2017年11月30日

パリに戻ってきたPARISコレクション

パリに戻ってきたPARISコレクション

 2018年春夏のPARISコレクションがようやく終わった。
 伝統あるパリ・オートクチユールの春夏と秋冬に分けたファッション・プレゼンテーションは、それぞれのメゾンのオーナーが変わって少しカタチが変化するかとおもったが、全く影響なく相変わらず一年二回のショー形式を踏襲している。現在パリの多くのメゾンを支配しているユダヤ系資本が考えても、これ以外の有効なパブリシティ戦略は浮かばなかったのだろう。

 さて来シーズンのコレクションで目立ったものと言えば、… 圧倒的なバリ回帰現象だった。
 世界中で猛威をふるっているカジュアル一辺倒のストリート・ファッションに対し、アンチ・テーゼを表現するには、パリという原点に戻ることが最速最良と多くのメゾンが考えた。つまりモードの再興をめざす舞台として、ふたたびパリに帰ってきたともいえる。
パリでしか創作できないものを目指して、選ばれた背景ももっともパリらしい場所が選ばれて、それぞれの個性をきそった。

 エッフェル塔を望むトロカデロ宮殿の庭を選んだのは、サンローランだった。日没とともに始まるエッフェル塔の電飾に合わせて、ショウが開かれた。モデルたちはエッフェル塔を背に晴れやかに登場した。まさにパリの物語とファッションが一体化した瞬間だった。

 オペラ座ガルニエ宮の回廊を舞台に、豪華絢爛な空間とリアルクローズの対比を演出したのはバルマン。そこにはこのパリでしか体験できないタイムレスな美の世界が次々と登場した。

 ルイ・ヴィトンは、ルーブル美術館地下の昔の城壁のあった空間をバックに、ロココティストとスパーティブの融合を試みた。この空間はルーブルの地下に存在する不思議な歴史的空間で、筆者も二年前ここで写真作品をディスプレイした。

 パリ装飾芸術美術館を会場に選んだのは、ディオールだった。ディオールはアートと伝統をモチーフに創作し、夢のクチュリエを提示した。

 デザイナー達は一様にパリでしかできないものを目指し、ジョセフ・アルシュザラはニューヨークで10年重ねてきたコレクションを畳んで、パリ市庁舎でショーアップした。パリ市庁舎を舞台に発表したのは、ドリス・ヴァン・ノッテンもいる。市庁舎のもっている荘重さがファッションにマッチするというのもいかにもモードの都らしい。
 ビジネスのニューヨークから、創造のパリへ、 この傾向はしばらく続くような気がする。。
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月29日

ニーハオ・トイレの行方

ニーハオ・トイレの行方

 「ニーハオ・トイレ」ってなに?
 中国の間仕切りのない公衆便所のことを、かの地の人々はそう呼んでいるらしい。間仕切りがないので、頑張っている時でも、隣りの人と目線があってしまい、ニーハオと挨拶せざるを得ない。悪臭も強く、外国人観光客からは評判の悪いことこのうえない。
 一帯一路のお家元としては、どうにも体裁わるく、この程、習近平国家主席の命令により、公衆トイレ美化運動「トイレ革命」が発動された。

 北京、上海など大都市圏の住宅街や古い集落ではいまだに自宅にトイレがなく、、古い共用の公衆トイレに頼っている例が多い。川の共同洗濯場や、おな洗いの共同温泉とは異なり、お尻丸出しの大小の処理場なので、開いた口がふさがらない。
 こうした公衆トイレの管理者のなかには、勝手に料金の徴収を行っているものもあり、全国的にトイレ環境の改善には何年かかるか判らないと報じる向きもあり、習近平のトイレ革命は、はたして吉とでるか、凶とでるか、観光業者たちも声を潜めて見守っている。

 戦前中国の田舎では、玄関入口の前に穴が掘ってあり、すべてその穴が大小を引き受けていたので、町は臭気と蠅の多さに辟易としたと伝えられていた。そうしたオープン・トイレの習俗はいまに生きていて、なかなか通り一遍の命令では治らないといわれている。なによりもトイレにお金をかけたい、という機運がゼロだという。

 習近平は重要指示として「庶民の暮らしの質で、不足しているものを補うため、一層の努力をすべきだ」とトイレ革命の強化を指示したと伝えられている。
 トイレの質的向上のため隣国ニホンを見習うべしとは、云わなかったらしい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月27日

フラリーマンに幸いあれ

フラリーマンに幸いあれ

 政府の働き方改革の推進によって、耳なれないサラリーマン層が発生している。
「フラリーマン」と呼ばれている。発生区域はもっぱら駅周辺の繁華街、もしくは飲食店街だといわれている。
 いままで、会社で夜遅くまで勤勉に働いていたサラリーマンが、働き方改革によって、5時になったら帰りなさい残業は許しません、ただしノルマはありますから昼間にしっかりはたらいてください。といった上司の命令によって行き場を失ってしまったのだ。企業は残業代カットにより、ますます人件費が節約でき、すくなくとも5兆円もの内部留保が拡大している。

 定時とともに会社から放り出されたサラリーマン達は、しかたなく身近の遊弋地域に流れる。
 行きつけの居酒屋、なじみのいるキャバクラ、童心に帰ってのゲームセンター、などなど、思わぬところで働き方改革景気が起きている。会社が終わってまっすぐに帰れないサラリーマン達が、いっせいにフラリーマンになるのだ。

 新宿思い出横丁の宝来家も、渋谷のんべい横丁の会津も、吉祥寺ハーモニカ横丁の花ちゃんも、最近は口開けと同時にこむという不思議な現象が起きている。生真面目なフラリーマンは、真っ暗になった公園のベンチでレシーバーを耳に英語の勉強に励んでいる。パソコン・カフェなども順番待ちが廊下にはみ出している。家に帰りたくとも帰れないフラリーマンが増殖している。

 共働きが多く、早く帰っても邪魔にされる。女房が仕事を終わって帰宅、晩飯の用意が整ったころ、子供も塾から帰って、(*>∀<*)ノただぃま★というのが、家庭平和のコツということらしい。家庭を支えながら、家庭からはみ出してしまった男たちの悲しい現実がこれだ。 フラリーマンに幸いあれ!
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

琵琶湖疎水通船67年ぶりの復活

琵琶湖疎水通船67年ぶりの復活

 京都の殺人ドラマに必ずといっていいほど登場するのが、南禅寺の境内にある水路閣だ。
 煉瓦作りのアーチ状の水路閣は、どことなくヨーロツパ風でもあり、京都の風景とはいまいち違和感があるのだが、ローマを思わせるアーチと南禅寺庭園とのミスマッチに人々は魅せられてきた。
 アーチの下で出会いがあり、アーチの下で別れがあり、ときにアーチのしたで殺人があって、京都におけるドラマ風景露出のベスト・スリーに上げられるかもしれない。
 あの煉瓦のアーチの上は、琵琶湖から京都へと水を引いた疎水が流れていると教えられるまでは、何年かかかった。

 明治の初め都が東京に移され、失意の京都の人々による一念発起の大事業として琵琶湖疎水は建設された。大津の三保ケ埼から取水された疎水は、大津、京都、伏見、宇治をむすび、単なる水運にとどまらず、日本で初めての水力発電をし、水道水の供給源となり、灌漑、下水道の掃流、あるいは工業用として働いた。
 いまでも京都から滋賀県に対し、毎年二億二千万円の疎水感謝金が支払われている。公共水道の資源として疎水はいまだに寄与している。

 その疎水に67年ぶりに、観光船としての琵琶湖疎水通船が復活する。来年春と秋を中心に82日間の営業をするという。区間全長8.7キロ、蹴上から大津行4便、大津から蹴上行5便を、平日4000円、土日祝5000円、桜や紅葉の大型連休中は8000円、という料金で運行する。蹴上のインクラインでお花見をしたり、蹴上水力発電所をひやかすだけではなく、是非この疎水通船を体験してほしいというのが運行会社の願い。 ちなみに二艘の新船の建造費は、京都のふるさと納税でまかなったそうだ。
 疎水べりには、疎水工事の一環として多くの桜を植えたといわれているので、京都の水と桜の名勝がまたひとつ増えたことになる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月22日

貴乃花っていうのは本当に偏屈な男だ

貴乃花っていうのは本当に偏屈な男だ

 「靴磨き」はどこの駅にもいた。だから汚れた靴を履いて外出しても、電車に乗る前か、電車から降りたとき、駅で靴磨きにお世話になってから、目的の訪問先へ向かえばよかった。だからいつも靴は綺麗にしておきなさい、といわれてもさほど真剣にならなくとも、なんとか間に合った。
 それがどうしたことか、靴磨きがめっきり少なくなってしまった。いくら日進月歩の世の中でも靴が汚れなくなったわけでもなし、家庭で若い奥様が靴をひろげて磨いているなどという風景は遠い日の思い出になつてしまっているし、靴が靴磨きを拒否しているわけでもなかろう。
 街の風景から靴磨きのいる風景は消えてしまった。

 年取ると履きやすい靴ばかりを履くようになる。先日来気になって、靴を磨かねばという、強迫観念にまとわりつかれていた。たまたま帝国ホテルでランチをしながら旧交を温めようということになった。少し早くホテルに着いたので、そうだ地下のアーケードの横に靴磨きがいる、気がついて地下へ降りて行った。さすが帝国ホテル、ちゃんと靴磨きのコーナーは生きていた。

 靴磨きの高い椅子が二台、すでに先客がひとり、靴を磨きながら大きな声でしゃべっている。靴磨きのおじさんもまた、その意見に同調している。
 「貴乃花というのは、変な男だな。自分が巡業部長をしていながら、起きた事件を協会に報告もせず、警察にとどける。あれじゃ組織の役員はつとまらないな。」
 「横綱が説教していたのに、スマホいじくっていたんじゃ、殴られて当たり前、暴力だとかテレビはうるせぇけど、あんなの見逃していたら示しがつかねぇ、親だってビンタ位くれてやるわ。」
 「さうだなあ、自分がまいた種じゃ、人前には出にくいだろう。」「酒の席の殴り合いなんざあ、いくらでもあるさ。いちいち警察に届けられちゃ、協会もやってらんねぇだろう。」「貴乃花っていうのは、えこじな男で、だから兄貴の若乃花とも仲がわるいんだよ。」
 「モンゴル力士会が気に食わねぇって、いってるらしいが、遠い国から日本にきて相撲とってんだから、そのくらい認めてやりゃいいんだ、八百長やんなきゃいいんだからさ、奴らだって人間だから寂しいだろ、貴乃花っていうのはホントに偏屈だよ」
 どうやら大衆の声はその辺にあるよぅだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

埴輪ルックの冬が来た

埴輪ルックの冬が来た

 突如、冬がやってきた。
 天気予報は、軽井沢・最高4度/最低−3度とんでもない数字を告げている。

 まず外出するときの服装から、生活を組み立て直さないといけない。毛糸のセーターは何処に、多分明日からコートを着なければならないので、どれにしようかな。
 下着はユニクロのヒートテックでオーケーである。スラックスはごく当たり前のウールだが、撮影行にはジーパンをはくのでさほど問題はない。トップスはグースのダウンを着込めば温かさを保証してくれる。それ以外は手袋、目的別に皮乃至毛糸で対応できる。
 いちばんの問題はスラックスの下である。永らくタイツを履いていたが、暖かすぎて風邪をひいてしまうことがままあった。何かないかとさがしていたところ、LOFTで見付けた。
 エステティシャン高橋ミカ・プロデュースと、わざわざ断り書きのある「レッグウォーマー/シルク×綿」…薄手で軽い着用感なのにしっかり暖かい、と注釈がある。これはひょっとしてと足を通すとなるほど軽くて暖かそうだ、一年中冷え知らず温活美容とかいてあるのには、どことなく男無用の響きもあるが膝の上下空間だから関係なかろうと、今シーズンはこのレッグウォーマーの世話になってみようと思っている。

 さて寒い軽井沢の今頃からは、ハニワ・ルックの高校生たちが町を歩きだす。都会のJKなら膝小僧の露出にこだわって、制服のスカートをたくし上げハイソックスとのコンビで膝の若さを強調するところだが、北国のJKは暖かさ追求が第一義で、ファッション・センスは置いてけぼりになる。
 制服のスカートのしたにジャージやジーパンを堂々と穿きこみ、埴輪そっくりのシルエットになる。
 浅間山が白いコートに覆われると、ああいよいよ始まるハニワ・ルックのシーズンと、伯父さん達は想像するのだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 20:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月19日

笹だんごの残影

笹だんごの残影

 昔からその土地に根づいた故郷のお菓子があった。
 京都には八つ橋が、江戸には雷おこしが、諏訪には大社せんべい、といったぐわいに風土と結びつき、信仰と結びついてお菓子の伝統を受け継いできた。旅行や遠足のお土産として喜ばれ、旅のあかしとして人々に愛されて、何十年何百年の時を経て今をむかえている。

 が流通革命の名のもとに多くのお菓子が変質を迫られている。東京駅にいけば、全国の土産菓子が集められて売られている。旅先で買わなくとも、旅の終わりの駅ですべてが間に合ってしまうのだ。こんなに便利で重宝なことはない。が、これでいいのだろうか。旅先から、重かったり、邪魔だつたりしながら、持ち帰ったお土産にはそれなりの価値があるように思う。なるほどパリのチョコレートが本人の帰国前に自宅に届いている奇跡はあるが、お土産としての心がないような気がする。だから空港にあるニューヨークやロンドンのお土産屋は覗かない。真心を奪われるような気がしてしまうのだ。

 すぐる年、郵便局で「新潟の笹だんご」というパンフレットをもらった。
 そこには新潟各地の郵便局が管内自慢の笹だんごすべてを掲載した「オール・アバウト・笹だんご」の通販カタログだった。どれが美味しく素敵な笹だんごかは知る由もなく、写真に写ったある笹だんごを選んで発注した。その笹だんごは大当たりで、それ以来あんなに美味しい笹だんごに遭遇していない。発注した店もデータも紛失し、その至福の笹だんごは行方不明になってしまった。

 とある雑誌のページをめくると、笹だんごを縛れる人が減ってきました、とある。新潟では笹だんごは、スイーツではなく信仰食でした、ハレの日には、家族総出でつくった笹だんごを神棚に供え、無病息災、家内安全を祈りました。新潟人の原体験が、ただのお土産やスイーツになってしまったのは寂しいですね、笹だんご作りは手間もかかり、、辛抱強い新潟の県民性の象徴が笹ダンゴだと断言できます。と続いている。
……笹だんごの衰退は、新潟県人の変質を告げているのだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月17日

平等院の赤をめざして

平等院の赤をめざして

 源氏物語の主人公である光源氏の別荘をめざす。
 京都駅から竹田街道を南へ。秀吉が本拠とした伏見の地酒蔵をよこめに、やがて御香宮をたどる、御香宮は病を治癒してくれる聖水の湧く処であるとともに、安産の守り神である。
 京都には安産守りの社がもう一つある。洛北のわら天神だ。ここの護符には藁の一本が入っていて、その藁に節があったら男の子、節がなかったら女の子が生まれるという信仰があり、京都の古い町家のお嫁さんは妊娠するとお姑さんから、すぐわら天神においきやす、と命じられたと云われる。

 御香宮をすぎるとまもなく宇治川にぶつかる。琵琶湖に端を発している宇治川だが、どことなく表情が違う。流れのさまがとても優雅なのだ。右へ左へと蛇行するが、堤防よこに並んだ古い屋敷の屋根が歴史をふくんでただならぬ風情をまきちらす。
 やがて日本三大名橋のひとつ宇治橋にたどり着く。橋の周りの商家はみな古く、みやびな空気が漂う。

 8時28分宇治平等院の南門についた。すでに200人ほどの修学旅行生が並んでいる。正面入口にまわって入場券を購入、めざす目的は平等院鳳凰堂……。 
 光源氏のモデルだったと伝えられる源 融が別荘として建てたものを、藤原道長の手にわたり、子の頼通が寺院に改めたと伝えられる世界遺産の建築物である。
 来年5月のパリ展において、日本のイメージの10数点に赤のイメージがなく、フランス人の大好きな赤のイメージのための撮影行だった。
 モンマルトルの赤い風車に始まったパリとの付き合いを、宇治平等院の赤い鳳凰堂で完結させることができたらという思いでもある。西方浄土の楽園を模したと伝えられる鳳凰堂は、密度の高い日本一の赤の桃源郷でもあった。

 極楽浄土への往生を願った日本人の祈りのイメージがそこにあった。鳳凰が翼をひろげ、今まさに飛び立とうとしているその瞬間が見事に具象化されている。
 定規とコンパスの現代建築を超えた、精神性にみちた朱の建築が、目の前にあった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月13日

まもなく来る狂瀾のメリークリスマス

まもなく来る狂瀾のメリークリスマス

 講談社の現代新書から、愛と狂瀾のメリークリスマスなる本がでた。ここで論じられた日本のクリスマスは、キリスト教は排除しないが、教えは受け入れない「不可侵条約」みたいなものと、結論ずけられている。が、ちょっと待て。そんなキレイごとではない。

 戦後、占領軍とともに正面から上陸してきたのが、キリスト教だった。町のそこここに教会が建てられ、ホテルというホテルの部屋には、新約聖書と旧約聖書が置かれ、日本人の根本にある神道、仏教、武士道に支えられた精神の破壊を試みた。
 若いキリスト教牧師によるスチュワーデス殺人事件なども起きたが、その容疑者はさっさと国外へ逃亡などという事件も発生した。
 すでにあったキリスト教系学校の頂点として建設されたのが、国際基督教大学だった。都立のナンバー・スクールには、優秀な学生をこの国際基督教大学に入学させるよう占領軍から指示があった。が秀才たちはあまり乗り気せず、当初はそこそこの学生が入学した。今では皇族のトップが通うのだから、占領軍の目論見は大成功だったといえる。

 韓国においてはまんまと成功した、この宗教による愚民政策は日本ではいまいち成功とは言い難かった。街にキリスト教関係の施設はいろいろできたが、信者は一向に増えなかったのだ。

 そこに登場したのが、メリークリスマスと囃し立てる繁華街からの催事だった。町のケーキ屋は店頭にやまほどのクリスマス・ケーキをつみ、ホワイトカラーはみなケーキをぶら下げて楽しい我が家に帰っていった。宗教家と占領軍のコントロールにまして、繁華街の水商売やケーキ屋の宣伝力が成功したのだ。
 バブルの頃には、さらにホテル業界が悪乗りし、愛のお泊りホテルとクリスマス・イブをむすび、若い女性たちをクリスマス・ラブにひっぱりこんだ。宝石業界もまたクリスマス・ジュエリーと煽り、クリスマス・プレゼントはキリスト教と関係なく独り歩きをするようになった。クリスマスは完全に商業主義の装置と化したのだ。

 クリスマスについで登場したのが、バレンタイン・デーだった。さらに近頃ではハローウィンが登場し、渋谷スクランブルが聖地化している。信仰心とはまったく関係なくイベントだけをとりだして大騒ぎする、かっての日本人にはなかった現象である。
 利益まみれ、経済第一主義のさもしさが、宗教の摂理を無視したイベント主義に堕落させた。この国の宗教催事は資本主義の断末魔であり、下品きわまりない商業主義の末路でもある。

posted by Kazuhiko Hoshino at 10:12| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月12日

ミシェラン三つ星の高尾山

ミシェラン三つ星の高尾山

 東京の小学生にとって、初めての遠足が高尾山という経験者は多い。
初めて電車からケーブルカーに乗り、リュックを背にちょっぴり山歩きを経験する。1200種の植物と100種の野鳥がいて、貴重なお山と教えられた。

 ある時高尾山の山懐に、うかい亭という鳥料理の村落ができた。村落というのは、飛騨から合掌民家を移築し、それを中心に多くの離れをつくり、いろりを囲んで鳥料理を饗するという画期的な食のテーマ集落が造られた。民家園と料理小屋の集合体で東京にありながら、日本の山村風景を体験できる画期的な施設だった。
 六本木時代には、海外からのお客様をもてなす定番のうかい亭であった。うかい亭は後にステーキうかいをつくり、懐石のうかい竹亭をつくり、都心には豆腐屋うかいやら、つい先日トランプ大統領夫妻をもてなした銀座ステーキうかいとますます拡大しておもてなし処の雄となっている。

 何年ぶりの高尾山だった。富士山とともにミシュラン三つ星をえた効用かもしれないが、そこは山ガールと中国からの観光客であふれていた。天狗信仰の修験の山の気分は全くなく、山の原宿のごとき呈をなしていた。わずか599メートルの山を登るのに、それも大部分はケーブルカーであるにもかかわらず、山ガールたちは3000メートル級の登山支度でオシャベリをしながらの高尾登山なのだ。
 よく見るに、登山ごっこである。ごっこ遊びをしているとしかみえない。インスタ映えのする写真を撮るため、やざわざ登山のためのファッションを整え、高尾山にやってきたのだろう。
 薬王院の水行も火渡りも、殺生禁断もみな、スマホ写真の小道具であって、修験道の霊山もかたなしなのだ。行基菩薩も飯縄大権現もみな存在感をなくし、霊力も呪力も必要としない不思議な三ツ星の高尾山になっていた。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:03| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月11日

ティファニーに忘れた頃のカフェ誕生

ティファニーに忘れた頃のカフェ誕生

 有楽町のアマンドこそ最高のカフェと信じていた若者にとって、ヘップバーンの「ティファニーで朝食を」は衝撃の映画だった。宝石を見つめながらのパン食いとは思わず、てっきりティファニーのなかに朝食カフェがあると信じての初ニューヨークだった。閉鎖的な作りのティファニーにいって、がっかりして帰ってきた。ホテルやトランプ・タワーにカフェはあっても、五番街の路面店のカフェはみあたらなかった。 長い間アメリカにはカフェ文化はないと信じてきた。

 あれから半世紀たって、あのヘツプバーンのイメージが具体化することになった。
ティファニーの本店にカフェができる。「ザ・ブルーボックス・カフェ」ティファニーのテーマカラーである淡いブルーに彩られたカフェだそうだ。フランス的なオープンカフェではないところが、やはりアメリカだが、ないよりはずっとましだ。高価な宝石を横目に、お茶ができるというのはやはり至福の時に違いない。

 ローマのコンドッティ通りには、あの倉敷が真似をした「アンティコ・カフェ・グレコ」がある。
 ロンドンの朝飯や午後のお茶といえば、「ケンジントン・レーン・カフェ」がある。イギリス生まれのサンドウィッチもよし、コーヒーもよしなのだ。

 パリに行けばカフェはあまりに多い。シャンゼリゼーの「フーケッツ」はお上りさんにはこの上なく便利だし、贅沢気分を味わいたければ、「ラドュレ」のシャンゼリゼー店がお勧め、芸術文化に興味があれば、「ル・セレクト」や「カフェ・ド・フロール」「ドウ・マゴ」にサルトル、ヘミングウェイ、ピカソ、ヘンリーミラー、、ジャン・コクトー、さらにフジタ・ツグジと縁のある名前が登場する。
 オペラ座のまえには、設計者がおなじガルニエによる「カフェ・ド・ラ・ペ」がある。ここでは朝食からアフター・オペラまでカバーしてくれる。

 筆者はもっぱら紅茶党なのでカフェより「サロン・ド・テ」が贔屓、ルグランの隣のスクリーブにある「サロン・ド・テ」がマイ・ベストだ。リヨンの世界紅茶協会会長さんの作っているユアンという素敵な紅茶にありつける。紅茶党にはいちどは試していただきたい店なのだ。 
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月10日

2017流行語大賞ノミネートに思う

2017流行語大賞ノミネートに思う

 2017年新語・流行語大賞ノミネート候補が発表された。
 筆者にかかわりのあるいくつかについて、書き留めておこう。

「フェイク・ニュース」
 トランプ大統領がCNNをさしてフェイク・ニュースの巣窟と非難したところから、あっという間に世界中にひろがった。
 日本ではメディア界の老舗たる朝日新聞が、韓国人慰安婦問題の誤報からフェイク・ニュースの家元と揶揄され、加計学園獣医学部設立のニュースでは、悪徳官僚とむすび安倍倒閣運動に傾倒したため、ありもしない安倍疑惑を捏造したと、もっぱら「安倍憎しフェイク・ニュース」の製造元ともくされている。安保関連法を戦争法などと論じ、新聞メディア全体の信用をなくした責任は重い。
 賢明な読者は朝日からぞくぞくと逃げ出し、いまや朝日新聞購読者はいちじの50パーセントを切ったと言われている。

「働き方改革」
 働き方というのは、労働時間の問題ではない。みずからの仕事への情熱と報酬と時間の要素のうえに働き方がある。仕事の実態、内容もわからず、ただ電通にはいりたい、NHKに入りたいといった無知と無謀から、みずからを自殺に追い込むのとは、根本的に違う。
 それぞれ仕事にはその仕事なりの環境と置かれた条件がある。日本が夜だからと寝ていては、地球の裏側は昼なのだから、報道の仕事はできない。ドラマ制作の現場でもおなじこと、役者が下手でえんえんと取り直しがあれば、20時アップの予定が28時にのびることもある。
 おおむね過保護の両親と、IQ馬鹿の東大卒業生にこうした現場無理解の阿呆が多い。働き方は一律に論じることなく、それぞれのケースで論じるべきだ。

「忖度(そんたく)」
 忖度のある社会はそんなに棄てたものではない。日本人の思いやりや忖度は、日本人の美徳とすら考えられる。忖度のある社会こそ、いたわり合い譲り合う、暖かい社会だともいえる。
 なんでもかんでも数字で解決するアメリカ的社会は殺伐としている。
 スポーツでもかってのスポーツ界では、勝ったからと言って決してガッツポーズなどしなかった。負けた相手の心情を忖度して、勝ち誇った行為は厳につつしんだのが、日本のスポーツだった。いまでは勝つと、負けた相手のまえで踊ったり跳ねたり、とにかくやたら下品なのだ。
 いつから日本人はこんなにいやらしい下品な民族に堕ちたのか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

ベルフィーって何?

ベルフィーって何?

 セレブ女性の間でブームをよんでいるのは、美尻自慢だそうだ。
 2.3年前アメリカのセレブ・モデルのキム・カーダシアンが自撮りのお尻をインスタグラムへ載せたことから、じわじわと流行が始まり、いまでは芸能人から、セレブな奥様にとどまらず、おとなしいOLまでお尻自慢が増えているといわれる。

 ジムでも美尻専門コースだけではなく、美尻ジムなるものができている。
「#belfie」が美尻検索の代名詞だというが、お尻のbuttと自撮りのselfieが掛け合わせられてできた造語だそうだ。投稿されている尻写真は、どれも丸くて、ボリュームのあるプリッとした美尻揃いとわれる。
 時代はお尻、お尻をきたえて尻活しょう、お尻はオッパイと異なり盛れないので、ちゃんときたえないといけない、というのがお尻美人の主張でもある。半面急にここえきて売れ出したのが、ヒップアップ下着だともいわれる。目ざとい整形医院では、ヒップリフトなる豊尻施術をメニューに加え、ブーム拡大に便乗している。

 タモリの美尻愛好はかなり有名で、自身で制作しているテレビ番組のタイトルバックは、お尻のオンパレードで構成されている。マルチな才能で注目された池田万寿夫も、生前「お尻の美学」と題する著作があり、お尻の存在を女体美学の視野から論じている。

「わ・る・な・らハイサワー」でお馴染みの博水社は、10年前から販促用の美尻カレンダーをつくっている。
 2010 お店を元気にするピッチピチの美尻  2011 ハイサワーの炭酸はじける元気美尻
 2012 ツンデレな小悪魔系美尻       2013 まーるいお尻でまーるい年に
 2014 お尻も景気も上向き一番     2015 ハートのお尻であなたのハートわしずかみ
 2016 末広がりの愛し感謝      2017 水着やデザインにこだわった今風NEOな美尻
 2018 創業90年キュッとしまった丸い美尻
 と毎年テーマがあり、美尻グッズ部の6人の女性社員によって選ばれたカレンダーが、尻上がりの社運を呼んでいる、と豪語している。 インスタグラムの女王は、しばらくは美尻で決まり、ということだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月05日

死んでも死にきれない時の到来

死んでも死にきれない時の到来

 いま保育園不足で政治家がいじめられているが、20年後には火葬場不足で政治家はいじめられる予定だ。
 つまり高齢化社会が進んで多死社会になる。2030年には年間死亡者数160万人を突破し、斎場や火葬場は確実に不足する予定だといわれる。とくに著しいのは、東京、神奈川、埼玉、千葉など東京圏が真っ先に火葬場逼迫の現実に直面する。

 いまでも火葬場がいっぱいで霊安室でまっている例はかぞえきれない。近所に遺体ホテルをつくり、サービスしている葬儀社もある。急場しのぎに縁起の悪い友引の火葬を受付けたり、通夜・告別式・火葬のプログラムの短縮をはかったり、早朝火葬や夕方火葬を実施したりと、現場はなんとか無事お骨にしようと頑張っている。
 故郷をすてて都会にでた人間をもう一度故郷にもどして、お葬式は故郷で、と呼び掛けてブロモーションしているのは、石川県小松市の火葬場だ。遺体の搬送から火葬までを引き受けて大都会の火葬場不足を補っている。

 斎場や火葬場の不足にたいして行政が対処新設しようとすると、必ず地域住民の反対運動が勃発する。いずれは自分たちも世話になる施設であるにも関わらず、環境がわるくなる、地代が落ちると、反対するのだ。

 独居老人の増大は、さらにいろいろの問題をかかえている。死んでも引きとり手がいない。行政の納骨堂も満杯になる。かりに無縁墓にならず誰かが引き取ってくれても、その先の霊園がない。みつかっても高価すぎて手当できない。
 少子化社会では、あと墓参する人もいないので、コスパに優れたお寺さんの永代供養にたよるしか、遺骨の行く先はない。

 大死亡時代の到来はそこまできている。それぞれに死に方をきめておかないととんでもないことになる。
 まさに「死んでも死にきれない時代」が待っている。

posted by Kazuhiko Hoshino at 00:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月04日

その機能いらないでしょ、余計な親切大きなお世話

その機能いらないでしょ、余計な親切大きなお世話

 「余計な親切、大きなお世話」この国のガラバゴス化した家電群が、次々と韓国勢、中国勢に敗れ、結局技術移転どころか、そっくり母屋を取られた例は、シャープ、東芝、ソニーをはじめ数えきれないほどある。
日本人の属性があまりにも細かく、いらない親切をまねいてしまうので、結局ドツボにはまり、コストを無視して、いらない機能を追っかけてしまうのだ。

 パリのアパートについていた韓国製の洗濯機を思い出す。こまかい指示やメモリは一切なく、洗濯物と洗剤をほおりこんでスイッチ・ポン、洗濯が終わり、乾燥が終了するまではドアはあかない。一定温度に下がるまではロックされている。それだけ、メーカーの判断にしたがうだけで、素人は黙っていろと言った作り方なのだ。余計な手加減は不必要、これだけの機能で充分といったシンプル構造、当然コスパもいいにちがいない。

 それに引き換え日本の洗濯機、外出先からスマホで遠隔操作ができます。仕上がりもお客様次第、ソフトにもハードにもできます。洗剤も入力していただければ、その洗剤の特性に合わせた洗濯をいたします。……親切すぎてうろたえてしまうのだ。
 そこまでやる必要があるのか。その分せいぜい安くしてくれたほうが、ずっとうれしい。世界の常識10万前後、日本のスーパー洗濯機40万円、まったく無駄な企業努力だともいえる。

 「晩ご飯何がいいかな?」「寒いので、煮込みハンバーグは如何ですか」「肉料理が続いているので、魚料理は如何ですか」この電子オーブンレンジには、450種類のメニューが用意され、AIが調理履歴や冷蔵庫の食材、その日の気温によってオススメのレシピを紹介してくれるという。パン・ピザだけで100種類、スイーツ100種類のメニューを持っている。

 他国の製品との差別化を図るために努力してきた結果、複雑すぎて普通の人々のライフスタイルに合わなくなってしまったのが、日本の家電製品といえる。まず足元の暮らしを見つめなければ、世界中の人々から愛される製品はつくれないだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 00:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

花にあたる韓国の人々

frn1609071550009-p1.jpg

 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」という言葉があるが、隣国で発生している「日本憎し」の運動には開いた口がふさがらない。「日本が植えた木だから切り倒せ」それにもまして「この木は日本原産だから切り倒せ」と、日本の木切り倒し運動が盛り上がっている。

 韓国東海岸の名勝地、大王巌にある15000本の見事な松林を切り倒せ、と主張するグループがあらわれた。「松は日本が軍事施設を隠すために植えた」「日本は大王巌に宿った護国龍の意欲を失わせるため、民族の精気を抹殺するために松の移植をした」と主張している。大王巌は、新羅の文武大王が葬られている場所であり、大王は死後、「護国の龍」になったと信じられている。
  馬鹿馬鹿しい話だが、とにかく大声をあげてマスコミに取りあげてもらえば、反日運動としては大成功なのだ。

 国立墓地の植栽が間違っていると主張する運動もある。
「文化財、元の場所探し」と称する日本にある半島由来の文化財を取り戻す運動団体の主張だ。警察忠魂塔、愛国志士墓地、大統領墓地をあわせた国立ソウル顕忠院(国立墓苑)の植栽が日本原産種の樹木にかたよっているから、植え直せという要求だ。カイズカイブキ、ノムラモミジ、サワラ、ホオノキなど15種、1万8千600本が日本原産樹木だと主張している。この件は国会に請願書がだされ、賛成186、反対3の圧倒的多数で可決された。

 さらにある国会議員は、韓国の街路樹として植えられている木について、日本の国花である桜が23.5%もあるのに対し、韓国の国花であるムクゲが、5.6%しか植えられていない、と文句を言い始めた。戦前にほんが植えた桜を全部伐採し、オンドルの燃料にしてしまった韓国がその後植えた街路樹の4分の1がふたたひ桜だったというナンセンスな事件なのだ。
 韓国人一般には「桜=染井吉野=済州島の王桜」といった間違った認識があり、そこからこんな珍事件が発生したと考えられるが、染井吉野は江戸の植木職人によって生み出された改良種であることを心に刻んで欲しい。

 花の消費は国民の所得に比例するというのは定説だが、韓国ではつうじない。韓国では2005年から13年の間に国民所得は45%のびたが、花の購入額は20パーセント減った、という現実がある。
 日帝が植えた木だから、日帝原産の木だから、といって眼の仇にする韓国とはどうも仲良しになりずらい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

制服は時代とともに

制服は時代とともに

 制服には数々の思いがある。
 学生時代の制服といえば、なんといっても女子のセーラー服だった。あの子は立教、あの子は成蹊、あの子は山脇、あの子は女子学院、あの子は川村、ファースト・インプレッションはすべて制服のかたちからきた。
 襟についたラインが、白か、赤か、一本か、二本か、三本か、短いネクタイがついたり、スカーフだったりそんなことで放課後の見極め談義が白熱していた。

 長じて制服への関心は、スチュワーデス つまり今いうキャビン・アテンダントに移った。
大橋巨泉がイレブンPMのなかで、航空会社の制服が変わる度ごとに妙にはしゃいでいた。膝下か、膝丈か、それとも膝上何センチと意味のないレポートに興奮していた。今では乗客のほうは、ほとんどパンツやタイツになってしまったが、CAだけがタイトスカートを履いてサービスしてくれていると、感謝の心が倍増して嬉しくなる。

 食事の折、コックさんのかぶりものと白いコックコートにドキドキしたこともあった。
 清潔なコックコートをきりっと着こなしたシェフの風情に、つくる料理のレベルをうかがい知ることもある。
 洋食のコックさんは、やたらに高いそそり立つ帽子をかぶっているが、広い厨房で大勢のスタッフが働いているのなら納得するが、ひとりふたりの小さな厨房で高い帽子をかぶっているのは、漫画に近い。
 和食のコックさんが糊のきいたワイシャツにネクタイを締め、シングルのコックコートに白い前掛けをしっかりまいて挨拶に出てこられると、やっぱりもてなしの心意気が違うと有難く料理と向き合う。

 軽井沢では空前の別荘ブーム、三井の森でもあちこちで普請が始まっている。
 だぼだぼのニッカポッカが風を孕んで働いている。職人のあいだではこのダブダブ・ズボンを七分と呼び、足元の障害物や風の強さをしらせるセンサーになっているらしい。鳶の間ではダブダブの幅ひとつで仕事がわかるといわれる。首のしまったハイネックのシャツにベストを着、幅広の安全ベルトをしっかりとまいている。ぴったりとした地下足袋も高所作業の必需品だ。
 働く制服はたのもしく、頼りがいがあって、時代と共に少しずつ変わって行く。
posted by Kazuhiko Hoshino at 23:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする