2018年02月28日

ファッション・ショウに登場したドローン

ファッション・ショウに登場したドローン

 会場内が静かに暗転する。
 シンセサイザーがシンプルなリズムを刻む。とやや会場に光がもどって、ランウェイが浮かぶ。そこに空を切って登場したのは、ドローンの戦列、いっていの間隔を保ち、高さをたもって見事な編隊飛行である。
 一機ずつ今シーズンの新作バックをぶら下げ、客席上をデモンストレーションする、次次とドローンはバックをくわえてこれ見よがしの飛行をする。一機また一機、観客の関心は新作バックへの関心より、むしろドローンの見事なデモンストレーションに気をとられたようである。

 ミラノに於けるドルチェ&ガッパーナ春の新作コレクションのひとこまである。このあとモデルによる洋服のデモンストレーションが行われ、ショーは無事フィナーレを迎えた。

 テレビの旅番組や、ドラマの導入部やラストシーンにもっぱら特化して活躍していたドローンが、新しい職場をえて注目された一瞬だった。これからのファッション・ショウのあらゆる場面での活躍が期待される。基本になるデザインや発想を人間モデルに託し、色違いや素材違いはドローンで会場内を乱舞させたり、バリエーションは無限に考えられる。モデルにとってドローンは明日の敵でもある。

 いま宅急便の配送やら、アマゾンの通販にドローンの活用を研究チュウと伝えられるが、大都市の喧騒の間を走り抜けているソクハイ便などドローンにすることで、はるかに事故もへらし、時間も短縮できていいように思う。

 伝書鳩はいまドローンをみて、なにを想っていることだろう。
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2018年02月24日

女子フィギュアはコーチで恥をかく

女子フィギュアはコーチで恥をかく

 ピョンチャン五輪女子フィギュアスケートの最終戦をみた。
 修造の大騒ぎする日本のフィギュア女子は、あまりにも餓鬼っぽくて見る気になれないのだが、ロシアの凄さは見るべきという友人の勧めで、テレビの前にすわった。

 15歳のアリーナ・ザギトワにしても、18歳のメドベージュワにしても圧倒的に美しい。顔が美しいだけではなく、身体が美しく、大衆の眼にさらすキャンパスとして、十二分な肉体を持っている。フィギュアのような全身をさらして表現するスポーツは、そこが先ず入口である。
 テレビで絶賛する19歳の宮原知子は、伯母さん顔でちびだし、17歳の坂本花織は、まだまだ身体が絞り切れていない。JKの小太りがそのままオリンピックに出てきた感じなのだ。

 そして音楽、ドンキホーテの音楽が見事にカラダにのりうつっていたザギトワ、そしてアンナ・カレーニナを選んだメドベージュワ、オズモンドのブラック・スワンにいたってはバレエが先か、スケートかと言いたいぐらいの見事さで音楽が選手を包みこんでいた。
 それに引き比べ日本の選手からは全く音楽がきこえない。宮原知子の蝶々さんは、彼女自身意味も解らず蝶々夫人を採用したのではないかとさえ思った。ピンカートンに棄てられた蝶々さんの悲しみはどこにもなかった。坂本花織のアメリにしてもただ元気なだけで、アメリの青春はきこえてこなかった。

 衣装も格が違い過ぎた。クラシック・チュチュの基本を守ってフィギュア衣装に仕立て上げたザギトワ、メドページュワの濃紫のスパン使いとスワロフスキー使いの見事さ、なかでも黒鳥のイメージのオズモンドは成熟の美しさをふりまいていた。ザギトワとメデベージュワがフォーマルな長手袋をしてリンクに登場したときは息をのんだ。バレエやオペラでは当たり前だが、フィギュアで長手袋とはさすが伝統ある国だと感心した。
 安キャバレーのスパンコールで登場した宮原にしても、幼少期をテキサス・ヒューストンでは責めては可哀そうだ。責任はコーチにある。コーチがもつと勉強しなければ、音楽も衣装もいつまでたっても世界の三流品でしかない。解説者も技術点の説明だけで、芸術点には手も足もでない。
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2018年02月23日

言葉遊びと江戸っ子

言葉遊びと江戸っ子

 江戸っ子には昔から言葉で遊ぶという楽しみがあった。
 寄席の笑いも、お座敷での幇間の笑いも、みな色々な言葉遊びから成り立っていた。江戸っ子は互いにそうした笑いで暮らしの隙間をうめ、人生をたのしんでいたともいえる。言葉遊びは、洒落や粋を支えた江戸っ子の財産だった。

 SKDの昔からざっと30年いや40年かな、折に触れて便りのある生徒がいる。昔は生徒だったがいまでは立派な女性だ。いまだに情熱をうしなわず、歌ったり踊ったり、あるいはしゃべったりしている。「千景みつるさん」。SKDの本拠は浅草国際劇場だったが、生徒は日本全国から集まっていて、なかなかに生粋の江戸っ子はいなかった。彼女が江戸っ子なのか、否かは知らないが、まま彼女の送ってくれる便りのなかに「言葉遊び」がまぎれている。
 その生徒がなかなかの江戸っ子なのだ。歌ったり踊ったり、肉体がキャンパスの生徒だから、知能や言葉に興味をもつ生徒は珍らしかった。

「名月をとってくれろと泣く子かな アマゾンならば明日にはとどく(ジキジキ・きよし)」
     古今の名句もアマゾンに負けている。
「降る雪や明治は遠くなりにけり 昭和も遠くなっちゃいました(千景)」
     どこか生真面目な生徒がのこっいる。
「ああ母は平安美人のひな人形 お腹も三段かざりです(遠藤)」
「あー母は割烹着が似合っていた 姉さん被りもにあっていた(千景)」
     やっぱり生真面目な少女歌劇がみえる。

課題 三本の木をみつけよう。
「私の中にみつけました 元気 勇気 やる気(千景)」
「落語家に見つけました 人気 ごひいき 浮気(今井)」
「女性に見つけました 吐息 りんき うそ泣き(岡田)」
「韓国料理に見つけました カクテキ トッポキ ラポッキ(千景)
     やっぱりどこまでいっても真面目が財産の千景みつるさんなのだ。
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2018年02月21日

羽生結弦と小平菜緒

羽生結弦と小平菜緒 羽生結弦と小平菜緒

 平昌五輪の収穫といえば、間違いなく「羽生結弦」と「小平奈緒」ではなかろうか。
 この二人にみる人柄と、内在するスポーツとの距離は実に素晴らしかった。自己顕示欲のかたまりのような選手が圧倒的に多いなかで、この二人の謙虚さには清々しさを覚えた。
 いままでの大会で、メタルをかじったり、テレビカメラに向かってヴイ・サインをしたり、スポーツ選手のふるまいにはうんざりしていたが、今回はちがった。ようやく大人のボンサンスを身につけた選手がでてきたという思いだ。

 決して表にでない両親、祖母、叔母たち皆が「頑張っているのは本人です。親がしゃしゃりでて話すことはなにもありません」かって当然のようにそうであった家族の考え方が何時の間にか、家族みんなでというファミリー主義に対して、羽生結弦の両親は見事にくつがえしてくれた。
 ネットではいかにも東北人気質などといっているが、第二次世界大戦にまけるまでは、東京下町の家庭でさえ、息子の合格やスポーツ記録に親が出てきてシタリ顔をさらすことはなかった。子供は子供、親は親という個の確立ができていた。中学校の入学や東大の入学式に親がチャラチャラと出てくるようなことはなかったのだ。
 「自分の敵は自分です。僕は羽生結弦以上でもなければ、それ以下でもありません」
 中学校の教員である父も母も東北大震災で家を失い、仮設住宅暮らしから家賃5万円のつましい借家にうつり、金メダル後はマスコミが殺到するので、ようやく市内のマンションに移ったという生活態度からも、人柄の謙虚さが伝わってくる。
 マスコミのインタビューに「スイマセン、この国旗を持っていてください」日本の国旗を下においてはならない、という彼の意識に一瞬意味の分からなかった女子アナがいたというから困ったことだ。

 小平菜緒も父から「人から簡単に教わるのではなく、大切なことは自分で発見しなさい」「見て、考えて、自分のものにする、それが基本だ」としばしば言われたといっているが、この親にしてこの子ありということだろう。
 三人姉妹の末っ子とあれば、イージーに流れそうだが、そうした教育環境のなかから鬼かわいい「怒った猫」が生まれた。
 銀しか取れなかった韓国のアスリートに声をかけ、二人で抱き合って喜んだ姿が忘れられない。
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2018年02月19日

花嫁を圧倒する自衛官第二種礼装

花嫁を圧倒する自衛官第二種礼装

 二月という月は、制服業者にとって最後の追い込み月になる。ほとんどの制服は前年の秋には決定しているので、あとは個人に対して周辺付属のグッズ消費促進を企てるのみだ。

 自衛隊、警察、消防などの制服は、何時何処で誰がセレクトしているのか、知るよしもないが、学生服となると案外市民の近いところで選別が行われる。泰明小のアルマーニ学生服はどこかのデパートでうられるのかもしれないが、私学の服についてはあらかた近所に学校指定の制服やが存在した。
 制服販売の服やは何代か続いているような無気力な店が多かった。それでも新学期が近ずくと、店頭に○○小学校御用、○○女子中学校御用、などの書初めのような白紙がはためく。普段やる気のない店が意味もなく活気ずいてみえた。
 新しい制服は未知の世界へのパスポートのようなものだから、母親に連れられて採寸にいく本人は、ドキドキしていた。店のたたずまいを読み取る冷静さはまったくなく、間もなく始まる新しい毎日への期待とごちゃまぜになった興奮の時間だったような気がした。

 巷の話題に制服の佐川男子など登場するが、野郎たちの興味はもっぱら看護婦さんだったり、キャビン・アテンダントにむいていた。
 なかには世界のエア・ラインのCAの制服に異常な関心があり、とくとくと画用紙に制服デッサンをこなすオバカもいた。取り囲んでそのデッサンの行方を見つめ、尤もらしく論評を加えていた仲間たちも結構オバカな青春だったといえる。

 制服として圧倒的なパワーをひめているのは、陸、海、空、自衛隊三軍の夏の第2種礼装にとどめをさす。
となりに白無垢の打掛がこようが、胸までだした白のウェデイング・ドレスがこようが、絶対に負けない。
 蝶ネクタイにカマーバンドを締め、制帽をいただいたらまず一級品の日本男子が完成する。
 通常幹部自衛官と准尉だけに許される礼装が、自分の結婚式に限って着ることを許される。自衛隊の粋なハカライなのだ。
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2018年02月18日

青梅に残った最後の映画看板

青梅に残った最後の映画看板

 奥多摩の青梅という街はおもしろい。
 昭和がいっぱいに詰まっている。JRの青梅駅に降り立てば、まず懐かしの映画看板が出迎えてくれる。町を歩けば原節子に会えるし、笠智衆にもあえる。そのうえジョン・ウエインにもオードリー・ヘップバーンにも会えるのだ。
 映画看板が、青梅の街の顔になっている。いまではほとんど見なくなっている映画看板だが、昭和の街を彩ったのは、一週間ごとに変わるあの泥絵具で描かれたドギツイ映画看板だった。焼跡の荒廃した銀座に「カルメン故郷にかえる」の踊る高峰秀子の看板を仰いだ時の感動は忘れたことがない。

 東京物語、花の兄弟、黄金仮面、キリマンジャロの雪、明日に向かって撃て、市民ケーン、ローマの休日、黄金仮面、いづみ・ひばり・チエミのジャンケン娘等々、とても似ているのもあれば、少し微妙な看板もあってとにかく楽しい。
 この街には赤塚不二夫会館から昭和レトロ博物館、昭和幻灯館までそろっている。昭和をテーマに卒論を書く学生にとっては、青梅はこのうえなく有難い街に違いない。

 この青梅の街の景観を作った最後の映画看板師久保板観さんが、去る2月4日亡くなられた。泥絵具をニカワで溶いて、盛り込むように描いたあのテクニックを継承する人は、もうひとりも居なくなってしまった。
 商店街を歩きながら、板観さんは「ここは俺の画廊なんだ」といっていたそうだが、日本中から商店街が姿をけし、映画館も無くなって、さぞや寂しい気持ちで、あの世に旅立たれたことだろう。
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2018年02月17日

五月に星野和彦印象派フォトPARIS展が

五月に星野和彦印象派フォトPARIS展が

 ようやく5月パリ展の作品、フォト・プリントが完成した。
 といっても手元でプリントができる訳もなく、東京両国忠臣蔵のあの吉良邸あとに建つフレーム・マンなる巨大写真工房の皆さんの協力でできた。この工房のいいところは奈須田社長のお人柄とスタッフの皆さんの心使いのすばらしいところだ。
 パリでは額付きの展示はあまり歓迎されない。額にはそれぞれの趣味があり、作品を購入した人の好みが反映するからだ。従って厚紙のフレームによるブックマット方式で展示される。
 今回は東西の融合ガテーマなので、日本を被写体にとりあげたもの10点とフランスを被写体にした作品20点の構成である。もう少し理屈を並べれば、日本の自然風土とフランスの精神風土をみつめ、一枚の映像のなかに時間を語らせることに焦点をあてた。

 イースト・サイドの作品タイトルを列挙する。
 @ あなたは祈らなくともいい  南紀・串本・橋杭岩
 A 恋がしのんでくるように  安曇野・水景
 B 未熟な花々の歓声  福島・花見山
 C 神々をつれてくる  信州・別所平
 D 風にいだかれ 身をまかせる  霞ヶ浦・帆曳船
 E 想い出は青く痛い  北海道・美瑛
 F とっぜんに魔性が消えた  京都・祇園
 G 舞いおどる 秋におぼれて  京都・祇園
 H 極楽でお待ちします       宇治・平等院
 I 耕して天にいたる  唐津・浜野浦

 タイトルから映像を手繰り寄せていただくのも一興かと。いずれ映像もアップさせていただきます。
 とりあえずパリ展の第一報を。
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2018年02月16日

小室母子の怪しげな生態

小室母子の怪しげな生態

 秋篠宮家真子さまと小室圭さんの婚約延期事件をみて、この若者たちのあぶなっこさがつくづくとわかる。
 真子さまはこの結婚によって臣籍降下されるのだが、だからといって将来天皇になられるかもしれない弟君の姉であることにはかわりない。つまり、天皇家の親戚としての一生を送らねばならないのだ。
 それだけに恋愛の相手については、より慎重でなければならないことは当然のことだし、キリスト教的な恋愛の自由はないと思わねばならない。世間知らずの姫にそれだけの洞察力があると思うほうがおかしい。
 そうした面から父君の秋篠宮殿下の甘さはあつたし、紀子様も不用意だったといわれても仕方ない。かっては宮内庁や侍従、教育係が絶対的な責任を持ち、宮様方を守っていたし、結婚のお相手もこの上なく慎重に検討し、選んでいた。
 近頃はなんでも本人が選んだのだからとか、宮様が気にいったのだからと、大人たちは責任を回避している。 大人には大人の責任がある、ということにたいして世間全体がゆるくなっている。

 そもそも小室圭という人物について、本当に素晴らしい若者だと感じた日本人はそんなに多くなかった筈だ。
 真面目な学生は「湘南海の王子コンテスト」などには絶対に応募しない。自己顕示欲のつよい軽薄な人間だからこその行為だし、時にアナウンス学校にかようというのも胡散臭い。鏡のまえで冷静に自己をみつめれば、自分がアナウンサーに向いているかどうかわかるはずなのだ。よほどナルシストなのか、馬鹿なのか、どちらかに違いない。
 母親という人も問題だ。夫を亡くし子育てのためとはいえ、男に頼り、金銭をもらっていた。結婚前から次々とお金をもらい、子供の養育費に充てていたとは、なんとも見栄っ張りな話だ。貰った金は贈与だと、母子揃って主張したというのだから、ますます困ったことだ。結婚詐欺か売春婦かみたいな話で、相手の男は返してくれ、といっているのだから肉体関係を餌に、金だけせびって逃げたのかもしれない。
 いずれにしても下品なトラブルで、真子さまの嫁入りに適切な環境とはいえない。

 宮内庁は自分たちの責任はホホッカプリのまま、とりあえず結婚延期を発表したが、この先小室家から円満に結婚ご辞退を申し出れば事態は収拾できるが、破廉恥な小室親子が果たして結婚辞退を申し出るか、居直って慰謝料でも要求するとなれば、全く困ったことになる。ことは文春の見守る重大事態である。   
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2018年02月15日

美女軍団とテレビ朝日

美女軍団とテレビ朝日

 人間から思考力を奪い、馬鹿をつくるには「スポーツ」と「セックス」にまさるものはない。と堂々と発言したのは、第二次世界大戦で日本を占領した連合軍のマッカーサー司令部だった。
 素直な日本人は天皇制さえ守ってくれるのならと、唯々諾々とそれに従い、スポーツ振興とスポーツ・ギャンブルに邁進し、映画も舞台も義理人情を排し、性表現に意を尽くした。
 あれから70年、戦争に負けるということはこういうことなんだ、と最近しみじみと感じる。

 平昌オリンピツクは見事に北朝鮮に乗っ取られた。ネットでは平壤オリンピツクと呼ばれている。
 美女管弦楽団に興奮し、美女応援団に異常な興味を示す。北は見事にマッカーサー司令部を学んでいた。

 テレビ朝日のレポーターの軽薄ぶりが話題になっている。
「美しいですね」というフィリップを手にしたレポーターは、美女応援団に近ずき絶叫、「アッ、こっちを向いてくれました!」「アッ、笑ってくれました!」「笑ってくれました」  さすがネット族もその軽薄ぶりに唖然とし、いっせいに攻撃した。
 テレ朝の馬鹿レポーター、日本人を何百人も拉致されている、ということを考えろ! お前は阿呆だ。ディレクターは大馬鹿だ。プロデューサーは何を考えている。! スポーツ・レポーターの馬鹿ぶりはテレビメディア全体の信用を落とし、今更のようにメディア・リテラシーの重要性を喚起させてくれた。

 ようやく最近はメダル、メダルとそちらに関心が移ったようだが、オリンピック始まり当初の話題は美女軍団だらけで、日本の地上波テレビは北朝鮮の宣伝隊に成り下がっていた。メディアとしてのプライドも品性もまったくなく、ましてや日本人の悲劇についての思考力ゼロという体たらくだ。
 敗戦国民のたどる愚かさを、テレビ朝日のレポーターは十二分に知らせてくれた。情けないではかたずけられないテレビのテイタラク、それが平昌オリンピックだった。

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2018年02月12日

嬉しかったルネ・マグリットの菓子缶

嬉しかったルネ・マグリットの菓子缶

 ヴァレンタイン・デーに先んじて送られてきたプレゼントにとても嬉しいものがあった。15センチ×10センチそれに高さ6センチほどのブリキの缶に入ったお菓子である。この場合中味の菓子はどうでもいい。菓子をいれた缶がとても嬉しかった。

 缶の表面にはルネ・マグリットの作品がプリントされてある。お菓子の名前もメーカー名もまったくない。
お菓子を作ったメーカーの作品にたいする姿勢、敬意がみえてますます嬉しくなる。マグリットの作品はかの「人の子」(1964)に描かれた作品である。小市民の紳士の顔に青いリンゴの実がたちはだかっている。

  小市民は白いワイシャツにネクタイをきちんと締め、待ち合わせ時間には絶対に遅れないルネ・マグリツト自身のような紳士だし、顔を遮った青いリンゴもまだまだ未熟な自己を表すような示唆にとんだ構図の作品である。彼の視覚と哲学の融合という考え方が見事に作品化されている。
 なによりもマグリットの作品にホツとするのは、基本をなすもののカタチが、きわめて正直で明確なことだ。そこには主観をいれた難解なものはなく、平易なかたちの合成のなかで哲学を主張している、芸術家のひかえめなモラルに充ちた思想が流れている。

  上半身がブルーとなり、下半身がリアルカラーの「黒魔術」と題された作品でも基本の形はまったく写実の女性だというところがまさにマグリツトであるし、「共同発明」は上半身が魚、下半身が人間そのもの、「ゴルコンダ」でも天地を浮遊する無数の人間たちはじつにリアルなのだ。マグリットが時間を超えて支持されるのは、シュールリアリストたちの我儘を超えたところにある彼の思想にあるのだろう。
 ちなみに彼は死ぬまで夜10時の就寝時間を守ったと伝えられる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

校服がアルマーニで何処が悪い!

校服がアルマーニで何処が悪い

 アルマーニの制服(標準服)について、東京しらずの議員やら、田舎出身のジャーナリストが騒いでいる。公立校としてこんな高価なものは如何なものか、小学生に着せるものではない、とかまあ近頃のクレーマー族と同じだ。

 まず第一に東京における学校格差について、全く認識がない。銀座・泰明小学校を公立校だからといっているが、そこが先ず間違っている。泰明小学校は公立校だけれども、公立校ではない。現在では「特認校」といっているが、学区外からも入れる特別校なのだ。なにしろあの東京大空襲にも負けなかった22センチの鉄筋コンクリートに守られたエリート校である。中央区民は少人数教育の超有名名門校と認識している。ここを出て麻布中、日比谷高、東大と進むのが、親たちの夢である。
 泰明小学校の正門は「フランス門」と呼ばれ、そこをくぐって学校に通うのはとても晴れがましいことなのだ。

 東京には昔から「下町の学習院」などという言い方があった。江戸っ子にとって「学習院」というのは、高貴な、お上品な高級な、育ちがいい、といったスラングで、学習院そのものをさす言葉ではなかった。

 小学校も下町では泰明、久松それに明治あたりが、「下町の学習院」だった。山の手では、番町、麹町、そして筆者も通った誠之(セイシ)が「下町の学習院」と呼ばれていた。当時は名門私学よりも名門公立校のほうが人気があった。教育方針もそれぞれで、その学校の教育方針に従い、卒業まで通うことを誓ったうえで入学が許された。戦後机のうえの線引きで生まれた学校とは全く違う。
 誠之の名称も儒教の書から「誠は天の道なり、これを誠にするは人の道なり」と水戸藩主徳川斉昭が命名された。一高、東大への進学校で、公立でありながら都内有数の名門校であり、一年生から英語のある学力向上フロンティア・スクールだった。

 こう考えてくると、泰明小のアルマーニ採用はなんの不思議もないことに行きつかないだろうか。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月09日

稲荷ずしの人気衰えず

稲荷ずしの人気衰えず

 まもなく2月11日初午稲荷の日がやってくる。
 恵方巻が済んだと思ったら、次は稲荷寿司の日だ。この国のアキンドはつぎつぎとこざかしい商売イベントを考える。それも一般社団法人全日本いなり寿司協会制定というなんとも有難い団体がお決めになった。
 すぐ後にはチョコレートの日が待ち構えているので、そのまえにいなり寿司を売らなければならないという涙ぐましい努力だ。
 個人的にはイナリ寿司は大好きなので、この稲荷寿司食べようデーは大好きではある。

 甘辛く煮た油揚げのなかに酢飯をつめたお稲荷さんは、日本人の味覚にとってごく自然に受け入れられる信仰食だ。稲の豊作を祈願し、商売繁盛の願いが達せられるとあれば、稲荷寿司を食べるに弊害はひとつもない。
 酢飯についてはいろいろがある。江戸末期のころはシイタケ、干瓢を刻みいれたのが主役のようだ。明治になってオカラや飯をいれ、ワサビ醤油をつけて食したという文献がある。のちに人参と椎茸に特化したというのが真相のようだ。
 津軽では紅生姜にクルミ、笠間稲荷では蕎麦にクルミ、西日本からきたのが、椎茸、人参、ごまといった王道のようである。

 六本木のおつな寿司は、明治8年創業ときくが、ここの稲荷はテレビ業界の人気者となっている。この店の稲荷は昔から裏返しの油げにゆず入りの酢めしが入っていた。裏番組を食うところから、テレビ業界の縁起担ぎにマッチして、スタジオの差し入れなどにさかんにつかわれるようになった。

 しのだ寿司という名前も稲荷業界に多い。歌舞伎の葛の葉から、「恋しくば たずねきてみよ 泉なる 信田の森の うらみ葛の葉」淡路町の志乃多も、人形町の志乃多も、浅草の志乃多も、みな繋がっている。

 歌舞伎座の楽屋で人気なのは、銀座白銀や(プラチナヤ)のひとくち稲荷だ。化粧をしながら衣装をつけたあとでも一口で気楽に食べられる。ゆず、焼き、宝珠、とりごぼうなど具の工夫も嬉しい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

万博止めたフランス

万博止めたフランス

 「2025パリ万博やーめた」フランスのフィリップ首相が、2025年のサクレーに於ける万博開催のプロモーションは止めよう、と言い出した。そんなにイベントにばかり浮かれてどうするの、という新しい提案だ。すでに万博事務局に辞退願いが出されている。

 5年に一度大規模な開催をする万博は、2025年の万博に世界の四つの都市が立候補している。ロシアのウラル中核都市エカテリンブルグ、アゼルバイジャンの首都バクー、そしてパリ、日本の大阪という顔ぶれだ。今年11月の万国博覧会国際事務局総会で開催地の決定をする段取りになっている。

 フランスでは23年にラクビーのW杯、25年にはパリ五輪、そのうえ万博までいらないというのだ。そもそもこうしたイベントによる経済振興は来る所にまで来てしまった。毎回莫大な赤字をだし、政府補助金という名の国民の税金補助でなんとか名目をたもっている。
 瞬時にして情報が飛び交う今日、一か所に世界中から集まって情報競争をやる意味があるのか、そんへんのところを冷静に考えてみよう、というのだ。すでに万博という展示方式は過去のもので、21世紀のいま、もうすこし他の方法で芸術文化の展示方法を考えたほうがいいのではないか、ということのようだ。
 資本社会の勃興期には意味のあった万国博だが、資本そのもののいきずまった今、万博をやる意味がないのではないか、というのがフランス政府の考え方だ。

 大阪ではオリムピックを東京にもっていかれた腹いせに、なんとしても万博を大阪でと煮詰まっているようだが、いちど立ち止まってフランスの考え方を検証するのも意味ありと思うが如何。
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2018年02月06日

縁切り神の効用

縁切り神の効用 縁切り神の効用

 人の縁でもつ毎日、と考えるのはよほど古いらしい。
 人と関わりたくない。他人と付き合いたくない。という人々が圧倒的にふえている。生活半径をどう考えるかということから、その辺の意識は決まってくる。世間という単位も、社会という単位も、すべて個人のまえに雲散霧消し、自分はこう思う、自分はこう考える、すべては自分のためにという「ミーイズム」が登場して30年程もたつだろうか。
 自分主義、自分勝手、自分第一の生存競争が世界を支配している。

 「夫が無間地獄に落ちますように」「息子の嫁が一刻も早く出ていきますように」「娘が付き合っているヤクザの男と縁がきれますように」こんな物騒な絵馬がぎっしりと並んでいるのが、京都東山祇園の東にある「安井金毘羅宮」である。平安時代崇徳天皇があらゆる欲を断って讃岐の金毘羅宮に籠ったことから、「断ち物の祈祷所」として信仰を集め、全国から断ち物祈願の人々がたえない。
 近頃では定年まじかの夫との縁をきりたいとか、夫の浮気相手を呪い殺したいとか、生々しい断ち物祈願が多くなったそうだ。
 なかに「おばあちゃんの病気がいなくなりますように」などという愛らしい祈願をみるとホッとする。

 わざわざ京都まででかけなくとも、日本全国にいくつかの縁切りスポットはある。
 北関東足利の「門田稲荷」もそのひとつ、足利学校のおひざ元だけあって、学業不振との縁切りを願うまじめな祈願もある。
 大阪の天王寺にある「鎌八幡」も有名だ。真田幸村が境内の榎に鎌を突き刺して戦勝祈願したとつたえられている。いまでも住職がご神木に鎌を突き刺して悪縁断ちを祈願する「特別祈祷」が行われている。

 身の回りにある悪書、悪食、悪縁すべてを断捨離しなければならない年齢となり、こうした縁切り神も貴重な存在と思える昨日今日である。
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2018年02月04日

貴乃花理事落選の当然

貴乃花理事落選の当然

 先日来の大相撲の不祥事についてほとんどのマスコミは、貴乃花親方と相撲協会という図式にわけて報道を繰り広げていた。
 貴乃花親方が善であり、相撲協会が悪という設定である。はたしてこの報道の図式は本当だろうか。
改革派は貴乃花であり、守旧派は相撲協会という前提だったが、この報道の仕方について少し考えてみた。

 貴乃花は自分のブログで相撲界を改革しなければならない、といっているが、どう改革したいということについてはなにもいっていない。中身不在のスローガンだけなのだ。
 理事でありながら理事会での無口傲慢ではとりつくしまもない。
 かって貴乃花が部屋をもった時、やはり相撲界を改革すると打ち上げて実行したことがある。
 それまでの部屋のご贔屓制度を廃止して、これからはサポーター制度にするという話だった。年間の寄付金額に応じて、サポーターAやらサポーターBにわけるというのだ。サッカーではあるまいし、日本の民俗にねずいた歴史のある大相撲をヨコモジのサポーターにしようというのだからビックリした。中学程度で勉強を終わり、それ以後ずっと相撲しかしてこなかった人の脳みそに愕然としたのだ。もう少し歴史をまなび、文学を勉強すれば、サポーターなどという軽薄な言葉はでてこなかったろう。これは改革てもなんでもない、相撲部屋に存在する維持システムを流行に竿さしてカタカナにしただけのこと、これでは改革の名前が泣く、大相撲が安っぽくなるだけのことで、この国の文化である相撲が、ただの興行になってしまう。

 そんな過去体験から、貴乃花のいう改革は信用していない。地上波テレビのワイドショウは、声をそろえて貴乃花の理事落選を憂い、これで相撲改革は遠ざかったように報道していたが、これではますます視聴者はテレビから逃げるばかりだ。
 朝日新聞系のあるコメンテーターは、「発信力のあるのは貴乃花だけなのに、これで相撲協会改革は絶望的になった」と論じていたが、これはフェイク・ニュース以外のなにものでもない。
 部屋制度の存廃について、全親方全関取全贔屓が原点にもどつて議論するくらいの勇気がなければ、大相撲の改革など到底できないのではなかろうか。
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2018年02月03日

日劇に始まった戦後レビューの足跡

日劇に始まった戦後レビューの足跡

 いよいよ日劇が閉館することになった、とメディアが騒いでいる。
 が日劇を愛していた人間にとっては、すでにいちど日劇は死んでいる。レビューの上演可能な舞台を棄て、映画専門になったとき、かっての名門日劇は死んだのだ。

 故秦豊吉によって日劇民族舞踊研究所が造られ、日劇ダンシングチームが誕生し、和製レビューの産声をあげたことから、日劇の栄光の歴史は始まった。
 すでに宝塚歌劇団と松竹歌劇団は存在したが、いずれも女性オンリーの構成で、男女がともにおなじ舞台にたつレビュー・チームはなかった。第二次世界大戦後、戦いに敗れて日本人は初めて男と女がともに踊る舞台をみれるようになった。それこそが日劇の栄光ある歴史の始まりだった。

 支配人であり、プロデューサーだった秦豊吉は、世界のあらゆる踊り、民族舞踊からアメリカのショウ・ビジネス、はてはクラシック・バレエまで、あらゆる踊りを日劇の舞台にのせた。戦後の貧しさから抜け切れていなかった日本人にとって日劇のレビュウは、想像の世界への旅であり、未知なる世界への探検だった。海外旅行の出来なかった当時、人々は夢のハワイやパリのカンカンを日劇の舞台にみた。
 日本人の体格も劣り、貧しい舞台衣装に身を包んで踊っていたあの頃の舞台は決してレベルの高いものではなかったが、それでも観客は興奮して拍手を送った。
 灰田勝彦、轟ゆきこ、高峰秀子、のスター達から、裕次郎と結婚した北原美枝、日活スターに
なった笹森礼子、ブギで旋風を巻き起こした笠置シズ子も舞台を走り唄い踊っていた。朱里みさおが、ウェストサイドストーリーの衝撃を初めて日本に持ち込んだのも、日劇だった。

 日劇のステージが大きく変わったのは、渡辺美佐によるウエスタン・カーニバルだった。いらいロックのメッカとなり、踊りの日劇から遠ざかっていったのだ。
 気が付いたら日劇は映画館となり、ショービジネスのリストから消されていた。
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2018年02月01日

おかめ節分から祇園のお化けまで

おかめ節分から祇園のお化けまで

 二月になると、まず始めに気になるのが節分のことだ。
 信州のこのあたりでは、今年は誰が年男ぐらいの興味だが、熱心なお寺さんは東京からタレントを呼ぶとか歌い手をよびこんだりしてもりあげている。東西あちこちの節分祭をたずねたが、やっぱり祭りの様式や工夫において群をぬいているのが京都だ。

 まず千本釈迦堂には「おかめ節分」がある。紅白のおかめ装束がでて鬼をはらい、福徳円満、お多福招来を 念じる。

 廬山寺では鬼の法楽、鬼踊りがある。鬼は追われて幸せという懐の深さに感動する。

 吉田神社には眼の四つついた法相史がでて鬼を祓う。

 北野天満宮では茂山千五郎社中による狂言が奉納され、上七軒の綺麗どころが舞納める。

 綺麗どころに関心の高い人は、八坂神社へ参るといい。祇園甲部、祇園東、宮川町、先斗町 と四花街の芸舞妓がでて舞納める。甘党は境内の常盤神殿で厄除けぜんざいをいただくといい。

 本格的に節分を楽しむなら、祇園甲部のお座敷にあがるしかない。いろいろな装束に工夫をこらした芸舞妓が次々とお座敷に襲来して鬼除けの無礼講が展開する。歌舞伎の道行から西郷どん、あるいは関取風までなんでもありの一夜のお化けなのだ。芸妓衆は何か月もまえから相談し企んで、お客を驚かせ楽しませてくれる。
 あまりの変身ぶりに鬼も避けていくという俗信が生きている。

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