2019年06月13日

思考停止のテレビ欄

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 朝刊はまず父の席に持って行った。
 父が眼を通す前に子供たちが新聞をみることは許されなかった。母は台所にたっているのだから、新聞を読むひまなどなかった。きちんと畳まれた新聞は、父が座るべき卓袱台の席の右側に置かれていた。
 一面の見出しが大きく半分見えるのだが、それ以上のニュースへの好奇心にはセルフ・コントロールがかかっていた。

 あの頃の新聞は情報の出入り口としてみんなから絶大な信用をえていた。新聞は嘘つかないと、信じていた。だから天皇陛下の御為に命をすてて戦うことは崇高なことだとしんじていた。
 ある時を境に、いちばん偉いのはルーズベルトであり、絶対的命令権をもつのはマッカーサーという人だと新聞に教えられた。民主主義という言葉がクローズアップされ、それ以外はすべて犯罪行為のごとく扱われるようになった。

 闘いには敗れたが、日本の兵士は潔くたたかったと信じていたが、ある時から従軍慰安婦のことがさかんに書かれ報道されるようになった。
 そのころから新聞の裏一面はラジオ・テレビ欄一色になった。局に出入りする新聞記者もラジオ・テレビ部所属という名刺をもっていた。とても不思議だった。番組一覧は局がつくっている。番組解説も担当者が書いている。だから新聞社はやることがない筈なのに、それでも一流新聞社の記者はラ・テ欄担当を名乗っていた。たまに番組評などのっていると社外の執筆者が多い。

 大衆が地上波テレビへの興味を失い、広告すらネットへの出稿が多くなっても、いまだに裏一面はテレビ欄という新聞が多い。
 紙面構成について、思考停止状態がつづいているとしか思えない。日経だけが興味深い文化欄を裏面に持ってきている。記者の能力は、アベツブシと9条大事とアゲアシ取りだけというのは、悲しい。  
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする