2017年09月05日

向日葵の咲かない夏

向日葵の咲かない夏

 今年の夏の異常気象には、とんでもなく振り回された。というのは「ひまわり」を撮影しなければならないという課題があったからである。
 北海道の美瑛には何度か通ったことがある。ラベンダーに限らずあまりにもいろいろな花があるため、壮大な花の絨毯に気をとられ、ついひまわりの花と真剣に向かい合ったことがなかった。必要に迫られ、今年はどうしてもひまわりの花の撮影を完了しなければならなかった。

 戦後少女雑誌の原点といわれているのが、雑誌「ひまわり」だった。戦いが終わった東京の町は防空壕や掘立小屋だらけ、そこに突如現れたロマンティックに彩られた雑誌がひまわりだった。中原淳一の美意識が隅々までいきとどいて10代の少女にはもったいない雑誌だった。大きな眼の淳一描く少女は、劇画ブームのいまの少女像の原点ともいえる。
 川端康成も筆をとっていたし、蕗谷虹児、高畠華宵、長澤節、岩田専太郎等そうそうたる画家たちが口絵や挿絵を描いていた。贅沢このうえない雑誌だった。

 さてひまわりの取材を何処にということになり、富士山の麓、北杜市のひまわり畑に対抗できるものはない、スタッフがとりあえずロケハンをかねて北杜市にいってきた。素晴らしいです、北海道まで行くことありません、という報告を受けた。ならば北杜へということになつてからがいけなかった。
 予定はすべて中央気象台に妨害された。集中豪雨、氾濫、落雷、台風、雨前線あらゆる天候不順に妨害されとうとう北杜市のひまわりは消えてしまった。
 それではというので群馬は中之条のひまわり畑へ参じたが、3日前まであったひまわりは雲散霧消、まんまと裏切られた。結局帰途、東御の雷電道の駅の近く、猫のひたいほどのひまわり畑で撮影し帰途についた。

 「向日葵は死のメッセージ」という山村美紗の短編があった。
 「向日葵の咲かない夏」という道尾秀介のミステリーもあった。
 「私はあなただけを見つめる」この花言葉には不幸の予感がある。
posted by Kazuhiko Hoshino at 08:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする