2019年11月04日

軽井沢が騙されたマーラーの指揮者

ベニスに死す.jpg

 ……疫病コレラによって死の都となったヴェニス、炎と消毒液にまみれたヴェニスの裏道をアッシェンバッハが彷徨う。
 彼は過ぎし時、ヴェニスの浜で出会った少年タッジォのまばゆいほどの美しさに、惹かれていた。少年の肉体をかりた美の極致に惚れた宿命の恋だった。 ……背景にはいつもマーラーの交響曲5番第4楽章アダージエットがなっている。
 ルキノ・ビスコンティによる映画「ヴェニスに死す」は僕の人生にとってもっとも衝撃をうけた映画だった。

 テレビからたまたまマーラーがきこえてきた。ハープと弦楽器群による4楽章のアダージエットからハープが抜け落ちている。画面にはときにハープがフラッシュして入ってくるから、音量を上げてみた、それでもハープは聴こえず弦楽群だけが聴こえてくる。音声スタッフのミスはあきらかだった。
 パーヴォ・ヤルヴィの指揮は繊細にして哲学的だったが、N響は重く3楽章のスケルツォにいたっては、棒についていくのがやっとのありさまだった。軽妙にカルカチュアされた粋な部分がN響にはなかった。

 マーラーと聞くともうひとりの指揮者を思い出す。イギリス人のダニエル・ハーディングだ。マーラー・チェンバー・オーケストラの指揮者を13年つとめた彼は、マーラーの名声とともに軽井沢に乗り込んできた。
 すっかり舞い上がった町は彼を大賀ホールの芸術監督に迎えた。さあ、世界一流のマーラーが聞けると期待したが、ついに彼はいちどもマーラーを聞かせてくれなかった。指揮したのはタンホイザーの序曲だつたり、ベートーベンの7番、あるいは新世界、軽井沢は完全に馬鹿にされ、なめられたのだ。 日本の田舎町にはこの程度の曲で充分と考えたのはたしかだった。
 町は恥をかかされ、捻出した何百万円かの契約金はドブに棄てた。騙された軽井沢がわるいのか、騙したハーディングが悪いのか。
 イギリス人の芸術家にはこんなひどい奴もいる、という見本だった。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする