2019年05月31日

初めてのスリコ

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 不覚にも「スリコ」を知らなかった。
 安売りがテーマでは「100均」止まり。「ドンキホーテ」ができてからは、なんとなく恐ろしく気軽には行けなかった。話題になって1年位たった頃、銀座の果てにあるドンキにいった。わすれてしまったが銀座で個展をした折に、何かが足りず8丁目のさきのドンキに行けばありますよ、と若いものに焚き付けられていった。
 目的のものはあったのだが店全体の色彩感やら、ディスプレイのいかがわしさにはついていけなかった。なんとなく置かれている商品がすべてイカガワシクみえてしまった。

 「いまはスリコよ、3COINS」 といわれても何を言われているか良くわからなかった。
 説明をうけ、なるほど100円玉を三つというところが泣かせる。庶民が衝動買いをするギリギリのラインが300円とは考えたものだ。1000円ではユニクロになってしまう。500円なら昼食代だ。そこで300円が登場する。
 キャッチには「あなたの"ちょっと幸せ"をお手伝いする雑貨店」とある。追討ちをかけるように「ワクワク・ドキドキがたくさん詰まったHappy Store」角を曲がると「何度でも行きたくなる! いつ行っても発見がある!」ここまで煽られたら行かねばなるまい。

 店内にはキッチン・グッズ、バス・アイテム、インテリア小物、靴下、アクセサリーまでいろいろとある。人気商品のベストはランドリー用ネット、コスメ・ケアキッド、温野菜メーカー、首掛けスマホ・ホルダー等々、言われてみればなるほどと言った暮らしのベンリ雑貨類である。

 親会社がファッション衣料専門メーカーだったので、季節の商品をさけ、流行商品をさけて品揃えしたので成功したのだろう。
 300円の衝動買いが、300円のシアワセを創り出して、庶民の暮らしを豊かにしてくれている。
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2019年05月30日

松下政経塾の罪

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 松下政経塾がやたら紙面を賑わしたことがあった。
 政経塾出身というのがブランド化し、出身政治家は志ある政治家のごとくに世間は錯覚し、その政治家に期待した。

 そもそも松下政経塾というのは、ナショナル創業者の松下幸之助が晩年政治に理想を描いて設立した学校だったが、幸之助が描いた政治を志す青年とは、青年の実態がまったく異なる青年だったという点に大きな問題点があった。
 しっかりした歴史教育をうけず、道徳教育も受けていない青年たちは、政治そのものへの理想が低く、簡単に自己保身や名誉欲に走る欠陥人間が多かった。そのうえ松下政経塾における給費制度は、青年を甘やかし、倫理観の低下に拍車をかけた。

 政経塾出身の最新スキャンダルは、丸山穂高議員だ。
 東大をで経済産業省につとめたのち、維新の会から代議士になった。多分本人は自民党にはいりたかったが、選挙区に空きがなかったためやむなく維新の会を選択したのだろう。
 元北方四島島民によるビザ無し訪問団に参加して国後島を訪問、戦争しないと取り戻せないと島民に訴え、即座に維新の会から追い出された。それだけならまだしも「女のいる飲み屋にいきたい」とわめいて品位を落とし、厄介者になった。俺は議員だから、不逮捕特権があると大声でさけんでいたそうだが、ここはロシアだということもわからなかったようだ。

 財務省しか知らずに総理大臣になった野田佳彦、民主党を潰した前原誠司、細川お殿様内閣、女房から見捨てられた菅直人内閣、韓国大好きの鳩山由紀夫内閣と暗黒の20年をささえたのが、多くの松下政経塾出身の政治家たちだった。

 松下幸之助が70億の私財を投じて描いた夢は儚い空想でしかなかった。
 廃塾するか休塾するか、これ以上社会に害を及ぼさないためには松下政経塾の看板を抹殺するしかない。
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2019年05月28日

軽井沢の看板娘

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 看板娘という業態が発生したのは、江戸寛文の頃といわれている。
 いわば庶民文化の仇花ともいうべき存在だが、寺社仏閣のまえや、池之端、浅草、両国などの盛り場に多く、だんごや汁粉などをだし、それに加えて渋茶をだしたよしず張りの仮小屋水茶屋、その茶店に付随して茶汲みをしたサービス娘のなかから、看板娘と呼ばれる人気者が発生した。

 色白で愛嬌がよく、気使いのできる美人が看板娘の条件だった。町衆のなかには、看板娘を目当てに通ってくる客も少なからずいたといわれる。つまりは町の人気者で、なんとか小町とか、遊郭の花魁、に対抗して江戸中の評判になった。浮世絵になり、売り出されるほどのはなやかな存在だった。
 人気のスーパースターは、谷中笠森稲荷の水茶屋にいた「笠森お仙」、そして「つた屋のおよし」、「柳屋のおふじ」、この三人の美人画はいつでも完売御礼、版元は笑いがとまらなかったといわれている。

 東宝の看板娘星由里子、日活は吉永小百合とカレンダーを飾った看板娘の時代ももう遠くへ行ってしまった。AKBでは次々と卒業するし、スタバやタリーズでは、バイトはいても看板娘は必要ない。テレビ局の女子アナでは軽すぎる。
 スタッフに今時の看板娘は? と問うたところ「そうですねー、アパホテルの元谷芙美子、美白大臣の中島香里辺りですかねぇ」今時は醜ければ醜いほどいいのかもしれない。浮世絵にしたくともどうにもならない。せいぜい漫画のパロディが精一杯といったところだ。

 軽井沢にも看板娘?といえる水茶屋ならぬ喫茶店乃至カフェの伯母さん達はいる。いずれも人生経験ゆたかな女性たちで、行場に不自由するわれわれ老人たちの相手になってくれる。
 中軽・テラスSAKUMAの佐久間紀子さん、新軽井沢・来実の隅防鶴枝さん、追分・みかげ茶屋の宮脇真理さん、…若かりし頃の美人の面影をのこしたセンス満載の素敵な軽井沢三美人である。
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2019年05月27日

人情・銀座のポツンと一軒家

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「油断をすると、すぐに騙されます」
「スーパーがないので、もっぱら生協の配達です」
「近所のお出掛けでもお化粧は欠かせません」
銀座煉瓦通りに住む、「ポツンと一軒家」の寺尾和子さんの発言である。

 銀座煉瓦街は明治5年の銀座大火のあとに作られた防火商店街だった。
のちの関東大震災と東京大空襲でいまではその痕跡さえみあたらないが、それでも銀座で見かける「煉瓦通り」や「ガス灯通り」の看板はなぜか嬉しい。
 関東大震災で焼かれ、東京大空襲の焼夷弾をうけ全焼したにもかかわらず、いまだに看板を守っている、その根性こそが江戸っ子なのだ。まわりがほとんどビルにかわり、木造2階建てのポツンと一軒家・昭和の民家になっても寺尾さんのこの町への愛情はきえない。 

 当時の煉瓦通りには、豆腐や、靴や、肉や、観物やなど個人商店が並び、ご近所同志でおかずのとどけものをするような情緒ある町でした。
床屋さんにいけば、誰かに会える。喫茶店にいけばいつもの仲間がたむろしている。が、床屋さんは理髪店になり、バーバーになり、サロンになっていまは無い。喫茶店もいつかカフェになり、おしゃれになったが、いまは無い。
 人と人が自然にあえる場が全部消えてしまいました。

 玄関の鍵など掛けたことはありません。不用心だから鍵をかけなさい、とはだれもいわなかった。出掛けて帰ってくると、玄関にはなにかしら届け物がおかれていました。なかには、三軒向こうのお嬢ちゃんのお祝いの御赤飯などあり、あわててお祝いのお返しを三越さんまで買いに走ったこともありました。
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2019年05月26日

始まっている情報戦争

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 米中貿易戦争について、あまりにも認識不足な日本人が多すぎる。
 テレビでは声高に、日本はアメリカの属国ではないのだから、日米関係と同じ関係を日中関係でも築いて、それぞれと仲良く貿易をすればいい、と訳知りに発言するコメンテーターがいる。
 世界から隔絶し長い間、アメリカの核の傘のもとにいたため、国際政治の熾烈さをすっかり忘れてしまったのかもしれない。
 国会議員ですら、ロシアの占領地にいって俺は国会議員だから不逮捕特権があるとわめいてみたり、女のいる店にいきたいと、駄々をこねたり、なにもわかっていない日本人が多すぎる。

 パナソニック、東芝、米マイクロソフト、英半導体開発大手アームなど、西側大手通信機器メーカーが次々と、中国華為技術・ファーウェイと取引中止にいたった。米国は先端技術の盗用としかいっていないが、このファーウェイというメーカーは中国にとってどのような位置ずけかという点が重要だ。

 正確にいえば、中国共産党人民解放軍直轄の通信機器メーカーなのだ。中国の世界戦略にとって、5G時代に世界を制覇するもっとも重要な武器をつくっている。
 サイバー戦争では、世界の情報を一手に押さえておけば、一瞬にして勝利を手にすることができる。農産物の輸出入どころではない国家の喉元を抑えられる。オバマ大統領がなにもしなかったつけが、今ここに来てトランプ大統領の肩に大きくのしかかっている。
 中国は片手に一帯一路、もう片方で情報支配、このふたつで世界の雄にのし上がろうと必死なのだ。

 ファーウェイのマスホ便利だよ、といっているノーテンキなオネェチャンがいる日本は、中国にとってカモ以外のなにものでない。ファーウェイや、ZTEなどの通信機器にはスパイ素子が埋め込まれているということはもはや世界の常識になっている。
 尖閣諸島に毎日中国の公船がきていても、その意図を考えない日本人はあまりにも無防備だ。憲法さえ守っていれば平和に過ごせるとというのは、中国やロシアの工作だと認識すべきである。
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2019年05月24日

江戸っ子と川柳の深い仲

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 江戸っ子にとって、川柳というのは俳句より、詩歌よりも大切なものだ。
 俳句の風流も詩歌の風雅も上流階級に愛されたもので、火事と喧嘩が大好きな町衆にとっては、言いっ放し、笑いっ放しの川柳こそが、江戸っ子の粋に通じた。

 ことしも第一生命のサラリーマン川柳が発表された。
 公式の入選順位ではなく、ベスト100選からマイ・ベストテンを選んでみた。

第一位 / メルカリで 妻が売るのは 俺のもの  島根のぼん太
第二位 / 手紙書き 漢字忘れて スマホ打ち    忘却の人
第三位 / 新人の 名前が読めぬ 時代来た    真珠2シ
第四位 / ご馳走を インスタ用に 作る妻    なるほど
第五位 / 家にいて 娘と会話 ラインにて
第六位 / 見える化を したのに見えない 小さい字  リオカ
第七位 / いい数字 出るまで測る 血圧計    とん吉
第八位 / よく切れる スマホの電池 うちの妻  みら
第九位 / 切った後 価値が上がった 株と彼    しーちゃんのぱ
第十位 / 母強し いいえ女性は 皆強し      人生

 サラ川には人の世の悲しさが漂っている。それでも笑って過ごす江戸っ子である。
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2019年05月22日

「老い」を商売のタネにするな

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 思い出の昔ヌードに始まり、今風ギャルのおっぱい写真に終わる。
 中味は病気のはなしと、死ぬ前にやっておくことの、お節介な記事ばかり。近頃の男性向け週刊誌の構成である。造っている編集スタッフに恥ずかしさがないというところが、最近の出版社のスバラシイところだ。
 それでもちょっぴり気がさすのか、奈良興福寺の坊さんが説く「特別紙上説法」などというページが取って付けたように存在する。読者に詠ませたいというより、自分自身に読みきかせたいのだろう。

 アンチ・エイジングという言葉がはやっている。確かに若さはすばらしいのですが、人間に限らず生き物はすべて日々歳をとり、老いく存在。
 それ故、アンチ・エイジングなどという呼びかけは自然の摂理に反している。
 「老い」には昔は成熟という意味がこめられていたが、最近では老いを「若さの喪失」ととらえる風潮がある。商業主義の犠牲で、発毛剤の宣伝にやっきになったり、高いカツラをうりまくったり、シワ伸ばしの高級クリームでにっこりしたり、朝から尿漏れパンツのコマーシャルが流れ、うんざりする。寄ってたかって「老い」を商売の対象に仕立てあげている。老いたる人間にこんな失礼なやり方はない。
 坊主の説法を読んでいるそばで、テレビから湯水のごとく「老いの商売」が攻めてくる。

 不老長寿は確かに人間の夢だったけれど、医学の発展で長寿のほうだけが達成され、不老のほうはいっこうに解決されていない。長寿だけが達成され、不老がおいてけばりなので、アルツハイマーやら、高速道路の逆走が話題になるのだろう。
 人間をバランス良く生きさせない現代科学に責任があるのかもしれない。思考を失い記憶を喪失したとき、自然に肉体が消滅するといったリアルなバランスを科学が失っているのだ。

 坊さんも「死を忘れた生は傲慢です」といっている。
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2019年05月20日

牛若丸と娘道成寺

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 久しぶりに気分のいい團菊祭だった。
 菊五郎、吉右衛門を柱に、左團次、歌六、雀右衛門、又五郎、時蔵、團蔵、秀調らが控え、人気の菊之助、海老蔵、松也らによって賑わいをつくっていた。

 平成から令和への御代替わりにふさわしく、菊之助さんの長男七代目尾上丑之助さんの初舞台もあってますますの盛り上がり。
 かって菊之助さんが初舞台のおり、小説家の村上元三さんに「君はなにかなりたいものはあるのかね」と問われ「牛若丸になりたい」と答えたところ、それでは牛若丸になる脚本を書いてあげる、といって書き下ろしてくれたのが、「絵本牛若丸」。更にその芝居を息子の丑之助が初舞台で演じるという親子二代の芸の継承がほほえましかった。

 圧巻は菊之助の「京鹿子娘道成寺」、歌右衛門、梅幸、藤十郎、玉三郎と多くの道成寺をみてきたが、菊之助のこんかいの踊りはマイ・ベストにはいる。
 金の烏帽子をつけた花子、手毬をつきながらの娘らしい初々しさ、振出し笠を手にした花子、花笠おどりの所化たちも軽やかに、手拭にたくした娘心の切なさ、鞨鼓をつけての撥さばき、鈴太鼓の艶やかさから次第に妖しさをおびて鐘のなかに飛び込むまで、清姫の怨霊が乗り移ったかのような凄さがあった。

 松也の御所五郎蔵も、人気の二枚目ぶりがかっこよく次の世代を感じさせてくれた。が一本気の侠客と花魁の愛想尽かしのドラマの綾が難しく、どうしても若さがでてしまう。
 黙阿弥の七五調のセリフは聞かせどころが多く、フォルテの発声になると言葉がとんでききずらいのは、明日の看板としてはなんとしても解決して欲しいところだ。
 のびしろの多い松也に團菊祭のトリを任せたあたり、松竹としてはなかなか味のある興行だった。
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2019年05月18日

光源氏が勅使をつとめた葵祭

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 今頃は京都で「葵祭」がひらかれている。
 葵祭は「賀茂祭」ともいわれ、都ではもつとも古いまつりでもある。祇園まつりが町衆のまつりだったのに対して、葵祭は朝廷と貴族のまつりだった。
 御所と下鴨神社とそして上賀茂神社を結んで行われるこの祭りは京都の歴史と深いかかわりがある。

 まつりの先頭をつとめる勅使には、光源氏がつとめたという故事もある。
 源氏物語には葵祭の斎王列を見物しようと、光源氏の妻葵の上と六条御息所が、都大路で牛車争いを演じた場面が登場し、女性の恐ろしさを始めて歴史から学んだ。
 祭りには宮中の儀、路頭の儀、社頭の儀とあるが、朝廷と賀茂氏との因縁から始まったところから、内裏の御簾、御所車、衣冠、牛馬などすべてに二葉葵の紋が飾られ、王朝風俗をいまに伝えている。
 徳川の家紋・三つ葉葵もこの葵祭の神紋に由来すると言われている。

 筆者も30数年前、いまは世界遺産となった上賀茂神社の御本殿で挙式した。相方が上賀茂神社にこだわる意味があまり良く理解できなかったが、のちに都の一之宮であり、京都人にとっての絶対的守護神と理解した。二つ葵の由緒ある打掛がよほど嬉しかったのだろう。
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2019年05月17日

皇室の崩壊を憂う

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 ようやく御代替りもすみ、さて令和の陛下皇后のなさりように注意の対象がうつったと思ったら、またぞろ女性宮家の創設に名をかりた論が首をもたげてきた。
 安定的な皇位継承のための課題といっているが、なんとも不思議なのは、直ぐに女性天皇か、女系天皇かに議論が矮小化されてしまうことだ。これにはマスコミも責任があると思うが、女性の権利、人権とごちゃまぜにして世論形成にことが運ばれていく。
 日本の天皇が諸外国から一目置かれて敬意をもたれるのは、万世一系男系の皇統により維持されてきたからにほかならない。

 過去民間の男子が入って皇族になることはなかったので、血脈の文化は壊されなかった。勿論歴史をみれば、二三の皇位へ野望を抱いた将軍は見受けられるが、断固としてそれを許さない天皇制が存在した。

 皇統を守るための装置として存在したのが、一つは側室制度、そしてもうひとつは各宮家の存在だった。徳川ですら大奥2千人と紀州、尾張、水戸御三家という安全装置をもっていた。

 皇族内男性が秋篠宮家悠仁様がお一人という現実を前に、女性天皇でいいじゃないかという無責任な議論がもちあがってきた。配偶者への思いが至らない議論だ。
 皇族の本質、役割、身分を忘れ、男女の愛が一番と主張する眞子、佳子姉妹とダメンズの小室圭さんをみても、象徴天皇制への思いがいたらない。人間の権利と天皇制をごちゃまぜにしているメディアが多すぎる。
 日本の天皇制を破壊しようという反権力派と、無知な大衆が結びついての議論だ。

 さきの大戦で日本が敗北をきっした時、マッカーサー司令部が意図したことにまんまとはまっている。日本の精神文化を崩壊に導くという狙いが隠されている。
 キリスト教的道徳観で側室制度を否定し、直宮家を除いた11宮家を臣籍降下させて、自然に天皇制廃絶への伏線をひいたのだ。素直な日本人は単純に政略にのり、今日の皇統危機にたいして丸裸の状態に陥ってしまった。
 皇統維持ということは、非常にデリケートな問題で、あらゆる状況への想像力と環境を整えておかねばいざという時に対応できない。

 臣籍降下させられた11宮家の中から、4宮家程度を皇族に戻せば問題は即座に解決する。すでに数人の男子がいるし、結婚によってまだ増える可能性がある。
 そのうえで皇族の役割についてしっかりと教育し、ヒップホップに踊り狂うような皇族を育てないことだ。
 天皇と皇族の精神性の高きによってのみ国民は万歳を叫ぶのだ。
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2019年05月15日

江戸前天ぷらの「天亭」

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 銀座八丁目の角に不思議なビルがある。
 銀座なのに新橋会館とある。昔は新橋だった。それ故に新橋組合の検番と稽古場が6,7,8、階にある。
 近頃の人は銀座は1丁目から8丁目までとおもっているが、銀ブラを愛した世代には7丁目から先は新橋だった。
 新橋の花街が演舞場のまわりだけになったのはごく最近のことだ。したがって7丁目、8丁目には洒落た着物やさん、地味な和装小物や、ポチ袋、能楽堂や銭湯がひっそりとある。 思わぬところに「東おどり」のポスターがはってあり、足をとめて店をみると三味線が置いてあったりする。お菓子屋でも芸妓衆の手土産にふさわしい小さく細いかりんとう、薄ずくりの煎餅などを並べて商う店がある。

 新橋芸者の通う稽古場の地下二階に、てんぷら「天亭」がある。
「近藤」の天ぷらが食べたければ、一週間前には覚悟しなければ予約がとれない。銀座シックスの「山の上」にしても3日前の覚悟がいる。
「天亭」は、ついでに立ち寄っても白い眼でみられることはない。江戸っ子が新橋で遊んで帰りによつても、粋な天ぷらに出会える。寿司の久兵衛も近くにある。立派なカウンターはチョコレート色で、着物姿の移りがいい。シンプルなインテリアも絵が一枚だけ、これみよがしのメニューのないのがいい。

 小ぶりの海老に始まり、白魚、野菜、椎茸、青豆とすすむが、太香極淡胡麻油の軽さから店の空気にべたつきがない。かき揚げに達するころには粋な江戸前てんぷらとはこういうものかと得心する。すべての種の選択が粋でこれ見よがしのない江戸っ子風で気持ちいい。

 レジの横にさりげなく「きみ勇」「喜美香」など、花名刺が張られていて新橋花街なのだと気ずかせてくれる。 
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2019年05月13日

偉人に反映する中高生の危機

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 中高校生が選ぶ令和の教科書に載せたい偉人・ベストテンである。
 ❶イチロー ❷北野武 ❸HIKAKIN ➍羽生結弦 ❺山中伸弥 ❻大谷翔平 ❼米津玄師 ❽大坂なおみ ❾藤井翔太 ➓宮崎駿
スポーツ選手4人、芸人1人、ユーチューバー1人、学者1人、シンガーソングライター1人、将棋指し1人、アニメ1人 である。
 この人選をみて今時の若者は素晴らしいと感じる人をさがしだすのは、かなり至難の業ではないだろうか。

 筆者も中高生のころ、皆で偉人えらびをしたことがあった。
あの頃出てきた名前は、聖徳太子、豊臣秀吉、紫式部、貝原益軒、野口英世、福沢諭吉、東郷元帥、松尾芭蕉、夏目漱石等だった。

 当時アメリカの子供達にとっての歴史上の偉人は、という調査で「ウオルト・ディズニー」が第一位という記事を目にして、皆で大笑いをしたことを思い出した。

 いずれにしても歴史上の偉人というからには、子供たちの将来にとって有益な人物、信頼できる人物、尊敬に値する人物でなければならないし、未成熟な子供に対する教育の影響が大きいのは当然だ。日本の子供をアメリカ人にしてどうするのかという問題だ。
 この偉人ベストテンを見て、一番恥じ入るのは教育者でなければならない。恥ない教育者がいたら、教育体系の基本が間違っている。
スボーツ、お笑いが上位にくるような教育をしていたらこの国は必ず滅びる。
 文部科学省は全力をあげて、教育の内容を検討すべきと思うが如何。
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2019年05月12日

田中本家での初めてのトーク・ショウ

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 桃の花が山あいをそめている。
 目の前に広がる白い花はりんごの花だ。とおくにみえる黄色い絨毯は菜の花の知らせ。そんな北信州の景色をわけいって須坂にいってきた。
 豪商の館田中本家博物館までいってきた。
 パリ帰りの写真を7月8日まで飾ってくださっている。フランス人が驚いた日本のちいさな美術館である。小さいといっても10000平方メートルの敷地に20の蔵、本宅、主屋 客殿、離れとともに四季それぞれの庭があるという豪壮な構え、殿様の屋敷よりも立派な生きた美術館である。

 その美術館での第一回のトーク・ショウだ。
作品が展示されているぎゃらりーではほかのお客さんに迷惑がかかるので、「いろりの間」でやることになった。高速道路が怖くて走れないというスタッフも無事機材を運んできてくれた。一間もある囲炉裏をかこんで30畳ほどの広間に椅子を持ち込んでのトークショウとなった。
 すべての写真作品を映像化し、解説を加えながらの時間である。庭との仕切りが障子で、暗くなかったが、新十郎館長のアイディアで農業用黒ビニールを張り巡らし、完全な暗室を出現させていた。 映像にとってはこの上ない環境だった。が、終りまでお客様の顔が見えず、灯りが付いて初めてお客様の表情を認識するという不思議体験だった。

 巨大な藍の作家としてインターナショナルな活躍をされている福本潮子さん、染色家であり哲学者でもある福本繁樹さん夫妻は遠く京都からきてくださった。 野沢温泉に住む外人さんや、湯田中の旅館の女将、あるいは北志賀工房の仲間とともにきてくれた陶芸家の藤本勉さん、香道の野池重子さん、テレビ朝日社友会にいた岸幸織さんなど、多くの友人たちが足を運んで下さり、とても嬉しかった。田中宏和御当主の心ずかいもひどく嬉しかった。
 案内を受けた方は迷惑かもしれないが、こうした作品展が人との縁をつないでくれて、感謝以外のなにものでもない。
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2019年05月10日

沢口靖子・アイヌ系の美しさ

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 かってアイヌ民族はこの国の東半分を支配してきた。
つまり関東以北がアイヌの勢力圏だったと伝えられている。大和民族の征服欲にたいし、アイヌ族はあまりそうした欲望を持たなかったために少しずつ勢力圏を縮め北端の北海道に居を定めたといわれている。
 歴史的にみれば、平泉を拠点とした藤原三代がアイヌのもっとも栄光の時代だったという学説もある。

 アイヌの人々と大和族和人のあいだに、性的混交が行われるようになり、その結果アイヌのひとびとの容姿に大きな影響を残した。
 アイヌ系日本人の美しさは多く芸能人に見られる。
 女優では、いつまでも信じられない若さをたもっている科捜研の女「沢口靖子」、若い「小西 茜」、元五輪スピードスケートの「岡崎朋美」など、  
 男優では、渋い男の魅力にみちた「宇梶剛士」、「伊吹吾郎」「平井 堅」「木之元亮」とアイヌ系日本人にはそうそうたるメンバーが揃っている。 人種交合から生み出される魅力の成果でもあろうか。

 長い歴史のなかで日本にはアイヌ民族はいないと主張する向きもあるが、血で血を洗うような争いごともなく、ごく自然に同化してこんにちの和人とアイヌの関係がきずかれてきた。

 ところが2007年に先住民族の権利に関する国際連合宣言がでてからきな臭くなってきた。
 2008年にはアイヌを先住民族として認める決議が国会で成立、
 2019年4月19日にいたって、アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策推進に関する法案が議決された。

 アメリカ・インディアンよりはるか昔の大和族とアイヌ族の併存を、ほじくりだしてわざわざ争い事にしたい勢力が存在するのだ。
 朝鮮族にある「恨」の文化がこの国にも浸透してきている。静かに共存している社会の遠い昔をほじくりだして、争いごとにしたい弁護士たちのやる悲しい活動に振り回されるのだけはご免である。



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2019年05月09日

地に堕ちた東大王

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 ここにデータがある。
昭和の首相31人の学歴…東大13人、陸軍5人、海軍4人、早大2人、京大2人、一橋1人、慶応1人、明治1人、高中2人
平成の首相16人の学歴…早大5人、慶応2人、神戸1人、上智1人、成城1人、成蹊1人、学習院1人、東工大1人、東大工学部1人、
 かって官僚、政治家の登竜門といわれた東大法学部は地に落ちた権威になってしまった。平成の30年間にひとりの総理大臣すら送り出すことができなかった。
 大正昭和の時代には、東大法学部から官僚になることが出世の王道であり、国家の仕事をする自覚と技術を学ぶ最高学府だった。

 いま東大出身の官僚群は、国家への忠誠という最大のテーマを失い、各省庁の既得権益を守るだけの小役人になってしまった。その典型的な例が、新宿のセクシーキャバクラに通い、臆面もなく「面従腹背」がわが人生の座右の銘と言い放った元文部科学事務次官の前川喜平だ。
 政界や言論界ことさら地方政界などでは、官僚出身と称する人材はおおいが、課長もやっていない、官僚見習い程度の人間がほとんど、とくにテレビにでている官僚出身のタレントには多い。雅子皇后が実際に2,3年外務省にいただけの見習い同然にもかかわらず、外務省出身エリートというマスコミ報道のそれと同じことが世の中に横行している。

 そうした歪んだ東大観に毒された番組が「クイズ東大王」である。東大という既存価値におんぶした企画なのか、それとも現実の東大を揶揄した番組なのかよくわからない。が、次々に新人東大生が登場してくるあたり、メディアに対するリテラシーが全くない質の悪い東大生が増えたということだろう。
 かっての東大生には芸能番組など出られるかといったプライドと気概があったが、いまでは喜び勇んでテレビ局にやってくる三流学生ばかりになってしまった。

 国家という国民にとっての最大のよりどころに、最高の頭脳をもって奉仕し、壮大な世界観をもって混乱に対峙していける最高レベルの人材を育成する学校こそ東京大学だった筈だが、現状はテレビのクイズ王に矮小化された悲しいキャンパスになってしまった。
 日本人にとってなによりの不幸は「東大王」の今なのだ。





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2019年05月07日

津やまと抱きつき作戦

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 赤坂に「津やま」という料亭がある。
 小泉純一郎の台所といわれた超高級居酒屋で、ひっそりとして佇まいは政治家のひそひそ話にもぴったりの料理やである。最近この料亭を軸に騒がしさが発生している。

 アメリカ・トランプ大統領のアメリカ・ファーストに因んで、都民ファーストの会を立ち上げたものの、目先の売名に走り完全に権威失墜した小池百合子の動きが原因である。
 「安全であるが安心ではない」と訳の分からない論理をもちだして、無駄ずかいの限りをつくし、「豊洲を生かし、築地も生かす」と当初の築地売却を破棄して「食のテーマパーク」を作ると宣言して都民に目くらましをくわせたあげく、二階幹事長を介し、かっての親分小泉純一郎にすがり自民党への回帰を策して動き回っている。
 すべてはもう一期、東京都知事への執念に原因がある。

 津やまを舞台に小池百合子の「抱きつき作戦」が展開している。
 タレント時代のくせか、権力者に抱きつくのはとてもお上手。小泉総理のときには、ネギを背負って官邸に通ったと揶揄され、次々と話題にとびつき劇場型の政界人として都知事に席を得た。
 コケにしたドン内田茂との復縁、幹事長二階俊博を介しての安倍さんへの抱きつき、そして二階幹事長の築地国際会議場建設にあたっての予算措置など、いまのところ小池百合子の抱きつき作戦は成功しているやにみえるが、果たしてそうだろうか。

 維新あたりが橋本徹をかついで都議選に登場すれば、他候補はみな蹴散らされるかもしれないが、今のところそうした気配もない。
 このところの都知事はみんなオカシカッタ。週三日しか出勤しない作家だったり、正月に千葉のホテルで家族だけの会議をひらいたり、鞄に札束がはいらなかったり、都民はヒトに恵まれず、いつもとんでもない有名人に騙されてきた。
  津やまも安全だが安心できない。なにしろ会談予定のスケジュールがダダモレなのだから。
 真打は小池百合子の呼び声高いが、はたして今度はどんなキャッチ・フレーズで登場してくるか、騙される喜びもまたひとしおである。


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2019年05月06日

千曲川のほとりの大きな

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 十連休のさなか、東へ行くと人ばかりなので、南へ行きましょうというお誘いにのって佐久へ出かけた。
 佐久大橋の近く野沢の千曲川河畔にある中嶋公園、静かで広々としたたたずまいがなんとも気持ちよかった。手入れの行き届いた公園の樹木、日本中がお休みというのに、植木屋さんだけが小枝を入れた竹籠をもって働いている様が、良き時代を思わせた。

 見事なのは柳の大木、二人がかりでようやくかかえられそうな柳には、新芽をはらんだ柳のたおやかな枝がそよいで素晴らしかった。
 風のままに静かにそよぐ柳をみていると、風を楽しみ、風とともに生きている柳がうらやましくなった。こんなに立派な柳の木は信州ではみかけない。

 ブータンの都、ティンプーの河原にそよぐ柳の訴えるような静けさに心ひかれたことを思いだした。ヒマラヤの白い山々を背景に、柳の若いみどりがきっぱりと清潔な春をみせてくれた。

 九州柳川の掘割にそよぐ柳も素晴らしかった。透けた柳の向こうから嫁入り舟がきた。川面に映る花嫁さんに祝福の拍手を贈った昔を思い出す。柳の若いみどりと、真っ白な角隠しと、少し狭い掘割が一幅の絵のようだった。

 明暦3年、振袖の大火に焼け残った真田中屋敷を江戸から移築したのが、中嶋公園と知った。故あっていま屋敷は鹿教湯にいってしまったが、この柳ひょっとして江戸の下町から引っ越してきたのかもしれない。
 江戸干拓の風景となり、振袖の大火をくぐり、いま千曲川のほとりにそよいでいる、柳のあまりの立派さに妄想は果てしなく広ろがった。




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2019年05月05日

血脈の文化

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 新元号「令和」の発布から、天皇譲位の式、そして天皇即位の儀式、そして令和最初の一般参賀、この一か月有余のセレモニーは安倍晋三首相にとって最大の出来事であったに違いない。この間左翼リベラルからの声はほとんど聞こえてこなかった。
 11月の即位後初めての大嘗祭を経て一般参賀をすべきといった宮内庁の形式主義は、内閣府の強硬な意思によって木っ端微塵に砕かれ、安倍右翼政権の見事なまでの姿勢が貫徹された。

 かってフランスの批評家ロラン・バルトによって「東京という巨大都市の中心、皇居は「虚」の空間である」といわれたが、その虚の空間に14万人という国民が粛々と集った。
 原発の被災地から、地震の被害地から、療養の館から、10連休のさなかの一日、一瞬のために集った。そこでは参議院選挙のためにとか、なんでもかんでも安倍反対といった、左翼反日の声は見事に封殺された。
 皇室という歴史的文化構造、日本国民のあいだに根差した象徴天皇制の強さをあらためて世界に見せつけたともいえるだろう。

 あらためて考えてみれば、この国の文化はあらかた血脈によって維持されている。
 能狂言に始まる歌舞伎の今日を支えているものは家族の血脈にほかならない。茶道、華道、香道といった環境芸術もしかり、家の血脈と文化の血脈が見事に綾をなして、日本固有の文化的表層を形作っている。
 オペラやバレエといった輸入芸術にはそうした血脈の影はみあたらないが、それ故に固有の文化を創っているとはいいがたい。こうした血脈の文化は、この国の地政学的な条件から生まれたともいえるが、単一民族にして初めて可能な文化構造でもある。

 皇室の男系男子による継承もこうした点から論じるべきだが、いまひとつ腰折れして全く関係ない女権意識から論じられていることは残念なことだ。
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2019年05月04日

こぶしの花咲く高原

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 我が家から町のほうを見渡せば、春を待ちかねるように「辛夷」の花がぽつんぽつんと咲いている。
 名曲北国の春では、まず一番に辛夷咲く丘が春をつげ、二番になってようやく白樺が芽吹いている。辛夷の純白の花がやがて白樺のみどりを呼んでいる光景がリアルだ。
 辛夷は桜のように人の手で群れをなして植えられるものではないので、森のなかにぽつんぽつんとある佇まいがとてもいい。

 軽井沢の町花はもうだいぶ前に「辛夷のはな」と決められた。当時はさあ「こぶしの花」で町おこしと張り切っていたが、そのあとはさっぱりである。
 こぶしの道もなければ、こぶしの公園もない。新しい公園ができても、話題がサクラではつまらない。
 南信濃には花ももの里、松代にはあんずの里があり、今頃は見渡すかぎりの千曲川の黄色い菜の花畑が話題になっても、軽井沢ならではのコブシの花は見落とされたままというのは、宝の持腐れというものだ。

 辛夷の枝はすこし太めだが折れやすい。折れた枝の切り口からはなんとも言い難い香りがたつ。
 花蕾は鼻炎や鼻ずまりの薬になってきた。春先の花粉症には絶好の漢方薬になる。峠の杉がまき散らす花粉の元を断ちきってくれるかもしれない。
 赤い種子を集め、焼酎や砂糖につけると、独特の香りの果実酒となる。軽井沢特産のコブシ酒ができる筈である。

  けふの日も 辛夷の花に 照り曇り   山口青邨
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2019年05月02日

令和のバカ騒ぎ

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「令和」の馬鹿さわぎがようやく落ち着きを取り戻しつつある。
 テレビでは横並びで平成の30年はよかったよかったの大合唱。平成時代のスター選びなどは最悪だった。野球選手や芸能人が一斉に登場し芸能スキャンダルが時代を造ったかの如き有様、時代をリードした政治や経済はおいてけぼり、戦争はなかつた、なかっただけで結論づけている。
 世界的な宗教戦争も、北朝鮮の核開発も、中国による領土野心も見過ごされてお目出度い。

 令和のハンコを押したカステラは嬉しい。善光寺の御朱印には令和の二文字が入っている。
 郵便局では令和元年の消印を押してくれる。アウトレッドでは令和の大セール、役場には令和記念の大懸垂幕、町長は令和の記念植樹に忙しい。駅にはG20の告知電飾、うわっつらのお祭りは多いに盛り上がってかんじんの何かがぬけている。

 新聞も令和天皇夫妻と長野県特集、山に登ったとかスキーをしたとかの写真でうめつくされている。こうした時に突然登場するご学友とかお友達も面白い。いちように褒めたおす、笑顔がいつもより輝いていたとか、暖かくいつも国民を思いやって素晴らしいとか、現実を忘れて褒めたおすのは日本人の特質なのかもしれない。

 もう15年の長いあいだ療養中で、未だに体調に波がある、日本一の医者がついていても、東大病院の最高権威の医者がついていても、15年完治しない不思議な病の異常事態には誰もふれない。そんなに長いあいだ治らない病気って地球上にあるのかとは、誰も疑問をもたない。
 それとも美智子さまから継承したティアラをかぶったら、完治するとでも思っているのだろうか。

 渋谷のハチ公前に大鯰を集め、ほんとうに南海トラフ大地震は起きるか、起きないかと、尋ねたほうが、切実なお祭りになる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする