2018年07月11日

ダリダのおっぱいに触ると幸せになれる。

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 「ダリダのおっぱいに触ると幸せになれる」という都市伝説がパリにある。
 したがってモンマルトルの丘のうえにあるダリダの胸像の胸は、ピカピカに光っている。善光寺おびんずる様の禿げ頭を思い出すほどの光り方、シアワセを求めてパリジャン、パリジェンヌが、ダリダのふたつの胸にそっと触れるのだ。
 ダリダの像は彼女が愛し、彼女が暮らしたモンマルトルの坂道をじっと見つめている。

 戦後1960年代、70年代の日本のポップス業界は、ダリダ一色だったことがある。
 バンビーノ、コメプリマ、ラストダンスは私に、チャオチャオ・バンビーノ、ビキニスタイルのお嬢さん、日曜は駄目よ、ベサメムーチョ、太陽に抱かれて、……つぎつぎとヒットソングを飛ばすダリダの曲にレコード会社も歌い手も飛びついた。
 越路吹雪、ザ・ピーナッツ、弘田三枝子、中原美沙緒、と当時の人気歌手がみなダリダの曲を唄った。

 イタリアからの移民の娘としてカイロに生まれたダリダは、21才にしてミス・エジプトに選ばれるほどの美貌に恵まれ、映画、レビュー、歌手と時代の頂点に登りつめたのだったが、私生活にはいつも不幸の影がつきまとっていた。彼女が心を許し愛した男は、みな自殺する、という不幸にみまわれた。一人ならず立て続けに3人の男が自殺した。
 舞台では華やかで底抜けに明るかったダリダのなにが、男たちを絶望に走らせたのか。こんなに愛して、心も富も捧げているのに、なぜ命を絶ってしまうの……度重なる不幸に耐えきれなくなった彼女は、「人生にもう耐えられない。私を許して。」と書き残し、大量の睡眠薬をのんで54才の生涯に幕を下ろした。

 モンマルトルの墓地には、彼女の等身大の裸像が光を放っている。ダリダの墓はピアフにも負けない、ゲンズブールにも負けない、彼女の輝ける生涯を物語っている。
 ダリダの一生をたどりながら、もう一度「ダリダのおっぱいに触って幸せになりたい。」
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする