2019年06月08日

真理ヨシコ・中田喜直をうたう

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 構成演出をやって欲しいと依頼を受けた。
 彼女は60年前のある年、まさしく美少女と見紛う芸大生だった。ソプラノの良く通るすずやかな声の持ち主だった。これから仕事をしていくのに本名ではまずいので、芸名もつけてくれという話になった。以来半世紀の時間がながれ、彼女の舞台を前に初めての対面の時がきた。

 テーマは「水芭蕉の人 中田喜直」、この国のコンサートにまま見られる教養主義的な舞台作りは嫌いなので、どこに表現の力点をおくかについては少しばかり悩んだ。歌い手の個性を殺さず、作曲家の個性も生かす。その上である程度ベクトルの高い舞台をつくらねばならない。

 作曲の仕事をするとき、喜直先生はピアノの前に座り、まずショパンて゛指ならしをしてから仕事にかかっていた、という話を幸子夫人からきいた。ならばこの際、ショパンには申し訳ないが舞台回しをお願いしよう。ショパンなら少しポピュラーに流れるが音楽として不足はないし、ブリッジとして採用するなどこの上なく贅沢でもある。ワルツとエチュードから5曲ほど選び演奏家との折り合いもなんとかついた。

 残りは言葉、歌詩のもんだいだ。旋律に飲み込まれ消えていく言葉のなかで、ばあいによって生き残る歌詞がある。特に今日のキャッチ・コピーのごとくひとり歩きする言葉があったりすると迷惑千万このうえない。右も左もみんな違ってみんな良いというような金子みすず的テクニックにはまるとPTA特選歌コンサートのようになっていちじるしく文学的感興がそがれ、コンサートの質が低下する。
 そこで刺客として朗読ないし台詞を入れることにした。

 鶴岡千代子の「さよならはいわないで」には、寺山修司の「返詩」をぶつけ、壺田花子のあいまいな「ねむの花」には太宰治の恋文ではっきりとした態度を要求した。さとう恭子の「伶人草」にはプレヴェールの花束によってさらに花と人間の立ち位置を明確にしさらに劇的表情の鮮明を計った。
「雪の降る町を」では、内村直也の描いた思い出と哀しみとむなしさにさらに付け加え、中原中也の生い立ちの歌から、一人称の降る雪についてリアルな描写をくわえた。

 トーク・歌唱・朗読と活躍の真理ヨシコさんは大変だったとおもうが、まだまだノリシロを感じたコンサートだった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする