2017年09月29日

小池百合子に於ける爺転がしと終着駅

小池百合子に於ける爺転がしと終着駅

 小池百合子がとうとう仮面を脱いだ。
 いままでも政界の爺殺しとして、つとに評判は高かったのだが、東京都知事になって以来の彼女の手口がバレバレになり、希望の党に逃げ込んだのが真相のようだ。

 豊洲は活かし、築地も生かす、といった発言は、何千億かのむだ金をつかったあとで、ようやくたどり着いた愚策だ。小渕・森内閣において経済企画総括政務次官をつとめた人の方針とは到底おもえない。オリンピック会場問題でも、あちこちにいって思わせぶりの発言をかさねた上で、なにも変わらなかった。首都高建設の計画もストップしたまま、すべてとっ散らかしてすべては無駄ずかい、イメージ作りだけのポピュリストではないか。その面からは、ヒトラーとトランプに共通したパフォーマーともいえる。

 彼女の政党遍歴を見てみよう。壇ノ浦の八艘飛びならぬ、霞が関の七艘飛びなのだ。
 日本新党から新進党、新進党から自由党、自由党から保守党、保守党から自由民主党、自由民主党から都民ファーストの会、都民ファーストの会から希望の党、……。お見事としか云いようはない。この間、細川護熙から小沢一郎、そして小泉純一郎と政界爺転がしをしてきた。そこで得た役職は総務政務次官を皮切りに、経済企画政務次官、環境大臣、内閣府特命大臣、防衛大臣、そして自由民主党総務会長であり、広報本部長だった。この経験の総てが生きて東京都知事になったのだが、彼女の野望はどうやら日本最初の女性宰相にあるようだ。

 民進党の解体なだれ込みにたいして、希望の党はひとりひとりの身体検査をしたうえで認めると発言している。憲法改正、安保法案、原発廃止をバリアに受け入れると伝えられるが、連合左派の丸抱えできた民進党のメンバーがどこまで入党を許されるか、それが問題だ。
 大儀大儀と連発しながら、政治家の就活運動ほど、醜く滑稽なものはない。
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2017年09月28日

富岡八幡は江戸っ子のものだ

富岡八幡は江戸っ子のものだ

 深川の八幡様といえば、江戸っ子の拠り所「富岡八幡宮」と決まっている。
 赤坂山王さんと神田明神、合わせて江戸三大祭りともいうが、三代つづいた江戸っ子にとっては、深川の八幡様はもっとも身近な八幡様だ。
 国技である江戸勧進相撲は富岡八幡の境内からはじまった。100年にわたって勧進相撲がこの地で開かれ、のちに両国回向院に移った。それ故、歴代の横綱碑も、大関碑もすべて深川八幡の境内にある。力持碑、木場の角乗碑など、江戸っ子の自慢はみなこの富岡八幡に集まっている。

 三年に一度の本祭りでは、130台の大神輿がでて沿道の水を浴びながらの壮大なお練りとなる。若衆が江戸百町の大提灯をかかげ、宮中に大回向を敢行したこともある江戸最大のまつり。一宮の黄金神輿には30カラットのダイヤモンド、2010個のルビー、純金24キログラム、プラチナ、銀、無数の宝石類がつかわれた名実ともの日本一の神輿だし、二宮の神輿すら鳳凰の眼には5カラットのダイヤが入っている。
 江戸っ子の心意気がそのまま神輿に具現化している。

 その富岡八幡がいま神社本庁から脱退し、独立しようという騒動になっている。先代宮司が病身だつたため、長男の娘が宮司代行をしてきたが、たびたび宮司の申請をだしても神社本庁が許可しないので、とうとう独立を図ったという経緯のようだ。
 神社本庁は神道の本局として、祭事、広報、改修補助、宮司任命についての責任を負っているのだが、宮司の女系は基本的にみとめていない。
 このことは女性天皇や女性宮家にも共通することだが、一旦女性宮司をみとめてしまえば、血統の正統性が失われ、結局は滅びてしまうという危機感からきている。婿に来る男性には制限をつけることができず、極端にいえば犯罪者や渡来人が入り込んでしまうことすら、可能になるという現実からきている。
 左翼系メディアによる女系宮家の創設推進論も、男女同権の美名に隠れた国体破壊の思想が隠されていると、読まれているのだ。富岡八幡の神社本庁脱退の動きも、近い将来に必ず禍根を残すだろう。
 深川の八幡様は、宮司個人のものではなく、江戸っ子すべての魂のよりどころなのだから。


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2017年09月27日

素麺との別れがつらい

素麺との別れがつらい

 九月も終わりに近ずくと、ああ今年も素麺との別れがきた、と悲しくなる。
 夏の呼び声とともにやってきた素麺は、たつ秋風とともに勝手に去っていく。

 素麺との初めての出会いは貴船の谷あいだった。それまで家の食卓でたべていた素麺は、素麺ではなかった。貴船の川床で竹の道を流れ下る流しそーめんに出会ったとき、ああこれが素麺だと感激した。岩のあいだから流れ落ちる冷たい水には霊力がこもって素麺の味をいっそう引き立ててくれた。谷川のしぶきを背に聞きながら、眼の前を流れ下る素麺を箸で受け止め口元に運ぶ。暑さを忘れ、夏の疲れを吹き飛ばしてくれた。

 以来素麺には環境が大事と思うようになった。
 フローリングのダイニングでいただく素麺には、バカラのガラスのどんぶりがよく似合う。染付の大きな器でもブルーが素麺の繊細な細さをバックアップしてくれる。
 我が家では、尺二寸ほどの桶の手付きを使っている。外側は黒漆の溜塗で、なかは金箔仕上げである。若い楓などをあしらって素麺を流し入れると、立派なご馳走にみえる。夏の来客のための手抜きのもてなしである。

 カルチャー・ショックだったのは、長い麺を畳んで固めた大門素麺との出会いだった。青山の紀伊国屋で遭遇した。すこし太めながら小麦の味がしっかりと伝わり、越中砺波の冬の厳しさがしっかりと伝わった。当時のガールフレンドが、越中育ちで故郷を語りながらのソーメン付合いだった。奈良の三輪素麺にもずいぶん世話になった。香川の小豆島素麺、愛媛の五色素麺、そしていまでは兵庫の揖保乃糸寒造り特級品に助けられている。
 梅雨を三回越さなくとも、充分に歯ごたえもよく喉こしのいい素麺を楽しんでいる。

 来年もまた素麺の至福に出会えることを信じて、秋を待ち構えている。
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2017年09月26日

喜美弥・きみ鶴・藤舎名生・くらま会

喜美弥・きみ鶴・藤舎名生・くらま会

 銀座旦那衆の心意気である「銀座くらま会」のお招きを受けた。
 今年で93回を数え、ますますお元気にて芸道精進の趣き、結構なことであった。新橋花街の東おどりと銀座くらま会の時の新橋演舞場は、わが意を得たりとばかりの表情をみせる。なんといってもこの劇場を支えてきた旦那衆と芸者衆の本科が見えるからだ。客の悪い若手歌舞伎や、タレント公演とは異なる芝居小屋の生き生きとした表情が蘇る。
 くらま会は客がいい。新橋の芸者衆だけでなく、銀座という日本一の街に生きる旦那やその家族の趣味や教養が客席を活気ずける。小屋が興行会社の手元からはなれ、小屋を必要とした町衆の手にその日いちにち主を変えるのだ。

 小唄、常磐津、河東節、尺八、歌沢、一中節、清元、長唄 と江戸から明治への邦楽が次々と登場する。 さすが銀座にふさわしく、文科省の教科書からは追放されてしまったにほんの音楽が脈々といきている。元はといえば、田舎者の明治政府のせいで断絶を余儀なくされた伝統音楽の生き残りなのだが、町衆の好んで歌い継がれてきた音楽には、民衆の時々の喜びや悲しみがにじんでいる。

 さて仁科恵敏さんの「八千代獅子」なかなかに楽しかった。獅子の持つ霊力が尺八をとおして民衆のまえに姿を現す。アンサンブルはいかにもの仁科流だったが、後半のトップを飾る白眉の舞台だった。
 立方の喜美弥ときみ鶴が気をはいて舞ぶりが素晴らしかった。新橋を背負って立つ心意気が男と女の相対舞のなかにしっかりと取り込まれ、新ばしに喜美弥・きみ鶴ありの風格ある舞台だった。三段目には仁科さんが演奏しながら舞台中央に立ち、立方がからんでの奏楽姿を想像しながら楽しんだ。

 鳴り物に藤舎名生の名があったのも嬉しい。ともに多くの舞台をつくり、海外でもともに舞台をつくった仲間だが、いまや日本一の名生である。笛のもつ能力を最大限に引き出し、伝統から前衛まで、幅広く奥深く演奏できる笛のスーパー名人、華厳の笛、銀座くらま会にはもっともふさわしく、もっとも贅沢な助っ人であった。
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2017年09月23日

安室奈美恵を分解する

安室奈美恵を分解する

安室奈美恵が引退を宣言した。
テレビでは大騒ぎしているが、それほどの感興がわかない。何故か考えてみた。長い間折にふれて彼女の活動は見てきたし、音楽も聴いてきた。がそこにあった彼女はつねに異邦人の趣きだった。アメリカの植民地と見まごうばかりの沖縄で生まれ育ち、彼女の肉体には日本語が住んでいない。

安室奈美恵の左腕にある入れ墨は英語ばかりだ。
JUN.30in1950 My mother's love live with me Eternally in my heart R.I.P MAR.17 in 1999
右腕にも入れ墨はある。 Love Peace World もしも彼女が有名人でなかったら、公衆浴場や温泉にははいれない。身体にタトーのある方のご入浴はご遠慮下さい。日本の常識社会をはみ出している。

 彼女が何百億か稼せいだ楽曲を見てみよう。
 例えば TRY ME / Don't wanna cry / a walk in the park / CAN YOU CELEBRATE? / NEVER END 等々…… あれだけ多く歌ったにも係わらず日本語の歌は一つもない。日本語が嫌いだったのか、日本語の教育を全く受けなかったのか、それとも英語で歌うことがカッコいいという単純な理由からか、いずれにしても彼女の生活に日本語はなかった。

 ファッション・アイコンとしての安室奈美恵を見てみよう。
 先ず異常に細い眉、作為に満ちたこの眉はたちまち若者を虜にし、美容院や床屋をうるおした。茶髪そしてロング・ヘア、デザインいらずのロングでは美容師の腕は落ちたが、サロンは毛染めで多いに稼いだ。
 バーバリーのミニスカートは、ライセンシーの三陽商会を好況にしたが、いま三陽はバーバリーからライセンスを取り上げられ危機に瀕している。
 そしてタトー・シールや眉毛プレート、厚底のロングブーツなど、一時的に産地をうるおしたが、所詮バブル期の仇花、失われた10年の象徴といわれた。
 カジュアル・ファッションのパイオニアだったが、アムラーからマムラーへ、エレガンス不在のファッションを形ずくったアイコンだった。

 結局、安室奈美恵は沖縄という不幸な地に生まれ育った、無国籍なブラック・ミュージッシャンだったといえよう。

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2017年09月21日

日本の名物・カレーパン

日本の名物・カレーパン

 「コンビニだけで一日に数十万個、多い時には数百万個単位で売られている。加えてホテルやデパート、町のパン屋で売られている数を考えたら、その市場規模は非常に大といえます。」カレー総合研究所の井上岳久所長の弁である。
 カレーパンのことだ。日本人の好きな洋食、不動のベスト3にはいるカレーと、揚げパンの組み合わせは、総菜パンの人気でもつねにベスト3に入っている。

 そんな人気に乗じ、西武デパート池袋本店では月末に「カレーパン博覧会2017」が開催される。西武線、山手線沿線を中心に、町のパン屋さんからホテルメイドまで、全国から180種類以上、約30.000個のカレーパンが登場する。
 なかには、神戸牛カレーパンや、ミシュラン三つ星のジョエル・ロプション作る超高級カレーパンなども売りだされるという、カレーパン好きにはたまらないイベントになっている。

 東京のカレーパン第一位はなんといっても、深川森下町の名花堂(現カトレア)の元祖カレーパンだ。 7時、11時、15時の焼き上がり時間には行列ができる。甘口と辛口があり、関東大震災のあとの江戸っ子に支持された。
 第二位は練馬のデンマークブロード、カレーサンドからカレーパンを作った老舗である。
 第三位はインド独立運動の志士チャンドラ・ボーズが持ち込んだといわれる新宿中村屋のカレーパン。
 第四位は築地木村屋の少し高い「牛すじ玉ねぎ入りカレーパン」一個260円である。
 そして第五位が浅草豊福の「黒毛和牛カレーパン」、もも肉、すね肉、ばら肉、にワインとスパイスが加わって8時間以上煮込んだ逸品、ビート・たけしの差し入れに主役を務めるカレーパンである。

 いまやカレーパンは日本の代表的総菜パンのドンにのしあがった。
 たかがカレーパン、されどカレーパンなのだ。


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2017年09月20日

京友禅はインクジェットで

京友禅はインクジェットで

 オリンピックを睨んで、日本の仕事や民族遺産を強調する番組がやたら制作されている。
海外の仕事師を呼んできて、現場に連れていき、びっくりしたニッポン素晴らしい、という型通りの作り方だが、その裏にある問題点には全く迫らない。表面だけの観光チラシのような薄っぺらな作り方である。

 さて伝統衣装のなかでも、京友禅といえば最高の位置にあるが、その友禅が滅亡の危機にあるという。
 現実のライフスタイルのなかでキモノが廃れていくのは仕方ないにしても、この国の歴史に生きてきた服飾の文化そのものが忘れられ退化していくのは見逃せない。
 結婚式を始め人生の通過儀礼のなかで、式服としての友禅は貴重な文化であることは議論の余地がない。

 京友禅は加賀友禅や江戸友禅にたいして、圧倒的な華やかさと格調をもっている。京都という千年の歴史のなかで育ってきた美意識が、宮崎友禅斎の手をかりて華開いたとも言えよう。
 「ゆのし」から始まって、露草の花粉から抽出した「青花」での下絵かき、糊置き、地染め、蒸し、水洗いなどの仕事をえてやうやく「挿し友禅」となり、金銀箔、刺繍をへて仕立てにいたるのに26工程を要する。
 エルメスのスカーフはプリントだけで20工程と言われているが、型染めの機械が20回働いたというに過ぎない。
 京友禅は絵師である芸術家と、きもの職人が入り乱れて仕事を手渡しながらの26工程を必要としている大変な衣裳なのだ。

 近頃の若者はそんな面倒なことはいらない。「インクジェットでやればいい」10工程は節約できる。なによりもそのほうがコスパがいいと、簡単に利益のあがるほうになびいていく。
 いまや京都の友禅の80パーセントはインクジェットになっている、という現実をきいてガックリした。成人式の下品なキモノはほとんどインクジェットの見せかけの振袖なのだ。
 インクジェットと手描き友禅の差がわかる母親もどんどん減っている。日本文化をしらない日本人だらけになってアメリカンな日本になっていくのだ。
 経済第一主義は世界一の服飾文化を滅ぼしていく。
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2017年09月19日

電柱だらけの避暑地

電柱だらけの避暑地

 2016年12月にようやく「無電柱化推進法」が通った。
 これでこの国の街並みも先進国並みに風景になるめどがついた。 カメラを向けるとよくわかるが、都会の風景は東南アジアの後進国の景色と酷似している。どこにいっても電柱、電線が威張っている。
 軽井沢も優れた別荘地と自称するが、電線が森の中まで入り込み、さらになにやら黄色いビニール状のものに包まれて、森の緑をぶち壊す。軽井沢銀座と称する商店街も電線だらけだ。電線、電柱のある風景は後進国の象徴みたいなもので、リゾートとしていちばん先に解決すべき問題だと思うが、行政の思いは低く、100年計画などという荒唐無稽な計画には熱心だが、頭の上にぶらさがつている電線、電柱には無反応という恐ろしいことになっている。

 学生時代、ドライブをするとすぐ電柱のまえで止まる仲間がいた。かれはアメリカンな大きな車にのっていたが、電柱のまえにくると止まるのだ。それも広告看板のついていない電柱のまえで止まる。そのあたりの人通りをチェックし、陽当たり具わいをみ、周りののビルや家並みをみて車に戻ってくる。
 電柱会社へ広告発注する下調べなのだ。かくて東京の繁華街や裏通りの電柱は、「美容整形」の看板に占領された。 いま彼は日本一の美容整形病院の院長になっている。

 かって電柱はコールタールにまみれた黒い電柱だった。その電柱には××小児科病院のブリキの腹巻やら、生徒募集・柔道教室・この角右へ などと近所のコミュニケーション・ツールとして活用されていた。
 その上に無造作に「乳もみれうじ」やら「ドモリ30日矯正」のビラが貼られていた。その電柱に貼られた一枚のビラから、ドラマをつくつたこともある。脚本は寺山修司だった。

 いよいよ日本中から電柱がなくなるメドはついたのだが、全電柱地中化まで何年かかるか、そのときの喜びには出会えないだろう。
 その時いちばん困るのは近所の犬たち、オシッコの目安が突然にきえてしまったのだから……。
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2017年09月18日

一線をこえた記者会見

一線をこえた記者会見

 記者会見というイベントがある。
 テレビや新聞など一部の商売に利する行為だから、受けても受けなくとも、どちらでもいいようにおもうが記者たちはあたかも正義の代表面をして、記者会見を強要する。受けるほうも覚悟の上の記者会見となる。

 筆者のなかで最も古典的な記憶に残る記者会見といえば、秋吉久美子のそれであった。
「(子供は)卵で産みたい」と発言した。なるほど卵なら鶏のごとく毎日でも産めるね、といって傍らの女性からえらく叱られた。妊娠期間の10ケ月の苦しみが全く分かっていない。でもお腹に子供が入っているときの充実感は最高よ、といった女性もいた。
 妊娠という事実はおしなべてひとつではない、と理解したのは後年であった。

 「スタップ細胞はありまぁす」と絶叫した小保方靖子はとても新鮮なリケジョに感じたが、周りの男性が自殺したり、消えたリしてなにがなんだかわからないうちに埋没してしまった。

 反安倍運動の先頭にたった文部官僚の前川元事務次官、官僚の腹黒さを見事に見せてくれた。
「私の信念は、面従腹背だ」と言い放った恐ろしい人間、いかに文部官僚のレベルが低いとはいえ、あそこまでとは思わなかった。

 秋篠宮家から真子さまを嫁にする小室圭なる人物もかなりうさんくさい。座右の銘は「レットイットビー」だと言い放った。本人は国際人のつもりで発言したのだろうが、皇室から嫁を貰う人間にふさわしくない。
 成り行きまかせ、なすがまま では国民の税金が泣く。アナウンス学校に通ってみたり、湘南ミスター・コンテストに出たり、銀行はさっさと辞めたり、自分の足元が見えていない男なのだろう。

 今年もっとも多かった記者会見は「一線を越えましたか。越えていませんか」女優だろうが、政治家だろうが、一線が降りかかる。メディアのオバカぶり、メディアの下品さに呆れる。
 他人の一線に興味をもつなど、こんなにはしたないことはない。
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2017年09月17日

はだか芸にみるテレビの落日

はだか芸にみるテレビの落日 

「一発屋」という言い方が使われるようになったのは、いつ頃からだろう。
 昔からあったのかもしれないが、一般人が使うようになったのは、地上波テレビに芸人が多数登場するようになってからだ。一発芸で登場した芸人が、アッという間に飽きられて忘れられていく、そんな芸人たちを指して「一発屋」といった。

 「一発芸」でもっとも不愉快なのは「はだか芸」だ。

 とにかく明るい安村、海パン一丁で登場するや、「世の中には動きや角度で穿いているのに、全裸に見えるポーズがあります」相撲の立ち合い、野球のバッティング、ほふく前進の自衛隊、膝たちで放水する消防隊員、等々、海パンが隠れ、あたかも全裸に見えた途端、仁王立ちとなり自分の股間を指さしながら「安心してください。穿いてますよ!」と言い放つ。いかにも観客が安村の股間に興味を持っていたかの如くを前提にしたイヤな落ちだった。簡単にいえば、失礼極まりない下品な芸だった。

 まもなく彼は文春砲にやられた。"とにかく明るい不倫現場、安村がパンツを脱いだ" パンツ一枚で摑んだ成功を、パンツ一枚で台無しにした。安村にはパンツのブーメランがもどってきたのだ。

 最近ではアキラ100%。
 全裸で登場し、手にしたお盆で股間を隠して笑いをとる、時にお盆をくるりと回したり、左右の手でもちかえる動作で股間を隠し続ける。
 昔のストリップが薄物で陰部を隠し続け、最後に一瞬見せて終わる芸とほぼ同じ展開だが、さいごまで見せないというテレビ芸だ。 いずれにしても不愉快な芸にちがいない。

 キャスティングしたテレビ局のプロデューサーは、「局部の露出はご法度」というテレビのタブーに挑戦したなどと、たわごとをいっているが、ただの品性下劣な趣味にすぎない。
 こんな芸にたまたま出会うと、地上波の落日はここまできたかと、残念な気分になる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

タクシーの背中が訴える

タクシーの背中が訴える

 女性も男性も「くま」はないほうがいい。日帰り90分・治療後の通院不要!!
  薄毛の99%が治るって本当? 発毛満足度99%の最強AGA治療とは?
 一ケ月5.500円から最大31.000円で、人生は変わる。
 当店人気4大痩身メニューを一度に体験 ブルーム超得痩身コース!
 運の悪い人なんて居ない あらゆる悩みの改善サロン!!

 タクシーの助手席の背中についている車内広告の数々である。
 経験測によれば豊田真由子先生の敵、ハゲの治療広告が圧倒的に多い。
 次に多いのはヤセル広告、女性の足元をみた広告だ。
 残りは占い関連、もしくは不幸のどん底にあえぐ人、もしくは経済的に断崖に立っている人への 融資または高利貸し、貸金業者の広告である。 時々の景気も反映して合わせ鏡のようである。

 タクシーには最新の電子技術から、原始的ないわば電柱広告のようなチラシまで、共に積み込んで走っているというところが面白い。
  最新の電気システムによるクルマ、走行距離に反映する乗車距離料金メーター、ちょっと不器用なカード決済、瞬間データー通信の交通系カード、そして小さなパンフレットの車内広告と、時代のカオスがそのまま走っている。

 バブルがはじけ、倒産の嵐が吹きまくったころには、元中小企業の社長さんらしき方々が、慣れない手つきで
タクシーの運転手をしていた。 車は時代の悲しさを載せて走っていた。


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2017年09月14日

バワハラ降板のナンセンス

バワハラ降板のナンセンス

 鈴木砂羽が苦労している。
 貴女は貴重なキャラクターなのだから、自分自身をもうすこし大事にしてほしい。

 まずいい加減なプロデューサーとは付き合わないことだ。
 脚本を書いてその上プロデューサーをすると聞いただけで、まず疑わなければならない。脚本家に要求される能力と、プロデューサーに要求される能力は全く違う。それぞれが専門職なのだ。そこをわきまえないプロデューサーでは、トラブル発生は必然である。
 ましてや舞台稽古のダブルブッキングは考えられない。いちどは役者の芝居の寸法を合わせるために、舞台に於ける通し稽古、さらに作品の完成度を上げるため、照明や効果、さらに転換のチェツクなどにスタッフとキャスト一体になった舞台稽古が必要なのだ。
 プロデューサーは、ケイコスケジュールから公演終了まで、責任をもって演じられる俳優を契約すべきだ。

 そしてキャスト、舞台作品をしらないミスコン上がりのにわか女優など使ってはいけない。彼女らは舞台演技はしらないし、ましてや脚本もよみこめない。テレビの安易な芝居づくりと、観客を前にした自己顕示欲しかないオバカな女優なのだ。
 勿論、床のうえでの車座のダメダシは全く未経験だから、床にすわっただけでパワハラなどととんでもないことを言い出す。彼女らの所属するプロダクションもこれまた素人、観客にたいする責任感皆無、二日前に降りるという無責任極まりない事態となる。

 エセ女優は舞台の厳しさを知らないから、厳しい稽古をパワハラというのだろう。下手な役者はとことん追い込まなければ、表現にならない。おだてたり説明しただけでは、求める演技表現にならないので、たまには怒鳴ることもある。繰り返し繰り返しやらせることもある。作品を作り上げるための最低必要条件である。
 がこうした大根役者は自己反省がないから、ブログなどで自己正当化し、自らへの反省は全くない。
 ダメダシをするからみんな座れ、というのはごく当たり前のことで、そこで拙劣な演技を指摘され、土下座をして謝まらされた、などというのは役者以前の問題、迷惑をかけているだから、正座して皆に謝るのは当たり前のことだ。

 こうした当たり前のことをしたり顔で取り上げるテレビのワイドショウにもあきれる。訳知り顔のコメンテーターは、舞台製作の厳しさをしらない。パワハラにあたるか、あたらないか、議論している。北朝鮮の核ミサイルの前で、まずお話が大切といっている左翼よりまだひどい。
 だから鈴木砂羽が窮地にたつのだ。涙など流さずに、演出とはこういうものだと、しっかり主張すべきだ。



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2017年09月11日

インスタ映えに走る人々

インスタ映えに走る人々

 ネット時代は自己発信の時代でもある。
 僕らの青春時代は自己を抑えることが美徳とされ、口にしない、腹に収めることこそが大切な行動基準だった。欲望を表にせず、周囲の人に心を配って、つねに謙虚であれというのが、日常生活の基本であった。
 それにしてもストレスはたまる。たまったストレスの吐出し口として存在したのが、「日記帳」だった。日記帳にはその日いちにちに起こったこと、困ったことも嬉しかったことも、嘘偽りなく書いた。が日記帳は決して公開しない。誰にも見せないことが原則だった。ひそかに一人で書く日記帳の楽しみというのもあった。

 ある時交換日記というのが登場した。秘かに思いを寄せた女子の下駄箱に交換日記を入れて置く。彼女が受け入れてくれれば、何日か後にその日記帳が彼女の思いとともに帰ってくる。ドキドキしてめくった日記帳の余白に押し花などあれば、有頂天になってシアワセな時間を過ごした。学校では海外にいるお友達との交換日記を推奨された。まだ手ずくりのコミュニケーションの時代だった。

 やがて恋文を覚えた。渋谷の駅前マーケットの入り口には、当時の街娼たちがアメリカへ帰ってしまった兵隊への恋文を代筆してくれる恋文屋があった。英語の恋文が書けるのだから、よほど教養のある伯父さんに違いないと、ニキビ仲間と計らって見に行ったことがあった。普通の伯父さんがパンパンの相手をしていて、拍子抜けしたことがあった。

 恋文の手本は文豪たちの手紙だった。文豪の恋文はひどく率直で、あきれるほどに直情型が多いということを学んだ。その上、禁欲ということがなかった。だから小説家になったと事実に気が付くのに数年を要した。手紙にはあらゆる形式があり、いつか世間の荒波に流されてつまらない手紙しか書けない自分にハツと気が付く。

 パソコンとともに一気に世界が変わった。
 メールが登場した。請求がメールできたのに驚いた。やがて世間はブログだらけとなり、芸能人は広告収入をねらってブログをやる。書くほどの時間もなければ、内容も薄く、日常報告の程度だ。文字知らずだらけとなり、簡単便利なツィッターや、仲間意識のラインとなった。
 それでも満足できない人は「インスタ映え」に走っている。言葉いらず見せれば通じるといった点で、自己顕示欲のかたまりには、インスタとユーチューブは最強のツールだ。
 こうしたネットの自己顕示欲に哲学や思想がともなってくるのは何時のことになるのだろう。

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2017年09月10日

皇族の学ぶべき学問

皇族の学ぶべき学問

 秋篠宮家の長女真子さまはエディンバラ大学で美術史を学び、二度目の留学で博物館学を学ばれた。ICUでは学芸員の資格も取得されている。現在の仕事にてらしても筋は通っている。
 次は次女の佳子さまの番だ。今月から来年の6月までイギリス北部の赤レンガ大学群のひとつリーズ大学に留学されることが決まった、と伝えられる。留学先の学科名を聴いて驚いた。
 「パフォーマンス文化産業学科」だという。額面通りに受け取れば、「文化産業としてのパフォーマンスを学ぶ」ということになる。
 皇族としては近寄ってはいけない学術分野であるし、情報社会の排泄物のような学問である。

 皇族も人間だから何をやってもいい、自由だと考える人もいるだろうが筆者は違う。
 天皇家とその衛星たる皇族は、この国の国体を維持し伝承していかなければならない義務がある。学ぶ学問も自ずから制約がある。
 日本史であり、東洋史であり、世界史を学ぶことは必要条件ともいえる。植物学、美学、芸術学、文学などもその範囲に含まれる。どうしても学んでいただきたいのは宗教学、なかでも神道学は必須条件である。天皇家は
神道の家元だし、皇族は神道の中核だからだ。
 美智子妃、雅子妃と二代つづいたキリスト教系大学からの受け入れは、このところ弊害が目立ってきた。
 特に雅子妃の長年にわたる宮中祭祀不参加の現実は、国民のために祈る天皇家の役割すら忘れ去られようとしている。神道の家元として自覚がみえない。
 天皇家が忘れてしまえば、それ以上に国民も忘れる。結果として日本の国体が曖昧になってしまうのだ。そこに付け込んで、朝日新聞による元号廃止論などがでてくる。女性宮家の容認論なども、歴史にたいして無責任そのもの、血脈無視の日本破壊論に通じる。

 宮内庁の奥と表に国体を護持していく覚悟が薄いのだろう。世界に冠たる血の伝承のこの国の国体についてきちんとした思想がないのではないか、とすら思われる。そうでなければ将来天皇の姉になられるかもしれない佳子さまの留学先に、リーズ大学パフォーマンス文化産業学科は選ばないだろう。
 宮内庁の奥がバカなのか、表に国体無視のオバカな官僚がいるのか、秋篠家の思いが軽いのか、いずれの原因としか考えられない。
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2017年09月09日

怖い女いろいろ

怖い女いろいろ

「敵に回したら怖い女」という特集に眼が止まった。
 なにも今更のようにいわなくとも、すべての女性は敵に回したら怖い、というのが経験則である。たまに心優しく、とことんいじらしく怖くない女もいるが、そんな例は夢のまた夢、マリア様の奇跡に感謝しなければいけない。

 10位はデヴィ夫人、元祖魔性の女と書かれていたが、いちいちお金がからみそうなところが恐ろしい存在だ。
 9位には桜井よし子、 頭が良すぎて息苦しい、理路整然とした家庭生活を送らねばならない。
 8位は上沼恵美子、圧倒的迫力の大阪のおばちゃん、この人の旦那が偉い、というべきだろう。
 7位に上西小百合、女に嫌われる女、みんな引いている。
 6位は和田アキ子、足で踏みつけられそうな恐怖の女である、とあった。
 5位はマツコ・デラックス、これには反対、オカマは女とは異なる女なので、比べてはいけない。
 4位には吉田沙保里、腕力ではとても敵わないが、見た目で怖い女というのは賛成できない。
 3位は豊田真由子、東大出てても下品な女はいる、ということを広く知らしめてくれた功労者だ。
 2位に小池百合子、無駄ずかいさせたら限なく金を使う、口では勝てない怖い女である。
 そして輝く第1位は松居一代、女性を怒らせたらここまで行く、という見本を見せてくれた第一人者。

「このところまずい飯をたべている」と自白した斎藤由貴などは、怖い女を超えた愛すべきフリン主義者というべきか。
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2017年09月08日

巨大看板の終焉

巨大看板の終焉

 巨大看板が町を彩っていた良き時代は遠きノスタルジーになりつつある。
 山の手線にのってぐるりと一周したことがあった。見渡すかぎり焼け跡、焼け跡、焼け跡の廃墟に手ずくりの防空壕が残っていた。そこに登場したのが「結婚とはなんぞや」の巨大看板。意味がわからない。結婚とはなんぞや、と問いかけられても学生たちの想像力には無理難題だった。のちに大塚の結婚式場の看板とわかり、ホットしたのを覚えている。

 あの頃は巨大と云えば、映画館の看板だった。
 映画看板は主演スターが大きく描かれ、それに大きな題名とキャッチフレーズ、出演陣、スタッフ名が描かれた手仕事だつた。いまでも青梅の街へ行くとそうした看板にお眼にかかれる。
 ジョン・ウェインの駅馬車、ヘップバーンのローマの休日、オーソン・ウェルズの第三の男、チャップリンのモダンタイムス、マリリン・モンローの7年目の浮気、黒沢明の七人の侍、市川雷蔵の大菩薩峠、京マチ子の千姫、キャサリーン・ヘップバーンの慕情、等々
 青梅はレトロな看板の街として、あちこちに懐かしい映画看板がある。

 平面巨大看板に対して、立体的な巨大看板を売り物に登場したのが、大阪道頓堀……。
 片足を上げ、両手で万歳をしているお馴染み「グリコの看板」外人観光客は手前の戎橋で同じポーズで写真を撮っている。かに道楽の「動くかに」看板は、後ろでバイトが自転車をこいでいるという都市伝説がたった。ふぐの眼が時々ピカッと光るのは、「づぼらやの巨大なふぐ」看板。大阪王将の「巨大すぎるギョウザ」も思わず参りました。道頓堀コナモン・ミュージアムの「巨大タコ」、元祖廻る元禄寿司の「寿司もつ巨大な手」、そして「くいだおれ太郎」のチンドン看板と大阪人の根性には巨大立体看板がフィットする。

 ロスの丘にそびえるHOLLYWOODの巨大看板はアメリカ文化の入口だった。
 ラスベガスの大通りは巨大看板のメッカだったし、ダウンタウンには何百メートルの走るネオン広告があった。JUST MARRIGEと教会に掲げられたネオン塔は信じられなかった。
 さらにアメリカを感じたのは、タイムススクエアの光の洪水だつた。あの光の洪水のなかに、SONYやTOSHIBAが加わった時は、わけもなく感動した。

 イースト・リバー沿いにあったペプシーコーラの看板が25年間の議論の末、このほどようやくニューヨーク歴史建造物として認定された。
 高さ18メートル、幅36メートルのペプシーの看板は、歴史のなかに入ってしまった。


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2017年09月06日

恐怖が間に合わない電磁パルス戦争

恐怖が間に合わない電磁パルス戦争

 北朝鮮が「電磁パルス攻撃」を口にした。
 その瞬間からアメリカの対北朝鮮攻撃が現実的なものとなった。対話と圧力をお題目のように唱える日本政府や、9条万歳の左翼たちもあっさりと吹っ飛ばされた。
 核だのミサイルだのと言っていた間は、核抑止力や核拡散防止のための議論ですんでいたが、「電磁パルス攻撃」をむき出しにした途端、今までの認識や圧力は全く意味をなさなくなったし、今日ただいま北朝鮮に対しての全面戦争がおこってもなんの不思議もない。
 国際社会も「電磁パルス戦争」については、人類滅亡を前提としてかんがえらざるを得ないので、北朝鮮を人類全体の敵と認定して当たり前となる。
 たった今アメリカの北朝鮮攻撃が始まっても不思議はない。

 「電磁パルス戦争」とはなにか。
 核を超高高度の上空で爆発させれば、事足りる。核が地上30キロから400キロの高度で爆発すると、放出されたガンマ線が大気中の分子と衝突して、強力な電磁波である電磁パルスを発生させる。
 地上は原因不明の停電に襲われ、パソコン、テレビ、ラジオはもとより、ケイタイもスマホも全部駄目になる。交通機関もすべてストップし、信号も街灯も消えた路頭は何万の帰宅難民が埋め尽くす。勿論流通もストップし、スーパー、コンビニなどすべて営業不能となる。

 東京上空100キロで爆発させれば、北海道から本州、四国、九州まですべてをカバーできる。
 警察も消防も動けなくなる。無論自衛隊も駄目だし、原発も、ソーラーも、水力もすべて運転不能におちいる。ものは無くなり、医療も不可能となり、社会全体が機能不全になる。食料、燃料が無くなれば 人間は生きられない。
 一年後には日本人の9割は死に絶える、という恐ろしい兵器なのだ。

 Jアラートがなって、頑丈な建物や地下に避難して下さい。………お笑い草のような戦争ゴッコだ。
 現実は死を目前に動いている。
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2017年09月05日

向日葵の咲かない夏

向日葵の咲かない夏

 今年の夏の異常気象には、とんでもなく振り回された。というのは「ひまわり」を撮影しなければならないという課題があったからである。
 北海道の美瑛には何度か通ったことがある。ラベンダーに限らずあまりにもいろいろな花があるため、壮大な花の絨毯に気をとられ、ついひまわりの花と真剣に向かい合ったことがなかった。必要に迫られ、今年はどうしてもひまわりの花の撮影を完了しなければならなかった。

 戦後少女雑誌の原点といわれているのが、雑誌「ひまわり」だった。戦いが終わった東京の町は防空壕や掘立小屋だらけ、そこに突如現れたロマンティックに彩られた雑誌がひまわりだった。中原淳一の美意識が隅々までいきとどいて10代の少女にはもったいない雑誌だった。大きな眼の淳一描く少女は、劇画ブームのいまの少女像の原点ともいえる。
 川端康成も筆をとっていたし、蕗谷虹児、高畠華宵、長澤節、岩田専太郎等そうそうたる画家たちが口絵や挿絵を描いていた。贅沢このうえない雑誌だった。

 さてひまわりの取材を何処にということになり、富士山の麓、北杜市のひまわり畑に対抗できるものはない、スタッフがとりあえずロケハンをかねて北杜市にいってきた。素晴らしいです、北海道まで行くことありません、という報告を受けた。ならば北杜へということになつてからがいけなかった。
 予定はすべて中央気象台に妨害された。集中豪雨、氾濫、落雷、台風、雨前線あらゆる天候不順に妨害されとうとう北杜市のひまわりは消えてしまった。
 それではというので群馬は中之条のひまわり畑へ参じたが、3日前まであったひまわりは雲散霧消、まんまと裏切られた。結局帰途、東御の雷電道の駅の近く、猫のひたいほどのひまわり畑で撮影し帰途についた。

 「向日葵は死のメッセージ」という山村美紗の短編があった。
 「向日葵の咲かない夏」という道尾秀介のミステリーもあった。
 「私はあなただけを見つめる」この花言葉には不幸の予感がある。
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2017年09月03日

戦争のかたちが変わった

戦争のかたちが変わった

 戦争のかたちが全く変ってしまった。
 前世紀的な国家間における武力戦争は、広島・長崎への原爆投下で終わったのかもしれない。

 アフガニスタンやイラクにおいて、米軍と多国籍軍によってあれほど軍事力を投入したにもかかわらず、世界の安心・安全には一向に寄与していない。
 欧米先進国においては、ますますテロの脅威がまし、対話と圧力をくりかえし唱え続ける日本の空には、北朝鮮のミサイル乃至ICBMが飛び交っている。

 戦争学者クレフェルトによると、国民、政府、軍隊がひとつになった近代の三位一体の戦争とは異なる「非三位一体戦争」であると論じている。
 イギリス軍人のルパート・スミスは、国家間ではなく人と人のあいだで起こる争いがもとなので「人間戦争」であると書いている。
 ハード面からは「サイバー戦争」と呼び、最終兵器の認識で「核最終戦争」と呼ぶ人もいる。いずれにしても「新しい戦争」時代に突入したのは確かで、その表裏をみれば「多様化戦争」と呼んで間違いない。

 まず多様化戦争においては、戦闘員と非戦闘員の区別が困難なことだ。最近ではトラックの運転手が突如自爆テロの戦闘員と変わった。ウクライナ紛争ではロシアは正規軍をいっさい使わず、非正規の民兵により勝利を手にした。尖閣諸島においても、中国は圧倒的な数の漁船に、漁民のみならず民兵をのせて連日押し寄せている。 政府はこれに対し除去手段を講じて排除することができず、放水だけが唯一の防衛となっている。

 こうした新しい戦争形態に対応する法整備を早急に進めないと取り返しのつかないことになる。
 核配備など夢のまた夢であれば、徹底したサイバー国家を作るしか方法はない。国土を十重二重のサイバーで包み、あらゆる核兵器も即座にサイバー破壊をする「超超高度なサイバー国家」を作るしか国民、国土の安全は保たれない。
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2017年09月02日

池田満寿夫も石原裕次郎も

池田満寿夫も石原裕次郎も

 20年に渡って松代の地で頑張って来た池田満寿夫美術館が閉館した。
 池田満寿夫は長野出身の版画家であり、芥川賞作家でもあった。小布施の竹風堂という栗菓子の名店が、池田の作品に惚れコレクションしたのが、美術館設立の動機だった。
 栗おこわのプロデュースでは万全の竹風堂だったが、美術館の運営については失敗したのだ。とくにここ数年、池田満寿夫美術館から風を起こしたアートな話題は、皆無だったように思う。
 有り余る才能で、池田満寿夫は銅版画にとどまらず、油彩、コラージュ、彫刻、陶芸、映像、映画、文学と
作品の分野がひろかったから、池田満寿夫の世界から発するイベントはかなり自由に企画できた筈だ。何故もっとイケダワールドをベースに暴れなかったのか、不思議である。
 美術作品が美術館のなかに鎮座して観客が来る時代は、もうとっくに終わっている。

 国立版画美術館でもあれば、世界的な価値をもつ江戸浮世絵歌麿、北斎からから池田満寿夫まで収蔵展示して、日本の文化として伝承していけるが、そうした美術館もないことが残念である。
 文部省は岩盤規制をひいて、あれも駄目、これも駄目といって加計学園をいじめるまえに、美術行政の穴を
埋めるべきだろう。

 小樽にあった石原裕次郎記念館も閉館した。一時はあれほどきた裕次郎ファンも年老いたということだろう。
 映画スターの記念館というのは、名作映画が沢山あるというのが必要条件なのだ。スターのカリスマ性と時代が生んだ名作がだぶってこその記念館だ。
 足が長くてカッコ良かっただけでは映画愛好家はこない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする