2019年07月06日

鯨の文化を取り戻せ

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 長崎くんちには、鯨の潮吹きをのせた山車がでる。
 土佐の高知には、昔から鯛車と鯨車があった。
 和歌山のむつみ鯨は二匹の鯨がしっかりと抱き合っている。
 三重四日市には、鯨祭りがあった。

 それほど日本人の暮らしと鯨は密接な関係だった。鯨は日本人のたんぱく源となり、人々は鯨に感謝して暮らしてきた。その鯨を食べる習慣もうすくなり、鯨を供する店も少なくなった。東京でも渋谷には戦後ずっとあるが、新宿や池袋では見かけることもなくなった。

 アメリカ、イギリス、オランダなど主要捕鯨国が、採算上の理由から捕鯨撤退をしたころから世界はきな臭くなった。鯨を生態保存のシンボルに祭り上げた。
 グリーンピースを先頭にシーシェパードなど、反捕鯨ビジネスともいえる文化帝国主義が起こってきた。そこで攻撃目標となったのがニホンだった。鯨保存のデータを無視して、ひたすら日本の捕鯨を血祭りにあげた。日本の進歩的文化人を自負する人のなかには、反捕鯨運動に加担する反日日本人もでてきた。
 捕鯨の必要性はない、とする他民族の食習慣にまで介入する国際機関IWCとはいったいなんだ、という疑念を抱いたまま日本は莫大な経費をはらってきた。牛はたべろ、鯨はたべるな、そんな理屈はない。

 実はその裏には内陸国家や牛肉食中心の巨大産業があり、鯨を牛肉にかえさせるという、国家単位の陰謀が隠されていたという説すら存在する。戦後の日本においては捕鯨縮小と牛肉消費がうまく政策化され、鯨食文化はどんどん小さくなり、牛肉万歳の今日のごとき状況を呈するようになった。

 安倍内閣は決然としてIWC国際捕鯨委員会からの脱退を決断した。海産物には全く興味のない内陸国家を多数引き入れ、調査、統計を無視して鯨は保護しさえすればいい、とする情緒的委員会にいる理由はない。こうした知的判断を欠いた国際機関は、毒にはなっても環境保全には役立たない。
 日本は昔ながら近海捕鯨に徹し、鯨を愛して豊かな食文化を維持すればいいのだ。世界の理不尽なプロパカンダに棹さす必要はない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする