2018年08月01日

夏には夏のあきない

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 横丁に涼し気な風鈴の音が聴こえてくる。それも一つではなく、沢山の風鈴だ。ガラスの江戸風鈴を主役に、緑色に仕上げられた南部鉄の風鈴など、風鈴やさんが通り過ぎるたびごとに夏風が路地を抜けていくような気がした。
 ガラス風鈴には流水と金魚の絵が多かった。金魚もまた夏の暑さに涼をもたらしてくれるマジックな魚だった。夏祭りの夜店で、祖母にねだって手に入れた金魚はなによりのお宝だった。金魚やのおじさんは、いつもオマケの金魚をつけてくれた。ビニールの透明な袋のなかで泳ぐ金魚を大事にもちかえり、去年の金魚鉢に早く移してやらないと、金魚は弱ってしまう。縁日の夜は小走りの帰り道だった。

 行商の金魚やさんと風鈴やさんがたまたま家の前で出会い、路地にせりだした庭木の日陰で、ふたつの屋台が休憩をかねて揃った時などは、ひと夏いちばんのイベントだった。
 評判のお姉さんがムームー一枚でやってきたり、はだけた浴衣姿の三味線のお師匠さん、ランニングにショートパンツの下宿のお兄さんなど、思わぬ人々が集まってきた。誰かが持ち出した竹の縁台はすぐに満員御礼。親切な斜め向かいのおばさんが、到来ものだからと大きな西瓜を切ってもちこんでくれたり、いつからかラムネやの屋台まで加わって即席夏市の様をていした。その日の絵日記には何を描こうかと迷いに迷ったのだった。

 夏の行商には団扇やさんもあった。いろいろな絵の描かれた団扇を天秤棒の両側に見事に飾って売りに来た行商のおじさん。
 北斎の波間の富士をみたのは、団扇絵が初めてだったし、横山大観の霧にけぶる富士も、見事な金魚も、みな団扇絵で初お目見えだった。団扇やさんのすみには、必ずと言っていいほど「火の用心」と大きく書かれた渋団扇の何本かがならべられ、風流な夏団扇には見向きもせず、台所の竈炊きと内風呂の火起こしだけのために渋団扇を買い求める町内の女将さんもいた。それでも今時の宣伝一色のプラスチックの団扇よりも遥かにシアワセの風が吹いた。

 軽井沢の我が家では、祇園の芸舞妓が夏前にくばる名入りの団扇でとても重宝している。客寄せの縁起物である祇園団扇は、商家を営む友人にとても喜ばれ、わざわざ遠くから、芸舞妓の名入り団扇をとりに来るほど。
 こうした夏の風情もだんだんうすれ、テレビではクーラーをつけろ!クーラーをつけろ!命を守ってください、なんとも無味乾燥な夏になりはてたものだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 23:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする