2018年09月05日

浅間山を仰ぎ、リュートを聴く

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 台風一過…思わぬ友人から思わぬご招待をうけた。
 リュートの演奏会を自宅でひらくので、お出掛けになりませんか。軽井沢ではこうしたプライベートなサロン・コンサートがまま開かれ、大賀ホールで開かれる鳴り物入りのアーティストよりも、はるかに優れた演奏に接することができる。
 伺った別荘も天井が空に向かって弧をえがいて、音楽を聴くためにしつらえたような素敵なお宅だった。

 リュートという楽器については、30年ほど前、カテリーナ古楽合奏団のレパートリーで接したことがあった。古楽器による音楽劇風な展開で、審査員の立場だったので、細かいディティールよりテーマ展開に気をとられ、リュートについては洋梨を半分にしてネックを折り曲げた楽器ね、ぐらいの認識だった。

 リュートに再会したのは数年前、パリのオペラ座だった。ヘンデルのオペラでクレオパトラが登場した。舞台のつくりは大胆で意表をつく演出だったが、音楽は実に典雅でバロックそのものの演奏に酔った。そのアリアのなかで突然伴奏が古楽器にかわった。リュートとヴィオラ・ダ・ガンバだったが、おそらくスコアにはない演出だったような気がした。アバンギャルドな展開のなかに時代背景をくっきりと描いた楽器の登場だった。

 演奏者の名前もしっかりと伺わずにでかけたが、あとで検索して驚いた。リュートの世界の第一人者、佐藤豊彦さんだった。
 オランダ・ハーグ王立音楽院の教授もされていて、リュートは「余韻の美学、無の美学」に通じると発言されている。「無には無限の価値がある」そんなコンサート・タイトルもつけていられる辺り、茶掛けの円相にも似た哲学をもっていられる。

 「リュート奏者は楽器に向かう時間の半分をチューニングに使い、残った時間で演奏する」と揶揄されているが、今日もずっと調弦に時間を費やしていた。
 素人にはどこまでが調弦で、どこから演奏なのか、うっかりしていると判らなくなるぐらいチューニングにこだわっている。繊細でナーバスな名器なのだろうとおもわれたが、リュートのそもそもは吟遊詩人の唄の伴奏に使われたのが始まりというから、即興性にとんだ民衆楽器だったにちがいない。 歴史の時間のなかで何時の頃からか、名人上手にしか扱えない微妙さを身につけたのだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする