2017年02月27日

伊達マスクの心の闇

伊達マスクの心の闇

 プレ金の昼下がり、劇場はマスク、マスク、伊達マスクの波だった。
 そこは劇場というより、大病院のホールにしか見えない。
 女たちのマスクに対する執着は異常、人前に出てくるな、と言いたくなる。

 海の向こうから来た友人は、日本は不思議なものが流行るのね、と驚いている。
 20代の女性は41.2%が、伊達マスクの愛用者ときいて再び驚く。

 伊達マスクの目的は、
   @に他人の視線を避けたい。
   Aに自分に自信がない。
   Bに他人と話したくない。
 その上伊達マスクの効用として
    @スッピンを隠したい
    A寒さから顔をまもりたい
    Bお肌の保湿に
    C小顔と思われたい……マスクで顎を覆うと顔のラインが隠れて小顔に見える
                少しばかり病的なナルシストだと思っていいだろう。

  抱え込んだコンプレックスを隠すための心理的バリアであると解説する先生もいる。
  自分ひとりの世界に閉じこもる心理の表れであり、社会を拒絶することにも通じ、
  やがて 社会から拒絶される自分がいて、のつぴきならなくなるという明日が見えていない。
                     伊達マスクは、社会の危険物である。
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2017年02月26日

鈴木清順・耽美で儚くて

鈴木清順・耽美で儚くて

   三度びお会いして  四度目の逢瀬は恋になります。
    死なねばなりません。
       それでもお会いしたいと思うのです。……

  泉鏡花の同名小説「陽炎座」は鈴木清順監督の絢爛たる映画術が頂点を極めた代表作である。
 監督は多くの作品をとったが、「ツィゴイネルワイゼン」そして「陽炎座」「夢二」の三部作こそが
 世界の映画史への遺言だったように思う。

  艶っぽく、耽美で、儚くて、戯れた 男と女の抜き差しならない狂気と息ずかいを、スズキ・ワールド
 にしかない美意識と豊穣な色彩のなかで展開した。
  ウォン・カーウァイ、ジム・ジャームッシュ、デミアン・チャゼル いま映画を語るには欠かせない
 世界の監督たちが、口を揃えて鈴木清順監督から芸術的啓示を得たと語っている。
  筆者の作品づくりの師匠も市川 崑監督と鈴木清順監督だった。オペラの脚本づくりにも、鈴木清順の
 ドラマツルギーから多くを学び、色彩構成には多くの暗示をえた。

  彼は黒沢明の描くダイナミックでヒロイックな人間像にまったく興味がない。
  小津安二郎のような枯れた人生や家族にも興味はもたない。
  ただひとつこだわるのは鈴木清順の美意識とその世界だけ。
 死生を彷徨った戦争体験から、絶望的な色彩対比が生まれたのではなかろうか。
 どんなに悲しく哀愁漂う画面も、絢爛豪華にして派手でなければならない、というのが鈴木清順の
 美学だった。                                合掌
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月25日

歌舞伎座の金切り声

歌舞伎座の金切り声

 「開場まで後10分程でーす!」
 「列に並んで、はみ出さないようにして下さーい!」
 「ほら、そこの人、歩道にはみださない! 」「列をまもってくださーい!」
 「間もなく開場になりまーす! 観覧券は各自一枚ずつ持って下さーい!」
 「観覧券は封筒から出して、切符のみをお持ちくださーい!」

 歌舞伎座の入場前、玄関のまえで開場をまつ人々の群れに、金切り声が襲い掛かる。
 金切り声の主は、松竹歌舞伎座の社員のようだ。
 若い男性なのだが、妙に音域が高くヒステリックに聞こえる。
 繰り返し繰り返し、開場を待つ観客に向って叫ぶ。
 本人は何百人もたまった観客に、繰り返し警告を発することに酔っているようにも見える。
 芝居を観に来たまともな観客は、劇場に入る前の金切り声でうんざりする。

 「はーい開場しました。どんどん前に進んでくださーい! はい、立ち止まらないで前に進んで下さーい」
 ここには日本一の劇場の雰囲気はない。スーパーの大売出しか、サッカーの競技場前と変わらない。
 歌舞伎座の社員に劇場の意味を説明するのもシャカに説法だが、こんなにひどいとは思わなかった。
 正面の大垂幕には、「江戸歌舞伎三百九十年猿若祭大歌舞伎」とあるが、江戸の芝居小屋の賑わいは、
 貧民の特売デーと化していた。テレビ宣伝で来た客の質の悪さを嘆く人もいた。

 世界中の劇場を探してもこんなに騒々しい劇場はない。
 どこの国へ行っても粛々と観客は入っていく。
 文化という名の出し物と対面する場、それが劇場の筈だが。
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2017年02月23日

清水富美加、細川茂樹、あヽカン違い

清水富美加、細川茂樹、あヽカン違い 清水富美加、細川茂樹、あヽカン違い

 このところ芸能界の揉め事が多いような気がする。
 ほされた能年玲奈、センテンススプリングのベッキー、ゲス不倫の川谷絵音、SMAPの解散騒動、清水富美加の出家引退、細川茂樹の裁判沙汰、水面下に隠れている事項を含まれれば、マダマダ多くの事件があるにちがいない。

 清水富美加の出家についていえば、奴隷契約の5万円よりも、カナブーン飯田佑馬との不倫破局のほうが、よほど大きな原因ではなかろうか。嵐や欅坂46をおさえて、水着DVDも絶好調ときけばなんでやめたのかわからない。幸福の科学としてはなんとしても創価学会の牙城をつぶしたく、小川知子以来の幸福の騎士に仕立てあげたかったのかもしれない。

 細川茂樹にいたってはますます不思議だ。タレントの横柄でわがままな態度に業を煮やした事務所側が解雇を申し渡したところ、タレントが裁判所に契約の続行、仮処分執行を訴えたという裁判だ。 マネージャーが些細なミスをすると、土下座をさせて謝らせる、運転中のマネージャーにケリをいれる、担当マネージャーが次々と辞めていくので、事務所ではもうこれ以上面倒みきれない、という理由で解雇した。それにたいして解雇しないでくれ、という訴えだからこまったものだ。家電俳優などというキワモノでは売れなくなって当たり前と本人は考えていないのだろう。 

 そもそも芸能マネージメントというのは、いろいろの問題をかかえて難しい。タレントは口をむすんでシャベラナければいいが、いろいろとしゃべるのでややこしい。どうしてもタレント価値についての認識にへだたりが生じる。本人は素晴らしい個性や感性と自惚れても、客観的には全く異なる場合がある。板挟みで苦労するのはマネージャなのだ。
 局や制作会社にお百度をふんでも、簡単にはキャスティングされるものではない。次々と新人も現れる。最近ではスポンサーからの指名もあって、事務所側の思惑もとおりにくいのだ。

 芸能界三本柱といわれるバーニング、ジャニーズ、吉本などは、ごり押しのできる事務所ではあるが、そうそうタレントの思惑どうりにはいかない。レプロ、サムディといったバーニング系列の事務所にあって不平不満は、本人の能力不足か、専属タレントの順番待ちという場合もある。
 自己認識と市場価値の齟齬が、永遠になくならないのが芸能界という浮草稼業である。
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2017年02月21日

オバカなプレミアム・フライデー

オバカなプレミアム・フライデー

 車のラジオから、不思議なアナウンスが流れてきた。
 いよいよこの24日からプレミアム・フライデーが始まります。皆さんはお買い物、旅行の計画は立てられましたか。 何を言って居るんだろう。この糞寒い中で旅行なんてできるか。昨日は強風で羽田に着陸することが出来ず、関空まで連れていかれた飛行機まであるのに、まったくとぼけた放送だと思った。

 スタッフに聞いてみると、アメリカ辺りで商売促進でブラック・フライデーとやらが当たったので、その真似をしてデフレ傾向を止めるためのビジネス・休暇だという。つい先週あたりキリスト教に踊らされたチョコレート・バレンタインに次いで、毎月月末に実施する早退買物デーのことを、プレミアム・フライデーとなずけたらしい。
 デパチカに行けば、プレミアムばやりでポッキーにも、チョコにも、コーヒーにも、最近では下着や靴下にまで、プレミアムがついて高い値段で商売しているという現実をご存じないらしい。世情にうとい官僚と、オバカな代理店がよりより集まって名ずけたに違いないイベントであることはまず間違いない。

 この国の中世の大名たちはもうすこし賢かった。
 仙台の伊達政宗公は、七夕のまつりにかこつけて、七夕飾りをつくることを奨励した。7つ飾りを決め、それぞれに金銭を大事にすること、機織りにはげむこと、漁の網づくりのこと、学ぶことの大事さを教えて、領民の生き方を善導した。
 今時の政治家は、無駄使いと遊興を奨励して国民を堕落させようとしている。アメリカの植民地政策とかわらない。 トランプとゴルフをやって嬉しかったかもしれないが、国民まで巻き込まないで欲しい。日本人の国民性はもう少し良かったように思う。この阿呆さにはあきれる。なにごとにも商人の金勘定が優先する。
 国家経済の戦略は、大企業や外国を巻き込んで、もう少し大きな視点から立案すべきで、貧しい庶民のふところを宛てにするものではない。

 どうしてもフライデーをイベント化したいのなら、「スタディ・フライデー」とか、いっそのこと「アムール・フライデー」としたら、国民は幸せを享受できたかもしれない。

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2017年02月19日

喜歌劇「こうもり」の真実

喜歌劇「こうもり」の真実

 ウィーン国立歌劇場の大晦日は、恒例のオペレッタ「こうもり」が上演される。 そして年が明けると、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の御存じニューイヤーコンサートである。
 あの誇り高い国立歌劇場がこの「こうもり」に関してのみ上演するようになったのには、第二幕の仮面舞踏会が大晦日であるにせよ「こうもり」を喜歌劇最高の作品と認めたからに他ならない。

 「オーストリアよ、結婚せよ! 戦いは他国にまかせ、オーストリアは結婚せよ!」と揶揄されるオーストリアのハプスブルグ王朝は、周辺の王朝と婚姻を繰り返すことによって、領土を手に入れ勢力を拡大してきた。当時のハプスブルグ家は、姫たちを道具に狡猾かつ巧みに周辺諸国を篭絡してきた。ヨーロッパの王室が他国の王室とやたら姻戚関係にあるのは、ハプスブルグ家のそうした考え方が今に及んでいると言われている。
 戦国時代の大名たちが娘の婚姻を利用して勢力を競い合ったのと全く瓜二つなのだ。

 このオペレッタ「こうもり」はそうした当時の王政をカリカチュアし、笑いのなかに歴史にたいするアイロニーを散りばめた傑作と言われている。
 すべてはフォルケの仕組んだ芝居という落ちも、ハプスブルグの家紋となっている鷲に対して、鷹の家紋のフォルケをもってきてパロディ化し、ドイツのビスマルクに僅か7週間で敗れた悔しさは、金持ちの銀行家アイゼンシュタインに擬して憂さをはらしている。その妻ロザリンデをハンガリーの貴婦人としたところも、ドイツに敗れオーストリア・ハンガリー二重帝国でしのいだ悔しさのあらわれなのだ。
 つまり近世ヨーロッパの狸御殿が「こうもり」そのものといえよう。

 軽井沢でこの「こうもり」が町民オペラとして上演された。大畑晃利君の脚本・演出・舞台監督・制作という大情熱の賜物だ。
 皆それぞれに楽しくやっていたが、喜劇的表現と悪ふざけは異なる、という苦言だけは呈しておく。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

貸衣装は結婚式からデートまで

貸衣装は結婚式からデートまで

 一生に一度の筈の結婚式を貸衣装で挙げるとは、と旧世代を怒らせたのはついこの間のこと。貸衣装というビジネス・モデルが当たり前となり、両親も親族も友人たちもみんな貸衣装で間に合わすというレンタル時代になってしまった。
 結婚式を先駆けに、成人式、入学入園、卒園卒業、十三参り、葬式と人生の通過儀礼は、ほとんどレンタル業者の草刈り場と化している。

 ここへきて日常着、普段着までもが、貸衣装屋に狙われている。
 air CLOSET スタイリストが選ぶファッションレンタル…… 原宿にあふれていたスタイリスト達も仕事が少なくなってレンタル業者とコラボし素人を狙いだした。
 月に3着までなら、税別6800円
 無制限に借りるのであれば月額税別9800円
 貴女の好みに合わせてスタイリストが素敵な服を選んでくれる、というのだ。女優やタレントしか、ご縁がなかったスタイリストに、一般女子が恩恵を受けることができる。
 とくにファッション不毛の田舎から都会にでてきた女性にとって、10000円以内で憧れのスタイリストにかしずかれる快感はこの上ない満足なことだろう。
 とくに恋人とのデートの日、当日レンタル一点1800円(税別)は勝負服として凄い力を発揮してくれるに違いない。当人の好み、彼の好みをよく聞いて、スタイリストが腕によりをかけて選んでくれるブランド物とあれば、貧しいアパートの洋服ダンスより、はるかに勝負効果を上げてくれることだろう。

 業者はエア・クローゼットだけでなく、表参道にはリアル・クローゼットも用意し、センスの持ち合わせに
とぼしい一般女子を引っ張り込もうと牙を研いでいる。
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2017年02月17日

「獺祭」ダッサイが男を喰う

「獺祭」ダッサイが男を喰う

 そろそろ春の足音が聞こえてきた。
 立春のあと、カワウソが漁を始めるころというのを、獺祭といったらしい。
 杜氏のいらない酒作りをして評判になった岩国の旭酒造、その銘柄から「獺祭」という文字に出会ったが、滅多にお目にかかることのない漢字なので調べてみる気になった。

 獺カワウソはかって日本のどこにでも住んでいた動物だったようだが、1975年宇和島で発見されたのが最後で、現在は絶滅したと考えられている。
 カワウソが春を迎えて、魚を獲ると一か所に並べて食する習慣があるところから、魚を祭るというので「獺祭」という言い方が広がった。室町時代の辞典である下学集には、「カワウソは老いて河童になる」と書かれているそうだが、人を騙すという能力に長けた動物だったようだ。
 なかでも「獺は二十歳前後の美女に化けて、男を喰う」という民俗伝承が多いことが不思議といえば不思議である。獺の丸いカラダとその怪しげな動きから、二十歳前後の美女という人間界の存在にダブったのかもしれない。昔も今も二十歳前後の美少女は人間を騙す術に長けていたのだろう。アイドルやグラビア・アイドルのスキャンダルをみていると、その思いがつのり妙に納得する。
 春になるとカワウソが魚の漁を始めるあたりも、人間の春情もやもやに被ったのかもしれない。

 酔えばいい、売れればいい、ということではなく、もう少し化学的に酒作りをしたのが「獺祭」、杜氏に頼っていた昔ながらの酒作りから脱して徹底的な化学分析を中心にすえて、最新施設で大量生産にのりだしたのが旭酒造の「獺祭」である。
 昔ながらの酒造りにノスタルジーのある人は、冬の酒蔵の煙のなかで働く杜氏の姿に日本酒のイメージを重ねるのだが、遠心分離機により切れのある味わいと、ほんのりとした甘味をつくだす技術はこれからの日本酒にとって、重要なメッセージになることだろう。
 二割三分も、三割九分も「獺祭」のもつ今様の色っぽさは、二十歳前後の美女のもつ妖術に通じるものあり、である。


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2017年02月16日

女子学生の就活にプチ整形

女子学生の就活にプチ整形

 テレビ局を辞めたのち、演出事務所は本業だったが、グループにはCMの制作プロダクション、ふたつのモデル・クラブをもっていたことがある。
 演出事務所はテレビ番組の制作、オペラ、ミュージカル、演劇の演出からファッション・ショーの制作までなんでもやった。たまにモデルクラブの女子が飛び込んできて、整形したいからどこか知らないか、という相談もあった。
 そうなると自身判断が付きかねるので、学生時代の仲間であった新橋十仁病院の梅沢文彦君に電話を回した。あの頃の十仁病院は美容整形の本家のような立場で、美しく変身した話題の女優の顔には、必ずといっていいほど十仁病院梅沢博士の所見がついていた。

 彼に電話をすると、第一声は「その女の子、整形をあきらめさせることはできないの?」と返ってきた。世間ではいろいろと噂がたっていたが、施術はあまりしたくない、美容整形は勧められないという彼の姿勢に、整形医師としての良心を感じ、信頼してモデルたちを紹介した。
 このところ疎遠にしているが、美容整形の話題がでるといつも梅沢文彦博士のことを思い出す。

 いま大学三年を迎えた女子学生のあいだでは、ひそかにプチ整形が流行っているという記事に接した。就職に見た目は関係なく、誠実に真面目に働いてくれる女子学生を当社は期待してます、と言いつつ最終面接は見た目が100で、ブスは不利ということを学生たちは知っていて、黙ってプチ整形に行くと記事は書かれている。
 就活を始める三年生の正月がプチ整形のトップシーズン、春にはみなどことなく美しく変身している。埋没法とやらで10万円前後という就活整形が、顔採用の就職突破に重要な手段となっている。
 お隣韓国の整形ブームを笑っていたが、どうやら日本もそのレベルに近ずいているらしい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:23| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月15日

嵐山吉兆のチョコレート・三段重

嵐山吉兆のチョコレート・三段重

 今年もヴァレンタイン・デー…チョコレートの日がやってきた。
 81歳のキューピットからは、ピェール・マルコニーニが日本にきてつくったという、有り難いチョコをいただいた。チョコは恋人同士だけではなく、老人同志のメディアにもなっている。
 ままショコラ・ショーなどのみたいと思うが、軽井沢あたりでは無理難題にぞくする。ゴディバやアンリ・シャルバンティエに混じって、珍しいチョコレートをいただいた。

 京都「嵐山吉兆のCHOCOLATE 三段重」である。
 婦人画報の通販や二三のデパートで限定発売したようだが、珍しさも手伝ってあっという間に売り切れたようだ。
 吉兆の総料理長・徳岡邦夫さんと、三田市のパティシエ エス コヤマの小山 進さんの合作である。
小山さんは2011年のサロン・デュ・ショコラ・パリで最高位を獲り、世界的なショコラティエとして活躍している方なので期待して三段重を開いた。

 一段目は揚げ湯葉をモチーフにしたタブレット、精進料理のなかでもひときわ存在感のある湯葉の風味と豆のまろやかさをホワイトチヨコに混ぜ込んだミルキーなタブレット。
 二段目は道南産の眞昆布を糸状に刻んで素揚げにしたものを、そのままミルクチョコに混ぜこんだ歯切れの良さとチョコレートの口どけが面白い食感のコントラストを狙ったタブレット。
 三段目は小山シェフが吉兆でいただいた深揚げと浅上げの二種の揚げゴボウをホワイトチョコに混ぜ込んでつくった絶妙なバランスのタブレット。
 日本料理の繊細さとショコラティエのアイディアがコラボしたなかなかの三段重であった。

 ヴァレンタインに託したかずかずのチョコがあるが、パッケージだけのものから、作者の心意気に充ちたものまで、こうした商業祭に、基本的な食の文化にかかわるものが登場するのは、とても嬉しい。
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2017年02月14日

サラリーマン川柳を毒見する

サラリーマン川柳を毒見する サラリーマン川柳を毒見する サラリーマン川柳を毒見する

 今年の漢字、新語・流行語大賞と共に、世相を映し出す指標として楽しいのが「サラリーマン川柳」だ。
 2017年の100選が発表されたので、5月下旬の選考を待たずに私選してみた。

「たたき上げ 育てた女子が いま上司」 (そらみみ)
        女子がますます立派になって働いているのは、東京都ばかりではない。
「会議する 準備のために また会議」 (詠人知らず)
        働けど働けど、我が暮らし楽にならず、ブラックは自己責任です。
「賞与なの? 中身はいつも 寸志です」 (企画女子)
        いつまで続く不況、そのうち儲けはみんなトランプに持って行かれそうです。
「席がない 会社も家も 電車でも」 (透明人間)
        むかし、男の甲斐性という言葉があったような気がします。懐かしさがこみあげます。
「上司より 妻の決裁 高難度」 (ナカケン)
        定年後、仕事もままならず 妻にも娘にも邪見にされて、やがて迎える夕暮れ時
「記憶力 ないから楽し 再放送」 (にほの里)
        二度と戻らない青春を忘れて暮らすシアワセもあるという。
「ものわすれ ふせぐサプリを 飲み忘れ」 (望忘仙人)
        かくして病気の話題こそが最大のトピックスとなる。
「病院で サミツトしている 爺7」 (アキちゃん)

 江戸っ子には季語いらずの口語表現で、うがち、おかしみ、かるみ、の俳風狂句がよく似合う。
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2017年02月11日

今日からは垂直に走ろう

今日からは垂直に走ろう

 話題の石原慎太郎肝いりで始まった東京マラソンを始め、大地を駆け巡るマラソンは、日本中で3000はあるというのだから凄い。マラソン・イベントは過飽和の状態で、参加費をとって採算を合わせるビジネス・モデルは、そろそろ終わりを迎えつつあるとも言われている。
そこでマラソンに変化をつけて、市民の心を繋ぎとめようと考えられたのが「ファンラン」と呼ばれるテーマのある短いマラソン。

ファンランには次のようなものがある。
 カラーラン  コースのなかのカラーゾーンに来ると色々なカラーを浴びせられる。
 バブルラン  泡まみれになって走る。
 スイーツラン  コース上に用意されたスイーツ食べ放題のラン
 ロックンロールラン  何か所かで演奏しているロックを聞きながら走る。
 エレクトリックラン  音と光に彩られたコースを走る。
 フラッグガードラン  フラッグガードの演技がコース上のそこここに展開している。

 いずれのアイディアも大地を水平に走っている。発想の転換をして登場したのが、垂直ラン、垂直マラソンである。
 垂直マラソンのプロモーター、バーティカル・ワールド・サーキット(VWC)が、本格的に日本に上陸することになつた。2016年には世界9大都市ツアーを開催し、暮れには大阪アベノ・ハルカスでエキジビション・マッチを開催した。
 垂直マラソンは、超高層ビルの最上階もしくは屋上まで階段を使って駆け上がりタイムを競うのだが、スポーツブランドも触手を動かし、いま垂直マラソン用に反発力の高いシューズの開発に手をつけていると言われる。
  人間は何時からこんなに走りたい動物に変わったのだろう。

posted by Kazuhiko Hoshino at 17:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

頑張れ! アパ・ホテル

頑張れ! アパ・ホテル

 元谷芙美子が帽子をかぶり艶然とこちらをみつめている写真はどうも好きになれない。
 リーゾナブルな値段で出張族のために宿泊を提供するアパ・ホテルは、サラリーマンの味方であり、不況に立ち向かう戦士の趣きがある。
 この際、あの正装写真にたよるアパの広告センスは不問にしよう。

 中国政府や大韓体育会から、目の敵にされているアパ・ホテルだが、その意味がよくわからない。
 中国国家旅遊局にいたっては、宿泊予約はとるな、広告は撤去しろ、利用中止にしろとまで発言している。
 共産党国家とはそういうことなのだと、納得するしかないが、アパホテルは国家機関でもなければ、公共施設
でもない。私的にどういう思想をもとうが、なにを書こうが、自由を保障するのが近代デモクラシー社会だ。
 私的商業施設にグループの創業者の本を置いてどこが悪い、という単純な話ではないか。
 政府が乗りだして、そこにおいてある本が気に入らない、とホテルを攻撃するとは、あっぱれ全体主義国家なのだ。

 戦争中、四川の奥地に籠っていた共産党政権には、国民党政権の戦争だった第二次世界大戦に関するデータは持っている筈もなく、ましてや南京大虐殺にかんする資料は何一つない筈なのだ。
 韓国の慰安婦ヒステリーにしても、戦争というものの学習がないための妄想にしかすぎない。なによりも言い出した朝日新聞が白旗をかかげているのだから、根拠はなくなったのだが、どうしても日本を貶めたい民族感情が日本を悪者に仕立てている。

 いま全世界に413のホテルをもち、66.950室を維持しているアパホテルが、中国、韓国のいわれなき
言いがかりに負けるとは思わないが、しつこいサイバー攻撃があたりまえの中国の横暴に立ち向かってほしい。
 元谷外志雄氏はニホン民族派のフラッグ・ホルダーなのだから。
posted by Kazuhiko Hoshino at 23:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月09日

地上波は熟女アナだらけ

地上波は熟女アナだらけ

 結婚に失敗した女子アナ、古巣の局をしくじって引越した女子アナ、スター選手と一緒になったつもりが失職の経済事情で再登場の女子アナ等々、教養深く美しい女子アナ達にも世間の風は冷たい。
 そうした女子アナたちの救済機関になっているのが、キー局のプロデューサーや役員さんたちだ。

 結婚に失敗して戻って来た娘可愛やで、自社の情報番組に再登板させる。
 欲目にくらんだ女子アナは古巣にもどらず他局を選ぶ。古巣では恩着せがましく値切られるが、他所の局ならそんなことはない。マネージャーの腕次第では、ギャラ取り放題。ましてや大物司会者の在籍している事務所なら、ギャラは高額となり、そのうえ抱き合わせ出演も可能なので、出戻りアナにとって願ったり叶ったりの事務所なのだ。
そうしたいろいろな事情から、この春の番組改編時には、かってのアイドルアナ達が其処此処に出没する。

 例えば元フジテレビの女子アナ高島 彩(37)は、テレビ朝日のサタデー・ステーション(土曜夜9時)に、
同じくテレ朝のサンデー・ステーションもフジ出身の長野智子(54)に。
 楽しくなければテレビじゃない、と謳ったフジ全盛期にテレビ朝日は辛酸をなめてきた。その時のフジへのコンプレックスから、いまようやく抜け出す時を迎えた。かってのフジの朝の顔を、テレビ朝日の夜の顔にかえようというのだ。

 この現象は地上波の経営者や制作者の決定的欠点をも露呈している。
 視聴者は予定調和の地上波ニュースにはあきあきしている。上から目線の朝日、共同的左翼教条主義者のコメンテーターにも、うんざりしている。
 民族を語らない、国防を語らない、歴史を語らない、そして反対だけを語られても視聴者はしらけるばかり、
尖閣を語るには中国の領土拡張主義を語らねばならない。沖縄を語るのに基地反対のお念仏だけではなにも始まらない。兵器としてのオスプレーの可能性は語らず、鸚鵡返しの反対論だけでは、マルハダカのアイデンティティなのだ。につこり笑って、はい次 の司会者も見たくない。
 哲学のない現実音痴のテレビ芸者に騙されるほど、視聴者は馬鹿ではないことに、気ずいて欲しい。

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2017年02月08日

小池百合子の抱きつき作戦

小池百合子の抱きつき作戦

 今や進むところ敵なし、小池百合子東京都知事のお話しである。
 回転すしとも、抱きつきの達人とも呼ばれているが、判りやすい構図で敵を仕立てて挑むテクニックは抜群なのだ。
 千代田区長選挙では、丸川珠代五輪相や石原伸晃経済再生大臣に恥をかかせ、軽いジャブで一蹴した。東京における小池教は絶対的なカードであることをみせつけた。悪玉を仕立て自分を演出するのは、師匠の小泉純一郎元総理譲りの幼稚な演出だが、それこそが小池旋風の原動力になっている。
 都自民党の最高顧問ギョロメの内田を悪のシンボルに仕立て、与謝野馨の甥とやらを、内田イコールの悪玉に想定して選挙に望んだ技術はなかなかのもの、バイリンガル外資勤めのお坊ちゃんでは全く歯がたたなかった。
 ワイドショーの司会者から、細川護熙に抱きつき、小沢一郎に抱きつき、小泉純一郎に抱きついて政界を渡ってきた彼女にとって、森喜朗や石原慎太郎は対立軸つくりの絶好の餌だ。

 一方小池知事の抱きつき作戦は思わぬところで展開していた。
 私立高校授業料無償化、公共施設トイレの洋式化、保育士の待遇改善、これら公明党のスローガンをそっくり丸呑みし、予算に計上した。抱きつかれた公明党にとってもこんなに嬉しいことはない。自分たちの主張が100パーセント取り入れられたのだから、もはや友党どころか与党にならなければならない。
 千代田区長選で惨敗した都自民党も小池印と対立していては自分たちの足元が揺らぎだした、とばかり都知事へ抱きつくにはどうしたらいいかと舵をきった。このまま都民ファーストに盾ついてもいいことはなにもない。
小池回転すしの先取りをしない限り、抱きつけないのだ。このさい石原慎太郎も喚問しよう。
 対権力のジャンヌダルクは、いま権力者の座に就こうとしている小池百合子自身となって、踊らされた都民が馬鹿を見ないことを祈るばかりだ。
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2017年02月07日

妊娠菌を撒き散らせ

妊娠菌を撒き散らせ

 東尾理子、小倉優子、松嶋尚美、大島美幸、辺見えみり、矢沢心、熊田曜子、SHIHO、藤本美貴、等々……
この人々は陣痛が来たときに、赤い富士山とおテントウさまを書いていた。妊娠・出産の喜びをみんなに分かつためだ。赤富士と太陽が妊娠に効くとは知らなかったが、ものの本によれば、この都市伝説は竹取物語にあるそうだ。かぐや姫がお爺さんとお婆さんに渡した不死の薬を、二人は山の上で燃やしてしまう。それが不死の山、富士山の起源になったという説だが、古くから富士山と子宝を結び付ける俗信はあったといわれる。

 これがネットの今になって、芸能人の妊活から猛烈に広がったと言われる。
 陣痛時の「子宝赤富士」を飾っておくと、「妊娠菌」が移るというのが、コンニチタダイマの都市伝説なのだ。職場で妊娠が発覚し、いよいよ産休に入る女性社員は、「妊娠菌を置いとくね!」それが日常挨拶だというからますますショックだ。
 昔から「あやかる」という俗信があり、子供に恵まれない嫁は、子沢山の母親から水天宮さんで拝んでもらった腹帯を譲り受けたり、多産の女性にあやかって、その女性が身につけていた腰巻をいただいたりしたといわれる。

 女性芸能人が結婚すると、おめでとうオメデトウと祝福されながら少しずつ仕事が減っていく。それを打開するのが子持ちの親になった女性タレント、そのためにも妊活にいそしむのだそうだ。子持ちになれば、午後のワイドショウに空席が待っている。

 ネット上では「妊娠菌」関連グツズがとぶように売れているそうだ。懐妊前につかっていた基礎体温計、男女産み分け用のローション、その他使用済みのマタニティマークなど、値打ちものは有名タレントが陣痛時に描いた赤富士、なんでもかんでも妊娠菌を振りまくために商品化されている。
 孤独と不安に苛まれている妊婦が、タレント直筆の赤富士を奪い合うという風景は、常人の理解に苦しむところだ。

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2017年02月06日

アメリカの原発ビジネスに騙された東芝

アメリカの原発ビジネスに騙された東芝

 名門東芝が倒産の危機を迎えている。
 そんな馬鹿なとおもうひともいるかと思うが、まず自力では再生不能な状態に陥った。原因は、簡単にいえばアメリカの原子力ビジネスに嵌められた。巨大な赤字を抱えながら、隠し通して東芝に身売りしたウェスティング・ハウスの術中にはまってしまったのだ。
 福島の事故をみて、もはや原子力の時代はさったと判断したアメリカの原子力企業は、東南アジアにおける原発受注を餌に、たくみに東芝と通産に企業買収を持ち掛けた。
 ここで頑張れば名実ともに世界一の原発企業になれるとふんだ東芝は手を出してしまった。

 開けてびっくり1600億の巨大赤字をかかえていた。東芝は虎の子の医療部門東芝メディカルをキャノンに売ってなんとか辻褄をあわせたが、さらに驚いたことに原発の工事をする子会社が7000億近い損失を抱えていたのだ。
 安倍さんもアメリカ政府も原発事業は、国家プロジェクトだからと言っていたが、みんな次々と撤退して閉店寸前、フランスの準国営アレバァ社も欠陥部品問題で、もはや閉店準備とは知らなかった。
 経営判断が間違ったとはいえ、東芝はアメリカの原発事業の負債をまるごと引き受けたかたちとなった。

 医療もうり、家電もうり、稼ぎ頭の半導体も売らなければならなくなった東芝。稼ぐ部門を全部売ってもまだまにあわないかもしれない。
 からくり儀右衛門以来、ニホン初めての蒸気機関車、蒸気船を作り、戦後は電気窯、洗濯機、そしてワープロなど、つぎつぎと精密電気部門のメーカーとして日本の牽引車だった東芝も、ついにここへきて活きずマッてしまった。三井グループの名門企業としてこの国の産業を担ってきた東芝がついに落日を迎えた。
 原発事業は兆円ビジネスと呼ばれ、儲けも大きいかわりに欠損も桁違いに大きい。アメリカの口車と通産省官僚の言い分にすっかり安心して投資した東芝役員は、「原子力は大博打だ」ということを知らなかったのだろう。

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2017年02月05日

近大マグロに続いて近大ブリ、近大ナマズ、近大マンゴーは如何

近大マグロに続いて近大ブリ、近大ナマズ、近大マンゴーは如何

 西銀座のガード下、近畿大学水産研究所のまえ、昼休みの時間には行列ができる。
 水産研究所という名のレストランだ。近代マグロの刺身やら、マグロ丼がほどほどの値段で食べられるので、
銀座のOLたちにはオサカナ・ランチとして評判をよんでいる。

 マグロの御利益は学校全体におよび、私学の雄として近大は入学志願者数全国トップに躍り出た。
近畿大学のオサカナ事業は止まらない。「近大マグロ」の成功に平行して「近大ブリ」も成果を上げつつあった。におわないブリをめざして、ベンチャーは大車輪をかけた。餌から臭いのもとになる魚粉をへらし、植物性タンパクをふやし、さらに消臭効果のある緑茶をいれてみた。様々な工夫を加え、臭いの少ない「近大ブリ」が生まれた。西京焼きにしたところ、風味に優れた最強の西京焼きが生まれた。

 2014年にはにほん鰻が、絶滅危惧種に指定された。鰻の完全養殖化に挑むも難問続出、ならばと「鰻味のナマズ」はどうだと、ナマズの養殖にのりだした。そこで威力を発揮したのが「臭わないブリ」を作った時の消臭技術、それを利用してナマズを養殖してみた。泥臭さのない見事な蒲焼が生まれた。16年6月には近大なまずの蒲焼が格安航空ビーチの機内食になり、7月から全国イオンでの発売にこぎつけた。
 薬学部では青い蜜柑を原料にした抗アレルギー・サプリ「近大サプリ」を開発、さらにコレステロールを20パーセント下げた鶏卵「近の鶏卵」やら、「近大マンゴー」、「近大アロマ」と果てしなく近大ビジネスが進行している。
 まさに産学共同の見本市状態になっているのが、近畿大学なのだ。
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2017年02月04日

タレントいらずの京の節分

タレントいらずの京の節分

 季節の分け目である節分も無事終わって、いよいよ立春大吉になる。
 嵐山の吉兆さんからは、旧暦のお正月、いまごろに先代の「立春大吉」の揮毫とともにお年賀が送られてくる。関東の節分は、お寺、神社とコンビニ、そして芸能人のための節分になってしまった。大河ドラマとお笑いの豆まきが圧倒的に多いが、ことしは久しぶりの日本人横綱誕生でお相撲さんの人気に沸いた。稀勢の里は豆まきの掛け持ちでご苦労様なこと。ピコ太郎はどこで豆を撒いていたのかしらない。

 京都の節分にはタレントはいらない。
 オカメの鬼がでる蘆山寺の豆まき。四ッ眼の法相師が登場する吉田神社。壬生寺では無言劇壬生狂言のガンデンデンが奉納される。どこまでもタレント祭りではなく、「節分厄除大法会」なのだ。
 鬼をいじめるのは、豆ばかりではない。コスプレで鬼を驚かせ、除災する習わしもある。昔は町衆がやっていたのが廃れ、いまでは花街にしか残っていない。
 祇園甲部の追儺行事「お化け」である。いつものオシロイ・ダラリの帯ではないので、お化けと呼ばれるようになった。鬼はオバケに出逢ってびっくりして退散する。

 今年祇園にでた「お化け」を辿ってみよう。
 可愛らしく「舌切り雀」は有佳子・槇子、「千姫」は小扇、「越後獅子」はつる葉・紗矢佳、「三人吉三」は千紗子・亜矢子・千余子、「戻り橋」は小菊・美帆子、「風神雷神」は福葉・まめ弥、そして堂々の「本日処女」は脱いで「ピコ太郎」に変わった小喜美さん、このほかゲリラ風に現れた東映づくりのオバケがいたようだ。
 この時ばかりは普段の井上流にこだわらず、花柳でも尾上でも自由に無礼講が許される。

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2017年02月03日

柴犬が韓国人に食われる!

柴犬が韓国人に食われる!

 ヨーロッパの愛犬家の間ではだいぶ前から、日本の原産種である「柴犬」の人気が高い。何よりの証拠にシバ・コミュニティのいくつかがすでに存在している。
 柴犬は日本の古代犬種のひとつで、ハイイロオオカミの進化したかたちとされ、ほっそりした筋肉質の体格、軽快で俊敏な動き、野性的な鋭い警戒性のうえに、なによりも人間との強いきずながあると言われている。
 柴犬の名についていろいろ説はあるが、こぶりな雑木をさす芝に所以し、高地でやまどり、雉、兎などの狩に利用されてきたところから、つけられた名前ではないか、という説が有力である。

 ところで近年、韓国で柴犬の人気が急に高まってきた。日本の天然記念物である柴犬がぞくぞくと海を渡っている。案の定、対馬から盗まれた仏像と同じく、この犬はもともと韓国の犬゛だったと言い出した。もとは韓国の犬と思うほど愛してくれるのは嬉しいが、彼らのこと何時日本に犬泥棒が跋扈し、気が付いたらソウルの町のあちこちに柴犬が繋がれた居たという事態が発生するかもしれない。
 裁判に訴えても情緒法とやらで、この犬を日本から盗んできたのは確かだが、原産は韓国だから返さなくていい、といったデタラメな判決に見まわれる。

 それよりも心配なのは、犬食文化の盛んな韓国のこと。
 病気見舞いの体力回復にシバドック、精力増強にシバミート、美容のためのシバホルモンと、柴犬がはじから食べられてしまうことだ。いまでも一年に200万頭の犬が食べられているという韓国だから、そのうちの一割20万頭ほどには柴犬が混じっても不思議はない。
 よく調べたら川上犬も、戸隠犬も、石州犬も、因幡犬もみな、韓国人のお腹に入ってしまっていた、という笑えない現実が待ち構えているかもしれない。
 竹島を独島といわれてもへらへらしている日本の政治家は、このさいはっきりと「柴犬を盗むな」と主張すべきだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする