2017年10月02日

漱石・碑林・ランポー 歩かない文学

漱石・碑林・ランポー 歩かない文学

 愛媛・松山の道後温泉、旅館道後館のひと部屋に、部屋本「坊ちゃん」が登場した。客室のひとつに夏目漱石坊ちゃん全文がプリントされている。部屋を開けた途端、椅子にもテーブルにも、床の間にもテレビのうしろにも、障子にも襖にも坊ちゃんの小説が踊っている。
 日本では句碑というのは何処に行っても遭遇するが、ひと部屋まるごと小説は珍しい。近頃は携帯だったり、スマホだったり、簡単に移動できるものだらけだが、その昔のように場所に定着して読む、というのもいいだろう、というオーナーの声、これは見る本というより体感する本です。
 そのうえ、見せてやるけど見料1500円というのも、いかにも日本らしくケチな料簡が似合う。

 中国には900年前から、西安の都近くに石に彫られた歴史を集めて、「碑林」というとてつもない書庫がある。漢から清の中国の歴史に係わる記録が書かれた碑石が約1000基以上、雨にも雪にも強い3メートルから5メートル内外の碑石群は、ダイナミックな中国の歴史そのもののように見るものに迫ってくる。石に刻まれた歴史は1000年でも2000年でも風説に耐えて語り継いでいくだろう。欲しければいつでも拓本を取ってくれる。近隣には始皇帝の墓も、楊貴妃の風呂もあって中国4000年の歴史を語るにふさわしい処なのだ。

 フランス・パリにはサン・シェルピス広場からリュクサンブール公園に抜けるフェルー通り、300平方メートルの壁がアルチュール・ランボーの壁詩になっている。彼は1871年9月30日、初めてこの広場のカフェの二階で処女詩の朗読をしたという故事に由来している。
 ランボーの処女作「酔いどれ船」がカリグラファーの手書きで彫り込まれている。
 …夜明けが痛い 月は残忍で太陽は昇るたびに辛辣だ  愛が俺を飲み込んで麻痺させる……
 波よお前の倦怠に漬かってしまった俺は もはや綿を運ぶ航海に出ることはできぬ
 旗やペナントをはためかして走ることも 廃船を尻目に航海することも出来ぬ……
 ランボー16歳の処女詩には、パリコミューン挫折体験が生々しく、託された言葉がこの壁から風に乗って、パリの街角に流れていく。
 私の机の傍らには、この詩壁のまえに立った鈴木京香のTページが、ピンアップされている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 10:41| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする