2018年08月30日

戦後派・尾上流の真髄

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 まだ戦争の廃墟が東京中を覆っていた昭和23年の6月創流された、いわば日本舞踊界の戦後派・尾上流の舞台に接した。
 宗家である尾上菊五郎、そして尾上菊之助、家元の尾上墨雪、尾上菊之丞に流派の新進、さらに新橋、先斗町の芸妓をくわえて、尾上流の存在を充分に発揮した国立劇場での公演だった。

 まず義太夫の「式三番」に始まった。菊之丞、菊之助の二人三番だったが、初代宗家の「役者と振付は本来別物」と言った言葉を彷彿とさせ、振付師としての菊之丞と、役者としての菊之助の輝きが四つに組んで見応えのある式三番になっていた。圧倒的な菊之助の品格に対し、菊之丞の才気がハーモニーをつくって見応えがあった。10年たって菊之丞の世界観、がさらに深く変わった時、もういちどこの式三番を振付してほしいと願っている。。

 長唄「雨の四季」やはり菊之丞の振付だったが、広重の雨の隅田川を彷彿とさせる粋な作品だった。近年の異常豪雨や天候不順からは到底生まれることのない江戸っ子のいなせが生きて楽しませてくれた。 
 音もなくけぶる春雨にはじまり、夏の夕立、夏祭り、日本橋川やお濠にかかる橋尽くし、秋雨にけぶる木更津船が行き交い、冬景色のなか静かに旅立つ老人の風景……先代家元の墨雪と東西花街新橋・先斗町の名妓たちが象徴する雨のたたずまい、表現に江戸っ子ならではの気分があり、べたついた日本舞踊の印象から抜け出した爽快でモダーンな作品になっていた。
 こうした江戸の雨もふたたびまみえることのない昔話になりつつある今が悲しい。

 帰りの新幹線のなかでゆっくりとプログラムを見た。芸の真髄制作委員会とNHKの主催。「芸の真髄」とはよくぞ云ったものだ。こうした上から目線の言い方はNHKの得意とするところ、官僚体質と権威主義に固まった数人の人たちによって運営されている。こうした権威の振り回しに、民間の「芸の真髄」はつぎつぎと殺されていくのだ。

posted by Kazuhiko Hoshino at 11:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする