2017年09月26日

喜美弥・きみ鶴・藤舎名生・くらま会

喜美弥・きみ鶴・藤舎名生・くらま会

 銀座旦那衆の心意気である「銀座くらま会」のお招きを受けた。
 今年で93回を数え、ますますお元気にて芸道精進の趣き、結構なことであった。新橋花街の東おどりと銀座くらま会の時の新橋演舞場は、わが意を得たりとばかりの表情をみせる。なんといってもこの劇場を支えてきた旦那衆と芸者衆の本科が見えるからだ。客の悪い若手歌舞伎や、タレント公演とは異なる芝居小屋の生き生きとした表情が蘇る。
 くらま会は客がいい。新橋の芸者衆だけでなく、銀座という日本一の街に生きる旦那やその家族の趣味や教養が客席を活気ずける。小屋が興行会社の手元からはなれ、小屋を必要とした町衆の手にその日いちにち主を変えるのだ。

 小唄、常磐津、河東節、尺八、歌沢、一中節、清元、長唄 と江戸から明治への邦楽が次々と登場する。 さすが銀座にふさわしく、文科省の教科書からは追放されてしまったにほんの音楽が脈々といきている。元はといえば、田舎者の明治政府のせいで断絶を余儀なくされた伝統音楽の生き残りなのだが、町衆の好んで歌い継がれてきた音楽には、民衆の時々の喜びや悲しみがにじんでいる。

 さて仁科恵敏さんの「八千代獅子」なかなかに楽しかった。獅子の持つ霊力が尺八をとおして民衆のまえに姿を現す。アンサンブルはいかにもの仁科流だったが、後半のトップを飾る白眉の舞台だった。
 立方の喜美弥ときみ鶴が気をはいて舞ぶりが素晴らしかった。新橋を背負って立つ心意気が男と女の相対舞のなかにしっかりと取り込まれ、新ばしに喜美弥・きみ鶴ありの風格ある舞台だった。三段目には仁科さんが演奏しながら舞台中央に立ち、立方がからんでの奏楽姿を想像しながら楽しんだ。

 鳴り物に藤舎名生の名があったのも嬉しい。ともに多くの舞台をつくり、海外でもともに舞台をつくった仲間だが、いまや日本一の名生である。笛のもつ能力を最大限に引き出し、伝統から前衛まで、幅広く奥深く演奏できる笛のスーパー名人、華厳の笛、銀座くらま会にはもっともふさわしく、もっとも贅沢な助っ人であった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする