2019年01月17日

13代目團十郎襲名を祝う

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 ようやく海老蔵が13代市川團十郎を襲名することになった。
 松竹の規定路線で襲名そのものはそんなに珍しいことではない。先代団十郎が亡くなって早6年、団十郎の名跡がみられないことに江戸っ子は寂しい。あちこちに三枡の紋があり、夜店の店先に鎌輪ヌの役者紋がぶらさがつて、江戸っ子のシンボルはきょうも元気と晴れがましいことが嬉しい。

 江戸歌舞伎に宗家の團十郎がいなくては、なんとも座りが悪い。音羽屋の菊五郎さんはがんばっているが、段々出番も少なくなって序幕と大詰でちらりとニラミをきかせる程度になり、もはや恒例団菊祭もみられなくなるかと、寂しさ100倍だったが、ここへきて少し希望もでてきた。菊之助の菊五郎襲名と海老蔵の團十郎襲名が揃えば、江戸歌舞伎復活の狼煙があがる。

 2020年5月歌舞伎座で御披露目ときくが、3か月の内最後の1ケ月は3回興行ときいてがっかり、キャバレーのショーではあるまいし、一日に三回の興行では役者は壊れる。心ある観客にはつらい。世界中どこをさがしても三回興行はない。ニューヨークにも、ロンドンにも、パリにも。新團十郎が身体をこわさないためには、舞台から手を抜くしかない。適当に演じてお客を喜ばせたらそれでよしとする、もっとも悪い興行形態こそが3回興行なのだ。

 そもそも團十郎の名跡にはいろいろの事件がまつわる。
 初代は舞台上で共演者に刺され、44歳の若さで憤死した。三代目は大阪の舞台で病をえ、江戸に戻り20日後に僅か21歳で旅立った。6代目も同じ21歳のとき風邪をこじらせ急死した。8代目は31歳のとき巡業先で謎の自殺をとげた。11代目は襲名後わずか3年半で病死。12代目はご存知白血病を患い、9年の闘病の末、死亡。成田山不動の加護のもとにありながら役者人生をまっとうできない人が圧倒的に多い。

 13代目も役者の肥しといわれる艶模様が多い、というより多すぎる。神妙な顔で麻央が麻央がというたびごとに、何処かで恨みつらみが増幅されている。
 ここ数年のブログ、ツイッターなどSNS活動で、一過性のメディアファンは充分満足させたのだから、團十郎になったら芝居好きの芝居のわかる観客を満足させてほしい。
 やはり江戸歌舞伎には團十郎がいなければと、江戸っ子の心意気に答える礼節のあるスケールの大きな團十郎に会いたい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 16:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする