2019年01月21日

大寒の日の赤いふんどし

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 我が家には「大寒の水」というしきたりがある。
 大寒の日の水を毎年入れ替えなければならない。器は酒の一升瓶のカラになったのが3本。一本は皇室御用の「惣花」の瓶、次の一本は表千家而妙斎御銘の「松の翆」、3本目は献上米ほしの純米酒の瓶である。いつもこの時期は表千家初釜の時にあたるので、相方はほぼ不在、いつのまにか水替えの責任は筆者になってしまった。
 水道のないころ、どこの家でも井戸をつかっていた。あの頃の大寒の水は、酒の仕込み、醤油の仕込み、味噌の仕込みにはなくてはならない水だった。寒い時の水は、雑菌の発生も防ぎ、一年は腐らないという思い込みがあった。いまでは水道の水がすべてとなり、酒・味噌・醤油すべてスーパーで殺菌パッケージされたもので暮らしがなりたっているので、いまさら大寒の水でもあるまいと思うが、そんなことを口にした途端、平和が乱れるので唯々諾々と水換えをしている。

 隣り町の御代田には「寒の水」という行事がある。昔は厄年の男が数十人、裸になり、赤いふんどしひとつで集落のなかを走り回る。女子は数人ずつ肩よせあって怖いもの見たさのごとき表情で、男たちの赤ふん姿をのぞいている。
 辻々に大きな桶があり、桶には大寒の水がなみなみとはいっている。男衆はその水をかぶって、湯気のたつはだかで、集落のなかを走り回る。最後は丘の上にある熊野神社に水をかぶった兎巾を奉納して終わる。無病息災と家内安全をいのり、その年新築した家への祈願をこめた民俗行事である。
 大きな水桶をつくるのも近頃ではなかなか大変のようで、檜の腹には「寄贈宝くじ振興基金」とかかれている。

 24節気では、小寒から立春までの30日間の真ん中が大寒にあたり、大寒の声をきくと春の喜びも近く、ふきのとうの花を思い出す。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする