2018年07月09日

サンマルコの大晦日から、サンジェルマンのベルニサージュへ

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 ヴェネチアの大運河に面し、眼のまえにサンタマリア大聖堂を望んで、「グリッティ・パレス・ラグジュアリー・ホテル」がある。
15世紀の貴族の館をそのままホテルにした超高級ホテルだ。
一生に一度は泊まってみたい世界の五つのホテルに数えられている。
 その年、マンマルコ広場でのニューイヤーを迎えたくて、たまたまそのホテルにいた。大晦日のサンマルコ広場は、祝いのシャンパンを一口飲んで、足元の石畳になげつけるので、ガラスの破片で広場は埋め尽くされる。名物の仮面とシャンパンの香りととガラスの破片のなかで、新しい歳の来迎を祝うのだ。

 そこに突然電話が掛かってきた。 
お隣フランスはニースのシャトーからだった。何十年も前に芝居を教えていた少女からだった。いまここにベガスのトコちゃんがいるけれど、星野さんの名前がでて、共通の知人であることが判ったので電話を掛けたというのだ。

 翌年5月、ニースの劇場でジャパン・ウイークのショウを演出していた僕の前に、振袖姿に大きな花束をかかえた混血の少女が現れた。電話の主の娘だった。電話の主はヨーロッパ随一の美術財団サザビー家の息子である建築家と結婚をし、ニースのシャトーで暮らしていた。
 ピカソの陶板が引き詰められたシャトーは、コーヒーメーカーのCMにも登場し、お城の葡萄畑には何人かの農夫が働いていた。

 爾来交流を重ね、霧のなかの北イタリア建築紀行、春の桂離宮、一力茶屋だったり、リヨンの美食行、白根草津の温泉めぐりと、歳月にふさわしい交友を重ねてきた。

 そして今年、パり個展のベルニサージュにうち揃ってきてくれた。
 ブラッセルからTOMとTOMMIE夫妻、ラスベガスからTOKO LEE夫人、ロンドンからMINDA Lonsdale夫人、サン・ジェルマンのギャラリーがひときわ明るく笑顔が満ちた。
 そしてミセス芦田の気使い、虎屋社長の心ずかいに感謝しながらのセーヌ通りの一夜だった。

posted by Kazuhiko Hoshino at 10:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする