2018年08月31日

スポーツは国を亡ぼす

c1b6c94274dbbb0a0a82e5eeaf8a06c43ccf8373b5bee6bcc5ad7f803b8beeed60a22c2723de97667c0b3e48b675a6af6701e52d4679ac6cd966e11f76f42d9e.jpg

 2018・2020まであと2年
 1月……カヌー・国内トップ選手鈴木康大(32)、代表を争う相手選手のドリンクに筋肉     増強剤メタンジエノンを混入。
 2月……スピード・スケート・平昌オリンピック代表斎藤慧()、ドーピング抜打ち検査に     てアセタソラミド陽性反応。
   ……女子レスリング・強化本部長栄和人(57)による伊調整選手へのパワハラで解任     される。至学館大学の闇明るみに。
 4月……バドミントン・再春館製薬監督今井彰宏()、賞金使い込みばれる。
 5月……競泳男子・日本代表50メートル背泳ぎ金メダル古賀淳也(30)ドーピング検査     陽性反応。
   ……アメリカン・フットボール・日大チーム、対関西学院大にて危険タックル指     示、内田正人監督並びに井上奨前コーチ除名処分。
 7月……アマ・ボクシング・ もてなし強要、不法審判、暴力団との付きあいにて、終     身会長山根明(78)やむなく退任。
 8月……剣道・居合道最終最高段位八段審査において、数百万円の接待・現金収受の悪     習ばれる。
   ……体操・塚原千恵子(71)技術強化本部長、塚原光男(75)体操協会副会長夫妻による     パワハラに対し、宮川紗江(18)訴える。朝日生命広告塔への反旗か。
   ……バスケット・アジア大会派遣永吉佑也、橋本拓哉、佐藤卓磨、今村佳太、街中     での売春行為にて資格剥奪、逮捕前に団長と共にジャカルタ脱出。
   ……京都ハンナリーズ 坂本拓 窃盗容疑にて逮捕される。

 アスリートの犯罪、表に出ただけでも毎月こんなにある。裏に隠された不祥事を重ねればこの何倍もあるだろう。権力の座にすわっている上の人達から、末端の選手に至るまで、不祥事の種はつきない。
 それでも旗振り役は「アスリート・ファースト」を叫び、モラル再興の声はまったくきこえてこない。こんなことでは、反対派に「スポーツは国を潰す」とか「スポーツは国家を堕落させる」と難詰されても致し方ないだろう。

 だれか見識あるしかるべき人が、スポーツ・マンの「モラル・ルネッサンス」を掲げなければ、国民に見放されてしまうだろう。
 スポーツ界は全員ミソシルで顔ならぬゼンシンを洗って、出直せ、と言いたい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:49| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月30日

戦後派・尾上流の真髄

無題.png

 まだ戦争の廃墟が東京中を覆っていた昭和23年の6月創流された、いわば日本舞踊界の戦後派・尾上流の舞台に接した。
 宗家である尾上菊五郎、そして尾上菊之助、家元の尾上墨雪、尾上菊之丞に流派の新進、さらに新橋、先斗町の芸妓をくわえて、尾上流の存在を充分に発揮した国立劇場での公演だった。

 まず義太夫の「式三番」に始まった。菊之丞、菊之助の二人三番だったが、初代宗家の「役者と振付は本来別物」と言った言葉を彷彿とさせ、振付師としての菊之丞と、役者としての菊之助の輝きが四つに組んで見応えのある式三番になっていた。圧倒的な菊之助の品格に対し、菊之丞の才気がハーモニーをつくって見応えがあった。10年たって菊之丞の世界観、がさらに深く変わった時、もういちどこの式三番を振付してほしいと願っている。。

 長唄「雨の四季」やはり菊之丞の振付だったが、広重の雨の隅田川を彷彿とさせる粋な作品だった。近年の異常豪雨や天候不順からは到底生まれることのない江戸っ子のいなせが生きて楽しませてくれた。 
 音もなくけぶる春雨にはじまり、夏の夕立、夏祭り、日本橋川やお濠にかかる橋尽くし、秋雨にけぶる木更津船が行き交い、冬景色のなか静かに旅立つ老人の風景……先代家元の墨雪と東西花街新橋・先斗町の名妓たちが象徴する雨のたたずまい、表現に江戸っ子ならではの気分があり、べたついた日本舞踊の印象から抜け出した爽快でモダーンな作品になっていた。
 こうした江戸の雨もふたたびまみえることのない昔話になりつつある今が悲しい。

 帰りの新幹線のなかでゆっくりとプログラムを見た。芸の真髄制作委員会とNHKの主催。「芸の真髄」とはよくぞ云ったものだ。こうした上から目線の言い方はNHKの得意とするところ、官僚体質と権威主義に固まった数人の人たちによって運営されている。こうした権威の振り回しに、民間の「芸の真髄」はつぎつぎと殺されていくのだ。

posted by Kazuhiko Hoshino at 11:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月28日

陀羅尼助丸か、それとも百草丸か

s_hyakusougan1.jpg 51QvzZ5RxXL__SX466_.jpg

 我が家の相棒は、和漢薬と呼ばれている昔のくすりが大好きである。西洋渡りのカタカナ薬は信用していない。
それ故、小生のアメリカ行きでも、フランス行きのときでも、トランクのどこかに和漢薬が忍ばせてある。「○○毒消し丸」「○○陀羅尼助」のたぐいだ。
 不思議なもので、サン・ジェルマンの裏窓で胸やけしたとき、昔ながらの「和漢胃腸薬陀羅尼助丸」という墨の文字をみただけで、胸やけが消滅したような気分になる。

 そもそも「陀羅尼助丸」という名前は不思議だが、いままで調べたこともなかった。身体の調子が悪く、だらだらしていたとき尼御前があらわれて直してくれたので、すなはち「陀羅尼助丸」ぐらいに思っていたらとんでもないことだった。
 「陀羅尼助丸」は1300年前役行者が、疫病退散のため、大峰山中に自生していた黄檗の樹液を中心に作られた生薬だと文献にあった。奈良吉野を中心にした修験道から派生した薬であり、高野山の陀羅尼助丸は、陀羅尼経をとなえるときの眠気覚ましから作られたと、伝えられている。

 現在、「陀羅尼助丸」と呼ばれている薬の製造元は四つある。
 奈良吉野山に「フジイ陀羅尼助丸」、大峰山に「陀羅尼助丸」、和歌山高野山に「大師陀羅尼助・大師陀羅尼錠」、愛媛石鎚山の「石鎚山陀羅尼丸」、いずれも修験の山麓にあるが、ホボおなじ成分にもかかわらず、異なる名前で発売しているものがある。
 長野御岳山の麓にある「御岳百草丸」であり、「御嶽山日野百草丸」である。セクト好きの長野県人は、長野県製薬の「御岳百草丸」か、それとも日野製薬の「御嶽山日野百草丸」、ふたつの派閥に別れる。同じ成分ながら、効く・効かないに割れる辺り、実に長野県民らしい。

 共産党、立憲民主党、国民民主党、ホボいずれもがリベラル左翼にしてアンチ・アベ、憲法アンタッチャブルにもかかわらず、互いの縄張りを主張して争うあたり、陀羅尼助にたいし、百草丸をかかげる長野県人らしい。とそんな雑なまとめ方では、陀羅尼助丸にも、百草丸にも、立憲民主にも、失礼なふるまいということになるのだろう。


posted by Kazuhiko Hoshino at 12:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月27日

一帯一路という侵略戦争の実相

jfir180717-top-thumb-720xauto.jpg

 領土欲に燃える習近平政権の「一帯一路」のメッキが剥げかかっている。東南アジア、南アジア、中東、欧州など60ヶ国以上の国・地域で、道路、鉄道、港湾、空港、通信網などへの投資をすすめ、インフラ整備を計るという崇高な目的のために、先進各国に投資を勧誘した。イギリスを始め多くの国々が共鳴し、乗らなかったのは日本とアメリカだけだった。ところが今、後進国の経済成長を助けるといったスローガンの実態は、植民地政策だったという非難が起こっている。

 93才のマレーシア首相マハティールが老体に鞭打って北京に出掛け、「一帯一路」の主要事業であったマレーシア東海岸鉄道の計画中止を申し入れた。貸付予算810億リンギット(円換算約2兆1800億円)だが、さらに膨張の見込み、同時に40億リンギットのガス・パイプ事業の中止ももうしいれた。対中国の借金がふくらみ、ほおっておくとマレーシアの倒産を予測し、危ないところで防いだのだ。

この事件には前段階でのスリランカの例がある。スリランカでは首都コロンボの250キロ南に位置する漁村ハンバントタ巨大な港わつくることになった。一帯一路の名のもとに13億jを融資、港は2010年に完成したが、港からジャングルを抜けて幹線道路に接続する道路がなく、運用できない。そこで道路建設を中国側に要求したところ、年6.3パーセントの高利を要求され、初めてカラクリに気がついたが、間にあわない。港には2012年には12隻しか訪れずれなかった。さらに一帯一路の計画は1日一便しか飛ばない空港建設にも及んだ。2億jをかけて建設されたラジャパクサ国際空港は利用客は1日10人程、飛行機の格納庫は穀物格納庫に転用され、地元では「世界一寂しい空港」と呼ばれている。親中政権のおかげで債務は膨れ上がり、今年の元利支払額は28億4千万jにのぼる。新政権は中国に対し、債務再編を要求したが、北京は認めず、金利を支払うために更に中国の銀行カラローンをうけるという負のスパイラルに陥った。
 結局、スリランカはハンバントタ港の使用権を中国への借金の片として明け渡した。中国はインド洋進出のあしがかりとしてスリランカの港を手にいれたのだ。

 さらにパキスタンでは、一帯一路の結果、債務危機に陥っている。中央銀行の外貨準備は90億jしかないが、今年の外貨支払は127億ドル、困ったパキスタン政府はIMFに救済をもとめたが、IMF最大の出資国アメリカは「中国や中国の債権者のために資金を使う根拠はない」と冷たい。パキスタンはいま、丸ごと中国になるか、属国になって生き延びるか、いずれにしても亡国に直面している。

 「世界を支配するには二つの方法がある。ひとつは剣をもって支配する。もう一つは、負債を負わせて支配する。」アメリカ独立の父、ジョン・アダムスの言葉だ。南シナ海に巨大な基地を建設した中国はいまインド洋に進出すべく、あらゆる手をうっているが、あまりにあこぎな植民地政策、領土的野心に沿岸諸国はみなあきれ果て、「一帯一路」の欺瞞から飛び降りようとしてる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月26日

陸自のオスプレイから着陸料をとる?

OFFI2059.jpg

 「オスプレイ配備受け入れ・着陸料100億円」という新聞の見出しが飛び込んできた。
 あたりまえのように佐賀知事表明とある。記事を読むと、自衛隊はじめての輸送機となるオスプレイだそうだが、中国が領有権を主張する沖縄、尖閣諸島を巡る緊張を背景に、長崎陸自駐屯地に新設される陸自相浦駐屯地に新設された離島防衛専門部隊「水陸機動団」の隊員輸送を担う、と書かれている。

 自国を守るために必要なヘリの着陸料をとる。どう考えてもへんだ。
 この国を守るために、命を差し出している自衛隊の輸送用ヘリから着陸料をとるなんで、まるで民間の悪徳商取引のようだ。これでは自衛隊の士気もさがり、やってられないという気分になって当たり前だ。この国はいつからこんな情けない国になってしまったのだろう。 国防はなにもしなくていい、無手勝流でお話合いが最高の国防などと寝言をいっている無知なる国民が大手を振って歩いている。
 100億払うならと、ようやく県知事が同意した、とんでもない県知事でこの人は中国の工作員かといいたくなる。中国のミサイルも北朝鮮の核兵器もロシアのそれにも見事に関心がない。恐らくオスプレイ反対だけがきこえているのだろう。

 軍用機材としてのオスプレイには、恐らく改良の余地があるだろう。がそんなことはすべての機材にいえることで、実際に運用しながら改良を加えていくのは常識で、軍用に限らず民生用でも当たり前のことである。尖閣諸島は日々中国に侵犯されているし、北朝鮮の核ミサイル問題も一向に進展していない。
 イージス艦とイージス・アショアでとりあえずの空中戦をふせぎ、さらに敵国の離島上陸があれば、ただちに兵員を送り込んで、守りを固めなければならない。こうした日本の置かれている国際環境にたいして認識の低い人があまりにも多すぎる。憲法改正反対、オスプレイ反対、を誰よりも喜んでいるのは、ほかならぬ中国だ。
 重ねて陸自のオスプレイから、着陸料を徴収する、こんな恥ずかしい行為はただちにやめるべきだ。佐賀県知事山口祥義は日本人ではない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:16| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月25日

桃李不言下自成蹊

img_1d0f7045367ffc56285facbad224d1bc7511.jpg

 軽井沢から15分程南に走ると「桃源郷」と呼ばれている地域がある。
 なだらかな里山にそって桃の木が見渡す限りある。春、桃の花が開いたころ、「桃源郷」に相応しい景色があらわれる。桃の花の色付きははんなりとやさしく、控えめで美しい。
 観光地ではなく、地元の農家の果樹栽培なので、落ち着いた花の実りを楽しみながら、散歩するにはとてもいい山里である。春になるとアルマーニのスタイリストがあらわれ桜は見飽きたから、桃の畑に連れていけと命じられ、度々おともをしたこともあった。

 日頃お世話になっている岡村さんが、見事な桃をとどけてくださった。岡村さんは「桃源郷」の近くに住んでいるから本物にちがいない。
じっと桃を見つめていたら、学生の頃を思い出した。

「桃李不言 下自成蹊」 桃李もの言わざれども、した自ら蹊を成す  桃もスモモも黙って美しい花を咲かせ美味しい実をつける。桃李は人格者の例えで、徳があれば自然と人が集まり、小路ができる。
 成蹊学園建学の精神で、校章にも桃の実が登場する。キャンパスにも、中村春二先生の書碑がふたつあるし、ケンブリッジ以来の仲間であった三菱の岩崎小弥太、今村銀行の今村繁三とともに9万坪のキャンパスをみまもっている。
 桃は成蹊で学んだ人間にとって特別の意味をもっている。筆者のみならず安倍晋三首相においておや、「桃李不言下自成蹊」の教えは生きていると信じたい。

 オトモダチ内閣とまま、メディア・リンチに会っている安倍さんだが、成蹊学園の誕生こそ、中村、岩崎、今村のオトモダチなしには出来なかったことを考えればけだし当然のことで、品性の陶冶や国会における凝念の時など、成蹊の教育理念が色濃くでているのが、安倍晋三という政治家なのだろう。
  
posted by Kazuhiko Hoshino at 15:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月24日

築地のネズミは何処へ

6mkczf4kDZROF87YIom.jpg

 田舎のネズミが、うっかりして都会行のトラックに乗ってしまい、着いたところが東京の真ん中中央区築地市場、歓びいさんでコンテナーから青空のもとへ。単調だった田舎の暮らしから解放され、いよいよ大都会の暮らしが始まる。と思いきや、都会の棲み分けルールは厳しく、親方のところへ挨拶にいって許しを得なければ、餌の豊かな市場内には棲めない。
 お百度を踏んでも許しは出ず、田舎のネズミはやむなく隅田川対岸の勝どきあたり佃煮やに居をさだめた。

 その頃、築地ではとんでもない事件が起こっていた。都の女主人公が「豊洲を生かし、築地も生かす」と発言していたので、ネズミ達一同すっかり安心していたのに、ここへ来て突如10月から築地の解体工事を始めると発表された。
 水産卸売り、仲卸し市場に棲みついているドブネズミ一同、青果仲卸しに棲んでいるクマネズミ一家、引っ越さなければならない。いい部屋ネットや、アパマン・ショップにかけこんでも、歓迎されない。パリのように巨大な下水道が地下を縦横にはしっていれば、とりあえずのスマイはなんとかなるが、築地辺りの下水道では口径もちいさく、ネズミの住まいとして適当ではない。思案投首、あれやこれやと議論しているあいだに、東京都は次々と手を打ってきた。

 築地市場場内、場外すべてをトタンで囲み、ネズミをせん滅するというのだ。去年は1200匹の仲間が命を落とした。ネズミ族全体からすればわずかだが、こうした人間の行動を許しておけばますますつけあがる。トタンの包囲網が出来上がる前に引っ越しするか、それともトタンの壁の出来上がりを横目に専用地下道からゆうゆうと脱出するか、二つに一つの道がある。どうせ近頃の人間は間の抜けたのが多いから、そんなにあわてることもなく、お出入りのコンテナーに分乗してそれぞれの田舎をめざすのもいい。
「俺はフグが好きだから下関へいくぜ」「キンメ好きは下田港がいいんじゃない」「この際大間のマグロをたらふく齧ってみたいから青森行」それぞれに夢をふくらまし、産地帰りのコンテナーをチェックしている。

 ネズミは感染症の媒介をするし、電線を齧って火事も起こすから危険だっていうが、俺たちネズミの能力は人間様のあしもとにも及ばない。
 人間様の媒体能力はネズミの数万倍だし、電線をかじらなくとも毎日どこかで火事を起こしている。それなのにネズミ、ネズミと目の仇にするのは、パワハラ、セクハラのとばっちりじやないのか。エッ人間様。
 ネズミがゆっくり住める贅沢な下水道でも作ってから、ネズミに矛先をむけてもいいんじゃない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月23日

長野こども自殺日本一

yjimage8CAOH0FJ.jpg

 長野県の子供の自殺率が日本一になつたと発表された。
エッ!ナガノと思わずもらしてしまったが、海のないこの長野で自殺率が高いというのはどういうことだろう。

 未成年の自殺原因としては、先ず第一に学校問題、学業といじめが予想できる。 まず学業で予想されるのは「先生」の問題だ。
 県立公立の小学校の先生は、長野では圧倒的に多いのは信州大学教育学部の出身者である。なかには素晴らしい先生もいるが、おおかたの評判では先生のシツがよくない。教育技術の問題もさりながら、人間的な魅力に充ちた先生が圧倒的に少ない。
 そのうえ、いわゆる左派系の教師が多く、入学式、卒業式では下を向いていて国歌をうたわない先生が多い。これでは国を愛する故郷を愛する国民が生まれる筈もなく、中途半端な反日日本人ができてしまうばかりである。朝日の反日自虐史観が、義務教育の教師たちの脳を犯している。 子供のストレスを受け止めるどころか、返って子供にストレスを与えるような教師が多いのだ。

 第二には「いじめ」の問題がある。生活環境の違いからくるイジメ、経済格差のもんだいもある。本来農業県である山国長野に、自然をもとめて移住してくる都会人があとをたたない。田舎への基本的理解がなく、東京の片隅の消費文化にどっぷりとつかったまま山国長野にやってくる。 地元の子供は川に入ったり、山登りを楽しむが、都会からきた子供はお金をだしてアイスリンクだったり、ボーリングではなじめなくて当たり前、原因は親たちにあるが、なんでも金銭で解決を図ったり、謙虚さのない女子大出の親たちでは、こどもに際限のない悩みをつくりだす。

 県では若者自殺対策県PTを発足させ、自殺要因の分析と対策をたて、2022までには未成年の自殺を0にすると掲げているが、まず手始めは無料通信アプリLINEで相談に乗る事業ときいてはどこか違う。地元佐久のNPO法人では電話相談のボランティアを募集しているが、まずその前に1万2000円の養成講座を受けろといっている。子供の悩みと引き換えのレッスン産業では、とても自殺志望者を救えないとおもうが、これも取り越し苦労か。

 自分の言葉で子供の性の悩みや、親の離婚を説き伏せる大人が育たない限り、子供たちの自殺は無くならないだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 10:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月20日

軽井沢の夏が終わる

軽井沢の夏が終わる

 軽井沢の夏は、旧道のお諏訪様の花火で終わった。8月20日の夜。
花火の最後は決まって、峠の釜めしの仕掛け花火だった。おかごを担いで峠を登りきったところでナイアガラになる。ナイアガラの花火の終わりと共に、軽井沢の夏も遠くにいってしまう。「ご機嫌よぅ、来年の夏までお別れですが、お元気で……」あちこちの別荘には雨戸がたてられ、門のまえに錆びた鎖が張られ、主のいなくなったことを知らせる。

 近頃では、入れ替わりにアウトレットのセールが始まる。セールでは毎晩景気ずけに花火が上がる。両親の買い物に付きあわされてきた子供たちにとっては最後の絵日記の素材かもしれない。横のステージでは、都会からやってきたタレントの握手会がひらかれている。どこかの餓鬼タレントにちがいないが、若い娘が行列をつくっている。舞台のうえではしっかりと手を握った娘がタレントにしきりになにか訴えている。彼女にとってはこの夏のクライマックスなのだろう。

 アウトレットのセールを追っかけて、街にはなんとなく警官の数がふえる。地元の警官とことなり、不自然なところに警官がたまっている。
 天皇皇后の軽井沢滞在である。美智子皇后の草津音楽祭登場のためのリハーサルが、軽井沢で密かに行われる。お相手の超一流音楽家たちは、町内のホテルやペンションで待機する。最上の楽器を抱えてきて、酷暑の夏にいつお声がかかるか判らないにもかかわらず、じっと待っている音楽家もお気の毒なことだ。

 夏の軽井沢には、作家たちのセールもある。アトリエで作家の生きざまを横目に、手にする作品には生命力がある。最近はガラス作家の河上恭一郎先生のセールに伺い、毎年一枚二枚と作品をわけていただいている。銀座の和光にいけば、先生の作品はあるが、デパートで手に入れるのと、森のなかのアトリエで対峙する作品では、まったく表情が異なる。菓子によって来るアリンコを遠ざけ、木洩れ陽のなかで先生のお点前でお茶をいただきながらの時間はシアワセの空間である。

 タクシーの運転手さんの顔もかわる。夏の繁忙期には昔働いていた運転手さんがもどってきたり、若い軽井沢しらずの運転手さんが増える。町中渋滞のときの抜け道交通では、半世紀以上通っているこちらの方がはるかに道にくわしい。
                  ……そんなこんなで軽井沢の夏は終わる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月19日

大東亜戦争は白人支配のパラダイムをひっくり返した

2.jpg

 8月15日の敗戦記念日をはさんで、なんとも割り切れない気分になっている。
原爆投下とはなんだったのか。人類に対する犯罪だったとする議論がまかり通っている。アメリカ人は贖罪すべきだ。と声高に叫ぶ人もいるが、だが待てよ、8月12日には日本の原爆実験も最終段階を迎え、核爆発に成功していたという報道に接した。だから戦況が3ケ月もずれていたら、日本が人類にたいする初めの犯罪者になっていた可能性もあった。戦争とはそういうものだ。

 第二次世界大戦というべきか、それとも大東亜戦争というべきか迷うが、いずれにしてもあの戦争に何故日本は突き進んで行ったか、については歴史の検証を待つまでもなく、目の前の事実だけをかんがえてみても、戦後の日本人がどれだけ連合国軍GHQの占領政策によってユガメラレタ認識を持つようになったかが判る。

 「二度とこの過ちは犯しません。武器は持ちません。戦争は永遠に放棄します。」このお題目によって日本人の自虐史観がうまれ、開戦当時の日本人の目的意識、世界観は雲散霧消してしまった。いまだに憲法には絶対さわるな、憲法改正などとんでもないという左翼リベラルを自称する人々が存在する。

 当時のスローガンに「八紘一宇」「大東亜共栄圏」というのがあった。八紘一宇とはすべての国が仲良くひとつの家のごとくにまとまって生きていこう、という意味だが、連合国側は日本の中国、東南アジア侵略を正当化するために使われた方弁だと断じた。さらに大東亜共栄圏についても、日本の植民地政策を正当化するためのスローガンと非難し、GHQはこの言葉の使用を禁じた。

 西欧列強は長い間、人種差別を当たり前の権利と認識したきた。彼らが政治の聖典と位置ずける「モンテスキューの法の精神」には人間を形成する基本はその色にある、と断じ、白色、黄色、黒色の差別を推進した。そのため西欧列強は競って有色人種の植民地化に走った。それに対し、国際連盟の場で人種差別の廃止を訴えたのは日本だけ、当然のごとく西欧諸国のバリアは高く、一蹴されてしまった。

 世界史における、この白人支配のパラダイムをひっくり返したのが、ほかならぬ大東亜戦争だった。ABCD包囲陣によって日本は後何日というエネルギー危機に追い詰められ、国家の存続危機に直面していたが、南に活路を見出すことによって白人支配の植民地構造を切りくずした。
 現に日本の敗戦とともに、世界中の植民地はぞくぞくと独立を果たし、いまだに日本に感謝している国さえある。

 日本は350万人の犠牲を払って、表面的には戦争に負けたが、白人支配の世界史に革命を起こし、人種差別のない歴史への一頁をひらいた。以来、先進国は植民地という財産に手をかけることはなくなった。大東亜戦争の敗戦は、これによる世界史の大転換に資するだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月17日

文科省に始まる腐敗のドンダケー

黒幕たちが表舞台に

 霞が関の三流官庁といえば、昔から文部科学省と相場は決まっていた。生産活動は一切なく、ひたすら予算を配ってバリアを築くのが目的のお役所なので、利権とワイロにまみれて権限を振り回す三流役人の巣窟になっても不思議はない。
 1998年の大蔵省ノーパン・シャブシャブ事件の反省から、「国家公務員倫理法」が生まれ、接待やワイロは根絶されたと国民は思っていた。ところがどっこいこの法律を踏みつぶし無視していたのが文部科学省だった。

 前川喜平前事務次官は、女性の貧困調査と称して新宿の出会い系バーに通い、役人の天下り禁止を破って天下りの地下ルートを確立、先輩後輩の絶大な信頼をえていた。座右の銘が「面従腹背」ときいて、こんな腐りきった男が、教育行政のトップではとても駄目だと絶望した。
 佐野太科学技術学術局長は、バカ息子の東京医科大学入学にさいし、私学研究助成金を支出して目的を果たした。大学側は学生ひと枠で何千万円もの助成を受けられるのだからこんな美味い話はない。
 川端和明国際統括官は、医療コンサルティング会社からの接待ワイロ疑惑で逮捕され、ただいま裁判係争中であるとか。文科省はドンダケー腐った役所であるか、この数例をみただけでも判る。

 教育行政元締めの腐敗は、当然の如く国公立私立大学すべての教育機関への腐敗も喚起する。
 東京大学の研究費詐取事件を先頭に、日大アメフト事件、女子学生セクハラ事件、さらに明治学院大学授業盗聴解雇事件、広島大学パワハラ教員再任拒否裁判、都留文科大学組合教授排除事件、そして東京医科大入試差別事件と上げ連ねたらキリがない。象牙の塔はいまスキャンダルの温床になっている。

 文科省の腐敗は、スポーツの世界にも影響する。
 日本アマチュア・ボクシング協会終身会長山根明の実態をみて、久しく忘れていた裏社会がふたたび現れたと実感。日本レスリング協会前技術強化委員長栄和人の凄みを忘れかけていたのに、スポーツに於けるパワハラの怖さをふたたび国民に思い出させた。日本大学アメリカン・フットボール部、さらに女子柔道界に於ける「死ね」「ブス」「ブタ」の罵詈雑言、など、スポーツ団体の派閥争いや、出世競争など、スポーツは国を亡ぼすところまできている。

 2020東京オリンピックはいま、東京都と、国と、スポーツ団体と、建設業者と、スポーツ器具メーカーと、小池百合子と、森元首相と、文科省と、旅行業者と、カジノ業界、そして不動産業者、代理店が入り乱れて、素人アンタッチャブルの闇の世界になつている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 19:01| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月15日

石破茂は正直ではない

石破茂.png

 「正直・公平・石破茂」なんのこっちゃ、このキャッチは。
 町内の教育委員選挙レベルのキャッチ・フレーズだ。自民党総裁選挙に打って出るベテラン政治家のキャッチ・フレーズとは悲しい。政権政党である自民党の総裁候補であれば、政治を語って欲しい。小学校の修身レベルのキャッチで登場とは、よほど体調をこわしているのか、世界政治の一角を担う日本の総理大臣の職域が判っていないのか、いずれかだろう。
 「保守とはおのれに厳しく、身内に厳しく……」とも演説しているが、あきらかに旧メディアの論調に乗った世論操作のやり方にそっくりなのだ。事実を語らず、世論誘導に力をいたす朝日、毎日、NHKの語り口にそっくりだ。自民党員ならば安倍首相のモリトモ問題など、実態のない冤罪であることははっきりしているのにもかかわらず、説明責任を果たしてないと、くどくど申し立てる立憲民主の枝野あたりと相似形、こんなのを身中に抱えて走る安倍さんも大変だなと思う。

 かって軍事オタクといわれていたころの石破茂は、それなりに存在価値はあった。がオスプレーや、イージス・アショアといった兵器、装備になるとまったく声が聴こえない。兵器の進歩や国土を守るということについて積極的な発言が聴こえない。防衛大臣までやった身だから、尖閣をどう守るか、北の核からどう日本国民を守るか、さらに中国の拡大政策やロシアの極東政策についての対応策など、第一線の政権政党のボスとしての発言がみえない。

 中国の帝国主義的拡大策に対しても、唯々諾々と従う親中親韓の議員になりさがっている。靖国神社にも参拝しない議員で、保守の皮を被ったリベラル左派とさえ呼ばれている。獣医師会から献金を受けて、獣医学部新設のための4条件なるものをつくって学部新設を阻止した罪は、安倍さんのお友達よりよほど不公正、収賄に当たるのではなかろうか。

 斜にかまえネチネチと屁理屈をならべて相手を責める、あのスタイルが国際的に通用する総理大臣に相応しい、と考える参議院竹下派というのも信用できない。内閣府特命大臣として国家戦略特区の担当をした石破茂が、9条改憲は後回し、えこひいきのない政治をめざしてでは、政治家としての姿勢に疑念をもつし、政策不在のアマチュアとしかみえない。
 自民党の政治家なら、メディアと左翼におもねた世論誘導は止め、堂々と経済政策、国際外交、そして世界観を語るべきだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 20:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月13日

大文字・五山の送り火とは

送り火.jpg

 絽の黒紋付きで御茶屋やご贔屓を挨拶廻りする「八朔」が終わると、まもなくやってくるのが、8月16日の「五山の送り火」である。

     20時・東山如意ケ嶽・「大文字」……胡麻木受付/銀閣寺門前
     20時05分・松ヶ崎・西山、東山・「妙法」
     20時10分・西賀茂船山・「船形万灯篭」
     20時15分・大北山・「左大文字」……胡麻木受付/金閣寺門前
     20時20分・北嵯峨水尾山・「鳥居形」……胡麻木受付/化野念仏寺

 近所の屋上のビアホールから見て、今日は晴れてて良かったというのも一興だが、胡麻木を納めて願いをこめ、それぞれの火床で焚き上げてもらうのもいい。
 京都の町では、送り火に着火したとき、ネオン、屋外灯、広告灯などすべて消して祖霊の無事に帰るのを見守る。
                                                                  古来、送り火の消炭は疾病除け、魔除けに効くと伝えられ、器に注いだ水に送り火を映して飲めば、中風にかからないと信じられてきた。祖先の御霊を信じて、現世に生きるという信仰心は何時の間にか、失われてしまった。葬式も墓もいらない現代で、イベント化した送り火だけが生きているというのも皮肉なことだ。

 大文字の麓、旧浄土寺村では念仏踊りを、松ヶ崎では題目踊りを、船形の西芳寺では六斎念仏が躍られ、送り火に限らない祖霊祭事がともに開かれている。こうした盆行事に参加することによって、日本人の世界観が肌を通して判ってくる。
ちなみに送り火の間、ドローンによる撮影は禁止される。            
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月12日

黒幕たちが表舞台に

デビィ夫人.png

 日本ボクシング界の騒動以来、黒幕たちへの関心が高まっている。黒幕とは本来おもてには登場せず、裏から特定の業界に対し、影響力を行使する人のことを指すが、情報化時代を迎え情報の多角化から情報のダダモレ時代になっている。

 戦後いち早く登場した黒幕といえば、まず東日貿易の「久保正雄氏」だ。
敗戦によって発生した賠償にまつわって多くの利権を確保した。とくにインドネシアへの賠償について絶対的なコントローラーだった。スカルノ大統領がインドネシアの権力者の地位につくやいなや大統領を日本に招待、接待攻勢をかけた。
 赤坂の高級ナイトクラブ「コパカバーナ」では、いちはやくスカルノ大統領の「根本七保子」への執心を見抜いた。久保正雄は彼女に会い、「コパを辞めなさい、準備のための支度金はここに、今後金のしんぱいは一切させないから」と、彼女の肉体改造にとりかかった。一年近くの時間と金をかけ、当時最高の技術で根本七保子を見事にリメークして、インドネシアへつれていった。19才の「デビ・スカルノ第三夫人」の誕生であった。
 また久保正雄は芸能界への発言力も大きく「高倉健、長嶋茂雄」に対する庇護は有名で、週刊誌は彼の許可なくスキャンダルを書けなかった。ムード歌謡の「松尾和子」には六本木にリヴィエラという高級クラブをもたせ、彼の好きなジャズをうたわせていたという粋人でもあった。大野伴睦、河野一郎、児玉与志夫ら政界のフィクサー達とも近く、当時は自民党の裏資金は久保正雄にきけといわれていた。

 芸能界の黒幕といえば、バーニング・プロの周防郁雄、イザワ・オフィスの井澤健だが、最近では田辺エージェンシーの田辺昭知が目立つ。
 夏目三久への異常ともいえる関心で、有吉との妊娠、結婚報道を見事にもみ消した。スマップ独立騒動でもマネージャーの反旗に加担し、ジャニーズに文句を言わせなかった。直近では「タモリと中園ミホ」との不倫報道があったが、一誌のみで他の新聞雑誌の報道をいっさい差し止めた。タモリと美人脚本家中園との不倫愛はほおっておけば、かなりのメディアが参入したであろうネタだったが、田辺は全力で阻止し、タモリに大きな貸をつくった。

 そして今一番の黒幕は日本ボクシング連盟終身会長「山根明」だ。会長のボクシング愛は初めから不思議だった。日本の歴史に生まれ、日本の歴史を愛してボクシングに一生を捧げます。なんだか変な日本語だとおもっていたら韓国釜山生まれの文甲明、文沢明さんとわかってきた。 暴力団小田秀組の若頭が舎弟だったと発言するに及んで、奈良判定も立派な黒椅子もふっとんでしまった。



posted by Kazuhiko Hoshino at 13:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月11日

「山の日」には山を語れ

山の日.jpg

 今日は「山の日」だ。
 自然に親しみ、山の恩恵に感謝する記念日となっているが、現状ははなはだ疑わしい。山の日が制定された2016年には上高地と松本で、2017年には栃木の那須町で、そして今年は鳥取米子の大山町で、公式記念大会を開いている。
 そもそも超党派110名の議員連盟によって制定推進が行われたのだが、中心になった丸川珠代や衛藤征士郎には山に関する知識や思想はあまり感じなかった。お盆休みと連携させた経済効果やら、観光推進ばかりに眼がむけられ、山岳国家であるこの国の信仰や歴史にはまったく関心をしめさなかった。

 今年の大山における記念式典のプログラムを見てもその幼稚な内容にあきれる。
 観光カリスマやら女優によるトークセッションで、山を語るにはおよそ不釣り合いなキャストになっている。霞が関は実施内容に深くかかわらず、どこかの代理店に丸投げでやっているであろうことが想像できる。大山という開山1300年に及ぶ山岳修行最古の山を会場に選びながら、何故そこに一山三院42坊が営まれているかについて全くふれられていない。
 日本人にとって暮らしのよりどころであった山を語らないのだ。そこにある原始信仰こそが民族の財産であるし、現代の宗教をこえたアイデンティティなのだが、せっかく山の日を設けても、観光登山やスポーツ登山だけでは経済活動のための山にしかならない。
 なぜ日本人は山を信仰してきたのか。なぜ日本人は山で修行してきたのか。そのあたりにはっきりとした命題をあたえてこその「山の日」ではないか。
 現状の山の日では、災害の源流だったり、金儲けのための山の日におわってしまう。山の日に観光業者を集めて山を語るのでは、悲しい山の日だ。

 戦後決められた「成人の日」「昭和の日」「みどりの日」「こどもの日」「海の日」「山の日」「敬老の日」等々、もう一度再検討して、記念日のそもそもを問いただすのも一案かと。

posted by Kazuhiko Hoshino at 19:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

元気甲斐のその後……

元気甲斐のその後……

 夏になると「ひまわり」の写真が撮りたくなる。
 八ヶ岳南麓の北杜市明野のひまわり畑は中日本随一のスケールと手入れで、60万本のひまわりが咲き誇る。先年デスクが現地へいき、細かい情報を入手してきたので、夏休み前急遽撮影にいくことになった。デスクは毎日、開花状況をチエックし、お天気を気にして金曜日なら大丈夫、午前中明野は晴天ですと、結論をだした。 朝6時軽井沢出発、8時に明野につけば、駐車場も確保できます、とのこと。

 どうせ山梨までいくのだから、もうひとつ何か欲張ろうということになった。
 ふとひらめいたのが、33年前テレビ朝日が「探検レストラン」なる番組でプロデュースした、小淵沢の駅弁「元気甲斐」のその後であった。その番組でかかわったいろいろのなかでも、元気甲斐はかなり話題をよび、駅弁を超えた駅弁として人気を呼んだ。があれから33年も経っていれば、消滅しているかもしれないし、残っていてもなんの面影もない別のものになっている可能性もある。
 ネットでみたところどうやら元気甲斐は生き残っていた。電話をすると小淵沢の駅弁売り場で朝10時30分以降なら受け取れるということだ。ひまわり撮影を9時半に終わらせ、小淵沢駅に直行、駅弁を手に入れて軽井沢に戻れば、12時半には冷房完備でゆっくりと元気甲斐を、という予定をたてた。

 ヘタウマの画家安西水丸による包み紙はそのままにのこっていた。八ヶ岳の麓をヤッホーとばかり走る機関車、八つの山の海抜と名前が丁寧に描かれたイラストは、心温まる素朴で稚拙なタッチが嬉しい。製造元は山梨唯一、大正7年創業の駅弁屋丸政。
 田舎では珍しい二段の折詰め弁当、一の重は京都の料亭菊乃井さんの工夫、二の重は東京味処吉左右の工夫、東西それぞれの料理人が競っている。

 蓮根のきんぴら、山女の甲州煮、ふき・椎茸・人参の旨煮、こんにゃく味噌煮、カリフラワーのレモン酢漬、ぜんまいとお揚げの胡麻和え、セロリの粕漬を添えたくるみご飯の一の重は、さすが京都の料亭らしく、薄味ながらそれぞれの食材の味が際立って、これは美味いの評価だった。
 二の重では栗とシメジのおこわがベースなのだが、鶏の柚子味噌和えがやたらに大きくバランスを崩し、豚肉巻きのアスパラも細いくせに固く、神経が行き届いていなかった。わかさぎの南蛮漬けと山午房の味噌漬けは無難。
 これなら一の重だけをさらに工夫してして元気甲斐を存続させたほうが、いいのではないか、というのが結論だった。

posted by Kazuhiko Hoshino at 12:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月09日

幸せをレイアウト出来なかった大塚久美子

幸せをレイアウト出来なかった大塚久美子

 春日部の箪笥職人から身を起こし、徹底的なオーダー、クチュール方式で高級家具のレジェンドとなった大塚家具の躍進ぶりに眼をみはった。が、目まぐるしく動く時代のなかで父大塚勝久氏と娘の大塚久美子氏との間には、のっぴきならない隙間ができ、結局娘は父を追放して、社長となった。
 傷心の父は創業の春日部にかえり、匠大塚を立ち上げ、静かに再起をはかっていた。

 無責任なメディアは、娘大塚久美子を革新の担い手として持ち上げ、メディアのスターに仕立てあげた。
 が所詮父の成功の本質を理解していなかった娘の経営力では、大塚家具の屋台骨を維持することはできず、百十億もあった資金も10億までへらしてしまった。TKPと業務提携するも経営は好転せず、ついにヨドバシカメラへの身売り話まで登場している。

 大塚久美子が父を追い出してからの企業理念は「幸せをレイアウトしよう」、父が創り出した徹底的なマン・ツー・マン方式による販売方式を棄て、耳障りのいいキャッチで経営をすすめた。所詮お嬢さん芸であることが如実にわかる。

 時代はすでに、使う、買う立場で考える「お、ねだん以上。」に移りつつあった。
 ニトリはスウェーデン発祥の世界一の家具量販店イケアを注意深く観察し、その欠点をカバーした商品企画で着々と足場をかためた。価格帯もイケアより安く、組立、配送などのサービスを充実させて、家具の世界でのユニクロをめざした。2022年には1000店売上げ1兆円をめざし、2030年には3000店舗3兆円を売り上げ目標にしている。
 こうした市場動向をまったく学ばなかったのが、大塚久美子だった。
「幸せをレイアウトしよう」にまったく心動かなかったユーザーは、ぞくぞくと「お、ねだん以上。」に押し掛けた。

 日本人のライフスタイルを徹底的に研究し、うるさいまでのマン・ツー・マン方式で、大塚家具を成功させた父親のやり方は、娘にはダサク映ったのだろうが、「幸せをレイアウトしよう」と訴えても青汁とたいして変わらないと、大衆はソッポを向いた。

posted by Kazuhiko Hoshino at 10:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月06日

8月6日の新型爆弾

DSC04878.JPG

 「敵、新型爆弾を広島に投下」
  中学二年の夏、初めて眼にした新聞の大見出し、8月8日の朝刊だった。 はじめシンガタの意味が判らなかった。爆弾の形はすでにいろいろの本や靖国神社の展示物から理解していたが、シンガタ爆弾といわれて、それがどんな形の爆弾か理解できなかった。ひょっとして丸い爆弾、それとも長い爆弾、それがよもや原子爆弾という想像もできない破壊力をもった爆弾だったとは、何日後かに報道管制が解かれてから眼にした言葉だった。

 8月6日、広島にウラニウム爆弾・リトルボーイ 投下
 8月9日、長崎にプルトニウム型原子爆弾・ファットマン投下
アメリカ軍は爆弾のおなかにヌードを描いたり、ペットネームをつけたり、不謹慎な兵隊と思っていたが、結局それだけ余裕のある軍隊だつた。

投下に至るまで、米軍は4.774キロのパンプキン爆弾で、原子爆弾の投下予備訓練を日本の30都市の上空で、49回も繰り返していた。さらにV600番台のB29が、テニアン島から日本まで頻繁に飛行していたにもかかわらず、日本軍情報部は特別任務機としてしか認識していなかった。 情報戦で日本は完全に破れていた。

 8月11日 防空総本部から発表「新型爆弾への心得」
横穴式防空壕が有効である。初期防火、火傷に注意。退避壕の入口はできるだけふさぐのが、よろしい。なお蛸壺型の防空壕でもいいが なるべく出入り口に板などを置いたほうがいい。(当時原爆に対する認識はこの程度だつた)

 8月10日、トルーマン大統領、これ以上の原爆投下を中止せよ。と命令をだす。

 ここでようやく軍司令部は報道管制をとき、広島の取材を許可した。東京の大新聞は被災地に殺到し、写真をとり、被災者をインタビューし、記事を本社に送った。そしてみずからも被爆し、多数犠牲者となった。

 新潟市はこの隙をついて、全市民に原爆疎開命令を発令、新潟市は9月半ばまで無人都市となった。嘘のような本当の話である。
 新型爆弾は、近未来の架空兵器として、少年科学雑誌の口絵を飾っていた。



posted by Kazuhiko Hoshino at 18:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月05日

浅利慶太を検証する

music_number_img_1.jpg

 浅利慶太は同世代の演劇人だった。
 彼が慶応演劇部にいた当時、予科の講師となった加藤道夫は、三島由紀夫や岸田國士らとともに「文学立体化運動の担い手」として世間から注目されていた。慶応の演劇大好き学生たちは、加藤道夫のアイコンのもとに集まっていた。浅利慶太もまたそのひとりだつた。

 加藤道夫はジロウドウとアヌイの世界に入り込み、「加藤道夫の神話」とも言われる演劇観を残している。
 「描写」を偏重してはならない。描写は実証的な客観的知性だけで出来るつまらないものだ。
 「表現」せよ。表現には強烈な主観的知性が働かなければならない。
 俳優が芸術家なら、詩人が内面に詩的世界をもっているように、役者もまた己の言葉と、ヴィジョンをもっていなければならない。

 浅利はこの加藤道夫の神話に強烈な示唆をうけ、劇団結成当時はかなり忠実にジロウドウ、アヌイの芝居を実践していた。が加藤が木下順二などの民族演劇論にインスパイアーし、日本の創作劇に舵をきったあたりから、全く違う方向に走り始めた。

 彼は「芝居で食べる」という商業演劇の魅力にはまってしまったのだ。
バラエティ誌上興行収入の上位にある作品に次々と手をだし、ミュージカル上演の先輩たる東宝をけちらし、商売一辺倒のミュージカルに手を染めた。電通と組み、仮設劇場をつぎつぎとつくり、ロングラン興行を打って利益をあげるというブロードウェイの下請けになった。その為、ミュージカルの後発国ながら確実に上演権を獲得するため、世界で一番高いローヤリティを払い、一時は四季って一体何者?あんなに高いローヤリティを払ってペイするか、とブロードウェイの裏話題になっていた。
 浅利慶太はまったく脚本、オリジナリティに関心はなく、いかに上演して観客動員をはかるか、という興行師として一流になった。

 浅利は国立劇場をミュージカル専門劇場にするべく、中曽根、石原慎太郎などに近かずき霞が関に日参していた時期もあったが、黛敏郎らの猛反対にあい失敗したこともあった。
 数班のチームを作り、同時多発的な興行システムも結局、俳優の三分の一ちかくが中国人となるに及んで、内部からも劇団のアイデンティティーを疑う超えがあがり、ブーメランのごとく彼に批判が集中した。
 彼を失った今、劇団四季のレパートリーはすべてディズニー・プロダクションの下請けとなっているが、この状態でいつまで興行をつづけるのか、残されたスタッフのエネルギーと知性にかかっている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 23:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月04日

阿波おどり商業化のむくい

20cfce153c6dcbd30dc35695758066ae-1.jpg

 阿波おどりがもめている。
 市長と観光協会と地元徳島新聞の利権争いのようにも見える。南内町の演舞場に人気が集中し、ほかの三つの演舞場の人気がいまいちなので、四つすべての演舞場に観客がいきわたる様に、今年から総踊りの連の配分をし直す。
 もはや阿波おどりは、夏の巨大な興行に成り下がってしまった。阿波おどり本来の目的は雲散霧消し、チケットが売れたか、売れないか、のみが話題になり、新聞社が取り仕切っても、ヤクザがとりしきっても、まったく変わりのない状態になってしまった。かえってヤクザが仕切ったほうが、赤字がどうの、黒字がどうの、がなくなって庶民の税金が狙われることもない。

 阿波おどりの始まりは徳島城のお城工事の完成祝いといわれるが、踊りの様式からいえば、それ以前の精霊おどり、御霊しずめの念仏踊りに原点があったことは明らかだ。盆踊りとして、帰ってきた新しい精霊を慰めるための踊りである。
 むかし徳島の郊外の田園風景のなかでみた阿波踊りは最高だった。観客のひとりもいない田圃の畔を、10人足らずの連がひたむきに踊っていく。祖霊を慰めるということは、こういうことなんだ。という魂の祈りが見えた。ライトもなく、マイクの喧騒もない阿波の念仏踊りとは、こういうことか、と感動した。
 おどりに観客はいらない。あの世の祖霊と、現世の子孫がいれば、それで充分成り立つまつりだ。
新聞社やら、観光業者やら、代理店やら、よってたかって商売にしようとする輩がいて、祭を堕落させている。

 信州にもいろいろな盆踊りがある。
 長野びんずる、飯田リンゴン、丸子ドドンコ、上田わっしょい、小諸ドカンショ、そして松本ぼんぼん等々……松本ぼんぼんにいたっては、それまでお城の周りの少女たちがささやかにやっていた盆の唄めぐりを横取りし、行政と財界が金のちからでイベント化してしまった。松本ぼんぼんという可愛らしい名前まで収奪し、盛大に市民祭松本ぼんぼんとしてやっている。

 軽井沢では宿場の盆行事としていろいろあったが、明治から大正にかけてのキリスト教牧師たちの来軽によって、弾圧されてしまった。キリスト教関係の神父や牧師たちの夏休みと、盆行事がぶつかったことで、日本人の伝統的習俗を失ってしまったのだ。
 あの頃の布教団はいまでは美化されているが、当時は決してそんなものではなく、日曜は安息日だから商店を開けるなとか、仏教催事はするなとか、暴力団のような一面をもっていた。

posted by Kazuhiko Hoshino at 14:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする