2017年01月29日

挨拶禁止マンションの大愚行

挨拶禁止マンションの大愚行

 「こんにちわ」「こんにちわ」細いあぜ道で行き交った小学生が声を掛けてくれる。あわてて返事を返す「こんにちは」。お祭りの撮影であちこちに飛びまわっていたころ、信州のチベットなどと呼ばれている過疎の村にいくほど、子供達は、無邪気な笑顔を投げかけてくれた。醸し出す温かさに癒され、さあいい写真をとるぞ、と励まされた。子供たちの何気ない挨拶の言葉は、形式的な村長の挨拶よりずつと嬉しかった。

 神戸に「挨拶禁止マンション」があると報じられた。
 身元不明の他人にあいさつの言葉をかけるなんて、危険きわまりない。子供達を危険にさらすようなものだ。
だからマンション構内はもとより近所でも知らない人に挨拶してはいけない、というお触れなのだ。

 この報道に接し、世も末と思った。そんなに人を疑って生きて、面白いのか。挨拶禁止を主張したママたちには血が通っていないのではないか。世間には貴女たちより素晴らしい人々がいっぱいいる、そうした人々を否定するほど貴女は偉いのか。人は人に支えられて生きてゐる、という社会そのものの否定につながる愚行以外のなにものでない。

 不衛生だから餅つき大会は止めろ、とか、除夜の鐘はうるさいから止めろ、花火大会ほど危険なものはない、火事になったらだれが責任をとる、人間にゆとりが無くなったのか、それともオバカになったのか、アメリカ型の訴訟社会に毒されてなんでもかんでも訴える、とてもいやな国になってしまった。
 ふと見渡せばクレーマーだらけの荒地が広がっている。くたばれ人権、感謝再武装を進めよ、なのだ。
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2017年01月28日

ネット中継に刺されたスカパーの末路

ネット中継に刺されたスカパーの末路

 Jリーグの全競技を中継してきた衛星放送スカパーが、遂にというべきか、時代の流れに抗することが出来ず、独占放映権を失った。つまりスカパーを見る動機が消滅してしまったのだ。
 社長は深くお詫びし、社員は10年もいっしよに苦労してきたのに、なんとつれないこととぼやいている。

 Jリーグの放映権を奪った相手は、インターネットのスポーツ中継サービス「ダ・ゾーン」を展開するイギリスのパフォーム・グループ。ダ・ゾーンは、メジャーリーグを始め、F1 、ヨーロッパ・サッカーなど世界中の130をこえるスポーツ競技、年間6000試合の中継を僅か月額1750円で楽しめる画期的なネット放送なのだ。
 いままでスカパーが、Jリーグに払ってきた年間放映料は約50億、それに対しダ・ゾーンは210億、経済規模においても全く歯が立たない。
 ベガスのスポーツ・カジノでも、ロンドンのブック・メーカーでも、バルセロナのスポーツ・バーでも、そのほとんどがダ・ゾーンのスポーツ・ネットを利用している。

 スカパーはSKY PERFEC TV という名前であるにもかかわらず、テレビの終わりが近ずいていることに気がつかなかった。田舎のサッカーチームとユルキャラなど動員して、イベントに浮かれていた足元が、ガラガラと崩れ出して初めて危機を認識したのだろう。
 テレビよ、さようなら、いつでもどこでも見られるネットテレビの威力に気がつかなかったのだ。
 スカパーに限らず、高い聴取料をとって運営している衛生放送やらBSやら沢山あるが、いずれも倒産解散の時は目の前にきている。
 いっこくも早く、電波を畳んで次に備えることこそが、事業者の責任であろう。
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2017年01月27日

名物にうまいものあり「特選ますのすし」

名物にうまいものあり「特選ますのすし」

 うむ、この何とも言えない食べごたえ? 今まで知ったつもりの「ますのすし」とは全然違った。
 肉厚なますの脂の乗りきった微妙なあまさ、これこそが「ますのすし」の醍醐味ではないか。いままで折に触れての「ますのすし」は何だったんだろう。貧弱なうすいますの赤身が、かためた飯のうえに張り付いていた。あのますの貧弱感が嫌いで「ますのすし」は僕の中ではベストバイの弁当ではなかった。

 が今回の富山紀行で、すっかり「ますのすし」にはまった。
 中川一政画伯のダイナミックなますの顔の赤地に浮かんだ「特選ますのすし」である。一回目の入荷は売り切れてしまいましたので、次の入荷は……いつもなら10時半頃には来るんですが、今日は吹雪いているので何時なるかわかりません。それでも頑張って待っていると、11時過ぎになって雪をかぶった赤ら顔のおじさんが、いやぁ、ごめんごめんといって運んできた。売切れ御免になると悲しいので、いささか図々しく割り込んで「特選ますのすし」を入手した。

 名物にうまいものあり「ますのすし」、このみやげ寿しは久しぶりに好評だった。大正元年富山への鉄道開通とともに駅前に旅館と調理場を作ったという源の作品だが、越中神通川ますとりの図が描かれた白い箱の鱒ずしには、どこか貧弱な駅弁の匂いがあっていまいち土産ベストテンにはならなかった。
 が孟宗竹に包まれた特選ますのすしを食して、初めて名物鮎のすしにとって代った理由が理解できた。奴のますが旗本のますにかわっていた。
 富山再訪の機会があれば、こんどは伝承館ますのすしを試してみたい。

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2017年01月26日

洛外へ行ってしまった祇園の「都をどり」

洛外へ行ってしまった祇園の「都をどり」

 京都の劇場に困った事態がおきている。
 去年の秋から突然に劇場が使えなくなってしまった。消防法やら建築法の違反で、四条の南座と祇園甲部の歌舞練場が使えなくなってしまったのだ。恒例となっている南座の顔見世大歌舞伎も上演不能となった。

 勧進元の松竹は、先斗町の歌舞練場で急場を凌いだが、いろいろと大変だったようだ。鴨川沿いの南座に招きがあがってこその師走の顔見世興行なのだが、あの狭い路地をはいった先斗町の小屋では、なにより気分がでない。四条大通りに面した華やかさがない。
 舞台も狭く、奥と袖もないので舞台装置もかなり簡略にならざるをえない。楽屋も狭く、地方さんたちのいる場所もない。

 甲部の歌舞練場も駄目というので、今年の都をどりは北大路のはての京都造型大学の学内ホールでやることになった。とんでもなく遠い。祇園のお茶屋さんに出入りするご贔屓はどうするのだろう。
 造型大学の入口には、幅20メートルにもなる階段がある。老人が一人で登るにはきつい40段ほどの石段である。若い学生たちにはキャンバスへの希望の階段かもしれないが、ご贔屓すじの老人にとっては地獄である。
 金毘羅さんのように客を乗せてあがってくれる駕籠掻きでもいてくれればいいのだが、あの階段を想像しただけで、今年の都をどりはパスなのだ。
 それにホールもよく出来てはいるが、花街のなかの歌舞練場とは違い、華やかさに欠ける硬質な雰囲気なのだ。どこか建築全体に冷たさがあり、どう考えても花街の踊りには向かない。
 お茶屋の女将さんもお客さんの接待が大変なことだ。タクシーの何台かを常駐させてピストン輸送しなければ客も納得しないだろう。花街の春は大学のホールでは演出できない。舞台があればそれでいいというものではない。町の空気を感じ、行き交う芸妓衆やら舞妓を横目に、華やかな花街の雰囲気につつまれてこその「都をどり」なのだ。

 をどりを終えて祇園の座敷に息せき切って戻ってきた芸妓たちの、お詫びと言い訳の挨拶がいまから聴こえてくる。
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2017年01月24日

猛吹雪のなかの白川郷

猛吹雪のなかの白川郷

 猛吹雪の飛騨白川郷へ行ってきた。
 何年か前、友人の運転で訪ねたことがあったが、その時はまだ秘境の雰囲気を漂よわせていた。合掌作りの民家民宿に宿をとり、囲炉裏を囲んで古老の話をきき、山女魚の焼けた香ばしさに幸せいっぱいの旅だった。
 再度訪問して驚いたのは、世界遺産の看板と共に、すっかり観光地らしくなってしまっていたこと。

 雪に覆われた秘境の谷間には、中国人が溢れていた。中国の人々にとって、この白川郷がどんな歴史を生きてきたかは全く関係なく、日本の昔の貧しい村落風景位の興味なのかもしれない。自撮り棒とけたたましい声と不作法の限りの旅があった。
 お蔭であちこちが制限だらけ、秘境の村落が一望できる萩町城址の展望台は立ち入り禁止となり、マイカー観光も不可能となった。幸いにも潜りこんだオヒトリサマ・ツアーの食事処が、展望台の天守閣だったのでなんとかライトアップを望見できたのが、せめてもの収穫だった。がこの夜の白川郷の気象は、荒狂った吹雪としばれる寒さで、久しぶりのバツ・ゲーム、マツゲは凍り視界不良、カメラのレンズにも氷が張って撮影どころではなく、指先という指先のすべてが機能障害を起こす、という悲惨な有様に見舞われた。

 この豪雪地帯の人々のすべてが、室町末期には浄土真宗の門徒となり、助け合って生きてきた秘境の文化には頭が下がる。旧家の片隅に残された小さな阿弥陀如来に、救いを求めた過酷な自然と宿命がこめられている。  60度の急勾配の屋根裏での養蚕と、カイコの糞を捏ねて、密かに造った煙硝の陰にどれだけの苦労があったかと思うと慄然とする。信長に逆らった石山本願寺の秘密基地として、他言無用の厳しい掟のもと、何百年ものあいだ歴史から隠れて火薬づくりを営んできたここの人々の暮らしを考えた時、簡単に観光地と呼んでいいものかどうか、自らを問い質してしまうのだ。

 白川郷は風景遺産であるとともに、悲しい歴史遺産なのだ。
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2017年01月22日

マネーファーストのトランプはいつまで?

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 この国はアメリカの植民地かと思わせられたトランプ大統領就任のテレビ報道だった。
 トランプの一挙手一投足に密着し、会場に向かう夫妻の足取りから、装甲車並みの大統領専用自動車の解説、そして就任演説のすべてを報道する。一見公平を期した報道のように見せながら、実態はトランプの英雄化に手を貸したメディアの垂れ流し報道だった。
 ヒットラーに金を持たせたようなこのどうしようもない大統領を選んだのはアメリカ国民なのだから、批判するとすればアメリカ人を批判しなければならない。アメリカ人は多民族国家という自らのアイデンティテイを棄て、白人優先主義というアフリカのどこかの国のような選択をした。

 このヒロイズム100パーセントの白人大統領は、力の信奉者であるとともに拝金主義主義のかたまり、つまりウォール街の使いなのだ。金になりさえすれば、何でもありの不動産王、下品極まりない人間だと言える。
 この大統領がこれからの4年、うっかりすると8年、世界中を引っ掻き回すかと思うと暗澹たる思いになる。
太平洋沿岸国家が何年も苦労に苦労を重ねて、やうやく体裁を整えたTPP協定はあっさり反古にされ、NAFTAも白紙に戻すと表明、さらにオバマ前大統領が苦労して作った、国民医療制度オバマケアも見直すと就任初日にサインした。さらに軍事費の上限を撤廃し、今日からアメリカは世界最強の国家を取り戻すと宣言した。

 こうしたトランプの支持者層は白人貧民層が大部分で、大統領就任の式典には見事に白人ばかりが集まり、黒人も有色人種もまったく参加していない異常な風景だったと伝えられる。有色人種蔑視に加え、女性蔑視の発言も度重なっているので、アメリカ・ファーストは白人のエスタブリッシュメントからも反発をうけている。
 かのケネディも暗殺された国に於いて、いつトランプ暗殺という訃報が起こるともかぎらない。世界は固唾をのんで、この始末のわるい大統領の行方を案じている。

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2017年01月19日

韓国のやらずぼったくり

韓国のやらずぼったくり

 韓国は本当に困った国である。
 1965年の日韓基本条約によってすべて解決済みのはずが、国家間の約束をすべて反故にして少しも恥じることがない。ウィーン条約をはじめ国際間の取り決めにも全く意を介さず、自分たちの勝手な理屈をもちだして勝手なことをする。世界という秩序のなかでの国家ではないのだ。
 詐欺と脅しの常習犯であり、歴史的事実もなにも関係なく因縁をつけてくるならず者の集団、それが韓国だと思うしかない。

 なかでも韓国挺身隊問題対策協議会という団体は始末がわるい。
 慰安婦像をそこらじゅうに設置することが唯一の目的になっている。ヴェトナム戦における韓国兵の性処理の問題など一切拭って、あたかも日本人にのみ存在したかのように慰安婦像をつくりまくっている。
 その元を作った朝日新聞すら誤って反省しているのだが、韓国人は聞く耳をもたない。朝日新聞の自虐史観にも困ったもの、メディアとしての権力批判姿勢に、教条左翼が加わって日本国を貶める論調に固まっている。最近はそれも少しずつ剥げて、購読紙数は坂道をころがるように減り続け、ついに社長みずから、不動産屋への転向を示唆する事態に追い込まれた。

 従軍慰安婦記事をねつ造した犯人、朝日の植村隆元記者は、呆れたことにちゃっかりと韓国カトリック大学の教師になりすまし、あいかわらずの慰安婦と強制連行の虚偽を語っている。植村記者は日本と韓国の間に拭いがたい溝をつくったのだから、戦時における性の問題を歴史的に検証し、ふたつの国の誤解を解くような活動をすべきだろう。朝日新聞も社会の公器としての責任を感じるなら、韓国の慰安婦設置問題がかたずくまで、韓国メディアを通して歴史の真実を明らかにする活動を続けるべきだ。
 愛国心の欠落した新聞記者と新聞社にはあきれるばかりだ。

 日本は10億円を使って、慰安婦像の増殖とやはり韓国は信用できないという分かりきったことを学んだのだ。
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2017年01月18日

「カメラのきたむら」閉店・終わりの始まり

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 六本木に居たころは、フィルムの御用はいつも新宿西口ヨドバシ・カメラだった。
 ポジで撮影するコダックのフィルムは他には置いてなかった。フィルム用の携帯冷蔵庫を持参して、20本、40本とフィルムを買ってきて撮影に出掛けた。
 のちに軽井沢に移ってから信州のお祭りを500程も撮ったが、その度ごとに現像は東京のドイ・テクニカルに送っていた。長野の現像所がいまいち信用できなかったからだ。
 それが何時の頃からかデジタル・カメラの普及とともに、フィルムにとってかわったのがメモリーカードだった。専門家はフィルムに比べ、メモリーカードの映像の浅さとか種々論じるが、実際に使ってみるとさほどのことはない。つまりフィルムの現像というプロセスが消滅してしまった。駅前の写真屋さんも何処かへいってしまった。

 遠い地の撮影でも道中巡り合った「カメラのきたむら」で間に合った。忘れたフィルターやSDカードの補充は「カメラのきたむら」で随分世話になった。不要になったカメラやレンズの処分も、たいてい「カメラのきたむら」にまかせた。地方に於ける趣味のカメラのベースキャンプが、「カメラのきたむら」だった。

 近年スマホの普及と共に、「カメラのきたむら」もいらなくなった。スマホ写真の無料プリント機を置いたり、七五三写真や成人式の晴れの写真コーナーなど設置してなんとか経営立て直しに奮闘してきたが、ついに赤旗をかかげた。全国450店舗一斉に閉店となったのだ。
 デジタル時代への対応を誤ったといわれているが、町の写真屋さんが消え、「カメラのきたむら」が消えては写真の置かれている位置も根本的に変わっていくだろう。

 素人の楽しみとしての日常的なスマホ写真と、ほんの一握りの作家たちのための現像所、そしてあとは大規模家電量販店の片隅に生き残った写真コーナー、いつか6月1日写真の日だけが生き残って、写真は供養される対象になってしまうのだろう。
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2017年01月17日

雅子皇后への心配事

雅子皇后への心配事

 いよいよ徳仁天皇誕生、2019年1月1日に決定! と報道された。
「徳仁天皇」と「雅子皇后」が誕生する。元号が改まり、新しい天皇、皇后が即位されるのだから、国民は期待に胸膨らませ、世の中は一気に明るくなる。筈なのだが、気分は一向に高揚しない。
 何故かと考えるに徳仁皇太子と雅子皇太子妃に、天皇の後継にふさわしいイメージがない。天皇皇后を見習って、被災地のご訪問をされても、現地の勉強をされずに一通りのお言葉だけで、尊崇の気持ちが湧かないご夫妻だと、被災地の人々からきこえてくる。

 賢所における宮中祭祀にしても、ここ十年、雅子妃は一度も列席していない。
 適応障害、つまり宮中におけるいろいろの祭儀に参加できない病なのだ。国民のために祈る立場の天皇家にとって、もっとも相応しくない病を患っているのが雅子妃なのだ。
 こうした人が天皇家を継ぐというのは、国民にとって釈然としないのも当然だろう。

 皇太子が折に触れ新しい皇室像を等といわれると、神道の家元として「国家国民の平穏無事を祈るという祭祀」を止めてしまうのではないかとすら、勘ぐりたくなる。

 正月の歌会始に詠まれる歌にしても、雅子妃は吾子愛子のことばかり詠っている。
  十一年前吾子の生まれたる師走の夜 立待ち月はあかく照りたり
  月見たしといふ幼な子の手をとりて 出でたる庭に月あかくさす
  那須の野を親子三人で歩みつつ 吾子に教ふる秋の花の名 ……
 見事に愛子愛子で、徳仁天皇即位とともに皇后として、国母の役割りがまっているという意識が全く感じられない。
 これでは雅子皇后になるよりは、小和田雅子になった方がはるかにいいのかもしれない。
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2017年01月15日

買い物移動車より御用聞きを復活せよ

買い物移動車より御用聞きを復活せよ

 お米屋さんは勿論のこと、お肉屋さんも、魚屋さんも、八百屋さんも、それぞれに御用聞きというシステムがあった。朝一の牛乳屋さんから夕方のお豆腐屋さんまで日々の暮らしに必要なものは、みな商家さんの方からやって来た。だから夕方になってもお魚屋さんが見えないと、どうしたのかしら風邪でもひいんたんじゃない、といってお魚屋さんに果物を届けたりしていた。お刺身にしてほしい、焼き魚が食べたいわ、といえばそのように加工して届けてくれた。普通の家庭と商売人の距離がそれほどに近かった。だから御用聞きのみえる裏木戸や勝手口はいつも鍵がかかっていなかった。お正月のお餅も、お宅は伸し餅が二枚、丸餅がいくつ、お供えが五組、そして豆餅が一枚といったふうに、ちやんと記録してあって、確認のための御用聞きに改めてきた。そしてそれと一緒にカレンダーを届けてくれた。

 そんな昔を暮らしてきたので、表札もださず、鍵をかけ、同窓会名簿にも住所を隠して、プライバシー、プライバシーという近頃の風潮は不思議でならない。そんなに隠すことがあるのか、ひょっとして犯罪でも犯したことがあるのかと、勘ぐってしまう。

 ところで買い物難民がふえ、食料品や日々の必需品を買いに行けない「買い物難民」が全国で700万人に上ると発表された。過疎地の話ではなく、都会の真ん中でも深刻な問題になっているそうだ。
 そこで大手スーパー、コンビニがそろって移動販売に乗り出すことになった。各社とも「買い物困難地域への対応は企業の社会的責任」などといかにもの地域社会への貢献をかかげているが、そんものはお笑い草だ。そもそもの小売業というものはユーザー一人一人に寄り添ったもので、その為の御用聞きがあった。そういうものを全部なくして利益一辺倒の経営をしてきた結果が、買い物難民を産んだという自覚がない。

 いま日常必需品までスピーディに届けてくれるアマゾンの出現で、慌てているのは小売屋一同なのだ。水やティシュはアマゾンに注文、ドアの前まで来るから楽なのよ、そんな知人もいる。移動販売も結構だが、この際いっきに御用聞き平成版を考えた方が、いいのではないだろうか。
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2017年01月14日

平成落語に空前のブーム

平成落語に空前のブーム

 談志という伝説が終わって、ようやく今空前の落語ブームがきたといわれている。

 小三治、志の輔、兼好、喬太郎、一之輔、白鳥、小遊三、白酒、昇太、談春、権太楼、雲助、さん喬、談笑、市馬、三三、彦いち、などなど…
 1980年代末、バブル崩壊とともにやってきた関西お笑い界、吉本、松竹を中心にしたナンセンスな笑いに
負けていた江戸方の笑いは、ここへきて力をつけてきた。
 ひろ木、三朝、小八、ときん、馬るこ、こみち、三木男、志ん八、桃之助、和光、志の春、わさび、小痴楽、正太郎、鯉八、ぴつかり、昇々、小辰、宮治、吉笑、などなど…

 テレビに於いてNHKの早朝にしかなかった落語が、民放において笑点というただひとつの牙城にたてこもり、大喜利という遊びから、ようやく息をふきかえした。関西系のドタバタしたものにしか笑わなかった人々が、ようやく言葉を武器にした少しばかり知力のある笑いに関心を抱くようになった。永らく死んでいたイキが人々の暮らしにもどつてきた。日本語の言葉遊びを楽しむゆとりが人々の心に芽生え始めたのだろう。

 東京では、昔からの寄席に加え、町なかに寄芸を楽しむ空間も増えた。
 神保町の「らくごカフェ」、丸山の「渋谷らくご」、神楽坂の「あかぎ寄席」、神田「連雀亭」、雑司ヶ谷「cafe囀や」、庚申塚「スタジオフォー」、「茶や あさくさ文七」、高円寺「HACO」、西新宿「ミュージックテイト」、全国県庁所在地にあるらくご茶屋や、市民会館などのホール落語、一握りのスターにしか当たらなかったスポットが、二つ目、前座にまであたるようになった。言葉の笑いについてどこまで時代と寄り添っていけるか、それこそが次代を担う人々の肩にかかっている。

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2017年01月13日

年寄になりたい白鵬

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 国籍問題が姦しい。
 内閣総理大臣になる可能性のある野党第一党の党首が、日本人なのか、台湾人なのか、よくワカラナイのはとても困る。国民の生命、財産を守る仕事とする総理大臣の国籍があいまいなままでは大変に困るのだ。
 ぬるま湯で育った近頃の日本人は、グローバルな教育のおかげで、そんなのどっちでもいいじゃんと、寛大なのだが、ひとたび紛争が起きれば、生きるも、死ぬも、国籍次第という場合もある。

 もう一つの国籍問題は横綱白鵬だ。
 優勝回数37回大相撲史上最強と言われながらも、横綱白鵬の帰化問題がすっきりしない。引退後も年寄になって部屋をもちたい。通算勝ち星で、歴代一位になれば当然協会は、モンゴル国籍のまま、一代年寄をみとめてほしい、というのだが協会は「年寄名跡の襲名は、日本国籍を有する者に限る」と規則を盾にいい返事をしない。
 白鵬自身も9年4月の会見では「日本国籍を取得して親方になりたい」といっていたのだが、いつの間にか前言をひるがえした。故郷モンゴルの父親がモンゴル国籍をすてることに絶対反対だとか。日本人の嫁も認めず紗代子夫人との結婚の折も、白鵬は父親に紹介しなかった。
 そうした前後の事情をわきまえれば、当然のごとく帰化して部屋持ちの親方へと転じたらいいのだが、まわりに焚き付ける困った人間がいるようだ。

 相撲をサッカーやバスケットと同じスポーツと考えている。国から莫大な助成を貰い、神事としての側面を持つ、大相撲の認識にとぼしいのだ。勝ちさえすればなんでもいいという娯楽スポーツとごちゃまぜにしている。リング上の格闘技とは全く違うのが大相撲なのだ。
 協会は入門するときだけではなく、関取に昇進するときにもういちど「相撲の祭祀性、もしくは相撲民俗学」を徹底的に教育すべきだろう。困ったときの外人頼みでは、何時までもこうした問題が続くだろう。

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2017年01月09日

新成人、ピンからキリまで

新成人、ピンからキリまで

 例年のごとく成人の日がきた。
 町や村の役場はなにも考えることなく、例年の通りに成人式を開いている。型通りの町長の祝辞、来賓の祝辞と、成人の祝いの言葉をきいて、新成人はどれだけ心に残ったのだろうか。
 女性は云い合わせたように、派手な振袖に大きなアクセサリーを頭にのせた白襟巻の、美容院メニューそのもの。男性は茶髪にきもの、袴といったこれまた個性のない貸衣裳ルック、言うことは一人前でも、センスがまったくない自分で考える力がない。男女とも業者に踊らされたはなたれ小僧が多い。

 「きょうの主役は俺だ」赤いキモノを着て「目立ちたいから暴れた」と言い放ったつくば市の新成人にはあきれた。身体だけがオトナで、知恵オクレのどうしようもない新成人なのだ。成人式を妨害し中止に追い込んで本人は満足なのだろうが、付き合わされた良識ある新成人や、列席した大臣はたまらない。現行犯で逮捕された新成人をみて、つくづく教育の大切さを感じた。赤いキモノも、異常行動も、目立ってなんぼのユーチュウバー、情報化社会というのはこんな鬼っ子も生み出す。

 なかには心うたれる成人式もあった。
 東北大震災にあった宮古市の新成人は、あの惨禍を体験して、みんなの生命と身体を守り、財産も守れる消防士をめざすと誓っていた。 札幌の大通りでは、雪まつりの雪像づくりに動員された自衛隊二人の新成人が、上半身ハダカになって、同僚たちに雪中に投げ込まれていた。 寒中水泳もあったし、アベノハルカスでは60階まで1637段の階段登りに汗していた新成人達もいた。

 目立ちたいためにツイッターに投稿したがる新成人より、「当り前のことを当たり前にできる大人になりたい」といった新成人の言葉が心に残る。

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2017年01月08日

地上波からネツト時代へ

地上波からネツト時代へ

 地上波のテレビは終わったという声が高い。
 ニュースひとつとっても、情報連絡だけで、その情報の原因をつきとめるとか、責任をつくとか、そういった姿勢はない。予定調和ばかりで上っ面を撫でて番組をおわる。それならばネット・ニュースで十二分なのだ。
 なかには、ネットのニュース・ランキングを紹介しておわりという地上波ニュースも存在するが、そんな自虐的な番組作りをしなくともいいだろう。少しまえのテレビには、その日の新聞を広げて、ニュースをつたえる番組もあったが、いずれもニュースにたいする主体的な製作姿勢がまったくみられないという特質がある。
 なかにはフルダチのごとく、早口だけで番組が成立するといった恐るべきカン違いもある。中途半端なタレントを並べても誰も関心をもたない。

 バラェティにしても、バブル崩壊の助っ人として関西から登場したが、予算削減の役割りはおわり、いまやクイズ番組やら旅番組、グルメ番組のツマになっていることが多く、本来のお笑いとはほとんど関係のない場所で仕事をしている。がテレビの場に下品な言葉や、下品な趣味、とくに衣裳において圧倒的に下品な感性をもちこんだ功績はある。関西系お笑いの品のない衣裳になれてしまうと、ジャニーズ系の趣味の悪い芸人衣裳が気にならなくなるという効能はある。

 ドラマにしても、視聴者の関心は役者よりテーマに移っている。役者を売り込んでも誰も見ない。昨年の傾向をみても、契約結婚と若者の実態だったり、不動産屋で働く女子エリートのゴーだったり、校閲ガールの裏表 とかっての人情噺とはまったく違うところに視聴者の関心は移っている。ミステリーにしても登場する刑事の人情噺はいらない。主役となる相棒がどんな生活をしてるかは見たくないのだ。ひたすら犯罪の核心に迫ってくれればいい。

 娯楽も情報も、地上波テレビより、ネットで見る時代になってきた。
そうした面からAMEBA テレビの展開は正しいのだが、まま地上波コンテンツの作り方が入り込んでいるところが残念だ。スタッフの頭が切り替わっていない。あなた達が今まで作って来たやりかたは、完全にあきられているのだ。
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2017年01月07日

どれくらい私のこと好き?

どれくらい私のこと好き?

 「どれくらい私のこと好き」
 つきあいだして二つ、三つの障壁を超えると必ず浴びせられる質問である。このとき曖昧な返事や適当な受け答えをすると、後にたいへんな眼にあう。女性はホメ言葉にすら、工夫と芸術性とオリジナリティを求める。
 「世界中のどんな薔薇の花より君が好き」通俗すぎてこれはいけない。
 「僕の頭のなかの女性には君の名前しかない」そう言いながら、玲奈のこと加奈のこと美沙緒のこと、走馬燈のごとくに思い出していると、すぐばれる。どうしても言葉が浮かばなければ、このくらい好きだといってやや暴力的にキスするしかない。それなりに容姿に自信があり、自律的かつ個性的な女性でも、具体的な行動は言語を超える。
 自分からアプローチしてきたジェンダーフリーの女性でも、往々にして気まぐれで、わがままで、ヒステリック。脳みそのスイッチが突然切れて、肉体のスイッチがオンする。
 要は絶望的に「オンナノコ」なのだ。先進的な恋愛観をもつた自由な女子だつた筈なのに突然に人格が入れ替わる。

 すこしずつメンドウくさいオンナノコになり変わっていく。
 結婚記念日、誕生日、クリスマス……工夫のないコミュニケーションや自分への注目がたりないことは、絶対に許さない。たとえ容姿が崩れても、オトコノコは褒め続けなければならない。
 が時間を重ねれば当然のごとく、男の脳は節約モードに移って行く。初めの頃考えて紡いだ言葉は、獲物をとる燃料であってとっくに消滅している。獲物をとる道具と捕獲した獲物を維持する燃料はまったく異なるということが、理解されない。

 オンナノコは一定の時間がたつと、一様に不機嫌になる。プライドの高い文科系女子は、現実を消去して不倫に走る。オトコノコは消去できずに、一生保存して思い出にしがみつく。オトコノコは、心の壊れた女性を追い続ける属性をもっている。

 「君の名は」に始まった2017年は恋愛ドラマ再興の年になるかもしれない。面倒くささのない恋愛ドラマがみたい。



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2017年01月05日

キチキチからダブダブへ

キチキチからダブダブへ

 街になんとはなしにバブリーな風が吹き始めた。
 ついこの間まで、タイツやレギンスでぴちぴちの肉体線を誇っていた女たちが変わってきた。ダブダブ、ゆるゆるのラインになってきたのだ。ファションに敏感と自称する女ほど、ユルユル・パンツをはいている。
 揺れる31才の綾瀬はるかの今も、うっかりあるくと裾をひっかけ吉良邸で受けそうなハカマ・パンツをはいていた。
 パンツ・ファッションはここぞとばかりデニムもウールもポリもみんなだぶだぶなのだ。
 この冬のトレンドはフルレングスのユルユルの上に毛皮のブルゾンなど羽織ることと見つけたり。スキニーな細身パンツは、ユニクロやらZARAあたりにいかないと手にはいらないかもしれない。

 ついこの間まで、これがトレンドよとウインドウを飾っていたファッションを、たちまちシーズン遅れ、古着と化かして次を売り込むファション産業は、電通の上を行くブラック企業かもしれない。生地はしっかりしてるし、破れてもいない洋服に、流行遅れのレッテルを貼って次々と破棄させるビジネス・モデルがいつまで持つのだろう。中小のファッション企業は、いま視界不良に陥っていると言われる。消費者が買わなくなっている。
デパートにも行かず、専門店にも足を運ばないユーザーが圧倒的に増えている。彼等彼女等はネットでゆっくりと選び、店頭での衝動買いから引き上げているのだ。

 素材感が女つぽいトロミのコーデは、いかにもアッシー君むけのお色気がこぼれて居る。膝下ミモレ丈のゆったりスカートは、大きくスリットを入れ誘っている危うさがデザインポイント。知的なプリーツスカートも、金や銀で、真面目さだけではダメ、夜のお遊びだつてプリーツよ、とすべてがバブリーぽくなってきたのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

菊之助筋交いの宙乗り相勤め申し候

菊之助筋交いの宙乗り相勤め申し候

 江戸から明治にかけて、日本最長の物語が全90編に及ぶ「しらぬい譚(ものがたり)」だ。
 すべての体裁はページいっぱいに書かれた絵が主体で、空いたところに物語がかかれていた。今どきの劇画本のようなもので、平成のマンガ・ブームの江戸版といったところかもしれない。

 ロビーにはそこここに繭玉が飾られ、大神楽が演じられた目出度い国立劇場の初春狂言として「しらぬい譚」が取り上げられた。かって黙阿弥がまとめたしらぬい譚とは、ほとんど関係のない現代版新作しらぬい譚。いつもながら菊五郎劇団総力をあげての大スペクタクル、息つくひまもなく見せ場から見せ場の草双紙活写版だった。
 物語はいきなり大釣鐘の沈んでいる海の底に始まった。妖しい不知火が浮遊するシーンからして歌舞伎らしからぬでき、妖術をうけた若菜姫の筋交いの宙乗りも次々と空中から投じられる蜘蛛の糸のあやしさに劇場中が包まれる。
 ふたり照葉の場ではピコ太郎の登場に観客大爆笑かと思えば、屋台崩しに大怪描のたたり、蜘蛛の妖術と猫の祟りだけでもおそましいが、初春狂言らしく一気に楽しく魅せてくれた。

 消化不良の現代歌舞伎を見せられるとうんざりするが、菊五郎劇団の復活狂言は民衆の娯楽に徹していた江戸歌舞伎の醍醐味をふんだんに撒き散らし、観客を飽きさせない工夫が抜群なのだ。
 草双紙に発し、錦絵、双六、講談など当時のあらゆるメディアに人気を博し、大出来大当たりと評判をとつたしらぬい譚が今に生きていた。
 菊之助のひたむきな役者根性と、菊五郎劇団の努力が花開いた半蔵門の正月だつた。
posted by Kazuhiko Hoshino at 00:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月03日

ポツキーは世界市場を手にいれられるか

ポツキーは世界市場を手にいれられるか

 正月には菓子はいらない、蜜柑さえあればというわけで、暮のスーパーは箱売り蜜柑が山積みになつている。
かたや温州みかん、かたや有田みかん、蜜柑嫌いにはどちらでもいいが、近頃の若者は蜜柑はお里帰りのおりに食べるもの、こたつを囲んで、親孝行で食べるものらしい。

 都会にもどれば、コルドン・ブルーやら、アトリエ・マルタンで学んできたフランス風ケーキに触手を動かす。コルドン・ブルーなどは日本人のニワカ・パティシエ希望のお蔭で、瀟洒なビルに生まれ変わった。なにしろ一時間コースから、半日コース、一日コース、昼間は観光で、夜19時30分から60分といった即席講習まで揃っている。ディプロマ(終了証)だけは立派なのをくれるので、日本へ帰ってからの「フランスで勉強してきたお洒落な洋菓子店」のアクセサリーとして立派に通用する。

 さて誕生50年、世界でいちばんうれている日本のお菓子のはなしである。
 ポッキーは世界30カ国で年間約5億箱、3.8億ドルを売り上げている巨大なヒット商品なのだそうだ。
それでも世界には上の上があつて、1年1商品総売り上げ10億ドルというお菓子が12種類もある。キットカット、ハーシーズ、スニッカーズ、オレオ等、日本のお菓子は全く前線に加わることはなかつた。がここへ来てグリコのポッキーに可能性がでてきた。
 従来国内市場と海外30カ国という名目マーケットで満足していた江崎グリコが、俄然本気をだしてきた。2センチの奇跡といわれる僅か2センチの軸の持ち手に成功のマジツクがかくされていた。チョコの塗られていない僅か2センチの持ち手があって手を汚さない、おしゃべりしながら、歩きながら、本をよみながら気楽にたべられるポッキーなのだ。
 手を汚さないための持ち手から、話ながらたべるというスタイルが生まれ、仲間とシェアする共感が作りだされた。オリンピックに向け、インバウンドの増加にむけ、クールジャパンのエースとして、ポッキーが世界市場にのりだした。
posted by Kazuhiko Hoshino at 19:36| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

遊郭門前の鼻顔稲荷に詣でる

遊郭門前の鼻顔稲荷に詣でる

 初詣という年頭祭事は日本人にとって、宗教を超えた習俗になっているような気がする。
 3年前は日本の中央、生島足島神社(イクシマタルシマジンジャ)、ここにはいわゆるご神体はなくご本殿の大地が拝礼の対象になっている。明治御維新のおり、京都から東京へ首都を移したが、この生島足島神社の土を千代田城に運んだ後に東京遷都を果たしたという由緒深い神社なのだ。
 2年前は関東の一之宮・貫前(ヌキサキ)神社、妙義山塊の端にある。お手玉唄にでてくる 〽いちばん初めは一之宮 と登場するあの関東一番のお社である。ここは下りが参拝道で、拝礼を終えたら上りで帰ってくるという珍しい建て方になっている。
 そして去年は上田城内・真田神社、城外に通じる井戸を覗き込んで真田丸の権謀術策を学んだ。さいわい大河ドラマ真田丸も無事大団円を迎え、世にいう経済効果も120パーセントを超えたと伝えられる。

 さて今年の初詣は、ということになって選択したのは佐久のど真ん中、岩村田の鼻顔(ハナズラ)稲荷大社。
昭和15年まで門前に遊郭をかかえていたという稲荷大社である。
 京都伏見の総本社、愛知の豊川稲荷、茨城の笠間稲荷、佐賀の祐徳稲荷、そして佐久岩村田の鼻顔稲荷と、
土地っ子は五大稲荷と自慢するが、それには少々無理がある。が湯川にせりだした岩山に鎮座するお稲荷様は、京都清水寺と同じ懸崖造りで、対岸から見上げればなかなかの朱色に彩られた信仰のお社に相応しい。
 今に残る遊郭の大門を横目に一の鳥居をくぐれば、まもなく場所柄にふさわしく相生の大樹に迎えられる。岩肌を這うように狭い階段を登りつめたところに御姿殿があり、細長いご本殿にいたる。江戸期の繭玉やら、奉納俳句一覧、相撲力士の記録、地酒造りの樽酒、など尊崇を集めていた証拠の数々が、ずらりと並んだ大廊下に、赤の稲荷旗をぬうようにある風景はちょっとした魔界でもある。
 永録年間に伏見から勧請したと伝えられるが、当初は遊郭の大夫さんやご亭主たちの拠りどころになっていたようだ。田舎女郎に入れあげた末、身ぐるみはがされた客もここで再起を誓ったと思えば感慨深い。
 いまでは東信随一の収穫神となり、商業神として初詣の主役となっている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

お気の毒なタモリとマツコ

お気の毒なタモリとマツコ

  NHK紅白歌合戦について触れない訳にいかない。
 まずタモリさんとマツコに、お気の毒でした、と申し上げる。二人が会場に入れないという設定は、視聴者にとってすこしもインパクトがなく、そんな馬鹿なという思いだけが残ったナンセンスな設定でした。日頃お世話になっているNHKから依頼されると、貴方たちほどのタレントでも、受けざるを得ないという芸能界の掟がよく判る皮肉なシーンでした。
 シンゴジラと歌の力という戦いも空回りで、視聴者は引きました。構成作家たちは何をしていたのでしょう。
NHKのスタッフは、こうしたナンセンスな設定をこなす力は全くないという証明のようなシーンの連続、相場雅紀と有村架純の低ピッチな司会とともにいい勝負でした。

 せっかくの歌、唄のちからのある作品にやたら奇妙な踊りがつくという趣味にも当惑しました。
 唄のうまさが取りえの天童よしみのまわりに、子役のバレエがついて邪魔なだけ、と思っていたら香西かおりにも、田舎のストリップまがいの橋本まなみがまとわりついていた。郷ひろみには下手なモダンダンスではりついた土屋太鳳。五木ひろしはAKBのバックが嬉しいらしかったが、坂本冬美のバックのエキセントリックな踊りには閉口した。

 相変わらずキレのいい舞台で、聞かせ見せたのはPerfume、不倫の言い訳ソングの高橋真梨子、年齢とともにあじがでてきた。
 なんとも困ったのは大竹しのぶ、ミュージカルで唄っているからという理由でキャスティングしたと思われるが、声だけだして表情のなさには恐怖をおぼえた。あれではピアフが泣いている。
 面白かったのは、ピコ太郎と第九の重唱、シャレが光った大人の唄遊びだった。
 椎名林檎のマネキンチャレンジやら、レーザー光線、LEDムービング、そして映像と、パナマ文書のごとく使っていたのは、さすがお金持ちのNHKであった。


 紅白歌合戦はその年の歌と、芸能のレベルを知る絶好の機会である。
posted by Kazuhiko Hoshino at 23:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする