2020年01月31日

錦市場打田の菜の花漬

菜の花畑開聞岳.jpg

 昔といっても何十年か前、九州指宿にロケにいったことがあった。
 六本木はまだ冬、寒さのなかにあったが、指宿にはもう春がきていた。黄色い絨毯、開聞岳のふもとに見事に広がっていたのは、菜の花畑だった。出逢いの始まりの舞台としてこんな素晴らしい映像はなかった。
 以来、春を告げるのは黄色だと信じるようになった。指宿の菜の花は日本でいちばん早く咲くと告げられ、90万本あると教えられた。

 軽井沢に住むようになり、飯山の菜の花畑を知った。千曲川の東岸にひろがっている。
 小学唱歌おぼろ月夜の舞台だった。菜の花畑に入日薄れ 見渡す山の端霞深し……夕月かかりて匂い淡し 
 子供心に景色に匂いがあるということを教えられた。

 窓のそとに黄色い花がみえるようになると、京都が気になってくる。
 錦市場の漬物やさん、打田の菜の花漬が食べたくなる。 ほろ苦さとほのかな香り、打田の菜の花漬は春の来訪神だ。
 山形のつや姫を炊いて、開花直前の菜の花漬に醤油を少しつけて、くちに運ぶと幸福がひろがる。
 菜の花漬は春の匂いをはこんでくる。  
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2020年01月30日

動物は人間の友なりや

タケネズミ.jpg 
 30数年前、世界中を駆け巡った病気が「エイズ」だった。
 ニューヨークのダンサーも、ヴェガスのバンドマンも、原宿の美容師も、みな亡くなった。筆者が六本木から軽井沢に転居したのも街にエイズが溢れ、床屋のガラスに「当店は完全消毒をしていますのでエイズの心配はありません」そんな貼り紙があたりまえのように張られるようになって、とても人間の暮らせる街ではないと、信州の高原に転居した。 感染由来は「羊」だといわれた。

 以来動物由来の感染症が次々とあらわれた。
 「B・S・E」狂牛病というのがあった。日本の検査は異常とけちをつけられ、アメリカ産の妖しい牛肉をたべさせられた。ある日突然に全身の神経がおかしくなり、フニャフニャ人間になるというアニメのような話だった。感染由来は当然「牛」だった。

 「MARS・マーズ」中近東から世界に広がった。「ヒトコブ・ラクダ」から始まった感染症といわれた。
 「SARS・サーズ」は「コウモリ」から人間の身体に入り込んだ感染症といわれた。
 「カモ」「ガチョウ」からは「鳥インフル」が日本中の鶏舎を襲った。
 「イノシシ」由来の「豚コレラ」はいまでもあちこちの食用豚を大量殺りくしている。
 そして今、武漢から全世界に輸出されている新型コロナ菌による肺炎が、「タケネズミ」「アナグマ」からの感染由来といわれている。

 これほど動物由来の病原菌が人間の生存を脅かしていても、片方では愛するペットで、動物を可愛がっている人間が多い。
 ある時、スーパースプレッターのごとき「犬エボラ出血熱」が発生し、ペットをみな殺処分になければならない事態がやってくるかもしれない。
 眼の前で展開しているのは人間対動物の感染戦争なのだ。
 生物兵器は核兵器を超えるといわれている。現に武漢には生物兵器の研究所が二つあると伝えられている。
 ペットには病原菌がいないと信じているのは、人間の都合にくみした妄想にすぎない。

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2020年01月28日

ケンブリッジVSサセックス戦争

ケンブリッジ対サセックス戦争.jpg

 事件は「ケンブリッジVSサセックス戦争」といわれている。
 兄ウィリアム王子即ちケンブリッジ公爵は、なにごとにたいしても感情をあらわにせず、いつも冷静な態度で公式な任務につき、ロイヤル・ファミリーの名にふさわしい態度で己を律してきた。
 それに対して弟ヘンリー王子は、ドラッグを使ったこともあるヤンチャな性格で王室の枠にいつもぶつかってきた。それぞれの妻キャサリーン妃とメーガン妃の不仲が、さらに兄弟の確執を深めたといわれている。キャサリーンは慎ましく簡素な生活を送ってきたのに対し、メーガンはハリウッド・セレブまるだしの浪費癖がある。

 「メーガン妃は英国王室をオノ・ヨーコしている」ともいわれている。オノ・ヨーコが、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの仲を引き裂き、ビートルズ解散の引き金を引いたという故事にならっている。ここに日本人のオノ・ヨーコがでてくるのはいささか不満だが、ここには白人の有色人種への差別感があるというのが現実である。
 とくにメーガン妃の出生が綿花奴隷の血をひいているという点が、英国のクラス階級には我慢ならない。 王室を守っていくのは結局「血」しかないというのが、多くの人々が、口に出さずにおもっていることでもある。

 女王と英国民をもっとも怒らせたのは、「サセックス・ロイヤル」をアメリカで商標登録したということだ。
 これによりロイヤルの称号が安っぽくなり、ヘンリー王子夫妻はすべての英国民を敵に回してしまった。サセックス・ロイヤルをブランドにして金儲けをはかるなど、メーガン妃以外には考えられないことだからだ。
 ヘンリー王子の最悪はバーガー・キングの顧問になって、サセックス・スペシャルでも売り出すしか残された道はない。
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2020年01月24日

サラリーマン川柳に投票する


令和.jpg

 今年もまた第一生命のサラリーマン川柳最終ノミネート作品100首が発表された。
 筆者流ベストナインを選んでみた。

 ☆ 欠点を 個性と言い張る 新社員   /カクト
                 バブル以来、この傾向はますますひどい
 ☆ 長時間 会議で決めた 時短案   /北鎌倉人
                会社も国会も会議ほど金のかかるものなし。
 ☆ 調べもの OKグーグル 辞書はどこ   /なにわのあっちゃん
                  答えに不安が付きまとう懐疑主義者。
 ☆ AIに 引継ぎするのが 大仕事   /まだ人間でいたい
                能力引き継いだバカにAI忠実か、AI判定機構
 ☆ できる人 昔残業 今休暇   /印刷太郎
              ハワイとシンガポールに群れる日本人
 ★ 顔認証 オンとオフでは 別認証   /セキボー
                 AIと化粧技術の関が原・資生堂VSガーハ
 ★ 60年 政権交代 しない妻   /夜来香
              はたして妻の座に努力と進歩の跡が見られるか。
 ☆ 居場所なく 近所のベンチで テレワーク   /通勤し隊
                     テレワーク、僕のベットか、公園か。
 ☆ 平成に ついていけずに 令和来る   /喜夢多来
                  浮世のはかなさをうたう
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2020年01月23日

ネット・ショッピングの不思議

ネットショッピング.jpg

 楽天ユニオンなる出店者の集まりが、公取に調査を要求した。
 もとはと言えば、楽天の送料無料で消費者に届けるというサービスが気にいらないというのが理由らしい。送料は出店者に持ってもらうというのが、不公正な取引を禁じた法律に反するという理屈なのだ。

 アマゾンはすでに2000円以上買えば、送料無料になっている。
 出店にかんする規制はない、送料サービスがいやならほかのネット市場に出店すればいい。いちいち楽天を俎上に上げるというのは、解せない。小売についてなんの抑制もないし、出店者のチョイスの問題以外のなにものでもない。
 出店者のセールス努力で利益をあげていくのが、資本市場の原理原則ではなかろうか。

 ユーザーの立場からみると、出店者は甘えている。そんなにサービスがいやなら自分自身でネット・ショッピングを立ち上げればいい。価値あるものならサービスなしの直売+送料でもユーザーは買うだろう。魅力がなければ買わない、それだけのことだ。

 応援しているのはヨドバシカメラだ。
 早いし、安いし、送料無料だからだ。ネットショッピングの激戦区でヨドバシカメラの努力は並大抵のものではないが、そこまでやらなければ生き残れない、競争社会なのだ。役所に助けてもらって、商売をしようとはどこまでも図々しい。

 ユーザー側でも涙ぐましい努力をしている。
 メーカーの直販ページを開いてみる。 同種他メーカーの商品を比べる。 そのうえ価格ドットコムでどちらが安いか検討する。ならば本体価格と送料無料やいなや有料の場合の合計と比較してようやく結論に達する。
 具体的に購買行動をおこすまでにこれだけの予備行動が必要なのだ。



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2020年01月22日

顔認証のげんじつ

顔認証.jpg

 南紀白浜がいま注目されている。
 顔認証の実験地域としてNECが展開している「IOTおもてなしサービス実証」である。
 空港をおりたらモニターの前にたつ。カメラが認識すると「ようこそタカハシさま、白浜にお出掛けいただきありがとうございます。どうぞご自由に白浜をお楽しみください。」
 無論カードデータなどの登録もするのだが、以後の滞在、観光にはいっさい金銭はいらない。
 旅館についても「いらっしゃいませ、タカハシ様、お部屋は離れの弁天島をご用意させていただきました」荷物は先にお部屋に届けられているし、バーもお土産物も顔パスである。

 部屋を出る時も自動的にロックしてくれるから鍵は不要。ビーチのレストランでも手ぶらで顔パス、現金やスマホを持ち歩く必要もないので、紛失・盗難の心配もなく、岩陰の浜辺で時を忘れて愛に浸るのも可能だ。顔パスの有難さがしみじみとわかる。
 お化粧はどうなるの、と心配するデスクだが、スッピンで拒否されるほど現在の顔認証はおくれていない。…でもお化粧落としたら別人だよ、どこまでも心配するのは女性である。

 白浜で可能なら、軽井沢でもやったらいいのに、うっかり口を滑らしたら、「ダメでしょう。軽井沢の観光逗留客の3分の一は不倫です」と痛い発言がとびだした。顔認証と不倫は相性が悪いようだ。
 この国のあらかたの観光地に顔認証が導入されて最後の町が軽井沢という結果が待っている。G20には真先に手を挙げる町長も個人情報保護のたてまえで反対するかもしれないし、近頃ご当地で結婚式を挙げた大臣だって賛成しかねるだろう。
 かくて人に優しい不自由な高原のリゾートが、つづいていくのだ。
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2020年01月21日

PV+応援村・オリンピックの特等席が全国に

パブリックビューイング.jpg 
 オリンピックの切符が当たるから、電化製品を買え、保険に入れ、ガソリン入れろ、あの手この手でオリンピック商売が繰り広げられている。
 高いホテル代を払い、交通制限だらけの町中を歩き、たどり着いた会場でコメツブほどの選手と競技をみて満足するのなら、それはそれでいいかもしれない。
 オリンピックを見てきたと、自分に無理矢理納得させて、同時代に生を受けた満足感に浸るのもそれなりの人生かもしれない。

 が冷静に考えれば、自宅でゆっくりテレビを楽しむのが、極上の東京2020であることは論をまたない。テレビがいささか古くてとか、もう少し大きい画面で見たいといなら、やはり重い腰をあげねばならない。 向かう先はパブリック・ビューイング。

NHKでは「8Kスーバーハイビジョン・パブリックビューイング」を全国64か所に立ち上げる。東京都と組織委員会は「東京2020ライブサイト」を30か所つくる。
 PVの周辺には「応援村」が出来る。
 PV+応援村で、オリンピックをみながら飲み食いできるというのがコンセプトで、全国2000ヶ所にできる。
 応援村の実行委員には渋谷区始め千葉市、別府市、三重県、など全国自治体首長が顔を揃え、全会場2000万人の動員を見込んでいる。オリンピックを見ながらご当地名物を楽しむという、特等席が全国にできる。すべて無料。コスパ最高。

 ニッポン何処でもオリンピックであって、高いチケットもいらないし、交通費もいらない。業者はチャンスとばかり、高性能のPVでサービスし、オリンピックグッズを持ち込む。飲食も地元零細業者とナショナル・ブランドが入り乱れて商戦を繰り広げる。
 好きな時に好きなゲームを見て、好きなアルコールと食欲をみたして、オリンピックとつきあうのは、智慧のあるオリンピツクの楽しみ方かもしれない。
 何万円のチケットに眼の色をかえるのはオリンピック中毒の人である。
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2020年01月20日

小泉進次郎と桜井翔・似たもの同士

小泉進次郎.jpg桜井翔.jpg

 「小泉進次郎」と「桜井翔」、政界と芸能界ふたつの異なる世界にいきているが、この二人何処となく似ている。中味を感じない。
 風評被害という言葉があるが、この二人は反対に風評人気のまんなかにいるように感じる。見た目になんとなく二枚目だ。客観的に充分二枚目だが、二人とも主観的に充分二枚目を意識している。
 なんとなく真面目そうだが、ふたりとも結構遊んでいる。適当に真面目でない部分がミーハーの関心をつなぎとめる。そのうえ似ている部分といえば、二人とも毛並みがよさそうにみえるところだ。地方議員の家柄とエリート官僚の家柄が二人の毛並みを引き立たせている。

 小泉進次郎は父親の小泉純一郎から、地盤・看板・カバンを受け継いで議員になった。地元の祭りに参加して、「私にとって祭とは、有権者との握手の機会だし、ふれあいの機会である。」と発言して肝心の祭りをスルーする。
 永田町文学にある「言語明瞭、意味不明」が得意だし、国連の気候行動サミットに於いて「この問題はクールでセクシーに取り組むべきです」と発言して世界の失笑をかった。
 首班指名の選挙のおりには、いっさい発言せず、発言しないのが私の立場表明で通し、のちに石破茂に投票したと吐露したのには皆アッケにとられた。問題の本質にふれないで自己主張するあたりが、パフォーマンスだけの男と揶揄されてしまうのだろう。
 最近では妻クリステルの出産にさいし、2週間の産休をとると大臣初めての産休を発表、政治とイベントの区別のつかないB層の支持をえている。環境大臣をやっているが、環境に対する見識はいっこうに聴こえてこない。

 桜井翔はピアノ、水泳、サッカー、油絵、塾といった習いごと家族のなかで育ち、中学2年に自ずから発起してジャニーズJrを受けた。以来ジャニーズという池で育ち、嵐というアイドルチームでラップ担当をしてきた。
 2006年からはニュース・ゼロでニュースキャスターをつとめるようになったが、アンアンでセミヌードを発表するなど、パフォーマンスが好きなところは小泉進次郎と似ている。
 ニュース番組にでていても、じぶんごととして受け止め発言している有働由美子にくらべ、奥行のないアイドルに落ち込んでいる。
 彼女とは一緒にいたいから一緒にいるだけ、成長を求めることはない、と発言しているが、人間としての深みに気が付かないと息の長い芸人にはなれないし、ニュース・キャスターの見識もなくなるということを自覚すべきだ。
 シンガポールのラッフルズ・ホテルにたびたび訪れる有名人として写真が掲出されても翔自身の肥しにはならない。嵐とともに永遠の活動停止にならないことを祈る。
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2020年01月17日

裸足のアベベとピンクのスニーカー

ピンクのスニーカー.jpg

 ピンクの靴が問題になった。
 記録をだした優秀選手はみなピンクのスニーカーをはいていた。
 ピンクの靴は目の敵にされ、世界陸連から使用禁止のお触れがだされるそうだ。
 一足3万円以上もする靴を選手たちは皆10足以上もかいこんで次々と履き潰していた。ナイキ製の厚底シューズ、ヴェーパー・フライには、カーボンプレートが埋め込まれその反発力で画期的タイムがたたきだされる。
 マラソンシューズが最新のカンニングをしたようなものかもしれない。

 2008年の北京五輪では水着が問題になった。
 高速水着レーザーレーサー、英国スピード社が開発した縫い目のない水着だった。
 この水着に人間を入れるには3人の助けを借りなければ身体につけることはできなかった。 以来いくつかの制限事項ができた。水着にはラバー、パネルの使用禁止、使用できるのは繊維に限る。身体を覆う水着の表面積にも制限が加えられた。

 パラリンピックのカーボン・プレートによる義足は健常者よりも高性能というので、問題がおきた。
 健常者よりも高性能な肢体が開発されたのなら、わざわざパラリンピックは開催する必要がないのではないか。健常者とハンデキャップの間に機械という科学が割り込んだ。もう一度スポーツの原点を見直そうという議論が巻き起こった。

 「裸足のアベベ」1960年のローマ五輪ではエチオピアのアベベが2時間15分16秒でマラソンを走り切った。
 靴なしの裸足だった。いっそのことそこまで戻って、ピンクのスニーカーも人間の身体より小さい水着もみんな棄てたら、クーペルタンの理想に近ずくことが出来るだろう。 
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2020年01月16日

まさか、あのシャノアールが…

レトロナ喫茶.jpg 
 荒涼たる焼跡にポツン、ポツンとできたのが、喫茶店だった。
 住宅事情が極端にわるく、人々はようやく小さな喫茶店という空間を手にいれた。あの頃の喫茶店は町の社交場であり、仕事の打合せもほとんどが喫茶店だった。
 うんちくをきかされながらネル越しのコーヒーをいただき、ついでに文学論や歴史論もついてきて喫茶店というのは、インテリ夫婦の起業によるビジネスだった。
 寺山修司と初めてあったのは、阿佐ヶ谷の喫茶店だったし、横尾忠則さんとあったのは新宿の武蔵野茶廊だった。一杯のコーヒーでポスターの依頼をし、一杯のコーヒーでポスターを受け取った。
 そのうち300人も入るうたごえ喫茶やレコードを聴かせる名曲喫茶ができ、大型化していった。

 シャノアールは、コーヒーだけでなくパスタやサンドウィッチもあり、ゆっくり時間をつぶせる喫茶チェーンだったが、とうとう倒産してロングリーチグループに買収された。
 昔ながらの町の喫茶店もはじからつぶれていく。
 総務省統計局のデータによれば、1981年のピーク時に15万4630店あった喫茶店は下降の一途を辿り、2016年には6万7198店と半減し、現在では5万店を辛うじて維持している状況ではないかといわれている。

 スタバやドトールなどセルフサービス型のカフェに押されたのは、価格の違いが大きいといわれているが、ライフスタイルの変化により、古い喫茶店にありがちの密閉型の空間より、開放型の空間がこのまれるようになり、なによりも喫茶店でのコミュニケーションがわずらわしくなった現代人の孤独な環境に原因があるように思われる。
 シャノアールがなくなり、セブンイレブンの立飲みが、人生の空白をうめてくれるのだろうか。

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2020年01月14日

山田洋次の愚行・コラージュ寅さん

お帰り寅さん.jpg

 山田洋次監督が晩節を汚した。
 目下公開中の「男はつらいよ お帰り寅さん」のアイディアが、実は美術家横尾忠則のアイディアだったというのだ。
山田洋次はホホ被りの状態だが、横尾忠則が週刊誌まで巻き込んで怒っている。
 なにが日本を代表する監督だ。黒沢明とともに二大監督とは笑わせる。根本的にレベルが違う。黒沢に対して失礼だ、というのだ。
 その指摘には筆者も賛成だ。映画史上で語るべき創造性は山田洋次にはない。たまたま柴又・寅さん・だんごやという設定が興行作品として当たっただけで、映画としての文学性もなければ、映像における創造性もない、いわば映画のソープオペラのようなもので、強いて言えばだらだらと長くやったというだけの商業作品にすぎない。そんなことも判らない松竹のプロデューサーがお詫びに訪れたというので、横尾忠則の怒りがさらに増した。

 大晦日の紅白歌合戦には美空ひばりが出演した。美空ひばりはとっくにあの世にいっているから、そこにいるのは夢マボロシである。もっといえば死人が現れるのだからお化け屋敷である。その美空ひばりをみて感動したという話はない。たまにバカなタレントがお嬢がいると叫んだとか、実在しない芸人の再現に力をいたすより、明日のイメージ未来のうたのありようにエネルギーをそそいだほうが遥かに意味がある。
 歌舞伎でも獅童が一生懸命初音ミクと競演しているが、無駄な努力はさっさとやめ、本来の舞台に戻らないと時間の無駄なのだ。

 寅さんのコラージュに力をつくすのも芸術家の仕事ではない。そんなことは興行師のやることで、再び寅さんを登場させ金儲けができる喜びが目的なのは明らかだ。 その意味からも山田洋次は芸術家ではなく、商業監督なのだ。コラージュ本来の未来空間の映像に登場し強烈なプレゼンとなりうるなら、芸術的作業として貴重だが、柴又だんごやに登場して二番煎じの噺のなかで動くのではなんの意味もない。

 この国で芸術的映画監督といえるのは、黒沢明、溝口健二、市川崑、小津安次郎位のものだろう。

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2020年01月13日

スルー人が繁殖している

忘年会スルー.jpg

 テレビを止めて六本木に事務所をつくった。
 渋谷ジャンジャンを舞台にした芝居、帝劇や宝塚をつかったミュージカル・ショウ、SKDのレビュー、東京巴里のファッション・ショーの制作、テレビ番組の制作、オペラの制作演出、あらゆるジャンルのあらゆる演出をやってきた。
 ある時、事務所をたたもうと決意した。勿論理由はある。スタッフの考え方が「いい作品」から「いい条件」、作品中心主義からミーイズムに変わってきたことだった。

 時代はバブルを迎えていた。年の暮れ、明日は事務所の大掃除をしよう、なにげに発言した処、新入りの女性スタッフが、私は掃除にきたんじゃありません、演出をしに来たんです。といって欠勤してしまった。昔は拾年早いと先輩におどかされたものだが、能力を顧みず自己主張する時代になったのだと思いを新たにした。
 歳が明け早速に演出事務所の解散を宣言、そして軽井沢に転居した。以来、大勢のスタッフでやる仕事は整理し、写真や著作の仕事を中心にすえたのだ。

 兆候はあった。社員旅行が歓迎されなくなったのだ。いま盛んに言われている「スルー」である。忘年会もスルー、面談もスルー、会ってお願いしなければならない事項でもメールですます、すべてがダメもとで努力はウザイのだ。電話で話すのもウザイのでスルーする。
 リハーサルもスルーしたい。これでは演出はなりたたない。

 年賀状スルー、新年会スルー、バレンタイン・スルー、ホワイトデー・スルー、お花見スルー、結婚式スルー、新聞スルー、読書スルー、どうしてもスルーできないのは、北朝鮮、核兵器、中国共産党、それもスルーしているのは立憲民主の枝野某と共産党ぐらいのものか。
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2020年01月11日

楽屋見舞・水屋見舞のちかごろ

雷おこし笑点版.jpg

 初春芝居には楽屋見舞いがつきものだ。
 芸妓衆の温習会なら、お部屋見舞いになる。茶会であれば水屋見舞だ。
 相手は元気でぴんぴんしているが、裏も表もたいへんなお仕事なので「何々見舞い」という名のご挨拶になったのだろう。

 演出という仕事がらお見舞いはいただくことが多い。
 落ち着かない仕事なので、じっくりと食べなければならないものより「食べやすい」ものがいい。
 1人でいただくより、まわりのスタッフと頂く場合が多いので、皆に「分けやすいもの」ものならよりいい。
 スプーンとか、フォークを必要とせず、「手をよごさないで」いただけるものならますます歓迎である。
 つまり、食べやすい・分けやすい・汚さない この三原則こそが最高の楽屋見舞いなのだ。

 大きな人寄せの「初釜」水屋見舞なら人気一番は「特級みかん」、簡単に皮がむけてポンと口に放り込めるのが人気の秘密。小腹がへっても食休みはとれないので、お手伝いに喜ばれるのは、「手毬すし」小ぶりで一口なのがいい。洋食好きには赤とんぼの「一口サンド」、まい泉の「かつサンド」など、おつなの「いなり寿司」もランクイン、木村屋のアンパンという変化球もある。おやつにいいのは、千疋屋のバナナまたはひとくちゼリー等、今年の新人は雷おこしの笑点版、最近の雷おこしは、以外に歯にやさしい。ただしこの差入れは洒落のわかる楽屋に限る。

 いろいろ並べたが、いちばん喜ばれるのは「お包みもの」といわれるキャッシュだ。関西の差入れはこのお包みものが圧倒的に多いが、関東ではお花やケーキになる。やはりライフスタイルの違いか、それとも本音の暮らしか、見たくれの暮らしか、そのへんに人間のサガが覗く。
posted by Kazuhiko Hoshino at 17:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月10日

イギリス王室とにほん皇室の不祥事

ヘンリー王子メーガン妃.jpg秋篠家眞子佳子.jpg

 東西の「皇室」、「王室」、いずれもが困った状態になっている。
「皇室」では困った娘がいて、催眠術にかかったように男がみえなくなって両親と話をしない。その妹は日本舞踊ならぬヒップホップに狂って踊りまくっている。放任主義で育てた両親はこれまた皇族意識が薄く、兄の天皇継承にともなう大嘗祭を私事だから内廷費で賄え! 等と無理難題を吹っかけている。
 「王室」では色狂いの王子がハリウッドの女優に熱をあげ、強引に結婚、彼女の魔力に惹かれ、高級王族の地位を捨て、これからは経済的自立を目指すと宣言、エリザベス女王の許可もとらずに、テレビとネットで発表する。女王は卒倒するほどに激怒、イギリス中はハチの巣をつついたような騒ぎになっている。

 天皇と女王をいただく東西の二つの国が、いずれもこうした問題をかかえこんでいるのは、どこかに共通の欠陥があるのではないか。戦勝国と敗戦国の違いこそあれ、いずれもが戦後の世界的な自由主義、平等主義の波に洗われ、得体の知れないグローバリズムの影響で、国体にたいする認識が薄れ、自分本位のわがままがまかり通るバカリズムがひそかに浸透しているのではないか。

 イギリス王室ではダイアナ妃の奔放に悩まされ、パリにおけるダイアナ妃交通事故は王室による暗殺を疑われる有様だった。今回のヘンリー王子とメーガン妃による高級王族離脱も、結局は年上離婚歴のあるメーガン妃の影響大とよまれている。王族のないアメリカ人にその地位の重要さがまったく理解できない。なにしろサセックスという爵位をブランド化して稼ごうという浅はかさにあきれるばかり、簡単にもうかるような錯覚におちいっている。トランプという不動産屋を国家の元首とする国民なのだから英国の伝統などまったく眼中になく、ヘンリー王子を都合のいい男ぐらいにしかおもっていないのだろう。

 国民の税金によって日々のなりわいが保証され、万世一系の天皇による日本をわかっていない秋篠家の娘たちにも困りものだ。皇族の役割についてしっかり教育してこなかった秋篠宮夫妻と宮内庁の役人が一番悪い。小室家の非常識ぶりも見えないとんでもない娘になった。小室圭のパフォーマンスも催眠にかかったように無批判になる。僅か400万の借金も返さない母子にどう考えても正義はないのだが、眞子佳子姉妹の眼には全国民の心配が眼にはいらない。皇嗣としての強権も発動できない秋篠宮も情けない。本当に困ったことだ。

 イギリスのEU離脱の混乱、にほんの憲法改正できない情けなさ、それぞれに王室、皇族の不祥事が反映しているようにも見える。
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2020年01月08日

祇園甲部の始業式

祇園始業式.jpg 

 日本一艶やかな始業式が開かれた。
 祇園甲部の始業式は1月7日である。吉祥文様の裾模様をみせた黒紋付のお姐さん方と、赤い帯揚げの舞妓さんたちが一堂に会する。
 始業式はあっても、終業式や卒業式のない祇園町の歳の初めの通過儀礼である。

 まず芸妓、舞妓の誓い、五か条の誓文を揃って読み上げる。
壱・私たちは常に美しく優しく親切にいたしましょう。
壱・私たちは祇園の伝統を誇りとし、心の修養につとめ、技芸の習得に励みましょう。
壱・私たちは善良の風俗をみださない様、清潔でありましょう。
壱・私たちは京都の国際的地位を認識し、新知識の吸収に意を用い、視野を広めましょう。
壱・私たちは常に良き風習を作り、皆さんから愛せられましょう。

 昨年もっともよく働いた売花奨励賞、技能優秀賞など、好成績の芸妓、舞妓、お茶屋が表彰される。成績優秀の芸舞妓さん方はあちこちで評判となり、「いっそうお気張りやっしゃ」とほめそやされ、さらに頑張るのだ。
結びは井上八千代家元の地唄舞「倭文」、天鈿女命の岩戸舞に三番叟の型を取り入れた井上流の秘曲で舞納められる。

 厳粛のなかの艶やかな始業式である。
 「おめでとうさんどす。ことしもよろしいにおたのもうします」
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2020年01月07日

初春の「菊一座令和仇討」

菊之助正月国立.jpg

 劇場に入るとそこここに繭玉が飾られ、大凧が上がっている。
 ロビーの中央では江戸太神楽の獅子舞が正月を寿いでいる。
 一角には吉徳による祝いの羽子板が飾られ初春狂言と役者衆の首絵がたのしい。
 芝居好きの奥様方やお嬢さん方はここ一番の着物姿で清々しいほどに美しい。菊五郎劇団の初芝居はここ平河町の国立劇場、もう何十回通ったことか、三島由紀夫が大好きだった鶴屋南北の通し狂言はいまだにその伝統を保ち、菊五郎さんのこだわりと国立文芸部の努力によって続けられている。

 菊一座令和仇討…金沢瀬戸明神の華やかな揃い踏みに始まり、古寺の化け物騒動、懐かしい團蔵、秀調に始まる六浦堤の場、江戸銭湯福寿湯の板の間かせぎ、小存知鈴ヶ森のだんまり、そして大詰めのつらねから大殺陣、立回りから大団円の富士の山と桜尽くし、初春狂言の要所をおさえた楽しい構成であったが、敵討ちの不条理を正当化するエネルギーにすこし欠けていたきらいはあった。
 初春芝居につきものの曽我の十郎五郎のおはなしが少し遠くへ行ってしまったことが、白井権八、鑓の権三への感情移入の浅さにつながり、幡随院長兵衛の大物ぶりも、観客にはあまりピンとこない世の中になってしまったのではないか。落語に言う客が悪いといったことなのかもしれない。
 が菊五郎劇団の初春狂言には、そうした情報化社会の欠点を蹴散らしていくエネルギーがまたれる。三幕目に一段の工夫、スペクタクルな演出がひとつはいったらよりよくなった令和仇討だったことだろう。

 ひさしぶりの富司純子さんに馳走にあずかり、菊之助夫人も元気だった。ナウシカで怪我をした菊之助さんも活躍し、客席では横溝幸子さんにあった。暗い客席でメモをとりながらの評論活動もさぞご苦労なことだ。たまたま記者総見の日にぶつかったが、浮世絵につぐ民俗遺産として歌舞伎を守ってほしい、と念じながら平河町を後にした。
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2020年01月05日

「いいね」が社会を幼児化する

幼児化現象.jpg 

 女権が圧倒的に伸び、その進出度で国力まで測られるようになってきた。
 本来女性のもつ大きな特質に、繊細な皮膚感覚がある。子育てをする宿命から、けだし当然なことでもある。
 そんな女性たちに媚びて、男性もどんどん父性社会から母性社会に舵をきっている。

 幼さを一人前の人間として尊重し、そこのけそこのけ子供が通る、社会になってきた。
 スカートを履く男、化粧する男、私を認めなさいとばかりにメディアに登場する。マットお前はお前の好きな道をゆけ! 桑田のセリフは信じがたいが現実にそこにある。
 男女の壁を乗り越えて、すべてが幼児化してきている。
 幼い欲望はわがままを生む、トランプ大統領のアメリカ・ファーストなども排他的なわがままである。

 情報社会の登場により、混乱に輪をかけた。新聞やテレビにある民主意識より、SNSによる自己主張…いわゆるジコチュウが主流をしめるようになった。
「いいね」が判断の主役になって承認欲求だけがどんどん育っていく。そこには冷静に社会全体に目配りしようという大人の知性はない。とんでもないことでも、それが目立って多くの「いいね」がもらえれば、それこそが正義にすりかわる。

 女の子にバレエをさせたがる、男の子をジャニーズにいれたがる、すこし育ってくるとサカミチに入りたい娘たち、ユーチューバーになりたいという男の子、みんな社会の見えない幼児化の産物だともいえる。
 果てしない承認欲求は、自己中心主義となり、いつか犯罪を育てる土壌にもなる。哲学がなく欲望だけがある明日に希望はもてるだろうか。
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2020年01月04日

カジノとIRと日本人

ラスベガス夜景.jpg

 IRに60年通っている。賭博ではない、ショー・ビジネスである。
 60年前はサバクのなかにポツンとある隔離された町だったが、今では世界一のIR都市に成長した。 アメリカ、ネバタ州、ラスベガス……人口47万人のカジノを中心にした劇場、グルメ、ショッピング、そして世界巨大ホテル12のうち11までが存在する総合アミューズメント都市、眠らない夜の不夜城と言われてきた。金持ちはバカラに興じる。貧乏人はスロットマシーンだ。奥様たちは昼はショッピング、夜はショー劇場を楽しむ。コンベンション・センターでは毎週格闘技の世界選手権、どこのホテルでも最高級のグルメと博打が待ち構えている。
 安倍内閣では成長戦略の目玉と位置ずけているが、はたして日本人の生活のなかでIRが根ずくだろうか。少し心配である。

 IRの建設にむかって早くもスキャンダルが噴出した。暮れの12月25日衆議院議員にしてIR担当副大臣だった秋元司が逮捕された。議員会館で300万円の金をうけとっていたとか、深圳のIR推進企業500.comへ自家用ジェットで訪問していたとか、沖縄のIR推進会合で500.comから依頼をうけて講演していたとか、次々と中国企業との癒着があぶり出された。
 中国マネーがかなり深く政界に楔を打ち、暗躍していることだろうと推察できる。500.com側では政界の5人に金を蒔いたといっている。IRを言い出した石原知事のころには、アメリカ系の資本と名古屋のパチンコ資本による陰謀があぶり出されたが、今では中国マネーの世界制覇と絡んでのIR推進になっている。

 戦後モルモン教の資金とマフィアの鉄の規律によって作られたラスベガスは、いまでは世界的なホテルチェーンや、不動産会社、ハワード・ヒューズ、など富裕層のものとなっているが、それでも世界中の犯罪はなんでもある、といわれ、表の顔と裏の厳しさを読み解けといわれている。
 もしこうした都市の後ろに中国共産党がついたら、考えるだに恐ろしいことになる。保守系の中国信奉者や、だんまりを決めている左翼中国礼賛者は、もう少し頭を冷やし、現実路線にもどってIR、カジノとはなにかを考えるべきだろう。
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2020年01月02日

カルロス・ゴーンという大泥棒

カルロスゴーン.jpg 

奇岩奇勝の妙義連山のうえに、かすかな雲のわれめができた。
 みるみるわれめは明るさをまし、爽やかに太陽が姿を現した。東京オリンピック2020年の初日の出である。
 新しい新聞と、お年賀がどっさりととどく。大晦日には恒例祇園川上さんの心尽くしオセチも着到した。
 シンルイの娘も、いま人生最強の体重ですと宣言しながら現れた。いつものような平和な元旦がすぎていくと、静けさをかみしめていたら突然に全く突然に不愉快なニュースがとびこんできた。

 日産のボス、カルロス・ゴーンが日本から脱出したというニュースだ。15億円の保釈金を納めて保釈中の身の上で、出國は禁止されているのに、女房と計らって楽器のケースに隠れて逃げたと報道されている。日本最強の弁護士がつき、やがて公判が開かれるという状況にあったが、事態は180度の転換である。 ヨーロッパの犯罪映画に描かれているような絵空事が現実となって突き付けられた。
 相変わらず間抜けなテレビは、ゴーン被告が出国しました…とさもありなん風にオバカな報道をつづけている。

 警察、検察、裁判と日本の司法制度そのものがバカにされた、とんでもない犯罪が起こったにも拘らず、怒りをもたない国民ってなんなのか、考えれば考えるほど呆れる。コケにされた弁護士も言うことはありません、という無責任な発言に終始している。監視カメラをつけ、パスポートも預かっていて逃亡の片棒をかつがされたのだ。

 とある賢人会で、本場フランスではゴーンの背任についてどういう反応なのか、と問われたことがあった。
 具体的な犯罪行為についてあったか、無かったかについは裁判をまつしかないが、中東レバノンとかギリシャの商人にたいする認識は非常に良くない、国家そのものが不安定なので、政治は勿論のこと法律などに対する信奉心は極端にひくい。勿論ビジネスについてもモラルはなく、その場かぎりの民度のひくい人間が多い。かってケネディ未亡人が再婚したアリストテレス・オナシスなどもカルロス・ゴーンに似た人間のたぐいだ。日本人はもっと国家の民度、民族の民度について、より慎重に考えねばならない。
posted by Kazuhiko Hoshino at 12:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする