2017年12月24日

私的墓碑銘/鈴木清順・野際陽子・はしだのりひこ

私的墓銘碑/鈴木清順・野際陽子・はしだのりひこ 私的墓銘碑/鈴木清順・野際陽子・はしだのりひこ 私的墓銘碑/鈴木清順・野際陽子・はしだのりひこ

 歳の暮れもせまり、あちこちで今年の墓碑銘を報じている。我が身を顧みず今年の私的墓碑銘を記してみる。

 演出を生業としてきた身として、鈴木清順の死は悲しかった。映像演出の師でもあった。
 絶望的なシチュエーションのなかで描く華やかな映像美は、他の追随を許さなかった。あえてあげれば、市川崑の美意識に迫る唯一の才能だつたともいえる。
 近頃の日本映画の貧困さにますます竿さしてしまう痛恨事が、鈴木清順の死だった。

 野際陽子さんの死も悲しかった。立教女学院時代の清楚で知的な若さを思い出す。
 いまのJKには全くと言っていいほどなくなってしまった規律のある美しさに満ちていた。バザーの時も、礼拝のクワイアーでも、真剣に美しかった。
 NHKのアナウンサーとしてもいつも向学心を秘め、ひたむきな姿勢で仕事をしていた。早々にNHKを止め、留学したときもさもありなんと納得させてくれた。
 媚びない姿勢でもくもくと仕事をしてきた野際陽子さんの死を悼む。

 はしだ のりひこも長い間パーキンソン病を患って人前に出ることはなかった。
 彼とは「帰ってきたヨッパライ」のころからの付合いだった。同志社大学の神学部をでた彼は、いわゆる芸能人とは全くことなる雰囲気をもっていた。
 フォーク・クルセダーズのあと、シューベルトでは「風」という名曲を作り、その後クライマックスでは「花嫁」を、エンドレスでは「嫁ぐ日」をと、グループの解散、結成ごとにいい曲をつくり、産み落としてきた。 「星野さん、一緒にカモガワ大音楽会をやろうよ」何度かの彼のプロポーズに結局答えられなかったが、はしだのりひこの魅力は心に焼き付いている。
 京都フォークのエースであり、レジェンドだった。鴨川のユリカモメを見ながら、語り合った時間は遠くへ行ってしまった。   合掌
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする