2017年09月08日

巨大看板の終焉

巨大看板の終焉

 巨大看板が町を彩っていた良き時代は遠きノスタルジーになりつつある。
 山の手線にのってぐるりと一周したことがあった。見渡すかぎり焼け跡、焼け跡、焼け跡の廃墟に手ずくりの防空壕が残っていた。そこに登場したのが「結婚とはなんぞや」の巨大看板。意味がわからない。結婚とはなんぞや、と問いかけられても学生たちの想像力には無理難題だった。のちに大塚の結婚式場の看板とわかり、ホットしたのを覚えている。

 あの頃は巨大と云えば、映画館の看板だった。
 映画看板は主演スターが大きく描かれ、それに大きな題名とキャッチフレーズ、出演陣、スタッフ名が描かれた手仕事だつた。いまでも青梅の街へ行くとそうした看板にお眼にかかれる。
 ジョン・ウェインの駅馬車、ヘップバーンのローマの休日、オーソン・ウェルズの第三の男、チャップリンのモダンタイムス、マリリン・モンローの7年目の浮気、黒沢明の七人の侍、市川雷蔵の大菩薩峠、京マチ子の千姫、キャサリーン・ヘップバーンの慕情、等々
 青梅はレトロな看板の街として、あちこちに懐かしい映画看板がある。

 平面巨大看板に対して、立体的な巨大看板を売り物に登場したのが、大阪道頓堀……。
 片足を上げ、両手で万歳をしているお馴染み「グリコの看板」外人観光客は手前の戎橋で同じポーズで写真を撮っている。かに道楽の「動くかに」看板は、後ろでバイトが自転車をこいでいるという都市伝説がたった。ふぐの眼が時々ピカッと光るのは、「づぼらやの巨大なふぐ」看板。大阪王将の「巨大すぎるギョウザ」も思わず参りました。道頓堀コナモン・ミュージアムの「巨大タコ」、元祖廻る元禄寿司の「寿司もつ巨大な手」、そして「くいだおれ太郎」のチンドン看板と大阪人の根性には巨大立体看板がフィットする。

 ロスの丘にそびえるHOLLYWOODの巨大看板はアメリカ文化の入口だった。
 ラスベガスの大通りは巨大看板のメッカだったし、ダウンタウンには何百メートルの走るネオン広告があった。JUST MARRIGEと教会に掲げられたネオン塔は信じられなかった。
 さらにアメリカを感じたのは、タイムススクエアの光の洪水だつた。あの光の洪水のなかに、SONYやTOSHIBAが加わった時は、わけもなく感動した。

 イースト・リバー沿いにあったペプシーコーラの看板が25年間の議論の末、このほどようやくニューヨーク歴史建造物として認定された。
 高さ18メートル、幅36メートルのペプシーの看板は、歴史のなかに入ってしまった。


posted by Kazuhiko Hoshino at 16:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする