2020年02月15日

東京一のエロイ祭り

下赤塚田遊び.jpg

 東京にはいろんな祭がある。
 太神楽はもちろんのこと、里神楽も獅子舞も神輿も山車も、餅つき唄、みずとめ舞、角乗り、囃子、式三番、びんざさら、車人形、万作芝居等々。山王神社、深川八幡、神田明神の江戸三大祭、そして浅草の三社祭、江戸っ子は本来まつり好きだったのだろう。がこうした大きな祭以外のちいさな祭にも捨てがたい面白い祭がある。

 建国の日の前後、板橋下赤塚・徳丸で行われる「田遊び」は東京のエロイ祭りとして最強のまつりである。田んぼと畑が見渡す限りの東京のころから、1000年は続いている五穀豊穣と子孫繁栄のためのまつりなのだ。
 科学がない時代、交わりのすえ子供ができる不思議、田圃の稲穂に米がはらむ不思議、こうした不思議は祈りで解決するしかなかった。暖かさと光が訪れるこの時期ゆえ、この辺りの農民たちによって秘祭として夜に行われてきた。
 稲作の初めから収穫までの予祝と、子孕みへの願いがひとつになって、この祭りはできている。

 女陰を象徴化した花籠に、男根をおもわせる花槍が繰り返し突進する判りやすいパフォーマンス、あるいは 翁の太郎次とおかめのやすめによる性行為に似たおこないなど、じつに明解な子孕み願望そのものだ。苗代つくりから収穫までの稲作行為とからんで、子供の登場でみごと願望成就となる。
 無形文化財の指定をうけるまえは実におおらかにダイナミックに演じられていたが、お役所のお墨付きとともにエロイ部分がうすまり、文化財にふさわしい行儀のいい芸能になってしまったのが残念至極である。

 田遊びに立ち会うと、江戸農民のリアルな願いが見えてくる。 
posted by Kazuhiko Hoshino at 14:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする