2019年05月28日

軽井沢の看板娘

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 看板娘という業態が発生したのは、江戸寛文の頃といわれている。
 いわば庶民文化の仇花ともいうべき存在だが、寺社仏閣のまえや、池之端、浅草、両国などの盛り場に多く、だんごや汁粉などをだし、それに加えて渋茶をだしたよしず張りの仮小屋水茶屋、その茶店に付随して茶汲みをしたサービス娘のなかから、看板娘と呼ばれる人気者が発生した。

 色白で愛嬌がよく、気使いのできる美人が看板娘の条件だった。町衆のなかには、看板娘を目当てに通ってくる客も少なからずいたといわれる。つまりは町の人気者で、なんとか小町とか、遊郭の花魁、に対抗して江戸中の評判になった。浮世絵になり、売り出されるほどのはなやかな存在だった。
 人気のスーパースターは、谷中笠森稲荷の水茶屋にいた「笠森お仙」、そして「つた屋のおよし」、「柳屋のおふじ」、この三人の美人画はいつでも完売御礼、版元は笑いがとまらなかったといわれている。

 東宝の看板娘星由里子、日活は吉永小百合とカレンダーを飾った看板娘の時代ももう遠くへ行ってしまった。AKBでは次々と卒業するし、スタバやタリーズでは、バイトはいても看板娘は必要ない。テレビ局の女子アナでは軽すぎる。
 スタッフに今時の看板娘は? と問うたところ「そうですねー、アパホテルの元谷芙美子、美白大臣の中島香里辺りですかねぇ」今時は醜ければ醜いほどいいのかもしれない。浮世絵にしたくともどうにもならない。せいぜい漫画のパロディが精一杯といったところだ。

 軽井沢にも看板娘?といえる水茶屋ならぬ喫茶店乃至カフェの伯母さん達はいる。いずれも人生経験ゆたかな女性たちで、行場に不自由するわれわれ老人たちの相手になってくれる。
 中軽・テラスSAKUMAの佐久間紀子さん、新軽井沢・来実の隅防鶴枝さん、追分・みかげ茶屋の宮脇真理さん、…若かりし頃の美人の面影をのこしたセンス満載の素敵な軽井沢三美人である。
posted by Kazuhiko Hoshino at 22:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする