2018年10月31日

南座のお練りと手打ち

thumb-12145-113256-domestic.jpg

 京都四条大橋のたもとから祇園神社までの四条通りをクローズして、華やかに「お練り」がおこなわれた。芝居小屋発祥の南座の耐震工事、内部改修が3年近くかかり、このほどようやく竣工したその披露のためのお練りだ。
 南座は出雲の阿国が鴨川河原の掛小屋ではじめて歌舞伎踊りを披露した地として歌舞伎の聖地になっている。その劇場のご披露とあって、歌舞伎役者69名が勢ぞろいした。先導は地元祇園を始め、宮川町、先斗町の舞妓20人、紋付袴の正装で名題の役者衆が揃い踏みの歩きお練り、いつものお練りなら銘々人力車にのっての手振りだが、この日役者が多すぎて人力車がまにあわない。そこで時蔵も雀右衛門も海老蔵もみんな仲良く歩くオネリとなった。沿道には15000人のファンが集まり、スマホをかざし黄色い声をあげた。

 お練りというのは、南座ばかりではない。2013年に新しい歌舞伎座ができたときは、銀座中央通りで「GINZA花道」というお練りが行われた。江戸消防の纏振りと木遣りを先達に60名の役者がそろった。この時、銀座八丁に3万2000人が集まって紙吹雪をまいた。

 大阪みなみの松竹座では、「船乗り込み」という川と運河をめぐってのお練りが度々行われる。先年亡くなった勘三郎はこの船乗り込みが大好きだった。文楽では人形のお練りがあるし、四国こんぴら歌舞伎では1000本幟のなかを役者をのせた人力車がいくお練りが毎年おこなわれてる。東京では襲名披露の折、浅草浅草寺の境内で「お練り」が行われる事が多い。これは一帯を縄張りとする新門辰五郎とめ組の一家がとりしきって浅草寺境内で挙行する大入満員祈願のお練りなのだ。

 本来「お練り」というのは、興行の勧進元が出演する役者を連ねて町内に挨拶回りと広報の役割を果たす行事だったのだが、いまでは景気付けのための催事になってしまった。

 昔ながらの役者の芝居小屋への乗り込みを、形として残しているのが祇園甲部の花街である。「手打ち」とよばれている。
あたまに手拭を留め、黒紋付に小さな拍子木を打ちながら芸妓衆が列をなし、後ろにご贔屓の役者が連なって芝居小屋まで乗り込む。
 〽チャンチキチキ、チャンチキチ、チャンチキチキ、チャンチキチ……
 その昔はあちこちの花街、お茶屋さんやら、料理やさんからご贔屓の役者を先導しての手打ちの行列が、都大路を賑わしたと伝えられている。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする