2019年10月19日

「脱ダム宣言」という犯罪

千曲川決壊.jpg

 何年かまえ…「コンクリートから人へ」「脱ダム宣言」などと得意気に演説していた変な県知事がいた。
 その人は税金は過疎の村に収めたいとかいって、県内の不便な村へ住居を変えて県庁まで何時間もかかる村へ自宅を移したり、どうでもいい会議は県庁の玄関にシースルーの会議室をつくって、はい私の県政は透明です、とみせそやし、重要な会議は階上の密室でやっていた。
 今回の千曲川決壊の箇所でも、千曲川への犀川、浅川合流の近くなので、堤防のスーパー化や遊水地の重要性について論んじられていたが、知事はひたすら公共事業費をけずり、景観大切、スーパー堤防はスーパー無駄、という訳で今日の惨事を招いた。

 田中康夫は頭を丸め、千曲川の土手に座って洪水の被害難民にお詫びすべきだ。

 軽井沢の北隣に長野原町がある。1949年戦後まもなくから計画された一億トン級の巨大ダム計画があった。
 利根川水系の吾妻川にあり、川原湯温泉など昔からの湯治場も水没するのたが、洪水防止と新たな利水という観点から国と流域6都県の知事が共同事業者となって進めていた。8割方できていたところに民主党政権が誕生した。
 政権のマニフェストには脱ダムが高らかに謳われ、国土交通大臣に就任した前原誠司は新聞記者を引き連れて現地に乗り込み、ダム工事中止を宣言した。時の鳩山由紀夫首相も「八ッ場ダム」中止を高らかに発表。すでに転居した住民も温泉場の業者もボー然とした。幸い自民党政権の復活でダム工事は進められ、今回の未曾有の台風による洪水被害から利根川流域の人々を救った。

 前原誠司、鳩山由紀夫は頭を丸め、吾妻渓谷の山頂から水没に甘んじた農民にお詫びすべきだ。
posted by Kazuhiko Hoshino at 13:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする