2020年05月30日

深草の里に生まれた「祇園うちわ」

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 急にここ一週間でみどりが増してきた。
 白樺も紅葉も枯れ木のごとき有様だったのが、葉が茂り目隠しのごとくに繁茂してきた。まもなく軽井沢の夏がくる。

 ダイソンの扇風機より待ち遠しいのが、祇園町からのご挨拶の「うちわ」である。
 今年はコロナのお蔭で、お茶屋さんも芸妓さんも舞妓さんも、みんなヒマしてたので、ご挨拶のうちわどころではないかもしれない。そんななかでもお姐さんの芸妓さんなら、がんばって夏の「ご挨拶のうちわ」を作るかもしれない。裕福な旦那さんでも付いていれば、なおさらのこと、都の花街の風習なのだから「うちわ」位は造るだろう、と都合のいい妄想をえがいて「うちわ」をまっている。

 とくにお商売のうちやら、料理やさんはこのうちわを玄関先に並べて商売繁盛のお守りにしている。客を呼ぶ花街の芸妓衆や舞妓の名のはいったうちわは、客寄せの飾り物として最上のものである。
 片面に置屋さんの紋、もう片面には置屋の名前と舞妓名が渋い茶で書いてある。衿をかえて芸妓になったら、自分とこの紋と姓に変わっていっぽん立ちしたことが判る。
 先斗町や上七軒は置屋の名前は書かず、それぞれに町の名前を書いて舞妓名と並べる。祇園町では祇園と書かないのがほんものなのだ。

 うちわは昔みやこの南、深草の里でつくられていた。深草には真竹が多く、粘りがあり湿気に強い竹であったところから、深草のうちわ作りが始まったとされている。
 暑い夏の配りものに昔は町衆から始まった習俗が、花街に残ったものだそうだ。邪気を払い、病魔退散のしるしに「うちわ配り」の習俗はウィズ・コロナの今、ジャストフィットのイベントではないか。

 小野小町と深草少将の百夜通いでは、こんにち唯のストーカーでかたずけられるが、祇園うちわで顔をかくしての恋心なら九十九日の悲劇は起こらないかもしれない。
 ポリエステル製の販促うちわは、「うちわ」とはいえない。 、
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2020年05月28日

美々卯と山本屋

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 東京近辺にある「うどんすき美々卯」が一斉に閉店することになった。
 コロナのせいか、やっぱり関東は蕎麦なのか、いろいろと詮議されているが、香川のシンプルなうどん以外では圧倒的な人気を誇ってきた。

 半世紀前、初めて大阪で演出の仕事に呼ばれ、美々卯につれてってくれるならと条件をだしたら、お安い御用とばかり淀屋橋の本店に連れていかれた。
 いかにも大阪風な気風のいい仲居さんが、大きな真鍮の打ちだし鍋に次々と材料を入れる。
 出汁は利尻の昆布と土佐清水のメジカ、仕上げに宗太鰹の削りかけ、そして車海老、蛤、鶏、椎茸、子芋、白菜、湯葉、ええものいっぱい入れるから美味しくなると、関西弁のウンチクを聞きながら饂飩にたどりついた。

 もう一軒わざわざ饂飩にありつきたくて通ったのは「名古屋の山本屋」。
 あの頃東海道線をいっぽん見送って名古屋に途中下車、駅の地下にあった山本屋の味噌煮込みうどんに駆け込んだ。
 赤味噌と白味噌にザラメを加えた山本屋の味味噌がなんとも嬉しく、ぐずぐずと煮立った出し汁が伊賀の土鍋で登場すると全身がときめいた。
 シコシコとした張りのある生めんに蒲鉾とねぎと玉子の乗ったシンプルな組立と、名古屋ならではの味噌の奥行が忘れられない旨味をつくっている。
 次の列車に乗った東京まで、味噌煮込みのシアワセで帰ってきた。

 香川のうどん、あつあつ、あつひや、ひやあつ、ひやひや、といったうどんそのものを食べる作法を覚えたのは、高齢者になってからのことである。

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2020年05月25日

軽井沢ぶんか組 スタート

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 コロナ禍のさなか「軽井沢ぶんか組」がスタートした。
 かねてから旧軽井沢しののめにあるCafe来美のママ隅防つるえさんとのプロジェクトである。

 テーマは「ぶんかを雑談する。 ぶんかを楽しむ。なかま。」である。とくに分野を決めることなく、その時々に応じたテーマでやろうという気楽な集いだ。

 第一回はコロナの予防ということでテレワークでつないだ「軽井沢いま・むかし」。縄文期の軽井沢から、こんにちの軽井沢の実相について、東山道の時代から中仙道、信越道、を経て今日まで、果たして現状はにほんのリゾートと言えるのかどうか、そのへんに焦点を当てたテレワークだった。人間不在のソーシャル・ディスタンスとやら、筆者世代にかなり欲求不満のたまる形式的集合で、実行はしたが血肉の通らないテレワークだった。(4月19日)

 第二回は「LGBTとにほんの芸能」。祇王妓女、仏御前のむかしから世阿弥を経て、歌舞伎、宝塚、ジャニーズ、マツコにいたる芸能を取り上げた。時の権力と白拍子や能楽の関係、阿国歌舞伎、若衆歌舞伎、そして野郎歌舞伎と幕府、戦後中原淳一からマツコまでを、時代のなかでLGBTな人々がはたした役割について論じた。20枚ばかりのフォト・フィリップを使ってトークとのコンビで実行した。(5月24日)

 第三回は6月21日14時から、テーマは「祇園の通過儀礼」。春夏秋冬祇園町の様々を芸舞妓の日々を通してみていこうという内容の予定。

 会場は軽井沢旧道しののめのCafe来実、興味のある方は、0267-31-5110隅防さん宛 電話で申込んでください。 


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2020年05月22日

苔が語る白拍子の悲しさ

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 まもなく梅雨時になる。
 梅雨が待たれるのは、霧の美しい風景と、苔がいちだんと深い魅力につつまれることだ。

 自身のなかのモス(苔)ツーリズムの聖地はというと、
 奥入瀬渓流、京都西芳寺、祇王寺、そして旧軽井沢の奥の別荘の庭にとどめをさす。
 信州の山から吹き下ろす湿り気の多い風と関東平野から吹き上げる風が軽井沢の森に美しい苔を作り出す。ままイノシシなどが苔のしたに隠れているミミズなど引っ張り出し、苔庭を荒らした景色にでくわすが、実にがっかりする。イノシシに苔庭の美しさなど判る筈もなく、致し方なしとするほかないが彼らの所業の下品さに悲しい思いが膨らむ。

 苔の花が咲いたころ、西芳寺のご本堂で雨宿りをさせていただいたことがある。初めての京都旅行だった。
 雨が上がったあと、木漏れ日に明るさをました苔庭の美しさをいまでもはっきりと覚えている。まるで阿弥陀様が降り立ったような不思議な感興にとらわれた。足利義満からスティーブジョブスまでみなこの寺の苔に魅せられて通ったといわれ、この空気から金閣寺が生まれた理由もなんとなく体感できたのだ。

 遠くから訪れる人は苔の寺といえば西芳寺というが、都のひとは祇王寺とこたえる。
 平清盛と祇王妓女のものがたりが、身近に思われるからなのか。
 祇王寺の苔に白拍子の悲しさ、仏御前の孤独を感じさせられるのか、苔むすさまに女性の無常観が浮かぶのかもしれない。
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2020年05月20日

スペイン風邪による遠山郷の悲劇

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 インカ帝国が滅びたのは、スペイン風邪のせいだったと、テレビで池上なにがしが得意気に話していた。
 手元に「スペイン風邪などの疫病と民俗」について桜井弘人さんの論文がある。長野県の秘境と言われている遠山郷を舞台にこつこつと足で集めた論文である。
 20世紀初頭に世界的に大流行したスペイン風邪の爪痕と民俗に残された文化的影響についてのべられている。信州の奥にある小さな村が悪疫と戦った伝承には、慄然としてコロナ以上の恐怖を覚える。

 スペイン風邪では、日本人の死者は関東大震災の五倍にものぼる45万人だったと伝えられている。コロナを抑え込んだのは、日本人の意識が高いと自画自賛している場合ではない。ついこの間のスペイン風邪で、ニューヨーク、イタリア以上の被害をだしていたのだ。

 遠山郷にある下栗の伝承に記されている。大正7年生まれの胡桃沢ちさ子さんは、満2歳の時、一時間のうちに両親を相次いで失った。
 最初に母が亡くなり、埋める穴を村の衆が掘っている最中に父も亡くなったので、「おとうも死んだで長く掘れよ」長い穴に二人を埋葬した。育ててくれたおばあちゃんから後に聴いた話だという。薬も注射もなく、ひとつの集落は全部死んで創健者はひとりもいなかったという記事が上の記事である。

 インカ帝国の話も結構だが、足元の日本の出来事を伝えることも大切ではなかろうか。

 こうした疫病の結果、村の入り口に大きな草鞋を作ってつるしたり、集落に憑りついた疫病神を外に出して、無病息災を願う「事の神送り」という信仰行事が始まったという時宜をえた論文が伊那民俗研究からだされている。
 民俗を知ることは世界を知ることだ。
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2020年05月17日

中国の罠に堕ちたレナウン


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 アパレルの名門レナウンが倒産した。
 今では当たり前になったデパートでのブランド販売を戦後いち早く実現したのがレナウンだった。
 新宿の伊勢丹に初めてレナウンだけの販売コーナーが出来たというのは、当時のファッション業界では異例中の異例だった。それほど当時のレナウンは先進的なイメージをもっていた。 そのレナウンが、倒産するとは悲しい出来事である。

 新聞報道をよく読んでみると、売上高の半分以上をしめるデパートでの販売高が近年落ち込んでいる処に、数年前に選んだ増資先に中国資本を選んだという決定的な誤りを犯していた。
 中国市場の規模の大きさに眼がくらんで、中国進出を試みる日本のビジネスは多いが、いざ困った時に中国市場の売上げを宛てにするととんでもないことになる。
 中国市場での利益は絶対に海外へ出さないという火事場泥棒のようなことをするのだ。
 今回のレナウン倒産でも中国繊維大手、山東如意科技集団からの売掛金がいっさい回収できずに倒産に至ったのだ。
 中国資本と中国市場のすべてを清算しないかぎり、レナウンの再生はありえない。目先の金に眼がくらんでふたたび中国資本に飛びつけば、確実に中国化するしかない。
 日本の財界人には中国信者が多いが、結局は中国共産党の一帯一路に組み込まれてしまうという現実を理解できていないのだ。

 中国の奸計に落ち込む前に、日本の事業として日本が努力しなければならない。次次と中国の罠にはまっていくことのないよう政府も手を打つべきだろう。

 地上波テレビにおいてヒットCM第一号だったレナウンのワンサカ娘を思い出した。
 "ドライヴ・ウェイに春がくりゃ イェイイェイイェイ …… プールサイドに夏がくりゃ イェイイェイイェイ …… レナウン レナウン  レナウン娘が お洒落でシックな イェイイェイイェイェイ ……
 あのCMにでていたモデルの陸麗明はいまどうしていることだろう。
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2020年05月15日

神馬堂と葵家やきもち、上賀茂名物はどっち?

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 京都人よりも古く京都に住んでいた人のことを賀茂人という。その賀茂一族の氏神様が上賀茂、下鴨の二つの神社である。
 山城の国一之宮が世界遺産上賀茂神社という次第。そして上賀茂神社大鳥居の前に頑張っているのが、葵餅通称やきもちをつくっている二軒のやきもちやさんである。
どちらが本家というわけではないが、大鳥居に向かって右側にある葵家やきもち総本舗と左側にある神馬堂は、それぞれにきわだって特徴がある。

 左側の神馬堂はいわゆるクラシック・スタイル、厚い鉄板のうえで九つほどのやきもちをじっくり焼き上げて、並んだ客に順番に竹の皮につつんでわたしていた。
 早朝から客はならんで、ひとつひとつじっくりと焼くおばあちゃんの手元を見ながら、日がな文句も言わずもちの焼きあがるのを待っていた。
 神馬堂の客は気長でなけばならなかった。

 向かいの葵家やきもち総本舗は客を待たせなかった。観光バスから降りてきた客が押し寄せると、手際よくビニールに包まれたやきもちの箱詰めをわたしていた。
 包装紙も平安時代の御所車をあしらったいかにも京都のお土産風、当然のごとく駅のお土産売り場でも、デパートの京都催事でも「やきもち」といえば、葵家のやきもちが並んでいる。

 神馬堂のやきもちは日持ちがしない。焼き上げたその日のうちに召し上がってください、という今時信じられないほどの脚の短さ。
 焼き上げたやきもちを受け取って宿に持ち帰ったころ、ちょうど荒熱がとれて実に美味しい。丹波の粒あんと餅のバランスも良く、品のいい甘さと素朴で懐かしい味わいが口中を充たす。
 グレイの神馬のかたちに赤の鐙の神馬の包み紙も懐かしく、上賀茂神社の神馬舎のとなりにあったという歴史も語ってくれる。
 自在の鉄瓶がちんちんと湧くかたわらでやきもちを焼いていたおばあちゃんは旅立ってしまったが、いまでもたまに神馬堂の名にふれると、その後の神馬堂の「やきもち」が気になる。


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2020年05月12日

検察庁法改正反対ツィート・デモの怪

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 またぞろ反日左翼を中心に、オバカな芸能人を巻き込んでの「安倍反対デモ」が起こってきた。
 小泉今日子、きゃりーぱみゅぱみゅ、嘉門タツオ、宮本亜門などという相変わらずの芸能左翼を押し立て、日弁連150人が署名しての反対運動である。
 いつもの国会前大集合はコロナの関係もあり、不可能と悟り、ツィッター・デモという新手を考えてのアンチ・アベ大合唱だ。
 朝日新聞は470万ツィートの世論が押し掛けたと書き立てたが、肝心のツイッター社がちょっと待て、これはオカシイと気が付き調査したところ、不明の発信元から大量に流されたスパム・ツィート、宣伝用の人為的インチキ・ツィートであるということが判明、ツィート・デモの90パーセントが削除された。

 反対の趣旨は「検察庁法の改正に反対」、さらに呆れたことに「三権分立が壊される」、ここまでくると失笑せざるをえない。三権分立と行政府の定年延長が何故絡んでくるのか、まったく理解に苦しむ、よほど勉強しなかったか、超阿呆としかいいようがない。
 日弁連150人も日弁連4万2千人のなかの150人だから、恐らく韓国系乃至東大左翼の反日日本人に違いない。それでなければこんな無理筋の反対デモは起こせないだろう。 黒川検事長の定年が2年延びても、安倍首相はなにもできない筈、この法律が通れば官公労をバックにした立憲民主が感謝されるはずなのに、野党の立ち位置も不思議だらけなのだ。

 ひょっとすると、このツィート・デモは、中国の戦略サイバー工作軍の対日戦略かもしれない。それ以外考えようのない不思議な反対運動である。
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2020年05月10日

ヴェネチアの悲劇

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 「アドリア海の女王」という言い方に惹かれたし、「水の都ベニス」そんな呼び名にも惹かれて、数回のヴェネチア行があった。
ヘミングウェイの常宿でもあった五つ星+Lのグリッティパレスの朝食に憧れて、大運河からボートでチェックインしたこともあった。朝日に輝くサンタマリア デッラ サルーテ聖堂を前に、ゴンドラの行き交うキャナルを見ながらの朝の食事は、夢のまた夢のときだった。

 ある年の大晦日にはサンマルコの広場で、足の踏み場もないほどのシャンパンのボトルの破片の中で、新年のハグをかわした。無数の花火が新しい年の来復を告げていた。
 迷路のような狭い路地を訪ねて、カサノヴァのトランプを買いに行ったこともあった。亡き岩田糸子さんとゴンドラに揺られて島中を遊びあるいたこともあった。

 万華鏡のようなヴェネチアがもつとも輝くのはなんといっても二月のカーニバル、世界中のセレブが集まって美しいマスクをつけ、中世のドレスをきこんで島全体が何世紀の昔に帰る。仮面をつけ、時代衣装をまとえばだれでもが祭りの主人公になれる。
 昔貴族たちが美しい娘たちを手に入れるため、仕組まれた仮面舞踏会の作法がそのまま二月のマリア祭に持ち込まれたのだ。わくわくするような美しさに包まれた猥雑な行為に、人々みなが生きる命を謳歌しているようだった。

 ことしのカーニバルは、武漢コロナのおかげで途中打ち切りの憂き目にあつた。中国の一帯一路の甘言に乗った結果がこれだった。
 カーニバルのマスクの中にはかってのペストの経験から「ペストの医者」と呼ばれる鷲鼻のマスクもある。マスク工房の店は蠱惑的なマスクを店頭から引き揚げ、みなこの「ペストの医者」を飾ったが効果はなかった。
 ヴェネチアの全人口の一割ものひとびとが、あの世にたびだってしまった。 人影のきえたサンマルコの広場は悲しい。ペストの医者も悲しいけど、これが現実だ。
 ヴィスコンティの「ベニスに死す」が蘇ってきた。
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2020年05月05日

五月の空に鯉のぼりがいない

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 今日は端午の節句だ。
 事務所に多くのスタッフが出入りしていた頃には、この日は必ず鶴屋八幡の柏餅を積んでみんなに振舞っていた。
 事務所のベランダには小さな鯉のぼりを出して、男たちの仕事ぶりを祝っていた。六本木の空にも鯉のぼりがあがっていた。

 軽井沢は田舎だから当然鯉のぼりは上がっていると信じていたが、旧軽井沢にも中軽井沢にも追分にも鯉のぼりはない。男の子が生まれていないのか、それとも親は子供の健やかな育ちを念じないのか。
 三井の森にも鯉のぼりはいない。軽井沢の空に鯉のぼりはいない。

 愛する我が子が鯉のように逞しく、激しく流れ落ちる滝を登り、龍のように天を登っていくように、祈らないのは何故だろう。
 黒い真鯉は父と冬を、赤い緋鯉は母と夏を、青い稚鯉は春と成長を願って、風をのんで大空に浮かぶ景色は五月の空そのものだった。

 吹流しは家の魔除けになると祖父から贈られてきた。かってのよき日本の風景がどんどんなくなって行く。
 テレビでは家庭に閉じ込められた子供たちに、マスクの作り方やら手洗いの仕方やら一生懸命に教えているが、鯉のぼりの意味や作り方など教えてこの国の五月の空をとりもどすほうが、よほど素晴らしいとおもうが如何。
 ああ、鯉のぼりの上がった五月の青空を見たい。
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2020年05月03日

テレワークに警告する

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 テレワーク、テレワークと画面上でデータ通信したり、学習したりすることがさも正しいことのように喧伝されている。
 とんでもないことだ。テレワークなどというものは、人間から人間性を奪い、人間の可能性を拒否する悪魔の学習、または悪魔のコミュニケーションと心得るべきだ。
 いまは武漢コロナという緊急時だからとりあえずテレワークで我慢しようというスタンスでなければならない。

 今回の世界的パンデミックで経済的な利益をえたのは、GAFAといわれるアメリカIT企業にほかならない。
 アップル、アマゾン・コム、グーグル、フェイスブック、の全社が新型コロナウィルス感染拡大の悪影響をしのぎ、感染防止のために自宅ですごす人々の「巣ごもり消費」で圧倒的に売上高を伸ばし、全社増収を記録した。
 コロナウィルスの感染実態から利益をえたのは、中国の細菌戦参謀本部と世界のネット市場を支配するGAFAと呼ばれるIT産業にほかならない。
 経済までやられて出口がみえないと騒いでいる反面、しめしめとばかり札束を数えている産業もあるということだ。

 かって役者が下手になったと論じられた時があった。どこの家庭にもVIDEOが普及し、我が家でVIDEOを見ながら稽古をすればいいといった風潮が当たり前になった時のことだ。 役者同志がガチンコで稽古するのとテレビの前でひとり稽古をするのではまるで違う。VIDEOには相手役の呼吸はうつらないし、舞台を支配する空気も映らない。
 演劇の醍醐味はこの役者と観客が一体になった空気なのだ。若手役者が稽古をVIDEOに託し、バイトのテレビに精を出すようになっから、舞台上の面白さがどんどん減っていった。演劇がイベント化していったのだ。

 教育についても、近所付き合いも、みなテレワークで充分と考えるような風潮は厳につつしむべきではないだろうか。
 そんなものに頼っていたら結局人間の魅力を見失い、ロボットのいうように暮らすつまらない社会に堕ちてしまうだろう。
posted by Kazuhiko Hoshino at 11:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする