2019年10月17日

それでも秋篠宮家は皇族なのか。

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 秋篠宮家はメディアを賑わし、この国の天皇制に対する批判を更に助長させている。
 宮家の噂話は、皇族としてはたしてどうか、という一点に絞られている。天皇家に於いて次世代第一のポジションにある秋篠宮家に、はたして皇族たる認識はあるのか、検証してみたい。

 御当主たるヒゲの殿下は、先日のブータン訪問の際、政府専用機は嫌だという訳で、民間機を利用されスケジュールの変更で、相手国に多大の迷惑をかけた。このことは衆知のことだが、日本の顔として外国訪問をするさいの覚悟と状況がまったくよめていない。個人的な生活信条をもちこまれては、相手国に対して限りなく失礼になるということがわかっていない。

 3人のお子様に対する教育方針にも疑問がわく。二人の娘を国際基督教大学に入学させた。天皇家は神道の家元、神道の家元一族ががキリスト教教義の学校へ子弟をいれることに疑問をもたないのかがまず不思議だ。
 皇族教育のためにある学習院を否定したら、自己否定につながるということが判らない脳みそなのだ。将来天皇になることが約束されている悠仁さまについての教育もおかしい、お茶の水女子大付属とは。女子教育の最高をめざしたお茶の水には、天皇教育の目的は爪の先ほどもない。
 紀子妃殿下は自己の学習院時代の経験から学習院を嫌っているのかもしれないが、将来の天皇である倅の役割にたいして自覚がない。秋篠宮夫妻には皇族のみならず、祖国への国家観がないと言われても抗弁できない。

 ふたりの娘の教育にも見事失敗した。メディアでは宮家の方針として、自由にお育てになったと寝言のようなことをいっている。
 長女の眞子さまには、人間を見る目が無い。小室圭の経歴をたどればどれだけインチキな男性かわかるが、彼女の眼は節穴なのだ。それに母親の行動をみたら、まともな人間でないことが理解できる筈だが、金銭にまつわる母親の怪しげさも眼にはいらない。これでは常識以下といわれても致し方あるまい。

 次女の佳子さまも困りものだ。フィギュアスケートをしていた当時は良かったが、基督教大学の後半からは全く皇族を忘れ、厄介な存在になってしまった。皇族に生まれたという宿命について教育をおこたってきたことが、如実に現れた。結婚は姉個人の希望が叶うように、と発言したり、日常はダンスにこっている。立場上皇族として日本の踊りに凝るのなら納得もするが、アメリカ最下層の踊りであるヒップホップに入りびたりではあまりにも悲しい。日本の顔をつとめる秋篠宮家の娘としてあるまじき選択なのだ。

 普通の家庭であれば、親が涙してとめるようなことを秋篠宮家ではなにもできていない。父親は知らん顔、母親はヒステリー、娘たちは勝手放題、これでは良識ある皇太子が育つとはとうていおもえない。
 宮内庁の無責任と人材不足が輪をかけ、秋篠宮家への国民不信が増幅してる。
posted by Kazuhiko Hoshino at 21:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする