2018年12月31日

ゴーンの日産私物化は、マクロンの陰謀だ

ゴーンの日産私物化は、マクロンの陰謀だ

 ITで成功した青年実業家が、そこらの三文女優を転がして自家用小型ジェットでハワイにいくとか、香港でお買い物というのが、大方の日本人のサクセス・ストーリーだった。ところが日産のカルロス・ゴーン逮捕以来、独裁的経営者のライフ・スタイルといのは、かくも凄まじい強欲にまみれたものだということが、次々と白日に曝されている。

 前妻との離婚費用をニッサンにもたせた。新しい妻とのニューヨーク・アッパーイーストの超豪華アパートの費用もニッサンに付け替えて居る。別れた女房の文春取材にたいし、守秘義務違反だと16億円余りの請求をした。プライベート・ジェットのお世話係はたまたま乗り合わせて気に入ったエールフランスのCAだ。気にいった女性は次々と引き抜いてニッサン社員にする。そのうちのひとりは専務にまでのぼりつめている。パリ、ベールート、リオ、ニューヨーク、東京と世界中にある我が家の経費は皆ニッサン持ちである。80億に上る報酬の過小申告は入り口で、新生銀行で運用していた取引がリーマンショックで18億の欠損を出し、その損失をニッサンに付け替えた特別背任の噂がある。等々数えきれないほどの強欲ぶりが暴露されつつある。

 この事件はニッサン内部のスキャンダルから、安倍官邸とゴーンの闘いだ、いやルノーとニッサンの争いと、いろいろの観測が飛び交っている。がどうやらバックにはフランスのマクロン大統領がいて、なんとしてもニッサンの技術をフランス化したいという国家的陰謀が絡んでいるという説に真実がありそうだ。
 そもそもルノーという会社はフランス政府が実験をにぎっている国策自動車メーカーだということを見過ごしてはならない。ゴーンとマクロンの間にはなんとしてもニッサンをルノーに合併する、という密約があると伝えられている。そのためマクロンはゴーンのルノー総裁の地位を保証し、ゴーンは対ニッサン合併政策に乗り出した矢先の出来事が今回の地検特捜部による逮捕劇だったというのだ。

 マクロンはすでに、2040年をもってフランス国内ではガソリン車を売ってはならない、と宣言している。少しでも早くガソリン需要を減らすためガソリン税を上げようとしたので、今回のフランス全土に及ぶデモが起こった。他方国内の電気自動車の技術が遅々として進まない。ニッサンをフランスの国内事業化するのがもっとも手っ取り早い。ガソリン車販売禁止をうちだしても自国に駒がなければ、外国の草刈り場になるだけ、というあせりがマクロン大統領にあったとする説がある。この話は非常にリアリティがあり、資本とマクロンの陰謀にはまったのがゴーンだという顛末なのだ。ニホンとフランスの次世代技術の奪い合いに、はからずもゴーンという強欲経営者がからんだという構図が見えてくる。
 革命に繋がらんばかりのフランスのデモは、実はニツサンのお家騒動につながっているのだ。
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2018年12月30日

メガトレンド・居酒屋のいま

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 フレンチから居酒屋へ! いまどきの女子大生は居酒屋が大好きだ。
 中途半端なファミレスより、簡単明快にしてコスパに優れた居酒屋に集まる。ひところサラリーマンのうさの捨て所だった居酒屋のイメージは全く無い。
 「串カツ田中」は三軒茶屋に一号店を出して以来、破竹の勢いで成長し全国210店舗にまで拡大、東証マザースに上場するまでになった。串カツは40種類ほどもあるが、どれも100円から200円止まり、ハイボールに串カツ三本で1000円以下ですむ。サラリーマンにとっても学生にとっても働くキャリア女性にとってもこんなに有難い価格設定はない。経営方針は客単価を上げるのではなく客数と回転率を上げることに集中している。

 この「串カツ田中」の成功は、居酒屋業界の常識を根本からくつがえした。
 いままでの和民、白木屋、養老の滝、など総合居酒屋チェーンの客単価3000円の壁をあっさりと破った。先頭にたったのが全品280円均一の「鳥貴族」、さらに和民の生ビール190円と若どりのモモ一本焼きをウリにした「三代目鶏メロ」、同じ若どりのグローブ唐揚げを看板にした「ミライザカ」、和民の看板を次々に降ろして衣替えをしている。「磯丸水産」も「鳥良商店」に衣替えしコストダウンに本腰をいれている。メニューを絞ることで仕入れコストをさげ、味の専門的向上をはかって評判をあげる。業界では一品突破がスローガンとなり、ふたたび活性化の時代に入ったと謳歌している。

 京の着倒れ、大坂の食い倒れ、江戸の飲み倒れ と言われたが、東京には徳川さまのころから居酒屋文化があった。
 文化八年1811年の江戸町方調べでは、100万都市の江戸に1808件の居酒屋があった。単純に割れば553人に一軒の飲み屋。平成18年の調査では東京に23.206軒の酒場、ビアホール、焼鳥や、おでん屋などがある。1266万人口で割れば、546人に一軒の割合で飲み屋がある。江戸と平成の今、まったく同じ比率で営業する飲み屋、居酒屋の存在に驚く。
 はじめ酒屋の立ち飲みにはじまった居酒屋が、酒の肴への要求から煮売酒屋になり、煮売居酒屋にかわって発展をとげた江戸の居酒屋に想いは飛ぶ。
 ……居酒屋は立って居るのが馳走なり… 江戸の川柳に平成の「俺の居酒や」が重なる。
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2018年12月27日

日本人に鯨を喰わせるな

日本人に鯨を喰わせるな

 IWC(国際捕鯨委員会)から日本は脱退することになった。
 この決定に対し、地上波のニュースではほとんどが脱退するのは行き過ぎだとか、脱退反対とか、反捕鯨国のようなことを言っている。国際とか国連とか名の付く組織にはとにかく入っていることがいい、それで世界に貢献している、錯覚と無知文盲この上ない発言だ。

 日本人と鯨の結びつきは長い。古事記には鯨肉を神武天皇に献上したという記述があるし、信長が禁裏に鯨肉を献上したという記録も残っている。室町後期の九条流包丁書には、最高位の食材は鯨、第二位は鯉とかかれている。
 歳時記のうえでも12月13日のすす払いのあとには「鯨汁」、暑気払いには鯨貝焼き、すなはち鯨のしょっつるをいただき、ハレの日の料理は鯨ときまっていた。
 第二次世界大戦に敗北し、食糧難に陥った子供たちを救ったのは、鯨の竜田揚げ、鯨カツ、鯨カレー、鯨味噌カツバーガー等の鯨食文化だった。
 和歌山の太地、宮城の女川なと゜では、時折浅瀬や岩場に座礁する鯨を「寄り鯨」と呼び、海神さまからの贈り物として珍重した。漂着神として信仰している恵比寿様こそ鯨そのものと考えて信仰している地方もある。鯨漁業を中心とする港のそばの寺には必ずといっていいほど鯨墓があり、鯨に戒名までつけて供養している、それが日本人の鯨なのだ。

 戦後できたIWCも当初は鯨資源の保護と持続性を論じる場として出発した。
 ところが、日本人に鯨を食べさせたくないいくつかの国の陰謀により、IWCはどんどん変質していった。海をもたない内陸国家がふえ、内実は畜産輸出国のロビー化してしまっているのだ。アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドと日本に牛肉を喰わせたい国が鯨と関係ない内陸国をひきいれ、巧みに世論形成を計って、鯨食の日本を追い詰めた。おおげさにいえば魚食国家と獣食国家のせめぎ合いの場とかしている。 数におとる水産国家は次々と押しやられ、海のもの捕獲禁止の世論に誘導されている。人口の少ないノールウェイやアイスランドは見逃し、獣食マーケットとして人口の多い日本は絶対にみとめないという政治経済の思惑が支配するIWCなのだ。
 反対することで、何処からか資金をえているシーシェファードなどの動きをみているとよく判る。牛肉輸出国のいいようにさせないという、断固たる姿勢をみせることは必要最低限の発言なのだ。さあいよいよ次はマグロの捕獲禁止が攻めてくる。

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2018年12月25日

にほんの原風景・注連縄

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師走の声を聞くと、スーパーの入り口には「注連縄」の数々が並べられる。
 大根締め、輪飾り、ごぼう締め、ぐらいしか種類がなかったのに、去年あたりのスーパーにはさらにいろいろの注連縄が並べられて注連縄つくりの業者さんも大変だなぁと内心ひそかに同情している。

 注連縄のそもそもは、天照大御神の岩戸開きの折、二度と岩戸に戻れないようにと、大玉命が岩戸の入口を注連縄でふさいだと、伝えられているが、原始稲作信仰から注連縄に稲のわらが用いられ、それが今日の注連縄へと続いている。
 家の門、玄関先、あちこちの出入り口、さらに自転車や自動車、田圃、ため池、大きな岩、巨木、御旅所などありとあらゆる所に注連縄があるのが、にほんの原風景だ。

 花街に多いのは「笑門」と書かれた札がわら飾りに添えられた注連縄、これが玄関のうえに飾ざられてある。笑うかどには福来るという江戸期からの俗信をそのまま注連縄という結界に託して担いだ縁起ものになっている。
 お犬さまの首に注連縄をして伊勢参宮をすることが流行った年がある。犬公方へのおもねりからその年のお蔭参りに、皆注連縄をした犬を連れて伊勢神宮をめざした。その犬はお蔭犬と噂され、村中の人々が拝んだという話だ。

 信州では諏訪の上社、下社の巨大な注連縄作りがニュースになるが、大きさからいえば出雲大社の注連縄にとてもかなわない。大きいほど厄を払い、禍を除くという俗信の具体化でもある。
 成田山新勝寺の注連飾りは、稲作信仰そのもののような収穫後の稲束を真ん中にかざられている。檀家の農家に予約しておいた6000束の藁から2500束を選び出して作られた巨大な注連縄である。ああこれが瑞穂の国と言われた日本の結界なのだと納得する。
 神域と現世をわける象徴の稲束なのだから、夜店で買ってきたビニールの偽藁ではかえって禍をまねいてしまうのだ。
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2018年12月23日

大家さんと僕

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 「大家さんと僕」という漫画が評判になっている。作者はお笑いの矢部太郎さんだ。
漫画はほとんど読んだことがないので、知らなかったが、新潮社が毎月届けてくれている芸術新潮の付録としてついてきて初めて知った。
大家さんって誰? ってきいても今時の若者には通用しないだろう。せいぜいAKB48にいるクイズに強い女の子ぐらいの反応だと思う。
 僕らの世代なら一度は大家さんとつきあったことがある。学生時代かもしれないし、社会にでて就職一年生の頃、あのころはまだ秀和レジデンスもなく、入り口の左側に大家さんがすんでいるとか、一階に大家さんがいて、二階の一間に下宿するとか、そんな住宅事情だった。
マンションが無かったのだから、二階建てのアパートは理想的な都会生活への第一歩だった。

 この漫画はむかし風の四コマ漫画の形式で書かれた大家さんと僕の交遊録ともいうべきエッセイ漫画である。長い顔の僕と、頭が大きく背の低い大家さんが実に微笑ましく、大家さんとの親子のような関係、面白いにちょっと切ない、ちょっと悲しいのに面白い、心がほっこりする漫画なのだ。

 大家さんとひとつ屋根の下に暮らす生活が始まりました。いってらっしゃい。一軒家のためか大家さんとの距離感がとても近く洗濯物を干していたら、大家さんがブブブ ブブブ、雨が降り出しましたよ矢部さん、は、はい……とお電話くださったり、 帰宅が朝になった時には、ひいっ、夜露に洗濯物がぬれてましたよ。と早起きの大家さんにお会いしてしまい……二階のドアを開けると、ひいっ、洗濯物が勝手に部屋にはいって畳まれているんです。…

 さしずめストーカーといったところだが、あの頃の大家さんには一点の曇りもなく、店子のことをおもっての差し出がましい親切だった。
 部屋に帰ったらキレイに掃除され洗濯物が取り込まれ、大家さんの旅行のお土産饅頭などがきちんと食卓に鎮座されていたこともあった。大家さんとの出会いは社会生活の第一歩だった。

 矢部太郎さんが第22回の手塚治虫文化賞を受賞して、まもなく大家さんはあの世に旅立たれてしまった。大家さんとの交流から生まれたこの漫画の行く末も心配だが、大家さんの居なくなってしまったアパートは、まもなく更地になり、立派なマンションに変わって、駅前の不動産やさんの車がベンツになって一巻の終りという結末だけは避けたいと思う。

 大家さんと僕が出会う前も僕はしあわせでした。でも大家さんと出会って僕はしあわせになりました。 矢部太郎

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2018年12月18日

テレ朝キャスター一同の貧困

テレ朝キャスター一同の貧困

 ふるさとテレビ朝日の昨夜の番組「キャスター・ジューナリストが選ぶニュースの主役2018」、地上波TVは普段あきれることのみ多かりきであまり見ないのだが、ニュースの主役2018とあってはみなければならない。
 テレビ朝日の現キャスター・解説ジャーナリストの脳みそがよく判ると、期待してチャンネルを回した。

 結果、期待は見事に裏切られ、地上波の惨状だけがのこった。

 女性キャスター陣では、長野智子だけが辛うじてニュースと向かいあって、プーチンを第一にあげていた。
 高島彩にいたっては、さくらももこに羽生結弦、同時代に生まれて感謝と発言、こんな女にニュースをやらせていてはテレビ朝日は滅亡する。なんでもかんでもニコニコと笑顔をふりまくブジ・テレビ特製のテレビ芸者そのものだ。
 局アナ陣にもろくなのはいなかった。松尾由美子は紀平梨花、吉田輝星をあげていたし、竹内由恵は大迫勇也だ。竹内はテンションだけが高く空回りしている自分がみえない。
 黒柳徹子の大坂なおみ、大谷翔平も所詮ニュースをスポーツと勘違いしている芸人くずれと認識した。東山紀之のカーリング女子代表、伊調馨、Nステ森川の貴乃花親方とは、正気でいっているのかとわが耳を疑った。ここには世界の情勢も日本の政治もまったく存在せず、芸能・スポーツしかない。

 キャスター達は、いずれもマッカーサーの植民地政策、スポーツ、セックス、スクリーンが結実した視野の狭い三流原住民に成り下がっていた。地上波を知識層が見なくなっている原因は、これらのキャスター陣の貧困にあることが証明されたような番組だった。

 雇われている男性キャスターは少しはましだった。池上彰は習近平、カルロス・ゴーン、金正恩をあげていたし、後藤はドナルド・トランプといっていた。
 それにしても誰も安倍首相をとりあげない不思議な番組だった。あれだけ一生懸命足をひっぱっていたのに、ニュースとは認識していなかったのだ。
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2018年12月17日

「歌舞伎」の商標登録を考える

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 「歌舞伎」の著作権登録が際限なくひろがっている。
 02年には、かつお節、寒天、焼き海苔、肉、乳製品、カレーなど食品全般、16年には寝具、家具、化粧品、ガラス製品、調理器具など台所用品、など更に16年6月には、映画、演芸、演劇、音楽の演奏、興行の企画、運営、演劇の演出または上演についての商標出願、18年3月には爪切り、剃刀、スプーン、フォークなど日用品についての商標出願。等々……目につくかぎりの商標出願を松竹はしている。

 歌舞伎という言葉のそもそもは、歌舞伎者といった江戸期の遊び人への呼称からきていることは周知の事柄だが、転じて興行の呼称となり、大歌舞伎、小歌舞伎、旦那歌舞伎、農民歌舞伎、女歌舞伎等々、日本中にひろがったものだ。長野あたりでも、大鹿歌舞伎、中尾歌舞伎、下条歌舞伎、祢津東町歌舞伎とある。
 こうした全国にちらばってある素人歌舞伎までいちいち商標権を振りまわして著作権料を徴収するとなると、ついこの間まであったヤクザの地回りと何ら変わることはない。

 お国はこうした現実をふまえて登録申請を審査してほしい。不用意に登録を受付けるということは、庶民の文化を弾圧することになる。伝統芸能として昔からつづいているものや、民俗芸能については除外例として認証すべきだ。

 これはあきらかに差止めたほうがいいという例もある。
 ジャニーズの滝沢歌舞伎などというのは、非常識の極みだし、ままアングラ演劇にも破廉恥な歌舞伎を詐称した公演がある。プロレスのグレート・カブキもいらない。歌舞伎揚げに歌舞伎せんべいはどうなのという声もあるが、こうした商業活動での歌舞伎使用はケース・バイ・ケースだろう。松竹の登録以前から存在し、市民権をえているものについて権利を主張するのは許されない行為である。
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2018年12月16日

「泥棒の日」を祝う

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 12月12日は「泥棒の日」である。
 ハローウィンとか、クリスマスとか西洋渡りの不思議な祝日ではなく、れっきとした歴史的記念日である。この日京都鴨川三条河原のあたりは、異常に盛り上がり町衆が袖すり合ってむらがっていた。河原に用意された大きな釜には、石川五右衛門とその子供がいれられ、刑場役人によって次々と薪が投じられていた。
 釜にたぎったのは熱湯であったという説と、いや油で揚げられたというふたつの説がある。子供は最後まで頭のうえにかかげたというのと、いや不憫なので先に釜のなかに投じたというこれまた二説ある。いずれにしても天下に名高い大盗賊石川五右衛門とその一族20人は、12月12日に三条河原で釜茹での刑にあった。

 歴史上最大の泥棒最後の日を事日として信仰しているのが「泥棒の日」信仰である。
 京都、奈良、大坂、和歌山辺りの旧家や花街にこの信仰はのこっている。この日、白い和紙に「十二月十二日」と書き逆さにして、玄関や勝手口に貼る。さすれば泥棒ははっと気ずいて引き返すというなんとも素朴な民間信仰なのだ。泥棒にもご先祖様の大泥棒にたいする敬愛心が存在するというユニークな「泥棒の日」である。
 祇園の旧家では、この日訪れた職方さんにゆで小豆をふるまい、泥棒さんでなかったことを祝福する。 

 史実のなかの五右衛門は盗賊、追剥、悪逆非道の大泥棒とされているが、庶民伝承では義賊であったり、栄華をきわめた豊臣秀吉の暗殺を企てた泥棒として隠れた人気者という側面もあり、12月12日の「泥棒の日」はそれなりに納得できる。
 「十二月十二日」とみずからの手で私家版のお札を書く、なんと楽しい習俗ではなかろうか。我が家の書道甲子園、年に一度のお札書きで、すこしは書道の腕が上がるかもしれない。

 石川や 浜の真砂は尽きるとも 世に盗っ人の種は尽くまじ…
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2018年12月13日

「次の質問どうぞ」

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 「次の質問どうぞ」…「次の質問どうぞ」…「次の質問どうぞ」…「次の質問どうぞ」
 河野外相は去る11日の外務省記者会見で、記者たちの質問を無視し「次の質問どうぞ」を4度繰り返した。記者たちの質問はいずれもロシアとの北方領土交渉にかかわることで、日本としての領土返還への目標をただしたものだった。

 河野外務大臣はかねがね外務省記者クラブ(霞クラブ)に所属する記者たちに不満をいだいていた。
 記者たちのほとんどが本社に帰れば政治部所属のため、その時々の世俗な話題にばかりに関心をもつ。ときに北朝鮮が話題になれば、質問は北朝鮮ばかり。総裁選が近ずけば立候補するのか、しないのか、そんな質問ばかりで外交に関する質問が常識以下だと嘆いていた。

 外交交渉はほとんどが英語である。それ故記者会見の冒頭はいつも英語で始まる。彼は英語もわからないで外務省担当とはよくいえたものだという思いがある。英語の判らない奴はただちにここから出て行って欲しい、という意思表明にほかならない。ほかの省庁なら日本語が正しいのだが、外務省は英語でなければならないという確信犯が河野外相なのだ。

 プーチンという世界でも名うての曲者を相手にしての外交交渉であれば、こちらの手の内は見せられない。手の内を見せたら、即座に駆け引きの敗者になる。そのくらいの事は、外交担当の皆さんなら常識でしょう。そこを踏まえて質問して下さい、というのが河野外務大臣のいいたいことなのだ。

 この事件に対し、野党は国民無視だと怒っていたが、これでは外交ができなくて当たり前。立憲民主の辻元某は、相も変わらず「国民への情報公開ができていない」とわめいていたが、なんでもかんでも情報公開すればいいというものではない。秘密にすることこそが、交渉事の第一で、手の内をみせずに国家国民に利するよう話をまとめなければ、政治ではない。

 報道ステーションの後藤謙次も、ニュース23の星浩も、同じように情報公開、秘密主義とわめいていたが、ああこの人たちはみな外交音痴のダメ解説者なのだと納得した。

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2018年12月12日

「高輪ゲートウェイ」に呆れる

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 あの頃は週刊ヒットチャートが注目されていた。ある日ふと気がついたらベストテンの歌手名があらかた英語の名前になっていた。
 いつから日本は英語の国になったのかと憮然たる気分になった。あの頃からレコードは少しずつ売れなくなり、ついに今日の不況産業に仲間入りしてしまった。

 日本電波塔株式会社がつくったのが東京タワー、英語ばやりのご時世では仕方がないとあきらめた。さらに立派な塔を作ると鳴り物入りで完成したのが、トウキョウ・スカイツリー。由緒ある業平橋は消え、駅はスカイツリー駅にと変身してしまった。

 千葉にあるのにトウキョウ・ディズニーランド、大坂はユニバーサル・スタジオ、サンリオ・ピューロランド、次々とカタカナ文字が市民権を獲得、難解だが世界でもっとも美しい言葉といわれている日本語はどんどん隅に追いやられていった。

 故郷で不遇をかこった日本語は海外に活路を求めた。スシ、テンプラ、サケ、カミサマ等々……先進国のインテリ層は日本語と日本字の美しさにひかれ、墨で書かれた日本字をみな欲しがっている。24文字の記号化された言葉には文化がない、使い勝手と便利さだけの味気ない言葉だと認識している。アメリカ人は墨文字の書かれたTシャツを着、ヨーロッパでは円相のある暖簾が喜ばれている。

 そんな日本語ルネッサンスの流れのなかで、この程発表されたのが「高輪ゲートウェイ」、なんのこっちゃ、2020東京オリンピックめざして建設された山手線新駅の名前が「高輪ゲートウェイ」とは。シンプルな「高輪」がベストだが、どうしても何か付けたければ「新高輪」でも、「高輪口」でも、「高輪門」でもあったろうに、芝との折り合いがと言い訳するなら昔からの「大木戸」でもよかった。
 多分JRのお偉いさんのなかに、横文字の回し者がいたにちがいない。美しい日本語の魅力をしらない東大出の官僚のようなオバカがいたのだろう。かって国電をE電となずけ、誰も使わなかったために消滅してしまった命名のごとく、皆で「高輪」しか使かわなければ、いつか「ゲートウェイ」は消えるのだ。
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2018年12月11日

貴乃花の「ひとり相撲」

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 政界、芸能界、スポーツ界、そこには凡人には予想もつかない不思議なことが起こる。
 平成最後の師走を迎え、あっけにとられたのは相撲界の出来事だった。
 子供のころから「ひとり相撲」をとるなと親からいわれてきたが、まさかその相撲界で本物の「ひとり相撲」がみられるとは思わなかった。

 貴乃花とその弟子たちを巡る出来事は、まさに親方のひとり相撲、そのものだった。
 日馬富士による貴ノ岩に対する鉄拳制裁が勃発した時、貴乃花は相撲協会内部の組織に報告することなく、いきなり外部の警察に訴え、協会の会議ではだんまりをきめこんだ。
 マスコミは一斉に貴乃花の肩をもち、協会改革のノロシであるかのごとくに協会を非難した。貴乃花はさらに内閣府にまで訴えを起こし、被害者としての立場を増幅した。
 日馬富士を引退にまで追い込んだところまでは意とした通りにことは運んだが、肝心の足元に火がついた。弟子の貴公俊による暴行事件だった。親方は振り上げた拳が自分の頭におちてきた。
 結局部屋の看板を下ろし、弟子たちは千賀ノ浦部屋へ引き取って貰い、貴乃花は親方を返上し、引退する破目にいたった。同時に女房との離婚というオマケまで付いてきた。
 追いかけるように被害者の筈の貴ノ岩による暴行事件が勃発、彼は日馬富士に対する訴訟を取り下げ、結局貴ノ岩も引退することになった。
被害者として同情をあつめていた貴ノ岩は加害者となり、この一年に及ぶ相撲騒動は何だったのかと、相撲ファンをガッカリさせた。

 貴乃花とマスコミによる劇場型騒動は、日馬富士、貴ノ岩、という逸材を失い、貴乃花自身をも相撲界から抹殺してしまった。

 原因の第一は相撲界の内部で起きた事件をわざわざ警察に持ち込んで、自助努力をおこたった貴乃花のポピュリズム志向がある。
 第二には自分の部屋の教育だけが正しいと信じた貴乃花の自己過信である。協会における権力だけに眼を向けて活動してきた貴乃花自身の愚かさが引き起こした「ひとり相撲」、それがブーメランのようなこの事件の本質なのだ。

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2018年12月10日

SKD最後のスター・春日宏美

SKD最後のスター・春日宏美

 かって浅草には東洋一の国際劇場があった。
 その国際劇場を本拠地として活動していたのが、松竹少女歌劇団(通称SKD)だった。SKDは松竹音楽舞踊学校の卒業生を軸として編成され、水の江瀧子を始め草笛光子、倍賞千恵子、榊ひろみ等次々とスターを輩出した。そして最後のスターが、男役春日宏美と娘役久美晶子だった。

 SKDは3600人収容という巨大な劇場にふりまわされ、グランド・レビューという様式にいかざるをえずスペクタクルのなかに踊り手は埋没していった。それに女性だけの歌劇団という特殊性も時代の波にのまれていったが、1996年の歌劇団解散以後も舞台を愛した生徒と、ファンの人達の交流からいくつかのグループが、松竹の灯を消したくないと活動をつづけている。STASもその一つだが、春日宏美もまた朗読やら唄、踊りと活動している。

 日曜日に浅草の大黒屋倶楽部で、「語り・ソング&ダンス春日宏美」の会があった。語りも唄もダンスにも、美味い下手の水平線を超えたスターの光芒があった。輝ける国際の舞台からしか生み出すことのできなかったスターのDNAを見た。70才を超えてスリムな体系を維持し、キモノスガタも、イブニングも、メンズ・スーツも着こなして凛と演じる姿に感心した。男役という世俗的には歪んだ個性に恥じることなく悪びれずにどうどうと演じている彼女を眼のまえにし、彼女を批評することは彼女の人生に失礼なことだと自問自答した。
 100人内外の大黒屋倶楽部にはなんの照明もないが、照明の必要を感じさせない春日宏美の存在があった。彼女の不器用で正直な生きざまそのものが、ステージに溢れて魅力になっていた。

 この大黒屋倶楽部のオーナーである女将が、幕間にヴァイオリンをひいたが、これまた魅力あふれる演奏だった。上野浅草管弦楽団のコンサートマスターであり、天ぷら大黒屋の女将であり、このアンチームなホールのオーナーは、ここを根城に50回に及ぶ室内楽シリーズを主宰している。下町の女将さんには実に魅力的な人々がいる。
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2018年12月08日

蝶の擬態・ひとの擬態

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 何十年ぶりに蝶々の見本をみた。小学校の頃は夏休みの宿題は、必ずと言っていいほど蝶々の標本ずくりだった。
 なかには生き物が苦手の友達もいて、彼らは鉱石の見本をつくってきた。善福寺川や石神井川でいろいろな石が採集できた。武蔵野を走り回ればいくつでも蝶の標本はつくれた。ついでに蝉やカブト虫もとって、そっちの採集に夢中な友達に分けた思い出もある。

 蝶の見本をみて興味をそそったのは「擬態」だった。擬態はその名の通り、有様を似せることだが、昆虫の擬態は不思議のひとことに尽きる。擬態にはいろいろの擬態があるらしい。
 隠蔽擬態は、まわりの地面や葉っぱに似せて隠れるという擬態でバッタなどにままみられる。攻撃擬態はカマキリなどに見られ、まわりに同化して攻撃のチャンスを伺う。繁殖擬態はハンマー・オーキッドや蜂の雌に見せて雄を誘惑する。自然界はじつに不思議に充ちていて、ミミズクそっくりの蝶の擬態には、目的はなにとおもわずつぶやいてしまった。

 蝶の紋様や擬態を見ていると、神のイタズラのようにも思ったが、神様は蝶やカメレオンには外見のイタズラを施し、人間には言葉や態度にイタズラをほどこしたのではないか、と思えてきた。
 左翼社会主義者たちが、リベラルと自称するのはとても変だし、審議時間が足りない足りないと発言して、なにも提案しないのは、まさに言葉の擬態にほかならないし、引伸ばしてサボタージュしている時間になぜこのひとたちは主張を提案しないのか、神様は人間にやっかいな擬態を与えてくれたものだと、溜息がでる。

 おじさんがジーンズを着て若者ぶるのは、カジュアルへの擬態かもしれないし、大胆なツン・ブラは、男を捕食する罠にちがいない。胸のあいたイブニングは、夜の蝶への擬態そのものだ。
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2018年12月04日

炎のシャンゼリゼーはいずこへ

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 凱旋門からコンコルドの広場まで、両側の道に植えられたマロニエとプラタナスの木が真っ赤に燃えた今年のシャンゼリゼー大通り、クリスマス・イルミネーションは評判が評判をよんで陽気で華やかな大通りになる筈だった。
 シャンゼリゼーの植栽がすべて真っ赤な色彩に包まれるというのは今まで無かった。フランス人の大好きな赤一色のイルミネーションはLED電球の登場で初めて実現した。それ故、点灯式にはデザイナーのカールラガァーフェルトが登場して、シャンゼリゼーを祝福した。、

 そのシャンゼリゼー大通りは閉鎖され、近かずくことも出来ない物騒な街にかわってしまった。
 街を支配しているのは、「黄色いベスト」に身をつつんだ燃料税値上げ反対のデモの群れ、毎日治安部隊と衝突し、放水と衝突を繰り返し、商店のガラスは割られ、ディスプレーは壊され、工事用の柵はバリケード代わりとなり、内戦のような有様になってしまった。大統領はいま戒厳令を準備していると伝えられている。

 シャンゼリゼーとジョルジュ・サンク通りの角にあるフーケッツのテラスでの待ち合わせも、ラドリーの二階のお洒落な食事もみんな不可能になってしまった。
 欲しいものはみなシャンゼリゼーにあると謳われた夜も昼も、シャンゼリゼーは答えてくれなくなってしまった。

 いままで日常的なデモは、オペラ通りとかバスティーユ通りが多く、凱旋門に集まれというのはあまりきかなかったが、いまデモの指令はSNSを通じて当日出されるので、黄色いベストもかなり大変と聞いた。今日はシャンゼリゼーは国賓を迎えるからとか、革命記念日のバスティーユは避けようとか、従来あったコントロールが効かなくなり、観光客がいようが、いまいが、全く無視してデモを展開する。

 庶民の生活に直結する「燃料税」値上げは国民の怒りを買い、大統領の胸元に匕首を突き付けている。もとは燃料だけにそう簡単には鎮火することはないだろう。
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2018年12月03日

喜劇「退職代行サービス」

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 「退職代行サービス」と聞いて、なんのことか意味がわからなかった。
 落ち着いて内容を聞いて合点がいったのだが、日本人はいつの間にそんなにだらしのない人間になったのか、聞けば聞くほど情けない思いにとらわれた。
 「辞めます」「辞めさせてください」が言えない。自分の意思を自分の口からいえない。優しいママは、うちの子はやさしいからとか、本当にナイーブなの、とかおっしゃるが、そんなのはただ単純に気が弱くて、頭が悪いとしかいいようがない。
 コミュニケーション能力というほど上等なものではなく、基本的な生活能力の欠落以外のなにものでもない。心優しい社会をめざしたここ20年ぐらいの負の結末と断言できる。

 この退職代行サービスの利用者は、20代前半の男性が70パーセントを占め、女性は30パーセントに過ぎないという。
 ダメ男が急速にふえていることがわかる。過保護のゆとり世代が男の野性をうしない社会に適応できなくなっているのだろう。適応できないといえば、新皇后になられる雅子妃と共通点がある。新しい環境に飛び込んでいく覚悟がない。パワーもない。誰かの陰に隠れてジッとしていることしかできない。カメラの前に立つだけで気分が悪くなり、病に伏せる。めんどうくさくいえば適応障害だが、半年、一年を超えて10年にも及ぶというところが、完全に人間力を喪失している。

 庶民なら退職代行サービスに駆け込んで、5万円払いこめば処理してくれるが、天皇家ではそうもいかない。
 金もないのに海外留学をしたがったり、足が短くてもミスター湘南ボーイになりたがったり、借りた金を返さなかったり、普通の庶民感覚から見れば、とんでもなく変な奴なのに、それが判らない国民が圧倒的にふえてしまったのだ。

 「退職代行サービス」はここ二、三年で10倍の規模に増えたと社長さんは豪語していたが、退職代行の社員が辞めたいときは、何処へ駆け込んだらいいのと、お笑いが茶化していた。

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2018年12月02日

来訪神を心配する

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 にほんの民俗芸能「来訪神」がこのほどユネスコに登録された。
 目出度い!嬉しい!で新聞は騒いでいるが、よく読むと現地では後継者不足でなやんでいると、百姓、漁民、匠の悩みとまったく同じ書き方、頭の悪さにあきれる。
 戦後こうした芸能の最大の危機があった。政府が「無形文化財指定」という権威をあたえた時だ。旗印をえた芸能は本質を失って一様に形式化の道をたどった。指定を受けなかった芸能はいっきに消滅の道をたどった。

 今回のユネスコ登録でも恐らく多くの習俗は信仰からイベントへの道をたどることになる。JTBもHISもキンツリも、これこそ絶好の商売のネタとばかりにユネスコ来訪神ツアーを売り出すことだろう。原始信仰が商業主義に荒らされる。
 風景とグルメしかなかった旅行の題目として、来訪神はなかなかの素材なのだ。

 全国にとっちらかっているユルキャラと同じような扱いで、飯島のトシドン、能登のアマメハギ、悪石島のボゼ、宮古島のバーントン、貝島のカセドリがチラシに掲載され、仮装もできます、仮面の体験もできます、とただの観光ツアーに成り下がった来訪神の末路が眼に浮かぶ。

 来年からはユネスコ登録無形文化財のノボリを従えて、観光客の都合のいい時間に上演されるようになるかもしれない。
 民俗芸能についての教育が欠落しているなかで育った子供、青年たちにとって、来訪神はただのコスプレにうつってしまうのが残念なこと。なぜ辺境の地にこうした来訪神の習俗があるのか、なぜ季節の変わり目や年の瀬に来訪神はあらわれるのか、信仰の原始的形態についてすこしでも学んでほしい。

 来訪神の観光化だけはぜったいに避けねばならない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする