2018年07月10日

ハカバからパサージュへの興味

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最近はパリへ行っても「お帰りなさい」といわれ、昔とはだいぶ付き合い方が変わってきた。
 初めてのパリでは、いきなりのモンマルトルだったのでせいぜいピガールの広場からサクレクールの丘、テルトルの広場、ルピックの露天市、そして丘のうえの風車巡りだったが、二回目のパリ辺りから、ガイド本に惑わされエッフェル塔に凱旋門、ルーブル宮からオルセー美術館と俗なパリとつきあってきた。

 年齢を重ねるとともに興味の対象が変わり、ある時はパリのあちこちにあるジャンヌ・ダルクの像を検証したり、16区のギマールのアールヌーボー建築だけを取材したり、ガルニエのオペラ座とバスティーユのオペラ座を往復したり、アベスのジュテームの壁にこだわったり、とマニアックなパリを楽しんできた。

 いまパリのストリート・ウォッチングでこっているのは、
 モンマルトル、モンパルナス、ペール・ラシェーズの三大墓地、そしてパッシーの墓地、……ビゼー、ベルリオーズ、ショパン、ドビッシーの生きざまや、ピアフ、ゲンズブール、モンタンの変わらない人気、突然ニジンスキーの牧神の午後が生々しくポーズしていたり、ダリダの死の直前のヌード、サルトルとボーヴォアールの愛のカタチなど、墓には歴史と人生が詰まっている。

 ベットー・カイエの丘のストリート・アート。ミスティツクの洒落たイラストから彫刻的なパロディまで街のあちこちにある。かってのパリ・コムューン発祥の聖地がアートの街になっている。

 面白ついでにいえば、やはりあちこちにあるパサージュを歩くのもたのしい。時代屋から本屋、カン違いした日本のデザイナーのパリ店、小さなホテル、サロン・ドゥ・テ、ジャンクな衣裳屋、ところによってはいまでも娼婦の館などあって、この町のヒトビトの世界観がつまっている。
 「パリの雨宿りはパサージュに限る」と信じている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする