2018年09月29日

新橋芸者と旦那衆のお手合わせ

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 花街は文化サロンだった。
 そこにくる人は政界、財界、官界、學界のトップクラスから、市井で成功を納めた商人やら、芸術家、芸人にいたるあらゆる階層の人々がいた。そうした人々が本業を離れて自己解放する場所が花街だった。花街には御茶屋、料亭、芸者衆の学びのための検番、置屋、髪結い、化粧、身の回りのための衣裳やさんから、装身具や、履物や、それらの世話をする男衆、小唄、長唄のお師匠さん、踊りの稽古場、さらに花街名物のお土産屋さんまで街中にあって、いちだんの洗練された趣味と雰囲気にまみえているのが花街の特徴だった。
 花街をみれば、その町の民度、文化のレベルが計れるのだ。

 大阪には、曽根崎新地いわゆる北新地、南地五花街、新町、堀江と多くの花街が、秀吉由来の城下町と最大の商都を支えてきた。京都では、北の上七軒、八坂の祇園、祇園東、鴨川の宮川町、そして先斗町とそれぞれの特徴ある花街が1000年の都の顔になってきた。
 東京も、新橋、赤坂を筆頭に柳橋、神楽坂、浅草、向島とあったが、いまは新橋、向島あたりが頑張っているのみでほかの花街はだいぶパワーが堕ちてしまった。
 全国の温泉場にある花街もかっての勢いはなく、そこにいる芸者衆も、半分以上は芸よりもレジャー酌婦になってしまっている。

 そうした花街の歴史にとってもっとも不幸だったのは、第二次世界大戦だった。
 敗戦国の日本はマッカーサー司令部によって、天皇を中心にした国家観から忠孝の精神文化も骨抜きにされ、伝統芸能から修身教育まで禁止され、奨励されたのはスポーツ、芸能、セックスというまさに植民地政策そのものだった。
 尻馬にのって、ホテル万歳料亭反対の政治をしたのが、細川内閣だった。政治家の集いはすべてホテルが良しと、変な方針を打ち出し、伝統のつまった料亭を否定した。これによって赤坂は衰退し、神楽坂も坂道を転げるがごとくに変わってしまった。細川さんはみずからが育てられた文化土壌を忘れたバカ殿といわれても仕方あるまい。

 新橋もずいぶん少なくなったが、東京を代表する花街としてがんばっている。祇園都をどりの一か月興行に対して、新橋東おどりはわずか一週間だが、銀座の旦那衆と相対での「くらま会」など、今年も盛大に新橋演舞場に幕を開けた。
 玄人の芸者と素人の旦那衆が一年に一度のお手合わせ、花街は本来地元の旦那衆あってのもので、地元と解離してしまっては意味もなく、旦那衆の幅広い芸に応じてこその舞台である。長唄、常磐津、河東節、一中節、小唄、端唄、哥澤、尺八、と邦楽の歴史総見のような銀座の旦那の芸に、立役として花を添える新橋の芸者衆も随分勉強になったことだろう。 いずれはからす天狗達の稔りも楽しみである。
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2018年09月26日

夜の銀座の未来形ママ

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 密かに財界のパトロンがいて、文壇人に愛されて、そしてなによりも美貌で……、というのが夜の銀座を支配するオーナーママのイメージだった。それがすっかり様変わりし、「貴方は銀座のタカシマを知ってるのか」と東京から突如現れた旧友に叱責された。オミズの世界も時々刻々と変化し、未来形の若いママがいま銀座の話題になっているのよ、と軽蔑された。
 銀座に食を求めていくことがあっても、アルコールを求めていくことなどここ30年程忘れている。ましてや銀座のママとの付きあいも、50周年記念とか、この度閉店することになりましてとか、本当に長い間お付き合いくださいましてとか、たまに艶やかな手紙が来ると終活ばかりで極めて寂しい。

 彼氏はいません。
 パトロンもいません。
 枕営業いたしません。
 友達いません。同業者と仲良くしません。
 整形していません。
 日本人です。在日ではございません。話合い手は犬しかいません。
 身長160cm、54キロ、B94cm、W59cm、H85cm、Fcup、O 型、肌超絶キレイ。
  これが今話題の未来形若い銀座のオーナーママ「高嶋りえ子」の基本データーである。 行方不明の中国美人女優范某にすこしばかり似て可愛いところもある。

 22才でホステス初体験。 25才でクラブ高嶋オープン。 26才で和風バー高嶋オープン。27才で高嶋化粧品販売開始。28才でバー高嶋オープン。 現在、銀座に4店舗、都内7店舗を展開中。ママの経営手腕はここからが凄い。インバウンドの急増をみこんで店では、英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語、中国語、韓国語等、12ヶ国対応で、銀座へいらっしゃる外国人の接待ではナンバー・ワンをほこっている。ホステスも高学歴で早稲田、慶応、東大、学習院、京大、芸大、上智、青山と揃い、ウエイトレス経験者、OLさん、音大生集れーと激を飛ばしている。

 高嶋式ミズ商売の凄いのはその先にある。
高嶋茶、高嶋ダイエット茶、高嶋美肌青汁(美肌コラーゲン×青汁)、高嶋美容枕販売とともに、高嶋化粧品のトータル展開、いずれもが高価な富裕層狙いであり、店にくる客へのノベルティにしても奥さんに喜ばれる物品を選択している。高嶋化粧品のラインアップをみると、かっての鈴木その子の化粧品に似ている。
 さらに最近では、地方でクラブ、バーなどミズ商売をやりたい人のための「コンサルティング高嶋」をスタートさせた。
まさにミズ商売の宝石箱が、「高嶋りえ子」という若い夜の銀座の華、未来形なのだ。
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2018年09月23日

ZOZO TOWN 前澤友作の実像

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 前澤友作という名前がメディアに躍っている。
 前澤友作はそんなに凄いのか、データをたどってみた。2011年にZOZO TOWNを立ち上げ、2017年の売上げ総額 763億 営業利益 262億だから そんなに巨大な小売業ではない。むしろ中堅どころのネット通販会社といったところだろう。社員年収も381万から518万円、社長の給料だけがずば抜けていいのかもしれない。
 社長はプライベート・ジエット/ガルフストリームG650(18席)と、スーパーカー時価2億円のパガーニゾンダ80Z6のほかフェラーリ・エンツォ、エルメス・ヴェイロン、アストン・マーチンといった超高級車を所有している。自宅も100億をかけた豪邸、美術館付きと伝えられ、総資産5000億円の青年実業家である。

 こんな実態をつきつけられたら、オバカな女優にかぎらず大抵の女性は身も心も投げ出すに違いない。突然に夢の富裕層お仲間入りだ。ただちに自分のSNSやツィッターは閉鎖、全削除でひたすら愛を捧げ、安穏で超贅沢な人生、ああ女に生まれて良かったと自己陶酔の毎日に浸る。
 おかげで前澤友作は若くして、元社員、無名モデル、あと一人、そしてダルビッシュ有の元女房紗栄子と次々に事実婚を繰り返し、紗栄子と破局してからは、恋人募集オーディションなるものを実施し、第一位の下京慶子を手にいれた。そして半年も経たないうちに、踊りが取柄の剛力彩芽と浮名を流している。「オレは絶対に結婚しない」と前澤は豪語しているので、剛力はあらゆる手練手管で迫っているのだろう。

 Space X社の次世代ロケットBFRによる2023年の月周遊旅行のユニット契約も、メディアは凄い凄いの連呼だが、はたしてそうだろうか。
アーティストを8人招待し、同行するというのが如何にものプランである。宇宙から地球に帰ってからその印象を作品に制作して、公開し、2000X年には「#dear MOON Exhibition on EARTH」 を開くというのだ。ロケットの旅行代1000億の投資は、アーティスト8人の作品と、その后のイベントですべて回収できる、という計算が丸見えなのだ。
 注目はどの程度のアーティストがこの計画に賛同してロケットに乗るか、という点である。かっての巨匠時代とことなり、最近は芸術家も軽くなったので、案外ジャーナリスティックな人がいくかもしれない。

 最近のIT長者は実業家としての経済モラルにとぼしく、8パーセント以上の利益は社会に還元するといった人間の良心が欠落していて、儲け放題のアメリカ・ウオール街の商売人にそっくりな人が多い。 資本主義崩壊の芽はこうしたところに潜んでいる。
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2018年09月22日

にほんのスイーツ「大学芋」

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 秋とともににほんのあちこちで芋の食味会が始まる。
 山形の芋煮、今朝のテレビでは里芋の盛大なまつりをやっていた。秋は芋の季節だということを改めて認識した。

 「焼き芋〜ヤキイモ」という掛け声もきかなくなった。若い女性スタッフが焼き芋の声に、外へ飛び出しホカホカの焼き芋とともに、興奮した面持ちで帰ってきたムカシがなつかしい。焼き芋は田舎のシアワセ、家族のシアワセ、3時のシアワセ、いろいろなシアワセをはこんできた。

 いまではおやつのケーキになってしまった。スポンジの上に色とりどりの果物やらアイスクリームの様々がのって見事だが、少しうるさい。菓子職人はパテェシィエとやらに変身し、フランス語など操ってシャレタ名前のケーキが主役の座にすわっている。

 サツマイモを一口大の乱切りにして低温の油でじっくりと揚げ、それに密をからめて黒ゴマをまぶしただけのジャパニーズ・スイーツ……それこそ日本一のスイーツ「大学芋」だ。いや世界一のスイーツ「大学芋」かもしれない。パリ・サクレクールの丘の絵描きさんの広場あたりに、このジャパニーズ・スイーツ「DAIGAKU-IMO」などだしたら成功間違いなしだろう。

 昭和の初め、帝国大学(今の東京大学)の学生が学費捻出のためサツマイモを加工して売り出したのが、「大学芋」の始まりとか、赤門前にあった三河屋というふかし芋やさんが、大正の初めに売り出したのが、人気をよんで「大学芋」になったとか、諸説いりみだれているが、それほど簡単に加工できたにほんのスイーツということだ。

 小生の大学芋は、浅草言問通り・花屋敷の裏あたりにある「千葉屋」揚げたてアツアツの大学芋である。ごま油の風味がのこる絶妙な揚げ、密の美味しさ、芋は茨城県産の紅あずまと聞くが、にほんいちの大学芋完成形がここにある。400グラム700円というのも嬉しい。

 おやつの「ふかし芋」も亡んでしまった今、デスクが買ってきてくれたセブンイレブン製「まるで大学芋なオールドファッション・ドーナッツ」でせめてもの懐かしさをいただく。

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2018年09月19日

池上彰のパクリの日々

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 テレビ局と池上彰本人のプロデュースで作ってきた「なんでも知ってる池上さん」のイメージが、崩壊の危機を迎えている。
 きっかけはフジTV特番「池上彰スペシャル」大人は決して口に出せない子供大集合の番組だった。参加した子供たちが、あまりにもスラスラと大人が感じている政治的疑問を口にしたことから、ヤラセ疑惑に火がついた。調べてみると参加した子供たちの三割はプロ子供だった。つまり芸能プロダクションに所属して、テレビ局の言うとおりに演じるプロ子供のヤラセだったということが暴露されたのだ。

 これをきっかけににあちこちから池上彰のパクリ疑惑がもちあがった。
 会社社長の宮下研一氏は、私のホームページに上げた内容をテレビで発表したいと取材にこられたので、懇切丁寧に説明して対応したが、あとから池上彰の意見として発表するのでと電話がかかってきて、テレビとはそういうものかと、がっかりした。

 徳島文理大学教授八幡和郎氏も激怒している。散々時間をとって取材対応したが、あとで番組では八幡氏の意見ではなく池上の意見として紹介しますと、マネージャーから☎がかかってきた。取材先を隠蔽し自分の意見のごとく振舞うのは、記事泥棒だと怒りをかくさない。

 元警視庁通訳捜査官坂東忠信氏も同じだ。テレ朝から池上彰の番組ネタトリにきた。坂東氏の名前はださない。坂東氏を画面にもださない。坂東氏の話をそのまま池上の話としてはなすので、局へきてチェックをして欲しいといわれ、唖然とした。

 ジャーナリストの上杉隆も自身のTwiterで「他人の書いた意見を、あたかも池上自身の見識のごとくしゃべるのは止めたほうがいい」と忠告したが一切無視された。そういう場合は、せめてクレジットを入れるべきだといったが、それも無視された。

 何でも知ってる池上彰とは、何も知らない知識泥棒で、平気で人の意見をパクル悪質なタレントだ、というわけで、いまあちこちで火がついているのが、「#イケガMe Too」 である。
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2018年09月17日

売れている「マスコミ偽善者列伝」

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 建て前を言いつのる人々……「マスコミ偽善者列伝」 加地伸行著(飛鳥新社) が静かに売れている、という噂をきいた。加地伸行は京大をでて、大阪大学名誉教授をつとめ政治評論にも独特の眼を持っている人である。

 同志社大学の浜矩子について、400字詰原稿用紙5枚分をつかって、安保関連法案の衆議院通過を否定しているが、そこにはなんの論拠もない。ただの感情論だと斬り捨てている。彼女の「どアホノミクス」という反安倍論についても、こんな下品な人間が大学にいること自体驚きだし、安倍政権の施策に対する全面否定だけで、ではどうするかといった具体的提案はなにもない。
 落ちぶれた旧社会党、いまの社民党のなんでも反対路線、裏返せばただの無能と同じこと、と斬り捨てる。
 安倍首相が「戦後レジームからの脱却」といえば、「それは戦前の大日本帝国へ戻ること、それ以外の解釈はできない」という恐るべき単細胞な大学教員である。浜某は己の思いこみだけの感情表白にすぎず、まったく論理性がなく、井戸端会議のペチャクチャの域をでていない、と論じている。

 池上彰、小池百合子、なかにし礼、寺島実郎、福島瑞穂、前川喜平、島田雅彦、小沢一郎、鳩山由紀夫、海江田万里、立憲民主党などなど、浜矩子についで「マスコミ偽善者列伝」に名前をつらね、みな建て前だけのマスコミ芸者と切り捨てられる。

 そうした絶滅寸前の左筋ジューナリトの論調は地上波テレビのキャスターやコメンテーターに受け継がれ、電波公害を垂れ流している。
 とくに女性たちに嫌われているのは、朝日、毎日、共同といった新聞系の解説者たちだ。かってのエリート意識から抜けきらず、コメントの口調は上から目線だし、いかにもの正論といった態度でもっともらしく左翼的解説をする。こうした偽善、独善コメンテーターを一掃しないかぎり、視聴者は地上波テレビのまえから逃げ続けるだろう。
 とくにテレビ局の看板をせおって、浅薄な論を大上段に発言するテレビ朝日の社員玉川徹などは、嫌われコメンテーターのベストテン。
 さらにスポーツ業界の癒着アナと書かれた宮嶋泰子など、なんの論拠もなしにスポーツ業界の幹部擁護を言いつのる、とんでもないスポーツ業界の寄生虫といえる存在である。
 所詮、地上波のコメンテーターなんて、情報番組の尺を薄めて伸ばす希釈剤にすぎないという冷静な見方もあるが、困ったことに地上波テレビを信じ、それに憧れる情報弱者が田舎にはいる、という現実もある。


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2018年09月14日

大坂なおみという変な日本人

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 オメデトウございます。○○テレビの○○です。
 ニホンに帰ってこられて、いまどういう気分ですか?
「アァー、ネムタイ」……そりゃそうだろう、さっき羽田についたばかりで、眠くて当たり前だ。
 今イキタイトコロありますか?
「ハラジュクいきたい。」……そこらのお上りさん観光客とまったく変わらない。「ユーはなにしにニッポンへ」のほうが少しはましである。
 なにか食べたいものありますか?
「オスシ、オイシイ!」……多分彼女のいうオスシとは、サーモンとカリフォルニア・ロールのことだ。西海岸のスシは鮨ではない。
          ちなみにパリでは、足を広げて鰻を食べている彼女に遭遇した。
 インスタグラムにどんな写真をのせたいですか? 「  …… ? 」

 質問もここまでくると、女子アナインタビュアーの馬鹿さ加減は、神の領域にせまってくる。
  テニスのことはなにひとつでてこない。一般人は彼女の普段を知りたいからこれでいい、とテレ朝の上から目線・玉川徹は発言していたが、こうした地上波のオバカなスタッフによって、一般人はますますテレビから遠ざかっていくという現実をしらない。

 日本中が大坂なおみ、大坂なおみの大合唱なのだ。
 日本語がよくわからないから、答えは英語になっちゃう。 カワイイ、どこがカワイイのかよく判らない。ここ一年日本語の勉強をしているというが、日本の文化に興味がなかったから日本語の勉強をしてこなかっただけのことだろう。
 日本をどう思いますか? 「長い休暇でいるような気分……」
 二重国籍の彼女にとって、やはり故郷は西海岸であり、ハイチなのかもしれない。
 22才までには、二重国籍を解消しなければならないそうだが、いまや大勢の人間を抱えてしまった彼女には、日本人になるしか選択肢は残されていない。日本人でいれば、65吋のテレビも届くし、ニッサンGTRももらえる。
 スポンサーがすべて日本企業なのだから、スタッフを食べさせるためには、日本人になるしか方法はない。
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2018年09月12日

犬が犬に喰われる集団リンチ

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 「犬と愛犬家達の楽園」「殺処分ゼロへのチャレンジ」愛犬家にとって心地いいスローガンだった。
 滝川クリステルと小池百合子が手に手をとって「お犬様に人権ならぬ犬権を!」東大キャンパスをつかっての「アニマル・ウェルフェア・サミット」。広島神石高原にあるピースワンコ・ジャパンの「殺処分ゼロへの運動」は全国愛犬家から絶大な支持をうけ、莫大な資金が集まった。

 いま時代は、愛犬、愛猫の全盛期、家畜のもっている細菌、雑菌のはなしなどすると、露骨に嫌がられる。
 野良犬や捨て犬をすべて引き取り、里親さがしに奔走、都市部の愛犬家たちが、ふるさと納税で年間数億円の寄付をして支え、町のPRにも一役買っている、と朝日新聞には報じられてきた。がここへ来て成り行きがおかしくなってきた。
 かかわった獣医師が、ピースワンコ・ジャパンの裏の実情を暴露した。一般公開されているシェルターの素晴らしさと裏腹に、公開されていない3つのシェルターの地獄模様を訴えたのだ。

 一般には知られていないシェルターでは、9割方雑種で爪が2倍以上も伸びている犬が多く、爪切りのために押さえると反撃してくるような犬ばかり。野生化していてどうにもならない。餌も一日一回直径30cmほどの容器に20頭ほどの犬が殺到する。2千数百頭の犬が、狭い犬舎にいれられていると、ストレスの極限状況から犬同志のリンチが発生する。ひとたび犬同志の集団リンチが発生すると手のつけようがなく、いちばん弱い犬が、喰い殺される。
 毎日一頭は犬の集団リンチにあって命をおとすが、日によっては2頭殺される日もある。

 更に無残なのは不妊・去勢施術をしていないので、妊娠犬がつねにいる。昼の出産なら子犬を犬舎から取り出して保護することもできるが、夜の出産ではスタッフもきずかず、生まれた時の血の臭いで、空腹の犬たちが殺到して子犬を食べてしまう。
 翌朝散乱する肉片にスタッフは茫然とするばかり、と訴えている。過剰収容のシェルターでは日常の出来事と訴えている。

 ピースワンコとはいかにも犬を愛する社会活動と錯覚するが、裏には恐ろしいリアルがひかえているようだ。

 
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2018年09月11日

小池百合子とプラスティック・ストロー

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 政策の実行順序が判らない無知なボスをカシラに選んでしまうととんでもないことになる。
 遠くは長野県知事になった田中康夫という自己顕示欲にかたまった人がいた。いまいちばん困った知事は東京にいる。小池百合子という東京都知事である。民主主義というシステムは衆愚政治だという見本のような政治家なのだ。

 築地市場から豊洲市場への引越しを止めて、何千億の税金を無駄遣いした。「安全だけれど安心ではない」訳のわからない理屈で時間と金の浪費をし無知文盲のいちぶ都民に迎合した。
 かって鳩山由紀夫という総理大臣が沖縄で「基地は最低でも県外、策はあります」と発言して今日までの混乱の元をつくったヘイトな政治家もいた。
 オリンピックの競技会場も、小池百合子にさんざんかきまわされた。専門家がいろいろと検討して決めていたことに、ことごとく盾ついて、宮城だ埼玉だ神奈川だともちまわつた結果、すべて不可能とわかり、ただメディアに話題を提供しただけの無駄働きだった。結果、宿舎からメイン会場への道路も出来ず、駐車場すらまにあわないという体たらくに陥っている。

 失敗つづきの小池百合子が次に眼をつけたのが、プラスティックのストローだ。プラスティックの海洋投棄問題を国連が採りあげたのをきっかけに、「プラスティック・ストロー」の代替案を公募すると見栄をきった。
 広く一般からアイディアを頂戴したい。お子さんからも良いアイディアをいただいて……馬鹿じゃないか、プラスティック投棄という社会問題を考えるのに、お子さんから? 要するに耳ざわりのいいことだけを掲げて無知な親たちを喜ばせる偽善者に過ぎない。質の悪い東京都知事なのだ。まず都庁内の店舗の協力をえて、紙製ストローの実験から始めるというのだが、ついこの間までストローは紙製だったことすらご存じない都知事なのだ。

 かって「日本の割りばし」が森林破壊すると左翼メディアが大騒ぎしたことがあった。割りばしは犯罪だからと、マイ箸をふくろに入れて持ち歩くナンセンスなことが流行ったことがあった。おかげさまで間伐材を使っていた日本の割りばしメーカーはほとんどつぶれ、安くて低品質な中国産ばかりになってしまった。 かくて日本の森林は間伐もできずに破壊されつつある。

 プラスティックの海洋投棄も50パーセントは中国といわれている。
 小池知事は中国でプラスティック反対を叫んだほうがいいのではないか。

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2018年09月10日

関空という世界一のお荷物

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 陸上は混みあっているので海上に空港を作ろう、バブルに躍っているころの発想だった。
 あの頃の日本人はみんな頭のネジがすこし狂っていたような気がする。水深18メートルの海底に強固な岩盤があるから、そこに空港をつくれば絶対に安全で騒音問題も解決できる海上ハブ空港ができる。
 権威ある大学のせんせいたちが、慎重に調査してお墨付きをあたえた。こうして世界に開かれた嘘つき空港が完成した。

 以来、インバウンドの玄関として関西空港は世界にひらかれた。
 ところがどうしたことか一期島は3.4mも地盤沈下してしまった。護岸工事をいくらしても止まらない。50年にいちどの高波に備えて海面から5メートルも嵩上げしたのだが、今回の台風であっさりと破られた。
 いまでも年間6センチずつ地盤沈下はつづいている。南海トラフ地震がくれば、関空はそっくり水没するだろう、とすら言われている。
 ヤクザであれば、アタマを丸め、ユビを詰めてお詫びするところだが、権威ある大学の先生たちは、想定外だから、とケロリとしてる。

 空港へのアクセス橋はタンカーがぶつかってあっさりとずれ、使用不能となった。バックアップ用の橋はどこにも作っていない。
 設計段階のいい加減さが暴露された。一部では海底トンネル方式にすれば、航路問題も漁業権問題も解決できるという主張があったが、あっさりと葬りさられた。
 すべてはオリックスの金勘定と、無責任な権威ある先生たちのサジェスチョンが原因なのだ。

 地盤沈下の最適の対策といわれている護岸工事も、これ以上これ以上岸壁を高くすると、飛行機の車輪が引っかかって着陸できないという危機が待ち受ける。
 浸水した水も早急に排水して滑走路を乾かさないと、ウミネコが集まってきて大変なことになる。中部国際空港では2007年に一万羽以上のウミネコが集まって空港閉鎖に追い込まれたことがある。
 バード・ストライクは、巨大なジャンボすら墜落させてしまうのだ。かくして世界一の海上空港は、世界一のお荷物になりつつある。
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2018年09月07日

看板の数は味に反比例する

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 食べ物やの看板は、メニューのそれぞれによって微妙に異なる。
 上等な懐石料理やには、看板さえ出していない所がある。うちでたべたければちゃんと調べてこい、看板たよりにくるような客はいらない。
 微妙に上から目線なのだ。そうしたところが自称食通たちの琴線をくすぐる。

 近頃やたらふえた看板は、英語の看板だ。読めない奴は斬り捨てられる。パンやからケーキ屋、レストランまで横文字がならぶ。教養を誇示したいのか、それとも外人相手なのか、意外にも女子会めあてだったりする。
 軽井沢ではフランス国旗とともにフランス料理やの看板が並ぶ。イタリア国旗とともにイタメシヤが営業中である。店の名前の意味はわからないが、横文字ならばカッコいいとか、ステキといったまことに味覚オンチな若い客が次々とはいっていく。
 焼き肉やに太極旗はなびかない。中華料理にも五星紅旗はみかけない。従軍慰安婦像なら際限なく立てたがる人々だが、自国の旗には愛情がない。

 上等な店ほど看板の数は少ないし、文字も小さい。ロンポアンからセーヌに向かったアベニュー・モンテーヌあたりを歩くと、ミュグレー、ロエベ、ウンガロ、ニナ・リッチ、等々看板はみんな小さい。玄関の片方に小さく表示されているだけで、これみよがしの看板はひとつもない。そうした欧米の看板文化になじむと、日本に戻ったときびっくりする。

 軽井沢駅の改札を出て左に曲がる。
 いきなり飛び込んでくるのは、「元祖 峠の釜めし・おぎのや」である。右に「信州そば・おぎのや」左に「峠の釜めし・おぎのや」狭い一間半ほどの間口に三つもノレンの下がる立ち蕎麦やである。のれんのしたには「駅そば発祥の地・軽井沢」おぎのやが団体でおしかけてくる。よこのちいさな受渡口にもしっかりと「峠の釜めし・おぎのや」とあり、創業明治18年と仰々しい。京都にいったら、創業は応仁の乱の後とか、文化文政の頃とか、歴史認識がまるで違う。そのうえ、たいして美味くもない駅そばとあれば、看板だすのも気恥しい。駅そばで働くおばちゃんもじつに機械的で愛情がない。うちの蕎麦は美味いという心意気を感じない。しかも狭い空間に「おぎのや、おぎのや」の連呼だ。年々蕎麦の味でも改善しているのならまだしも全然変わらず、ゆるい茹で上がりの蕎麦と平均的な出汁のあじ、これが信州そばの代表とおもわれては恥ずかしい。
 看板の数は味に反比例する。
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2018年09月05日

浅間山を仰ぎ、リュートを聴く

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 台風一過…思わぬ友人から思わぬご招待をうけた。
 リュートの演奏会を自宅でひらくので、お出掛けになりませんか。軽井沢ではこうしたプライベートなサロン・コンサートがまま開かれ、大賀ホールで開かれる鳴り物入りのアーティストよりも、はるかに優れた演奏に接することができる。
 伺った別荘も天井が空に向かって弧をえがいて、音楽を聴くためにしつらえたような素敵なお宅だった。

 リュートという楽器については、30年ほど前、カテリーナ古楽合奏団のレパートリーで接したことがあった。古楽器による音楽劇風な展開で、審査員の立場だったので、細かいディティールよりテーマ展開に気をとられ、リュートについては洋梨を半分にしてネックを折り曲げた楽器ね、ぐらいの認識だった。

 リュートに再会したのは数年前、パリのオペラ座だった。ヘンデルのオペラでクレオパトラが登場した。舞台のつくりは大胆で意表をつく演出だったが、音楽は実に典雅でバロックそのものの演奏に酔った。そのアリアのなかで突然伴奏が古楽器にかわった。リュートとヴィオラ・ダ・ガンバだったが、おそらくスコアにはない演出だったような気がした。アバンギャルドな展開のなかに時代背景をくっきりと描いた楽器の登場だった。

 演奏者の名前もしっかりと伺わずにでかけたが、あとで検索して驚いた。リュートの世界の第一人者、佐藤豊彦さんだった。
 オランダ・ハーグ王立音楽院の教授もされていて、リュートは「余韻の美学、無の美学」に通じると発言されている。「無には無限の価値がある」そんなコンサート・タイトルもつけていられる辺り、茶掛けの円相にも似た哲学をもっていられる。

 「リュート奏者は楽器に向かう時間の半分をチューニングに使い、残った時間で演奏する」と揶揄されているが、今日もずっと調弦に時間を費やしていた。
 素人にはどこまでが調弦で、どこから演奏なのか、うっかりしていると判らなくなるぐらいチューニングにこだわっている。繊細でナーバスな名器なのだろうとおもわれたが、リュートのそもそもは吟遊詩人の唄の伴奏に使われたのが始まりというから、即興性にとんだ民衆楽器だったにちがいない。 歴史の時間のなかで何時の頃からか、名人上手にしか扱えない微妙さを身につけたのだろう。
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2018年09月04日

軽井沢のラウンド・アバウト

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 凱旋門の広場(いまのシャルル・ドゴール広場)に初めてたった時、中央にそそり立つ凱旋門の周りを幾重にも重なったクルマが、警笛ひとつ鳴らさずに回っているさまに圧倒された。気が付くと幾台かのクルマはその輪から離れてそれぞれの道に別れていく。アベニュー・ホッシュに、アベニュー・シャルル・ドゴールに、あるいはアベニュー・ド・シャンゼリゼーに、そこにあつまっている10本の道をそれぞれに選択して走り去る。そして広場にはいつの間にか次々とクルマが流入して、凱旋門の廻りを走っている。
 信号もなく、警笛も聴こえない静かな大ラウンド・アバウトだった。

 椿姫がパリ社交界の華だった頃、彼女が颯爽とオープン馬車にのってシャンゼリセーの大通りを行くのを、若者たちは何時かは俺があの馬車にと羨望のまなざしで見送っていた。そしてあの夢の馬車の行く道を妨害してはいけないと、ラウンド・アバウトを考えたと伝えられている。 椿姫の乗った馬車を足踏みさせてはいけない、という心の優しさからあの環状道路はできあがったのだ。

 ノルマンディーを走ったとき、その村には信号がひとつもなかった。交差点はすべてラウンド・アバウト、当然のごとく信号はひとつもないのだから、設置費、メンテ、電気代、すべて無料の金いらずなので、予算もだいぶ助かっていたことだろう。その上、十字交差道路の時代よりも圧倒的に交通事故も少なくなったと、自慢された。
 いまフランスには18000か所のラウンド・アバウトがあるという。

 さて軽井沢にもラウンド・アバウトが出来たと、過ぐる年報じられた。行ってみてびっくりした。ボアの森にある児童遊園のラウンドアバウト位のささやかなものだ。
 かって軽井沢中興の祖といわれる野沢源次郎が作った六本辻を、わざわざ壊して作ったオモチャのラウンド・アバウトだった。軽井沢駅前や旧道銀座通りの入口を整理してのラウンドアバウトだつたら少しは誇れるが、六本辻の狭苦しいところをクルクルまわっていてもあまり感心しない。

 この秋には、ラウンド・アバウト サミットィン軽井沢 とのポスターを見た。
 この町はどうしたことかプリンスホテルの片隅でやる会議が大好きで、前にはG7交通大臣会合、来年はG20エネルギー関係閣僚会合、お国の仕事に首をつっこんで、コマーシャルやら電飾看板に金をつかつている。
 より地に脚のついた会合もあると思うが、メディアによほど名前をだすのが好きなのか、世界の事情に貢献していると錯覚しているのか、いずれかなのだろう。
 ラウンド・アバウトサミットも結構だが、踊ったのは会議だけては田舎喜劇にもならない。

posted by Kazuhiko Hoshino at 15:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月01日

あす死ぬる いのちも知らず 秋刀魚焼く

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 中国、韓国の漁船やら台湾の大型船が来て根こそぎ獲っていってしまうので、今年は秋刀魚が期待できないと伝えられ、がっかりしていたところ、突然に根室、花咲港で秋刀魚の豊漁が知らされ、とにかく嬉しい。
 港の保冷庫が満杯でどうにもならず、花咲の街ではスーパーでも魚やでも、秋刀魚を無料で配って突然の秋刀魚景気に湧いている。

 秋刀魚は冬から春にかけて餌を求めて北上し、秋になると栄養を蓄えたっぷりと太って産卵のため南下する。その通り道が北海道道東沖なので、ここで水揚げされる秋刀魚は日本一といわれている。
 この日本一の秋刀魚…高鮮度生サンマが通販で手にはいる有難い時代だ。刺身にも塩焼きにもなるピカピカの生サンマ、眼も白くくちばしの先は黄色の獲れ立て1.9s、13尾から14尾が通常6.400円のところ、大漁サービス4.780円で、クロネコ便で送られてくる。

 サンマに含まれるエイコサペンタエン酸というのが脳梗塞、心筋梗塞の予防に効くし、さらにドコサヘキサエン酸なる含有物が脳の回転をよくしてくれるというので、相方にサンマの夕食をせっつぐもなかなかに実現しない。
 妄想だけが目黒のサンマになってすこし悲しい日々なのだ。

 「煙また 味のひとつや 初秋刀魚」(狩行)
 七輪をパタパタしてのサンマの煙たさも忘れがたい。
 近頃では若い女性がテレビで、フライパンなら煙も出ないで美味しく焼けます、等ととんでもない料理自慢をしている。煙がなくてなんの秋刀魚ぞ、といいたいが、都会のマンション暮らしでは煙を楽しむこともできないのだろう。
 秋刀魚の煙も知らずになった料理人には、鬼おろしの大根の美味さも判るまい。 結局パリの日本人向け短期講習で勉強した中途半端なフレンチしかできないのだ。

 剛力彩芽のIT狂いに怒った明石家さんまも、彼女からもらったプレゼントをすべて投げ捨てたと、発言していた。
 「さんま苦いか塩っぱいか、そが上に熱き涙をしたたらせ、さんまを食うは いづこの里のならひぞや」  別れも告げず去っていった剛力の後姿にさんまは涙したのだろう。

 「あす死ぬる いのちも知らず 秋刀魚焼く」(鷹女) 
      焼くときにサンマの脂に引火することがあるので、火事にご注意を(消防庁)、おおきなお世話である。


posted by Kazuhiko Hoshino at 18:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする