべり用の談話室、休憩室、そして「ジュンレツ」もくる舞台付き大広間、これだけの施設とサーピスで展開するスーパー銭湯、まもなく外人インバウンドの目玉となって、女子会やマダム達と争奪戦をくりひろげるのは必定である。

 ちなみに東京近郊のスーパー銭湯を挙げておく。
 @ お屋敷銭湯 さやの湯どころ (板橋・志村坂上)
 A 湯けむりの庄 (川崎・宮前)
 B ヒーリングビラ印西
 C 杉戸天然温泉 雅楽(うた)の湯
 D お台場・大江戸温泉物語
 E 浅草・ROXまつり湯
 F 染井温泉SAKURA
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2016年11月23日

安倍さんがくらったトランプとプーチンからの往復ビンタ

安倍さんがくらったトランプとプーチンからの往復ビンタ 安倍さんがくらったトランプとプーチンからの往復ビンタ

 安倍首相は高価なゴルフ道具を携えて、ニューヨーク五番街のトランプタワーに初詣をしたが、どうやらトランプという商売人大統領のまえに、見事に裏切られたようだ。
 昨日トランプ次期大統領は、来年一月の大統領就任初日に、TPP環太平洋連携協定脱退を通告すると表明した。すべては自国の利益になることしかできない。太平洋のに面した外の11カ国の利益など考える余地はない。米国に雇用や産業を取り戻す二国間の協定しか結ぶ用意はない、とはっきり言明した。
 日本は自動車、コメ、牛肉などで責められ、当然のごとく小麦、もろこしなどの農産品を押し付けられると
同時に、防衛軍事などではどうぞご勝手にと突き放されるだろう。

 喜んでいるのは習近平中国に違いない。これを機に尖閣へやってくる。いまでもすでに公船と称する軍艦を配備し、尖閣は中国の核心的領土であると、再三再四表明し、現実に石垣の漁民は尖閣の周辺ではまったく漁業が不可能な状況になっている。最近では琉球沖縄まで、中国の領土であるととんでもないことを言い出した。
 アメリカが世界の警察官を棄て、アメリカ・ファーストのモンロー主義になれば、中国は近隣の支配地を次々と広げ、中国御都合主義帝国の建設に乗り出すことは明らかだ。領土は戦争によってのみ手にはいるというのは、中国共産党の伝統なのだ。

 22日、択捉島と国後島にロシア軍が、新型地対艦ミサイル「バスチオン」と「パル」を配備したと伝えた。
二つの島と日本のいう北方領土、そして千島列島を含むクリール諸島を、北極圏とアジアを結ぶシーレーン防衛の拠点と位置ずけて、軍隊の配備を強化すると発表した。対中国、対アメリカの軍事政策だ。

 安倍首相はプーチンさんとの友情を信じて、故郷山口での歓迎準備に余念がなかった。
あわよくば歯舞、色丹の返還をかちとれるかもと、虫のいい算段をしていたが、あっさりとうっちゃりをくらった。トランプ誕生によってロシアには新しい展望がひらけた。日本の経済力は当面いらなくなったのだ。

 あらためて、戦争で失った領土は、戦争で奪え返さなければならない、という歴史の教訓を日本人は肝に命じることだ。
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2016年11月21日

朝日新聞のハルマゲドン

朝日新聞のハルマゲドン

 朝日出身のテレビ・コメンテーターには共通のニオイがある。
朝日新聞の良き時代に記者をしていたために、そのくせが抜けない。どんなにつまらない些少な記事に対するコメントも上から目線の口調になる。どこか紙の優越感にひたった昔の人間の傲慢さがにぢみでるのだ。
 従軍慰安婦の誤報記事以来すっかり失った信用に対する認識が甘く、贖罪の意識を感じない。社内の一部の誰かがやらかしたことで、自分には関係ないとでも思っているのだろうか。
 いくらもっともらしい発言をしたところで、朝日全体への信用を失っているのだから、本は売れないし、視聴率も上がらない。そうした現実への体感が薄いという点で見事なのだ。

 慰安婦問題の影響は大きく、一時は800万部以上を数えた発行部数は600万部を伺うところまで落ち込み、いまだ減少傾向は止まらないと、幹部は嘆いている。
 広告収入も落ちているが、一定のニーズはある。紙だけでなく、雑誌やデジタルももっているし、イヘントを作る力もある。と言いながら7月に実施した希望退職は肩たたきではなく、転職支援だと強弁している。

 そんな朝日の危機をまともに被っているのが、全国に散在するASAと称する朝日新聞販売店だ。
 世界に誇る戸別配達制度のおかげで、なんとか持ちこたえているが、新聞販売店にとって貴重な収入源だった
折り込み広告の売上高が激減している。発行部数減による媒体力の低下、スーパーなど流通業界の出稿停止、デジタル・メディアの拡大が原因だが、いままでの販売奨励金、補助金で支えられてきた本社と販売店のウィン・ウィンの関係が保てなくなってしまつた。信用を失うという事は総てを失うことに通じるのだ。
 これに対し本社は、他系列の新聞も扱え、牛乳配達や電球交換の御用聞きもしろ、と発破をかけ、本社は
不動産業にまっしぐらに進んでいる。
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2016年11月20日

スーパー銭湯のアイドル「純烈」

スーパー銭湯のアイドル「純烈」

 スーパー銭湯にスターがいる、と話題になっている。
「純烈」というイケメンのムード歌謡グループだ。29才から45才の6人組だという。初めから唄をめざした訳ではなく、芝居をやっていたグループから発生した。仮面ライダー、ガオレンジャー、相撲、ジャニーズと多彩な過去をもつているメンズたちの歌グループだ。
 2008年から活動していたというから、もうかれこれ7,8年になる。テレビや劇場はめざさずに、初めからスーパー銭湯専門のドサ周りをして大成功、ここ数年のスーパー銭湯ブームと軌をいつにして登場してきた人気者といえる。
 スーパー銭湯に通うマダムたちにとっては狂信の的、追っかけてスーパー銭湯からスーパー銭湯に通うママレンジャーがいるというから凄い。万札のレイをつくったり、万札の束を可愛いリボンで結んだり、「純烈」のスターに触れて、捧げるのだ。マダム達は、純烈に触れ、純烈の歌をきいて子宮がうずくという。

    〽 抱いて 抱いて 抱いて 抱きしめて
      燃えて 燃えて 燃えて 燃えあがって
            ……今夜はドラマティック

 こうした歌詞に、マダムたちも踊れそうなやさしい振付で、スーパー銭湯の舞台からお色気光線を発射する。
スーパー銭湯の広間にはマダムたちの潤んだ眼つきと嬌声がとびかい、私の愛人、私のペットよ、とばかりに純烈に殺到する。純烈のポケットというポケツトは、マダム達の万札ではちきれそうだ。

 かって東京の近郊などに沢山あった小屋掛け芝居のモダン版だが、ジャニーズとAKBとムード歌謡を混ぜて演出した新しいスーパー銭湯巡演芸能になっている。
 ネツトやテレビの及ばないところにちゃんとマダムたちのスターが育っていたというのが面白い。
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2016年11月19日

「撮影禁止」という非常識

「撮影禁止」という非常識

「日本人の常識、世界の非常識」という言い方がある。
 ところがこの場合の日本人の常識は、かつての世界の常識を誰かが輸入したに過ぎないという、元は世界の常識だつたという例がままある。その後世界の常識はすっかり変わったのに、日本人だけは牢固に守っている。
良い側面もあるが、何故どうしてという、という困ったこともある。
 最近おもうのは、なぜ日本の美術館はいちように「撮影禁止」なのか、大変に不思議なことだ。
「触るな」「触らないでください」と言うのは納得できる。ところが石の造形物に「撮影禁止」立体を一面から
撮影したところでどうなるものでもない。
 禁止、禁止と言っているから、だんだん客足が遠のいて閑古鳥のミュージアムが増えるのだ。

 このことに気がついたのがニューヨークのメトロポリタン美術館、数年前から携帯もスマホもどうぞ使って下さい、みんなが持っているものに対して禁止したって負けるに決まっている、それよりも名画とともに寫したマイ・フォトを、SNSやブログにアップしてくれたほうが宣伝にもなるし、皆が興味をもってくれることで客足も伸びる。スマホ大歓迎に切り替えたのだ。
 パリのルーブル美術館なども、昔から名画の隣にイーゼルをたてて、油絵を写している画学生がいた。画家を育てるには、名画のコピーこそが第一歩という考え方があるのだ。フランス歴史美術館やカルナバレ博物館などでも「撮影自由」というところは結構ある。美術館は撮影禁止という常識は、いまや世界の非常識になりつつあるのだ。
 軽井沢あたりの相続逃れの美術館でも、結構仰々しく「撮影禁止」などと書いてある。
たいした作品でもないのに、とにかく美術は撮影禁止というのは、原理原則を考えない、私のアドレスはブラバシーというなかみからつぽの習慣と変わらない。
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2016年11月17日

銀座のハタケは如何

銀座のハタケは如何

 かれこれ四半世紀前のできごと。
 京都西陣のとあるキモノ・メーカーが経営危機に陥った。経営者の時代の読み違えや、生産ラインの硬直化など原因はいろいろとあったが、社員はみな社長が引退し、長男が継いでくれれば、再生への道はあると信じていた。
 ところがその人望ある長男が、何代か続いた家業をあっさりと棄ててしまった。もうキモノは創らない。僕は野菜を作る。といって野菜作りに転身した。かといって畑づくりのイロハからやれる筈もない。北白川のどこかで、ビルのなかで葉物野菜をつくっているという噂が聞こえてきた。何か月かたったある日、見知らぬ会社から大きなダンボールが届いた。なかにはなんとも美しいレタスがはいっていた。

 あれから何年「銀座のはたけ」という噂をきいた。
 日本一土地の高い銀座で、ちかごろは畑をやろうという人がいる、という。先見の明というか、それともただのオバカさんか、銀座のハチミツは、銀座のビルの屋上から飛び立った蜂たちが、皇居の森へ飛んで行って花に親しんで銀座にもどるというので、それなりの説得力はある。
 が銀座の畑でとれたレタスでございます、そういわれてもいまいちゾッーとしない。若い人たちが、デートの話題がわりに、銀座のハタケで獲れたサラダ最高と喜んでくれても、味オンチじゃないのと軽くいなされる、位が落ちか。

 文具の伊東屋11階には野菜工場がある。そこで獲れた小松菜は一階のドリンクバーで飲める。上のCafe Styleでは、11階のハタケで獲れたサラダ、フリルレタス、ルッコラ、ケールなどをメニューにしている。
 一丁目の青汁スタンドの横に水田をつくり、アイガモ農法でコメ作りをした銀座農園は、交通会館マルシェを手始めに、農家と自治体のシェア・オフィスとして、銀座ファーマーズ・ラボを運営するかたわら、泰明小学校にシャルドネを植えて来年には収穫して銀座ワイナリーを目指しているとか。
 白鶴銀座では、屋上の天空農園で育てたお米からお酒を造り、今年の四月に松屋と三越で販売した。

 いまのところどこの農園も話題づくりでしかないが、気がついたら銀座はハタケだらけ、という日が来ないとも限らない、中国大陸からの爆買いが消えて、デューティ・フリーを掲げた店はみんな困っている。 
 では「銀座のハタケ」をやりますか。
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2016年11月16日

カラマツの終幕、冬の入り口にそそぐ

カラマツの終幕、冬の入り口にそそぐ

 庭先の桜も紅葉もすっかり葉を落として、冬の近さを教えてくれる。
早朝の浅間山は、3日にいっぺん位白い薄化粧をまとって、木枯らしをはこんでくる。
 いよいよ白い冬の季節が到来する。
 ある女流作家は、浅間嶺の白が眼に入っると、緊張して胸膨らむ思いに捕われると言う。
 玄関をあけると、落ち葉が舞い込んでくる。小さな落ち葉、大きな落ち葉、光に反射してカラマツの針が雨霰と降りそそぐ。いろいろな落ち葉を踏んで駐車場にたどりつくと、フロントとガラスの隙間や、ワイパーのゴムにからんで落ち葉が車にまとわりついている。出発前の落ち葉落しが、このところ習慣になった。車にまとった落ち葉をすっかり落とすと、周りはみごとな彩落葉の海となる。

 森の小道はすっかり落葉のじゅうたんになっている。
 かさっ、かさっという落葉の音をききながら、ゆっくりとアクセルを踏む。光に反射したカラマツの針は、まぶしいほどに降り続いている。
 すこし広い道にでる。大きな落ち葉は木枯らしに吹き飛ばされ、落葉掃きのあとのようにアスファルトが腹をみせる。カラマツの落葉は行儀よく道の両側に寄って、車のお通りに控えているようだ。

 ナナカマドの紅葉に始まった秋のコンチェルトは、深紅ののむらモミジでクライマックスを迎え、カラマツの黄色で終幕となる。
 あわててデーラーに、スノー・タイヤの履き替えを依頼すると、そろそろお客様も立て込んで、来週の週末でよろしければ、代車をもって車の引き取りに伺います、とのこと。こればかりはどうすることも出来ないので、カレンダーをにらめつつ予定の変更を書き込んだ。

 ふと仰ぐと、葉を落とした白樺の枝にアカゲラが夕陽を浴びて美しい。


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2016年11月15日

手前都合のヨーガ産業

手前都合のヨーガ産業

 昨年6月21日国連によって、国際ヨガ・デーが設定されて以来、急速にこの国のヨガが増えた。
古代インドの修業法として、孤高の身体訓練や行法のイメージの強かったヨーガが、世界中から注目されるようになったのは、瞑想中心からエクササイズ中心になってからだ。
 とくにハリウッド・セレブが身体のスリム化を目的に、ヨガを取り上げてから、日本でも流行のエクササイズとして若者が飛びついた。

 ヨガのそもそもの内容とは関係なく、ヨガをビジネス化した集団ヨガが流行っている。
 それが、公園ヨガ、砂浜ヨガ、寺ヨガ、駅ヨガなどと都会のスキマに潜りこんだヨガだ。陸からはみだしたヨガは、川ヨガとか、海ヨガと称して揺れるボートやサップボードのうえでヨガをやっている。産院のとなりの公民館では、大きなお腹の女性を集めて、マタニティ・ヨガとなずけている。はつきりとお洒落ヨガを標榜しファツシヨン・ヨガと称して、流行に掉さしているのもある。
 ヨガは最近のレッスン産業としてはもっとも成長可能な分野だとさえいわれている。

 ダンス系の痩身術や、食事系の痩身術がもはや過飽和となり、痩身モデルに適当なタレントもいなくなつたところに、具合よくヨガが登場したのだろう。ヨガは器具を必要としないという点も、ショップ・チャンネルの数々の痩身法より信用されている。ヨガはコスパに優れている。
 忘れやすい日本人はついこの間、オーム真理教が麻原彰晃のヨーガ体得をベースに、危険な布教を重ねたことなどすつかり忘れ、自己都合で利用できるところだけ吸い上げて、ヨガに凝っている。

 この際古典ヨガの聖典である「ヨーガ・スートラ」の上部をなぞるだけでも、現代人への警告となるような気がするが如何。

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2016年11月14日

女装の東大教授・安富 歩の真実

女装の東大教授・安富 歩の真実

 東大という我が国最高の学府にこういう人がいる、という現実に驚いた。
 普段女装にこっている歴史家というのがウリだが、正式には東京大学東洋文化研究所教授という肩書である。
 この安富歩なる人物が、10月26日付の琉球新報の投稿欄に書いているとんでもない文章だ。そこにある文章は、縦横斜めどこから読んでも革命へのアジテーションとしか思えない。いかにして沖縄独立を達成させるかという趣旨があからさまに書かれている。

 語るに落ちたというべき以上のおそろしい戦略がぬけぬけと書かれている。警官を挑発し暴言をはかせることこそが琉球独立のためのもっとも有効な戦略である、と書き連ねている。せっかく相手をたくみに挑発して「土人」という言葉を引き出したのだから、さらに挑発的な次のアクションを考え、沖縄は抑圧された少数民族であると言う認識を世界中に拡散し、独立せざるをえない状況をかちとり、世界中が容認して、日本の威信を失墜させることこそが重要で、ここが闘いどころである、と煽動している。
 そこにあるのは大学教授の姿など皆無で、ただのアジテーターであり、三流の革命運動家の姿しか見えてこない。
 そもそも琉球新報の極端な報道姿勢はかねがね聞いていたが、ここまでくると国家転覆罪とでも言いたくなる。沖縄の翁長知事の姿勢にもあきれるのだが、一連の行動、発言をみていると、どこかの国から請け負って破壊活動をしているのではないかとさえ思われる。

 ヘリパット反対派は、ウチナンチューにたいするヤマトンチューの潜在的な差別意識の現れなどと、ケチをつけているが、よくよく冷静に事実関係をたどっていくと、こんどの騒動は反対派グループとその支援者たちの予定調和ではなかったかとさえ思われる。
 こうした国家の破壊を公然と主張する人間にたいし、教授として給料を払い、研究費までだす日本国とはいったい何なんだろうと思う。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月13日

何故流行る「マネキン・チャレンジ」

何故流行る「マネキン・チャレンジ」

 トランプ・ショックで、全世界の指導者がフリーズしているさなか、フロリダの高校生から始まった奇妙な遊びがアメリカ中に広がっている。
 生活のある瞬間、そこに加わっている全員がストップ・アクションする。フットボールの盛り上がった瞬間だつたり、スーパーマーケットのお買いもの中だったり、5番街のお散歩中だつたり、意味もなく全員にストップモーションがかかる。
 その環境にいる人間すべてが、フリーズするのだ。外見的にはアクションの途中で止まる。呼吸も止まる筈だし、表情も止まる。もっと掘り下げれば心の動きも止まらなければならない。
 折しもトランプ大統領の誕生で、白人エスタブリッシュや知識層の脳みそがすべてフリーズしているさなかの、この流行だ。フリーズとか、ストップモーションとか、既成の呼び方ではなく、「マネキン・チャレンジ」とよび、落選したヒラリーからビョンセまで巻き込んで、現象化している。

 かってファッション・ショーの演出テクニックとして、結構とりあげたのが、このフリーズ「マネキン・チャレンジ」だった。カジュアル・ウェアからセミ・フォーマル、イブニングまで、全部そろつたときに舞台上のすべてに「フリーズ、すなわちマネキン・チャレンジ」をかける。そこに登場するのがウェデング・ドレスだったりする。或はその景の最後の台詞をきつかけに登場人物全員が、それぞれのリアクションとともにフリーズして照明が暗転する。ショウの舞台であれば、歌やダンスの終わりでフリーズして暗転。つまりマネキン・チャレンジはその作品なり、ダンスの盛り上がりを観客の印象に残す演出技術だつた。

 いま流行のマネキン・チャレンジにどこまでの意図があるかわからないが、所詮高校生の遊びの範囲は超えていないだろう、と推察される。フラッシュ・モブがうたかたの都市ゲームに終わったように、この「マネキン・チャレンジ」もまたデジタル時代のいっときの流行りで終わるのだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月10日

トランプの悪趣味とアメリカ人

トランプの悪趣味とアメリカ人

 大統領選挙のこの日、しみじみと、日本はアメリカの属国なんだと認識した。
 NHK以下民放のキーステーションすべてが特別編成で、大統領選挙特番をやっている。インタビュアーを派遣して、わざわざここはクリントンの地盤です、ここはニューヨークです、トランプの選挙事務所です、ご丁寧にひとつひとつの州の選挙民分析までして、一喜一憂してみせる。
 恐らくヨーロッパの先進国はどこもやっていないだろう。
 トランプ当選ときまったとたん、こんどはトランプの知人さがし、トランプと20年前にゴルフをしたことがあるとか、何年前にしゃべったことがあるとか、安倍さんはパイプが無いだろうからとか、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。メディア本来の在り方を忘れ、井戸端会議になってしまっている。

 「アメリカとはこういう国なのだ」ともっと冷静に受け止めたほうがいいだろう。
 各地に点在する金ぴかのトランプ・タワーをみたら、拝金主義の権化そのもの、絶望的な悪趣味さ加減がよくわかる。トランプ大統領誕生の報に、あんなに美しいビルを作る人はどんな人かしら、と発言していた国際ジャーナリストなる女性がいたが、あきれてものもいえない。
 トランプの支持層であるアメリカの貧困白人層にとって、あのキンピカ・ビルは、成功のあかしかもしれないが、少しでも教養ある常識人にとっては歓迎すべき趣味ではない。例えて言えば駅前のパチンコやといったところかもしれない。
 メキシコとの間に万里の長城を築いて移民を拒絶しろと吠えたり、日本と中国から仕事を取り返せ、と煽ったり、選挙戦術だったと擁護をする人もいるが、無教養なアメリカ貧困層の声そのものではないか。

 世界経済の不安定はウォール街の堕落から、といわれてきたが、世界政治の混乱は、ワシントンの堕落から始まるだろう。

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2016年11月08日

電通の過労死について


電通の過労死について

 何時の頃からか東大生の就職希望の第一位に「電通」が上がるようになった。
 第二位にNHK、そしてJTBなのだ。昔は朝日新聞というのがあったが、いまではすっかりメッキが剥げて朝日などと世迷言をいう学生はいなくなった。
 が待て、東大出の頭脳優秀な学生は、電通という企業の事業内容を理解しているのだろうか。簡単にいえば、
電通は広告代理業なのだが、広告代理業とはなんなのか、その本質について理解せず表面だけの人気に踊らされて電通志望というミーハー志願者が結構多い。
 筆者の経験にてらしても、制作現場への興味だけが大きく、御用聞きとスポンサーの要求に徹することが出来ない、中途半端なプライドに毒された代理店の人間がいた。そうした人間は決まって優秀大学をでたカン違い人間で、一年も経たないうちに現場から消えていった。

 さて24才、東大出身の高橋まつりという女性だが、残業100時間をこすブラック体質にこれ以上耐えられない、といつて投身自殺した。この場合、高橋まつりの能力という点が見落とされているのでなんとも判断できないが、情報社会の現場では、制作能力ないし創造力というアングルが重要で、駄目な奴は何時間デスクに座っていてもダメなのだ。
 残業時間だけでブラックという判断基準は間違っている。マクドナルドの販売員と根本的に異なるのが、クリエイティブ能力の点でそうしたアングルからみると、彼女は電通に就職すべきではなかった、という結論になる。
 かって演出事務所を代表していた時にも、演出がやりたいと希望してくるスタッフはあとをたたなかったが、
カタログ教育のお蔭で入社しさえすれば、演出に携われるといったカン違いが多く難渋した。何年かの修行を重ねなければ仕事は任せられないし、本人の努力の積み重ねしか仕事内容に反映しないのだ。
 そうした面から言えば、一般的な労働環境とはまつたく異なる特殊な職業分野が、情報社会には多々存在する。代理店のみならず、テレビの現場などもそうだが、自己の能力を過信することなく、身の丈にあった職場を選択することこそが重要なのだ。うちの息子をジャニーズに入れたいという親と、電通に入りたいという東大生には、何処か共通する甘さがあるのだ。
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2016年11月07日

パナソニックの紅楼夢

パナソニックの紅楼夢

 降格5人 出勤停止30人 譴責処分50人
 パナソニックともあろうものが、この大量処分はなんだ。
 創業者松下幸之助の伝説は、もはや今働いている従業員にとっては絵空事でしかないだろうと思われるが、それにしても100人に近い従業員が、接待ずけになっていたというのは、モラルの低下としかいいようがない。
テレビ部門の部品調達の立場にあった社員が、2000回以上の接待を受けていたという。

 中国の下請けメーカー相手に、ではお食事でもとか、商談成立の暁に明日はゴルフでも如何ですかと、誘われていたに違いない。なかには美しい美女を侍らせ、ハニートラップにかかった部長さんがいたかもしれない。
 これは異国の習慣だからと、割り切って饗応をうけた人もいるだろう。
 何十年か前、筆者もショーの演出でかの地に招かれた際、現代の楊貴妃かと見違えんばかりの美しい女性から
接待をうけた覚えがある。日本に帰らずに、この地にとどまって演出の指導をして欲しいと、触れなば落ちん風情で口説かれたのだ。さいわいにも筆者は難を逃れたが、帰国後しばらくは彼女らの幻影に悩まされた。

 紅楼夢や金瓶梅の好色古典文学から受けた啓示、繊細でプライドの高い少女・林黛王、美しく生意気な足の小さい潘金蓮など、好色な中国古典文学に登場するたおやかな女性が、眼のまえに次々と現れる高楼のまどろみは、なにも知らない島国のわかものにとって、天にも登る現実であったろう。
 共産中国の大陸に脈々と生きている民族の色香は、体制とはかかわりなく生き続けているのだ。
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2016年11月06日

金精様・ラスプーチン・朴槿恵

金精様・ラスプーチン・朴槿恵

軽井沢から日光へ行く最短景勝ドライブは、奥日光に通じる金精峠を走ることだ。
 冬のあいだは積雪のため通行止めになるので、新緑の若葉から紅葉の今ごろまでが絶好のシーズンである。
 ところでこの金精峠という名前の絶景こそが曲者なのだ。金精様となんの疑いもなくよんでいるが、この金精様こそが傾国の臣「弓削の道鏡」のことである。道鏡は法相宗の僧であったが、その透視力、託宣力により奈良の女帝・孝謙天皇の寵愛をえた。
 俗説によると道鏡の巨根と孝謙天皇の巨陰が一致して相思相愛に墜ちたと伝えられているが、宇佐八幡宮の
神託により、道教こそ皇位につくべしとの予言で一大騒動となった。その道鏡が都を追われ、この峠に差し掛かった折、わが身の恥の巨根を切り落として祀ったとされているのが、金精神社であり、金精峠と伝えられている。
 このほか権力者に近ずいた悪人は、数限りなく存在するが、なんといっても西洋においてのベストワンは、ロシア・ロマノフ王朝の崩壊に関わった怪僧ラスプーチン。青酸カリでもピストルでも死ななかったラスプーチンの伝説には鳥肌が立つ。

 なぜラスプーチンや道鏡のことを思い出したかというと、韓国朴槿恵大統領を操っていた崔順実とその後ろに控えていた謎のホスト、コ・ヨンテなる韓国政界をゆるがしている怪事件があるからだ。もはや完全な死に体となった朴槿恵だが、私が一人ぼっちになったとき傍にいてくれたとか、本当に苦しかった時助けてくれたとか、世迷言をいっている。
 そこには間違って大統領になってしまった愚かな女がいるだけである。
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2016年11月05日

スーパー・カーとスーパー・ファッション

スーパー・カーとスーパー・ファッション スーパー・カーとスーパー・ファッション

 ハイパー・カー・メーカー ブガッティという会社がある。
 ブガッティが、今年の9月に売り出したブガッティ・シロン、1500馬力、最高速度420km/hであり、伝説のW型16気筒を備え、500台の限定生産である。値段は3億円、購入希望者は本社での厳格な審査を受けなれればならない。この車に乗るにふさわしい品格、人格、経済力を備えているかどうかが、審査の基準となる。
 前モデルのブガッティ・ヴェイロンには、レオナルド・ディカプリオ、サッカーのロナウド、日本ではビート・たけしが乗っていた。
 さてこのフランス製超高級車の新型を乗り回しているのは、ZOZOTOWNの前澤友作社長。ダルビッシュ有と別れた紗栄子を乗せてさっそうと走りまくっている。
 ロスチャイルド家などもそうだが、普段はあまり目立たなく暮らすというのが、ヨーロッパの金満家のライフスタイルなのだが、アジア新興国のお金持ちはすぐ見せびらかしたくなるのがにわか成金の悲しいところ。前澤氏も千葉の稲毛に建設中の百億といわれる豪邸をインスタグラムにアップ、紗栄子は熊本地震の被災者のために500万2000円を寄付したとインスタグラムにアップしてたちまちに炎上した。

 Brunello Cucinelli ブルネロ・クチネリというイタリアの超高級ファッション・ブランドがある。ヴィトンとか、エルメスのように、誰がみてもそうとわかるようなシンボル・デザインは一切ない。まわりの誰にも悟られずに超高級なオシャレを楽しみたいという人のためのファッションだと最近教えられた。
 銀座7丁目のかどにTokyo店が最近オープンした。グレーのスタンドカラーのメンズジャケットがボディに着せてあった。カジュアルなシルエットのなにげないジャケットだ。プライスカードが出ていないので、M嬢に聞いたところ、はいといってスマホを示され72万円、隣にあったミンクのリュックは99万円、とりあえず答えをきいて頭のなかを整理した。
 シャネルもカルティエもグッチもヴィトンも青臭い。上には上があって、お金を使う楽しみに生きなければ、こうしたブランドとは付き合えない。コートダジュールでもう少し修行が必要と感じた一瞬だった。 

posted by Kazuhiko Hoshino at 13:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月04日

「つや姫」と「ふっくりんこ」

「つや姫」と「ふっくりんこ」

 「晴天の霹靂」どんな出来事がもちあがったのかと、一瞬心臓に悪い。
 銘柄米の名前ときいてホッとしたが、米につける名前として適切なネーミングとは到底思えない。もうすこし平和な食生活を連想させる名前がなかったのだろうか。
 どっちを向いても「こしひかり」というのも消費者にとっては迷惑しごくだが、近頃では「長野のこしひかり」「福島のこしひかり」のなかから「魚沼産のこしひかり」を探し出すのが一苦労だ。もはやブランド米のネーミングのはずが、一般米の名前となってこしひかりだけでは、優位を保てない。そこで新潟から登場したブランド米が「新之助」、「こしひかり」との二本立てで育てていく予定ときいた。

 このところ北海道へ行くたびに、札幌郊外にあるホクレンの杜に足を運び、お米と対峙する機会をえている。
長いあいだ北の大地は寒さが厳しいので、美味い米はとれないという通説に悩まされてきた。どっこい「ゆめぴりか」「ななつぼし」、そして「ふっくりんこ」堂々とうまい米が並んでいる。
 「ユメピリカ」って確かに美味しいけど私は「ナナツボシ」のほうが好き、でも「今夜は「ユメピリカ」の気分」CMでマツコ・デラツクスに語らせ、全方位の販売促進を手がているホクレンはなかなかの商売上手。道内では、もっとおいしい「ユメピリカ・コンテスト」を開いて、生産者と消費者への両面作戦を展開している。

 いま全国に700を超える銘柄米があり、2016年度だけでも32の銘柄米が登場したそうだ。
わが事務所での評判は、山形の「つや姫」、福岡のあごおとしにも、新潟のいくら醤油漬にも合うつやと甘みを
もつている。北海道の「ふっくりんこ」もすて難い。濃厚な甘みと食感で、金目の干物には最高の朝飯があじわえる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする