2019年12月31日

テレビに巣食う赤いコメンテーター達

後藤謙次.png

 誤字脱字の女神福島みずほ、沖縄を走り回りながら関西生コンにぶらさがっている辻元清美、など國会の赤組は出自が判っているだけ始末がいい。地上波テレビに巣食っている赤組は、実態は貧相でも民衆を騙すのに好都合なテレビの看板を背負っているので、始末がわるい。

 TBSの反日番組サンデーモーニングに寄生し、テレビ朝日のモーニングショーにも顔を出す青木理がいる。慶応に学びながら延世大学へ通ったという長野県は小諸出身の男だ。政治志向の長野県人には田中康夫、猪瀬直樹、など変人が多いが、この人も韓国文在寅大統領の報道官のような真っ赤なコメンテーター、ただ赤江珠緒との密会不倫を撮られるなど脇の甘い反日主義者である。
 TBSにはもう一人、NEWS23に星浩なる筋金入りのキャスターがいる。東大から朝日新聞という赤い左翼の王道をあるいてきた。共同通信出身の後藤謙次とともにすべてはアベが悪いという赤いコメンテーターだ。

 テレビを背負っていま一番始末の悪いのは、テレビ朝日の社員玉川徹だ。そもそも総研などと称して安っぽいエリート意識で自虐史観を振り回す。玉川の顔をみていると、なんかむかつくという主婦層が多い。尊大な上から目線のせいだろう。たびたびネトウヨを攻撃するが、よって立つ地上波テレビこそ瀕死の状態だということに気がついていない。

 かって慰安婦の誤報で日本を貶めた朝日新聞の植村隆は韓国で大学教授となり、青瓦台から賞金93万円をえて得意満面だが、反日活動をアートという津田大介、官邸荒らしの望月衣塑子、東大の権威を着て男女平等馬鹿の上野千鶴子など、反日の赤い文化人はそこら中にうめこまれている。メディアの赤い人々はこの国への愛情が著しく欠落している。北朝鮮や中国が理想郷なのか、変わった人たちである。

 憲法を正常化し、核兵器や高度なサイバー戦に耐えうる日本を一刻も早く構築しなければ、スイスの如き戦争のない永世中立国にはなれない。
 香港のような状態になってからでは、すべては手遅れ、共産主義と人間の尊厳はあいいれないものと悟るべしなのだ。日本人は一刻も早く自虐史観から脱却し、世界の現実と向かい合い、永世中立の道へ踏み出さなければ、令和の平和は夢に終わるのだ。
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2019年12月29日

除夜の鐘をなくすな

知恩院の除夜の鐘.jpg 

 まもなく大晦日がくる。
 年越しの風物詩であり、民衆仏教のシンボルになっている除夜の鐘にクレームがよせられているという。 民事調停でオバカな裁判官が、防音パネルの設置と除夜の鐘以外では、鐘をつかないという判決をだしたというが、こんな馬鹿馬鹿しい判決はない。
 教会堂のまわりに防音壁をつくった国は世界中どこにも存在しない。その国の風土の一部として教会の鐘や寺院の鐘が鳴り響くのは、有り難さはあっても迷惑だという価値観はない。
 社会というものにたいする認識が著しく欠けている偏狭な市民のエゴ以外のなにものでもない。

 戦後の日本で著しく欠けてきたのが、宗教教育ではなかったか。軍部が異常に利用してきた神道にたいする反動から、国土の産土神としての神道までおかしなことになってしまった。大嘗祭は内廷費でやれという皇族がでてきたり、靖国という戦没者を祀る社を右翼ときめつけたり、何処の国でも戦没兵士の墓苑に花を捧げて祈祷する心に逆らってきた。

 除夜の鐘をなくしてはいけない。 愚かな市民に代わって、仏教の信者が108っの煩悩を払ってくれている有難い鐘の音ではないか。
それに対し、「ウルサイ!」と怒鳴る近隣の人は「他人の音」が許せない不寛容なヘンクツな人というべきだろう。そういう人は音のまったくない山奥にでも住んで熊とでも共生するしかないだろう。
 除夜の音だけではなく、クリスマスには教会から歌ミサもきこえてくるだろう。天理教の集会所があれば、ウチワ太鼓の音も聴こえてくる。神社からは大太鼓と神楽鈴の音がきこえてくるのだ。そうした宗教催事にたいするクレームは、宗教弾圧にもなりかねない。
 ウルサイと喚く人々は、自分自身の存在こそがウルサイのだということに気がつかねばならない。

 除夜の鐘をなくしてはいけない。全日本仏教会は断固たたかうべきだ。
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2019年12月27日

パリ・オペラの新作「蝶々夫人」

オペラ蝶々夫人.jpg

 パリの友人から分厚い届け物があった。
 今シーズンのオペラ座バスティーユに於ける「蝶々夫人」のプログラムだ。彼女の手紙には、予想とは違った演出だったが、芸術の都パリの寛大さを感じた、とあったので、どんな蝶々夫人かと期待しつつプログラムをひらいた。
 全く想像だにしなかった舞台写真が登場した。

 蝶々さんは白い直線裁ちの布を唐様式にアレンジした衣裳、カツラはつぶし島田をさらに四角く構成した髪型、侍女たちもみな白い直線裁ちの衣裳にお蔵の形のしろい帽子をかぶせて、カツラいらず、ピンカートンもピークド・ラベルのついた白いロング・コート……マニマルな衣裳デザインにまず驚ろかされた。構成主義的な背景で展開された蝶々夫人は、東京では見られない感動と喜びにみちた作品であったろうと想像できた。
 バスティーユにおけるパリ・オペラは、いつも大胆でその前衛性にゆさぶられるが、蝶々夫人もまた新しい解釈につつまれて誕生したことだろう。

 昨年の末はパリ中、イエロウベストの波に洗われ、ことしは大規模なストライキが展開されているが、こうしてこの国の人々は自由の権利をえてきたんだと肌でかんじています、と結ばれていたが、いつもシャンゼリゼーのイルミネーションだけに感激して帰ってくる観光客とは違う彼女の手紙に心洗われた。

 かってサンジェルマンの大学で年末のパーティを楽しんだこともあったが、キャンドルだけが贅沢にかざられ、それ以外は質素なパーティだった。安いシャンパンで乾杯をし、冷たい鶏肉を齧り、ノイズ付きのレコードで踊り、最後はセーヌの岸辺にパーティ船を見に行って終った、パリの師走を思い出した。
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2019年12月24日

働き方改革のいま昔

スタディオ録音風景.jpg 

テレビの音楽番組を制作するとき、伴奏のカラオケをレコード会社からかりてきて、そのテープを流して歌手が生で歌う…それが現在の音楽番組のスタンダードだが、かっては番組の差別化を図るため、その番組ならではの伴奏を新たにつくり、スタジオに持ち込むことが多かった。
 弦楽器を大量にふやしたり、ハープをもちこんで装飾音をふやしたり、サックスでお洒落にスイングしたり、番組なりの個性をうちだす。フルバンドにクラシックの奏者を加えて贅沢な音を創ることなど、日常的な作業だった。

 そうした伴奏の録音作業で問題を起こすのは、ままクラシックの演奏者に多かった。3時間の基本契約で集められたメンバーだが、自分の演奏ミスで録音時間が10分延びてもさっさと楽器をしまって帰ろうとする。編曲をした指揮者も、ともに演奏しているポップスのメンバーも唖然とする。要するに演奏者としての責任感が欠落している。意識にあるのは3時間という契約時間だけで、完璧な演奏をするという責任感に欠けるのだ。クラシックという保守的な音楽にたずさわっている音楽家に、そうした傾向が多いというのは実に不思議な体験だった。

 最近の働き方改革から仄聞すると、かっての体験がよみがえる。
新入社員の責任感のなさは恐るべきものがあると、伝えられる。会議ではメモをとらない、メモをとれというとパワハラだと開き直る。聞き流すので、議題の目的や意図を理解できていない。当然のごとく仕事の優先順位もわからないし、作業にやたら時間がかかる。仕事には内容と同時にスピード、つまり時間という責任もあるということがわからない。まわりに迷惑をかけ、みずからの居場所を失って結局辞めていく破目になる。
 最新のデータによると、一年以内に31%、さらに3年以内に13%、5年たつと50%の社員が退職していく。その多くが非正規雇用やプータローになるという悲しい現実の働き方改革だといわれている。
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2019年12月23日

なんきんと柚子と冬至と

江戸銭湯美人画.jpg

 昨夜は冬至だから、という理由で相方は「かぼちゃの煮付け」を持って帰ってきた。
本当は「いとこ煮」じゃないと、ぶつぶつ言いながらかぼちゃを食べさせられた。いとこ煮はアヅキとモチゴメをいっしょに炊くらしい。
 小豆の赤が魔除けになるし、かぼちゃは風邪と中風にきくといわれている。

 食後には「ゆず湯」が待ち構えていた。といってもバスタブに柚子がひとつ浮かんでいるだけだが、江戸の銭湯では、沢山の柚子が浮かんではんなりと女性が風呂にはいっている浮世絵など散見したことがあった。
 女子の冷え性や腰痛に効くといわれ、柚子の皮からでるクエン酸やビタミンCが、お肌によく、ひび、あかぎれにも効用ありといわれている。女子に人気のゆず湯、の所以である。
 柚子の実がつくまではとても時間がかかるので、運をよびこむ禊や厄払いにも「ゆず湯」は江戸っ子の通過儀礼だった。

 風呂を愛した日本人にとって、5月5日の菖蒲湯と12月22日のゆず湯は、晴れの日の風呂だったのだろう。冬至の七草は運盛りといわれ、なんきん、れんこん、にんじん、ぎんなん、きんかん、そしてうどん、優れた行事食だった。
 夏井先生に怒られないためには、ゆずは秋の季語だが、ゆず湯は冬の季語、覚えておいてそんはない。
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2019年12月21日

忘年会は行きたくない

忘年会.jpg 

 忘年会が嫌われている。
 若い女子社員にとっては、忘年会はセクハラ、パワハラの集大成のようなものだから、絶対に行きたくない。
 それ正式の業務ですか。残業つくんですよね。課長、部長にとって想像もつかなかったリアクションが返ってくる。すこし社内コミュニケーションが不足しているとおもうので、忘年会はやったほうがいいと思うんだが……、なんで部長とコミュニケーションとらなきゃならないんですか。お金と時間の無駄だと思います。そんなものやるとアルハラ、スモハラ、カラハラが発生するだけで、ひとつもいいことありません。
 私たちは勝手にやりますから、部長、課長たちは別にそちらでやってください。という訳で世代別忘年会を開くことになった会社がある。

 今時の20代は仲間意識が極端に薄い。薄いというより仲間意識はない。したがって「同期のサクラ」など、まったくぴんとこない。貴様と俺とは同期のサクラとメロディが浮かぶ世代は、もはや化石世代なのだ。飲み食いしたければ、一人でする。したがってお1人様忘年会で充分というへんな醒めかたをしている。
 女子も忘年会をスルーして彼氏と逢うか、女子だけの忘年会のほうが楽しい。うっかり付きあうと二次会まで付き合わされるのも不愉快だ。それにアルコールがはいると急に助平になるオヤジがいるのも困りものです。

 という訳で、幹事のなりてもいず、忘年会幹事代行なる起業もあるという。飲食、ゲーム、景品、お土産まで忘年会のすべてを面倒をみてくれる。予算相応の内容で、どうしても女性がほしいというお客さんには、お酌さんからホステスさん、中国語・英語に対応できるダッコちゃんまで用意してくれるそうだ。
 これぞクリステル風のお・も・て・な・し という訳かもしれない。

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2019年12月19日

韓国よ、どうぞボイコットしてください。

2020東京.jpg

 韓国オリンピックの元締、大韓体育会KSOCの発表によると、福島原発事故の影響で日本の食事は汚染しているので、韓国選手の食事はすべて本国から持ち込むとのこと。韓国独自のトウガラシのペーストなどは輸送し、肉、野菜など検疫の問題で持ち込めないものについては、もちこんだ放射能測定器で検査したもののみで調理する、というのだ。

 主催国にたいしてそんな失礼な態度はない。そんなに不安なら来ない方がいい。どうぞボイコットしてください。韓国にボイコットされても、日本はすこしも悲しくありません。世界中に従軍慰安婦像をたてまくり、応募工にさらに金寄こせという、理不尽な隣国に愛情はありません。
 なるべくなら仲良くしたほうがいいと、おもって控え目にしてきましたが、我慢ももう限界です。どうぞ東京オリンピックには来ないでください。もう韓国とは付き合いたくありません。

 聴くところによると韓国の環境団体青い世界グリーンワールドなる団体が、「福島原発事故による放射能汚染と五輪の安全性に対する疑問」と題する文書をIOC国際オリンピック委員会に送付する計画とか。7割の韓国人が東京オリンピックをボイコットせよと、叫んでいるそうだから、ますますボイコットが現実味を帯びてくる。日本にとってもその方が、風通しがよくなって好都合なのだ。   
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2019年12月17日

マルセルさんとの出逢い

堀井更科-2.jpg

 今年最後のミーティングは何処に? となれば、当然「蕎麦に限る」。
 淡路町の松やにしようか、神田の藪も捨てがたい、いっそのこと麻布十番は「堀井更科」でということになった。
 御無沙汰のうちに十番の景色も随分かわっていた。豆源はビルになったし、角には成城石井もある。中ほどに堂々たるディーン&デルーカがあり、京都鼓月もある。
 看板の立派さは入口の永坂更科と出口の堀井更科だ。年末ともなれば立て込んだ店内に蛤そばと牡蠣そばがめだっている。が、堀井更科にきてさらしなを頂かないわけにはいかない。柚子を練り込んだ更科の繊細さに多いに満足した。
 帰りに石寺さんからクラブ・ハリエのバームクーヘンとファロのマスタードをいただいた。

 帰途なにげなく拾ったタクシーに奇跡がおきた。タクシーはジャパン・タクシー、ドライバーは外人だった。登録証の名前をみるとナントカカントカ・マルセルとある。
 マルセルさんはイタリアの方ですか。いいえ僕はフランス人です。……ノルマンディの生まれです。実は二年前ノルマンディを歩きました。あっちこち行きましたけど、オンフルールや、連合軍の上陸した海岸や…でも一番好きなのはイズニーのチーズやバターです。
 彼は飛び上がって喜んだ。僕の生まれ故郷です。ファロのピノノワールのマスタードも今もっています。故郷の食べ物のはなしに彼はすっかり喜んでアッという間の東京駅だった。メルシー! フランス訛りのフランス語に送り出されて新幹線にのった。
 東京でただ一人のフランス人ドライバーにめぐり会う、こんな奇跡もたまにあるのだ、と人の縁に考えさせられた。
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2019年12月14日

歌舞伎・風の谷のナウシカ

風の谷のナウシカ.jpg 
 歌舞伎「風の谷のナウシカ」を見た。
 この作品には、壮大なとか、かってないスケールとか、の装飾語がみだれとんでいた。
 が観客は漫画の追体験がしたくて新橋演舞場に足を運んでいるわけではない。舞台という様式のなかで、戯曲として完結していなければ困るのだ。
 永年温めてきた尾上菊之助さんの情熱は判るのだが、残念ながらスタッフにその力量が欠けていた。

 脚本の丹羽圭子と戸部和久がまず第一の犯人、ナウシカも敵対する人々も人間が描けていない、行動だけをおっかけるのは漫画の欠点だが、そのドツボにはまり、目の前のスペクタクルからスペクタクルに眼を奪われ、めくり紙芝居のような浅い作品になっているのだ。
 演出のG2も仕事が荒い。下座音楽をコケ脅かしのごとく大音量で乱用し、さらに録音した映画音楽とダブらせるなど、音楽それぞれにたいする認識が滅茶苦茶なのだ。
 美術についても各国の環境について特徴ある差異がなければ観客は混乱する。どうしても説明できなければプロセニアムにスーパーを出してもいい。さらに擬人化しているキャラクターと縫いぐるみがゴチャマゼなので、作品が安っぽくなる。

 役者衆はそれぞれに努力してつとめているのだが、接着剤になるべき舞台展開や脚本が薄いので、消化不良をおこした新作歌舞伎であった。
 菊之助さんは怪我したにもかかわらず、なにごともなかったように舞台を務め、ご苦労様であった。
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2019年12月12日

いざ討ち入りでござる

忠臣蔵討ち入り.jpg

 いよいよ雪の十四日、赤穂浪士の討ち入りである。
 忠臣蔵には長い間日本人が大切にもち続けてきた精神のエッセンスがつまっている。それ故にマッカーサーはこの作品を上演禁止にしてきた。
復讐という主題は占領軍にとってこのうえなく恐ろしいテーマであったし、悔しさを押し殺しての緻密な行動、そのうえ敵を欺むいての覚悟が、戦後10年はみてとれたのだ。
 日本人が日本人であった時代の至高の物語、それが忠臣蔵だ。

 いま巷に出回っているのが「決算!忠臣蔵」忠臣蔵をコスパで考えようという映画だ。プロデューサーも監督も脚本家も全員腐っている。
 面白いからといって金男君ならぬ金蔵のはなしにしてはウオール街もびっくり、泉岳寺に眠る義士たちは全員泣いていることだろう。
「面白くなければテレビじゃない」といって我が世の春を謳歌したフジテレビの現状をみれば、結果は推して知るべし。日本映画の末期がみえている。

 筆者がいつも世話になっている写真工房フレームマンは両国吉良上野介邸跡にある。そばに吉良の首を洗った「みしるし洗い井戸」もあるし、道を挟んだ向かいには元禄二八そば・玉屋もある。玉屋では辛酸をなめた義士を偲んで、ピリッと辛い卵とじそばと、酸味のきいた天丼を組み合わせて義士御前としてだしている。
 大川屋には吉良まんじゅうと吉良せんべいがある。
 が忠臣蔵由来の菓子といえば、切腹最中にとどめをさす。浅野内匠頭切腹の岩沼藩お屋敷あとにある新橋新生堂からでている。いまでも取引先でしくじったサラリーマンのお詫びの手土産といえば、この「切腹最中」ときまっている。
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2019年12月11日

予期せぬ妊娠

ニンプ.jpg 
「予期せぬ妊娠」に関する相談を県がやっていると聞いて衝撃をうけた。
 近頃はそんなことまで県がやるのか。県政というのはもう少し大局にたって、国との折衝やら、町村では調整のきかない事象について働くのが、県政というものではないか。かって仕事の範囲、仕事の分掌についてはしっかりとしたラインがひかれ、同時にそこに発生する責任をともなうのが、働き方の基本だった。

 もっとも国会議員が、桜を見る会を追及したり、シュレッターを見学したり、前夜のホテルの視察にかまけて重箱の隅をほじくるような日々では仕事の範囲が混乱しても、けだし当然かもしれない。天下国家の大事を捨て、国家経済の振興案も考えず、中国、北朝鮮による危機があっても思考停止状態では、なんのための国会議員かまったくわからない。
 反対、反対、すべては安倍のセイダーズでは、国民が呆れ、まず働き方改革は野党からして欲しい、と願うのもけだし当然だろう。

 そうした政治の品格のなさをまえに、「予期せぬ妊娠」について県に相談する呆れた男女県民が増殖しても仕方ないのかもしれない。人間として覚悟をもって性と向かい合うことは、小学校のときから教えてこなかったのか。性教育など及びもつかなかった我々世代でも、結果についての責任は本人が負ったし、本人が負いきれない時は親ともども責任をとっていた。
 県にまで相談にいくそんな大馬鹿野郎はいなかったし、県もそんなことまで介入しなかった。個人の問題はとことん個人の問題として処理したのが社会のルールだった。

 県は「すくなくない数の人が悩みを抱え込んでおり、必要な事業」といっているが、そんなところに回す職員がいたら、千曲川の泥さらいをさせたほうが、よほど公益にあっている。
 「妊娠したかもしれないがどうすればいいか」……病院へ行きなさい。それで終り。それ以上の相談は過剰サービスである。

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2019年12月10日

香港が壊れていく

香港夜景.jpg 

  香港が壊れていく。
 強欲な共産主義の前に一国二制度は風前の灯になっている。 いま戦っている香港人にすこしの乱れでも生まれれば、習近平は香港の共産化のため雪崩を打って香港支配に乗り出すことだろう。
 これは国内問題なのだからクチをだすな、と威嚇しつづけ、結局アメリカもだまって見守るしかない。

 無防備で野次馬を決め込んでいる日本も、気がついたら尖閣を取られ、沖縄すら本来中国の領土であるという主張のもと侵略されかねない。
 中国共産党の領土的野心は計り知れない。かって中国政府は、太平洋を真ん中で割って、東をアメリカ、西は中国の支配権下にして統治しようと提案したことがあった。さいわいアメリカが拒否したから助かったが、中国人の中華思想は、さほど尊大で迷惑きわまりないものだといことを理解する必要がある。
 日和見左翼主義者がよくいうように、お話合いで解決できるようなそんな生易しい問題ではない。武力には武力で対抗しなければならない。

 ヴィクトリア・ピークから眺めたあの世界一の夜景も共産党の支配下におかれ、観光客は監視され、スパイと疑たがわれかねない。
 道教と仏教と儒教の三大宗教が祀られた九龍の黄大仙が、いつのまにか習近平の廟になりかねない。パワー・スポットなどと悠長なことをいってられない。100を超える占いベースも人民を惑わせる魔界としてただちに閉鎖になるだろう。手相も面相も風水もみな台湾に逃げだすだろう。
 すでに香港に住む中国人は雪崩を打って海外に脱出し始めていると伝えられている。とりあえず台湾、とりあえずシンガポール、富裕層はカナダか、ヨーロッパへと移住の準備が進んでいる。

 初めて日本の空にジャンボ・ジェットが現われた時、いまは人間国宝になった藤舎名生、堅田喜佐久師とともにジェット機上でショウを行い、香港に乗り込んでヒルトンのボールルームで中国伝統合奏団と競演したことがあった。あの頃の日本と中国には今のような物騒な話はなかった。中国合奏団のメンバーは、1調一管の日本の調べのダイナミックさに共感をもって応じてくれた。
 日中に友好の絆はあった。今のようにギスギスしてきたのは、ひとえに中国の中枢に育ってきた領土的野心に外ならない。
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2019年12月09日

いざ、美味なるカニの北陸へ

北陸の蟹.jpg

北陸新幹線で東京駅に着く。
TESSEIのおばさんが、ごみ袋の口をあけて待っている。エスカレーターが工事中なので階段を降りる。
 そこで待ち構えているのは、巨大なポスターである。
 美味なる北陸…カニの脚…富山県、カニの爪…石川県、カニの甲羅…福井県、三県合同のカニ・キャンペーン、巨大なポスターが3枚続けて貼りだしてあるのでその迫力は凄い。その上、ポスターのデザインが秀逸で、黒地に赤いカニの部分が超アップで迫ってくる。北陸三県にはカニしかいないか、といいたくなるほどの強烈な主張である。
 カニをたべないおまえは日本人に非ず、すぐカニを食べに北陸へ来い、といわんばかりなのだ。
 ただちにカニを食べに行きます。許して下さい。………でも先月の千曲川氾濫で新幹線が泥水につかり、電車の数が足りない。

 戦後まもなく初めてのブルーバードで、京都まわり北陸の海岸線を走った。降りしきる雪のなかに日本海がうねり、街道筋では大きな石油缶が湯気をあげていた。三国あたりからカニの茹でたてが点々とあった。
 車を止め、かじかんだ手にカニの脚をもち、小雪とともに食べたカニの脚の美味かったこと、いまだに忘れられない。

 いつのころからか多種多彩なカニの小皿料理がもてはやされるようにらなった。
 カニ味噌、茹でカニ、焼きカニ、内子、そして大きな脚、爪を土鍋のダシにくぐらせてのしゃぶしゃぶ、カニの甘露に食欲が震える。さいごの雑炊にいたり、ああこれで今年の冬も無事過ごせたと、至福の気分に浸るのだ。

 が食の罪深いのは、カニの余韻を待たず、さて次なる「ふぐ」は何処にしようか、と食欲のスケジュールを考えていることだ。
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2019年12月06日

見逃していた亀戸升本の弁当

亀戸升本の弁当.jpg 
 江戸名物に大根ふたつあり。
 ずっと太くて長いものが練馬大根、根本がそこそこで直ぐに細くなるのが亀戸大根、江戸っ子はよほど大根が好きだったようだ。横丁には大根足がごろごろいたし、芝居町へ行けば大根役者が大見得をきっていた。
 その大根と深川沖のあさりを合わせて名物にしたのが、「亀戸大根あさり鍋」である。その大根あさり鍋を看板にしたのが亀戸升本だ。
 実はその升本がとてもいい仕事をしていた。

 膳まいの看板にかくれて気がつかなかった。膳まいは幾種類もの弁当をならべているが、特にどれというほどアピールしていない。並んだ弁当のガラスケースの三段目にあったので見逃していたのだ。三段目には、亀戸升本の弁当が遠慮がちにならんでいた。

 六角形のうつわに入った「すみだ川(あさり炊き込みご飯)」を買い求めたが、軽井沢まで持ち帰るほどの我慢がもたず新幹線に乗るや否や早速にひろげた。
 煮物は里芋、人参、椎茸などさして珍しくもないが、ひとつひとつのしっかりした味付け。箸休めのくらげ煮、木くらげ煮の食感、さらに鶏つくね、鰈漬焼、牛八幡巻、帆立煮、あさり煮、揚げ蒲鉾、合鴨煮と箸が進むに及んで、これほどしっかりと江戸の味付けをしている弁当に嬉しくなった。
 とうてい弁松あたりのおよぶところではない。昔ながらの弁当に心意気がこもっている。亀辛麹が中央にがんばっているのも自信のしるしか。かの東京駅名所 祭 にこの弁当がないのが不思議なくらいだ。てらいのないこうした弁当に、江戸っ子の味覚がある。

 弁当箱の裏に貼ってある商品ラベルをみると製造者(有)健康厨房(亀戸升本)とあったが、健康厨房はいただけない。まずい給食センターにあるような名前で信用できない。なぜ堂々と亀戸・升本と書かないのか、江戸っ子のいなせが許すのは、せいぜい亀戸ますもと迄と思う。
 いつか亀戸までいって「亀戸大根あさり鍋」の恩恵に浴したい。
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2019年12月04日

蕎麦好きの蕎麦ざる

黒竹そばざる.jpg

 蕎麦好きなので、あちこちの蕎麦やにいく。
 東京での蕎麦や巡りも充分したのだが、それでも蕎麦やに行きたがる。
 六本木にいたころには、麻布更科にずいぶんと世話になった。ホーム・パァティーに御前そばの50人前をもってきてもらったこともあった。
「いらっしゃいいいぃー」で迎えてくれる神田のやぶも懐かしい。久しぶりに12月は蕎麦にいこうということになって、淡路町の松やか、麻布十番の堀井更科、どちらにしようかと相談がまとまらない。結局わかりやすい堀井更科で令和元年の蕎麦終い、という結論になった。

 美味い蕎麦やの蕎麦ざるはなかなか良いということに気がついた。取り寄せの蕎麦には念をいれても、我が家の蕎麦ざるはすこし残念なのだ。もう何十年も使っているのだから、この際、ふだん使いの蕎麦ざるを奮発しようということになった。

 国産の竹造りに限る。日本の竹は工芸においても実用でも最高の素材といえる。茶道具から花器、花入れ、バスケットに手提げ、背負い篭、シャンデリア、日常の普通から超高級まですべてに対応する素晴らしい素材だ。
 端正な竹の網目の美しさ、使い込めば使い込むほどの艶、直線に曲線にすべてに順応するシナやかさ、まるで恋する女性のような、古女房のような、しなやかで丈夫な個性の持ち主である。

 さて蕎麦ざるだが、マルとシカクでは丸にきまっている。直径は21cmから22cmほどがいい。網目が美しく繊細で少しばかり個性的なザルがいい。シロ竹、アオ竹、クロ竹、虎斑竹、色はそれぞれにあるが、いまさら青竹の蕎麦ざるでは面白くないので、結局決まったのは「黒竹・戸隠風・蕎麦ざる」 工人によれば、竹を騙しながら美しく編み上げるのが、腕の見せどころだという。



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2019年12月02日

二枚目大根役者の系譜



池部良.jpg

 二枚目の役者はおおむね大根役者と決まっている。それが二枚目の伝統というものである。
 戦後3代の二枚目役者について考えてみた。

 先ず戦後二枚目スターの走りはなんといっても「池部良」。身長178cm 立教大学をでて知的なイメージのスマートな役者だった。
 映画の代表作に青い山脈、坊ちゃん、現代人、雪国などがあるが、演技はけっして巧いとはいえず、そのほとんどが柄だけで勝負する二枚目スターそのものだった。
 父は風俗漫画家の池部釣、母は岡本一平の妹で、従姪は安倍昭恵につながる。日本映画俳優協会初代理事長をつとめたが、自身「芝居の下手な二枚目が必要なときは是非私に…」といっていた。二枚目に生まれついたが、いつも大根役者の自覚があり、好感のもてた役者だった。

 178cmの身長をそっくり受け継いだ二枚目スターが「石原裕次郎」だった。放蕩の限りをつくし、兄慎太郎の庇護のもとスター街道をあるいた。足の長さでは戦後第一といわれ、良家の育ちを感じさせながらの不良性と甘いマスクが満天下の子女を酔わせた。賢妻北原三枝さんにも助けられ、筆者もドラマでいっしよの仕事をしたが、ドラマの分かる取巻きに恵まれずいい仕事はできなかった。
 映画では狂った果実、錆びたナイフ、赤い波止場、嵐をよぶ男などあったが、演技的に取り上げるべき作品はなかったし、テレビに転じて後も西部警察などまんなかで報告を受けるだけでみずからすすんでの汚れ役はなかった。結局残したのはスキーやヨットの怪我、正月をハワイで過ごす芸能人のイメージ、とそれに石原プロの炊出しだけだった。

 三人目は極めつけ、なにをやってもキムタクの「木村拓哉」である。アイドル出なので、池部や石原のごとき人間くささに欠ける奥行のない二枚目になっている。好きな男ランキングではいつも首位にあって人気抜群なのだが、普段の表情もかわらず喜怒哀楽の感情に欠ける典型的なアイドル顔がとにかくつまらない。長い間アイドルをしているとこうなりますよ、といった代表的なつまらない顔つきなのだ。
 作品にはHERO、武士の一分、マスカレードホテル、テレビではロング・バケーション等あるが、才能があって素晴らしいというキムタク派と、なにをやってもキムタクだから取り上げるほどでもないというアンチに別れる。内面をもっと充実させないと二枚目馬鹿におちいるだろう。
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2019年12月01日

華やいだ京舞の国立劇場

京舞手打ち.jpg 
 大劇場についたら、いきなり眼にはいったのは冨美代さんの大女将、祇園甲部の総務である太田紀美さんだ。次々と劇場につくお客さんにご挨拶である。ロビーには、椿の柄のK留袖に井菱の金の帯を締めたお姐さん方がならんでお迎えをしている。若いひとは舞台にでるので、引いた人やら上がった人、町方のお名取さんが現役にかわっての接待がかりをつとめている。井上流のお揃いはこうしたひとの波のなかでも結構映える。
 一力亭の女将さんがお客さんを案内している。廣島家のおかあさんは何かにとりつかれたように小走りに目の前を走った。木村咲さん、つる居さん、比路松さん、玖見さんそれぞれ日本一のベテラン女将総出演のお迎えである。チラシだまりに人垣ができているのは多麻の女将さん、「あちこち飛び回ってもあきまへん。ここにいたほうが、お客さんとあえますねん。はっはっはっ。」体重に比例して座りがいい。 ロビーのそこここに、虎屋さんが、月桂冠が、聖護院八ッ橋さんが応援のテーブルを出している。客席についたら目の前にたけ田の女将さんにあった。懐かしい、学生時代からの知り合いである。

 21年ぶりの京舞東京公演。ここ何日かは祇園町はほぼカラッポになる。女将さんから芸妓、舞妓の半分以上がここ平河町の国立劇場にくる。当然の如くご贔屓筋もみな国立に集まる。研究家も数寄者も、関東の踊りのお家元衆もみな集まる。
 祇園町につたわる京舞と称する踊りにおおくの関心がよせられる。花街の舞を超えた日本舞踊の歴史に興味のあるひとにとって、これほど興味深い舞の公演はない。今回も座敷舞としての地唄、上方唄、を中心に一中節、義太夫、そして祇園のみに伝わる手打が上演された。
 能の伝統に人形浄瑠璃が加わり、御殿舞がさらに御所の許しをえて伝承された井上流ならではの舞ぶりが楽しみなのだ。

 番組は舞妓の上方唄京の四季に始まった。葉子師の芦刈には人間国宝になった名生の笛が冴える。地唄通う神、一中節松羽衣、地唄梓と続く。ベテラン芸妓の舞ぶりはさすが、格調高いお茶屋の座敷で何年も鍛えられてきた年輪が舞いに滲み出る。
 まめ鶴さんの梓、流れの身の憂さ辛さ、薄情を恨み、供えられた樒を打杖にして舞う様はまめ鶴さんならではの死霊の凄さ、孝鶴さんフク愛さんの通う神も地唄ならではの晴れやらぬ心を唄って田毎の月にたくした恋心を舞い上げた。
 圧巻だったのは照豊、豆千鶴のお二人による松羽衣、もっとも能の羽衣に近い特徴のある作品だったが、漁夫照豊の抑制のきいた見事さ、天人豆千鶴の美しさが能にあって能にない独特の空気をつくりだしていた。 お家元八千代師と次代安壽子師の三つ面椀久は他流にはない作品でいわずもがな。
 最後の手打ちが圧巻、江戸の頃、ご贔屓役者を先頭に芝居小屋に乗り込んだ町衆やら花街の意気込みが見えて見事、かっての藤十郎さんのごとく役者の大名題をひきつれて舞台入りを果たしたら、さぞや素人衆の喝采を呼んだことだろう。




posted by Kazuhiko Hoshino at 18:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする