2020年02月11日

紀元節の橿原神宮

橿原神宮紀元祭.jpg

 紋付袴姿の年老いた正しい日本人が列をなして行く。
 突然に国歌が聴こえ、振り返ると国旗の波がやってくる。後に続くのは民族主義者の一団である。足並みを揃えようとしているが上手くいかない、なんとも微笑ましい民族主義者たちだ。
 近ずいてきたスピーカーの君が代にかぶせるように、おぼつかない喇叭隊が紀元節のメロディを奏しながら行列をつくる。
 ……日の丸、旭日旗、皇居遥拝、天皇陛下万歳、等々、左翼反日主義者や韓国が嫌うすべてのもので境内は埋め尽くされている。
 奈良は明日香の里にある神武天皇即位の橿原神宮2月11日のリアルである。

 日教組が目くじら立てて「嘘だらけの日」と言っていた「建国の日」は確実に日本人の心に生きかえっているような気がする。
 初代天皇である神武天皇が即位されたこの日を明治政府は「紀元節」と定めた。辛酉年正月朔日と日本書紀に記された即位の日を、太陽暦に変え2月11日を紀元節ときめた。

 マッカーサーはこの紀元節を徹底的に嫌い、神道によりでっちあげられた虚説とし、日本と日本人のアイデンティティを消し去るためにこの日を祝うことを禁止した。
 何年か後、主権を回復したあとも、マッカーサーに洗脳された日教組や反日学者の反対でなかなかこの「建国の日」は実現しなかったが、昭和42年にようやく国民の祝日となった。虚だとか神話だとかと言って未だに拒否する人がいるが、欧米にも神話は存在し、それぞれの民族、国家の誕生を祝う記念日がある。民族のよって立つアイデンティテイはそれぞれであって当然なのだ。

 「私が望んだのは、「建国記念の日」などという「休日」ではなく、「紀元節」という「祝日」なのであった。」
 劇作家福田恒存はそう言って嘆いた。こんな名称では2月11日の由来も、建国の紀元を確立した古代日本人の気概も伝わってこない。紀元節として国の成り立ちのすべてを国民が共有して祝うことこそが、2月11日なのだ、と。
 たんなるホリデーと認識する多くの日本人が存在するのが悲しい。
posted by Kazuhiko Hoshino at 18:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする