2018年03月31日

お勢以さんと鈴木京香さん

お勢以さんと鈴木京香さん

 さくらの頃になると「お勢以さん」(オセイサン)を想い出す。
 お勢以さんの田舎は秋田で、小学校の高等科をでてから上京した。叔母さんの縁をたどって本郷西片町の髪結いに入った。髪結いの修行は台所のお手伝いから、床のお掃除までなんでもしなければならなかったが、お勢以さんはいつも楽しそうに口数少なく働いていた。

 花見にでかけるお客さんで春はてんてこ舞い、やうやく手があくと迎えにきてくれた。お花見に連れて行ってくれるのは、いつもお勢以さんだった。お勢以さんの手は、こども心に柔らかくてふっくらしていた。さくらの頃になるとお勢以さんの手の暖かさを想い出す。

 大川を渡って隅田づつみにつくと、さくらの根元に風呂敷をひろげてくれた。風呂敷はどことなく田舎風で秋田の香りがした。並んで座ると、お勢以さんはかならず両手をひろげ深呼吸をした。

 ♪春のうららの隅田川 のぼりくだりの船人が 櫂のしずくも花と散る ながめを何にたとふべき
 お勢以さんはいきなり「花」の一番を唄い出す。川風とともに桜のはなびらがお勢以さんの髪にまとって、幸せそうだった。カラオケもなくギターもなく、アカペラで歌うお勢以さんはいつも嬉しそうだつた。一番を繰り返し、くりかえし歌っていた。
 子どもをつれてお花見のお勢以さんには恋人がいなかったのだろう。それでも上りくだりの隅田川の船に眼をやりながら、お勢以さんは東京を満喫していたような気がする。

 帰りしなは必ず長命寺の桜もちだった。四角い木の升に桜もちがひとつ、煎茶がついてきて大人の気分だった。お勢以さんは餅を包んだ桜の葉を二枚残し、一枚の葉をともに美味そうに食べた。一枚のほうが桜の香りがするのよ、と言われ見習って一枚の葉とともに餅を楽しんだ。お土産は折にはいった6個の桜もち、ぶら下げるのは僕の役目だった。

 いつの頃からか、鈴木京香さんにお勢以さんの表情がダブるようになった。
 仙台と秋田、東北人に通じる暖かさに惹かれたのだろう。

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2018年03月29日

星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―

星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―

 2018年5月31日(木)〜6月8日(金)パリ、エチエンヌ・ドゥ・コーザン・ギャラリー
 に於ける「星野和彦パリ個展」がJapan Moment 公式プログラムとして開催される。
 サブタイトルは「 そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演― 」と決まった。

日本を素材とした作品タイトルは先のブログで記したので、パりを映像化した作品タイトルを次に記します。
タイトルからのイメージで作品をご想像ください。

  「パリはあなたを忘れない」「とうとう見つからなかった春」「窓のかずだけ愛がある」
  「今は今 今夜は今夜」「月はいつでも誤解する」「あなたの心はもう探さない」
  「言葉は夜よりもなお悲しい」「人間はひとまず終わった もう愛することもない」
  「赤い風車よ 嘘の缶づめ」「つぎからつぎへつづくつぎ」「情欲と悪魔が窓をしめる」
  「つかのまに消えた情熱」「もうシアワセに用がない」「いきつくあてもない二人」
  「私の毎日はいま」「ジャンヌよ 神はあなたをだました」「消えてしまった昔」
  「生きた重荷が流れる」「もう遅すぎる 二度とあえない」「街はたえまなく しゃべりつづけた」

 後援 総務省 / 国土交通省観光庁 / 自治体国際化協会(CLAIR) / beyond2020

 会場 Galerie Etienne de Causans 25.rue de Seine 75006 PARIS / tel.01 43 26 54 48
星野和彦パリ個展・そこにある心象風景―詩情と写真表現の競演―
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2018年03月28日

ダブダブ・ルックの悪だくみ

ダブダブ・ルックの悪だくみ

  男に負けたくない! からだの線、素敵でしょ! これ以上太れない!
 種々雑多な女性の思いを引き受けて、足より細いパンツが流行した数年だった。すご細ストレッチ・パンツ、すご伸び・くせになる履き心地ジャージィパンツ、一度履いたら戻れないレギンスパンツ等々 これでもか、これでもかのファッション業界だったが、もうこれ以上は売れない、パンツが腐りはじめた、とばかり大きく舵をきった。
  つい半年まえまで、やみつきまちがいなしと謳っていたにもかかわらず、厚顔無恥な心変わりをするのがファッション業界だ。

 「大きいって気持ちいい」「ダブダブルックこそモードな貴女」「今っぽいゆるさ、らくちん」です。大きく呼吸してください。後ろはゴムで前リボン。こんなに楽なトレンド感あるボトムです。
 昨日まで短い脚に耐えてレギンスパンツをはいてきたのに、きょうからはベルト付きスカーチョとは、少々恥ずかしくもある。でもカタログのトレンド感のあるボトムスにはかなわない、と財布は確実に軽くなる。
 きょうからは大根足も隠れるし、いくら食べても判らない、のびのびと暮らせるわ、と思わず買ってしまうワイドパンツ、イージーパンツ、ベルト付きタック・パンツなのだ。

 流行産業ほど人の欲望に竿さしたいじましいビジネスはない。人間のアキル心情を煽ってつぎつぎと目先をかえていく。それに乗る人間もオバカなのだが、もっともらしく欲の谷間をついてくるカタカナのキャッチ・コピーにころりと騙される。
 資本主義経済と手を携え、メディアの宣伝力を利用した消費文化の担い手、それこそがファッションなのだ。
 とわかっているが、やっぱり「ダブダブふわふわは私にあっている」!!!!!!!
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2018年03月24日

卒業式はインサツの着物だらけ

卒業式はインサツの着物だらけ

 身近にこの春大学を卒業する娘をもつ女性がいた。たまたま話題が卒業式となり、式服の話となった。つい先日「晴れのひ」なる貸衣裳やが、成人式当日に倒産騒ぎを起こし話題となったが、近頃の女子大生は振袖をきるのかなと、つぶやいて一蹴された。
 99パーセントは袴姿だという。なるほど袴なる衣裳はもとは男性のものだし、男女同権の時代シンプルでいいですね、と言ったところ、とんでもない、清楚どころか、それはそれは華やかだというのだ。
 どうしてもイメージがわかない。宝塚の袴姿にみるごとく、シンプルで清潔なのが女性の袴姿ではなかろうか。そんなイメージは古い、古すぎると馬鹿にされた。

 平安時代の優美な袴を想像してはいないが、せめて明治初年、下田歌子の決めた華族女学校(学習院の前身)の海老茶色の袴姿や、跡見花蹊の跡見学校にみる紫色のお塾袴など、ハイカラさんにいたる女子袴姿をイメージしたが、すべて否定されてしまった。

 ネットで卒業式用着物カタログを見せられて、びっくり呆れかえった。袴の貸衣装は2万円ぐらいから10万円ぐらいまで。袴の長さは切袴などと言うのではなく、ブーツを履くか、草履を履くかで異なるようだ。袴は当然のごとく無地ではなく、ビンクや黄色やグラジェーション、紫や海老茶もあって小柄がついている。上の着物は腰丈で袴に隠れる部分は無地柄なし、見えるところは花花花の花園から幾何学模様の前衛風あり、大胆白黒ストライブありのびっくり仰天チンドン屋スタイルだ。これでは三波春夫も負けるし、未亡人サロンも負けるし、ミッツのゲイバーだって顔色なし。いつのまに卒業式はこんなファッションになったのだろう。

 ここには工芸として世界に誇るきものの文化はない。ほとんど99.9パーセントが、印刷のきものなのだ。伝統的な染も、織も、刺繍も縫も絞りもない。すべてはプリンターで済む印刷のきものだ。オリンピックを控え、世界に誇る日本のオモテナシや匠のしごとをプロモーションしているが、一方でこんなテイタラクでいいのだろうか。
 女子大生の卒業式は袴姿と喜んだのは一瞬のヌカヨロコビだった。
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2018年03月23日

小池百合子・谷岡郁子・貴乃花・分裂症??

小池百合子・谷岡郁子・貴乃花・分裂症??

 オリンピックを機会に、スポーツに関わる人々の裏と表がみえて、なかなかに興味深い。
 なんといっても元森総理大臣と小池都知事のせめぎ合いは、裏が見えないだけに見応えがあった。競技場問題では、主催は東京都とばかり宮城県まで出かけてボート場の主催を持ち掛けたり、いろいろと小賢しい立ち回りをしたが、結局ことごとく小池知事の敗北に終わった。
 延長線上の豊洲、築地問題も結局あの騒動はなんだったの、といった都民不在のままの結論で、どうやらオリンピックのための取付け道路は間に合わないらしい、ということだけが、市井に伝わっている。

 競技ではレスリング協会のパワハラ問題があった。
 栄コーチを中心にした至学館勢力と日体大勢力のせめぎ合いという解説もあるが、レスリング協会副会長の谷岡郁子が登場するに及んで、レスリングを牽引する至学館の実情があぶりだされた。伊調選手のパワハラ問題が出発点だったにもかかわらず、相手の栄コーチではなく谷村郁子至学館学長がマスコミ相手の発言をしたことから、世間はあれ?なにか変?とおもうようになった。
 オリンピック四連覇で内閣褒章をうけた選手をつかまえて、あれ伊調は選手じゃないでしょう!パワハラそのままの発言をして、そうかレスリング協会は上から下までみんなパワハラ体質なんだと納得した。
 谷岡郁子の経歴をみるとハテナがいくつもつく。民主党の代議士時代には、かの鳩山由紀夫の推薦人となり、慰安婦問題ではアサヒ・ヘイトニュースの先兵となり、尖閣問題では日本が悪いと見当違いもはなはだしい左翼政治家だった。親の七光りで政治家になり、大学学長になり、副学長に吉田沙保里を据えたなんとも理解しがたい女性なのだ。

 オリンピックに限らず相撲の世界もおかしなキャラクターが跋扈する。
 貴乃花親方、俺は相撲協会を改革すると見栄をきって理事会に出席してもだんまりをきめこむ。内閣府に協会はおかしいと告発状を提出。折悪しく弟子の暴力がばれて、告発状はとりさげます。明日からは協会に協力して相撲道を正します。
 やってること、いってること、めちゃめちゃなのだがテレビ、雑誌は貴乃花を持ち上げ、独占インタビューなどとうたって、記事や番組を垂れ流す。どうやら本人もメディアも分裂症に陥っている。
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2018年03月22日

中国人による中国人のための日本旅行

中国人による中国人のための日本旅行

 軽井沢でさえ朝から中国人の旅行客が多い。銀座へいくと中国人の数はもっと多い。香港にも上海にも買物目当てのブランドショップは沢山あるのに、何故日本に来るのか判らない。

 中国の人々はあまりタクシーに乗らない。駅前の貸自転車で街中を走り回る。 たまに相乗りの車から降りてくるのは、たいてい中国人が運転する白タクで、あちこちをまわる。
 買物は中国人が経営する免税黒店で済ます。薬、健康食品、お酒、家電、欲しいものはなんでもある。日本人が入ろうとすると、ここは予約制だからと断られる。
 一時銀座や秋葉の爆買いが話題をよび、大手のデパートがフロア全部に免税品を並べて商売をしたが、アッという間に店は閑古鳥がないた。
 在日中国人が、日本人に儲けさせてなるものかと、あちこちに中国人専用免税ショップを作ったのだ。住宅街の目立たないところに大きな免税黒店はある。

 食事も大陸沿海部の中国人経営の旅行代理店とネットワークを組んだ、中国人経営の日本料理屋で満喫する。北海道の毛ガニから大阪のたこ焼き、東京すし、静岡富士宮焼きそば、名古屋コーチン、さらに日本酒飲み比べセットまで、すべて揃っているが、どれもマズい。冷凍食品をチンしてだしているのだから当然である。若者はスーパーで弁当を買い、日本のスペシャル・ウーロン茶を手に店先のサービス・テーブルですます。

 宿泊は日本のホテルは高いので、中国人のもっているマンシヨン・民泊が人気だ。

 大陸の旅行代理店の手配で泊まった違法民泊と中国人経営の土産物屋、そして中国人白タク、中国人の水も漏らさぬネットワークに円はほとんど落ちなかった。
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2018年03月21日

中国人・韓国人に占領されたハーバード大学

中国人・韓国人に占領されたハーバード大学

 勉強しないのは、左翼政治家だけかと思ったら最近は日本人全体が勉強しなくなった、というニュースに出くわした。
 世界一ボストン・ハーバード大学のキャンパスでは、ほとんど日本人の姿はみない、というのだ。キャンパスは中国人と韓国人が多く、ここはシンガポールあたりのインターナショナル・スクールかと思うほどの様変わりで、とても世界一のアメリカ名門大学とはおもえないそうだ。

 昨年9月のバーバードの入学オリエンテーションに参加した新入生400人のうち、半分の200人が中国人、韓国人が60人、日本人はたった3人だったというのだ。もともとハーバード大学は世界中から生徒があつまるのだが、戦後一貫して増え続けていた日本人は、バブル崩壊とともに劇的に減り続け、ついに一けた台まで減ってしまった。

 背景はバブル崩壊後、企業はコスト削減のため徹底的に金の使い方のスリム化を計り、当然のごとく社費留学が減ったこと、さらに優秀な社員だからと送り出しても、帰国後にあっさりと会社を辞めてしまうケースが多く、資本側が社員を育成しても無駄であるという風潮がひろがつてしまった。つまり企業にとってなんの魅力もなくなってしまったということだ。
 国旗も国歌も歌わない日本人が、企業にたいするロイヤリティまで失ってしまったということか。

 個人主義、80年代からのミーイズムの跋扈が、ハーバード大学のキャンパスから日本人の姿を消し去ってしまった。
 習近平皇帝とともに中国人の世界進出がはじまっている。

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2018年03月20日

月桂冠のオマケに電池がついてくる

月桂冠のオマケに電池がついてくる

 オマケといえばグリコに決まっていた。
 初めての大阪で心斎橋からグリコの電飾看板を仰ぎ見たときの感動は忘れられない。幼い時のグリコの思い出が次々と浮かび、不覚にも涙を流しながら電飾看板と対峙した。

 オマケへの関心はすっかり薄れ忘れていたが、数年前突如雑誌の宝島が、本の中味ではなくオマケで売っているというニュースに接し、久しぶりにオマケの文化について考えさせられた。タカラジマでは、オマケの概念をこえたホンモノをつけて売っていた。
 スタッフは雑誌の編集に携わりたくて入社したにもかかわらず、オマケのバックやスカーフの買付に苦労しているという記事が週刊誌を賑わせていた。

 この度は「お酒のオマケに電池が付いてきた」という話だ。2リットルの月桂冠に「富士通アルカリ単三乾電池 日本製2本」ついてくるという話だ。お酒と乾電池とは意外な組合せで担当者は「日常生活であったら便利なもの、そしてお酒パックに貼りつけることできるコンパクトなもの、という観点から検討の結果乾電池になりました」

 と、ここで事務所のスタッフから反論がはいった。「月桂冠の広報担当は時代をしらない。今時代は単三ではなく、単四の時代だ。家電用品もすべて小型化して使われる乾電池も小さくなり、乾電池の需要も単三から単四に移っている。月桂冠もせっかくの付録ならば単四日本製でなければならない」というのだ。
 なるほど男はやっぱり世事に疎いとあっさり合点した。
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2018年03月19日

軽井沢駅に遊園地はいらない

軽井沢駅に遊園地はいらない

 北陸新幹線の一見立派な駅舎のかたわらに、大正・昭和の香りのする旧軽井沢駅舎がある。
 町は保存し、町民に開放しないことで、この駅舎の佇まいを守ってきた。ところが2、3年前どうしたことか、しなの鉄道に貸し出すことになった。

 経営不振のしなの鉄道は、この軽井沢の玄関にある旧駅舎を中心に楽しい駅ナカに一新して23日に全面オープンする。
 構内に子供向け遊具をおき、森の小リスキッズステーションin軽井沢を整備し、一周120メートルのミニトレイン森のコ小リス電車を一回200円で走らせる。野菜や果物を売る小リスのマルシェやら、プラレールであそべるようにする。社長は「家族3世代が楽しめる懐かしくて新しい駅になる」と胸をはっているが、冗談もそこまでにして欲しい。

 軽井沢の顔になる駅に子供目当ての遊び場を作って、軽井沢のイメージを悪くしようと企んでいるとしか思えない。軽井沢は本来大人の保養地であり、文学の里であり、自然とともに静かに時を過ごす別荘地の筈である。その軽井沢の顔に子供遊園地を作るとは、世間の風潮に竿さした悪い趣味だ。どこかの邪悪な代理店が、アウトレットの家族連れに眼をつけ、子供需要の必然性をもっともらしく理屈の通った企画にまとめ上げたのではないかと、疑いたくなる。

 しなの鉄道は開業20周年の記念事業として、4億円を投じて作ったそうだが、軽井沢のイメージをさらに安っぽくする企みであることに間違いない。
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GINZA FASHION WEEK のいま

GINZA FASHION WEEK のいま

 2011年に始まったGINZA FASHION WEEK もこの春で14回となった。当初は東日本大震災で銀座に閑古鳥がなくようになり、その危機感から銀座三越と松屋銀座が手を取り合って始めた企画だった。二回目には銀座通りをクローズしてGINZA RUNWAY を実現し大きな反響を呼んだこともあった。
 やがて松屋と三越に和光が加わり、東急プラザ銀座とGINZA SIX が加わって一見パワーアップしたかに見える。

 今春のテーマは「さくら」、時は春、桜咲く日本だし、春のピンクは高揚感もあり、世界に発信するギンザ・ファッションにふさわしい、というのだが、はたしてそれだけ起爆力のあるテーマだろうか、はなはだ疑問の残る処である。

 50年前、銀座にショー・キャバレーやナイトクラブが全盛だった頃、春ともなればどこもかしこも桜桜桜、安っぽい桜の造花が入口までこぼれて飾られ、4丁目から8丁目まですべて桜だらけという時代があった。酔っぱらい達は喜んでオネェチャンの肩に手をまわして浮かれていたが、庶民の桜は靖国神社、半蔵門、隅田堤に上野の山と決まっていた。
 銀座の桜は夜桜で、ちょっと助平なさくらだったのだ。

 時代が回ってファッションが桜を気にするようになった。
 三越は上質な日常を創造するとかで、桜にそって創りこむそうだし、松屋は全館ピンク一色でピンク×グラフィカル、和光は咲く和光スタイル、東急プラザはあなたが咲く春、ブルーミングデイズ、GINZA SIXはプレゼンターマインドのアピールとよく判らない。
 婦人画報デザインの共通トート・バックとやらを買うと、どのデパートでもお菓子や小物をくれるというのだが、このトートバックのデザインの幼なさといったらない。総レースのワンピースを娘に買う程度の母親ならば喜ぶかもしれないが、まず今時の女性には無理な野暮なデザインである。デパートを回ってプレゼントをせしめた後は、ユニクロやGUにいって服をかって帰る、といった今時B層のためのイベントにならないよう祈るばかりだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす

「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす

 東京駅を通ると丸の内南口の本屋さんに立ち寄ることが多い。約束の時間調節に本屋ほど、適切な環境はない。本屋さん側の迷惑を考えると、30分は過剰だが、10分、15分は許される。お茶をしながら本の読めるコーナーまで用意されているのだから……。
 最近その本屋さんの店頭で見つけた佐光紀子さんの「「家事のしすぎ」が日本を滅ぼす」というタイトルに眼がとまった。

 日本の女性は家事をしすぎる、そのうえ家事をきちんとしすぎる、それがいけない、それが日本を滅ぼすというのだ。表紙を見たときには、洒落か逆説的な言い回しかと思ったが、すこし読み進むと正気であるということがわかった。丁寧な暮らしや、家事をきちんとこなすこと、いきとどいた子育てをすることを、伝統的に女性労働としてきたこの国の歴史が悪い。日本の常識は世界の非常識と断じた新書であった。

 アメリカでは、アメリカでは、が連発されるが、なかにはスウェーデンではというのもあった。スウェーデンでは「専業主婦というのはすでに絶滅危惧種です。少数存在する専業主婦の人たちも表にでようとはしません。」専業主婦はむしろ恥である、といった論調。
 コンビニ弁当とお母さんの手作り弁当だったら、圧倒的にお母さんの手作り弁当がいいと考える人が多い、それこそが日本の後進性と論じている。政府が推進した「早寝早起き朝ごはん」国民運動などもとんでもない。ウェブサイトには、コーンフレークに牛乳をかけたり、トースト一枚にコーヒーという写真は一枚もない。骨太納豆和え、アスパラの味噌汁、煮干しで出汁といったレシピが提案されている。朝ご飯をちゃんと食べている子供は成績がいいといったデータまで提示している、と非難している。
 この国では母の家事スキルは科学的な部分もあるが、感情的に合理化されている。もういい加減に眼をさましたら、という本であった。

 クリスマスからお正月、成人式にバレンタイン、お雛様、菖蒲の節句、鯉のぼりにハロウィン、あまりに行事が多すぎる。いっそ全部止めたらと筆者はいうのだが、果たして皆さんはどう考えるか、部分的には賛成もあったが、殺伐として文化も伝統もない毎日がやってくるような気がする読後感だった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 05:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月14日

巨星ジバンシー 旅立つ

巨星ジバンシー 旅立つ

 デザイン界の貴族ジバンシーが亡くなった。ジバンシーの思い出は尽きない。
 日本に於いて、ジバンシーを展開することになって初めてのショーに演出を依頼された。その時の最大のメッセージは、エレガントであってほしい。品性を重んじてほしい、それさえあれば細かいことにはこだわらない、ということだった。

 当時の日本では、ハリウッドの女優がきる洋服、アメリカの富豪が着る洋服という認識が圧倒的だった。
 オードリー・ヘプバーンはいつもジバンシーの洋服で、スクリーンに登場した。麗しのサブリナ、おしゃれ泥棒、シャレード、ティファニーで朝食を等々 折れそうな身体にジバンシーの上品な服がとても良く似合った。かの35代ジョン・F・ケネディ大統領の葬式では、ケネディ夫人がまとったジバンシーの喪服は世界中の話題になった。

 公爵の父をもち貴族の館に生まれたジバンシーには生まれながらのエレガンスがあったように思う。尖がったサンローランではなく、スポーテイなクレージュでもなく、ディオールと共にフランス・オートクチュールの王道を歩いた優れたデザイナーだった。
 ハリウッドで重用されたのは、歴史のないアメリカ人にとってヨーロッパ文明のシンボルがジバンシーだったともいえる。とくにアメリカの実質的支配層であるユダヤ系の人々に愛された。

 今シーズンのジバンシーのコレクション・テーマは、「ナイト・ノアール」だった。最後のイブニングは、首から胸にかけて、ウェストから脚にかけて、テキスタイルがうねる様に揺れ動き、繊細なドレープが不均衡で複雑な服のフォルムを完成して、ハッとする魅力をかもしだしていた。

 いまジバンシー・ブランドは、ディオールと共にユダヤ系LVMHグループの傘下になっているが、歴史的必然だったのかもしれない。
 感性はいらない。品性さえあれば、といったジバンシーの思いは、彼の死とともにますます遠くなっていく。               合掌
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2018年03月13日

ふるさと返礼品に「お墓」???!!!

ふるさと返礼品に「お墓」???!!!

税金は現住所に収めても領収書しかくれないが、「ふるさと」におさめると、なんやかやと返礼品がいただける。貧乏なふるさとからは牛肉やビールがいただけるが、金持ちの大都市や軽井沢からはなにもいただけない。
 よく考えると不思議な制度だが、ふるさと創生とやらオカミの考えたことだから、きっと何処かでだれかが喜んでいるのだろう。

 ふるさと納税返礼品の人気ベストテンは圧倒的に牛肉が多い。山形舟形町の「山形牛A4ランク」佐賀宮城町の「黒毛和牛A4ランク」を始め、酪農のふるさとはみな牛肉に頼っている。
 次なるはやはり日常生活品のお米である。北海道浦臼町は「ななつぼし精米」だし、いまや全国ブランドになってしまった「こしひかり」もあちこちにある。山梨山中湖村の「富士清水」や、笛吹市の「ワイン飲み比べセット」、震災を受けた宮城名取市の「エビスビール」、など生活に直結した返礼品に人気が集まっている。変わり種には、元湯陣屋露天風呂付旅館宿泊券の神奈川秦野市というのもある。

 変り種のエースが登場した。軽井沢のおとなり小諸市の「お墓」である。墓がなく、思案投げ首の初老の人々にとってこんなに魅力的な返礼品はない。標高1000メートルに位置する小諸市営の「高峰聖地公園の合葬墓」への永代埋葬権がついてくる。北アルプスや浅間山を望むこのうえなく眺望にすぐれた墓苑に生前申し込みができる、寄付金額は24万円と少しお高めだが、いちど払い込めばそのあと共益費維持費なと一切なしで管理は小諸市が責任をもってしてくれる。高齢化社会によりそった素晴らしい返礼品といえよう。

 軽井沢のごとく、外国人の少ない私立のインターナショナル・スクール?に何億も寄付するよりは、はるか墓不足に悩む同胞への供養になると思う。
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2018年03月10日

蕗のとうの苦さは春のときめき

蕗のとうの苦さは春のときめき

 名残り雪もおちついたので、オゴッソに昼めしを食べに行った。
 壁は渋くなり、環境テレビは掛花入れにかわって、ぐっとビストロ・ジャポニカ風になっていた。窓の外には社長の自宅から運ばれた石灯篭がおかれ、目隠しの竹屛で、景色は駐車場という殺伐さが消えていた。

 帰りしな柳沢さんが、蕗味噌を下さった。さっき山で摘んだ蕗のとうをきざんで、味噌にあえた超新鮮な蕗味噌である。蕗味噌のうえにはまもなく花になる蕗の芽が添えられてある。大きな体の柳沢さんに似合わない繊細な心ずかいだ。

 蕗のとうの苦さは春の苦さである。子供と毛唐には判らないと昔からいわれてきた。日本人のデリケートな舌に許された贅沢が春の山菜の苦さなのかもしれない。さっと天ぷらに揚げてチョンと塩をつけても絶品だ。
 山菜と天ぷらの相性もとてもいい。タラの芽、ぜんまい、こしあぶら、わらび、根曲がり竹、など天ぷらにはどれも合う。

 山菜の美味さを教えてくれたのは、50年程前の越中利賀村の春祭りだった。豪雪に閉ざされた利賀村に春が来るのは四月の末、いまは亡き水田ガイ氏さんに招かれ、村長さんの家に泊まった。その時のご馳走が山菜ずくしの祭り膳だった。
 15,6種類の山菜がお浸し、胡麻和え、煮つけ、天婦羅などいろいろな調理で赤飯と共にお膳に並んだ。その時初めて畑の野菜の味気無さに気がついた。山菜の贅沢を覚えると、しばらくの間スーパーで売っている畑の野菜の虚しさに囚われた。

   " 命がけ 熊と取りあう ふきのとう "

 今夜は山形のつや姫を炊いて、ほろ苦い甘みの蕗味噌で春を楽しもう。、
posted by Kazuhiko Hoshino at 19:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

北の嘘つきと南の嘘つき

北の嘘つきと南の嘘つき

 北の嘘つきと南の嘘つきが集まって、嘘つき大会を開いている。

 南の嘘つきは、1965年6月に第二次世界大戦の後始末として、日韓請求権協定を結び「完全かつ最終的に解決」、日本から当時韓国の年間予算3.5億ドルをはるかにこえた5億jを得、その金で「漢江の奇跡」を成し遂げた。
 朝日新聞の捏造に始まった慰安婦問題では、歪曲した事実をもとに河野談話を発表させ、さらに村山富市首相にアジア女性基金から元慰安婦への償い金支払いをさせた。
 2013年には、朴槿恵大統領の「千年の恨み」発言をきっかけに、アメリカ立ち会いのもとで日韓慰安婦合意「最終的かつ不可逆的に解決」した。和解癒し財団に日本から10億円拠出させた。
2017年には文在寅大統領が「問題は再燃するしかない」…
 約束を守らない、国際的な条約も、平気で反故にする国家的嘘つきの常習犯が、南の嘘つきだ。

 北の嘘つきも負けていない。
 1970年代に日本のあちこちで発生した拉致事件では、知らぬ半兵衛を決め込み、そんなことある筈はないと、日本の左翼とともに知らぬ存ぜぬを決め込んだ。
 2002年小泉純一郎訪朝時にようやく13人拉致を認め、8人死亡、5人帰国を実施した。その後、拉致被害者特別委員会を設置したが、なんの調査報告もなく、六か国協議の決議も裏切って、ひたすら地下核実験を重ねた。その後核実験は水爆実験に格上げされ、2016年には人工衛星と嘘をつき、長距離弾道ミサイルの発射実験に踏み込んだ、そして核積載の長距離弾道ミサイルでアメリカ中をカバーするところまで、戦力を整えた。
 北の嘘つきは世界中を恐怖に追い込み、平昌五輪を見事にのっとった。

 嘘つきと嘘つきが会議すると世界中が信じなくなる。これはイソップ物語の話だけれど、オオカミが来たと本当のことをいっても誰も信じてくれない。
 北の嘘つきと南の嘘つきのお話で、最後に喰われる羊はどこにいるのだろうか。
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2018年03月07日

少しエロい「夜のペヤング・マカ入り」

少しエロい「夜のペヤング・マカ入り」

 事務所に向かう途中、週刊誌を買おうとコンビニに立ち寄った。反対側の棚の真ん中あたりに眼が吸い寄せられた。雑然としたインスタントものの真ん中に、黒いパッケージで妙に垢ぬけたデザインの箱がある。「やきそば・夜のペヤング・ピリ辛ソース味」とある。
 夜店の一平ちゃんやきそばなど、昭和のデザイン風になれた眼にははなはだしく新鮮にみえた。ひとつ買い求めて事務所に向かった。
 めざとく見つけたスタッフが、「夜のペヤング」とは意味深ですね、とつぶやく。そうか単純に受験勉強徹夜の友と考えていたのは浅はかだった。パッケージをよく見れば、下のほうにマカ入りとある。マカは精力増強や、不妊対策にも効くという霊薬である。つまり初めから「夜」は学生の夜ではなく、大人の夜だったのだ。
 群馬伊勢崎のまるか食品はなかなかにしぶとい会社と感心した。数年前やきそばにゴキブリが入っていた事件では、あっさり工場を閉鎖して半年ものあいだ、すべての販売を中止した。
 ペヤング発売時には、ハシを二膳つけて二人仲良く食べて欲しい、と話題の戦略に訴えた。青春のペヤングは夜のペヤングに進化した。
 振り返ってみれば、ペヤングは始めから少しエロかったのだ。

 半世紀前、始めてやきそばが売り出されることになって、祇園のお座敷で話題にしたところ、一斉に攻撃された。「お兄さん、フライパンで焼かんと、お湯たしたら焼きそばができるなんて、冗談もいい加減におしやす。」「オヘソが茶沸かす、みたいな話や」さんざん笑われて、市井に出回ってから、「焼きそばいわれれば焼きそばやけど、焼いてないのに焼きそばいうのは詐欺やおへんか」ととことん非難された昔を思い出した。

 ペヤングの製造元まるかのホームページを覗いて感心した。
 レギュラー・サイズを二つつなげて超大盛のブームをつくったり、暑い夏にぴったりの四川風やきそば、マヨ付きのからしマヨネーズやきそばでは、パッケージはキューピー・マヨ風だったのに実際使ったのはケンコー・マヨだったり、湯切り不要のスープ入りやきそば、油断できない辛さの激辛やきそば、超大盛やきそばハーフ&ハーフ激辛の三回美味しいヤキソバと、工夫の歴史だった。
 マカ入りの夜のペヤングには、それなりの歴史があった。

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2018年03月06日

危うし 京都平安神宮!!

危うし 京都平安神宮!!

 誇り高い京都人が、いちもにもなく尊崇している平安神宮が危機にさらされている。
 昨年末、鉄骨二階建て、延べ床面積約3100平方メートルの商業施設が平安神宮境内にオープンした。看板は「京都時代祭館十二十二」、土産物店、飲食店、免税店など28のテナントが入り、この夏のグランドオープンには例のAKBスタイルの劇場がオープン、さわがしい少女歌手グループの京都基地になる予定とか。看板にこそ時代祭の名が入っているが、中味はまったく時代祭とは縁もゆかりもないただの商業施設なのだ。

 この事業を回している中心人物はかって裏千家の顔として千玄室大宗匠の秘書をつとめていた足立健司なる人物、京都平安振興財団をつくり、裏千家家元、玄室大宗匠以下京のお歴々が名をつらねている。
 この財団は、平安神宮とのあいだに事業用定期借地権契約を結び、その土地に地上権を登記した。その土地の地上権を担保に朝鮮系信組から15億の資金を引き出し、その土地には根抵当権が設定されたのだ。もしこの商業施設の商売がとどこおれば、平安神宮は境内のこの土地を失ったうえ、なにが建てられても文句はいえない。

 融資した総連系の信組すなはちハナ信組とは、いかなる信組かということが問題になるが、この信組は関東にあり、信組法により関東以外の地にある事業体には法的に融資できない。そこで動いたのは宇都宮市内にパチンコ、焼き肉、スパなどを展開する南大門ホールディングス、この南大門ホールディングスが声高にハナ信組に融資話を持ち込んだとされている。
 事業体が遠く京都では法令違反になるので、あきれたことに宇都宮市内の空きビルに京都平安振興財団の宇都宮支所がつくられた。京都時代祭館十二十二の運営会社京都平安プロパティの役員には、南大門ホールディングス専務やら暴力団密接関係者が名をつらね、いつ何が起こっても不思議ではない。

 裏千家と暴力団密接関係者とそして朝鮮系商売人、北朝鮮金融資本にあやつられた平安神宮千年騒動の予兆が始まっている。
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2018年03月05日

「長命寺の桜もち」が恋しい

「長命寺の桜もち」が恋しい

 春一番が吹くと恋しくなる。
 向島「長命寺のさくらもち」桜餅である。
 浅草から吾妻橋を渡り、桜の木のしたを左へたどると、やがて土手沿いに桜餅やがある。
 長命寺の門番・山本新六によって始められた元祖長命寺のさくら餅だ。
 六本木にいた頃は、仲間とクルマを連らね、山本やの赤毛氈の縁台で、さくらもちのティタイムを
楽しみに隅田堤をめざした。

 いまでは有名になりすぎて花見客であふれるが、もとをたどれば八代将軍吉宗の命によって植えられた隅田の桜堤だ。そのさくらの葉から生まれたのが桜餅だから、将軍吉宗の功績は大きい。
 芝居小屋では、先月襲名披露で評判を呼んだ松本幸四郎一世が江戸町衆の人気を集め、助六でお馴染みの河東節が流行っていた。いなせな江戸町火消が生まれたのも、桜もち誕生と前後している。
 享保年間というのは、江戸の都市機能が完成し、ようやく爛熟期に入ろうとしていたそんな時代だったのだろう。

 明治21年には、正岡子規がこの山本やの二階に下宿し、残したうたがある。
 "花の香を若葉にこめて かぐわしき  桜の餅や つとにせよ"

 桜もちを包んでいる塩ずけの葉は食べるべきか、残すべきか、とときに言い争いになるが、その香りとともに食べるべきという人が多い。遠く奈良時代歯磨き粉のない時代には、塩ずけの桜の葉は口臭予防につかわれていたという。

 帰途、素朴な竹かごにはいった「長命寺のさくらもち」をもとめ、近所に届けると、なによりの春がきたと喜ばれた。
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2018年03月03日

女の病は淡島さんにいってつかんせい

女の病は淡島さんにいってつかんせい

 3月3日の今日は、日本中でお雛様が流されている。
 桟俵にのった紙で作られた素朴なお雛様たちである。
 つとに有名なのは、鳥取用瀬町の流し雛、京都では下賀茂神社での御手洗川への雛流し、軽井沢の近辺でも北相木村では、かなんばれと呼ばれる雛流しがある。

 流し雛のウンチクでは、淡島さんの信仰を外すわけにはいかない。
 女性の病については昔から「淡島さんにいってくれ」とか「帯のしたの病いを治してつかんせい」とか、謎であった女性の病への治癒祈願、予防祈願をつかさどっていた淡島明神への信仰がもとになっていた。天照大神の第六女と伝えられる淡島明神が住吉さんと結婚するもシモの病いにかかり、堺の浜から流され3月3日に紀伊の国加太の浦についた、というところから物語がはじまっている。
 今風にいえば、この淡島明神を祀った加太神社から、淡島願人なる遊行僧、もっといえば乞食坊主が生まれて全国にひろがったのが淡島信仰なのだが、淡島願人が日本各地につくった淡島堂からこの流し雛という信仰行事も始まっている。

 病院もなければ、医者も居なかった時代、病を紙型にうつしたり、人形に移して川に流し、淡島さんまで流れ着いて治癒して欲しいという素朴な祈りの行事だった。
 いまでは川に桟俵や人形を流したら水が汚れるとか、衛生上良くないとか、あまり説得力のない理由から、すぐ下流で雛たちは回収されてしまうので、とても紀伊の国淡島さんまでは流れ着けない。結局病いは治らないように人間達がしているのだ。
 桟俵も川に沈めば自然に帰るし、雛に託した祈りだけが淡島にとどいて、病い全快となるかもしれない。
 祈りを失った民族は誰からも救われない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月02日

民俗芸能のデータ化を疑う

民俗芸能のデータ化を疑う

 郷土芸能、または民俗芸能、いずれにしてもこの国はそうした芸能の王国である。
 暮らしのなかに多彩な芸能があった。ある時は願いであり、祈りであり、喜びであり、感謝であった。そうした民族芸能も敗戦とともに、没落への道をひたすらあゆんでいる。
 没落のきっかけは、無形民俗文化財指定という暴挙からだった。その芸能の存在する意義をみつめないで、芸能の形式だけを役所が顕彰するという役所仕事の犠牲になったのだ。
 素朴な農民は代官様が認めてくれたとばかり、小旗をつくり、公民館やら公会堂の舞台で晴れがましく芸能を演じた。農耕や暮らしによりそった芸能が、目的を見失って興行芸能になっていった。

 それでも全国には、多くの祈りの芸能や感謝の芸能は生き続けている。
 圧倒的に多いのは東北である。福島原発事故のおかげで、土地そのものを奪われてしまった飯館村には、田植踊があった。田植えのときの予祝の踊りだ。
 南三陸町には本浜七福神舞があった。歳の初めの祈りの舞である。海も土地も核に翻弄され、生産する暮らしを奪われたのだから、当然のように芸能の担い手もいなくなり、後継者もみつからない。

 そこに登場したのは、東北大学の研究者グループだ。
 最後の民俗芸能の担い手の体中にセンサーをつけ、モーション・ピクチャア技術とやらで田植踊と七福神舞の動きをデータ化し、保存しようという企みである。
 物珍しさも手伝い、メディアもお役所も話題となっているが、芸能の意味も目的も失った動きだけのデータに、どれほどの価値があるのだろうか。
 芸能を含めた農耕そのもの明日のすがたに、研究の対象がなければ無意味な試みとしか思えない。
 近頃の歌舞伎がつまらないのは、若手がみなヴィデオで勉強するので、上面の芝居にしかならないと友人がなげいていたが、センサー保存の民俗芸能は所詮メカの遊びにしかならないのでは、と考えている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする