2017年10月30日

添乗員、ツアコンの旗じるし

添乗員、ツアコンの旗じるし

 就職希望のベストテンに旅行代理店、JTBやら、近畿ツーリストが入っていた時代があった。
 海外旅行がまだ自由に出来ない頃、旅行代理店に入って海外へ添乗するのが、学生たちの夢だった。JALパックでイタリア旅行、個人旅行に慣れていない日本人には、団体旅行で香港、シンガポール、ハワイ、グァムですら添乗員つきのパック旅行に頼っていた。
 学卒の英会話そこそこにとっては、添乗員の仕事がとても素敵な職業に映っていた。

 幸か不幸か筆者は添乗員付きの海外旅行にあまり縁がなかった。ニューヨークもベガスもパリもいつも添乗員なしの一人旅が多かった。ひとり旅をしていると、団体客からなるべく遠ざかるようになるが、ときにツアコンの説明に耳を傾けて盗み聞きすることもある。

 添乗員ツアコンダクターにも、いろいろな人がいる。旅行解説書さながらに四角四面な説明をする女性、冗談をとばして悦にいる男性、必死にお客さんの後を追いかけている新人ツアコン、なかでもグループの先頭に立って迷子を出さないように先導するツアコンには、それぞれのお国柄が出ていて面白い。

 大和撫子のツアコンは、伸縮自在のカネの棒に社名いりの旗をつけかざして歩くスタイルが多い。
 中国人のツアコンは、スマホの自撮り棒の先に房飾りをぶら下げたり、偽のギョクをつけて先導している。
 ヨーロッパではおおむね折り畳み傘の柄だけを伸ばして傘の布をふりかざして案内している。

 小さな旗をかざすというのはいかにも日本的な習慣で、天皇陛下のお迎えも、選挙演説も、みな小さな日の丸にはじまつている。中国人はようやく海外旅行が解禁となり、旅行のさきざきで写真をとるのが流行っているので、ツアコンの自撮り棒にも実用性がある。ヨーロッパ人のさかさ傘は突然の雨に対する備えにもなり、折畳傘の選択は個人まかせなので、個性的な目印である。
 添乗員の目印にそれぞれのお家の事情が現れていて面白い。なお当節のツアコンはブラックそのものの仕事でかっての人気はどこえやら、の不人気ビジネスだという。
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2017年10月29日

果たして朝日の出会い系ビジネス?

果たして朝日の出会い系ビジネス?

 朝日新聞がとうとう出会い系ビジネスに手をだした。
いくら新聞が売れなくなったからといっても、怪しげな人やその筋の人がもっぱら手を出している出会い系ビジネスに参入するとは、情報化時代のとんだ副産物ではある。

 ★朝日新聞主催の安心・安全なサービス
 ★結婚だけではない自由なかたちのパートナー探し
 ★いそがず、自由に、思い思いに、出会ってください。幸せは、いくつから始めてもいいのですから
ふだんはお堅い犯罪記事や政治ニュースを書いているであろうスタッフのなれないペン先が伝わってくる。広告ひとつとってもどこかたどたどしく理屈っぽくなっている。
 ★世の中の空気が少しづつ変わりはじめています。そんな時代だからこそ、自分らしく生きる人同士が、もっと気楽に出会い、交流できる場所があったなら。私たち朝日新聞社はそう考えました。
広告の文面をたどれば、独身男女を引き合わせる結婚相談所、出会い系サービスそのもの。お堅い左翼新聞のやる事業として、どこか無理のある奇妙な事業と映るのだ。

 一般申込金5万円、ネットからの申込入会金3万9千8百円、早期申込ならそれぞれ3万5千円、2万4千8百円の割引がある。会員になると月額9千8百円の会費がかかる。愛情も、友情もここから。
40歳以上のシングルの方に出会いの場を提供するサービスとある。
40歳以上の大人であれば、コスパなどは気にしなくてもいい。効率を狙った出会いビジネスであり、ミーティング・テラスの誕生なのだ。

 ミーティング・テラスでは、朝日カルチャーセンターなどの実績を活かして、ワインセミナー、講演会などを開き、その後に参加者同士の交流会をひらき、チャンスを演出するといいます。イベントまでは責任をもつが、その先はしらないよ。勝手にどうぞ。男女の質も保証しませんというのだ。ほかの交流会は行きずらいけど、朝日だから来た、という朝日信仰の独身会員をまっている。
業界では、もっとも苦労するのは女性会員の質と量といわれる。はたして朝日だから美人が集まるか、どうか、その辺りが成功、失敗の分岐点となるようだ。 
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2017年10月28日

野党はすくなからず変だ

野党はすくなからず変だ

 今度の選挙は解らない事だらけだった。
 自民党はまだ解る。いかにこの国を外敵から守るか! 自衛隊を公認して憲法にはっきりと記そう。なんとかして経済を持ち上げなければならない。アベノミスクしか手はない。子育て環境を充実するため、教育無償化と働く環境整備のために保育園の大増設に消費税をとりあえず使おう。……等々
 
 解らないのは野党のほうだった。
 先ず衆議院解散の「大義」はない。とわめいていた。大義ってなんですか。解散するのに大義がありますから解散します、とでも言わせたかったのでしょうか。国際情勢が緊迫する中で、今しか選挙につかえる時がない、ということが判らないとは、あきれた想像力の欠けらもない人々だ。
 「安倍一強を許さない」、というのもあった。それでは安倍二強ならいいんですか。まさか安倍首相とアッキーと二人ずれならいい、というわけでもなかろう。安倍首相はなるほど長いが、小泉一強ほど破壊力はないし、田中一強ほどの暴君でもない。汗水流して、トランプタワーに足を運んだり、プーチンを山口の温泉場でもてなしたり、涙ぐむほどにいじらしい。軍事力のとぼしい日本では正面からノックしても相手にされないことが判っているからこその外交努力だ。

 「モリカケ問題」をこれからも追及するというのもあった。森友についてはすでに司直の手が入っているのだから言わずもがななのだが、野党は裁判官にでもなりたいのか。政治課題でもない、ただ単なる国有地払い下げに何時までかかわっていく気なのか、信じられない。さらに加計学園の獣医学部新設問題では、文科省の許認可権擁護の悪質官僚のお仲間になってしまった。学園経営者と安倍首相がお友達という点が気にいらないようだが、そんなことは貴重な国会の会期中にはやらないで、どこかの居酒屋でやってほしい。別に賄賂をとったという話でもないのだから、野党はヘイト・ニュースの製造元かと言いたくなる。
 国民が結局野党を見限るのは、そんな情緒的なことばかりで政治の具体的ファクトにたいする主張や提案がないからだ。

 安保関連法を戦争法といって煽ったり、憲法にはぜったい手をつけさせないと主張する立憲民主党もおかしい。憲法にはすでに憲法改定にかんする項目が存在する、ならばその項目にしたがって憲法改定するのが、立憲民主党とおもうが、絶対に変更を許さないとわめくあなた達の脳みそがふしぎだ。
 ネットの若者たちが、自衛隊は存在するのだからきちんと憲法に書いて、そのうえで核ミサイルに対する自衛策を考えるべき、という主張のほうがはるかに納得する。


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2017年10月27日

浅草仲見世は文化財である。

浅草仲見世は文化財である。

 赤門から入って三四郎池にいたり、さらに東大校内を抜け、池之端を回り、西郷どんの銅像を左に見上げて道具街から雷門に着く。そこで交番のお巡りさんにつかまり拘束されてしまった。本郷西片町に住んでいた満五歳の筆者の一人旅体験である。幼心に雷門から仲見世の印象が、それほどに大きかったということだろう。
 あの頃の浅草は、東京の中心だった。大人になったら銀座にいく。子供のうちは浅草、それも雷門から
浅草寺本堂に向かう両側の仲見世だった。仲見世にはお面も売っていたし、人形焼もあった。女将さんの日本髪やちょんまげを並べていた店もあったし、一日中香ばしい香りを漂わせてせんべえを焼いているお店もあった。おこし、今川焼、日めくり、占い、江戸の昔の商い模型、すべてがあった江戸下町のワンダーランドだった。

 その浅草仲見世が存亡の危機に見舞われている。このたび仲見世は東京都から浅草寺が買い取ったので、家賃を16倍に上げさせていただくというという通知だ。
 89店の家賃はいままで、月平均2万3千円と破格の安さだった。だからこそ江戸以来の利の薄い小商いがしてこれた。東京にあるただひとつの門前市であり、寺社と商いの結びつきを目の当たりにできるただひとつの商店街だった。
 16倍の家賃値上げを致し方ないとする人もいるかもしれないが、仲見世は浅草寺ご本尊とおなじ、有形文化財でもある。だからこそ外人観光客も訪れるし、修学旅行もみなやってくる。なるほどニホンの商いはこんな風なやり方だったんだ。日本中どこにでも同じスタイルで展開しているチェーン店とはまるでちがう。人と人が向かいあって商いをするとはこういうもの、という生きた教材になっていた。

 東京都は簡単に89店舗を2000万円で払い下げてしまったが、オリンピックを前に、こんな大事な施設をウッパラッタとは、信じられない。
 希望の党などつくって己の野望を満足させるより、はるかに重要な案件である。もしも仲見世がスタバだったり、シマムラだったり、牛丼、ラーメンやに占拠されたらまったく仲見世の魅力はなくなってしまう。東京の観光資源が無くなってしまう、という重大案件なのだ。
 豊洲のつめの垢ほどで維持できる仲見世は是非守って欲しい、このことが理解できない小池百合子知事であれば、それこそ排除しなければならない。
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2017年10月23日

安倍おろし失敗・総選挙

安倍おろし失敗・総選挙

 切迫したアメリカ・北朝鮮情勢のなか、ぎりぎりのタイムスケジュールで実施された衆議院選挙が、ようやく決着をみた。自民党の圧倒的勝利におわった。
 出ても無責任、出なくても無責任と小泉ジュニアに揶揄された小池百合子の希望の党は見事に失速した。排除のセリフひとつではみだした立憲民主党は見事に好成績をおさめた。共産党は中国、北朝鮮にしか手本のない状態では、もはや党名変更以外立ち直る機会は訪れないだろう。

 最後までモリ・トモ、モリ・トモと騒いでいた朝日、毎日、ワイドショウ一同もさぞや脱力感に襲われていることだろう。
 ここ半年ほどはなんとしても「安倍おろし」に精を出し、あることないこと書きまくり、しゃべりまくりで一般市民はうんざりしていた。
 安倍首相が、加計学園に特別な便宜を払ったのかの如く世論誘導を図り、挙句の果ては加戸守行・前愛媛県知事の10年もまえからの獣医学部新設の念願に、あちこちの大学から断られ、ようやく加計学園が応じてくれたという議会証言をまったく無視、朝日、毎日は紙面報道もせず、さも疑惑があるごとくに書き立てた。尻馬に乗ったのがテレビ芸者といわれるコメンテーター陣だ。
 国有地問題にしても、教育機関やメディアに対し、国が寛大な処置をしていたのは周知のこと。これをつつけば朝日新聞の築地本社国有資産払い下げなど、真っ黒な事情が明らかになるが、自分達のことは棚にあげ、疑惑疑惑と騒ぎ立てる根性がさもしい。
 初めから加計問題に疑惑は存在しないのだ。真実をゆがめて吠える新聞、テレビ、とりわけ選挙結果がでても吠えていた田原総一郎や玉川某など、ヘイト・ニュース製造の本家のようでもあり、メディアの寄生虫だ。

 それにつけても安倍首相の左翼からの嫌われようは尋常ではない。
 憲法改正をいいだしたことが、教条左派の人たちにはよほど気にさわったのだろう。安保法を戦争法と言い立て、憲法に現存する自衛隊を書きしるすことがそんなに嫌いなのか、不思議だ。
 ネットの若者たちのほうがよほど正直にみえる。中国は強大な兵力で尖閣獲りに乗り出しているし、北朝鮮は核爆弾で日本を焦土にしてやると宣言、韓国の破廉恥ぶりを眼にしては、もういい加減に軍備を整えないと大変なことになる、という実感をひしひしと感じるのだろう。話し合いで、話し合いでと発言するテレビ・コメンテーターが阿呆に見えて当然だ。

 朝日新聞、毎日新聞、ワイドショウ・コメンテーター陣はうち揃って、「安倍おろし失敗・懺悔サミット」でも開くべきだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

フランス映画の美貌・ダニエル・ダリュー

フランス映画の美貌・ダニエル・ダリュー

 ダニエル・ダリューが亡くなった。
 彼女の名前のうえには常に「フランスの名花」というキャッチがついていた。

 ダニエル・ダリューの名前をフルネームで書くととんでもないことになる。

「ダニエル・イボンヌ・マリー・アントワネット・ダリュー」
 なるほどこの名前なら美人に決まっている。
 美しくなければならない宿命の名前だともいえる。

 パリ郊外のボア・ル・ロアで100歳の天寿をまっとうした。
 いつも美しく、気品にみちて、たまにちらっと見せるコケットな表情が抜群だった。
 フランス古典派の美人女優といわれたが、もっぱら文芸作品のヒロインとしてフランスは勿論のこと
 アメリカでも日本でも、大人の映画ファンの心をつなぎとめた女優だった。
 カトリーヌ・ドヌープは、年齢を忘れたただ一人の女性、それがダニエル・ダリューだと羨望していた。

 14歳のデビューだったが、シャルル・ボアイエと共演した「うたかたの恋」によっていっきに
 スターへの道をのぼりつめた。
 戦後、1950年には「輪舞」
    1654年には「赤と黒」
    1955年には「チャタレイ夫人の恋人」とたてつづけに話題作に主演したが、音楽学校を出た彼女  には、いつも音楽への秘めた情熱があった。
 1970年には、キャサリーン・ヘップバーンの代役としてミュージカル「ココ」のシャネルを演じた。
 シャネルの知的な表情から情熱的なまっすぐの気性、ダイナミックでヒステリックな仕事の顔まで、
 ヘップバーン以上に演じきったと評判を得た。それでも彼女はあっさりとアメリカをふり、さっさとフランス へ 帰ってきた。ボルドーで生まれ、パリの水に育った彼女には、パリこそが故郷だった。
 
 三度の結婚を繰り返したが、最後はロアの森で家族にかこまれ、静かに天国に召されたと伝えられている。
 フランス映画の歴史をつくった憧れの美しき女優だった。
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2017年10月21日

韓国軍の蛮行・ライダイハンの真実

韓国軍の蛮行・ライダイハンの真実

 「日本の慰安婦問題を国際問題化しようとする文在寅大統領に巨大なブーメラン!」
 韓国人の執念は世界中に少女慰安婦像をつくり隣国日本を貶めることだ、というが、今あまりの醜さにブーメランに見舞われそうになっている。
 イギリスのピーター・キャロルを中心にベトナムにおける韓国軍兵士の蛮行を世界に知らしめる目的で、「ライダイハンのための正義」という市民団体が結成された。
 この団体は「ベトナム戦争において韓国兵士からの性的暴行に遭った女性たちが過酷な人生を送って」いう事実を検証するためイギリス議会に調査委員会設置することを求めている。
 彫刻家レベッカ・ホーキンスさんは被害女性とその子供たちによる「ライダイハン像」を制作し、在ベトナム韓国大使館前に設置して世論喚起しようという計画が進められている。
 日本軍の少女慰安婦像をつくって世界中にばらまいている間に、肝心の韓国人による蛮行を忘れていたためのブーメランがやってきたという構図である。

 ベトナムでは、多くの村々に「ダイハンの残虐行為は忘れない」という碑が建てられ、あの韓国軍の非道は決して忘れない、と主張する人々がいる。
 韓国の歴史学者ク・スジョン氏は当時の資料をベトナムから入手し検証している。
 例 ★老人、子供、女性を一か所に集め、機関銃を乱射して殺戮した。
   ★女性を強姦しながら拷問にかけ、その後殺害した。
   ★妊婦の腹を踏みつけ、胎児が破れ出るまで拷問にかけた。
   ★村人全員をトンネル内に追い詰め、しかる後毒ガスで殺した。……等々
 ニュース・ウイーク誌には報道されたが、韓国国内では一切報道されず、ベトナム戦に従軍した退役軍人たちは「俺たちは国家のために戦った。戦友を冒涜するな」とこれを報じたハンギョレ新聞社におしかけ、社屋機材の破壊蛮行に及んだと伝えられる。

 韓国大統領文在寅は、これらの事実にたいし一切公式の謝罪はせず、賠償も知らん顔、それにふれることすらせず、ひたすら日本軍の従軍慰安婦問題だけをあげつらっている。
「ライダイハン」とは、韓国兵がベトナム女性に産ませた子供たちのこと、2万人から3万人いるともいわれている。
 従軍慰安婦問題に熱心な韓国人と韓国政府、そして朝日新聞はこのことにたいし、どのような態度をとるか、興味がもたれる処である。ケント・ギルバート氏は「韓国はベトナム女性に謝罪する像」を建てるべきと主張している。
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2017年10月20日

ゲノム編集によって人間がつくられる

ゲノム編集によって人間がつくられる

 「ゲノム編集」の実用化が始まっている。
 こまかいことはともかく、人間ならびに植物の形状だったり、内容を自由に編集できるということだ。つまり病気になりたくない、死ぬまで健康でありたい。もう少し美人に生まれたかった、より背丈の高い男に生まれたい。これらはみな「ゲノム編集」の対象になりうるという話だ。
 編集といえば、画面の繋ぎ合わせで完成する映画の技術として認識していたり、テレビ番組のつなぎや、雑誌のページ構成のための技術として、コアな人たちにかかわることと思っていた人たち自身の問題として登場してきた。これからの人間はすべて「ゲノム編集」によってより優秀な人に生まれる、という期待ももてる。

 つい先日、北海道大学が大豆のゲノム編集に成功したと伝えられた。大豆が従来のものより150パーセントの大きさになり、味も落ちず、収量もより大きくなった。居酒屋のオヤジさんにとって朗報なのか、訃報なのかよくわからない。
 英国ではエイズや白血病の患者から細胞を取り出し、ゲノム技術で遺伝子を修復する研究が進んでいる。
 先端医療技術の分野でも、血友病について病気遺伝子をゲノム編集し、マウスの体内にもどして成功したと伝えられている。
 国際会議では、ゲノム編集は体細胞を基本にし、生殖細胞のゲノム編集については基礎研究に限り、ゲノム技術によって改変した生殖細胞は子宮には戻さない、という決定がなされたと伝えられる。

 日本ではようやく学術会議が、ゲノム研究のルールを検討する分科会を置くことを決め、内閣府の生命倫理調査会が、ゲノム技術の受精卵への応用は基礎研究に限って容認する、という決定をくだした。
 筆者はすでに人生のあらかたを消費してしまったので、いまさらゲノム編集に用はないが、あと10センチ背高に生まれ、もう少し記憶力のいい人間だったら、かなり異なる人生が送れたのではないか、という思いはある。
 A1や人工頭脳にまして、このゲノム編集の技術は、人間についての倫理を問いただす21世紀最大の課題であろう。
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2017年10月15日

メード・イン・ジャパンの崩壊

メード・イン・ジャパンの崩壊
 データ改ざん、最近の嘘だらけは余りにもひどい。いつからこんな国になってしまったのか、情けない限りだ。かってこの国は、正直で礼儀正しい国と世界中から認識されていた。戦争に負け、アメリカこそ自由と平等の理想の国と思い込んだあたりから、嘘も方便の植民地になりさがったのかもしれない。

 タカタのエアバックデータ偽装は、一気に日本の部品メーカーの信用を落とした。世界中のエアバック供給国から訴訟され、市場はヨーロッパに奪われてしまった。
 三菱自動車の燃費データ偽装がばれ、三菱グループすべてから厄介者扱いをうけ、つまるところ日産に吸収されたのは、ついこの間のこと。
 その日産がまた嘘でかためていた。自動車の最終検査員をここ何年にもわたって検査資格のない一般工員にやらせていたというのだ。舶来のゴーン社長のもと、コストカットこそ最上の自動車製造とばかり、メーカー本来の厳しい製品管理がよこにおかれていたのだろう。
 「ヤッチャエ!ニッサン」 と上から目線のCMが流れ始めたあたりから、ユーザーと向かい合うメーカーのポジションを忘れ、宣伝テクニックに傾斜した危うさが見えはじめていた。

 そして名門神戸製鋼の製品データ偽装、データ改竄が表面化した。影響は限りなく大きい。自動車産業のすべて、新幹線のすべて、航空機産業のすべて、電気産業のすべて、ほとんどあらゆるジャンルに鉄やアルミは供給されていする。日本ばかりではない。世界中に取引先をもつ日本を代表するメーカーなのだ。納期や規格要求の厳しさにたえきれず、データ改竄にはしったと言い訳しているが、メーカーとしてのプライドもモラルも失って、金儲け一辺倒の会社に成り下がっていたのだ。
 日本一の電気メーカー東芝も何年かにわたる決算不正で解体の危機にある。シャープはもはや台湾企業になってしまった。経団連はいまこそ「企業モラルのルネッサンス」に声を揚げるべきだろう。

 「メード・イン・ジャパン」の崩壊、危機が迫っている。働き方改革などと念仏を唱えている時間はない。
産業界に性善説は通用しない。性悪説にたって産業界の総点検をしなければ、日本の財界に明日はない。
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2017年10月14日

絶滅危惧種のレビューが復活した

絶滅危惧種のレビューが復活した

 「STAS REVUE 秋のおどり」絶滅危惧種の踊りである。
 結論からいうと2.3の景を除いて全体にとてもいい、とても気分のいい舞台だつた。このレベルの舞台はかってラウンジ・ショーとしてラスベガスにあったが、いまは絶滅してしまった。モンマルトルの麓にあるいくつかのナイト・ショーよりははるかに楽しめるレビューになっていた。
 当初、かってのグランドだつた国際劇場のつくりからなかなか脱却できず、中途半端な大道具や舞台作りが邪魔だったが、この浅草ゆめまち劇場に落ち着いてから、やうやくレビューの本質に近ずいてきたような気がする。

 なによりも印象が変わったのは、大劇場向けのメークアップから、アンチームなゆめまち劇場向けのメークになって、キャストがみな美しくなった。眼の前で踊られても当惑しなくなった。一様に肌色もよくなって美人集団にかわったのだ。若い女性が集まって舞台を作っているのだから、デートに出かけるときのような、綺麗な充実感に輝いていなければ意味がない。重ね倒した目張りや、巨大なうそ眼がめだつような、場末のキャバ嬢にも見えるメークアップは絶対に許されない。

 衣装も今回はとてもよかった。色ずかいがシンプルになって洗練されてきた。白と黒とか、紅ひといろとか、ゴールドだけとか、基調色に少しのアクセント・カラーでよりモダーンな色彩感にあふれていた。多色使いになるとまだ少しばかり問題がのこる。男役のスタイルになると、まっくろなレトロになるが、少女歌劇の幻想に囚われていてどうにもならないのだろう。

 いちばんの功労は構成と振付が非常にこなれてきたことだ。観客に不安な気持ちを抱かせずスピーデイに楽しく情景が展開していく。伝統とコンテンポラリーとモダーンが程よくミックスされている。ときにオバケが顔を出すが、これさえなければ第一級のショー・チームといえるだろう。
 SKD由来スタスの魅力は、アップテンポでチャーミングなのだ。 絶滅危惧種は見事に復活をとげていた。
posted by Kazuhiko Hoshino at 20:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

鍋の季節がきた

鍋の季節がきた

 もはや鍋の季節の足音がきこえてきた。
上田別所平の山のうえでは、まだ「松茸鍋」が奮闘している。よしず作りの簡素な山小屋で松茸のいろいろをふるまってくれる。人間とは強欲なもので、松茸の香りを味わいながら、思いははやくもフグすなわち「フグ鍋」に思いはとんでいる。

  ふぐちりにしようか、やはり大皿いっぱいに広がったふぐ刺しからいこうかと、食欲が独り歩きする。
 ふぐについては食欲というより、通過儀礼に近い。だから本場では「福」と敬称されている。大分臼杵産の天然とらふぐを腹いっぱい食して福を頂きたい。
 本場からきた丸の内の山田屋も、銀座の福和も、ともに臼杵のふぐを売りものにしている。

 魚の鍋に君臨するのが「ふぐ」とすれば、鳥の鍋ではやはり琵琶湖の「かも鍋」にとどめを刺す。
 鴨だけではだめどす、水菜の旬がきたらご案内します、という祇園の冨美代さんが、忘れられない。 ゆったりとした座敷で鴨と水菜だけのシンプルな鍋が嬉しい。

 極端だが、江戸っ子としては冬の「どぜう鍋」もはずせない。せっかちな江戸っ子のために火の通りの早い浅い鉄鍋に、ネギの刻みをいっぱいのせて食すどぜうの丸が、寒さを吹っ飛ばしてくれる。
 江戸風情の大座敷の活気にあふれた浅草・駒形どぜうがぜひもの。

 冬の鍋の国民食はやはり「すき焼」にとどめを刺す。家でやってもよし、外食でもよし、すき焼きは幅が広い。アメリカン・ビーフから米沢牛・松阪牛まで、懐ぐあいでどうにでもなる。
 出汁で炊いてしまう関東風よりも、肉の一枚、一枚を丁寧に焼き上げる関西風のほうが好みだ。
 鍋類も概して関東のものより関西のほうが美味いのは何故だろう。
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2017年10月10日

パリ12区にヌーディストの森現る

パリ12区にヌーディストの森現る

 パリの東に隣接してヴァンセンヌの森がある。
 ナポレオン三世から譲られたこの森は995ヘクタールもあり、西のブローニュの森に対して、パリのもうひとつの森として人気が高い。睡蓮の泉や花の谷のあるパリ・フラワー・ガーデンがあるから、花好きのパリジェンヌにとっても花の聖地になっている。
 それだけではない。標識14番のあたりには、自然を愛するゲイたちの集まるホモエリアもあって、LGBTのパリジャンにとっても解放区になっている。

 そのヴァンセンヌの森に、期限付きながら「ヌーディストの森」が現出した。
 パリ市が10月半ばまで、朝8時から夜の7時30分まで、ヴァンセンヌの森の一部7.300uをヌーディストのために開放したのだ。市当局は都市の開放性を強調し、緑地の新しい活用法として、これからも毎年夏から秋にかけて実施していく方針のようだ。
 パリの市民プールでもすでに週3日ヌーディスト・デーを実施しているところがある。アパートの屋上でも、ニースの海岸でもヌーディストは多く、パラソルの下でなにげに美しい裸女が本を読んでいたりして驚くことがある。 裸は隠すものではなく開放すべきもの、というフランス人の考え方が見えて嬉しい。

 東京で言えば深川の向こうにヌード村をつくるようなことなので、都民は到底賛成しないだろうが、ごく身近の森で、家族連れのファミリーや、若い恋人たち、老境にさしかかった夫婦などが、裸になって太陽のひざしをあびているのは、そんなに排除すべき光景ではないように思う。
 一方ではテロに備えてマシンガンをもった兵士が町を見回り、そのすぐそばではヌーディスト達が太陽を楽しんでいる。 …… いかにもフランスらしい風景ではある。
posted by Kazuhiko Hoshino at 06:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月09日

絢爛・マハーバーラタ戦記を観た

絢爛・マハーバーラタ戦記を観た

 マハーバーラタと言われても身近に感じる人はすくないだろう。もう一つのヒンドゥー教の聖典、ラーマーヤナのほうが多くの日本人には馴染みがある。
 がこの聖典はイーリアス、オデッセイとともに世界三大聖典とよばれ、古代インドに於ける宗教的、哲学的、神話的叙事記として人々に伝えられてきた。長さは聖書の約四倍、18編、10万詩節に上る長編なのだ。バラタ族の内紛、大戦争を通じて、自由に時間をとび、空間をとんで、ダイナミックに展開する思想と事象のせめぎ会い、それ故に賢者は呪い、神の子が戦うという、壮大な史記が出来上がったのだろう。

 そのマハーバーラタの歌舞伎化について、3年前から努力してきたのが、音羽屋の若獅子尾上菊之助、彼の生真面目さと努力が実って、この芸術祭10月大歌舞伎に上演された。
 間口の広い原作からどの部分をとりだすか、戯作者は悩んだに違いないが、第一作としては大成功というべきだろう。菊之助扮する迦楼奈と松也扮する阿龍樹雷王子の話により絞ったほうが、芝居の密度は上がったにちがいないが、作品の背景にあるスケール感をかんがえると、そうもいかなかったのだろう。

 音楽では歌舞伎の下座と併用したガムラン風の打物、打楽器が絶妙な効果をもたらしていた。振付についてはもう少し時代を遡るか、民族舞踊にある手法のほうがより作品に密着したように感じる。照明はいつもの歌舞伎照明よりはるかにエッジの効いた空間をつくりだしていた。衣装は神々のきらびやかな工夫とにほんの着物が意外に違和感なく見られたのが不思議な体験だった。日本のきものと北インドにある呉服の共通点を考えたとき、当然のことだったのだろう。

 最大の見せ場は戦争のスペクタクルだった。菊五郎劇団の国立劇場に於ける見事な殺陣をみているせいか、よりダイナミックな殺陣を期待したが、京劇風な旗を取り入れたり、馬や象の演出に気をとられて、殺陣の爽快感を表現するところまではいかなかった。
 さらに練り直してより良い作品に昇華されることを願っている。芸術祭大賞は決まり、の歌舞伎座だった。
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2017年10月07日

小さい秋が見つからない

小さい秋が見つからない

 中田喜直先生の名曲に「ちいさい秋みつけた」という小品がある。
 〽誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた / ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
 という繰り返しに始まるサトウハチローの詩によるかわいい童謡だ。
 わずかに兆し始めた秋のかけらを見つけ、その秋に対する思いをそっと歌った名曲であり、かっての日本人の心のかたすみにあった秋という季節への讃美歌でもある。

 縁あってこの「ちいさい秋みつけた」を映像化しなければならないことになった。
 第1集では、軽井沢の白鳥の湖と言われてきた、雲場の池の色ずいた紅葉を素材にした。さいわいセレクト版を作ることとなり、「ちいさい秋」を再撮影することになった。楽曲の3番ではこう歌っている。
 〽むかしむかしの 風見の鳥の / ぼやけたとさかに はぜの葉ひとつ 
 やはり「はぜの葉」を見つけるしかない。軽井沢ならいくらでもあると思い、撮影に出かけて驚いた。森から森につながる別荘地にはまったく見当たらない。
 いちばん先にちいさな秋をみせるはぜの木はすっかり嫌われてしまっていた。紅葉の大きな秋はあちこちにあるが、ひっそりとちいさな秋をみせるはぜの木が見つからない。

 ちいさな秋を探して何日か費やしたあと、そうだ峰の茶屋のむこうの浅間山と対峙する六里ヶ原へ行けば、と思い立ちようやくはぜの葉の見事な紅葉と出会うことができた。
 迷惑な猿にくらべ、庭の片隅に寄生するはぜの葉など、秋のさきがけとしてとても可愛いと思うが、かぶれたらのママ・クレーマーの声に植木屋さんも従わざるを得ないという現実があった。
 
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2017年10月04日

プレイボーイ・ヘフナーの終焉に想う

プレイボーイ・ヘフナーの終焉に想う

 占領軍の強制により、初めて日本映画にキスシーンが登場したり、新宿帝都座においてストリップ・ショウが始まったり、武士道教育に育った日本人にとって女性のヌード解禁というのは、驚天動地の出来事だった。
 アメリカ文化は右手にハリウッド映画、左手に女性ヌードへの賛美を掲げてこの国にに上陸した。

 女性賛美のアイコンは、なんといっても美女のヌードグラビアに飾られた「プレイボーイ」の日本発売だった。創刊号を飾ったマリリン・モンローは名実ともにハリウッドの頂点にのぼりつめ、毎号巻頭を飾ったプレイメートは女性美の憧れだった。

 ある日突然に、TACの社長室からお呼びがかかった。TACはあの頃、VAN、JUN とともに男のカジュアル・ファッションの先頭を走っていた。
 日本でPLAYBOYブランドの全面展開をすることになった。ついてはPLAYBOYブランドの展開オペレーションの演出を頼むという依頼だった。社長室はすでに、プレイボーイ・カラーのゴールドとブラックに装われ、六本木のペントハウスにオープンしたプレイボーイ・クラブとともに巷の話題になっていた。アプレゲール達はみなプレイボーイの影響をうけ、ウサギちゃんのいるクラブに夜な夜な押し掛けた。

 ベルエアの友人に連絡すると、ならば直ぐロスへ来い、ヒュー・ヘフナーに会わせる、という託宣、ビバリーヒルズの麓にあるプレイボーイ・マンションに連れていかれた。緑に囲まれた数千坪の庭園に600坪の屋敷は、外目にはさほど華やかではなかったが、招き入れられてびっくりした。文字通りヒュー・ヘフナーの金黒趣味と美女たちの天国だった。そこに泳いでいたプレイメート達は、絵にかいたような美しき女たちで、現実のものとは到底信じられなかった。……あのヘフナーに人並みの死が訪れたとは。

 マリリン・モンローが疑惑の死をとげたとき、無一文の彼女の遺体は、ポストと呼ばれるダウンタウンの公共墓地の一隅の安置された。モンローをこよなく愛したヘフナーは、その隣のポストを数億で押え、いつか自分に死がやってきたら、モンローとともに永遠の眠りにつく、といっていたが、果たして31歳の若き愛人は、ヘフナーの思いのままに埋葬したかどうか、すこしばかり気になっている。
 20世紀の女性にたいして、ヘフナーの残したプレイボーイ文化の影響は余りにも大きかった。
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2017年10月03日

マリー・アントワネットの四角いハンカチ

マリー・アントワネットの四角いハンカチ

 ものにはすべて形がある。
 クロアッサンは三日月と決まっている。ウィーン王朝が侵攻してきたトルコ軍を撃退した記念に、トルコ国旗の三日月をとってパンにしたといわれる。 赤鉛筆は丸い。芯が弱いので、持ちやすい六角形を避け、周りの力を均等に散らす丸い軸の赤鉛筆が生まれたといわれる。 蚊取り線香は渦を巻いている。普通の線香と同じく棒状だつたが、少しでも長持ちさせるため渦巻き状になったそうだ。

 で主題はハンカチのかたち。
 シェークスピアの四大悲劇のひとつ、「オセロー」は、ほかの男が持っていた妻のハンカチから、不倫を疑われ、最後は殺されてしまう、というお話だが、中世では婚約のしるしとして、女性から男性に贈られたのが、ハンカチだった。 ルイ王朝時代のフランスでは、このハンカチ文化が異常に盛り上がり、上流貴族の婦人たちは数千枚ものハンカチをコレクションするようになった。宝石や刺繍を施したゴージャスなハンカチ、さらに丸、三角、四角、長方形やらレースをふんだんに使ったハンカチまで競って見せびらかしたと伝えられる。

 そうした風潮に腹を立てたのが、ルイ16世夫人マリー・アントワネット、彼女は夫に「フランスのハンカチは、すべて正方形にするべきです」と進言、ルイ16世はいわれるままに「ハンカチの形は、縦横同一たるべし」という法令を布告、以来ハンカチは正方形におちついたといわれている。
 それ故ハンカチーフの日は、マリー・アントワネットの誕生日に近い祝日から、11月3日に決められた。

 デパートの店頭には、ディオール、カルダン、ジバンシー、サンローランから森英恵、コシノジュンコまで、デザイナー・ブランドのハンカチが大量に売られているが、外国には存在しないこの国独自の珍風景だ。本場オートクチュールの洋服は着れないが、せめてあちらの高級品にちなんだハンカチでもいい、という日本人のさもしさにつけこんだ日本のメーカーだけのライセンス商品なのだ。デパートでクチュール・ブランドのハンカチを見るたびに、戦後日本の貧しさはまだ終わっていない、と感じてしまうのは筆者だけだろうか。
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2017年10月02日

漱石・碑林・ランポー 歩かない文学

漱石・碑林・ランポー 歩かない文学

 愛媛・松山の道後温泉、旅館道後館のひと部屋に、部屋本「坊ちゃん」が登場した。客室のひとつに夏目漱石坊ちゃん全文がプリントされている。部屋を開けた途端、椅子にもテーブルにも、床の間にもテレビのうしろにも、障子にも襖にも坊ちゃんの小説が踊っている。
 日本では句碑というのは何処に行っても遭遇するが、ひと部屋まるごと小説は珍しい。近頃は携帯だったり、スマホだったり、簡単に移動できるものだらけだが、その昔のように場所に定着して読む、というのもいいだろう、というオーナーの声、これは見る本というより体感する本です。
 そのうえ、見せてやるけど見料1500円というのも、いかにも日本らしくケチな料簡が似合う。

 中国には900年前から、西安の都近くに石に彫られた歴史を集めて、「碑林」というとてつもない書庫がある。漢から清の中国の歴史に係わる記録が書かれた碑石が約1000基以上、雨にも雪にも強い3メートルから5メートル内外の碑石群は、ダイナミックな中国の歴史そのもののように見るものに迫ってくる。石に刻まれた歴史は1000年でも2000年でも風説に耐えて語り継いでいくだろう。欲しければいつでも拓本を取ってくれる。近隣には始皇帝の墓も、楊貴妃の風呂もあって中国4000年の歴史を語るにふさわしい処なのだ。

 フランス・パリにはサン・シェルピス広場からリュクサンブール公園に抜けるフェルー通り、300平方メートルの壁がアルチュール・ランボーの壁詩になっている。彼は1871年9月30日、初めてこの広場のカフェの二階で処女詩の朗読をしたという故事に由来している。
 ランボーの処女作「酔いどれ船」がカリグラファーの手書きで彫り込まれている。
 …夜明けが痛い 月は残忍で太陽は昇るたびに辛辣だ  愛が俺を飲み込んで麻痺させる……
 波よお前の倦怠に漬かってしまった俺は もはや綿を運ぶ航海に出ることはできぬ
 旗やペナントをはためかして走ることも 廃船を尻目に航海することも出来ぬ……
 ランボー16歳の処女詩には、パリコミューン挫折体験が生々しく、託された言葉がこの壁から風に乗って、パリの街角に流れていく。
 私の机の傍らには、この詩壁のまえに立った鈴木京香のTページが、ピンアップされている。
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2017年10月01日

女性有名人の不倫相手になれる笑論

女性有名人の不倫相手になれる笑論

 女性の浮気、不倫が派手に報道されている。 浮気がばれた女性政治家や女性芸能人たちは、世のお母さんや女性たちから盛大にバッシングされ、メディアの餌食になっている。
 何年か前までは、浮気・不倫スキャンダルは、男性の聖域になっていた。ところが、男女平等均一労働法やら、働き方改革の潮流のなかで、女子の社会的立場が上がるとともに、女子の不倫スキャンダルの日常化が当たり前になってきた。誠にご同慶の至りだ。 一般女性も女性有名人の不倫報道に接し、エセ道徳な非難をやめて、これでようやく私たち女性の地位も男性並みになったと喜んだほうがいいのかもしれない。
 人はなぜ不倫をするか、などの設問は、フランス人には一笑に付されるが、日本人のピューリタン願望にとっては、いつまでも井戸端会議の主役として生き続けるのだろう。

 ところで、そうした高嶺の華のフリンターの相手に選ばれるには、一定の条件を満たさなければならない。見た目に男前というよりも、より大切な案件がある。
 まず第一に、絶対に女性の財布をあてにしないこと。女性のお金をあてにしたのでは、ただのヒモになってしまう。ヒモは一流の女の対象にならない。ホスト・クラブで間に合わしたほうがずっと楽だし、後腐れがない。
 第二に女性の知名度を利用しない。女性の知名度にたよらなくともそれなりのフィールドを持っている。
 そして第三に自由な時間を持っていること。いつでも女性の時間に合わせられることが重要な条件となる。社会的に活動している女性にとっては、男性都合の時間は絶対にもてない。。だからいつでも女性都合の時間に合わせられることが必要条件となる。
 そしてさらに第四の条件、口が堅いということ。男性から事がおおやけになることは絶対にない。メディアにばれたときにも、現場を押えられない限り、一線は越えていない、と最後まで主張しなければならない。
 以上の条件をみたしてこそ、初めて選ばれる男となるが、これらのマニュアルのほかに絶対的に必要なことがある。 「空気を読まない情熱」をもっているか。「あの頃、僕はあなたが好きだった。あなたは今でも素敵だ。心乱さないでください。」「ぼくはずっとファンだったんです。」まわりにはペコペコしたり、ご機嫌伺いの媚びた男性ばかりのなかで、直球でくる空気をよまない男に弱いという現実がある。
 さすれば週4回のホテル、新幹線の手つなぎ、夢のようなベーゼの時が訪れるのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする