2019年07月31日

エロいが正しい「ハイぶりっ子ちゃん」

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 「ハイぶりっ子ちゃん」が評判を呼んでいる。
 始まりは信州小諸から山梨北斗を結ぶ海抜日本一の高原鉄道、小海線を走るハイブリット車両「キハE200系」を記念してのお祝いキャラクターだった。
 沿線の途中駅中込の駅前商店街が中心となって、ハイぶりっ子ちゃんが誕生した。佐久市に公認を申請したが、市役所にはハイぶりっ子ちゃんの魅力を感じる職員はいなかった。公務員には不感症が多い。
 いまになって地団駄ふんでも遅い。市が作ったユルキャラは人気がないが、ハイぶりっ子ちゃんは、群がって写真大会である。
 ハイぶりっ子ちゃんは瞬く間に人気者になった。地元のお祭りでも、鉄道フェスタでも、馬子唄道中でも、町で製作したルイーザちゃんを呼ばないで、ハイぶりっ子ちゃんをよんでいる。信州の田舎で唯一の人気キャラクターが誕生した。

 ハイぶりっ子ちゃんの本体は、頭の部分の電車とうさぎの顔の被り物が中心のハイブリット生命体、、首から下は乗務員と呼ばれてブルーのレオタードに黄色のベルトをしめている。白の手袋に白のロングブーツ。3人または4人で行動するが、どのハイぶりっ子ちゃんもプロポーション抜群で、中込には20数人生息しているという。
 鉄ちゃん、鉄オタはもちろんのこと、子供達にも大人気、ボン・キュッ・パッにひかれてオジサン達にも人気がある。かなりエロいのだが、肌の露出はないのでいやらしくない。マツコの番組に取り上げられてさらに人気倍増した。

 ハイぶりっ子ちゃんの軌道外活動は、乗務員が原動力となる。何故かユーロビート調のテーマソングやら、ダンスも踊る。性格や趣味趣向、サイズは乗務員それぞれで異なる。
 カラダの線をはっきりと見せる人型妖精は、近頃の進んだ女性たちの共感もよんで、応募者もたえないと聞く。 餓鬼相手の安っぽいユルキャラより、女性の存在をしっかりとアピールしているハイぶりっ子ちゃんははるかに魅力的なのだ。
 子供といえば免罪符の最近の風潮に、一石を投じた大人の女性ユルキャラがこの信州に生まれたというのが意味深い。



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2019年07月30日

牛乳パンはケーキである。

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 牛乳パンの噂を度々聞くようになった。
 超高級食パンの間をぬって、長野発ご当地パンの話題があちこちにでている。東京の大学に入ったデスクのお嬢さんは、牛乳パンを長野限定とは知らず、学校の近所を探し回って絶望のある日を過ごしたそうだ。牛乳パンはさほどに長野県人のソールフードになっている。

 牛乳パンのパッケージは田舎発にふさわしく、透明または半透明のビニール袋に「牛乳パン」と大きく印刷されている。大正ロマン風とか、昭和レトロの雰囲気などと理屈はつけているが、いちいち書かないと満足しないヤボな信州人にふさわしい。
 外国渡りのパンには、ひとつひとつ袋に入れて名前を書く風習はない。そもそも焼き立てのパンはすぐ食べるのがお約束なのだから。ひとつひとつ袋にいれて名前をかくパンに外国人はびっくりする。

 牛乳パンの名前から間にはさまれたクリームに牛乳が入っていると勘違いしている人が多いが、実は牛乳はパン生地に入っている。パン生地を作るのに牛乳でこねるので、牛乳パンなのだ。ヤマザキとヤツレンの牛乳パンには、湯捏ね牛乳入りとかかれている。
 牛乳パンのパン生地は、まず座布団ほどの大きなパンを焼く、ふわふわの生地を上下にわけてホワイト・クリームをしっかりとのせ、しかるのち四角または三角に切り分ける。そしてタイトル付きの袋にいれる。すべて手仕事なので、数量に限度があり、それぞれのご当地パンが生まれる。

 松本には大正10年創業の小松、小布施の岩崎、岩村田のキキョーヤ、佐久の田村屋などご当地パンの担い手である。こうしたささやかなご当地パンの世界に、パスコやらヤマザキやらの大メーカーが参入するのはルール違反といえよう。企業モラルの欠落としか思えない。田舎のパンは田舎に任せる度量が欲しい。

 牛乳パンはとても美味しい。パンというよりケーキである。色付きのデコったケーキより、はるかに美味しく体にやさしい。
 なによりも「インスタ映えしない」ところがイチバンいい。

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2019年07月29日

プレバトに投影するわが人生

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木曜午後7時の「プレバト」は毎週楽しみにしている。
「使える芸能人はだれだ!? プレッシャー・バトル」という正式題名があるとは知らなかった。
 なかでも才能査定ランキングが楽しい。本人は一流芸能人と思い込んでいる芸人が次々と登場し、順番に恥をかいていく番組のつくりなのだが、時に芸人にかくれた才能を発見し、こんな才能があるのなら芸人なんぞにならなければよかったのに、と思わせるタレントもいる。

 俳句、生花、水彩画、消しゴムハンコ、絵手紙、料理の盛付と、駅前のカルチャア・センター風な構成も面白い。が先生に人を得ないと全く盛り上がらない。
 料理の土井先生は生真面目だし、絵手紙の花城先生はいたいたしい、水彩の野村先生は巧すぎてつまらない。消しゴムハンコの田口奈津子先生は美人すぎて気が散る。なんといっても圧巻は俳句の夏井組々長夏井いつき先生である。松山に住まう俳句のおばさんの破壊力が凄い。テレビの着物姿は私のコスプレだからと豪語する少し安手のきものにつつまれた夏井先生には、何物も恐れない痛快な俳句愛がある。

 旅芸人まるだしの梅沢冨美男とのヤリトリ、東国原英夫の思わぬ発想力、志らくの噺家世界、村上健志、藤本敏夫、千賀健永らの新鮮な句吟力、鈴木光の勉強力、中田喜子の女性力と、ミッツのカマちから、それぞれの隠された才能が見えて嬉しい。
 自信過剰な芸人たちを、才能アリ・凡人・才能なし と断じる夏井先生とやんちゃな浜ちゃんが進行する司会ぶりも楽しい。
 俺のおかげでこの番組はもっている と豪語する梅沢のヤクザな態度と、軽くあしらう夏井先生、内容に関係なく権力で進行する浜ちゃんと、毎日放送プロデューサーの腕もなかなか。在京地上波にはなかなかこうした製作力をもったプロデューサーは見あたらない。

 昇格か、現状維持か、降格かと迫られると、わが人生は如何ばかりと、反省するのである。

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2019年07月27日

生類憐みの令から復活をとげた「江戸前大かばやき」

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 江戸っ子にとっての美食は、すし・天ぷら・蕎麦・うなぎ に尽きる。
 軽井沢には寿司と蕎麦の名店はあるが、天ぷらとうなぎは見当たらない。必然的に東京に出掛けた時は、天ぷらかうなぎになる。銀座並木通りにはてんぷら近藤があるし、吉兆の一筋違いにはうなぎ竹葉亭の本店がある。暑さとともに主役はうなぎになる。

 テレビでは中国産と国産の味比べを盛んにやっているが、元来江戸前という呼称はうなぎに始まっている。
 うなぎは「江戸前」を上品といい、それ以外を「旅うなぎ」とよんで下品としていた。それ故、江戸うなぎは高級ブランドうなぎであり、今でいう大間のマグロや関アジのごとく、地産地消の上等珍品だった。参勤交代で江戸にやってくる田舎武士は、ひそかに江戸前の大かばやきを楽しみにしていたといわれている。

 五代将軍綱吉の生類憐みの令により、うなぎもどぜうも商いができなくなった。熊や猿もおなじ命だからと、犬猫を抱えたおばさんたちの動物愛護とかわらない。幕府の取締りが強くなると、「あなご」と称してうなぎをだす反権力の茶店も出てきた。
 こうした鰻好きの江戸っ子を救ったのは、綱吉の死去だった。生類憐みの令はたちまちに破棄され、深川八幡の御門前にはふたたび江戸前大かばやきの旗が翻った。

 享保13年の江戸大洪水のお蔭で、江戸のそこらじゅうで、うなぎがとれるようになった。なかでも隅田川と深川の掘割あたりは育ちのいい鰻があがった。それまで鰻は上方好みの腹開きだったが、江戸の侍にとって腹開きは切腹を連想させるので背開きとなり、江戸前大かば焼が完成した。

 さて土用の丑の今日は、パリの野田岩よりはるかに美味い到来ものの野田岩に、つや姫のごはんで夏バテ防止といこう。


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2019年07月26日

「魔の三回生」をたたき直せ

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 「魔の三回生」という呼称がひとり歩きしている。
第46回衆議院議員選挙で初めて国会に登場してきた、極めて劣悪な先生方のことである。バブル世代に生まれ、その後の失われた時代の教育を受け、若くして役人生活を送ったり、社会の若きリーダーと自負してきた連中である。
 当初116人も当選したが、次々とメッキが剥げていまでは7割方に減少している。

 「魔の三回生」最近のゲスなスキャンダルを列記する。
  ❶武藤貴也・国会議員枠で未公開株が手にはいると詐欺を働く。少年売春の疑いあり。
  ❷中川俊生・妻子がいながら愛人とハワイで結婚式を挙げ、その写真が流出した。
  ❸豊田真由子・このハゲー!!! 想像を超えたパワー・ハラスメントで秘書が泣く。
  ❹中川郁子+門博文・不倫路チュー写真がばら撒かれた。
  ❺務台俊介・被災地視察に長靴持参せず水溜まりをオンブされて視察。
  ❻橋本英教・選挙手伝いの中国人女性と議員宿舎をラブホ使用。重度のアル中。
  ❼大西英男・喫煙中毒、失言症候群
  ❽穴見陽一・重度の失言症候群
  ❾宮崎健介・国会議員の妻出産中の不倫事件。
  ➓池田佳隆・買収、事前運動マニア
  ⓫加藤寛治・結婚式でのセクハラ発言。
  ⓬国場幸之助・ガールズ・バーで大暴れ。
  ⓭石崎徹・秘書いじめの日常化。

 みんな一流大学をでて、お役所では働き盛り、そこそこのエリートがこのテイタラクとは。この世代のすべてに巣食っている社会の病根なのでは。 モラル教育を徹底的にやり直すか、徴兵制度を復活して再教育をやらなければ、この国が腐っていく。
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2019年07月23日

雑貨屋になった本屋の店頭

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 「マルチメディア」という言葉について、まんま受け取り、そのように使用していたが、どうやらその解釈は違っていたようだ。
 出版界では、「印刷物+すべての商品群=マルチメディア」 と呼んでいるようだ。昔風にいえば、付録大作戦なのだが、いまは付録の域を超えて、出版から流通、小売をふくめてマルチメディアと呼び、ビジネスを展開している。

 出版・編集の世界に憧れて業界に入ったにもかかわらず、今は全く関係ない仕入れの仕事に日々追われています、という声を始めてきいてからもう15年程も経っている。
 本は売れなくなる、本の時代は去った、といちはやく認識した経営者が打った次の手がこのマルチメディアと呼ぶ戦略だった。 少なくなったとはいえ全国に1万2000店ある本屋を活用しないわけにはいかない。本屋には棚というディスプレイ道具があり、平置きのための販売台も必ずある。そのうえ本屋のある場所は、学校の近所だったり、通勤の行き帰りに立ち寄りやすい至便の場所だったり、商売のアクセスポイントとして恵まれている。
 全国2800店の家電量販店の5倍もある本屋ネットワークを生かさない方法はない、と決断した。

 以来本屋の棚には、バック、かご、低反発マクラ、快眠めがね、美顔ローラー、シャボン、香水、アクセサリー、マルチポーチ、アイ・マッサージャ、カラー万年筆、入浴タオル、パスポート入れ、腹巻、痩せるソックス、ルーペメガネ、Tシャツ、巻きスカート、ベルト、などなんでもありのマルチメディア本が所狭しと置かれるようになった。

 が問題はすべてのマルチメディア本が、A4判のケースに収まらなければならない。はみ出すと流通にのらない。編集ガール達は日夜商品を如何にしてA4版に収めるか悪戦苦闘が続く。飛びついた本屋は、マルチメディア本によって雑貨屋になった。なんでもいいから売れればいいという、本屋の知性は吹っ飛ばしてしまったのが、マルチメディア本に頼った大手の出版社だ。

 マルチメディアとは、女の欲望に竿さした雑貨のことをいう。
                         (レイワ悪魔の辞典)より
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2019年07月22日

スマホにある危険な落し穴

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 ビック・データで世界中が揺れている。
GAFAと呼ばれているアメリカ情報産業BIG4にまつわる問題である。
 Gはグーグル、Aはアマゾン、Fはフェイスブック、Aはアップル、初めは巨大なこの四つのIT産業について、税金をかけることが出来るかどうか、それが問題だった。
 ところが世界中に展開するこれらの企業の実態をとらえるのは難しい。

 IT事業を展開している世界各国の税率が全部異なるし、事情も様々、一律に税率を設定することは至難の業だった。それにタックスヘイブンへの依存度もわからないし、真実の本社が何処なのかを把握するのもたいへん難しいのだ。
 税務署の役人より、ビックデータのスタッフの方が、はるかにアタマがいい。アタマがいいので、法律を超えた事業を起業することなど朝飯前といえる。

 中国のアリババなど、指認証、顔認証、などを超えてすべての中国人民を把握している。趣味や行動様式、生活実態まで詳細にとらえ、そのすべてのデータが中国共産党にながれていると言われている。その支配形態を世界中に拡大しようとして、トランプからストップがかかったのが、ハーウェイの副社長逮捕だった。ハーウェイは国家規模のスパイ活動としてハーウェイ製品の拡大を計っていた。ハーウェイのスマホを使っていると、バックゲートといわれるあらかじめ埋め込まれたチップから自動的に情報が中国に流れるように作られていたという嫌疑なのだ。

 最近キャッシュレス化の推進ということが盛んにいわれている。2020東京オリンピックで来日する外国人のためにとか、世界の先進国のなかでもっともキャッシュレス化が遅れているのが日本だからと、生活の利便という点からかたられているが、実はビッグデータの構築が目的なのだ。
 国家間の争いが発生したとき、最大の武器になるのがビッグデータだという現実がある。サイバー戦争ではビッグデータを使って、相手国を混乱におとしめるのが最良の兵器といわれているのだ。

 まもなく新宿で一杯飲んで、池袋のお姉ちゃんと遊んでも、すべて国家保安センターに補足され管理される時代が、そこまで来ている。
 このスマホはとても使い勝手がいい、財布もいらないし、カードもいらない、スマホひとつですべて足りる、と喜んでいるとトンデモナイことになるのだ。
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2019年07月21日

藤舎名生 ようやく人間国宝に

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 その笛の一瞬によってボストン美術館劇場の空気が裂けた。
 フェスティバル・ホール2000人の観客が凍りついた。ローマ法王も、天の音を聞いたと賛美した。 それほど藤舎名生の笛は凄い。静寂から天地鳴動のふり幅が、西洋楽器の表現を軽く蹴散らす。フルートもオーボエもかなわない。

 その笛に出会ったのは、初めて日本の空にジャンボジェットが飛んだ時だった。その飛行機に乗り込み、香港で日中合作のショウをやりたいので、演出をして欲しいというプロポーズだった。香港では、中国の伝統楽器オーケストラが待ち構えているので、という要請だった。
 当時海外で演奏されるにほんの音と言えば、お琴に三味線と決まっていたが、その趣味にはとても付いていけないので、打ち物の堅田喜佐久さんに相談した。その時堅田さんが、京都に凄い笛の若手が現われ話題になっている、一度会ってみたらということだった。
 香港では、30人ちかい中国合奏団にたいし、笛と鼓のわずかフタツの日本伝統楽器で舞台づくりをし、見事に中国を圧倒した。

 その後、多くのファッション・ショウや、東大寺の昭和大納経、あるいは軽井沢朗読座の舞台など、数えきれないほどの演奏協力をいただいた。人柄と心を蕩けさせる笛の力で女性にはメッポウもてた。そのため楽屋では、名生さんに近寄るとニンシンするよ、と嫉妬まじりの噂が乱れ飛んでいた。
 都をどりの楽屋でも、笛のおしょさんは藤舎名生、普段見ることのない真面目顔で、芸妓さんと向き合う名生さんがいる。

 堅田喜佐久さんは10年も前に人間国宝となったが、藤舎名生さんはようやく二日前に人間国宝になった。その演奏を知っている人間は、30年遅いよ、と叫んでいる。
     ……おめでとうございます。いつまでも元気で奇跡の笛を聞かせてください。
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2019年07月19日

シースルーの暮しは出来ますか

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 ニューウェーブ・キャンプに行こう、とアジッテ透明なドーム型ホテルが乗っていた。
 場所は那須の御用邸近く、森の中に存在する。サイズは7.8メートルの直径がある半円形の透明ドーム型コテッジだ。「滴るような緑の森と青い空も素晴らしいが、圧巻はベットに横たわったまま眺める星空……」とマネージャーはいっているが、透明ドームのなかのベットは外から丸見えである。プライバシー・ゼロのホテルというのも珍しい。

 余程の露出願望のある人か、羞恥心をうしなった老人しか、このコテッジには泊まれない。24時間の日常行動すべてを他人の眼にさらして初めてここに泊まる意味があるわけだから。それでも近頃は、SNS映えとか、自己承認要求とか、不思議な人々が次々と登場するから、こうした大胆なモクロミも成功するのかもしれない。

 経験則にもとずいていえば、夜の透明ドームで灯りをつけたら、あっというまに森中の虫が集まってくる。ドームは虫でいっぱいの黒い球体になる。虫越しの星空もいいかもしれないが、一匹の蛾に大騒ぎするいまどきの女子達は絶対に入れない。そのうえドームの周りにヘビなどやってきてドクロをまいていたらどうするのか、興味はつきない。ホテルのスタッフは一晩中ドームに張り付いて監視していなければならない。

 メディアでは、自然をしらないナチュラリストが登場して、降りそそぐ太陽とホシのひかりを体験しましょう、と笑顔をふりまいていた。
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2019年07月17日

慰安婦・徴用工みんなデタラメ文在寅

慰安婦・徴用工みんなデタラメ文在寅

 韓国は従軍慰安婦像を全世界につくってきた。日本軍をおとしめ、日本人を貶めるために。
 朝日新聞の大嘘報道に悪乗りし、世界中に従軍慰安婦像をつくるなど正気のさたとはおもえない。
 韓国内102か所にはじまり、デトロイト、サンフランシスコ、ブルックヘブン、ニューヨーク、フラートン、などアメリカの大都市、カナダのトロント、オーストラリアのシドニー、インナーウェスト、ドイツのヴィーゼントにまで目抜き通り、日本の領事館まえなど慰安婦像を置いてきた。日本政府がいくら抗議しても知らん顔、外地に住んでいる日本人はどれだけいやな思いをしてきたことか。本土に住む日本人には、現地の日本人の屈辱的な思いがわからない。国家の苦しみ、民族の哀しみに対する感情を失った今の日本人は実にはがゆい。

 32年間におよぶ朝日新聞のヘイトニュースと、それに悪乗りする韓国には、筆舌に尽くしがたい苦しみを日本人は受けてきた。

 最近では韓国海軍によるレーザー照射事件があった。一触即発の戦争状態をつくりだしたのは韓国である。さらに韓国における国際海軍親善の催しで、日本海軍旗の掲揚を拒否するという事件が起きた。それをおしてまで参加する理由はなく日本海軍は欠席した。

 ここへ来てさらに戦争中の応募工問題が起きた。莫大な金を払ってすべての問題を解決した筈なのに、韓国政府はなんの補償もせずネコババをきめていた。1965年の日韓国際条約はなんだったのか。国際条約というのは、すべての国内法に優先するのは常識だが、韓国人には通用しない。日本人と同じ労働条件で自らの意思で働ていたにもかかわらず、強制的に徴用されたと嘘を並べ立て賠償請求する、とんでもない人々がいるのが韓国人である。
 日本のメディアも韓国に和して徴用工、徴用工を連発する。真実は徴用工ではなく、応募工なのだ。

 これに対し怒りを持たないのが、多くの日本人だ。占領軍の政策によって骨抜きになり、民族のポテンシュルをうしなった哀れな日本人である。
 これだけ反日、非礼を重ねられた韓国が通常貿易国となり、ホワイト国待遇を失ったから、と言って国際機関に訴えるなど、狂気の沙汰である。日本人はもっと怒って当たり前だ。韓国との約束や話し合いは成り立たないということを肝にめいじるべきである。
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2019年07月12日

追悼、ジャニー喜多川

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 ジャニーさんがなくなった。
 テレビはジャニーズ事務所の広報宣伝部となって、死に至る経過を事細かに報うじている。ジャニーさんとの知遇は、ナベプロの渡辺美佐さんだった。ロスから帰ってきた姉弟なの、今度事務所を作るから、よろしくね。五反田のワタナベ邸にはたまに招集されて伺った。麻雀卓をかこんで、渡辺美佐さん、淡路恵子さん、そしてメリーさん、ひとり足りなかったので貴方を呼んだの。今夜は帰さないわよ。ひどく下手な麻雀だったので、お姉さん方のカモになり、明け方タクシー代をいただき、寂しい懐を抱いて帰宅したことが何度かあった。

 姉のメリーさんとは度々会った。ジャニーズ事務所を支えていたのはメリーさんだった。
 異常な少年愛をもつジャニーさんは表にでず、もっぱらタレントの発掘に歩いていた。あの頃、オーディション・システムを確立していたのは、ワタナベプロ位のもので、みなマネージャーの直感やツテをたどっての売り込みからタレントは誕生した。ジャニーさんが何処でどうして少年を探していたのか知らないが、郷ひろみをどこかの路上で遭遇発見したときのジャニーさんの異常な喜びには出会っている。

 帝劇に於ける初めてのジャニーズ公演は星野演出事務所がてがけた。ミュージカル「生きていくのは僕たちだ」という作品だったが、人気のフォーリーブスが歌が歌えず、カンパケのテープを録音して、観客にわからないよう腕利きのミクサーに託して上演した。スケジュール調整から衣裳デザインまですべて現場に立ち会って奮闘していたのは、メリーさんだった。弟への姉の愛情だったのだろう。

 このジャニーズ姉弟が作り上げた男性アイドルについては、日本のエンターテイメントを幼稚化したという点で賛成できない。一本立ちしなければならない30代40代の男が、僕アイドルですから、その意識は世界のどこへいっても通用しない。この国のショウ・ビジネスにとって大変不幸な出来事だった。

 印税収入を狙った秋元康による女の子の集団プロデュースとともに、日本のエンターテイメントを駄目にしたジャニーさんのアイドル路線、さらに加えれば、宝塚という少女歌劇、この三つこそこの国に大人のエンターテイネントが育たなかった三大要因と断言できる。




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2019年07月11日

銀座から須坂に終わったパリ帰国記念展

銀座から須坂に終わったパリ帰国記念展

 須坂・田中本家博物館に於けるパリ帰国記念展がようやく終わった。
 東京から、京都から、軽井沢から、長野から、北信濃から足を運んでくださった友人、知人の皆さんには感謝の言葉しかない。

 北信濃夜間瀬でユニークな陶芸に勤しんでいる藤本勉さんは、湯田中の旅館の女将や大勢の仲間と共にきてくださった。江戸小伝馬町の女親分石寺真澄さんは、お仲間7人衆とともに山田温泉藤井荘への興味で初めての須坂へ、帰途は拉致されて緑萌える渓谷美のご馳走にあずかった。
 田中国連大使夫人のジュネーヴでの公邸が、花時計の前の病院の上ときき、半世紀まえのパリでの苦労を思い出した。
 軽井沢の良心内堀さん夫妻、京都から新作を携えて駆けつけてくださった染色家の福本潮子、繁樹ご夫妻、じゅらく創成期の大森さん、テレビ朝日の岸幸織さん、多忙を極める陶芸家の猪狩さんと由美夫妻、香道の野池重子さん、弥生座のボス武井久美子さん、元朝日新聞写真部の馬田広亘、博子さんは湘南から、また多くの写真家仲間、須坂創成高校の学生さん、普段世話になっている山越君とご両親、座の会のご意見番池内さんなど、思わぬ方々が遠くから足を運んでくださった。ツェン・ノルブさんはブータンの正装で家族と共に来場、居合わせたお客さんはみな珍し気に注目していた。
 布施の山から降りてきて仕込みを手伝ってくださった越山ご夫妻にはお礼の申し上げようもない。高橋亜矢子さんも頑張ってくれた。
 尾上松也さんからの祝花は3か月も枯れずに咲きつづけ、魚河岸の花石井智子さんの花、長野メディア人の集まり座の会からも祝花をいただいた。

 みな異口同音に褒めたのは、豪商の館田中本家の凄さ、衣裳、什器、玩具などのコレクション、お庭についても口を極めた。さすがフランス人が驚いた小さな日本の美術館だ。
 御当主田中宏和さんご夫妻、館長の田中新十郎さんには本当にお世話になった。

 1960年パリが愛した写真家ロベール・ドアノーとの交友に始まった写真への興味が、モンマルトルから銀座、そして須坂へ場所を移してデジタル全盛の今、一段落を告げたのは悔いなき仕事だった。表現は無限の可能性に充ちている。 
 パリ・セーヌ通り ギャルリー・エチエンヌ・ド・コーザンに始まった「心象派写真展」が、東京・銀座ストーンギャラリーで「パリ帰国記念展」となり、須坂田中本家博物館で二年に渡った写真プロジェクトを無事終えたことは、生涯の幸せだった。
 
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2019年07月10日

祇園が火事で燃えている

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 祇園で火事が起きた。
 東山区祇園町南側である。四条通りを挟んで南側の町家群のことをいう。もちろん北側にも祇園町はあるが少しばかり表情が異なる。

 北側には「おしょさん」つまり京舞井上流の井上八千代さんの家やお稽古場、お茶屋では冨美代さん、房の家さんなど、しばじばテレビに登場する巽橋とお稽古の行き帰りに舞妓さんがお参りする辰巳大明神があり、白川が流れている。

 南側には一力さん、廣島家さん、多麻さん、始め多くのお茶屋さん、そしてなによりも祇園歌舞練場があり、建仁寺の方丈がひかえている。
その南北の祇園町を貫いているのが花見小路、歴史的保存地域に指定されているその真ん中で火事が起きた。

 相方がお茶の稽古をしている家は一筋東だが、その夜から翌日まで電話の集中豪雨が押寄せた。近火お見舞いと親切な野次馬である。
 軽井沢にいて祇園の火事が手にとるようにわかる。テレビでは火元は祇園のどこそことヘイト・ニュースを流している。

 あまりの近さでみな一斉に浮足だった。お茶屋にはまだ客がいる時間だったので、あわてた女将さんは客を帰し、芸妓、舞妓たちも小走りに館に帰った。
 木造の古い家が多いので延焼が怖く、みな真っ青になって火の粉の行方を見守ったり、突然バケツに水を汲んでいたらしい。料理やの川上さんは裏隣だったので、消防に二階からの消火を依頼して家中泥だらけ、土石流に襲われた状態で後始末に茫然としているとか。                                                                           お茶屋の女将さんたちは、ご先祖様のご位牌と過去帳、なによりも大事な貯金通帳を抱いて露地でそわそわ、舞妓は高価な衣裳をぬぎ、薄汚れた縫いぐるみを抱いてジーパンでそわそわ。
 いかにも女ならではの祇園町らしい火災事件であった。

 
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2019年07月07日

七夕のななつ飾り

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 七夕が来ても七夕の気分になれない。
 異常気象つづきで、泥だらけの田んぼや倒木、土砂に襲われた民家を見せられては、心は暗くなるばかりだ。
アーケードに守られた七夕飾りや、くす玉と吹き流しだけの商店街の七夕には、七夕本来の祈りは全く見えない。

 日本古来の棚機(タナバタ)と、中国から渡ってきた乞巧奠(キッコウデン)を結び付けた七夕に、眼をつけたのは仙台藩伊達の殿様だった。
 この七夕の竹飾りを、藩民教育に利用しようと考え、広く藩内に七夕の竹飾りをするよう推奨した。
笹竹を切ってきて、みな心をこめて七つの竹飾りを作れと、お触れをだした。

ひとつ……折鶴 ・長生きを祈って
ふたつ……吹流し ・裁縫の上達を願って
みっつ……網飾り ・大漁を祈って
よっつ……巾着(財布) ・金運に恵まれますように
いつつ……着物(紙衣) ・着物に不自由しない
むっつ……短冊 ・読書きの上達を願って
ななつ……屑篭 ・整理整頓倹約の心を忘れないように

 かくて仙台七夕は日本一の七夕まつりになった。七間町には今でも伊達公のお触れをまもった古風七夕飾りがある。
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2019年07月06日

鯨の文化を取り戻せ

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 長崎くんちには、鯨の潮吹きをのせた山車がでる。
 土佐の高知には、昔から鯛車と鯨車があった。
 和歌山のむつみ鯨は二匹の鯨がしっかりと抱き合っている。
 三重四日市には、鯨祭りがあった。

 それほど日本人の暮らしと鯨は密接な関係だった。鯨は日本人のたんぱく源となり、人々は鯨に感謝して暮らしてきた。その鯨を食べる習慣もうすくなり、鯨を供する店も少なくなった。東京でも渋谷には戦後ずっとあるが、新宿や池袋では見かけることもなくなった。

 アメリカ、イギリス、オランダなど主要捕鯨国が、採算上の理由から捕鯨撤退をしたころから世界はきな臭くなった。鯨を生態保存のシンボルに祭り上げた。
 グリーンピースを先頭にシーシェパードなど、反捕鯨ビジネスともいえる文化帝国主義が起こってきた。そこで攻撃目標となったのがニホンだった。鯨保存のデータを無視して、ひたすら日本の捕鯨を血祭りにあげた。日本の進歩的文化人を自負する人のなかには、反捕鯨運動に加担する反日日本人もでてきた。
 捕鯨の必要性はない、とする他民族の食習慣にまで介入する国際機関IWCとはいったいなんだ、という疑念を抱いたまま日本は莫大な経費をはらってきた。牛はたべろ、鯨はたべるな、そんな理屈はない。

 実はその裏には内陸国家や牛肉食中心の巨大産業があり、鯨を牛肉にかえさせるという、国家単位の陰謀が隠されていたという説すら存在する。戦後の日本においては捕鯨縮小と牛肉消費がうまく政策化され、鯨食文化はどんどん小さくなり、牛肉万歳の今日のごとき状況を呈するようになった。

 安倍内閣は決然としてIWC国際捕鯨委員会からの脱退を決断した。海産物には全く興味のない内陸国家を多数引き入れ、調査、統計を無視して鯨は保護しさえすればいい、とする情緒的委員会にいる理由はない。こうした知的判断を欠いた国際機関は、毒にはなっても環境保全には役立たない。
 日本は昔ながら近海捕鯨に徹し、鯨を愛して豊かな食文化を維持すればいいのだ。世界の理不尽なプロパカンダに棹さす必要はない。
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2019年07月03日

盗っ人に追い銭の女裁判官

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 「誰が見ても札付きの悪」何度も少年院を往復し、傷害致死、強制猥褻、強姦3回も塀の中に入った小林誠(43)、保釈中にもかかわらず出頭命令に従わず、刃物を振り回し、とどのつまり取り逃がした検察、警察、裁判所の三位一体の間抜けな大事件が、周辺の小中学校を休校に追い込み地域社会を恐怖の奈落に突き落とした。
 が考えてみるとこんなひどい人物を保釈にした裁判所ってなに? という疑問が湧いてくる。

 保釈も再保釈も、横浜地裁小田原支部の佐脇有紀裁判官の判断によるものだとわかつた。
 佐脇という女性裁判官には、犯人小林の過去、現在をみて、新たな犯罪への想像力が湧かなかった。それとも女性独特の優しさだったのか。これだけ社会に迷惑をかけたのだから、一言あって当然とおもうが、全く声がきこえてこない。
 あやまったのは横浜地検のトップである中原亮一検事正だったが、彼女はかげに隠れてでてこない。裁判所という権威にかくれて、誰もが判る犯人の常習性に眼をそらし、不安をまき散らした罪は大きい。
 母親のような気持ちで犯人を見ていたのなら、即座に裁判官を辞めて欲しい。佐脇有紀に裁判官の資質はないし、一般の裁判員より「法と社会」の関係がわかっていない。

 検察は幾度となく小林誠の常習性について具申したが、この女性裁判官によってすべて却下されたそうだ。挙句の果ての犯人遁走劇のていたらくだった。
 法務省はこうした裁判官こそ即座に免職にすべきだし、配転して社会に迷惑をかけない部署にもっていくべきだ。女性の働き方改革は目の前で起きたリアルな事件から手をつけてほしい。

 裁判という正義は、善悪表裏のすべてについて確実な認識がなければできない仕事だし、女性裁判官がふえたのは喜ばしい限りだが、とかく問題をはらんでいるのもこうした女性裁判官であるといわれている。
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2019年07月02日

別れと新茶の八十八夜

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 八十八夜が近ずくと、あちこちから新茶が届く。
京都柳桜園さんから、肥後人吉三翠園から、あるいは魚河岸茶から、ゆつたりとしたお湯をそそいでいただくと長生きができるという。
 産地では、手もみ体験とか、茶摘み体験、あるいは新茶サービスといそがしい。

 立春から数えて八十八日めのこの日、八十八夜の別れ霜、八十八夜の泣き霜などという言葉もあって気まぐれな寒さとの別れ時でもある。
遅霜などくるとせっかく蒔いた農作物もやられて悲惨なことになる。種まきや田植えのこの季節農家にとっては日々お天気の機嫌にはらはらと過ごす。

 八十八夜は新茶の季節であるとともに、恋人たちの別れにもいい。
 バレンタインから88日、ようやくお互いの欠点も見えて別れ時でもある。
「メイストーム・デー」といって別れ話に最適の日ともいわれている。
 八十八夜のお茶が届いたら、恋人のご機嫌にご注意をはらわねば、の日々である。
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2019年07月01日

「水無月」のお菓子

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 6月30日には否応なしにたべなければならない。
相方は虎屋さんでしつらえた「水無月」をもってかえってきた。

 「水無月」とは、ういろうの上に小豆ののった行事菓子である。
この菓子を食べてきたり来る夏に供える。夏バテを防ぐ意味と、それまでの罪や穢れを落とすという両面の信仰がこめられている。室町時代のころには宮中で行われていた行事にちなんでいる。宮中では「氷」をたべていたが、当時の氷はとても高価で庶民には手がでなかった。そこで氷ににた三角のういろうに魔除けの小豆をのせて食べるようになったと伝えられている。

 軽井沢には「水無月」をつくっている和菓子やさんはない、仕方なく赤坂までいくのだ。

 この日神社では大きな茅の輪をつくり、茅の輪くぐりをする。8の字に3回くぐると千歳の命がのびるといわれる。そんなこと知らなかった舞妓ちゃんが、神妙な顔で祇園さんにお参りしているのは、なんとも微笑ましい。
 茅の輪も軽井沢では見ない。やはりキリスト教が入ってきたため、神社における信仰行事が弾圧されたのかもしれない。なにしろ日曜日に店をあけていると、安息日だから閉めろ、と牧師にいわれ、表は閉めて裏口で営業していたという町柄なのだから。

 近年の乱暴な暑さにたいし、学校の冷房は結構だが、夏越しの祓いのような伝統行事も子供たちには知って欲しい。日本人の自然との付き合い方がここに生きている。
 20本の国旗を並べたらその前に大きな茅の輪を造るべきなのだ。これが日本だから。
posted by Kazuhiko Hoshino at 05:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする