2017年11月26日

琵琶湖疎水通船67年ぶりの復活

琵琶湖疎水通船67年ぶりの復活

 京都の殺人ドラマに必ずといっていいほど登場するのが、南禅寺の境内にある水路閣だ。
 煉瓦作りのアーチ状の水路閣は、どことなくヨーロツパ風でもあり、京都の風景とはいまいち違和感があるのだが、ローマを思わせるアーチと南禅寺庭園とのミスマッチに人々は魅せられてきた。
 アーチの下で出会いがあり、アーチの下で別れがあり、ときにアーチのしたで殺人があって、京都におけるドラマ風景露出のベスト・スリーに上げられるかもしれない。
 あの煉瓦のアーチの上は、琵琶湖から京都へと水を引いた疎水が流れていると教えられるまでは、何年かかかった。

 明治の初め都が東京に移され、失意の京都の人々による一念発起の大事業として琵琶湖疎水は建設された。大津の三保ケ埼から取水された疎水は、大津、京都、伏見、宇治をむすび、単なる水運にとどまらず、日本で初めての水力発電をし、水道水の供給源となり、灌漑、下水道の掃流、あるいは工業用として働いた。
 いまでも京都から滋賀県に対し、毎年二億二千万円の疎水感謝金が支払われている。公共水道の資源として疎水はいまだに寄与している。

 その疎水に67年ぶりに、観光船としての琵琶湖疎水通船が復活する。来年春と秋を中心に82日間の営業をするという。区間全長8.7キロ、蹴上から大津行4便、大津から蹴上行5便を、平日4000円、土日祝5000円、桜や紅葉の大型連休中は8000円、という料金で運行する。蹴上のインクラインでお花見をしたり、蹴上水力発電所をひやかすだけではなく、是非この疎水通船を体験してほしいというのが運行会社の願い。 ちなみに二艘の新船の建造費は、京都のふるさと納税でまかなったそうだ。
 疎水べりには、疎水工事の一環として多くの桜を植えたといわれているので、京都の水と桜の名勝がまたひとつ増えたことになる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする